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第9章
09-220 混沌のレムリア
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マハジャンガに上陸して1年。できることと、できないことが、はっきりしてきた。
マダガスカルは鳥の楽園。
穀物の種を蒔くと、比喩でも、大げさでもなく、一粒残らず食べられてしまう。
だから、田植えをする水稲に力を入れ、二期作を試みた。水稲はどうにかなった。
鳥の侵入を防がないと、作物は芽を出さず、実らない。
恐鳥は怖いが、飛翔する小鳥も恐ろしい。
ヒトも恐ろしい。
バンジェル島とクフラックの両勢力は、政治的に抜け目がない。フルギア、ブルマン、北方人は、とんでもなく欲深だ。
まぁ、利益重視のほうが、商談はしやすい。
気付けば、欲深3勢力との取り引きが増えていく。
フルギア、ブルマン、北方人は、希望した物品は何でも用意する。3者からアイミツを取るが、けっこうな確率で談合している。
売買の99パーセントは談合している。
しかし、同時に正確な情報を提供してくれる。ついでに小ネタも……。
例えば、バンジェル島とクフラックは商売上は競合関係にあるが、総じてクフラックのほうが優勢。
クフラック国内には複数の派閥があるが、対外的な問題に関しては団結する。対して、バンジェル島は、本島、北島、南島、西島が同じ国とは思えないほどバラバラ。
単なる悪口も。北方人は野蛮、ブルマンは未開、フルギアは粗野、とか。
マダガスカル島マハジャンガは、複雑な国際情勢の中で、どうにか独立している。他のアフリカ諸勢力から、地理的にかなり離れていることが奏効している。
別の見方をすれば、孤立している。モザンビーク海峡の対岸にあるレムリアとさえ交流がないのだ。
情報は入手している。しかし、所詮は伝聞でしかない。
移住委員会は、この点を苦悩していた。
同時に、他勢力船の不意な接近を警戒している。
キングエア各型は、6機が飛行可能な状態に復元・整備されていた。
常時2機が、近海を哨戒している。1機はモザンビーク海峡の北側、別の1機はマダガスカル北端よりも北を担当している。
島の東側は完全に無防備。
不定期に手空きな機体と乗員が、訓練名目で哨戒するのみだ。計画的でも組織的でもない。異常がなければ、報告はされない。
マハジャンガでの生活に最初に適応したのは、サクラだった。子供同士のトラブルはあったが、総じて穏やかな学校生活を送っている。
萱場隆太郎は、人文系と自然科学系のどちらの学術調査会メンバーからも仲間的視点で見られていた。
居酒屋など飲み屋がないので、テントでのビール乾杯程度なのだが、よく誘われた。
隆太郎は応じたし、彼自身、科学者たちとの会話は楽しかった。
鮎原梨々香は若すぎるためか、サクラを媒介とするママ友的交友関係は作れなかった。
また、職場での関係は良好だったが、当然だが年上ばかりで、純粋な友だちはいなかった。
隆太郎は梨々香を心配していたが、マハジャンガ上陸から6カ月目のある夜、彼女から嬉しい報告があった。
「友だち、できたよ」
梨々香は、ポーターの操縦ができる。航空機パイロットは固定翼・回転翼のどちらも貴重で、飛行任務に就いていないとしても定期的な訓練が必要だと、移住委員会は考えていた。
梨々香にも最低月2回、合計飛行4時間の訓練義務が課せられた。
梨々香は航空機工場と相談の上、金曜日の午前中をこの飛行訓練にあてたのだが、ここで探検船キヌエティの元乗員たちと懇意になる。
梨々香の生育環境は、過酷だった。房総での生活は、常に飢えとの戦いだった。隆太郎と出会うまで、どういう生活をしていたのか判然としない。
ただ、どこからか逃げてきたことは、確認している。隆太郎は、彼女をかくまっていた。
同年齢の異性とはもちろん、同性と会話する機会がなかった。家族はいるが、友だちはいない。知り合いさえいない。
なぜなら、彼女は隠れ続けていたからだ。
友だちの作り方を知らない。
隆太郎は、サクラも梨々香も心配だった。2人の父親のように、心配していた。
梨々香は、精霊族とのクォーターであるサリュー、救世主であるアラセリ、ブルマンの有力者に縁があるエリシアの3人と仲良くなる。
梨々香の特異な部分と、彼女たちの異質な部分が合致したようだ。ヒトの社会では、ちょっとはみ出している4人だから仲良くなったのだろう、と隆太郎は考えていた。
マハジャンガに上陸して1年すると、少しは休日が作れるようになった。移住委員会の「週に1日は必ず休日を」キャンペーンの成果でもある。
休日の朝食時は、サクラから学校の話を聞き、梨々香からはおばさんっぽい噂話を聞かされる。
そして、サクラは友だちと遊びに行き、梨々香は新しい友だちとランチに行く。
隆太郎は、すべてから解放されるこのひとときが好きだった。
家族3人、それぞれが円満に生活している。心底から「房総を出てよかった」と感じていた。
同時にこの生活を守りたい、と強く願うようにもなっていた。
そのために必要なものは、滞空時間の長い哨戒機と高速の警備艇だ。
その調達は隆太郎の仕事ではないが、腹案はある。それを口にするかしないか、躊躇っていた。
隆太郎の口の堅さを崩したのは、梨々香の仕事上の苦悩だった。
「エンジンがないの。
エンジンがないから、これ以上、飛行機が作れないの。
移住委員会はアリソンで輸送機を作れないかって言ってるけど……」
海上自衛隊のT-5、航空自衛隊のT-7練習機から取り外したアリソン250が大量にある。小型回転翼機の定番エンジンだが、固定翼機での使用は珍しい。最大420軸馬力では、小型の輸送機しか作れない。
「双発、だね」
梨々香がキョトンとする。
「アリソン250を使うなら、双発以外に選択肢はないよ。
ポーターの双発化かな。主翼を流用して、左右両翼に1基ずつ装備する。胴体を少し延長して、4人ほど乗客を増やす。
3車輪式にするけど、荒れた滑走路でも離着陸できるようにする。
どうかな?」
梨々香は戸惑っていたが、この珍案に興味を示す。
「例はあるの?」
隆太郎の発想には元ネタがあった。
「ツインオッターだね。
単発レシプロのDHC-3オッターをターボプロップ双発にしたDHC-6ツインオッターの例があるよ」
梨々香は、戸惑ってはいるが、精査しなければならないものの可能性を感じていた。
「今日、工場長に話してみるよ」
梨々香は、工場長に嘲笑されるのではないかと心配する。その困惑顔を見て、隆太郎が微笑んだ。
隆太郎は、学術調査会に所有機ごと雇用されているパイロットという身分だった。
だが、実際はマダガスカル全域の調査に関わる、あらゆる事柄にアドバイスしている。
移住委員会はマハジャンガを中心として、最北のアンツィラナナと東岸のマルアンツェトラに100人規模の基地を設営していた。
どうにか、北部の掌握には成功していたが、完全ではなかった。哨戒機は足りず、高速哨戒艇はない。海上の哨戒は鈍足の救命艇で行っていた。
キングエアの機体の修復を進めてはいるが、エンジンを入手していない。入手する術はあるし、資金もあるが、バンジェル島とクフラックの態度次第という他力本願状態だ。
資金については、食料の生産に目処がついていない状況なので、使途を食料の購入に絞る必要があった。
2機のキングエアは、学術調査会が運用している。学術調査会は移住委員会の下部組織で、任務はマダガスカルの全貌を明らかにすること。
島内全域の調査は無理なので、拠点3カ所周辺に絞って調査を続けているが、輸送機が足りなかった。
マハジャンガにたどり着いたヒトたちは、船も車輌も航空機も足りなかった。
航空機工場の士気は低かった。キングエアのレストアを進めてはいるが、エンジンがない。J3-7はターボジェットだし、アリソン250ではパワーが足りない。T56やT64はパワーがありすぎる。PT6Aは入手困難。
手持ちのエンジンと機体に適合性がないのだ。
ある日の昼食時、飛行場の食堂で学者たちの嘆きが始まる。
「調査しろと言われても、そこまでどうやって行くんだ!
飛行機が足りないから、延々と順番待ちだよ」
飛行機工場のエンジニアが、その言葉を受けて、隆太郎に無茶振りする。
「隆太郎さん、名案はない?」
隆太郎は、どう答えるか躊躇したが、検討する価値があると思っていることを声に出した。
「クイーンエアとバロンが何機かある。航空ガソリンは極端に足りないから、修復しても飛ばせない。
ここは、みなさん知ってますよね。
アリソン250は通常はヘリコプターに使われるターボシャフトエンジンだけど、移住船の船倉には固定翼機のプロペラ付きがあった。航空自衛隊や海上自衛隊の練習機のエンジン部を取り外したヤツ。
結構な数がある。正確には知らないけど……。
これを使えば、飛ばせるようになるかもしれない……」
エンジニアは、すぐに席を立った。
梨々香のPC-6ポーター双発化計画は、保留にされていた。
だが、このエンジンの利用法は、彼女の範疇とは異なる部分ですでに実行に移されていた。
以前からあった、アリソン250を25メートル級哨戒艇の動力として利用する構想が始まっていたのだ。
「飛行機に取られたらたいへんだ。
すぐに必要量を確保するんだ!」
造船所の所長が檄を飛ばした。
300馬力から1000馬力級のディーゼルエンジンは、建設機械、装甲戦闘車輌、小型船で取り合いになっていた。
もし、小型船がガスタービン・エレクトリックを動力にすれば、その分が車輌に回せる。
この動きに梨々香は、焦りを感じていた。
「エンジンがなくなっちゃう」
この競争に少数ではあるが、クイーンエアとバロンが割って入った。
現存する航空機は、正確には大災厄以前に製造されたものではない。大消滅以後にハンドメイドで大規模修復された。量産機とは異なり、仕様が機体ごとに大きな差がある。
最初は状態のいい機体を修理するだけだったが、徐々に修復レベルが高度化し、最終的には外板をすべて剥がすなどの完全レストアに至っている。
ただ、同型が多数あることから、大型のキングエアに集中していて、小型で同型が少ないレシプロ機であるクイーンエア(乗員乗客最大9)やバロン(乗員乗客最大6)には無関心だった。
一部は他の機への部品供給機となっていた。
この余剰の機体に隆太郎は目を付けた。
隆太郎は投げた石が波紋を起こすとは考えなかったし、波紋が起きたとしてもすぐに消えると考えていた。
しかし、波紋の存在は1週間後に確認できた。
ある日の朝食時、サクラが「行ってきまぁ~す」と玄関を出ると同時に、梨々香が言った。
「あのね、造船所がガスタービン船に力を注ぐって!
これで、エンジンが回ってこなくなる!
それに、クイーンエアにアリソンを積む計画まで出てきちゃった。
隆太郎の案を実現したいけど、エンジンが手に入らないかもしれない。
工場長は喜んでいる。風が吹くと桶屋が儲かる、とか言ってたけど、どういう意味?」
隆太郎は梨々香の質問には答えず、ただ「困ったねぇ」とだけ伝えた。
同日、飛行場に出勤すると、騒ぎになっていた。
「状態のいいクイーンエアを緊急修理して、アリソンのターボプロップを取り付けるんだって!
その機のテストパイロットを募集しているよ!」
若いパイロットたちの騒ぎに、隆太郎は深くため息をつく。
「そんな化石に筋肉付けたみたいな飛行機に生命をかけちゃダメだよ」
ターボクイーンエアは、急造のわりには高性能だった。航続距離は若干低下したが、心配したほどではなかった。
速度の向上はめざましく、最大時速550キロ、(原型機385キロ)巡航時速520キロ(原型機344キロ)に達した。
航空機工場に頼まれて、隆太郎はテスト飛行に駆り出された。アルバイトなのだが、かなりの高給で、その収入をどう理由付けして梨々香に渡すか悩んでいる。
梨々香は隆太郎が危険な行為をすることを、極端に嫌がる。そして、危険と安全の閾値がやたらと低い。水たまりを飛び越えることさえ嫌がる。
「転んだらどうするの?
水たまりでも溺れることがあるんだよ!」
梨々香はサクラに許可することでも、隆太郎にはしない。過保護か、心配性か、嫉妬性か、それとも束縛系か。
得体の知れない双発機のテストパイロットを引き受けたと知ったら、絞め殺されかねない。
この成果を得て、移住委員会はクイーンエアを学術調査会で使うことを許可した。
また、入手していた大型双発双胴輸送機ボックスカーにはT56ターボプロップエンジンを取り付けて、エンジンレスで入手した2機の就役を実現させていた。
1機は新造未就役、1機はかなり飛んでいる中古。
移住委員会は来訪者を待つのではなく、こちらから各地に向かう計画を立案していたが、実行に移す時期が来たと判断していた。
レムリアの中心都市ズラ村へは、C-130ハーキュリーズを使う。マハジャンガからズラ村まで3500キロ、ハーキュリーズの航続距離は3800キロ。
どうにか到達できる。
洋上の哨戒飛行は、キングエアを使用している。
単発機での洋上哨戒は、安全性の観点から禁止されている。これは、単発機が洋上を飛行してはならない、という規則ではない。
実際、セスナ172は、しばしば洋上飛行訓練を行っていた。
アラセリは、ターボマスタングMk.Bを駆って飛行訓練のためマハジャンガの飛行場を離陸する。最北の拠点アンツィラナナまで飛び、上空を旋回後に帰投する計画だ。
アラセリは、この飛行訓練の規定コースから外れて、アンツィラナナの東南200キロ付近を飛行していた。
ターボマスタングMk.Bは高速なため、規定コースだと訓練で定められた飛行時間が足りなくなるからだ。
彼女は、この海域で初めて船影を見た。不審船ではないが、機関が停止しているようで、船は潮に流されている。
船側もターボマスタングMk.Bに気付き、狼煙を上げる。
アラセリはさらに降下し、その船の周囲をミズナギドリのように旋回する。甲板に5人ほどが現れ、両手を振る。
メーウィッシュは、率先して手を振っていた。機関が故障し、漂流を始めてから12日目だった。
6日前、水平線付近に船影を見たが、救援を求めなかった。ザンジバルの海賊船である可能性が高いからだ。
今回は飛行機で、ザンジバルは飛行機なんて持っていない。動力船でさえ、数隻しかないはず。
「アンツィラナナの南東200キロの洋上に漂流船を発見!
機関が停止し、潮に流されている模様。
船形は、50メートル級のクルーザーと思われる」
アラセリは燃料が許す限り、その海域にとどまった。
燃料の心配をし始めた20分後に、キングエアが現れ、漂流船に接近する。
アラセリが帰投する。
この船の救出方法が問題になった。
マハジャンガには、50メートル級哨戒艇があるが擬装途中で竣工していない。
潮の流れが速く、救命艇改造の漁船や作業艇では追い付けないかもしれない。
東岸のアルマンツェトラからならば、待ち構えていれば捕捉できる。
失敗した場合はヘリコプターで乗員だけを救出する。
花山海斗とサリューは、救出に向かうベル412のクルーに選ばれたことが嬉しかった。
パイロットではないが、それでも十分な名誉だと感じていた。
マルアンツェトラを発し、アントゥンギル湾を出た4隻の作業船は北から流れてくる50メートル級クルーザーを発見する。
日没が近いが、このチャンスを失うと、今日中の救助が難しくなる。
それに、気圧が下がっているので、まもなく海が荒れる。
海斗とサリュー、そして2人の隊員が、ベル412からロープを使って降下した。
事情聴取と作業の手順を説明するためだ。
サリューは自分と同年齢の少女と、豪華な船室で相対していた。
「私は中部レムリアのメーウィッシュです。
お助けいただきありがとうございます。
ソコトラ島に向かっていましたが、エンジンが故障してしまい漂流していました」
彼女はウソをついた。機関は故障ではなく、爆発物を仕掛けられて破壊されていた。
「私はサリュー。マハジャンガの住人だ」
「マハジャンガ、ですか?
聞かない街の名ですが、西方の街ですか?
失礼ですが、精霊族で方ですよね」
「マダガスカルの西岸にある街だよ。
精霊族を知っているの?
私は、ヒトと精霊族の混血なんだ」
「え!
マダガスカルに街が……。
その噂は聞いてはいましたが……。
本当にあるなんて……」
作業船2隻による曳航は、最初のロープ受け渡しに失敗。2回目も失敗したが、3回目に成功した。
2ノット程度の低速だが、アントゥンギル湾に向かって、曳航を開始する。
クルーザーは日没直後にアントゥンギル湾に入り、小さな入り江に投錨。
メーウィッシュと彼女の随行員の計5人は、作業船でマルアンツェトラに向かう。
翌日、マルアンツェトラからマハジャンガまでは、ベル412で移動した。
メーウィッシュはマハジャンガに到着すると、医師による健康状態の確認がされた。
その後、簡単な食事が用意された招待所に案内され、シャワーを浴びたあとは泥のように眠った。
丸耳族であるメーウィッシュは、中部レムリアの動乱の兆しをヒトに知られまいと必死だった。
ヒトは貪欲で、狡猾。動乱に乗じて、どんなことを仕掛けてくるかわからない。
北部レムリアにはかつて、花山健昭という高潔なヒトがいて、ヒトからレムリアの独立を守り抜いたとされている。
花山健昭がいなければ、レムリアの独立はなかったかもしれない。北部レムリアの発展は、花山健昭の尽力によるものだ。中部と南部レムリアは、そのおこぼれを頂戴できたが、北部レムリアほど堅固な経済状態ではない。
南部レムリアは、ティターンの脅威を受け続けており、国家予算の多くを軍費にあてなければならない。
ティターンの存在が南部レムリアを団結させていたが、同時にティターンの存在が発展を妨げてもいた。
北部レムリアはヒトとの接触が多いため、ヒトに隙を見せないためにも団結しなければならない。
その点、中部レムリアは有利なのだが、内政・外交の緊張感が希薄なのか、部族間対立に起源がある派閥抗争がいまなお続いていた。
メーウィッシュには、4人の従者がいた。護衛が2人、侍女が2人。5人全員に個室が与えられ、行動に制限がなかった。
翌日、2時間ほどの事情聴取を受け、その後は「帰国されるまで、自由にしてください」と伝えられた。
メーウィッシュは、サリューに礼を言いたくて、飛行場に向かう。護衛はダルジャンだけ。
飛行機のことは知っていた。金属でできた機械だが、鳥のように空を飛ぶ。ヒトは、丸耳族に飛行機の秘密を明かさないことも。
だが、飛行場で驚く。
丸耳族の若者が飛行機を操縦していたのだ。
サリューのことを忘れてしまい、彼女はカプランに駆け寄った。
「そなたは丸耳族であろう?
どこの部族、いや国のものか!」
カプランは同じくらいの年齢の女の子に詰め寄られて、困惑する。
「あぁ~、部族はばあちゃんがルテニ族、最後のルテニ族だった。じいちゃんは南の方の何とか部族だったらしい。
国籍だが……、北部レムリアだ。
一応……、だけどね」
サリューがメーウィッシュを見つける。
「丸耳族のお姫様が、こんなところに何の用かな?」
サリューは戯けて声をかけた。
メーウィッシュが微笑む。
「サリュー、あなたにお礼を言いに来たの」
「じゃぁ、一杯奢って。
ビールじゃなくて、サイダーになるけど」
サリューが案内して、休憩所に行くと、アラセリがいた。
「メーウィッシュ、彼女があなたたちを見つけた……」
メーウィッシュは、驚いていた。上空を飛ぶ戦闘機を見たとき、パイロットは屈強な男性だと確信していた。
だが、違っていた。
「あの、ありがとう。見つけてくれて……」
サリューが紹介する。
「アラセリだよ。
凄腕の戦闘機パイロット。
普段は小型輸送機の運転手だけどね」
そこに飛行訓練を終えた梨々香が入ってきた。
「彼女はリリカ。
恐ろしい飛び方をするブッシュパイロット」
梨々香が微笑むと、彼女に続いてエリシアが入室する。
「リリカのとなりがエリシア。
輸送機のパイロット」
メーウィッシュは、なぜか嬉しかった。顔の造作だけでも、かなり違うのだが、ここでは仲良くしている。
部族がどうのとこだわる中部レムリアとは違う。
梨々香が問う。
「メーウィッシュは、どうやって帰るの?」
それは重要な問題だ。北部レムリアでチャーターした船は、簡単には修理できない。地域の危機をどうにかする手だてを見つけるまでは、帰れない。
しかし、現状では万策尽きている。生命があるだけでも幸運と思わないとならない。
「中部レムリアには大きな湖があります。
私たちは単に湖と呼んでいますが、ヒトはヴィクトリア湖と名を付けています。
私は湖の東岸キリヤに住んでいます。
簡単には帰れません。
何年もかかるかもしれません」
アラセリがフルギア商人が持ち込んだ地図をテーブルに広げる。
「マハジャンガはここ。ヴィクトリア湖はここ。
メーウィッシュの故郷はどこ?」
彼女は少し躊躇うが、正しい場所を指差した。
「東岸の南側だね。
ざっと、2000キロ。
キングエアで飛べる。
レムリアで燃料が補給できないなら、足りない分の燃料を積んでいけばいい」
アラセリの案に反対がない。
梨々香が心配する。
「飛べるとしても、飛ばせてくれるかな?
燃料の割り当てがもらえないと……」
エリシアが名案を出す。
「リリカの彼氏は大物だから、リリカが彼氏に頼めばいいんだよ。
色っぽい下着とか着けて、にじり寄れば大丈夫だよ」
梨々香が呆れる。
「絶対にイヤ!
そんなことしない。
それと、隆太郎は大物じゃない」
サリューが否定する。
「いやぁ~、大物だよ。
航空機工場の顧問だし、ターボクイーンエアの評価テストも担当したし……、学術調査会の特別会員だし……」
梨々香が慌てる。
「航空機工場の顧問?
航空機工場からお給料が出てるの?」
サリューとエリシアが顔を見合わす。
「あると思うよ……」
航空機工場顧問とターボクイーンエアの評価テストは、別の案件なのだが、梨々香はそこの区別がなかった。
結果、隆太郎はへそくりのすべてを吐き出さなくてもよかった。
梨々香よりもサクラのほうが強行で、サクラは「梨々香を欺した」と本気で怒っている。
梨々香は隆太郎に「移住委員会で、メーウィッシュの帰還計画を説明してほしい」と懇願した。へそくりのことなど、どうでもよかった。どのみち、梨々香のものなのだから。
ズラ村への飛行計画は、移住委員会と正規の飛行隊の間で立案されていた。
使用する機体は、4発輸送機のC-130ハーキュリーズ。
クルーは、正副操縦士、航空機関士、航法士の4人。機内業務員が2人。移住委員会からは、外交団15人が選出されていた。
機内業務員には、カプランとアラセリが選ばれている。このことは、本人はまだ知らない。
移住委員会庁舎で行われた何度目かの会議で、いつもの堂々巡りが始まる。
「もし、全員が拘束された場合の救出作戦はどうするのか」
いつも、この問題で沈黙になる。
レムリアの情勢がわからないのだ。丸耳族はヒトの近縁種だが、ヒトではない。接し方はヒトと大差ないように感じるが、実際は異なるかもしれない。
誤解からの拘束もあり得るし、最悪、生命のやりとりになるかもしれない。
隆太郎はオブザーバーの立場で、求められたら意見するが、自ら進んで発言する義務はない。
義務はないが、梨々香に脅されて挙手した。だが、梨々香の案は傾聴に値する。
「萱場さん、何でしょうか?」
「議長、発言をお許しいただけませんか?」
「萱場さんに意見を求めましょう」
「議長、ありがとうございます。
先般、東の洋上で漂流船を救助しました。船と乗員はアントゥンギル湾に停泊したままですが、乗客はマハジャンガに移送しました」
「その件なら知っています」
「乗客の1人、若い女性ですが、中部レムリアにおける有力者の関係者らしいのです。
具体的には有力者の娘です。
中部レムリアの中心都市は西岸のリモンジュですが、内陸のヴィクトリア湖東南岸にあるキリヤも有力な街だそうです。
キリヤの有力者の子を救助したのならば、そう無碍には扱わないでしょう。
キリヤならチップタンクを付けたキングエアで送り届けられます。
情報も得られるかと……」
議長が少し考える。
高齢の委員が発言。
「萱場さん、中部レムリアの情勢はわかりますか?」
「正確にはわかりません。
中部レムリアでは、ヴィクトリア湖周辺で農業が盛んですが、湖西岸から東アフリカ内陸海路までの海岸部一帯と湖東岸以東の内陸部は対立関係にあるとか。
農産物の輸出をめぐる争いのようです。
アフリカ各地との貿易では、北部レムリアの産品が優先され、中部や南部レムリアは後手に回っているようです。
中部レムリアは過去、北部レムリアに輸出し、北部レムリアがアフリカ各地に輸出することで莫大な利益を上げていました。
キリヤは、中部レムリアの産品を直接アフリカ各地に輸出するルートを開拓したのですが、これを嫌った北部レムリアの商人がリモンジュと組んで、キリヤに貿易封鎖を仕掛けたと聞いています。
具体的には、ヴィクトリア湖からキョーガ湖を経て、東アフリカ内陸海路に至る河川ルートに関を設けて封鎖したそうです」
「萱場さん、レムリアのもめ事に巻き込まれませんか?」
「どうでしょうねぇ。
遭難者を救助しただけですからねぇ。
レムリアの情勢に関与する必要はないと思うし、求められもしないでしょう。
ただ、食料は買えるかもしれませんよ。決定的に不足している大豆も作っているようだし……。
ズラ村に乗り込む前の予行練習としては、ちょうどいいかなと思うんですよ」
委員たちの私語がやまない。
老齢の委員が問う。
「萱場さん、必要なものは?」
「キングエア、燃料満タン、帰りの不足分は機内に積んでいくしかないでしょう。それと金貨少々」
壮年の女性委員が発言。
「ハーキュリーズのほうが荷物を積めるのでは?」
「大きすぎますね」
「大型機ではダメなのですか?」
「キリヤの滑走路の状態がわかりません。
もし、草地や土を固めただけならば、小型機のほうがいいでしょう」
「では、誰を派遣しますか?」
「副操縦士にレムリア出身のカプラン。
正操縦士に私の妻、鮎原梨々香。滑走路の状態に対応できるので。
委員会からどなたか。
それと、救助した5人。
飛行時間は4時間。
ビジネス機のままの機があるので、飛行機に乗り慣れなれていない救助者5人には快適だと思います」
結論はなく、引き続きの検討となったが、移住委員会の委員2人が志願したことから、翌々日にはキリヤ訪問飛行が決定する。
梨々香は、この結果に驚いていた。そして、隆太郎を見直していた。同時に隆太郎をどう思えばいいのか、不安にもなった。
本当に「大物だったらどうしよう」と。
マハジャンガにたどり着いて2年。
いよいよ混沌のアフリカに足を踏み入れることになる。
マダガスカルは鳥の楽園。
穀物の種を蒔くと、比喩でも、大げさでもなく、一粒残らず食べられてしまう。
だから、田植えをする水稲に力を入れ、二期作を試みた。水稲はどうにかなった。
鳥の侵入を防がないと、作物は芽を出さず、実らない。
恐鳥は怖いが、飛翔する小鳥も恐ろしい。
ヒトも恐ろしい。
バンジェル島とクフラックの両勢力は、政治的に抜け目がない。フルギア、ブルマン、北方人は、とんでもなく欲深だ。
まぁ、利益重視のほうが、商談はしやすい。
気付けば、欲深3勢力との取り引きが増えていく。
フルギア、ブルマン、北方人は、希望した物品は何でも用意する。3者からアイミツを取るが、けっこうな確率で談合している。
売買の99パーセントは談合している。
しかし、同時に正確な情報を提供してくれる。ついでに小ネタも……。
例えば、バンジェル島とクフラックは商売上は競合関係にあるが、総じてクフラックのほうが優勢。
クフラック国内には複数の派閥があるが、対外的な問題に関しては団結する。対して、バンジェル島は、本島、北島、南島、西島が同じ国とは思えないほどバラバラ。
単なる悪口も。北方人は野蛮、ブルマンは未開、フルギアは粗野、とか。
マダガスカル島マハジャンガは、複雑な国際情勢の中で、どうにか独立している。他のアフリカ諸勢力から、地理的にかなり離れていることが奏効している。
別の見方をすれば、孤立している。モザンビーク海峡の対岸にあるレムリアとさえ交流がないのだ。
情報は入手している。しかし、所詮は伝聞でしかない。
移住委員会は、この点を苦悩していた。
同時に、他勢力船の不意な接近を警戒している。
キングエア各型は、6機が飛行可能な状態に復元・整備されていた。
常時2機が、近海を哨戒している。1機はモザンビーク海峡の北側、別の1機はマダガスカル北端よりも北を担当している。
島の東側は完全に無防備。
不定期に手空きな機体と乗員が、訓練名目で哨戒するのみだ。計画的でも組織的でもない。異常がなければ、報告はされない。
マハジャンガでの生活に最初に適応したのは、サクラだった。子供同士のトラブルはあったが、総じて穏やかな学校生活を送っている。
萱場隆太郎は、人文系と自然科学系のどちらの学術調査会メンバーからも仲間的視点で見られていた。
居酒屋など飲み屋がないので、テントでのビール乾杯程度なのだが、よく誘われた。
隆太郎は応じたし、彼自身、科学者たちとの会話は楽しかった。
鮎原梨々香は若すぎるためか、サクラを媒介とするママ友的交友関係は作れなかった。
また、職場での関係は良好だったが、当然だが年上ばかりで、純粋な友だちはいなかった。
隆太郎は梨々香を心配していたが、マハジャンガ上陸から6カ月目のある夜、彼女から嬉しい報告があった。
「友だち、できたよ」
梨々香は、ポーターの操縦ができる。航空機パイロットは固定翼・回転翼のどちらも貴重で、飛行任務に就いていないとしても定期的な訓練が必要だと、移住委員会は考えていた。
梨々香にも最低月2回、合計飛行4時間の訓練義務が課せられた。
梨々香は航空機工場と相談の上、金曜日の午前中をこの飛行訓練にあてたのだが、ここで探検船キヌエティの元乗員たちと懇意になる。
梨々香の生育環境は、過酷だった。房総での生活は、常に飢えとの戦いだった。隆太郎と出会うまで、どういう生活をしていたのか判然としない。
ただ、どこからか逃げてきたことは、確認している。隆太郎は、彼女をかくまっていた。
同年齢の異性とはもちろん、同性と会話する機会がなかった。家族はいるが、友だちはいない。知り合いさえいない。
なぜなら、彼女は隠れ続けていたからだ。
友だちの作り方を知らない。
隆太郎は、サクラも梨々香も心配だった。2人の父親のように、心配していた。
梨々香は、精霊族とのクォーターであるサリュー、救世主であるアラセリ、ブルマンの有力者に縁があるエリシアの3人と仲良くなる。
梨々香の特異な部分と、彼女たちの異質な部分が合致したようだ。ヒトの社会では、ちょっとはみ出している4人だから仲良くなったのだろう、と隆太郎は考えていた。
マハジャンガに上陸して1年すると、少しは休日が作れるようになった。移住委員会の「週に1日は必ず休日を」キャンペーンの成果でもある。
休日の朝食時は、サクラから学校の話を聞き、梨々香からはおばさんっぽい噂話を聞かされる。
そして、サクラは友だちと遊びに行き、梨々香は新しい友だちとランチに行く。
隆太郎は、すべてから解放されるこのひとときが好きだった。
家族3人、それぞれが円満に生活している。心底から「房総を出てよかった」と感じていた。
同時にこの生活を守りたい、と強く願うようにもなっていた。
そのために必要なものは、滞空時間の長い哨戒機と高速の警備艇だ。
その調達は隆太郎の仕事ではないが、腹案はある。それを口にするかしないか、躊躇っていた。
隆太郎の口の堅さを崩したのは、梨々香の仕事上の苦悩だった。
「エンジンがないの。
エンジンがないから、これ以上、飛行機が作れないの。
移住委員会はアリソンで輸送機を作れないかって言ってるけど……」
海上自衛隊のT-5、航空自衛隊のT-7練習機から取り外したアリソン250が大量にある。小型回転翼機の定番エンジンだが、固定翼機での使用は珍しい。最大420軸馬力では、小型の輸送機しか作れない。
「双発、だね」
梨々香がキョトンとする。
「アリソン250を使うなら、双発以外に選択肢はないよ。
ポーターの双発化かな。主翼を流用して、左右両翼に1基ずつ装備する。胴体を少し延長して、4人ほど乗客を増やす。
3車輪式にするけど、荒れた滑走路でも離着陸できるようにする。
どうかな?」
梨々香は戸惑っていたが、この珍案に興味を示す。
「例はあるの?」
隆太郎の発想には元ネタがあった。
「ツインオッターだね。
単発レシプロのDHC-3オッターをターボプロップ双発にしたDHC-6ツインオッターの例があるよ」
梨々香は、戸惑ってはいるが、精査しなければならないものの可能性を感じていた。
「今日、工場長に話してみるよ」
梨々香は、工場長に嘲笑されるのではないかと心配する。その困惑顔を見て、隆太郎が微笑んだ。
隆太郎は、学術調査会に所有機ごと雇用されているパイロットという身分だった。
だが、実際はマダガスカル全域の調査に関わる、あらゆる事柄にアドバイスしている。
移住委員会はマハジャンガを中心として、最北のアンツィラナナと東岸のマルアンツェトラに100人規模の基地を設営していた。
どうにか、北部の掌握には成功していたが、完全ではなかった。哨戒機は足りず、高速哨戒艇はない。海上の哨戒は鈍足の救命艇で行っていた。
キングエアの機体の修復を進めてはいるが、エンジンを入手していない。入手する術はあるし、資金もあるが、バンジェル島とクフラックの態度次第という他力本願状態だ。
資金については、食料の生産に目処がついていない状況なので、使途を食料の購入に絞る必要があった。
2機のキングエアは、学術調査会が運用している。学術調査会は移住委員会の下部組織で、任務はマダガスカルの全貌を明らかにすること。
島内全域の調査は無理なので、拠点3カ所周辺に絞って調査を続けているが、輸送機が足りなかった。
マハジャンガにたどり着いたヒトたちは、船も車輌も航空機も足りなかった。
航空機工場の士気は低かった。キングエアのレストアを進めてはいるが、エンジンがない。J3-7はターボジェットだし、アリソン250ではパワーが足りない。T56やT64はパワーがありすぎる。PT6Aは入手困難。
手持ちのエンジンと機体に適合性がないのだ。
ある日の昼食時、飛行場の食堂で学者たちの嘆きが始まる。
「調査しろと言われても、そこまでどうやって行くんだ!
飛行機が足りないから、延々と順番待ちだよ」
飛行機工場のエンジニアが、その言葉を受けて、隆太郎に無茶振りする。
「隆太郎さん、名案はない?」
隆太郎は、どう答えるか躊躇したが、検討する価値があると思っていることを声に出した。
「クイーンエアとバロンが何機かある。航空ガソリンは極端に足りないから、修復しても飛ばせない。
ここは、みなさん知ってますよね。
アリソン250は通常はヘリコプターに使われるターボシャフトエンジンだけど、移住船の船倉には固定翼機のプロペラ付きがあった。航空自衛隊や海上自衛隊の練習機のエンジン部を取り外したヤツ。
結構な数がある。正確には知らないけど……。
これを使えば、飛ばせるようになるかもしれない……」
エンジニアは、すぐに席を立った。
梨々香のPC-6ポーター双発化計画は、保留にされていた。
だが、このエンジンの利用法は、彼女の範疇とは異なる部分ですでに実行に移されていた。
以前からあった、アリソン250を25メートル級哨戒艇の動力として利用する構想が始まっていたのだ。
「飛行機に取られたらたいへんだ。
すぐに必要量を確保するんだ!」
造船所の所長が檄を飛ばした。
300馬力から1000馬力級のディーゼルエンジンは、建設機械、装甲戦闘車輌、小型船で取り合いになっていた。
もし、小型船がガスタービン・エレクトリックを動力にすれば、その分が車輌に回せる。
この動きに梨々香は、焦りを感じていた。
「エンジンがなくなっちゃう」
この競争に少数ではあるが、クイーンエアとバロンが割って入った。
現存する航空機は、正確には大災厄以前に製造されたものではない。大消滅以後にハンドメイドで大規模修復された。量産機とは異なり、仕様が機体ごとに大きな差がある。
最初は状態のいい機体を修理するだけだったが、徐々に修復レベルが高度化し、最終的には外板をすべて剥がすなどの完全レストアに至っている。
ただ、同型が多数あることから、大型のキングエアに集中していて、小型で同型が少ないレシプロ機であるクイーンエア(乗員乗客最大9)やバロン(乗員乗客最大6)には無関心だった。
一部は他の機への部品供給機となっていた。
この余剰の機体に隆太郎は目を付けた。
隆太郎は投げた石が波紋を起こすとは考えなかったし、波紋が起きたとしてもすぐに消えると考えていた。
しかし、波紋の存在は1週間後に確認できた。
ある日の朝食時、サクラが「行ってきまぁ~す」と玄関を出ると同時に、梨々香が言った。
「あのね、造船所がガスタービン船に力を注ぐって!
これで、エンジンが回ってこなくなる!
それに、クイーンエアにアリソンを積む計画まで出てきちゃった。
隆太郎の案を実現したいけど、エンジンが手に入らないかもしれない。
工場長は喜んでいる。風が吹くと桶屋が儲かる、とか言ってたけど、どういう意味?」
隆太郎は梨々香の質問には答えず、ただ「困ったねぇ」とだけ伝えた。
同日、飛行場に出勤すると、騒ぎになっていた。
「状態のいいクイーンエアを緊急修理して、アリソンのターボプロップを取り付けるんだって!
その機のテストパイロットを募集しているよ!」
若いパイロットたちの騒ぎに、隆太郎は深くため息をつく。
「そんな化石に筋肉付けたみたいな飛行機に生命をかけちゃダメだよ」
ターボクイーンエアは、急造のわりには高性能だった。航続距離は若干低下したが、心配したほどではなかった。
速度の向上はめざましく、最大時速550キロ、(原型機385キロ)巡航時速520キロ(原型機344キロ)に達した。
航空機工場に頼まれて、隆太郎はテスト飛行に駆り出された。アルバイトなのだが、かなりの高給で、その収入をどう理由付けして梨々香に渡すか悩んでいる。
梨々香は隆太郎が危険な行為をすることを、極端に嫌がる。そして、危険と安全の閾値がやたらと低い。水たまりを飛び越えることさえ嫌がる。
「転んだらどうするの?
水たまりでも溺れることがあるんだよ!」
梨々香はサクラに許可することでも、隆太郎にはしない。過保護か、心配性か、嫉妬性か、それとも束縛系か。
得体の知れない双発機のテストパイロットを引き受けたと知ったら、絞め殺されかねない。
この成果を得て、移住委員会はクイーンエアを学術調査会で使うことを許可した。
また、入手していた大型双発双胴輸送機ボックスカーにはT56ターボプロップエンジンを取り付けて、エンジンレスで入手した2機の就役を実現させていた。
1機は新造未就役、1機はかなり飛んでいる中古。
移住委員会は来訪者を待つのではなく、こちらから各地に向かう計画を立案していたが、実行に移す時期が来たと判断していた。
レムリアの中心都市ズラ村へは、C-130ハーキュリーズを使う。マハジャンガからズラ村まで3500キロ、ハーキュリーズの航続距離は3800キロ。
どうにか到達できる。
洋上の哨戒飛行は、キングエアを使用している。
単発機での洋上哨戒は、安全性の観点から禁止されている。これは、単発機が洋上を飛行してはならない、という規則ではない。
実際、セスナ172は、しばしば洋上飛行訓練を行っていた。
アラセリは、ターボマスタングMk.Bを駆って飛行訓練のためマハジャンガの飛行場を離陸する。最北の拠点アンツィラナナまで飛び、上空を旋回後に帰投する計画だ。
アラセリは、この飛行訓練の規定コースから外れて、アンツィラナナの東南200キロ付近を飛行していた。
ターボマスタングMk.Bは高速なため、規定コースだと訓練で定められた飛行時間が足りなくなるからだ。
彼女は、この海域で初めて船影を見た。不審船ではないが、機関が停止しているようで、船は潮に流されている。
船側もターボマスタングMk.Bに気付き、狼煙を上げる。
アラセリはさらに降下し、その船の周囲をミズナギドリのように旋回する。甲板に5人ほどが現れ、両手を振る。
メーウィッシュは、率先して手を振っていた。機関が故障し、漂流を始めてから12日目だった。
6日前、水平線付近に船影を見たが、救援を求めなかった。ザンジバルの海賊船である可能性が高いからだ。
今回は飛行機で、ザンジバルは飛行機なんて持っていない。動力船でさえ、数隻しかないはず。
「アンツィラナナの南東200キロの洋上に漂流船を発見!
機関が停止し、潮に流されている模様。
船形は、50メートル級のクルーザーと思われる」
アラセリは燃料が許す限り、その海域にとどまった。
燃料の心配をし始めた20分後に、キングエアが現れ、漂流船に接近する。
アラセリが帰投する。
この船の救出方法が問題になった。
マハジャンガには、50メートル級哨戒艇があるが擬装途中で竣工していない。
潮の流れが速く、救命艇改造の漁船や作業艇では追い付けないかもしれない。
東岸のアルマンツェトラからならば、待ち構えていれば捕捉できる。
失敗した場合はヘリコプターで乗員だけを救出する。
花山海斗とサリューは、救出に向かうベル412のクルーに選ばれたことが嬉しかった。
パイロットではないが、それでも十分な名誉だと感じていた。
マルアンツェトラを発し、アントゥンギル湾を出た4隻の作業船は北から流れてくる50メートル級クルーザーを発見する。
日没が近いが、このチャンスを失うと、今日中の救助が難しくなる。
それに、気圧が下がっているので、まもなく海が荒れる。
海斗とサリュー、そして2人の隊員が、ベル412からロープを使って降下した。
事情聴取と作業の手順を説明するためだ。
サリューは自分と同年齢の少女と、豪華な船室で相対していた。
「私は中部レムリアのメーウィッシュです。
お助けいただきありがとうございます。
ソコトラ島に向かっていましたが、エンジンが故障してしまい漂流していました」
彼女はウソをついた。機関は故障ではなく、爆発物を仕掛けられて破壊されていた。
「私はサリュー。マハジャンガの住人だ」
「マハジャンガ、ですか?
聞かない街の名ですが、西方の街ですか?
失礼ですが、精霊族で方ですよね」
「マダガスカルの西岸にある街だよ。
精霊族を知っているの?
私は、ヒトと精霊族の混血なんだ」
「え!
マダガスカルに街が……。
その噂は聞いてはいましたが……。
本当にあるなんて……」
作業船2隻による曳航は、最初のロープ受け渡しに失敗。2回目も失敗したが、3回目に成功した。
2ノット程度の低速だが、アントゥンギル湾に向かって、曳航を開始する。
クルーザーは日没直後にアントゥンギル湾に入り、小さな入り江に投錨。
メーウィッシュと彼女の随行員の計5人は、作業船でマルアンツェトラに向かう。
翌日、マルアンツェトラからマハジャンガまでは、ベル412で移動した。
メーウィッシュはマハジャンガに到着すると、医師による健康状態の確認がされた。
その後、簡単な食事が用意された招待所に案内され、シャワーを浴びたあとは泥のように眠った。
丸耳族であるメーウィッシュは、中部レムリアの動乱の兆しをヒトに知られまいと必死だった。
ヒトは貪欲で、狡猾。動乱に乗じて、どんなことを仕掛けてくるかわからない。
北部レムリアにはかつて、花山健昭という高潔なヒトがいて、ヒトからレムリアの独立を守り抜いたとされている。
花山健昭がいなければ、レムリアの独立はなかったかもしれない。北部レムリアの発展は、花山健昭の尽力によるものだ。中部と南部レムリアは、そのおこぼれを頂戴できたが、北部レムリアほど堅固な経済状態ではない。
南部レムリアは、ティターンの脅威を受け続けており、国家予算の多くを軍費にあてなければならない。
ティターンの存在が南部レムリアを団結させていたが、同時にティターンの存在が発展を妨げてもいた。
北部レムリアはヒトとの接触が多いため、ヒトに隙を見せないためにも団結しなければならない。
その点、中部レムリアは有利なのだが、内政・外交の緊張感が希薄なのか、部族間対立に起源がある派閥抗争がいまなお続いていた。
メーウィッシュには、4人の従者がいた。護衛が2人、侍女が2人。5人全員に個室が与えられ、行動に制限がなかった。
翌日、2時間ほどの事情聴取を受け、その後は「帰国されるまで、自由にしてください」と伝えられた。
メーウィッシュは、サリューに礼を言いたくて、飛行場に向かう。護衛はダルジャンだけ。
飛行機のことは知っていた。金属でできた機械だが、鳥のように空を飛ぶ。ヒトは、丸耳族に飛行機の秘密を明かさないことも。
だが、飛行場で驚く。
丸耳族の若者が飛行機を操縦していたのだ。
サリューのことを忘れてしまい、彼女はカプランに駆け寄った。
「そなたは丸耳族であろう?
どこの部族、いや国のものか!」
カプランは同じくらいの年齢の女の子に詰め寄られて、困惑する。
「あぁ~、部族はばあちゃんがルテニ族、最後のルテニ族だった。じいちゃんは南の方の何とか部族だったらしい。
国籍だが……、北部レムリアだ。
一応……、だけどね」
サリューがメーウィッシュを見つける。
「丸耳族のお姫様が、こんなところに何の用かな?」
サリューは戯けて声をかけた。
メーウィッシュが微笑む。
「サリュー、あなたにお礼を言いに来たの」
「じゃぁ、一杯奢って。
ビールじゃなくて、サイダーになるけど」
サリューが案内して、休憩所に行くと、アラセリがいた。
「メーウィッシュ、彼女があなたたちを見つけた……」
メーウィッシュは、驚いていた。上空を飛ぶ戦闘機を見たとき、パイロットは屈強な男性だと確信していた。
だが、違っていた。
「あの、ありがとう。見つけてくれて……」
サリューが紹介する。
「アラセリだよ。
凄腕の戦闘機パイロット。
普段は小型輸送機の運転手だけどね」
そこに飛行訓練を終えた梨々香が入ってきた。
「彼女はリリカ。
恐ろしい飛び方をするブッシュパイロット」
梨々香が微笑むと、彼女に続いてエリシアが入室する。
「リリカのとなりがエリシア。
輸送機のパイロット」
メーウィッシュは、なぜか嬉しかった。顔の造作だけでも、かなり違うのだが、ここでは仲良くしている。
部族がどうのとこだわる中部レムリアとは違う。
梨々香が問う。
「メーウィッシュは、どうやって帰るの?」
それは重要な問題だ。北部レムリアでチャーターした船は、簡単には修理できない。地域の危機をどうにかする手だてを見つけるまでは、帰れない。
しかし、現状では万策尽きている。生命があるだけでも幸運と思わないとならない。
「中部レムリアには大きな湖があります。
私たちは単に湖と呼んでいますが、ヒトはヴィクトリア湖と名を付けています。
私は湖の東岸キリヤに住んでいます。
簡単には帰れません。
何年もかかるかもしれません」
アラセリがフルギア商人が持ち込んだ地図をテーブルに広げる。
「マハジャンガはここ。ヴィクトリア湖はここ。
メーウィッシュの故郷はどこ?」
彼女は少し躊躇うが、正しい場所を指差した。
「東岸の南側だね。
ざっと、2000キロ。
キングエアで飛べる。
レムリアで燃料が補給できないなら、足りない分の燃料を積んでいけばいい」
アラセリの案に反対がない。
梨々香が心配する。
「飛べるとしても、飛ばせてくれるかな?
燃料の割り当てがもらえないと……」
エリシアが名案を出す。
「リリカの彼氏は大物だから、リリカが彼氏に頼めばいいんだよ。
色っぽい下着とか着けて、にじり寄れば大丈夫だよ」
梨々香が呆れる。
「絶対にイヤ!
そんなことしない。
それと、隆太郎は大物じゃない」
サリューが否定する。
「いやぁ~、大物だよ。
航空機工場の顧問だし、ターボクイーンエアの評価テストも担当したし……、学術調査会の特別会員だし……」
梨々香が慌てる。
「航空機工場の顧問?
航空機工場からお給料が出てるの?」
サリューとエリシアが顔を見合わす。
「あると思うよ……」
航空機工場顧問とターボクイーンエアの評価テストは、別の案件なのだが、梨々香はそこの区別がなかった。
結果、隆太郎はへそくりのすべてを吐き出さなくてもよかった。
梨々香よりもサクラのほうが強行で、サクラは「梨々香を欺した」と本気で怒っている。
梨々香は隆太郎に「移住委員会で、メーウィッシュの帰還計画を説明してほしい」と懇願した。へそくりのことなど、どうでもよかった。どのみち、梨々香のものなのだから。
ズラ村への飛行計画は、移住委員会と正規の飛行隊の間で立案されていた。
使用する機体は、4発輸送機のC-130ハーキュリーズ。
クルーは、正副操縦士、航空機関士、航法士の4人。機内業務員が2人。移住委員会からは、外交団15人が選出されていた。
機内業務員には、カプランとアラセリが選ばれている。このことは、本人はまだ知らない。
移住委員会庁舎で行われた何度目かの会議で、いつもの堂々巡りが始まる。
「もし、全員が拘束された場合の救出作戦はどうするのか」
いつも、この問題で沈黙になる。
レムリアの情勢がわからないのだ。丸耳族はヒトの近縁種だが、ヒトではない。接し方はヒトと大差ないように感じるが、実際は異なるかもしれない。
誤解からの拘束もあり得るし、最悪、生命のやりとりになるかもしれない。
隆太郎はオブザーバーの立場で、求められたら意見するが、自ら進んで発言する義務はない。
義務はないが、梨々香に脅されて挙手した。だが、梨々香の案は傾聴に値する。
「萱場さん、何でしょうか?」
「議長、発言をお許しいただけませんか?」
「萱場さんに意見を求めましょう」
「議長、ありがとうございます。
先般、東の洋上で漂流船を救助しました。船と乗員はアントゥンギル湾に停泊したままですが、乗客はマハジャンガに移送しました」
「その件なら知っています」
「乗客の1人、若い女性ですが、中部レムリアにおける有力者の関係者らしいのです。
具体的には有力者の娘です。
中部レムリアの中心都市は西岸のリモンジュですが、内陸のヴィクトリア湖東南岸にあるキリヤも有力な街だそうです。
キリヤの有力者の子を救助したのならば、そう無碍には扱わないでしょう。
キリヤならチップタンクを付けたキングエアで送り届けられます。
情報も得られるかと……」
議長が少し考える。
高齢の委員が発言。
「萱場さん、中部レムリアの情勢はわかりますか?」
「正確にはわかりません。
中部レムリアでは、ヴィクトリア湖周辺で農業が盛んですが、湖西岸から東アフリカ内陸海路までの海岸部一帯と湖東岸以東の内陸部は対立関係にあるとか。
農産物の輸出をめぐる争いのようです。
アフリカ各地との貿易では、北部レムリアの産品が優先され、中部や南部レムリアは後手に回っているようです。
中部レムリアは過去、北部レムリアに輸出し、北部レムリアがアフリカ各地に輸出することで莫大な利益を上げていました。
キリヤは、中部レムリアの産品を直接アフリカ各地に輸出するルートを開拓したのですが、これを嫌った北部レムリアの商人がリモンジュと組んで、キリヤに貿易封鎖を仕掛けたと聞いています。
具体的には、ヴィクトリア湖からキョーガ湖を経て、東アフリカ内陸海路に至る河川ルートに関を設けて封鎖したそうです」
「萱場さん、レムリアのもめ事に巻き込まれませんか?」
「どうでしょうねぇ。
遭難者を救助しただけですからねぇ。
レムリアの情勢に関与する必要はないと思うし、求められもしないでしょう。
ただ、食料は買えるかもしれませんよ。決定的に不足している大豆も作っているようだし……。
ズラ村に乗り込む前の予行練習としては、ちょうどいいかなと思うんですよ」
委員たちの私語がやまない。
老齢の委員が問う。
「萱場さん、必要なものは?」
「キングエア、燃料満タン、帰りの不足分は機内に積んでいくしかないでしょう。それと金貨少々」
壮年の女性委員が発言。
「ハーキュリーズのほうが荷物を積めるのでは?」
「大きすぎますね」
「大型機ではダメなのですか?」
「キリヤの滑走路の状態がわかりません。
もし、草地や土を固めただけならば、小型機のほうがいいでしょう」
「では、誰を派遣しますか?」
「副操縦士にレムリア出身のカプラン。
正操縦士に私の妻、鮎原梨々香。滑走路の状態に対応できるので。
委員会からどなたか。
それと、救助した5人。
飛行時間は4時間。
ビジネス機のままの機があるので、飛行機に乗り慣れなれていない救助者5人には快適だと思います」
結論はなく、引き続きの検討となったが、移住委員会の委員2人が志願したことから、翌々日にはキリヤ訪問飛行が決定する。
梨々香は、この結果に驚いていた。そして、隆太郎を見直していた。同時に隆太郎をどう思えばいいのか、不安にもなった。
本当に「大物だったらどうしよう」と。
マハジャンガにたどり着いて2年。
いよいよ混沌のアフリカに足を踏み入れることになる。
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2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
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