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第2章

第五九話 投下

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 カラバッシュからの支援物資は、ノイリンにも運ばれた。
 爆撃を継続するには、燃料が必要だからだ。
 それと、クフラックは我々との協調行動を控えるようになり始めている。
 燃料は要求するが、あれこれと言い訳をして飛行機を飛ばさない。真の冬に備えて、燃料の備蓄を始めた可能性が高い。あるいは、作戦遂行のための燃料を移転作業に流用しているか、だ。
 移転作業は完全に終わっていないようなので、憶測だが十分にあり得る。
 事情は察するが……。
 代わって、カラバッシュがレシプロエンジンを搭載した単発復座のシュド・アビアシオン・フェネック四機をノイリンに派遣した。
 ノースアメリカンT‐28練習機の改良機らしいが、対地攻撃機として十分に使える機体だ。
 しかも、カラバッシュは、この機体を製造しているとか。
 この世界は、驚くことが多すぎる。古代ローマ時代から、IT革命後の社会制度やテクノロジーが混在しているのだ。
 そして、カラバッシュの作戦参加は、クフラックに対する牽制となった。
 もう一つ。前進基地において、カンスクがカラバッシュと接触した。どちらもヒトと精霊族の混血が多数を占める街で、互いにその存在を知らなかった。
 今後、相互に使節を送るそうだ。
 交流はいいことだ。

 秋が一瞬で過ぎ、冬が急速に近付いている。ドラキュロの西進は止められず、エルベ川のダムは健在だ。
 燃料と爆弾の輸送に難儀している。だが、どうにか作戦を決行できそうな状況になっている。

 セルゲイとトクタルが西に飛んでいく。
 二五〇キロ爆弾二発で、V字型に切れ込んだ巨大な谷にできた、天然のダムが決壊するのか?
 疑問を感じる。
 本当に決壊するのか。それがヒトの運命を決めるにもかかわらず、一切の確信がない。

 沼にAT‐802が着水している。
 燃料切れで、ノイリンに戻れなかったのだ。前進基地までがやっとだった。
 爆弾はダムの壁面に命中して爆発したが、決壊は確認できていない。
 セルゲイとトクタルは、大迫力の決壊シーンを想像していたが、爆発以上の何事も起きなかった。
 偵察でその場に留まりすぎ、燃料を使いすぎてしまい、前進基地に不時着水したのだ。
 再度の偵察を希望しているが、前進基地にはそれだけの燃料はない。

 翌日、燃料を増載したショート・スカイバンによって、サビーナとアネリアが偵察を慣行。
 ダムは決壊していなかった。

 ノイリンでは、金沢が新案を出した。
 俺はその作戦の要旨を相馬から聞いた。
「キンちゃんがいうには、第二次世界大戦の際、ドイツの工業地帯を壊滅させるためにイギリスがチャスタイズ作戦を決行したんだそうだ。
 反跳爆弾で水面を水切りの要領で飛び跳ねながらダムの側面に命中させる。
 命中した爆弾は沈み、水面下で爆発する。
 爆発の威力は、空気中よりも水中のほうが大きいし、ダム壁への水圧も加味されて決壊する可能性が高くなる。
 前回はダムの外側へ爆撃したけれど、今回は内側にするんだ」
「反跳爆弾はどうするの?」
「反跳爆弾は魚雷の代用だった。
 反跳爆弾も魚雷もないから、スキップボミングを使う。
 イギリスはドラム缶型の特殊な爆弾を開発したけれど、アメリカは艦船攻撃用として、普通の爆弾を使ったのだそうだ。
 アメリカのやり方は、水面からの高度六〇から七五メートル、時速約三七〇から四六〇キロで目標に接近する。
 水平飛行だ。
 目標までの距離、一八〇から九〇メートルで投下。爆弾は水面上を水切り石と同じ原理で反跳しながら、目標に向かう。
 起爆には一〇秒の遅延信管を使い、深い水深で爆発させる。
 確実を期すために、二五〇キロ爆弾四発、二機で、明日決行する」
「サビーナたちはできるって?」
「やれるそうだ。
 電波高度計もあるし、目標までの距離だってセンサーが正確に計ってくれるからね。
 それと、ダムは巨大で、堤頂長は五〇〇メートル近くあるし、ダム湖の長さは五キロもある。
 十分にできるそうだ」

 結果は、あっけないものだった。
 天然のダムは、誰も見ていないときに決壊していた。
 だが、大スペクタクルの痕跡は残っていた。茶色い水が下流域一帯を覆い、川の周囲にドラキュロの姿はない。
 広大な面積が水に浸かっている。
 丘が島のようになっている。

 八〇〇キロ気化爆弾は、相馬とイアンによって完成していた。
 それを実際に投下して、動作を確認する。
 この爆弾を搭載できる機体は、スカイバンだけだ。
 そして、双発輸送機であるスカイバンは、こういった仕事に向いていない。爆撃機ではないのだ。

 燃料気化爆弾の最初の一発は、計画通りに八〇〇キロ爆弾として完成した。
 だが、この爆弾を投下するスカイバンは、あまりにも不向きな機体だった。

 俺たちは、エアトラクターAT‐802という不格好な飛行機のことをよく知らなかった。全幅一八メートルに達する巨大な単発機だが、どんな能力があるのか理解していない。
 不格好なので、低性能だと思い込んでいた。実際、最高速度は時速四〇〇キロ程度しか出ない。
 ノイリン北側の農地、ロワール川に沿って南北に延びる滑走路を建設し、ここで航空機の運用を始めると、あまりに明白なことだが人目を引いた。

 ノイリン北辺の新しい居館に一〇歳くらいの男の子を連れた三〇歳前後の男が現れた。
 男は、この世界の言葉を解さなかった。その場にいた全員が、男の言葉がわからない。
 男の子は怯えている。
 コミュニケーションは不可能と悟った男が立ち去ろうとすると、アビーが戻ってきた。
 男が男の子に「ダメだ。帰ろう」と言い、男の子が「どこに?」と尋ねた。
 アビーが久々に聞いた英語だった。
 そこから、アビーと彼らとの長い会話が始まる。
 しかし、ストーリー自体はありふれたもので、どうにか鍋底から抜け出たが、ドラキュロに襲われて……、という定番だ。
 男と男の子は親子どころか、血縁さえなかった。グループの生き残りは二人だけで、男によれば「二人で力を合わせて、どうにか生きてきた」そうだ。
 アビーは知っていた。
 この世界では、子供を連れていては生存が困難であることを……。
 だから、男の「二人で力を合わせて……」に男の心根を見た。
 そして、男の話の続きを聞くことにした。

 男の子は、皿に山盛りのフライドポテトを見て、目を輝かせた。そして、一口一口を味わうように食べている。
 男が男の子を見て微笑み、話し出す。
「飛行機の離着陸を何度も見ました。
 滑走路があるのだと、確信したんです。
 もし、飛行機を使っているのなら、何か役に立てるんじゃないかって……。
 役に立てれば、食べ物をもらえるかのしれない……」
 アビーが問う。
「パイロットなんですか?」
「操縦は軽飛行機なら何とか。単発でも双発でも操縦できます。小型ならヘリコプターも……。
 設計技師なんです。軽飛行機の……。元の世界では、ですが……」

 その後、俺たちの住地では天変地異が起きたかのような騒ぎとなったそうだ。
 二人のために、でっかいステーキが焼かれたとか。

 男の名は、アイロス・オドラン。元世界では、農業機の設計・改良に携わっていた。
 男の子の名は、クレール。二人だけで二年間を生き抜いたそうだ。
 彼は、エアトラクターAT‐802をよく知っていた。彼の勤務先の競合製品だったからだ。
 彼が現れてから一時間後には、彼は滑走路脇の格納庫内にいた。
 そして、技術系メンバー全員が集まって、緊急会議が開かれた。由加とベルタも参加した。

「AT‐802のオリジナルは、農業機なんです。
 胴体内に三一〇〇リットルの消火剤を搭載できる空中消火機やCOIN機と呼ばれる軽攻撃機にもなりました。
 コックピットが不格好なほど高い位置にあるのは、農業機の名残なんです。ですが、この高いコクピットのおかげで、前方視界がいいでしょ」
 アイロスの説明にサビーナたちが頷く。
「皆さんが入手したこの機体は、ちょっと特殊です。
 原型は軽攻撃機のAT‐802Uでしょう」
 それは、金沢も同じ見解だ。
 アイロスの解説が続く。
「AT‐802Uは、コクピットの周囲を防弾してあります。またキャノピーは防弾ガラスです。機体と主翼は強化され、セルフシールの燃料タンクを装備しています。
 完全な戦闘に使用する軍用機です。
 軍用機として成功した機体なんですよ。
 燃料は一四三八リットルが通常で、胴体内の増加タンクには一三六二リットル入ります。
 最大航続距離は、二四〇〇キロ。
 ハードポイントは九カ所あって、最大搭載量は三七〇〇キロもあります。
 これが、正規の仕様です。
 皆さんのAT‐802には、翼下に各二カ所、胴体下に一カ所のハードポイントがあります。
 つまり、正規仕様外の機体ということです。
 フロートの取り付けも可能になっているし、農業機としての化学剤を搭載する機能も残してある、ちょっと変わった機体なんです。
 想像なんですが、このAT‐802を持ってきたヒトたちは、戦いに使うつもりではなく、農業用途が主で、遠隔地への偵察ができれば好都合と考えたのだと思います。
 ハードポイントは、必ずしも爆弾の投下用ではないのかもしれません。コンテナを付ければ、物資の輸送ができますからね。
 そして、そのコンテナもある……」
 アイロスは、砲弾型の軽金属製ケースを指さす。
 胴体下のハードポイントは、一八〇〇ポンドまで吊り下げられます。
 八一六キロですね。
 そして、幸運にも、皆さんが作った爆弾はここに取り付けられます」
 相馬が発言する。
「空力まで検討する余裕がないから、そのコンテナと形状を同じにしたのです」
 アイロスが答える。
「その判断は正解でした」
 相馬が受ける。
「しかし、その機体が八〇〇キロもの物体を懸吊できるなんて……」
 金沢が応じた。
「考えてみれば、第二次世界大戦期の空母搭載機は、八〇〇キロの航空魚雷や爆弾を一〇〇〇馬力程度のエンジンで運べたんだから……」
 アイロスが金沢を見る。
「その通り。
 AT‐802のP&WのPT6A‐67Fターボプロップエンジンは、一分間に一七〇〇回転で一六〇〇軸馬力を発生しますから、パワーならば余裕なんですよ。
 それに、この巨大な翼が大きな揚力を発生させますから……」
 イアンが尋ねる。
「そんないいものを、なんでスパルタカスは売ってくれたんだ?」
 ウィルが答えた。
「不格好だからだよ。
 連中の飛行機は全部格好いいだろう。こいつは不格好だ」
 全員が笑った。
 アイロスが結論を述べる。
「せっかく、スカイバンの後部ランプドアを取り外したのに残念なんですが、爆弾はAT‐802で落としましょう。
 そのほうが安全です。
 予備タンクも使えば、航続距離は倍近く伸びますよ」

 東岸橋頭堡と前進基地は、ノイリンの変化に気付いていなかった。
 ただ、クフラックが非協力的になり、密かに期待していた精霊族と鬼神族の支援は皆無。カンスクとカラバッシュの積極的な協力は想定外だったが、現時点の強運はこれだけ。
 ソーヌ・ローヌ川東岸のヒトの村や街は、最大限の協力をしてくれているが、人手は足りていない。人口自体が少ないのだ。
 我々が守る一帯は、南北に一〇キロもの距離がある。それなのに、東岸橋頭堡に一〇〇、前進基地には三〇〇しか要員がいない。
 そんな状況で、アシュカナンはドネザルの娘イエレナを指揮官として、兵三〇〇を送ってくれた。
 彼らの武器は、剣、槍、弓矢だが、そんなことはどうでもいい。物資を整理・運搬する人手がほしかった。
 屈強な兵士は大歓迎だ。

 デュランダルが戻ってきた。
 かなり弱っている。「腹の具合が悪い」と蹲っている。
 この任務は、ヒトの生理現象を完全に無視している。
 俺は、北の群に向かった。

 ドラキュロの群の中に入ってから二日目、驚愕の連絡が入った。
 前進基地にトーカが現れたのだ。
 トーカについては、精霊族と鬼神族はよく知っていた。
 黒魔族に似ているが、黒魔族とは異なる直立二足歩行の動物であることも。
 精霊族によれば、トーカは黒魔族が現れる以前から存在していた。精霊族や鬼神族とも友好的だった。
 トーカは二〇〇万年という時間を経て、何かの動物から、霊長類の一種から自然の摂理として進化したのだろう。
 そして、姿が偶然、黒魔族に似ていた。黒魔族に囲い込まれ、労働力として使役されていたようだ。
 黒魔族の歴史や伝承なども受け入れてしまい、文化的には一部で混交した。
 トーカは黒魔族の伝承を自身のものと錯覚し、黒魔族はトーカの歴史を、あたかも自分たちのものであるかのように振る舞った。
 だが、本質的には別な生物で、遺伝子レベルの同化は不可能だった。つまり、セックスはできても子はできないのだ。
 この事実は、トーカによる反乱の理由ともなっていた。
 過去、トーカは黒魔族に対して何度も反乱を起こし、その都度鎮圧されていた。そして、生息数を減らしていった。
 精霊族が記録する大きな反乱だけでも、一〇〇〇年間に二〇を超える。
 精霊族の説によれば、ドラキュロの東進に呼応して、トーカが反乱を起こそうと画策している、と。
 俺は、ライン川に出動する前に精霊族の学者からそう聞いていた。

 前進基地は黒魔族の襲撃と誤認したが、イエレナが射撃をやめさせた。

 俺が一日がかりで前線から戻り、手漕ぎボートで前進基地に入ると、四体のトーカと見知らぬヒトが三人いた。
 一人のヒトが主に話す。
「私はロルフ。
 半龍族とともに行動するヒトを束ねている」
 俺が尋ねる。
「半龍族?」
「半龍族とは、トーカと呼ばれる以前の一族の名だ。
 ギガスは自分たち流に半龍族をトーカと名付けたんだ。
 半龍族は、龍を操る。我が身のように……。
 その術をギガスは盗んだ。
 ギガス、つまりあなたたちが言う黒魔族は、半龍族を支配し、その力を封じるために一〇〇〇年にわたって拘束し続けた」
「それで、あなたは?」
「半龍族とヒトの一部は、友好関係にある。移住初期、ヒトを助けたのは半龍族だと伝えられている」
「あなたたちは、この世界で代を重ねてきたと?」
「あぁ、新たにやって来る人たちとはほとんど接触していない」
「言葉は?」
「覚えたんだ。
 時々は接触するので……」
「なぜ、ここへ?」
「協力したいんだ。
 半龍族もそう思っている。
 あの気味の悪い人食い動物を押さえないと、ヒトも半龍族も滅びてしまう」
「あなたたちが〝北の伯爵〟か?」
「その噂は何百年も前から聞いているが、我々ではない。
 北の伯爵の正体は、はっきりしないんだ」
「はっきりしないが……」
「想像なんだが……。
 最初期移住者の一部がルーツじゃないかと……」
「最初期移住者?」
「知っていると思うが、この世界にやって来たヒトにはいろいろな連中がいた。
 最初期の移住者の中に、宗教かオカルトか、選民思想か差別主義者か、どういった考えかわからないが、強固な観念があった連中がたくさんいた。
 そんな連中の子孫だと思う。
 もしかすると、一〇〇〇年間にいろいろな種族と混血したかもしれない。
 半龍族、精霊族、鬼神族、魍魎族以外にも、文明を築いた種族はいたらしい」
 俺は、この話をしたかったがやめた。今はもっと大事なことがある。
「人手が足りないんだ」
「そのようだな」
「武器はあるのか?」
「多くはないが、一応は……」
「協力感謝する」
 俺が右手を差し出すと、躊躇いなくごく普通に握手を返してきた。

 半龍族は、約束通り三日後にやって来た。
 半龍族とは、不思議な種族だ。ドラゴンを家畜として使役している。
 そして、半龍族の身体的能力は、ヒトと大差なく、黒魔族と比べれば大きく劣る。
 また、半龍族のドラゴンは火炎放射などしない。飛翔するドラゴンもいない。
 だが、恐竜のように二足歩行するドラゴンがいる。
 前肢は大きくて力があり、荷物運びに最適だ。そして、半龍族はドラゴンを家族のように扱う。
 武器は銃であった。古くは、剣、槍、弓矢であったそうだが、ヒトと接してからは銃を使うようになったとか。
 彼らもドラキュロを恐れていて、その恐怖ゆえにヒトの所業、つまり我々のドラキュロ東進阻止作戦に呼応しようと考えたようだ。

 半龍族の住地がはっきりした。
 ライン川西岸の高地だ。濠と城壁で要塞化している。巨大な要塞らしい。要塞内には、ヒトの街もある。

 前進基地が奇妙な多種族混交の戦場となると、精霊族と鬼神族が観戦武官のような人物を送り込んできた。
 それら、働かない連中に若い連中が腹を立て始めている。ヒトの街からの観戦武官も肉体労働に協力しないから、若い連中は種族に関係なく批判的だ。
 だが、大人たちは知っていた。
 この何もない川岸が外交戦の最前線であることを……。

 ノイリンの北地区北部にアイロスという願ってもない人物が登場し、前線基地に半龍族という想定外の援軍がやって来たタイミングで、最初の燃料気化爆弾が完成した。

 相馬がMi‐8中型汎用ヘリコプターで前進基地にやって来た。
 俺は相馬と二人で話したかったが、そんなことは許されない。
 ヒト、精霊族、鬼神族、半龍族、各街、各集団、この前衛基地に集散したすべての指揮官・武官が、俺と相馬の会話を取り囲んで聞いている。イエレナも副官とともに聞いている。
 俺は日本語を考えたが、それはやめた。秘密を作ると、不信が生まれる。
 相馬から切り出した。
「半田さん、幸運ですよ。この状況でアイロスという人物がやって来たことは」
「どんなヒトなんです?」
「三〇を少し過ぎたくらいかな。
 武器は持っていましたが、よく生き残れたと思いますよ。
 この世界の言葉を理解できないのに」
「まったく話せない?」
「いや、片言程度は」
「で、?」
「アイロスの提案で、八〇〇キロ爆弾はエアトラクターで運ぶことになりました」
「あの不格好な飛行機で?」
「不格好なんですが、性能が悪いわけではないそうです」
「そうだろうけど、クフラックのスーパーツカノやターボトレーナーと比べたら、不格好だし、旧式に見えるけど……」
「いいえ、低速だけど、低性能じゃないみたいです。
 軍用機としても成功した機体みたいです」
「八〇〇キロ爆弾は本当に積めるの?」
「胴体の下に」
「サビーナたちは?」
「納得しています。
 彼女たちは、見てくれと内実の差に薄々気付いていたみたいです」
「決行は?」
「天候次第ですが、明日には準備が整います」
「爆弾のほうは?」
「わかりません。
 使ってみないと」
「結局、燃料には何を使うの?」
「酸化エチレンや酸化プロピレンはありませんから、アルコールを使います。
 一次爆薬もRDX(トリメチレントリニトロアミン)がないので、硝酸セルロースを使います。綿火薬ですね。
 ですから、使ってみないと。
 実験室レベルでは、うまくいきましたが……」
「デュランダルの情報では、飛行機が来ると飛翔型ドラゴンが待避するようになった」
「それは?」
「黒魔族は理解したんだよ。
 それと、偵察もしているんだ」
「危害半径なんですが……」
「どれくらい?」
「理論上ですが、平地ならば設計上は一〇〇メートルです。
 実際は、その二~三倍かと。
 爆燃の威力は凄いですよ。想定では、地形にもよりますが、三ヘクタールから一二ヘクタールが焼失します」
 周囲がざわつく。
「デュランダルなんだが、かなり参っている。
 今回は南の群に落としてほしい。
 明日、デュランダルに代わって俺が観測に発つよ」
「イラク戦争の際、アメリカ軍が砂漠で気化爆弾を使っています。
 戦車の中にいた兵士は、蒸し焼きになったそうです」
 今度のざわつきは大きい。
「気をつけるよ。
 威力の範囲外から観察する」
「空中で作動しないことも考慮しています。地上に落ちてしまったら、時限信管が作動します。
 爆弾には、決して近付かないでください」
「了解した」
「飛行機には待避の余裕はあるの?」
「十分ではないですが……。
 エアトラクターはスピードが遅いんで、離脱に時間がかかります。
 それに失速速度ギリギリで投下するので、加速する時間が必要です。
 高度八〇〇メートルで投下するので、地上までは一三秒ほどです。
 計算上は爆心から七〇〇から一〇〇〇メートル離れるので、どうにか逃げ切れるかと……」
「まさに命がけだね」
「えぇ、半田さんも……」

 俺は、二〇ミリ機関砲搭載の砲塔を載せたBTR‐Dに乗って、ドラキュロの群の中にいた。
 BTR‐Dはロシア製の空挺装甲兵員輸送車だが、車体後部にエンジンがあり、乗降が極めて不便。さらに車体内部は極端に狭い。操縦一、兵員一〇を乗せられるが、車体高が二メートルしかなく居住性が極端に悪い。
 結局、俺たちはこの車輌を輸送車として使わず、FV721フォックスのコピー砲塔を搭載して軽戦車としていた。この砲塔は、動力によって全周旋回できる。
 BMD‐1にも同じ改造を施していて、この世界での使い勝手は、シミターやセイバーよりもいい。
 水陸両用で行動能力が高く、軽戦車としては車内容積があるので、これも偵察任務には都合がいい。長期間行動用の食料・弾薬・燃料などの物資を車内に積める。
 それでも、この車内に数日間閉じ込められると、辛い。

 BTR‐Dは、南の群の中心から少し北西にある丘の頂上付近にある。
 砲塔のペリスコープから全周が観察でき、平地に集まる群の様子がよくわかる。
 北の群の中心は、二〇〇万年前の地図に重ねるとニュルンベルク付近、南の群はミュンヘンにある。
 もちろん、両都市の痕跡など一切ない。寒冷化による急速な草原化によって、平地の風景はサバンナのようになっている。
 風景としては美しいが、黒い体毛のドラキュロは何とも不気味だ。それが、ウジャウジャいる。
 先導するAT‐802が上空を通過する。俺は自分の所在を知らせるため、発煙弾を打ち上げる。
 予定では、最初の気化爆弾を俺のいる丘の真北三キロに投下する。

 単発のプロペラ機が、防滴型の物体を投下した。
 俺はフルフェイスのヘルメット越しに、砲塔のハッチからそれを見ていた。
 そして、慌ててハッチを閉め、車内に閉じこもる。

 初歩的な燃料気化爆弾は、作動した。地上に達する前に一時爆薬が起爆し、燃料を沸騰させ高温高圧とし、圧力の限界付近でバルブが開く。
 急激な圧力低下によって燃料は蒸発し、秒速二〇〇〇メートルの高速で噴出する。噴出した燃料は蒸気雲を形成し、この雲に着火して自由空間蒸気雲爆発を起こす。
 その理論通りに、巨大な火炎が広がっている。
 爆燃の風圧のためか、飛翔型ドラゴンが一頭墜落した。

 俺は砲塔の上に立っている。
 顔を大気に晒している。
 視界には、動いているドラキュロはほとんどいない。局所的な破壊とは思えなかった。確かに半径数百メートルの範囲なのだが、その破壊力は想像を絶するものだった。
 これならば、西進圧力を減じられる、と確信するとともに、こんな兵器を作ったノイリンがどう思われるかを危惧した。
 軍拡が起これば、歯止めがきかなくなる。それは避けたい。
 計画では、南北の群に各二発を投下する。性急かもしれないが、短期間に実施する必要がある。

 俺は投下したAT‐802を心配していたが、無事だった。

 翌日午前、北の群に対して、AT‐802による気化爆弾投下が決行された。
 午後には、南の群に一発を投下。
 その翌日、ドラキュロの群の上空は大混雑だった。クフラックとカラバッシュの航空機が何度も偵察を行った。それに、黒魔族の飛翔型ドラゴンが加わる。
 東岸橋頭堡は、稼働可能な全戦車を投入して、ドラキュロを総攻撃する。
 AT‐802が飛び立ち、通常爆弾と焼夷弾を投下する。

 掃討戦の開始だ。

 ドラキュロのライン川以東への封じ込めが成功し始めると、精霊族と鬼神族が協力を申し出てくれた。
 実際、物資輸送では力になってくれたが、彼らが勝ち馬に乗ったことは事実で、俺はあまり気分がよくなかった。
 それとクフラックに対しても感情的に面白くない。
 彼らは言質は積極的だが、行動は見事なほど消極的だ。

 作戦は終盤に入っていた。
 やがて冷気が地上を覆い、ライン川以西で生き残ったドラキュロは、寒さによってほぼ死に絶えるだろう。

 完全に油断だった。
 厳しい任務で体調を崩したデュランダルは、ノイリンに戻っていた。
 東岸橋頭堡は、俺が指揮していた。

 東岸橋頭堡には、一カ所の中核拠点、四カ所の監視拠点を設けている。
 ライン川に沿って、延長は一〇キロにも達する。非常時において各拠点は、船でライン川を渡って後退する計画だ。
 この一〇キロの全線にドラキュロが襲いかかってきた。
 南側の第一と第二監視拠点は、防戦せずに放棄撤退。
 多勢に無勢で仕方ないし、そのように計画している。
 北側の第三拠点は頑強に抵抗しながら、中核拠点と合流。
 中核拠点は、このとき作業員の数が多く、簡単には撤収できなかった。
 俺は浮航できない戦車を南に移動させた。また、船に乗れるだけ西岸に送った。BTR‐DとBMD‐1にも乗せられるだけ乗せて、対岸に渡らせた。
 そして、中核拠点には五〇人ほどが孤立した。
 カンスクの指揮官が俺に告げる。
「命の惜しくないジジイだけが残った。
 ハンダ殿も落ちられよ」
「そうはいきませんよ」
 中核拠点は、銃声と怒声と、混乱の極みにあった。
 俺はイエレナの老副官に問うた。
「これを使えますか?」
 老副官はM14バトルライフルを受け取り答える。
「拝借つかまつる」
 俺はベレッタM92をホルスターから抜いた。
 伝令が駆け寄る。
「第四拠点陥落です。
 数人が東岸に取り残されたそうです」
 第四拠点には金吾がいる。金吾の安否が頭をよぎる。

 金吾は川沿いを離れ、五人を連れて北に向かっていた。
 当てがあったわけではないが、グリム旅団の捕虜であったミルコが「この近くに装甲車を捨てた」という証言を信じて、川岸から少し離れて北に向かっている。
 ミルコには、ヴィレからの引き渡し要請があったが、ミルコの「ヴィレ人は一人も殺していない」との申告からノイリンに留め置いていた。ヴィレに送れば、間違いなく殺されるからだ。
 そして、東岸橋頭堡での労働は、彼から出された希望だった。
 金吾が問う。
「どの辺だ?」
「わからないが、それほど遠くないはずだ」
「目印は?」
「大きな岩があった。
 岩の近くに窪地があり、そこに装甲車四輌を隠したんだ」
「なぜ?」
「ガス欠だったんだよ」
「ガス欠なのに、ヴィレを襲ったのか?」
「ガス欠だから襲ったのさ」
「隠したのなら回収されたんじゃないか?
 お前の仲間に」
「隠したのは本当だが、回収のつもりはなかったんだ。
 遺棄した」
「なぜ破壊しなかった?」
「もったいないだろう」
「誰かが見つけて使うかもしれないと?」
「いや、そうは思わなかったんだが……」
 一人が言った。
「ここは危険です。
 移動しましょう」
「あぁ、その岩を探そう」
 金吾たち五人は、武器と弾薬は持っていたが、食料はわずかだった。

 一時間後、探していた岩を見つけたが、窪地と装甲車は見つからなかった。草の丈が高く、視界を遮り、装甲車の発見は容易ではなかった。
 だが、ドラキュロが迫っており、安全な場所など、どこにもない。装甲車を発見し、その兵員室に逃げ込む以外、生き残りの策はない。

 俺は五〇人ほどを率いて、有刺鉄線だけの貧弱な防御柵の中で銃を撃っていた。
 どういうわけか俺の背中を守る男がいる。イエレナの老副官ハウェルだ。一介の兵から叩き上げて、下級将校にまでなった男。
 俺は、この好漢が好きだった。
「ハウェル殿、次の船に乗ってくれ!」
「何の!
 長らく兵をしておりますが、今日ほど嬉しい戦いはございません!」
「人食い相手に嬉しいですって!」
「人食いだから嬉しいのです!」
 俺たちは意味のない会話を続けていた。
 恐怖から!
 銃声は間断なく続いている。ドラキュロは、防御網を突破していない。
 対岸から八一ミリ迫撃砲が発射された。掩護の砲撃だが、俺たちと前進基地のどちらもがドラキュロの動静をほとんど知らなかった。
 砲撃の効果は限定的だろう。

 金吾たちはドラキュロに包囲されていたが、目視されてはいなかった。目視されなければ、攻撃は受けない。
 しかし、ドラキュロは何かを悟っているらしく、一帯から立ち退かない。ヒトの匂いで存在を知るとされるが、その傾向は確かにある。
 金吾たちは、進退窮まっていた。一帯からの脱出は不可能だった。

 俺は自動拳銃の弾倉を交換したが、これが最後だ。あと、リボルバーが残る。
「弾がありません!」
 誰かが叫ぶ。
 弾薬はあるが、各自が携帯していないのだ。
 後退しようにもボートがない。
 何人かが剣を抜く。
 ハウェルも剣を抜いた。
 俺はマチェッテを右手で抜き、左手にS&Wミリタリー&ポリスを持つ。
 三〇人がひとかたまりになる。
 これで終わりだ。
 泳ぎに自信のある二〇人は、何もかも捨てさせて対岸に渡らせた。
 弾が切れたら、剣を振るい、生きたまま食われる。
 もう少し、八一ミリ迫撃砲の射撃が正確ならば、撤退は可能かもしれない。
 しかし、わずかでも照準を誤れば、東岸橋頭堡内に着弾してしまう。
 着弾観測をしていないのだ。

 金吾たち五人は匍匐して、北に向かっていた。ヘビのように地面を這い、地形の凹凸にしたがってドラキュロに見つからぬよう、囲みを破ろうとしていた。
 五人は、極限の恐怖に震えていた。
 腹這いで斜面を降りた先頭の手がゴムに触れた。
 全員がタイヤを背に集まる。
 金吾が言った。
「これか?」
 ミルコが答える。
「たぶん」
 一人が「後部ハッチ開きます」と小声で告げ、ギーという不快な音とともに乗降ドアを開けた。
 ドラキュロに気付かれた。
 しかし、五名全員が車内に逃げ込み、すべてのハッチの閉鎖を確認する。
「とりあえず、食われずにすんだ」
 その言葉に全員が頷く。
 金吾がミルコに尋ねる。
「燃料は?」
「まったく」
「ない、のか?」
「その通りだ」
「まぁ、いいさ。飲まず食わずでも、二~三日は持つ。
 食われるよりはマシだ」

 ドラキュロが有刺鉄線の囲みを超えたら、俺たちの生命は終わる。
 後退するには援護射撃が必要だが、それは期待できない。
 だが、イエレナが無謀にもアシュカナン兵を率いて戻ってきた。
 彼女の凛とした声が、背後から俺の耳に届く。
「暗黒の矢をつがえよ」
「放て!」
 イエレナの部隊は矢を黒く染めている。矢羽根、矢柄、そして鏃まで黒染めなのだ。これを暗黒の矢と呼んでいる。
 弓兵による大仰角の連続投射は、一瞬だが俺たちに後退の時間を作ってくれた。
 俺は叫んだ。
「逃げるぞ。
 全員、川に向かって走れ!」
 小さなボートに救援のアシュカナン兵八〇と俺たち三〇が乗れるわけはなく、岸を離れると舷側につかまるなどして、どうにか西岸に撤退した。

 後退の途中の事故で、負傷者が一〇人以上いるが、ドラキュロに食われたという報告はない。
 だが、五人の安否が不明だ。
 五人全員がノイリン北地区北部の住人。つまり、俺たちのグループだ。
 俺はずぶ濡れだったが、五人不明と聞き、BTR‐Dの準備に入る。
 すると、三人が同行を志願してくれた。くじ引きで砲塔に乗る二人に協力を頼み、浮航して東岸に向かう。

 低速で、二時間走り回った。
 だが、発見できなかった。
 俺は、無念でならなかった。
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