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第3章

第八八話 砦

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 コーカレイの東に北から南に流れロワール川に注ぐ、川幅の広い支流がある。
 マッカリアは、この支流上流東岸にある街だ。人口は二〇〇〇ほどで、フルギア人やフルギア系ではなく、比較的歴史の浅い異教徒が住む。
 移住者の常なのだが、移住者数は一〇〇を切っていたようで、マッカリア一帯に住んでいたゴルワ人との文化的・民族的同化が進んでいる。
 ゴルワ人はいわゆる北方系で、フルギア人が西進する以前からこの地に住んでいた人々。ビスケー湾海岸部を拠点にするヴルマン人とも文化的・民族的な差がある。
 移住第一世代は、一神教の信徒であったらしい。現在でも〝唯一絶対神〟を信じているような口ぶりだが、実際は精霊信仰のほうが強い。精霊信仰は偶像崇拝的要素が希薄なのだが、その点がうまく合致したようで、神の上位に精霊を置いている。
 ゴルワ人の歴史は一〇〇〇年まで遡り、ヒトのルーツを忘れた蛮族だ。
 しかし、一五〇年ほど前にマッカリアに達した移住者と邂逅し、相互に同化し、ヒトのルーツを知る異教徒となった。

 マッカリアの住民は、フルギア人、フルギア系、北方系、ヴルマン人とは異なる文化的特徴を有する。
 同時に、ゴルワ人との同化が進んでおり、他の異教徒とも異なる文化や習慣がある。
 かなり特異な人々だ。

 武器も周囲とは違う。
 俺は武器商人だ。
 そんな俺でも、マッカリアの武器はこの世界において初見だった。
 全体的に二〇〇万年前の時点で開発が古い。開発が古いといっても旧式とはいえない。ブローニングM2重機関銃は、一九三三年にアメリカ陸軍に採用されている。

 まず、彼らのライフル弾は、七・九二×五七ミリのモーゼル弾。
 第二次世界大戦期のドイツ軍制式弾薬だが、同時期のイギリス陸軍の車載用機関銃弾でもあるし、同時期のチェコスロバキアやユーゴスラビア、ポーランドの軍用弾でもある。同時期の中華民国国民党軍の基幹弾薬にもなっていた。
 このモーゼル弾を使う武器は、チェコスロバキアが開発したZH‐29半自動小銃と同ZB‐26軽機関銃だ。
 ZB‐26は、ノイリンが少数装備するブレンガンの原型だ。
 それと、Cz75自動拳銃。こちらは一九七〇年代の開発で、九×一九ミリのパラベラム弾を使う。
 断定はできないが、中欧や東欧系の移住者が持ち込んだのだろう。
 それらをリバースエンジニアリングによって忠実に再現し、製造している。
 ZH‐29半自動小銃は、一九二九年の開発だが、五発、一〇発、二五発の箱型着脱弾倉で、ZB‐26軽機関銃の弾倉も使えるなど、この時代の半自動小銃としては極めて先進的だ。
 半自動小銃を全員が持つなど、かなり強力な軍事力を持つ街だ。
 セロの攻撃によって、かなりの損害を受けたようだが、飛行船が去ったあと、街を自力で奪還している。
 装備を見れば、それも頷ける。 

 森にいたマッカリアの六人は、俺たちが〝中隊〟と呼ぶセロ部隊を追っていた。
 そして、俺たちよりも多くの情報を得ていた。

 俺は、マッカリアの六人をともない、コーカレイに戻る。

 コーカレイでは、意外な人物が待っていた。
 ベアーテの父親で、ヴルマン人の指導者であるバルブロだ。
 バルブロは、ノイリンの戦女神、その戦女神に平手打ちされる亭主〝ノイリン王〟に興味があるようだ。
 五〇の手勢を引き連れ、三隻の高速小型帆船でやってきた。
 完全な物見遊山の体だった。

 俺は司令部にマッカリアの指揮官ブルクハントとともに入る。ベアーテが続く。
 司令部にはバルブロがおり、由加と談笑しているが、端で聞こえたその内容は下卑たものであった。
 明らかに由加を見下し、当然、ノイリンも彼らの下に置いている。

 俺は顔に迷彩ペイントを施したままだ。

 ブルクハントは、身長一九〇センチを越え、筋肉質で均整の取れたアスリート体型の男だ。年齢は二〇代後半だろう。

 バルブロは四〇代半ば。身長は一八〇センチほど、端整な顔立ちに口と顎に髭を蓄える。ボディビルダーのようなマッチョ体型だ。

 二人に対して、俺の体格は完璧に見劣りする。
 迷彩ペイントが表情を隠していることが幸いしている。

 フィー・ニュンが司令部に入ってきた。
 バルブロがフィーにいう。
「おい、女給、酒を注げ」
 由加が俺に微笑む。
 フィーが不愉快そうに陶器のコップにジャガイモ焼酎を注ぐ。
 ベアーテが父に挨拶する。
「父上、お久しゅうございます」
 バルブロは表情を変えずに頷いた。
 ベアーテが父親に俺を紹介する。
「こちらはフルギア人から〝ノイリン王〟と呼ばれる勇士、ハンダ様です。
 ハンダ様、私の父、ヴルマンの長、バルブロにございます」
 ノイリン王の〝王〟は単なる尊称だが、バルブロの〝長〟は一族の指導者〝王〟を意味する。
 俺はバルブロに挨拶する。
「バルブロ陛下、お初にお目にかかります。
 ノイリンの半田です」
 バルブロは、テーブルの上に乗る焼酎の入ったコップを左手でつかみ、椅子に座ったまま頷いた。
 そして、顔を由加に向け、また口説き始める。
 亭主の面前で!
 ベアーテが困惑している。

 司令部のテーブルは大きく、その端にブルクハントが彼らが作った地図を広げる。
「ここだ。
 ここがセロの拠点だ」
 俺がブルクハントに問う。
「この廃城は知っている。
 だが、ここに飛行船が降りた形跡はない」
 ブルクハントが答える。
「船だ。
 飛行船はもっと南に降りるんだ。
 馬車に荷物を積んで、海岸線に沿って北上し、河口の南岸で小船に載せ替える。
 そして川を渡るんだ」
「この印は?」
「それは湿地を表している。
 砦は西に突き出た岬の先端にあり、東側は広大な湿地になっている。
 陸側から大軍で攻めることは難しい。
 海から攻める以外にないんだが、俺たちは船を持っていない」
 俺は、フィー・ニュンの意見を求める。
「フィー、どう思う?」
 フィーが小鳥がさえずるような美しい声で答える。
「犠牲を抑えるなら、空からの攻撃ね」
 俺は由加を見た。
「どこかのおばかさんが作ったアレを使えば、セロは簡単に殲滅できるね」
 アレとは、気化爆弾のことだ。
 フィーが由加に同調する。
「この砦は空から確認しているけど、城内にはヒトもセロもいないようだったけど……。
 でも気化爆弾二発で、有機物はすべて炭化すると思う。
 そのあと、砦のあった場所を確認すればいいんじゃない?」
 ベアーテが慌てる。
「待って欲しい。
 ゲマール砦は、我らヴルマンの城。
 何百年も続いた白魔族との戦いでも、一度も落城したことのない難攻不落の堅城なんだ。
 セロに空から襲われるまでは、一度も落ちたことがなかった。
 それに、その砦には二〇〇人ほどの城兵とその家族がいた。
 城内のヴルマンはセロによって皆殺しにされた。
 この砦が持ちこたえたから、我らヴルマンはセロに対抗するための時間を稼げた。
 ゲマール砦は、古〈いにしえ〉からヴルマンの聖地なんだ。
 いつか、奪還したいと思っている。
 そこを消してしまうなんて……」
 フィー・ニュンが提案。
「夜明けの直前、ヘリボーンで城内に精鋭を送り込み、城門を開ける。
 そして、装甲部隊を雪崩れ込ませる」
 由加が反対する。
「市街戦になれば、犠牲が出る……。
 それに、そんな精鋭部隊、どこにある?」
 フィー・ニュンが笑う。
「そうね。
 ユカのいう通り。
 でも、小さな砦だから、制圧自体は簡単だと思う。
 周囲が湿地だから、陸側から攻撃されないとセロも考えているし、空からの攻撃はセロも警戒しているでしょう。
 ならば、裏をかいて陸から攻める……。
 装軌の戦闘車輌をかき集めれば、一気に攻略できるかも」
 由加が賛成する。
「金沢さんに来てもらいましょう。
 例の一〇五ミリを持ってくるでしょうから、この一帯のヒトたちへのお披露目にもなるし……」
 フィー・ニュンがベアーテに尋ねる。
「城門は壊してもいい?」
 ベアーテが躊躇いがちに答える。
「城門は、厚い木材を巧妙に組み合わせ、鋼鉄で補強してあるんだ。
 決して壊れない」
 フィー・ニュンが微笑む。
「大丈夫。
 我らのカナザワが一撃で破壊するから」
「カナザワ?」
 ブルクハントも応じた。
「俺たちも戦車を出そう。
 マッカリアとノイリンの連合軍だ。
 連合軍で、ヴルマンの砦をセロから奪還しよう」
 ベアーテが叫んだ。
「待って欲しい。
 それではヴルマンの立場がない。
 フルギアにも侮られてしまう」
 俺がベアーテに告げる。
「この大事な軍議の席にいながら、ヴルマンの長は他人の女房を口説くことで精一杯だ。
 その姿は多くのフルギア人が見ている。
 司令部の出入りは激しいからね。
 ヴルマンは、とうに侮られているよ。
 フルギアだけでなく、すべてのヒトから……」
 バルブロが振り向いて立ち上がり、剣を抜きかけた。
 バルブロの後頭部に、硬いものがあたる。
 由加はパラオードナンスを抜いていた。
 その顔は、いつにも増して鬼のようだった。

 この自然発生的軍議以後、ヴルマン以外の全ヒトは、ヴルマンの指導者をベアーテに定める。
 ベアーテは戸惑っていたが、他所のヒトがベアーテをヴルマンの若き指導者であり、ヴルマン全軍の指揮官と認めると、ヴルマンの戦士もベアーテに敬意を払うようになる。

 ゲマール砦奪還作戦が現実のものとなり始めると、コーカレイには訪れることのなかった人々がノイリンからやって来るようになる。

 まったく別のことだが、白魔族が掘削した温泉が見つかった。彼らは鋼管を地中に差し込んで、温泉の湧出に成功していた。
 温泉の利用目的は定かではないが、片倉が平たい輝石安山岩を使って、露天風呂を作る。
 これに引かれて、ノイリンから女性が嫌がらずに訪れるようになる。

 優菜とクラーラがやってきた。
 数日前、アシュカナンから父ドネザルの名代として、イエレナが密かにやって来た。
 優菜とクラーラとは別に、ディーノの孫シルヴァも来る。
 優菜は輸送班の調査隊、クラーラはフルギア人とフルギア系に対する中古銃販売の営業、シルヴァは通信班先発隊の一員だ。

 コーカレイには、フルギア人が経営する飲食店が数軒ある。四人は毎夕、カフェでおしゃべりを楽しんでいる。
 イエレナは、立場が似ている同年齢のベアーテを誘った。
 フルギア人とヴルマン人が和平交渉以外で飲食をともにするなど考えられないことなのだが、ベアーテはアシュカナンの情報取得を画策していて、イエレナの誘いに乗った。

 結果、五人は友情を深めた。
 ベアーテが得た情報は、魍魎族を炎で倒したベルトルドの話。そのベルトルドと〝仲がいい〟のが、亡き東征王アプリエスの嫡子クラーラであること。
 ドネザルが娘イエレナの婿取りとして、アシュカナンの農業生産高を三割高めたハミルカルとの婚姻を画策していること。
 といった、さして役に立たない〝恋バナ国際情勢〟であった。
 ベアーテは、優菜とシルヴァが二〇〇万年前の世界を知っていることにも興味を示した。

 負傷したベアーテの反抗的な副官が、ノイリンに移送されて治療を受けることが決まっており、優菜とシルヴァがこれを理由にノイリンへの来訪を誘った。
 優菜とシルヴァは同室で生活していることから、路銀を心配するベアーテに「私たちの部屋に泊まればいい」といった。
 ベアーテの副官代理は賢明な男で、ベアーテに対して彼女の意向に反するような行動はとらない。
 だが、彼女の父親が誤った行動に出た場合、副官代理では制止できない。
 もっとも、ベアーテでも父親の命令は、従わなくてはならない。

 ベアーテは精霊を信じているが、炎で魍魎族を倒した〝炎の精霊に守護された男〟とか、わずか一年で小麦の生産高を三割増やした〝大地の精霊に守護された男〟の存在には懐疑的だった。
 そもそも、フルギア人が勝手に守護精霊を決めているらしい〝ノイリン人〟の多くは、精霊を信じない異教徒なのだ。
 フルギア商人によると、ノイリンには〝立派な建物〟がないらしい。
 粗末な木造家屋と、レンガ造りの小さな館がある程度と聞いていた。
 そんな貧しい集落が、セロの侵攻を防いだことが信じられないし、高位の守護精霊を持つ勇者が数多〈あまた〉いるとも思えなかった。

 だから、ノイリンを見てみたかった。

 ベアーテの父親であり、ヴルマン諸族の緩やかな連合体の長であるバルブロは、娘の「ノイリンを偵察したい」という願いをあっさりと認めた。
 バルブロは、かねてから利発なベアーテを疎んじていたし、頬の傷から政略結婚に適さない娘を〝役立たず〟と罵っていた。
 娘が男のように髪を短くし、女のように髪を整えなくても、男になれるわけではない。
 だから、彼女の存在を歯牙にもかけていなかった。

 コーカレイでは違った。
 ベアーテは、ノイリンとフルギア諸都市から外交官として一定の評価を得ている。
 コーカレイ防衛においては、戦力の一翼を担い、軍人としての評価もある。
 これは、バルブロの嫡男や次男でさえ、いまだ得ていないこととだ。
 男性優位のヴルマン社会において、ベアーテの存在は脅威ではないが、目障りではあった。それは、父親であるバルブロだけでなく、ベアーテの兄弟にとっても……。
 フルギア社会も男性優位ではあるが、ヴルマンのような極端な性差別はない。せいぜい〝戦争は男の仕事〟とする程度で、女性を出産と子育てだけに縛り付けてもいない。
 過去には女性の軍人や政治家、女帝もいた。
 だから、フルギアはベアーテの才覚を認め、彼女を正当に遇している。

 ノイリンとフルギアのベアーテに対する態度は、ヴルマンの男たちをイラつかせた。
 ヴルマン支配地から一〇〇〇キロ東に追いやってしまえば、彼女は存在しないことになる。
 バルブロは、そう考えた。
 だから、あっさりとノイリン偵察を認めたのだ。
 追い払えるのだから、小額の路銀も喜んで与えた。

 ターボビーバー、セスナ・スカイホーク、セスナ・キャラバンの各水上機は、三機交代でノイリン←→コーカレイ間を一日一便定期運行している。
 セロの奇襲を恐れて、滑走路は封鎖している。
 空路は水上機頼みになってしまったが、ガソリンをやりくりして、どうにか三機体制を維持している。

 ターボビーバーの機内から、ベアーテはノイリンの領域を見ていた。
 広大な麦畑。考えられぬほど高速で畑を耕す見たこともないクルマ。
 小さな建物が並び、植栽が美しい街並み。
 特に農地の豊かさに驚いた。
 同じ驚きは、クラシフォンやアシュカナン上空を通過したときにも感じたが、ノイリンはそれを上回る。
 クラシフォンとアシュカナンは、新たな農地を開墾していた。その新開地の広大さは、ベアーテの想像を超えている。
 ノイリンでは、水路を延ばし、広大な畑地を作り出そうとしている。
 地上を見下ろしている、彼女の負傷した副官エルランドが呟く。
「姫様、ヴルマンをお救いください。
 このままでは、ヴルマンは他国に屈します」
 ベアーテもそう思った。

 水上機基地は、東地区との境界となる細長い沼に設けられている。基地とはいっても、木造の桟橋がある程度だ。
 エルランドら二人の負傷者を運ぶために、二輌の救急車が待機していた。
 一人は機外に出るとすぐにストレッチャーに乗せられたが、エルランドはゆっくりとだが自力で歩く。ヴルマンの男の意地だ。

 桟橋にはチュールが待っていた。
 チュールが走り寄ってくる。
 彼は一番知りたいことを口にする。
「母様〈かあさま〉は?」
「無事だ。怪我も、病気もしていない。
 元気だ」
 優菜とシルヴァ、そしてベアーテがオープンのパジェロ(自衛隊の1/2トントラック)に便乗する。
 助手席に俺が座り、俺の真後ろにケンちゃんが座る。ケンちゃんの隣がベアーテ。後部荷台に優菜とシルヴァが向かい合う。
 チュールの運転で新居館に向かう。
 後部座席のベアーテが何度も立ち上がろうとして、優菜に止められる。
 彼女は延々と続く、麦畑に興味津々だ。

 優菜とシルヴァは到着後すぐに、ベアーテをアグスティナの店に連れて行った。
 アグスティナは北方低層平原以来のメンバーだが、北地区ではなく中央地区に住んでいる。所属は北地区。
 アグスティナの店舗兼住居は、中央地区中心部のやや北にある。
 アグスティナは、新参者としては極めて珍しい二〇〇万年前と同じ職業に就いていた。

 ヘアメイク。

 客の大半は精霊族で、生活に余裕のないヒトには縁遠い店だが、アグスティナは月に一度は北地区まで出張してくれる。
 娘のフローリカと数人の弟子で、店を運営している。
 精霊族のアグスティナに対する評価は絶大で、ノイリンで頭髪を整えることがある種のステータスらしい。

 約一時間半で、乱雑に切られたベアーテの頭髪は美しく整えられ、荒れた肌はパックされて潤いを取り戻した。
 ベアーテは、何が何だかわからぬうちに、ヴルマンの戦士から一〇代後半の女の子に戻されてしまった。

 ショックだったが、嬉しかった。

 ベアーテの紹介が終わったあと、その夜の全体会議は紛糾した。
 コーカレイがセロの攻撃を受けていることも問題なのだが、セロの物資補給路を断つためにロワール川河口北岸のゲマール砦を攻略するという軍事行動の是非が問われた。

 誰もが反対ではない。
 だが、奪還後、ヴルマンは継続して維持できるのか?
 ヴルマンの長は信用できるのか?
 当然のこととして、誰もが疑問に思うことを口にした。

 ベアーテが唐突に立ち上がる。
 そして、ノイリンでも通じるフルギアの言葉で話し始める。
「ヴルマンは、各地に住むヴルマン諸族の緩やかな連合体です。
 我が父はヴルマン全体の長ですが、ヴルマンの絶対君主ではありません。
 父が檄を飛ばせば、多くのヴルマンが集まりましょう。ですが、すべてではありません。
 父に従わぬ街や諸侯もおりましょう。
 ヴルマンは領主・諸侯の集合体です。
 私もその一人です。
 我が父には二人の息子と三人の娘があり、嫡子である我が兄、他家に嫁ぐ妹二人は別として、我が弟と嫁ぐことのない私には領地を与えていただきました。
 弟にはやや北の豊かな農地が広がる地を。
 私には皆さんがロワール川と呼ぶ大河の河口北側を与えていただきました。
 私の領地の最西端にヴルマンの聖地であり、軍事的要衝でもあるゲマール砦があります」
 俺は一瞬、興味を持った。
「ベアーテ、あなたの城、ゲマール砦を領有したのはいつ?
 セロに奪われる前、それともあと?」
 ベアーテは答えを逡巡していた。
「あと、です」
 誰かが声を上げる。
「そりゃ、ひでーな!」
 ベアーテは領地を得て、諸侯に列せられたが、その領地は敵手に落ちている。
 つまり、ベアーテには経済的・軍事的なバックボーンがないのだ。
 ベアーテの父バルブロは、娘に事実上領有していない土地を〝領地〟として与えたのだ。
 しかも、領民はおらず、その領地の三分の一は、農作物の生育に不向きな湿地だ。
 ベアーテが続ける。
「もし、ゲマール砦を含む私の〝領地奪還〟にご助力いただければ、領主としてノイリンのお役に立つことを約束いたします」
 クラウスがいう。
「ロワール川河口での港開設の許可と、その土地の使用料免除でどう?」
 チェスラクがクラウスを見る。
「おまえの都合で話しをするな!
 だが、海への出口は完全に押さえたい。
 クラウスの条件に俺は賛成する」
 ケレネスも賛意を表す。
「河口に拠点が欲しいとは思っていたんだが、南側は兄弟の誰と交渉したらいいのか皆目見当がつかない。
 迂闊なことをすれば、争いになってしまう。
 お嬢ちゃんの領地を少し貸してくれれば、たいへん助かる。
 お嬢ちゃんは河口に関を設けて、海から川に入る船、川から海に出る船に税を課すんだ。
 ノイリン北地区以外の船からね」
 どっと笑いが起こる。
 誰かがいう。
「姫君の親父の船にも税を課せ!」
 別の人物。
「親父の船は二倍の税にしろ!」

 ベアーテは異境にて、自分の味方が現れたことに当惑していた。

 翌日、ベアーテは優菜とともに車輌工場に向かう。
 俺も金沢との打ち合わせで、同じ場所にいた。
 そこには、冗談のようなクルマが二輌あった。
「こりゃぁ、何なんだ?」
 俺の問いに金沢が答える。
「いいでしょう。
 シャーシはランドローバー88シリーズのショート。
 それにくろがね四起風のロードスターボディを架装したんですよ」
「二人しか乗れないだろう?」
「まぁ、いいじゃないですか」
「それにオープンじゃ、外に出られない」
「タルガトップなんです。
 ルーフが着脱式で、サイドウインドウも取り付けられるんです。
 ボディは三ミリの鉄板ですから、人食いの攻撃なら耐えられます。
 防弾はないですけど……」
「そっちは?」
「シャーシはランクルの40で、くろがね四起のフェートンボディ風です。
 こっちは五人乗り」
 優菜とベアーテがいる。
 ベアーテがロシア製BMP‐3にベルギー製コッカリル一〇五ミリ砲を搭載した巨大な装軌装甲車を見詰めている。
 金沢がいう。
「あの子、もう一〇分も眺めているんです」
「ベアーテの運命を左右する戦車だからね。
 で、使えるの?」
「もちろん。
 暗視装置とレーザー測遠機も取り付けましたよ」
「河口に行くんですか?」
「あぁ。
 城島がコーカレイに残り、相馬さんがノイリンに戻ってくる。
 攻撃部隊の指揮は、フィーだ」
「もし、手間取ると厳しい戦いになりますよ」
「わかっているよ。
 奇襲で一気に落とさないと。
 セロは一五〇から二〇〇。
 最大でも二五〇」
「犠牲を考えたら、空からの攻撃が一番だと思いますが……」
「それは道理だが、あの砦を破壊したら元も子もない」
「奪取したあとの守備はどうするんです?」
「ベアーテを支援する」
「彼女の郎党って、いないんでしょ?」
「まったくいないようだ。
 乳母に育てられたが、その乳母も幼いときに死んだといっていた。
 ヴルマンには、味方はいないらしい。
 話の端々から察するに、弟や妹からも見下されているみたいなんだ」
「なぜ?」
「頬の傷?」
「傷?」
「あぁ、刃物で切られた傷があるんだ。
 白魔族にやられたらしい」
「気付きませんでしたよ」
「その程度の傷で、彼女の心は傷つき、立場を危うくしているんだ」
「同情しているんですか?」
「ないといえば嘘になるかもしれないが、河口を完全に押さえたい。これは本心だよ」
「チェスラクさん、クラウスさん、ケレネスさんも同じ意見なんですよね。
 斉木先生や能美先生は?」
「反対ではないんだが、賛成に強弱がある。
 それもあって、一気に落としたい。
 できれば、犠牲者ゼロで……」
「犠牲が出ると、セロを喜ばせますからね」
「セロには犠牲という概念がないから、それが厄介だ」
「捕虜はとるんですか?」
「いいや、すべて殺す。
 ゴキブリの駆除と同じだよ」
「話は変わるんですが、ベアーテさんとアイロスさんが午前中に話し合ったそうです」
「……?」
「借地料なしで、飛行場を造らせろって!」
「かなりの大事になるかも、ですね」

 ベアーテにハミルカルが近付いていく。
 二人が何かを話している。
 二人が歩いてくる。
 ハミルカルが金沢にいった。
「クルマ、借りたいんですけど……」
「どっちがいい!」
「ロードスター」
「そうだろう!」
 ハミルカルがドアを開けてベアーテを助手席に座らせながら、俺にいった。
「ベアーテさんを案内してきます。
 農場が見たいって」
 優菜が残された。
 俺が優菜に問う。
「一緒に行かないのか?」
「それって、邪魔でしょ?」
 おじさんは相当に鈍くなっていた。優菜の言葉の意味を解していなかった。

 翌日、一〇五ミリ砲搭載BMP‐3二輌がクラウスの舟艇二隻に擬装を施して積まれる。
 新たな戦いが始まる。
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