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第9章
09-222 支配者北侵
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キリヤの滑走路に無事に着陸したが、この日の街はいつもとは違う雰囲気だった。
出迎えはなく、見物もない。
メーウィッシュが1人で走ってくる。いつもの護衛がいない。
「たいへんです。
ティターンの軍勢がビュケイエに上陸しました。大軍だそうです。
ビュケイエは占領されて、ティターン兵は暴虐を働いていると……。
詳細はわかりません。
ティターンの侵攻なんて、何十年もなかったのに……。
なぜ……?」
梨々香が泣くメーウィッシュを抱きしめる。
カプランが2人の委員に説明する。
「面倒なタイミングになっちゃったね。
ティターンは、南部の蛮族なんだ。レムリア全土が自分たちのものだと信じている。
自分たちは特別な存在で、レムリアの支配権を生まれながらに持っているってね。
ティターン以外のレムリアの住民は、無条件にティターンに従うべきだし、何をされても文句は言えないって、本気で考えているんだ。
とんでもない、クソ野郎たちだ。
北部にやって来たヒトが、ティターンを叩いたんだ。それで、ここ数十年はおとなしかった。
何十年もかかって国力を取り戻し、またまた侵略を始めたみたいだ。その萌芽は何度も確認されている。
逃亡奴隷の国マムルークを追い出したり、南部の離反地域を再度属領にしたり。
それを知っていながら、北レムリアは何もしない。中部レムリアを緩衝地帯にすることで、自分たちだけ安泰だって計算してんだよ。
連中もまた、クソ野郎だ」
カプランがメーウィッシュに話しかける。
「俺の爺さんは、中部のかなり南の出身だったらしい。
ティターンの恐ろしさは、生まれた瞬間から聞かされて育った。
レムリアの子供は、ティターンの恐ろしさを聞かされて育つ。地域に関係なく……」
梨々香を含めて、マハジャンガの住民はレムリアの地理に疎かった。
それを、カプランが埋める。
「ビュケイエに上陸したなら、550キロは離れている。
1日に20キロ進軍したとしても、キリヤまで最短でも25日かかる。
当分は大丈夫だ。
メーウィッシュ、キリヤは大丈夫だ。怖がらなくていい」
メーウィッシュがカプランをにらむ。
「違う!
ティターンがひどいことをしているの!
止めないと!
でも、方法がない」
カプランが今後の予測をする。
「ビュケイエは大きな街だが、周囲には小さな村がいくつかあるだけ。
ヴィクトリア湖西岸に直接至る道はない。内陸は安全だ。
野蛮人どもは、過去にヴィクトリア湖沿岸に直接侵攻している。
湖の周辺は小麦の産地だから、侵略者には西岸よりも魅力があるからだ。略奪しても運びきれないほどの小麦を産するこの地域を奪取すれば、ティターンの再興につながるかもしれないからね。
前回の侵攻では、各部族がバラバラに戦い、各個に撃破されてしまった。結局、ティターンが北部に侵攻して惨敗したので、中部も救われた。
今回も同じになるのか?
同じになるだろうね。ティターンはバカだから、また北部に攻め込むはず。そして、また叩かれる。
だけど、それまでの間に中部はどれだけ死ねばいいんだ?
どれだけ泣けばいいんだ?
そうならないために、すべきことをしないと」
メーウィッシュは、すべてを知っているような顔をしているカプランが恨めしかった。
「何をしろと!」
カプランは、当然のこととして答える。
「西岸の街がどうのこうのと仲間割れしているからこうなるんだ。
直ちに部隊を編制して、ビュケイエ奪還に動くべきだ」
しかし、カプランは知っていた。政治的・経済的な内輪もめが多い中部は、あえて常備軍を設けていない。軍が政治を支配する可能性を恐れるからだ。
それゆえ、作戦の立案と遂行能力は、極めて低い。勇敢な男と女が四肢を振るって戦うだけしかできない。
自分の発言を自分で否定する。
「でも、できないな。
奪還なんて無理だ。
中部には、勇敢以上の武器はない。そして、合理的な軍事行動ができないからね」
花沢委員が小首をかしげている。
「私なら、海から攻めるね。
ビュケイエの北と南に逆上陸して、海岸線を掌握する。陸上から街を包囲して、兵糧攻めにするかな。
カプランさんの話だと、訓練されていない兵しか集まらないようだから、包囲したまま無理攻めはしない。
犠牲が増えるから。
で、街の住民はどうしたのかしら?」
メーウィッシュは、それを知らない。
花沢委員が続ける。
「まず、街を脱出した住民を保護して、同時に彼らから情報を得る。
そこから、始めないと。
それと、すぐに引き上げるかもしれない。
威力偵察じゃないかな。
出方を見ただけかもしれない」
花沢の読み通り、ティターンの軍勢はビュケイエの街で1週間暴れ回り、満足したのか船に乗って消えた。
本国に戻ったようだ。
結果は悲惨だった。
多くが殺され、多くが連れ去られた。物的被害以外は、ほとんどわからない。
中部レムリアの有力者の多くは、ティターンが満足した、と考えた。
そして、警戒をやめた。防衛策は検討さえしなかった。完全に無策だった。
マハジャンガの造船所は、ちょっとした驚きに包まれていて、その噂は自動車工場や航空機工場にも伝わっていた。
購入を交渉している2隻目の80メートル級タンカーのメーカー名が土佐造船だと知らされたからだ。
銘板の拓本からそれがわかった。
数十年前にウェーブピアサー船で時渡りしたヒトたちは、どこかに住み着いて、何かをなしたのだ。
何しろ、漢字で土佐造船と表記されているのだから確かだ。マハジャンガの造船所は、浦戸造船にルーツがある。近親感があり、感慨深くもあった。
造船所が建造する船は、現状はFRP船だけ。建造は25メートル級哨戒艇と50メートル級輸送船のみ。
25メートル級哨戒艇は、船体はレジャー用クルーザーに近く、船橋は遊漁船のものに近い。GPSはないが、レーダーや無線については必要十分な装備をしている。
兵装は、船首側に40ミリ単装機関砲、船尾側に20ミリ単銃身機関砲、12.7ミリ機関銃を両舷に備える。
かなりの重武装だ。
機関は575軸馬力のガスタービン2基で、エンジン1基でも巡航でき、その場合は16ノット。最大速力は28ノット。
50メートル級輸送船もFRP製で、武装は12.7ミリ機関銃を備えるのみ。船形は漁船に近く、積載量は500トンと多くない。
船舶用1000馬力ディーゼル2基2軸で、航海速力は16ノットだった。
造船所は、食料確保のために救命艇を漁船に改造する作業に謀殺されていた。その作業が一段落したので、ようやく本格的な哨戒艇や輸送船の建造に取りかかり始めているところだ。
救命艇の一部は、近距離沿岸用の哨戒艇に改造された。
25メートル級哨戒艇と50メートル級輸送船は、2隻ずつ建造された。
北回りで中部レムリアに行くには遠回り過ぎ、このクラスの船では航海距離が長すぎる。
南レムリアにはティターンがおり、沖を通過する船を襲うとされている。
通常、この航路を使う船はない。
ティターンの軍船から逃れるには、アフリカ側沿岸を高速で突破する以外に方法がない。ティターンは幾重もの警戒線を施しており、これを回避することは容易ではない、とされている。
マハジャンガの貨物船は小型で、航海距離が短いことから、東アフリカ内陸海路に南から進入して、ティターン沖を突破する以外の航路が選択できない。
最初の航海では、航空支援も計画されている。単に哨戒するだけでなく、攻撃されるような事態になれば最小限の反撃も考慮していた。
200万年後のアフリカがどのような地形なのか、マハジャンガのヒトたちは正確には理解していない。
200万年後のヒトたちは当然のように、アフリカの東側3分の1が大地溝帯に沿って縦に裂けていることを受け入れている。
タンガニーカ湖とマラウィ湖はなく、この部分が裂けた。ヴィクトリア湖には東西に裂け目があるが、西側が大きく避け、東側には大きな変化がない。
このため、ヴィクトリア湖周辺は200万年前と地形が大きく変わっていない。もちろん、気候が大幅に変わったため、動植物相は変化している。
しかし、この事実は伝聞であって、実地調査したわけではない。
そして、この調査は簡単ではない。
東アフリカ内陸海路とモザンビーク海峡が交わる地点まで、マハジャンガからだと1200キロもあるからだ。
学術委員会は、総延長5000キロに達すると想定している東アフリカ内陸海路の調査を希望しているが、その手段がない。
総距離3万キロ、1万6000海里に達する航海ができる船がないのだ。
ブルマン商人は、商人であると同時に船乗りでもある。それは、北方人やフルギア商人も同じで、彼らは探検家でもある。
ブルマン商人は、マハジャンガの粗末な桟橋に停泊する50メートル級貨物船を見たとき、思わず微笑んでしまった。
この小さい貨物船がかわいらしく思えたのだ。
決して侮ったわけではないのだが、マハジャンガに必要なのは100メートル級や120メートル級の大型船であって、こんな小さな船ではない。
だが、新造船に案内されて、驚嘆する。
木製でも鋼製でもなく、樹脂製だというのだ。船体は木製と比べれば30パーセントほど軽いと聞き、やや狼狽する。
しかも、鋼製船よりも強度が高いと説明され、膝を震わせた。
数十年前、初めて鋼製船を見た先祖の気持ちを理解する。
ただ、この工法では、大型船の建造は無理なのだと説明され、落胆もした。同時に一回り大きい65メートル級貨物船の建造を計画していることも知る。
この船級ならば、極端に浅い東アフリカ内陸海路でも自由に航行できる。
西と北アフリカでは、ユーラシアからの移住時に大量建造したビーチングが可能な80メートル級貨物船をレムリアとの交易に投入していた。
これらの船は移住終了後は多くが放置状態にあったが、状態のいい船が次々に修復され、レムリアとの交易に投入された。
船が老朽化していくと、延命修理された。現在では延命もままならず、急速に減数している。
このため、レムリアとの交易は減少し始めていた。それでも、フルギア、ブルマン、北方人、東方フルギアの商人たちは危機感を抱いてはいなかった。バンジェル島やクフラックの商人は、競争相手としては役不足だからだ。
粗製濫造した船を格安で入手し、朽ち果てるまで使う現在のレムリアとの貿易は、コストの面で高収益を約束してくれていた。しかし、船の老朽化により頻繁な修理が必要で、運用コストが上昇している。
老朽船の退役は続いているが、穴を埋める新造はない。初期コストを嫌うからだ。
それでも、競争相手がいないのだから、商いは安泰だった。
だが、もし、マハジャンガの商人たちが地中海に進出してきたら、過去に例がないほどの競合になり得る。
マハジャンガには売れる商品がない。となると、どこかで商品を仕入れ、それをどこかで売るしかない。
誰も口にはしないが、マハジャンガが地中海方面に進出するには、その入口を押さえるティターンを何とかしなければならないことは明白だった。
移住委員会は議会に相当する。行政は別にあるが、行政組織の長は移住委員会の委員が勤める。
行政のトップ=代表は、移住委員会から選出されるが、18歳以上の全住民による承認投票で過半数を取らないと、代表にはなれない。
変則的な議院内閣制で、変則的な代表公選制だ。
わずか8500人の村なのだから仕方ない。
移住から2年を経て、移住委員会は住民委員会と名を変えた。
対外的には、住民委員会は元老院と紹介される。そのほうが、理解されやすいのだ。
住民委員会の一部委員から出されたティターンへの使者派遣案は、反対多数で否決された。
マハジャンガにいる200万年後のヒトたちと、この街を訪れる商人の誰もが、異口同音に「行けば殺されるぞ」と警告するからだ。
実際、北方人の使者は殺されたし、交易を求めて訪問したフルギア商人は捕らえられたまま。生死不明で、数十年が過ぎた。
ティターンには絶対不変の選民思想があり、他のヒト属を見下している。
「ティターンの神聖なる地に、汚らわしい足を乗せた罪は万死に値する」そうだ。
それと、遺伝子解析によって、ティターンはヒトと丸耳族の混血であることがわかっている。
ティターンのミトコンドリアDNAは丸耳族由来で、遠い過去まで追跡できる。だが、Y染色体に関してはすぐに途切れる。
つまり、丸耳族の男性は排除され、女性だけが残されたのだ。
「男は赤ん坊を含めて皆殺しだ。女は犯して、子を産ませろ」
誰かが忌むべき戦争をやった。
マハジャンガの住民には意外だが、200万年後のヒトのほとんどがこれを知っていて、ティターンを嫌っている。
ティターンは知らないらしい。
隆太郎と彼の友人たち、つまり学者たちは「極度に差別的で暴力的な集団が時渡りをして、偶然出会った丸耳族を襲ったんだ」と解釈している。
「おぞましい出来事だ。
財産や農地、女性たちをも奪い、自分たちの行為を正当化した。それが子々孫々まで伝わったんだ」
美化されているが、ティターンの民族生誕譚に、その行為が残る。
幸いにもその時渡り移住者集団は、あらゆる科学技術に疎かった。すぐに文明を失い、弓矢、槍、刀剣の時代まで退行する。
結果、暴力性と排他性だけが残った。
住民委員会の結論は、見て見ぬ振りをすることだ。ティターンとは、可能な限り接触しない。
「21世紀だって、未接触部族はいたんだ」
ビールを飲みながら、隆太郎に文化人類学者が語った言葉が重かった。
第7回のキリヤ訪問飛行は、またも梨々香がパイロットとして選ばれた。
工場長は開発が滞るため激怒したが、周辺海域の哨戒を厚くしなければならず、パイロットが不足しているから仕方ない。
初めての船団によるキリヤ訪問が始まるからだ。
ブルマンの老商人は、ターボプロップエンジンを入手することができなかった。
バンジェル島とクフラックが完全に統制しているので、入手が困難なのだ。ブルマンやフルギアも購入しているが、売買契約に第三者への移転禁止条項があり、廃棄する場合は製造者、つまりバンジェル島かクフラックに返却しなければならない。
これを受けて、マハジャンガは方針を転換する。PT6系ターボプロップエンジンの入手を諦める。
これは、重大な決定だった。
同時にギャレットTPE331とアリソン250のデッドコピーを試すことになった。
実現すれば、当面の用は満たせる。
移住から2年。
移住前は想像さえしていなかった状況に、マハジャンガの住民は戸惑いながらも適応しようとしている。
それは、隆太郎、梨々香、サクラの家族も同じだった。
マハジャンガの住民は、私的な目的で居住地域から出ることは許されない。
だが、隆太郎は密かに出た。梨々香とサクラを伴って、ポーターで河口から100キロにあるベシボカ川の中州まで飛んだ。
この砂州は、幅は25メートルほどだが、長さは1000メートル以上ある。
砂州で草はほとんどない。
隆太郎はここに着陸し、ピクニックをするのだと梨々香とサクラに説明する。梨々香はピクニックの用意をしてきたが、突拍子のない計画で恐ろしかった。
その恐ろしさが現実となる。
対岸に長い嘴を持つ巨大な鳥が現れたのだ。
その鳥は水辺に立つとまったく動かず、ただ水面を見ている。
「怖がらなくていい。
見ていろ」
隆太郎の笑顔が怖い。サクラが怯えているし、梨々香も恐怖している。
一瞬だった。
その鳥の長い首が動いた瞬間、嘴には体長50センチほどのワニがくわえられていた。
その鳥がワニを頭から丸呑みする。
「すごいだろ。
驚いた?」
梨々香はさらに怖くなったが、サクラは興奮している。
「ワニ食べちゃったよ」
「あの鳥は、水中の動物を狙うんだ」
ワニを丸呑みした嘴の長いサギのような恐鳥が、慌てて逃げ出す。
川岸に追い詰められたのは、首が太く、脚の長い恐鳥だ。
「あれは草食。
追ってきたのは肉食」
追い詰めた肉食恐鳥は、ワシのような嘴に恐竜を彷彿させる太い脚をしている。
サクラが隆太郎に「助けてあげて!」と叫ぶ。隆太郎はグランドシートに寝転んだまま。
「弱そうなヤツが、弱いわけじゃない」
逃げ切れないと悟った草食恐鳥が、甲高く鳴き突如として戦闘モードに入る。
頭高長3メートルに達する巨大生物の戦いが始まる。体格はほぼ互角。
肉食恐鳥の武器は鋭い爪と嘴。草食恐鳥の脚、ヒトならばふくらはぎにあたる部分に長大な鎌状の爪がある。
肉食恐鳥が突進すると、草食恐鳥がジャンプし、脚の鎌で肉食恐鳥の背を斬り裂いた。
肉食恐鳥が猛烈な勢いで逃げ出す、それを草食恐鳥が追いかける。
サクラが「どうなっちゃうの?」と隆太郎に尋ねる。
隆太郎は「とどめを刺すんだ。草食も肉を見つければ食べる。それが、マダガスカルの自然なんだ」と説明する。
その後も、大小様々な恐鳥が現れ、魚を狙うもの、虫を食べるもの、木の実を食べるものなど、奇妙な生態系を観察する。
サクラがサンドイッチを食べていると、体高1メートルほどの恐鳥が興味を示す。
サクラが無理に口にほう張る様子がおもしろく、梨々香が笑った。
1時間ほどの奇妙で物騒なピクニックだったが、サクラは興奮し続けていた。
梨々香は、これが違法行為だと知っていた。だから、サクラに「今日見たことは誰にも言ってはダメ」と言い聞かせる。
サクラは頷いたが、どれほど理解しているか不明だ。
忙しくてバラバラになりかけていた、家族が秘密を共有するという奇策を使って、どうにかまとまった。
第7回キリヤ訪問飛行は、従前通りにレストアされたキングエアで実施される。
一部のキングエアには、独自開発の20ミリ機関砲が装備されている。
大災厄から70年以上を経ると、どれほど大事に使い、修理・改修を続けても損耗していく。オークと戦い続けるには、多くのリソースを兵器開発に費やさなくてはならなかった。
ただ、独自開発ではるが、過去の技術的リソースを利用する、正しくはパクっていた。
パクったとしても作れないものがある。その場合は独自開発と呼ぶ、技術のパクリは常態化している。
マハジャンガの独自開発20ミリ機関砲は、12.7ミリのM2機関銃の口径拡大版だった。
キングエアは、この機関砲を胴体下面に2門搭載している。
ユーラシアを逃れた200万年後のヒトは、生存にかかわる最大の脅威がドラキュロからセロに変わった。
セロは、西アフリカだけでなく、希に北アフリカや南部サハラの湖水地域とチャド湖周辺にも空爆を始めていた。
セロの飛行船は航続距離が長く、爆弾の搭載量が多い。250メートル級だと4トンの爆弾が搭載できるとされていた。
セロの目的はヒトの駆除なので、可能な限りたくさん殺せる攻撃方法をとる。住宅地への無差別非精密爆撃が主で、ヒトが害虫に殺虫剤をまく行為と大差ない。
セロの空爆を阻止する役目がヒトの戦闘機で、固定武装は12.7ミリ機関銃2挺が標準だった。
飛行船に対しては主に、127ミリ無誘導ロケット弾が多用されている。機関銃は、あくまでも補助的武器。
この点、セロとの戦いを経験していないマハジャンガは、他地域とは異なる兵器体系になっている。
つまり、200万年後には適応していないのだ。
第7回キリヤ訪問飛行は、成否が相半ばした。梨々香たちが担った友好の促進は、いつもの通りで、和やかだった。
鏑木委員から提案した「街から離れた安全な場所に大型機が着陸できる滑走路を……」という提案は、芳しい反応がない。どうも、ズラ湾に気兼ねしているようだ。
一方、貨物船団によるヴィクトリア湖への訪問は、簡単に了承された。
警戒もされなかった。
無警戒すぎて、平和ボケっぽい印象もある。東アフリカ内陸海路から河川経由でヴィクトリア湖に至るルートは、キリヤから案内人を派遣してもらうことになった。
案内人の乗り込みは、商都リモンジュからではなく、100キロ以上南のキゴマからと決まった。
相変わらず、西岸と内陸は対立しているからだ。
マハジャンガは、案内人の乗り込みをマハジャンガからを希望したが、案内人が飛行機に乗ることを怖がったこと、ティターン沖を航行することを嫌がったことから、実現しなかった。
ただ、航路について、詳しい情報を提供してくれた。
マハジャンガのヒトが、柑橘類を好むことはキリヤではよく知られている。ジャクソンフルーツやバレンシアオレンジは、必ず買ってもらえることも知っている。
小麦や大豆はマハジャンガとキリヤの行政が組織的に交易するが、果物などは個人間の売買が主流。
取り引き量は少ないが、地元の農家との直取引は楽しくもある。木に実る果物は、自然になっている以外、マハジャンガでは皆無。
言葉が通じない点は、身振り手振りでのコミュニケーションになる。それもまた、楽しい。
木箱一杯のマンゴー、網一杯のパッションフルーツ、それを売りに来る。航空機のクルーたちは、それを待つ。
購入した果物は個人消費を除いて、慣例として学校に寄付する。
家計を預かる梨々香は、それがささやかな不満だった。もちろん、口には出さない。しかし、この任務に関わる報酬の半分が、果物に化けるなんて理不尽だと感じていた。
だから、街中を散策するなど、果物の売り込みから上手に逃げている。
キリヤ訪問飛行は、2泊3日と決まっていた。初日は歓迎の宴があり、中日は外交交渉、天候次第だが3日目の午前中に離陸して帰路につく。
歓迎の宴にクルーが参加することはない。クルーは、機体から離れない。しかし、中日は交代で、物見遊山をする。
このとき、梨々香は機に残る番だった。梨々香は湖を見たくて、湖畔に立っていた。
すると、ガレー船のような形式の船が、帆をたたんで、櫂走してくる。
梨々香は「優雅ね」と独り言ちするが、その船を見たキリヤの住民が逃げ出す。
口々に何かを叫び、梨々香にも何かを告げた。
船は10隻ほど。船団だ。
カプランが走ってきた。
「ティターンの船だ。
ヴィクトリア湖まで侵入するなんて!
リリカ!
どうしたらいい」
梨々香は躊躇わなかった。こういった切羽詰まった状況には慣れている。
「隙を見て離陸!」
航法士と航空機関士が待っていた。
クルーが配置につき、梨々香が離陸の準備をする。
飛行場には、まばらだが住民がいる。
梨々香はプロペラを回して、離陸の準備をするが、飛行場が無人になるのを待つ。
航法士が慌てる。
「上陸してきたぞ!」
船上からは弓の投射。上陸した兵は、剣を抜き、槍を構えている。
「離陸する」
梨々香の落ち着いた声とは裏腹な、相当に荒っぽい短距離離陸を披露する。
梨々香は上昇せず、キリヤの上空を旋回している。
武器を持たない街の住民は、一方的な弓の的にされている。
幼い女の子が道で転ぶ。その子の首を、ティターン兵が一閃ではねた。
梨々香にスイッチが入ったことを、カプランは怒気で感じた。凄まじい怒りの波動が機内に満ちる。
カプランは何も言えなかった。
航法士と機関士は、硬直している。これから何が始まるのか、わからないが、梨々香の怒りが爆発したことだけはわかる。
梨々香は湖畔に向かって緩降下を始める。着上陸しているティターン船に機銃掃射を加える。船体ではなく、帆柱や櫂に。
木造船としては大型で、30メートルから45メートルと複数の大きさがある。その船が木っ端をまき散らす。20×102ミリ弾の威力は絶大で、しかも1門あたり1分間に750発を発射するのだから、木造船は推進力を失い、船としての機能がなくなってしまう。
梨々香は湖上のティターン船も容赦しなかった。
降下すると舷側ギリギリの湖面を撃つ。片舷の櫂がすべて破壊される。
船が破壊されていると知ったティターン兵が慌てる。
ここは敵地のど真ん中。
船を失えば退却できなくなる。
攻守は一瞬で変わる。狩る側から狩られる側に立場が変わる。
梨々香は数分の戦闘で、10隻のティターン船を航行不能にした。
飛行場には着陸できない。
戦場となってしまい、多数のティターン兵が横たわる。
梨々香は着陸場所を探し、湖畔に沿った未舗装路に降りる。
このときの着陸も曲芸に近かった。
メーウィッシュは、梨々香を羨望の眼差しで見詰めている。梨々香が1人も殺さず、ティターン兵800を無力化したからだ。
カプランに「飛行機ってすごいのね」と問いかけると、カプランから「リリカがすごいんだ。俺ではあんな飛ばし方できないよ」と返された。
梨々香は鏑木委員からの叱責を覚悟したが、花沢委員から「勲章ものよ!」と褒められた。鏑木委員は「最高の判断だ」と賞賛する。
だが、梨々香は一瞬だが、怒りに支配されたことを悔いていた。
出迎えはなく、見物もない。
メーウィッシュが1人で走ってくる。いつもの護衛がいない。
「たいへんです。
ティターンの軍勢がビュケイエに上陸しました。大軍だそうです。
ビュケイエは占領されて、ティターン兵は暴虐を働いていると……。
詳細はわかりません。
ティターンの侵攻なんて、何十年もなかったのに……。
なぜ……?」
梨々香が泣くメーウィッシュを抱きしめる。
カプランが2人の委員に説明する。
「面倒なタイミングになっちゃったね。
ティターンは、南部の蛮族なんだ。レムリア全土が自分たちのものだと信じている。
自分たちは特別な存在で、レムリアの支配権を生まれながらに持っているってね。
ティターン以外のレムリアの住民は、無条件にティターンに従うべきだし、何をされても文句は言えないって、本気で考えているんだ。
とんでもない、クソ野郎たちだ。
北部にやって来たヒトが、ティターンを叩いたんだ。それで、ここ数十年はおとなしかった。
何十年もかかって国力を取り戻し、またまた侵略を始めたみたいだ。その萌芽は何度も確認されている。
逃亡奴隷の国マムルークを追い出したり、南部の離反地域を再度属領にしたり。
それを知っていながら、北レムリアは何もしない。中部レムリアを緩衝地帯にすることで、自分たちだけ安泰だって計算してんだよ。
連中もまた、クソ野郎だ」
カプランがメーウィッシュに話しかける。
「俺の爺さんは、中部のかなり南の出身だったらしい。
ティターンの恐ろしさは、生まれた瞬間から聞かされて育った。
レムリアの子供は、ティターンの恐ろしさを聞かされて育つ。地域に関係なく……」
梨々香を含めて、マハジャンガの住民はレムリアの地理に疎かった。
それを、カプランが埋める。
「ビュケイエに上陸したなら、550キロは離れている。
1日に20キロ進軍したとしても、キリヤまで最短でも25日かかる。
当分は大丈夫だ。
メーウィッシュ、キリヤは大丈夫だ。怖がらなくていい」
メーウィッシュがカプランをにらむ。
「違う!
ティターンがひどいことをしているの!
止めないと!
でも、方法がない」
カプランが今後の予測をする。
「ビュケイエは大きな街だが、周囲には小さな村がいくつかあるだけ。
ヴィクトリア湖西岸に直接至る道はない。内陸は安全だ。
野蛮人どもは、過去にヴィクトリア湖沿岸に直接侵攻している。
湖の周辺は小麦の産地だから、侵略者には西岸よりも魅力があるからだ。略奪しても運びきれないほどの小麦を産するこの地域を奪取すれば、ティターンの再興につながるかもしれないからね。
前回の侵攻では、各部族がバラバラに戦い、各個に撃破されてしまった。結局、ティターンが北部に侵攻して惨敗したので、中部も救われた。
今回も同じになるのか?
同じになるだろうね。ティターンはバカだから、また北部に攻め込むはず。そして、また叩かれる。
だけど、それまでの間に中部はどれだけ死ねばいいんだ?
どれだけ泣けばいいんだ?
そうならないために、すべきことをしないと」
メーウィッシュは、すべてを知っているような顔をしているカプランが恨めしかった。
「何をしろと!」
カプランは、当然のこととして答える。
「西岸の街がどうのこうのと仲間割れしているからこうなるんだ。
直ちに部隊を編制して、ビュケイエ奪還に動くべきだ」
しかし、カプランは知っていた。政治的・経済的な内輪もめが多い中部は、あえて常備軍を設けていない。軍が政治を支配する可能性を恐れるからだ。
それゆえ、作戦の立案と遂行能力は、極めて低い。勇敢な男と女が四肢を振るって戦うだけしかできない。
自分の発言を自分で否定する。
「でも、できないな。
奪還なんて無理だ。
中部には、勇敢以上の武器はない。そして、合理的な軍事行動ができないからね」
花沢委員が小首をかしげている。
「私なら、海から攻めるね。
ビュケイエの北と南に逆上陸して、海岸線を掌握する。陸上から街を包囲して、兵糧攻めにするかな。
カプランさんの話だと、訓練されていない兵しか集まらないようだから、包囲したまま無理攻めはしない。
犠牲が増えるから。
で、街の住民はどうしたのかしら?」
メーウィッシュは、それを知らない。
花沢委員が続ける。
「まず、街を脱出した住民を保護して、同時に彼らから情報を得る。
そこから、始めないと。
それと、すぐに引き上げるかもしれない。
威力偵察じゃないかな。
出方を見ただけかもしれない」
花沢の読み通り、ティターンの軍勢はビュケイエの街で1週間暴れ回り、満足したのか船に乗って消えた。
本国に戻ったようだ。
結果は悲惨だった。
多くが殺され、多くが連れ去られた。物的被害以外は、ほとんどわからない。
中部レムリアの有力者の多くは、ティターンが満足した、と考えた。
そして、警戒をやめた。防衛策は検討さえしなかった。完全に無策だった。
マハジャンガの造船所は、ちょっとした驚きに包まれていて、その噂は自動車工場や航空機工場にも伝わっていた。
購入を交渉している2隻目の80メートル級タンカーのメーカー名が土佐造船だと知らされたからだ。
銘板の拓本からそれがわかった。
数十年前にウェーブピアサー船で時渡りしたヒトたちは、どこかに住み着いて、何かをなしたのだ。
何しろ、漢字で土佐造船と表記されているのだから確かだ。マハジャンガの造船所は、浦戸造船にルーツがある。近親感があり、感慨深くもあった。
造船所が建造する船は、現状はFRP船だけ。建造は25メートル級哨戒艇と50メートル級輸送船のみ。
25メートル級哨戒艇は、船体はレジャー用クルーザーに近く、船橋は遊漁船のものに近い。GPSはないが、レーダーや無線については必要十分な装備をしている。
兵装は、船首側に40ミリ単装機関砲、船尾側に20ミリ単銃身機関砲、12.7ミリ機関銃を両舷に備える。
かなりの重武装だ。
機関は575軸馬力のガスタービン2基で、エンジン1基でも巡航でき、その場合は16ノット。最大速力は28ノット。
50メートル級輸送船もFRP製で、武装は12.7ミリ機関銃を備えるのみ。船形は漁船に近く、積載量は500トンと多くない。
船舶用1000馬力ディーゼル2基2軸で、航海速力は16ノットだった。
造船所は、食料確保のために救命艇を漁船に改造する作業に謀殺されていた。その作業が一段落したので、ようやく本格的な哨戒艇や輸送船の建造に取りかかり始めているところだ。
救命艇の一部は、近距離沿岸用の哨戒艇に改造された。
25メートル級哨戒艇と50メートル級輸送船は、2隻ずつ建造された。
北回りで中部レムリアに行くには遠回り過ぎ、このクラスの船では航海距離が長すぎる。
南レムリアにはティターンがおり、沖を通過する船を襲うとされている。
通常、この航路を使う船はない。
ティターンの軍船から逃れるには、アフリカ側沿岸を高速で突破する以外に方法がない。ティターンは幾重もの警戒線を施しており、これを回避することは容易ではない、とされている。
マハジャンガの貨物船は小型で、航海距離が短いことから、東アフリカ内陸海路に南から進入して、ティターン沖を突破する以外の航路が選択できない。
最初の航海では、航空支援も計画されている。単に哨戒するだけでなく、攻撃されるような事態になれば最小限の反撃も考慮していた。
200万年後のアフリカがどのような地形なのか、マハジャンガのヒトたちは正確には理解していない。
200万年後のヒトたちは当然のように、アフリカの東側3分の1が大地溝帯に沿って縦に裂けていることを受け入れている。
タンガニーカ湖とマラウィ湖はなく、この部分が裂けた。ヴィクトリア湖には東西に裂け目があるが、西側が大きく避け、東側には大きな変化がない。
このため、ヴィクトリア湖周辺は200万年前と地形が大きく変わっていない。もちろん、気候が大幅に変わったため、動植物相は変化している。
しかし、この事実は伝聞であって、実地調査したわけではない。
そして、この調査は簡単ではない。
東アフリカ内陸海路とモザンビーク海峡が交わる地点まで、マハジャンガからだと1200キロもあるからだ。
学術委員会は、総延長5000キロに達すると想定している東アフリカ内陸海路の調査を希望しているが、その手段がない。
総距離3万キロ、1万6000海里に達する航海ができる船がないのだ。
ブルマン商人は、商人であると同時に船乗りでもある。それは、北方人やフルギア商人も同じで、彼らは探検家でもある。
ブルマン商人は、マハジャンガの粗末な桟橋に停泊する50メートル級貨物船を見たとき、思わず微笑んでしまった。
この小さい貨物船がかわいらしく思えたのだ。
決して侮ったわけではないのだが、マハジャンガに必要なのは100メートル級や120メートル級の大型船であって、こんな小さな船ではない。
だが、新造船に案内されて、驚嘆する。
木製でも鋼製でもなく、樹脂製だというのだ。船体は木製と比べれば30パーセントほど軽いと聞き、やや狼狽する。
しかも、鋼製船よりも強度が高いと説明され、膝を震わせた。
数十年前、初めて鋼製船を見た先祖の気持ちを理解する。
ただ、この工法では、大型船の建造は無理なのだと説明され、落胆もした。同時に一回り大きい65メートル級貨物船の建造を計画していることも知る。
この船級ならば、極端に浅い東アフリカ内陸海路でも自由に航行できる。
西と北アフリカでは、ユーラシアからの移住時に大量建造したビーチングが可能な80メートル級貨物船をレムリアとの交易に投入していた。
これらの船は移住終了後は多くが放置状態にあったが、状態のいい船が次々に修復され、レムリアとの交易に投入された。
船が老朽化していくと、延命修理された。現在では延命もままならず、急速に減数している。
このため、レムリアとの交易は減少し始めていた。それでも、フルギア、ブルマン、北方人、東方フルギアの商人たちは危機感を抱いてはいなかった。バンジェル島やクフラックの商人は、競争相手としては役不足だからだ。
粗製濫造した船を格安で入手し、朽ち果てるまで使う現在のレムリアとの貿易は、コストの面で高収益を約束してくれていた。しかし、船の老朽化により頻繁な修理が必要で、運用コストが上昇している。
老朽船の退役は続いているが、穴を埋める新造はない。初期コストを嫌うからだ。
それでも、競争相手がいないのだから、商いは安泰だった。
だが、もし、マハジャンガの商人たちが地中海に進出してきたら、過去に例がないほどの競合になり得る。
マハジャンガには売れる商品がない。となると、どこかで商品を仕入れ、それをどこかで売るしかない。
誰も口にはしないが、マハジャンガが地中海方面に進出するには、その入口を押さえるティターンを何とかしなければならないことは明白だった。
移住委員会は議会に相当する。行政は別にあるが、行政組織の長は移住委員会の委員が勤める。
行政のトップ=代表は、移住委員会から選出されるが、18歳以上の全住民による承認投票で過半数を取らないと、代表にはなれない。
変則的な議院内閣制で、変則的な代表公選制だ。
わずか8500人の村なのだから仕方ない。
移住から2年を経て、移住委員会は住民委員会と名を変えた。
対外的には、住民委員会は元老院と紹介される。そのほうが、理解されやすいのだ。
住民委員会の一部委員から出されたティターンへの使者派遣案は、反対多数で否決された。
マハジャンガにいる200万年後のヒトたちと、この街を訪れる商人の誰もが、異口同音に「行けば殺されるぞ」と警告するからだ。
実際、北方人の使者は殺されたし、交易を求めて訪問したフルギア商人は捕らえられたまま。生死不明で、数十年が過ぎた。
ティターンには絶対不変の選民思想があり、他のヒト属を見下している。
「ティターンの神聖なる地に、汚らわしい足を乗せた罪は万死に値する」そうだ。
それと、遺伝子解析によって、ティターンはヒトと丸耳族の混血であることがわかっている。
ティターンのミトコンドリアDNAは丸耳族由来で、遠い過去まで追跡できる。だが、Y染色体に関してはすぐに途切れる。
つまり、丸耳族の男性は排除され、女性だけが残されたのだ。
「男は赤ん坊を含めて皆殺しだ。女は犯して、子を産ませろ」
誰かが忌むべき戦争をやった。
マハジャンガの住民には意外だが、200万年後のヒトのほとんどがこれを知っていて、ティターンを嫌っている。
ティターンは知らないらしい。
隆太郎と彼の友人たち、つまり学者たちは「極度に差別的で暴力的な集団が時渡りをして、偶然出会った丸耳族を襲ったんだ」と解釈している。
「おぞましい出来事だ。
財産や農地、女性たちをも奪い、自分たちの行為を正当化した。それが子々孫々まで伝わったんだ」
美化されているが、ティターンの民族生誕譚に、その行為が残る。
幸いにもその時渡り移住者集団は、あらゆる科学技術に疎かった。すぐに文明を失い、弓矢、槍、刀剣の時代まで退行する。
結果、暴力性と排他性だけが残った。
住民委員会の結論は、見て見ぬ振りをすることだ。ティターンとは、可能な限り接触しない。
「21世紀だって、未接触部族はいたんだ」
ビールを飲みながら、隆太郎に文化人類学者が語った言葉が重かった。
第7回のキリヤ訪問飛行は、またも梨々香がパイロットとして選ばれた。
工場長は開発が滞るため激怒したが、周辺海域の哨戒を厚くしなければならず、パイロットが不足しているから仕方ない。
初めての船団によるキリヤ訪問が始まるからだ。
ブルマンの老商人は、ターボプロップエンジンを入手することができなかった。
バンジェル島とクフラックが完全に統制しているので、入手が困難なのだ。ブルマンやフルギアも購入しているが、売買契約に第三者への移転禁止条項があり、廃棄する場合は製造者、つまりバンジェル島かクフラックに返却しなければならない。
これを受けて、マハジャンガは方針を転換する。PT6系ターボプロップエンジンの入手を諦める。
これは、重大な決定だった。
同時にギャレットTPE331とアリソン250のデッドコピーを試すことになった。
実現すれば、当面の用は満たせる。
移住から2年。
移住前は想像さえしていなかった状況に、マハジャンガの住民は戸惑いながらも適応しようとしている。
それは、隆太郎、梨々香、サクラの家族も同じだった。
マハジャンガの住民は、私的な目的で居住地域から出ることは許されない。
だが、隆太郎は密かに出た。梨々香とサクラを伴って、ポーターで河口から100キロにあるベシボカ川の中州まで飛んだ。
この砂州は、幅は25メートルほどだが、長さは1000メートル以上ある。
砂州で草はほとんどない。
隆太郎はここに着陸し、ピクニックをするのだと梨々香とサクラに説明する。梨々香はピクニックの用意をしてきたが、突拍子のない計画で恐ろしかった。
その恐ろしさが現実となる。
対岸に長い嘴を持つ巨大な鳥が現れたのだ。
その鳥は水辺に立つとまったく動かず、ただ水面を見ている。
「怖がらなくていい。
見ていろ」
隆太郎の笑顔が怖い。サクラが怯えているし、梨々香も恐怖している。
一瞬だった。
その鳥の長い首が動いた瞬間、嘴には体長50センチほどのワニがくわえられていた。
その鳥がワニを頭から丸呑みする。
「すごいだろ。
驚いた?」
梨々香はさらに怖くなったが、サクラは興奮している。
「ワニ食べちゃったよ」
「あの鳥は、水中の動物を狙うんだ」
ワニを丸呑みした嘴の長いサギのような恐鳥が、慌てて逃げ出す。
川岸に追い詰められたのは、首が太く、脚の長い恐鳥だ。
「あれは草食。
追ってきたのは肉食」
追い詰めた肉食恐鳥は、ワシのような嘴に恐竜を彷彿させる太い脚をしている。
サクラが隆太郎に「助けてあげて!」と叫ぶ。隆太郎はグランドシートに寝転んだまま。
「弱そうなヤツが、弱いわけじゃない」
逃げ切れないと悟った草食恐鳥が、甲高く鳴き突如として戦闘モードに入る。
頭高長3メートルに達する巨大生物の戦いが始まる。体格はほぼ互角。
肉食恐鳥の武器は鋭い爪と嘴。草食恐鳥の脚、ヒトならばふくらはぎにあたる部分に長大な鎌状の爪がある。
肉食恐鳥が突進すると、草食恐鳥がジャンプし、脚の鎌で肉食恐鳥の背を斬り裂いた。
肉食恐鳥が猛烈な勢いで逃げ出す、それを草食恐鳥が追いかける。
サクラが「どうなっちゃうの?」と隆太郎に尋ねる。
隆太郎は「とどめを刺すんだ。草食も肉を見つければ食べる。それが、マダガスカルの自然なんだ」と説明する。
その後も、大小様々な恐鳥が現れ、魚を狙うもの、虫を食べるもの、木の実を食べるものなど、奇妙な生態系を観察する。
サクラがサンドイッチを食べていると、体高1メートルほどの恐鳥が興味を示す。
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梨々香は、これが違法行為だと知っていた。だから、サクラに「今日見たことは誰にも言ってはダメ」と言い聞かせる。
サクラは頷いたが、どれほど理解しているか不明だ。
忙しくてバラバラになりかけていた、家族が秘密を共有するという奇策を使って、どうにかまとまった。
第7回キリヤ訪問飛行は、従前通りにレストアされたキングエアで実施される。
一部のキングエアには、独自開発の20ミリ機関砲が装備されている。
大災厄から70年以上を経ると、どれほど大事に使い、修理・改修を続けても損耗していく。オークと戦い続けるには、多くのリソースを兵器開発に費やさなくてはならなかった。
ただ、独自開発ではるが、過去の技術的リソースを利用する、正しくはパクっていた。
パクったとしても作れないものがある。その場合は独自開発と呼ぶ、技術のパクリは常態化している。
マハジャンガの独自開発20ミリ機関砲は、12.7ミリのM2機関銃の口径拡大版だった。
キングエアは、この機関砲を胴体下面に2門搭載している。
ユーラシアを逃れた200万年後のヒトは、生存にかかわる最大の脅威がドラキュロからセロに変わった。
セロは、西アフリカだけでなく、希に北アフリカや南部サハラの湖水地域とチャド湖周辺にも空爆を始めていた。
セロの飛行船は航続距離が長く、爆弾の搭載量が多い。250メートル級だと4トンの爆弾が搭載できるとされていた。
セロの目的はヒトの駆除なので、可能な限りたくさん殺せる攻撃方法をとる。住宅地への無差別非精密爆撃が主で、ヒトが害虫に殺虫剤をまく行為と大差ない。
セロの空爆を阻止する役目がヒトの戦闘機で、固定武装は12.7ミリ機関銃2挺が標準だった。
飛行船に対しては主に、127ミリ無誘導ロケット弾が多用されている。機関銃は、あくまでも補助的武器。
この点、セロとの戦いを経験していないマハジャンガは、他地域とは異なる兵器体系になっている。
つまり、200万年後には適応していないのだ。
第7回キリヤ訪問飛行は、成否が相半ばした。梨々香たちが担った友好の促進は、いつもの通りで、和やかだった。
鏑木委員から提案した「街から離れた安全な場所に大型機が着陸できる滑走路を……」という提案は、芳しい反応がない。どうも、ズラ湾に気兼ねしているようだ。
一方、貨物船団によるヴィクトリア湖への訪問は、簡単に了承された。
警戒もされなかった。
無警戒すぎて、平和ボケっぽい印象もある。東アフリカ内陸海路から河川経由でヴィクトリア湖に至るルートは、キリヤから案内人を派遣してもらうことになった。
案内人の乗り込みは、商都リモンジュからではなく、100キロ以上南のキゴマからと決まった。
相変わらず、西岸と内陸は対立しているからだ。
マハジャンガは、案内人の乗り込みをマハジャンガからを希望したが、案内人が飛行機に乗ることを怖がったこと、ティターン沖を航行することを嫌がったことから、実現しなかった。
ただ、航路について、詳しい情報を提供してくれた。
マハジャンガのヒトが、柑橘類を好むことはキリヤではよく知られている。ジャクソンフルーツやバレンシアオレンジは、必ず買ってもらえることも知っている。
小麦や大豆はマハジャンガとキリヤの行政が組織的に交易するが、果物などは個人間の売買が主流。
取り引き量は少ないが、地元の農家との直取引は楽しくもある。木に実る果物は、自然になっている以外、マハジャンガでは皆無。
言葉が通じない点は、身振り手振りでのコミュニケーションになる。それもまた、楽しい。
木箱一杯のマンゴー、網一杯のパッションフルーツ、それを売りに来る。航空機のクルーたちは、それを待つ。
購入した果物は個人消費を除いて、慣例として学校に寄付する。
家計を預かる梨々香は、それがささやかな不満だった。もちろん、口には出さない。しかし、この任務に関わる報酬の半分が、果物に化けるなんて理不尽だと感じていた。
だから、街中を散策するなど、果物の売り込みから上手に逃げている。
キリヤ訪問飛行は、2泊3日と決まっていた。初日は歓迎の宴があり、中日は外交交渉、天候次第だが3日目の午前中に離陸して帰路につく。
歓迎の宴にクルーが参加することはない。クルーは、機体から離れない。しかし、中日は交代で、物見遊山をする。
このとき、梨々香は機に残る番だった。梨々香は湖を見たくて、湖畔に立っていた。
すると、ガレー船のような形式の船が、帆をたたんで、櫂走してくる。
梨々香は「優雅ね」と独り言ちするが、その船を見たキリヤの住民が逃げ出す。
口々に何かを叫び、梨々香にも何かを告げた。
船は10隻ほど。船団だ。
カプランが走ってきた。
「ティターンの船だ。
ヴィクトリア湖まで侵入するなんて!
リリカ!
どうしたらいい」
梨々香は躊躇わなかった。こういった切羽詰まった状況には慣れている。
「隙を見て離陸!」
航法士と航空機関士が待っていた。
クルーが配置につき、梨々香が離陸の準備をする。
飛行場には、まばらだが住民がいる。
梨々香はプロペラを回して、離陸の準備をするが、飛行場が無人になるのを待つ。
航法士が慌てる。
「上陸してきたぞ!」
船上からは弓の投射。上陸した兵は、剣を抜き、槍を構えている。
「離陸する」
梨々香の落ち着いた声とは裏腹な、相当に荒っぽい短距離離陸を披露する。
梨々香は上昇せず、キリヤの上空を旋回している。
武器を持たない街の住民は、一方的な弓の的にされている。
幼い女の子が道で転ぶ。その子の首を、ティターン兵が一閃ではねた。
梨々香にスイッチが入ったことを、カプランは怒気で感じた。凄まじい怒りの波動が機内に満ちる。
カプランは何も言えなかった。
航法士と機関士は、硬直している。これから何が始まるのか、わからないが、梨々香の怒りが爆発したことだけはわかる。
梨々香は湖畔に向かって緩降下を始める。着上陸しているティターン船に機銃掃射を加える。船体ではなく、帆柱や櫂に。
木造船としては大型で、30メートルから45メートルと複数の大きさがある。その船が木っ端をまき散らす。20×102ミリ弾の威力は絶大で、しかも1門あたり1分間に750発を発射するのだから、木造船は推進力を失い、船としての機能がなくなってしまう。
梨々香は湖上のティターン船も容赦しなかった。
降下すると舷側ギリギリの湖面を撃つ。片舷の櫂がすべて破壊される。
船が破壊されていると知ったティターン兵が慌てる。
ここは敵地のど真ん中。
船を失えば退却できなくなる。
攻守は一瞬で変わる。狩る側から狩られる側に立場が変わる。
梨々香は数分の戦闘で、10隻のティターン船を航行不能にした。
飛行場には着陸できない。
戦場となってしまい、多数のティターン兵が横たわる。
梨々香は着陸場所を探し、湖畔に沿った未舗装路に降りる。
このときの着陸も曲芸に近かった。
メーウィッシュは、梨々香を羨望の眼差しで見詰めている。梨々香が1人も殺さず、ティターン兵800を無力化したからだ。
カプランに「飛行機ってすごいのね」と問いかけると、カプランから「リリカがすごいんだ。俺ではあんな飛ばし方できないよ」と返された。
梨々香は鏑木委員からの叱責を覚悟したが、花沢委員から「勲章ものよ!」と褒められた。鏑木委員は「最高の判断だ」と賞賛する。
だが、梨々香は一瞬だが、怒りに支配されたことを悔いていた。
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