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第2章
第五七話 西進阻止
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旧ヨーロッパ平原のほとんどは、氷床に覆われていない。
北海、バルト海、ボスニア湾は、真夏であっても完全に結氷している。イギリス海峡も同じで、ブリテン島の海岸線は氷床によって判別不能。北大西洋は結氷しており、スカンジナビア半島からグリーンランドにかけて、氷によって〝地続き〟だ。
グリーンランドとカナダ東部も同様。ユーラシア北西部は北アメリカと氷でつながっている。
だが、その一方、たぶんメキシコ湾流やその他の要因、例えば偏西風はどうとか、なのだろうが、旧アルプス山脈よりも西側は比較的暖かい。
この暖かい空気は、旧アルプス山脈西部北側まで達している。
だから、ノイリンは気候に恵まれているのだ。
これで〝めでたし〟とはならない。ヒトにとって良好な環境とは、ドラキュロにとっても活動しやすいわけだ。
もし、七〇年周期の極寒冷期がなければ、ビスワ川より西はドラキュロで埋め尽くされるだろう。
極寒冷期はドラキュロを死滅させ、極寒冷期が終わり、この気味の悪い生物が再び増殖し、大地にあふれる前に再度極寒冷期が訪れる。
この極寒冷期がなければ、ヒトは生きてはいけない。
そして、極寒冷期が訪れようとしている。いや、すでに始まっている。
そして、増殖しきったドラキュロは、北からの冷たい風に押されるように、ヒト、精霊族、鬼神族のテリトリーに殺到している。
氷床は北緯六〇度付近に南端があり、一部は北緯五〇度付近に達する。パリは北緯四八度で、これよりも南には氷床・氷河はない。ただし、旧アルプス山脈は例外だ。この巨大な山脈には、何本もの氷河がある。標高一五〇〇メートル以上は、完全に氷の世界だ。
なお、北極圏は北緯六六度三〇分以北。北極圏の厳しい環境が、北緯五五度付近まで南下していると考えればいい。
氷床・氷河の先端には、巨大な氷河湖ができる。旧アルプス山脈も麓まで氷で覆われている。
極寒冷期に入ると、北からの氷床と旧アルプス山脈に挟まれた狭い回廊が東西にできる。
ドラキュロは、この回廊を西に向かっている。
地球の水の多くが内陸に封じられていて、河川の水量も少ない。寒冷による乾燥化が起きているのだ。
そして、ドラキュロは一日二〇キロの移動速度で西に向かっている。
この巨大な群の先端は、真夏が終わる頃にライン川東岸に達する。
その場所が問題だった。
ドラキュロは、南に進んだり、西に進んだり、その日によって行動が変わる。
地形によっても進路が変わる。森や高地を避け、湿地には入らない。
群が分裂することもある。
だが、北と東へは長距離の移動はしない。
ゆっくりだが、確実に西進してくる。
黒魔族は、どうにか南進を食い止めている。この動物の大型の巣、ヒトならば街だが、には侵入させていない。
ドラゴンの火炎放射で、食い止めている。サイに似た走行性ドラゴンの火炎弾発射型も投入している。
ヒトが作った戦車も投入している。
だが、あと推定一五日でライン川に達する。
これを数倍にまで遅延させないと、気化爆弾の完成前にライン川を渡られてしまう。
相馬とイアンが小規模な実験を繰り返しているが、現象自体はわかっていても、それを再現することは容易じゃない。
特にバルブの設計・製作は難しい。
ライン川到達を一日でも長く遅らせられれば、それだけヒトの生存可能性が高まる。
俺は、どうやったら、この不気味な生物の西進を食い止められるのかを考えていた。
ヒトも黒魔族と同様、ドラキュロの群を攻撃する以外に、行動を止める術はない。
だから、純粋な軍事作戦なのだが、相手がヒトならば由加やベルタが作戦を立案する。だが、ドラキュロはヒトじゃない。ゴキブリ退治と同じで、ヒトとは本質的に異なった行動をするので、生態をしっかりと把握しないと、闇雲に殺虫剤を撒き散らすようなことになってしまう。
俺は毎日、ショート・スカイバンに搭乗して、ドラキュロの群を探し、群の行動を観察し続けた。
そして、既視感を持った。
その理由がわからない。だが、小河川を前に立ちすくむ、この奇妙な直立二足歩行動物が意を決して川に足をつけた瞬間に思い出した。
ケニアのマサイマラ国立保護区からタンザニアのセレンゲティ国立公園に向かって移動するヌーの大群の様子に似ているのだ。
ケニアとタンザニアの国境を流れるマラ川を渡るヌー。その姿と一致する。
旧ヨーロッパ平原は、多くの河川が縦横に走る。ドラキュロにとって、決定的な地形上の障害は川だけだ。
ドラキュロは水を嫌うが、膝の少し上くらいの水深ならば、自主的に渡ることが知られている。
だが、ネッカー川と思われる比較的大きな川に行き当たると、そこで群は停滞していたが、翌日には一部が対岸にいた。
泳いで渡ったのだ。
間違いない。
ドラキュロは押し出し圧力を受けると、泳ぐことがあるのだ。これは、新しい事実だ。
由加はドラキュロのことを話したがらない。心底気味悪がっている。
現実的最悪のホラーなのだ。
だが、それでも話さなければならない。
子供たちを守るために!
食堂で残り少ない缶ビールを斉木と飲んでいると、由加がやって来た。
俺の缶ビールを一口飲む。
能美は、最近完成した連続式蒸留機で造った甲類焼酎を飲み過ぎて、潰れている。癖がなく、果汁などと合わせて飲むとうまい。つまり、サワー用。
彼女は今日の昼間、嫌なことがあったようだ。誰かが死んだのだ。病気か、怪我で。
由加が俺の隣に座る。
「化け物はどこまで来ているの?」
「一部がネッカー川を渡った」
「川を渡るの?」
「泳いでね」
「泳げないんじゃなかったっけ!」
俺に怒るな!
「川にぶつかると、群の前方は停止する。
でも、後方は川が見えないから前進を続ける。そして、前方を押し出すんだ。
川に飛び込まされた人食いは、本能なんだろうけど、そこで初めて泳ぐ。
対岸に向かってね」
「ライン川も渡れるの?」
「多くが溺れて死ぬだろうけど、かなりの数が渡りきるだろうね」
食堂の隅で黄昏れて飲んでいたアンティが、となりのテーブルの天板に腰掛ける。
能美が目を覚まし、目だけが正気を示す。斉木がアルミ缶を握りつぶす。その音が異様に響いた。
ベルトルドが能美の背後に立つ。
由加が問う。
「どうやって止めるの?」
精霊族と鬼神族は、濠を浚渫し、城壁を補強している。籠城策しか対処法がないと、判断しているのだ。
ヒトはそれを知っている。
「基本は、黒魔族と同じ。
空から攻撃する。
まずは、一トン爆弾を群のど真ん中に落とす。
一トン爆弾の弾体自体は鋼鉄管だから、破片での殺傷能力は劣る。
威力の大半は爆風だ。
人食いは、何もない草原を移動する傾向が強い。
だから、爆風の威力は最大化できる。
危害半径は二〇メートルくらい。面積なら一二〇〇平方メートル以内のドラキュロを殺せる。
金沢くんが、二五〇キロ爆弾を作っている。黒色火薬を充填しているけど、鉄の破片も大量に混ぜている。
破片の危害半径は広いから、二五〇キロ爆弾でも半径一〇〇メートル以内の人食いを殺せる。
当面は、この爆弾を空から落とす。
ライン川到達を、一分でも遅らせるんだ」
全員が黙ってしまった。
沈黙に耐えかねるように、由加が疑問を述べる。
「でも、航空偵察である程度のことはわかるだろうけど、地上からの偵察を併用しないと、人食いの動向ははっきりしないんじゃない?」
その通りだ。
航空偵察では限界がある。無誘導の原始的な爆弾を無差別にばらまく作戦は、ヒトには大きな心理的効果があるだろう。
だが、恐怖を感じないドラキュロには、殺せた数以上の効果はない。
仮に一発の爆弾で、一〇〇頭か二〇〇頭殺せても、三〇万頭を殲滅するには、一五〇〇発以上が必要だ。
それだけの爆弾は作れない。火薬も鉄資材も、ありはしない。
由加がたたみかける。
「東京大空襲では、三八万発の焼夷弾で八万人くらいが被害を受けた……」
「その通りだ。
三八万発。二七九機のボーイングB‐29爆撃機が一機六トンの爆弾を積んでいた。一六七四トンの爆弾だ。
そんな膨大な量は、俺たちには作れない。
だけど、人食いの群は長い帯になっている。高地と森の間の開けた平地を一日二〇キロ程度のゆっくりとした速度で移動する。
黒魔族のドラゴンは、この群の先頭ではなく、後方を攻撃している。
前進圧力を弱めるためだ。
前進圧力が弱まれば、川に到達したらそこで止まる。
渡ることはない。
黒魔族は、東西に流れる川、ネッカー川支流のエンツ川とかで阻止しようとしている。最終防衛戦は、ドナウ川だろう。
ドナウ川を除けば、この地域の東西に流れる川は、総じて川幅が狭い。川を盾にして、阻止できると考えているんだ。
黒魔族が、ライン川を越えてこの一帯に集結した理由が、人食いに対する防衛だったんだ。もともと、この地域は黒魔族の生息場所の一つだったのだろうけど、南にそびえる旧アルプス山脈とドナウ川に挟まれた一帯で、防衛しようと考えたんだ。背後から襲われる心配がないからね。
同じように、俺たちは大河ラインを防衛線と考えている。
黒魔族に比べて、俺たちのほうが有利だとする根拠はないね」
「それで、地上での観測はどうするの?」
「俺とデュランダル以外、適任はいないだろう?
BTR‐DとBMD‐1で人食いの先頭に接触し、ライン川まで偵察し続ける」
「そんなこと不可能よ。
狭い車内に何日も閉じ籠もるなんて!」
気が付くと、トルクがミルシェを連れて、食堂に来ていた。ミルシェが寝付かないらしい。子供たちは誰もが怖がっている。
ミルシェが両手でコップを持ち、水を飲みながら言った。
「おトイレ、どうするの?」
原初的な問題だ。
「お漏らししちゃおうかな」
「えぇ~。ダメだよ~」
俺は、大人たちに言った。
「ロシアの装甲車ならば、履帯で走破性が高いし、水陸両用だから川も渡れる。
一定の装甲もあるから、味方の爆撃にも耐えられる。
完全に密閉されるから、人食いに侵入される恐れもない。
群は、二手に分かれて西に向かっているから、北の群は俺が、南の群はデュランダルが偵察する」
斉木が言った。
「航空偵察だけではダメなの?」
由加が答える。
「実際の被害状況は地上で確認しないと」
サビーナとアネリアが食堂に入ってくる。
二人に由加が問う。
「人食いの群に爆撃できる?」
「反撃はないから、事故や故障に気をつければ、困難な仕事じゃないけれど……」
「何が問題?」
「飛行機が足りないと思う。
整備も必要だし……」
由加が俺を見た。
「クフラックは協力してくれる?」
「クフラックは、籠城するつもりだ。
この世界では、常識的対策だ。
だけど、籠城には危険が伴う。
人食いが居着いたら、対処の方法がない。
この一帯に進出できた人食いは、極寒冷期でも死なない。
短期間なら仮死状態のようになって、寒さをやり過ごす。その程度の気温はあるだろうし、それほどの寒さの日数は限られるだろう。
それは、クフラックも承知している。
俺たちが爆撃を始めたら、協力してくれる可能性はある」
能美が発言。
「でも、爆弾は作れないのでしょ?
火薬が足りないんでしょ?」
「先生のおっしゃる通りです。
精霊族、鬼神族は、籠城に備えて、食料や燃料だけでなく火薬の備蓄も始めていますから、使い切ったら補充は無理です」
「では、どうするの?」
斉木が能美を見る。
「半田さんは、とんでもないことを考えているんだよ」
全員の目が、俺に向く。ミルシェの目も。
「クラスターの油脂焼夷弾を相馬さんとイアンさんに開発してもらっている。
それと、燃料気化爆弾」
由加が叫ぶ。
「ちょっ、ちょっと、待ってよ!」
気付くと、ベルトルドの年長の仲間がいる。
俺が答える。
「広範囲に効果を及ぼすには、巨大な爆弾を作るより、小型の爆弾をばら撒くほうがいいんだ。
だから、クラスター爆弾は効果がある。
それと、黒魔族の火炎攻撃。
人食いに火炎放射は効果が大きいようだ。
ベトナム戦争で使われたナパーム弾に似た焼夷弾を、開発している。
実験は、人食いの群に落とせばいい。
気化爆弾は、可燃性の液体を加圧沸騰させて広範囲に飛散させる。
その燃料の蒸気雲を爆発的に燃焼させる。化学工場や製油所で起きる最悪の事故と同じ現象だ」
全員が沈黙している。
由加が言った。
「それを使ったあとのこと、考えているの?」
「あぁ、考えているよ。
ノイリンがこの地域で、普通に生きていけるよう、最大限の努力をしないと」
「確かに何百キロも西ですることだから、フルギアや精霊族、鬼神族は具体的にはわからないかもしれない。
でも、クフラック、シェプニノ、カンガブルは気付くよ。
とんでもない兵器を使ったことを!」
俺は沈黙した。
助け船は、意外な人物だった。
ベルトルドだ。
「人食いに火は有効です。
火炎放射器で何度も撃退しています。
その火ですが、半田さん以外に注目しているヒトたちがいます」
俺を含めて、全員がベルトルドを見る。
「西の川(アリエ川)合流部北岸の東にカンスクという街がありますね。
電装系が不要なエンジンを作っているヒトたち。
焼玉エンジンでしたっけ?
あの街のヒトたち、焼玉エンジン搭載の戦車を作っています。
搭載している武器は、火炎放射器です。
二〇〇輌以上製造していて、それで東の川、ライン川だと思いますが、その川を渡るつもりらしいです」
俺は焼玉エンジンの存在を知っていたし、この一帯の動力船の大半が焼玉エンジン搭載であることも調べていた。
その製造元が、ヒト、精霊族、鬼神族混住の街であることも。
俺がベルトルドに問う。
「カンスクは、ヒト、精霊族、鬼神族混住の街と聞いたけど……」
「畑の開墾で行ったのです。
僕らの仕事ですから……。
ヒト、精霊族、鬼神族混住の街と聞いていましたけど、実際はヒトと精霊族の混血のヒトたちが半分以上みたいです。
女のヒトは、例外なく凄い美人です」
ルサリィがいる。そして突っ込みを入れた。
「いま、そこは重要じゃないでしょ」
いや、若い男には重要だ。
ベルトルドが続ける。
「……ですね。
混血のヒトたちは、精霊族の社会では生きにくいみたいです。差別とかはないらしいですが、何というか、ヒトとも精霊族とも違うわけで……。
だから、そういうヒトたちが集まって、魍魎族の神殿の跡に自分たちの街を築いたのだと聞きました。
対黒魔族戦では、完全に包囲されたけど、守り切ったそうです。
この街の人たちは、火炎放射戦車の他に、火炎弾投射機も作っているみたいです。
一種のカタパルトのようです」
由加がベルトルドに。
「気化爆弾は、そんなレベルの兵器じゃないの。強力な破壊力があるの。
相馬さんとイアンさんならば、作ってしまいそうだから逆に心配……」
斉木が由加に反論。
「核と化学兵器以外なら、何でもありだよ。
この状況は、ね」
能美が斉木に賛成する。
「あとのことは、いまを乗り切らないと。
今日がなければ、明日の出来事もないのだから……」
滑走路に不格好なエアトラクターAT‐802が二機駐機している。
翼下には、二五〇キロ爆弾が各四発搭載されている。
スカイバンへの一トン爆弾の搭載は、始まっている。
俺とデュランダルは、BMD‐1とBTR‐Dに乗って、ヴィレを目指す。燃料の入ったドラム缶を満載したウニモグとフクス、OT‐64が同行する。
斉木は珠月とルサリィをともなって、陸路でカンスクに向かった。
俺はヴィレにいた。カンスクにいる斉木と無線で話している。日本語を使っているので、盗聴の恐れはない。
「カンスクは、本気でドラキュロの西進を食い止める気だよ」
「カンスクにその能力はありますか?」
「いや、ないね。
ドラキュロの数さえ把握していないんだよ。数千程度と考えているみたいだ」
「先生はカンスクをどう見ます?」
「う~ん。
ベルトルドくんの説明は的確で、美人さんの街だね」
「そこじゃなくて」
「まぁ、無謀かな。
だけど、ここの住民は戦力になるよ。
籠城する気はないみたいだし、その点は我々と同じかな」
「指導層と会えそうですか?」
「明日、会うよ。
役所に出向いて『ノイリン王の名代だ』と言ったら、面会を確約してくれた」
「私は明日、ライン川に向かいます。
ドラキュロが渡渉しそうな地点を探し、西岸に前進基地を設営します」
我々の方針は、ノイリン全体の方針とは大きく乖離していた。
ノイリンは、他の街々と同様に籠城と決している。
だが、それでまとまっていたわけではない。特に西地区は、西進阻止を訴えている。
そして、西地区は軍事力において、ノイリン随一でもある。
ハーキム戦闘車を一五〇輌保有し、その全車に金沢グループ製のFV721フォックス装甲車からコピーした重装甲型砲塔を搭載している。
武装は五〇輌がベルト給弾の二〇ミリ機関砲で、一〇〇輌がL23A1七六・二ミリ砲のコピーだ。
北地区の旧アガタ一派は、籠城となった場合、彼らの生存可能性が皆無であることから去っていた。
彼らは通常価格の二~三倍で食料を調達していたが、物資の備蓄が始まると一切の供給が停止。現状でさえ、飢えが現実となっていた。
だから、どこかへと去った。
結果、一時的ではあるにせよ、我々が移住の最初期に建設した施設は再度利用が可能になっていた。
俺たちの部隊は、ヴィレから三日かけてライン川西岸に達した。
支流や分流、そして湖沼が多く、ライン川本流を見つけるのに、半日もかかった。
そして、二〇〇万年前の地図と重ね合わせると、ストラスブール付近と思われる、河川に囲まれたかなり広い場所に前進基地を設営した。
ライン川に沿って南北を広範囲に偵察したが、川は大地を深く浸食し、両岸ともに急傾斜になっている。
だが、我々の前進基地付近は、平坦で比較的渡河しやすい。
ドラキュロの大群が渡るとすれば、この場所だ。渡渉に適した地形の幅は、一〇キロにも及ぶ。
俺とデュランダルは、そう判断した。
前進基地が設営されると、俺たちのヘリコプターが頻繁に物資を運ぶ。
この動きは当然、クフラックも察知する。
そして、貴重な燃料を使って、ハンニバル・バルカが前進基地に乗り込んできた。
デュランダルは、BTR‐Dの砲塔に二人を乗せ、ドラキュロとの接触を試みようと、東岸に渡っていた。
俺がハンニバルと晴天の下で対峙する。テントの中は、貴重な物資でいっぱいなのだ。
「ノイリンは何を考えているんだ?」
「これは、ノイリンの総意じゃない。
我々独自の行動だ。
ノイリンは籠城と決している」
「ハンダ、お前は何をする気なんだ?」
「人食いの西進を阻止する。
この川を渡らせない」
「バカな!
正気なのか?
三〇万の大群だぞ」
「承知している。
だが、黒魔族は成功している」
「それは、そうだが……」
「作戦は、基本的には黒魔族と同じだ。
空から群の中央部を攻撃し、前方は地上から叩く。
前進圧力を減じさせつつ、個体数の減少を図る」
「それだけの戦力はあるのか?」
「ない。
我々だけだからね。
クフラックが協力してくれるとありがたい」
「私たちは、総意として籠城と決している。
それを変えることは難しい」
「だろうねぇ。
籠城には一定の合理性はあるが、もし人食いが居着いたらどうする。
その可能性は高いぞ。
西には大山脈がある。だから、そこで西進は止まる。
東と北に氷床、西に大山脈。
結局、この一帯に人食いが留まることになる」
「それはわかるが……」
「川の東に封じ込めれば、人食いの大半は寒さで死ぬ。
この一手しかない。
ヒトが生き残るには、ね」
「ハンダは、それができると?」
「あぁ、できるさ。
ヒト、精霊族、鬼神族が力を合わせれば。
それに、今回は黒魔族も目的は同じだ。
結果的に、だが、黒魔族も戦力になる」
「黒魔族と同盟なんか結べるか!」
「そうじゃない。
ヒトも人食いを叩き、黒魔族も叩く。
結果、同じ方向を向いている、だけだ。
だが、ベクトルは同じだ。
黒魔族が叩いた分、ヒトは叩かなくてすむ」
「そうだが!
こっちが消耗しきったところで、黒魔族に攻められたらどうする?」
「それは、ない。
俺の計画では、黒魔族は躊躇うはずだ」
「なぜ?」
「その確証を見せる。
確証を得たら、協力して欲しい」
「そのときは、クフラックも考えるよ」
「ありがとう」
「でも、籠城が現実的だ」
斉木からの第二報は、その夜入った。
「半田くん。
川が違っていたよ」
「どういうことです?」
「カンスクが防衛線と考えているのは、ソーヌ・ローヌ川の線だった」
「それでは近すぎる!」
「あぁ、そうだ。
そこで、彼らのトップと交渉した」
「結果は?」
「同意を得られない」
「簡単にはいかないですか?」
「そうだね。
我々単独で作戦を始めなければならないよ」
「でも、我々の作戦は伝えたのでしょ?」
「あぁ、ちゃんと伝えたよ」
前進基地への物資の輸送は、簡単ではなかった。
道はなく、人家も皆無。走りやすいルートを選んで、原野を走る。
川に橋はなく、湿地は多い。
ノイリンからの物資は、中継基地のヴィレで滞貨する。
水陸両用車に平底水密荷台を持つソリを牽引させて、どうにか間に合わせているが、非効率ではある。
サビーナたちが、空爆を始める。初日は黒色火薬を詰めただけの二五〇キロ爆弾、計二トン。翌日は鉄くずを混ぜた爆弾。
これらの効果を確認するため、俺は単独でドラキュロの群に分け入った。
この動物は、無害と判断した障害は自分から避けてくれる。
鉄くず入りの爆弾は、効果があった。半径一〇〇メートル内外のドラキュロを殺せる。密集しているので効果が高いが、誤爆されないかビクビクものだ。
それで、爆撃時には、発煙弾を砲塔内から打ち上げるようにしている。
シミターとセイバーも、手間のかかる浮航スクリーンを使ってライン川を渡る。
この二輌は、群の先頭を叩く。
この攻撃を三日間連続して実施し、二五キロしか移動させなかった。
四日目は、エアトラクターの整備が必要となり、スカイバンが群のかなり後方に一トン爆弾を落とす。
その爆風はすさまじく、爆心から一キロ離れていた俺もBTR‐Dの車内で爆風を感じた。車体が揺れたのだ。
この攻撃は、ドラキュロにはあまり効果がなかったが、ヒト、精霊族、鬼神族には効果があった。
我々の前進基地からでも、爆煙が見えたからだ。前進基地には、各街から観戦武官みたいな連中が集まりだしていて、俺たちの行動を監視していた。
そこに一トン爆弾だ。
この宣伝効果は大きかった。
クフラックは、爆撃の効果を確認するための偵察機を初めて送る。
群は大きく二つに分かれているが、現在は北だけを叩いている。
南は黒魔族が叩いており、前進は鈍い。北の西進は早いので、北の群を中心に攻撃している。
翌日、突然、クフラックから二機のスーパーツカノ攻撃機がノイリンに飛来。
燃料と爆弾をくれれば、攻撃に参加するという。
これだけで、航空戦力は二倍だ。
その翌日は、Mi‐26がヴィレから物資を空輸してくれた。どうにか弾薬が持ちそうだ。
シェプニノとカンガブルが戦車を派遣してくれる。数は不明だし、物資の輸送はまだまだ脆弱。
それでもありがたい。
カンスクが戦車二輌を前進基地に派遣した。
様子を見に来た程度だが、様子を見てみようと考えてくれただけで感謝だ。
ノイリン西地区が、全面的に我々を支持すると声明を出す。
同時に、物資輸送と戦車の派遣を決定。
地上戦力が大幅に増加。
大歓迎だ。
作戦開始から七日目、この日は計八トンの爆弾を投下。
群の前進が止まった。
北の群よりも南の群の先頭のほうが、西に位置している。
役割分担が決まる。
ノイリンは南の群を、クフラックは北の群を空爆する。
爆弾はノイリンからクフラックに輸送し、以後の航空作戦はクフラック機はクフラックから実施することになる。
この頃、群の先頭の前進を阻止するには、大口径機関砲や主砲ではなく、同軸機関銃のほうが効果があることがわかる。
各車は主砲弾を数発にして、機関銃弾の増載を実施。
また、迫撃砲による先頭から五キロほど後方への砲撃も効果があることが判明。
八一ミリ迫撃砲の大量投入が決まるが、戦闘室が密閉された自走砲以外でのライン川東岸進出が危険であることから、投入数には限りがあった。
また、ライン川東岸橋頭堡に一五〇ミリ榴弾砲が到着。
最大射程で砲撃を開始する。
その着弾観測も俺の仕事だ。
俺はそれら攻撃の真っ只中で、ドラキュロ北群の動向を観察し続けていた。南群はデュランダルが同じことをしている。
外界との連絡は、無線のみ。ドラキュロは昼行性なので、夜間は眠れるが、とにかく用足しが辛い。湿地に入れば、一定の安全は確保できる。それ以外で車外に出るなど、恐ろしくてできない。
籠城に決定していたヒトの街の一部、ソーヌ・ローヌ川の東岸の街は方針を変え、ドラキュロの西進阻止に動いた。
彼らの街は、ノイリンよりもライン川に近い。そして、ライン川を越えられたら、阻止の方法がない。それに、ライン川が渡れるなら、どんな川でも濠でも渡れる。
だから、籠城から西進阻止に方針を変えた。
一五〇ミリ榴弾砲も、ソーヌ・ローヌ川の東岸の街から派遣されてきた。派遣部隊の全員が決死の覚悟だ。
東岸の橋頭堡は日々拡張されていき、七五ミリと一〇五ミリの榴弾砲は、五〇門を超えようとしている。
かなりの戦力だ。
カンスクが動く。
斉木に「燃料を補給してくれるならば、東の大河東方に進出する」との申し出があった。
だが、カンスク製焼玉エンジンの燃料は重油、俺たちは重油を作っていない。
そのことを斉木がカンスク側に伝えると、「軽油でいい」との返答があった。
どうも、ノイリン製燃料を入手し、その使用法を解決した上での申し出だったようだ。
さすがは、技術の街だ。
斉木が「燃料はヴィレで補給できる」と告げると、カンスクの議会は一〇〇輌もの大量派遣を決議した。
俺は、そんな報告を狭い車内で聞いた。嬉しくはあったが、精神的、体力的には限界が近かった。また、燃料も補給したい。
俺は、前進基地への一時後退を連絡する。デュランダルは、まだ頑張るそうだ。
秋の気配が濃くなる頃になっても、ドラキュロの群はライン川東岸に達していない。
一時は前進を食い止め、東へ押し戻したが、ここ数日は毎日五キロほど西進している。
各街の危機感は強く、我々に対する不信感も芽生え始めている。
この状況で恐ろしいことは、ヒトの連携の崩壊だ。精霊族や鬼神族は、阻止戦にまだ参加していない。
様子を見ているのだ。長すぎる様子見だ。
早朝の作戦会議、まるで中世の軍議のようだ。諸将が集まり、総大将を中心に作戦を立案している風景に似ている。
違うところは、総大将がいないこと。
カンガブルからの派遣部隊隊長が発言する。
「確かに西進を遅らせているが阻止はできていない。
この事実は重要で、疑う余地はない。
我らは明日、カンガブルに帰る」
俺が一番恐れていたことだ。
シェプニノ軍の指揮官が発言する。
「確かに北の群は阻止できていないが、南は完全に止めている。
カンスクの火炎放射機の威力と、言いたくはないが黒魔族のドラゴンも大きな戦力だ。
そのためか、北の群が大きくなっている。だから、止められないんだ。
もっと戦力があれば、砲弾があれば、止められる」
どう見ても一五歳以下の女の子が俺にメモを渡す。
一五歳以下はダメだと何度も言っているが、若年の志願者が絶えないのだ。チュールとマトーシュが「一六歳六カ月」と申告して、志願したそうだ。もちろん、認められなかった。
俺は女の子に「ノイリンに帰りなさい」と言った。泣きそうな目で見詰め返したが、俺は無言で見詰め返し、断固とした意思を示す。
そして、メモを読む。
相馬からの連絡だ。
「単純な油脂焼夷弾とクラスター型の油脂焼夷弾完成。
明日、実戦にて初実験」
ようするに、一度もテストしていないが、明日、初めての実験をするのだ。それも、戦場で!
俺は意を決した。
「ノイリンで新型の爆弾が完成しました。
明日、この戦場で実験をします。
皆さんもご存じだと思いますが、我が友、相馬が作りました」
場がざわつく。誰かが「ソウマ様が……」と呟いた。
二機のエアトラクターAT‐802が戦場を通過する。
俺は、東岸橋頭堡から六〇キロ東にいた。丘の上のXA‐180装輪装甲車には、一〇人の各街の武官が乗っている。
先頭のエアトラクターがドラキュロの群に向かって降下していく。
先頭機はサビーナで、通常の油脂焼夷弾を搭載している。
二発を投下。
地上で爆発し、ゲル化したガソリンを半径八〇メートルほどにばら撒いて、ドラキュロを燃やす。
それは凄惨な光景だった。
次はトクタル機。これにはクラスター型が搭載されている。
空中で子弾が飛散し、広範囲に降下、地上で急速燃焼する。
幅一〇〇メートル、長さ二五〇メートルが火炎に包まれる。
非クラスター型の倍の威力だ。
その威力に俺も驚いた。しかも、一発は空中でキャニスターが開かず、子弾を散布しなかった。
正常に作動すれば、一発で数百頭のドラキュロを駆除できる。
不発のクラスター焼夷弾が爆発。動作不良時のための時限信管が作動したのだ。
噴水のように子弾が飛び、そして爆発・燃焼する。これでも十分な威力だ。
武官たちが沈黙する。
由加の心配が現実となった瞬間だ。
俺は武官たちに言った。
「前進基地に戻りましょう」
軍議は、沈黙が支配している。
カンガブル軍の指揮官が発言。
「あの爆弾を使えば、北の群も止められるな」
カンスク軍の指揮官。
「だが、何発あればいいのだ」
その通りだ。
俺は、誤解を招かぬよう用心しながら言った。
「とにかく、いまは西進を食い止めることだけに集中しましょう」
ヒトの団結は脆い。
わずかな油断で瓦解する。
北海、バルト海、ボスニア湾は、真夏であっても完全に結氷している。イギリス海峡も同じで、ブリテン島の海岸線は氷床によって判別不能。北大西洋は結氷しており、スカンジナビア半島からグリーンランドにかけて、氷によって〝地続き〟だ。
グリーンランドとカナダ東部も同様。ユーラシア北西部は北アメリカと氷でつながっている。
だが、その一方、たぶんメキシコ湾流やその他の要因、例えば偏西風はどうとか、なのだろうが、旧アルプス山脈よりも西側は比較的暖かい。
この暖かい空気は、旧アルプス山脈西部北側まで達している。
だから、ノイリンは気候に恵まれているのだ。
これで〝めでたし〟とはならない。ヒトにとって良好な環境とは、ドラキュロにとっても活動しやすいわけだ。
もし、七〇年周期の極寒冷期がなければ、ビスワ川より西はドラキュロで埋め尽くされるだろう。
極寒冷期はドラキュロを死滅させ、極寒冷期が終わり、この気味の悪い生物が再び増殖し、大地にあふれる前に再度極寒冷期が訪れる。
この極寒冷期がなければ、ヒトは生きてはいけない。
そして、極寒冷期が訪れようとしている。いや、すでに始まっている。
そして、増殖しきったドラキュロは、北からの冷たい風に押されるように、ヒト、精霊族、鬼神族のテリトリーに殺到している。
氷床は北緯六〇度付近に南端があり、一部は北緯五〇度付近に達する。パリは北緯四八度で、これよりも南には氷床・氷河はない。ただし、旧アルプス山脈は例外だ。この巨大な山脈には、何本もの氷河がある。標高一五〇〇メートル以上は、完全に氷の世界だ。
なお、北極圏は北緯六六度三〇分以北。北極圏の厳しい環境が、北緯五五度付近まで南下していると考えればいい。
氷床・氷河の先端には、巨大な氷河湖ができる。旧アルプス山脈も麓まで氷で覆われている。
極寒冷期に入ると、北からの氷床と旧アルプス山脈に挟まれた狭い回廊が東西にできる。
ドラキュロは、この回廊を西に向かっている。
地球の水の多くが内陸に封じられていて、河川の水量も少ない。寒冷による乾燥化が起きているのだ。
そして、ドラキュロは一日二〇キロの移動速度で西に向かっている。
この巨大な群の先端は、真夏が終わる頃にライン川東岸に達する。
その場所が問題だった。
ドラキュロは、南に進んだり、西に進んだり、その日によって行動が変わる。
地形によっても進路が変わる。森や高地を避け、湿地には入らない。
群が分裂することもある。
だが、北と東へは長距離の移動はしない。
ゆっくりだが、確実に西進してくる。
黒魔族は、どうにか南進を食い止めている。この動物の大型の巣、ヒトならば街だが、には侵入させていない。
ドラゴンの火炎放射で、食い止めている。サイに似た走行性ドラゴンの火炎弾発射型も投入している。
ヒトが作った戦車も投入している。
だが、あと推定一五日でライン川に達する。
これを数倍にまで遅延させないと、気化爆弾の完成前にライン川を渡られてしまう。
相馬とイアンが小規模な実験を繰り返しているが、現象自体はわかっていても、それを再現することは容易じゃない。
特にバルブの設計・製作は難しい。
ライン川到達を一日でも長く遅らせられれば、それだけヒトの生存可能性が高まる。
俺は、どうやったら、この不気味な生物の西進を食い止められるのかを考えていた。
ヒトも黒魔族と同様、ドラキュロの群を攻撃する以外に、行動を止める術はない。
だから、純粋な軍事作戦なのだが、相手がヒトならば由加やベルタが作戦を立案する。だが、ドラキュロはヒトじゃない。ゴキブリ退治と同じで、ヒトとは本質的に異なった行動をするので、生態をしっかりと把握しないと、闇雲に殺虫剤を撒き散らすようなことになってしまう。
俺は毎日、ショート・スカイバンに搭乗して、ドラキュロの群を探し、群の行動を観察し続けた。
そして、既視感を持った。
その理由がわからない。だが、小河川を前に立ちすくむ、この奇妙な直立二足歩行動物が意を決して川に足をつけた瞬間に思い出した。
ケニアのマサイマラ国立保護区からタンザニアのセレンゲティ国立公園に向かって移動するヌーの大群の様子に似ているのだ。
ケニアとタンザニアの国境を流れるマラ川を渡るヌー。その姿と一致する。
旧ヨーロッパ平原は、多くの河川が縦横に走る。ドラキュロにとって、決定的な地形上の障害は川だけだ。
ドラキュロは水を嫌うが、膝の少し上くらいの水深ならば、自主的に渡ることが知られている。
だが、ネッカー川と思われる比較的大きな川に行き当たると、そこで群は停滞していたが、翌日には一部が対岸にいた。
泳いで渡ったのだ。
間違いない。
ドラキュロは押し出し圧力を受けると、泳ぐことがあるのだ。これは、新しい事実だ。
由加はドラキュロのことを話したがらない。心底気味悪がっている。
現実的最悪のホラーなのだ。
だが、それでも話さなければならない。
子供たちを守るために!
食堂で残り少ない缶ビールを斉木と飲んでいると、由加がやって来た。
俺の缶ビールを一口飲む。
能美は、最近完成した連続式蒸留機で造った甲類焼酎を飲み過ぎて、潰れている。癖がなく、果汁などと合わせて飲むとうまい。つまり、サワー用。
彼女は今日の昼間、嫌なことがあったようだ。誰かが死んだのだ。病気か、怪我で。
由加が俺の隣に座る。
「化け物はどこまで来ているの?」
「一部がネッカー川を渡った」
「川を渡るの?」
「泳いでね」
「泳げないんじゃなかったっけ!」
俺に怒るな!
「川にぶつかると、群の前方は停止する。
でも、後方は川が見えないから前進を続ける。そして、前方を押し出すんだ。
川に飛び込まされた人食いは、本能なんだろうけど、そこで初めて泳ぐ。
対岸に向かってね」
「ライン川も渡れるの?」
「多くが溺れて死ぬだろうけど、かなりの数が渡りきるだろうね」
食堂の隅で黄昏れて飲んでいたアンティが、となりのテーブルの天板に腰掛ける。
能美が目を覚まし、目だけが正気を示す。斉木がアルミ缶を握りつぶす。その音が異様に響いた。
ベルトルドが能美の背後に立つ。
由加が問う。
「どうやって止めるの?」
精霊族と鬼神族は、濠を浚渫し、城壁を補強している。籠城策しか対処法がないと、判断しているのだ。
ヒトはそれを知っている。
「基本は、黒魔族と同じ。
空から攻撃する。
まずは、一トン爆弾を群のど真ん中に落とす。
一トン爆弾の弾体自体は鋼鉄管だから、破片での殺傷能力は劣る。
威力の大半は爆風だ。
人食いは、何もない草原を移動する傾向が強い。
だから、爆風の威力は最大化できる。
危害半径は二〇メートルくらい。面積なら一二〇〇平方メートル以内のドラキュロを殺せる。
金沢くんが、二五〇キロ爆弾を作っている。黒色火薬を充填しているけど、鉄の破片も大量に混ぜている。
破片の危害半径は広いから、二五〇キロ爆弾でも半径一〇〇メートル以内の人食いを殺せる。
当面は、この爆弾を空から落とす。
ライン川到達を、一分でも遅らせるんだ」
全員が黙ってしまった。
沈黙に耐えかねるように、由加が疑問を述べる。
「でも、航空偵察である程度のことはわかるだろうけど、地上からの偵察を併用しないと、人食いの動向ははっきりしないんじゃない?」
その通りだ。
航空偵察では限界がある。無誘導の原始的な爆弾を無差別にばらまく作戦は、ヒトには大きな心理的効果があるだろう。
だが、恐怖を感じないドラキュロには、殺せた数以上の効果はない。
仮に一発の爆弾で、一〇〇頭か二〇〇頭殺せても、三〇万頭を殲滅するには、一五〇〇発以上が必要だ。
それだけの爆弾は作れない。火薬も鉄資材も、ありはしない。
由加がたたみかける。
「東京大空襲では、三八万発の焼夷弾で八万人くらいが被害を受けた……」
「その通りだ。
三八万発。二七九機のボーイングB‐29爆撃機が一機六トンの爆弾を積んでいた。一六七四トンの爆弾だ。
そんな膨大な量は、俺たちには作れない。
だけど、人食いの群は長い帯になっている。高地と森の間の開けた平地を一日二〇キロ程度のゆっくりとした速度で移動する。
黒魔族のドラゴンは、この群の先頭ではなく、後方を攻撃している。
前進圧力を弱めるためだ。
前進圧力が弱まれば、川に到達したらそこで止まる。
渡ることはない。
黒魔族は、東西に流れる川、ネッカー川支流のエンツ川とかで阻止しようとしている。最終防衛戦は、ドナウ川だろう。
ドナウ川を除けば、この地域の東西に流れる川は、総じて川幅が狭い。川を盾にして、阻止できると考えているんだ。
黒魔族が、ライン川を越えてこの一帯に集結した理由が、人食いに対する防衛だったんだ。もともと、この地域は黒魔族の生息場所の一つだったのだろうけど、南にそびえる旧アルプス山脈とドナウ川に挟まれた一帯で、防衛しようと考えたんだ。背後から襲われる心配がないからね。
同じように、俺たちは大河ラインを防衛線と考えている。
黒魔族に比べて、俺たちのほうが有利だとする根拠はないね」
「それで、地上での観測はどうするの?」
「俺とデュランダル以外、適任はいないだろう?
BTR‐DとBMD‐1で人食いの先頭に接触し、ライン川まで偵察し続ける」
「そんなこと不可能よ。
狭い車内に何日も閉じ籠もるなんて!」
気が付くと、トルクがミルシェを連れて、食堂に来ていた。ミルシェが寝付かないらしい。子供たちは誰もが怖がっている。
ミルシェが両手でコップを持ち、水を飲みながら言った。
「おトイレ、どうするの?」
原初的な問題だ。
「お漏らししちゃおうかな」
「えぇ~。ダメだよ~」
俺は、大人たちに言った。
「ロシアの装甲車ならば、履帯で走破性が高いし、水陸両用だから川も渡れる。
一定の装甲もあるから、味方の爆撃にも耐えられる。
完全に密閉されるから、人食いに侵入される恐れもない。
群は、二手に分かれて西に向かっているから、北の群は俺が、南の群はデュランダルが偵察する」
斉木が言った。
「航空偵察だけではダメなの?」
由加が答える。
「実際の被害状況は地上で確認しないと」
サビーナとアネリアが食堂に入ってくる。
二人に由加が問う。
「人食いの群に爆撃できる?」
「反撃はないから、事故や故障に気をつければ、困難な仕事じゃないけれど……」
「何が問題?」
「飛行機が足りないと思う。
整備も必要だし……」
由加が俺を見た。
「クフラックは協力してくれる?」
「クフラックは、籠城するつもりだ。
この世界では、常識的対策だ。
だけど、籠城には危険が伴う。
人食いが居着いたら、対処の方法がない。
この一帯に進出できた人食いは、極寒冷期でも死なない。
短期間なら仮死状態のようになって、寒さをやり過ごす。その程度の気温はあるだろうし、それほどの寒さの日数は限られるだろう。
それは、クフラックも承知している。
俺たちが爆撃を始めたら、協力してくれる可能性はある」
能美が発言。
「でも、爆弾は作れないのでしょ?
火薬が足りないんでしょ?」
「先生のおっしゃる通りです。
精霊族、鬼神族は、籠城に備えて、食料や燃料だけでなく火薬の備蓄も始めていますから、使い切ったら補充は無理です」
「では、どうするの?」
斉木が能美を見る。
「半田さんは、とんでもないことを考えているんだよ」
全員の目が、俺に向く。ミルシェの目も。
「クラスターの油脂焼夷弾を相馬さんとイアンさんに開発してもらっている。
それと、燃料気化爆弾」
由加が叫ぶ。
「ちょっ、ちょっと、待ってよ!」
気付くと、ベルトルドの年長の仲間がいる。
俺が答える。
「広範囲に効果を及ぼすには、巨大な爆弾を作るより、小型の爆弾をばら撒くほうがいいんだ。
だから、クラスター爆弾は効果がある。
それと、黒魔族の火炎攻撃。
人食いに火炎放射は効果が大きいようだ。
ベトナム戦争で使われたナパーム弾に似た焼夷弾を、開発している。
実験は、人食いの群に落とせばいい。
気化爆弾は、可燃性の液体を加圧沸騰させて広範囲に飛散させる。
その燃料の蒸気雲を爆発的に燃焼させる。化学工場や製油所で起きる最悪の事故と同じ現象だ」
全員が沈黙している。
由加が言った。
「それを使ったあとのこと、考えているの?」
「あぁ、考えているよ。
ノイリンがこの地域で、普通に生きていけるよう、最大限の努力をしないと」
「確かに何百キロも西ですることだから、フルギアや精霊族、鬼神族は具体的にはわからないかもしれない。
でも、クフラック、シェプニノ、カンガブルは気付くよ。
とんでもない兵器を使ったことを!」
俺は沈黙した。
助け船は、意外な人物だった。
ベルトルドだ。
「人食いに火は有効です。
火炎放射器で何度も撃退しています。
その火ですが、半田さん以外に注目しているヒトたちがいます」
俺を含めて、全員がベルトルドを見る。
「西の川(アリエ川)合流部北岸の東にカンスクという街がありますね。
電装系が不要なエンジンを作っているヒトたち。
焼玉エンジンでしたっけ?
あの街のヒトたち、焼玉エンジン搭載の戦車を作っています。
搭載している武器は、火炎放射器です。
二〇〇輌以上製造していて、それで東の川、ライン川だと思いますが、その川を渡るつもりらしいです」
俺は焼玉エンジンの存在を知っていたし、この一帯の動力船の大半が焼玉エンジン搭載であることも調べていた。
その製造元が、ヒト、精霊族、鬼神族混住の街であることも。
俺がベルトルドに問う。
「カンスクは、ヒト、精霊族、鬼神族混住の街と聞いたけど……」
「畑の開墾で行ったのです。
僕らの仕事ですから……。
ヒト、精霊族、鬼神族混住の街と聞いていましたけど、実際はヒトと精霊族の混血のヒトたちが半分以上みたいです。
女のヒトは、例外なく凄い美人です」
ルサリィがいる。そして突っ込みを入れた。
「いま、そこは重要じゃないでしょ」
いや、若い男には重要だ。
ベルトルドが続ける。
「……ですね。
混血のヒトたちは、精霊族の社会では生きにくいみたいです。差別とかはないらしいですが、何というか、ヒトとも精霊族とも違うわけで……。
だから、そういうヒトたちが集まって、魍魎族の神殿の跡に自分たちの街を築いたのだと聞きました。
対黒魔族戦では、完全に包囲されたけど、守り切ったそうです。
この街の人たちは、火炎放射戦車の他に、火炎弾投射機も作っているみたいです。
一種のカタパルトのようです」
由加がベルトルドに。
「気化爆弾は、そんなレベルの兵器じゃないの。強力な破壊力があるの。
相馬さんとイアンさんならば、作ってしまいそうだから逆に心配……」
斉木が由加に反論。
「核と化学兵器以外なら、何でもありだよ。
この状況は、ね」
能美が斉木に賛成する。
「あとのことは、いまを乗り切らないと。
今日がなければ、明日の出来事もないのだから……」
滑走路に不格好なエアトラクターAT‐802が二機駐機している。
翼下には、二五〇キロ爆弾が各四発搭載されている。
スカイバンへの一トン爆弾の搭載は、始まっている。
俺とデュランダルは、BMD‐1とBTR‐Dに乗って、ヴィレを目指す。燃料の入ったドラム缶を満載したウニモグとフクス、OT‐64が同行する。
斉木は珠月とルサリィをともなって、陸路でカンスクに向かった。
俺はヴィレにいた。カンスクにいる斉木と無線で話している。日本語を使っているので、盗聴の恐れはない。
「カンスクは、本気でドラキュロの西進を食い止める気だよ」
「カンスクにその能力はありますか?」
「いや、ないね。
ドラキュロの数さえ把握していないんだよ。数千程度と考えているみたいだ」
「先生はカンスクをどう見ます?」
「う~ん。
ベルトルドくんの説明は的確で、美人さんの街だね」
「そこじゃなくて」
「まぁ、無謀かな。
だけど、ここの住民は戦力になるよ。
籠城する気はないみたいだし、その点は我々と同じかな」
「指導層と会えそうですか?」
「明日、会うよ。
役所に出向いて『ノイリン王の名代だ』と言ったら、面会を確約してくれた」
「私は明日、ライン川に向かいます。
ドラキュロが渡渉しそうな地点を探し、西岸に前進基地を設営します」
我々の方針は、ノイリン全体の方針とは大きく乖離していた。
ノイリンは、他の街々と同様に籠城と決している。
だが、それでまとまっていたわけではない。特に西地区は、西進阻止を訴えている。
そして、西地区は軍事力において、ノイリン随一でもある。
ハーキム戦闘車を一五〇輌保有し、その全車に金沢グループ製のFV721フォックス装甲車からコピーした重装甲型砲塔を搭載している。
武装は五〇輌がベルト給弾の二〇ミリ機関砲で、一〇〇輌がL23A1七六・二ミリ砲のコピーだ。
北地区の旧アガタ一派は、籠城となった場合、彼らの生存可能性が皆無であることから去っていた。
彼らは通常価格の二~三倍で食料を調達していたが、物資の備蓄が始まると一切の供給が停止。現状でさえ、飢えが現実となっていた。
だから、どこかへと去った。
結果、一時的ではあるにせよ、我々が移住の最初期に建設した施設は再度利用が可能になっていた。
俺たちの部隊は、ヴィレから三日かけてライン川西岸に達した。
支流や分流、そして湖沼が多く、ライン川本流を見つけるのに、半日もかかった。
そして、二〇〇万年前の地図と重ね合わせると、ストラスブール付近と思われる、河川に囲まれたかなり広い場所に前進基地を設営した。
ライン川に沿って南北を広範囲に偵察したが、川は大地を深く浸食し、両岸ともに急傾斜になっている。
だが、我々の前進基地付近は、平坦で比較的渡河しやすい。
ドラキュロの大群が渡るとすれば、この場所だ。渡渉に適した地形の幅は、一〇キロにも及ぶ。
俺とデュランダルは、そう判断した。
前進基地が設営されると、俺たちのヘリコプターが頻繁に物資を運ぶ。
この動きは当然、クフラックも察知する。
そして、貴重な燃料を使って、ハンニバル・バルカが前進基地に乗り込んできた。
デュランダルは、BTR‐Dの砲塔に二人を乗せ、ドラキュロとの接触を試みようと、東岸に渡っていた。
俺がハンニバルと晴天の下で対峙する。テントの中は、貴重な物資でいっぱいなのだ。
「ノイリンは何を考えているんだ?」
「これは、ノイリンの総意じゃない。
我々独自の行動だ。
ノイリンは籠城と決している」
「ハンダ、お前は何をする気なんだ?」
「人食いの西進を阻止する。
この川を渡らせない」
「バカな!
正気なのか?
三〇万の大群だぞ」
「承知している。
だが、黒魔族は成功している」
「それは、そうだが……」
「作戦は、基本的には黒魔族と同じだ。
空から群の中央部を攻撃し、前方は地上から叩く。
前進圧力を減じさせつつ、個体数の減少を図る」
「それだけの戦力はあるのか?」
「ない。
我々だけだからね。
クフラックが協力してくれるとありがたい」
「私たちは、総意として籠城と決している。
それを変えることは難しい」
「だろうねぇ。
籠城には一定の合理性はあるが、もし人食いが居着いたらどうする。
その可能性は高いぞ。
西には大山脈がある。だから、そこで西進は止まる。
東と北に氷床、西に大山脈。
結局、この一帯に人食いが留まることになる」
「それはわかるが……」
「川の東に封じ込めれば、人食いの大半は寒さで死ぬ。
この一手しかない。
ヒトが生き残るには、ね」
「ハンダは、それができると?」
「あぁ、できるさ。
ヒト、精霊族、鬼神族が力を合わせれば。
それに、今回は黒魔族も目的は同じだ。
結果的に、だが、黒魔族も戦力になる」
「黒魔族と同盟なんか結べるか!」
「そうじゃない。
ヒトも人食いを叩き、黒魔族も叩く。
結果、同じ方向を向いている、だけだ。
だが、ベクトルは同じだ。
黒魔族が叩いた分、ヒトは叩かなくてすむ」
「そうだが!
こっちが消耗しきったところで、黒魔族に攻められたらどうする?」
「それは、ない。
俺の計画では、黒魔族は躊躇うはずだ」
「なぜ?」
「その確証を見せる。
確証を得たら、協力して欲しい」
「そのときは、クフラックも考えるよ」
「ありがとう」
「でも、籠城が現実的だ」
斉木からの第二報は、その夜入った。
「半田くん。
川が違っていたよ」
「どういうことです?」
「カンスクが防衛線と考えているのは、ソーヌ・ローヌ川の線だった」
「それでは近すぎる!」
「あぁ、そうだ。
そこで、彼らのトップと交渉した」
「結果は?」
「同意を得られない」
「簡単にはいかないですか?」
「そうだね。
我々単独で作戦を始めなければならないよ」
「でも、我々の作戦は伝えたのでしょ?」
「あぁ、ちゃんと伝えたよ」
前進基地への物資の輸送は、簡単ではなかった。
道はなく、人家も皆無。走りやすいルートを選んで、原野を走る。
川に橋はなく、湿地は多い。
ノイリンからの物資は、中継基地のヴィレで滞貨する。
水陸両用車に平底水密荷台を持つソリを牽引させて、どうにか間に合わせているが、非効率ではある。
サビーナたちが、空爆を始める。初日は黒色火薬を詰めただけの二五〇キロ爆弾、計二トン。翌日は鉄くずを混ぜた爆弾。
これらの効果を確認するため、俺は単独でドラキュロの群に分け入った。
この動物は、無害と判断した障害は自分から避けてくれる。
鉄くず入りの爆弾は、効果があった。半径一〇〇メートル内外のドラキュロを殺せる。密集しているので効果が高いが、誤爆されないかビクビクものだ。
それで、爆撃時には、発煙弾を砲塔内から打ち上げるようにしている。
シミターとセイバーも、手間のかかる浮航スクリーンを使ってライン川を渡る。
この二輌は、群の先頭を叩く。
この攻撃を三日間連続して実施し、二五キロしか移動させなかった。
四日目は、エアトラクターの整備が必要となり、スカイバンが群のかなり後方に一トン爆弾を落とす。
その爆風はすさまじく、爆心から一キロ離れていた俺もBTR‐Dの車内で爆風を感じた。車体が揺れたのだ。
この攻撃は、ドラキュロにはあまり効果がなかったが、ヒト、精霊族、鬼神族には効果があった。
我々の前進基地からでも、爆煙が見えたからだ。前進基地には、各街から観戦武官みたいな連中が集まりだしていて、俺たちの行動を監視していた。
そこに一トン爆弾だ。
この宣伝効果は大きかった。
クフラックは、爆撃の効果を確認するための偵察機を初めて送る。
群は大きく二つに分かれているが、現在は北だけを叩いている。
南は黒魔族が叩いており、前進は鈍い。北の西進は早いので、北の群を中心に攻撃している。
翌日、突然、クフラックから二機のスーパーツカノ攻撃機がノイリンに飛来。
燃料と爆弾をくれれば、攻撃に参加するという。
これだけで、航空戦力は二倍だ。
その翌日は、Mi‐26がヴィレから物資を空輸してくれた。どうにか弾薬が持ちそうだ。
シェプニノとカンガブルが戦車を派遣してくれる。数は不明だし、物資の輸送はまだまだ脆弱。
それでもありがたい。
カンスクが戦車二輌を前進基地に派遣した。
様子を見に来た程度だが、様子を見てみようと考えてくれただけで感謝だ。
ノイリン西地区が、全面的に我々を支持すると声明を出す。
同時に、物資輸送と戦車の派遣を決定。
地上戦力が大幅に増加。
大歓迎だ。
作戦開始から七日目、この日は計八トンの爆弾を投下。
群の前進が止まった。
北の群よりも南の群の先頭のほうが、西に位置している。
役割分担が決まる。
ノイリンは南の群を、クフラックは北の群を空爆する。
爆弾はノイリンからクフラックに輸送し、以後の航空作戦はクフラック機はクフラックから実施することになる。
この頃、群の先頭の前進を阻止するには、大口径機関砲や主砲ではなく、同軸機関銃のほうが効果があることがわかる。
各車は主砲弾を数発にして、機関銃弾の増載を実施。
また、迫撃砲による先頭から五キロほど後方への砲撃も効果があることが判明。
八一ミリ迫撃砲の大量投入が決まるが、戦闘室が密閉された自走砲以外でのライン川東岸進出が危険であることから、投入数には限りがあった。
また、ライン川東岸橋頭堡に一五〇ミリ榴弾砲が到着。
最大射程で砲撃を開始する。
その着弾観測も俺の仕事だ。
俺はそれら攻撃の真っ只中で、ドラキュロ北群の動向を観察し続けていた。南群はデュランダルが同じことをしている。
外界との連絡は、無線のみ。ドラキュロは昼行性なので、夜間は眠れるが、とにかく用足しが辛い。湿地に入れば、一定の安全は確保できる。それ以外で車外に出るなど、恐ろしくてできない。
籠城に決定していたヒトの街の一部、ソーヌ・ローヌ川の東岸の街は方針を変え、ドラキュロの西進阻止に動いた。
彼らの街は、ノイリンよりもライン川に近い。そして、ライン川を越えられたら、阻止の方法がない。それに、ライン川が渡れるなら、どんな川でも濠でも渡れる。
だから、籠城から西進阻止に方針を変えた。
一五〇ミリ榴弾砲も、ソーヌ・ローヌ川の東岸の街から派遣されてきた。派遣部隊の全員が決死の覚悟だ。
東岸の橋頭堡は日々拡張されていき、七五ミリと一〇五ミリの榴弾砲は、五〇門を超えようとしている。
かなりの戦力だ。
カンスクが動く。
斉木に「燃料を補給してくれるならば、東の大河東方に進出する」との申し出があった。
だが、カンスク製焼玉エンジンの燃料は重油、俺たちは重油を作っていない。
そのことを斉木がカンスク側に伝えると、「軽油でいい」との返答があった。
どうも、ノイリン製燃料を入手し、その使用法を解決した上での申し出だったようだ。
さすがは、技術の街だ。
斉木が「燃料はヴィレで補給できる」と告げると、カンスクの議会は一〇〇輌もの大量派遣を決議した。
俺は、そんな報告を狭い車内で聞いた。嬉しくはあったが、精神的、体力的には限界が近かった。また、燃料も補給したい。
俺は、前進基地への一時後退を連絡する。デュランダルは、まだ頑張るそうだ。
秋の気配が濃くなる頃になっても、ドラキュロの群はライン川東岸に達していない。
一時は前進を食い止め、東へ押し戻したが、ここ数日は毎日五キロほど西進している。
各街の危機感は強く、我々に対する不信感も芽生え始めている。
この状況で恐ろしいことは、ヒトの連携の崩壊だ。精霊族や鬼神族は、阻止戦にまだ参加していない。
様子を見ているのだ。長すぎる様子見だ。
早朝の作戦会議、まるで中世の軍議のようだ。諸将が集まり、総大将を中心に作戦を立案している風景に似ている。
違うところは、総大将がいないこと。
カンガブルからの派遣部隊隊長が発言する。
「確かに西進を遅らせているが阻止はできていない。
この事実は重要で、疑う余地はない。
我らは明日、カンガブルに帰る」
俺が一番恐れていたことだ。
シェプニノ軍の指揮官が発言する。
「確かに北の群は阻止できていないが、南は完全に止めている。
カンスクの火炎放射機の威力と、言いたくはないが黒魔族のドラゴンも大きな戦力だ。
そのためか、北の群が大きくなっている。だから、止められないんだ。
もっと戦力があれば、砲弾があれば、止められる」
どう見ても一五歳以下の女の子が俺にメモを渡す。
一五歳以下はダメだと何度も言っているが、若年の志願者が絶えないのだ。チュールとマトーシュが「一六歳六カ月」と申告して、志願したそうだ。もちろん、認められなかった。
俺は女の子に「ノイリンに帰りなさい」と言った。泣きそうな目で見詰め返したが、俺は無言で見詰め返し、断固とした意思を示す。
そして、メモを読む。
相馬からの連絡だ。
「単純な油脂焼夷弾とクラスター型の油脂焼夷弾完成。
明日、実戦にて初実験」
ようするに、一度もテストしていないが、明日、初めての実験をするのだ。それも、戦場で!
俺は意を決した。
「ノイリンで新型の爆弾が完成しました。
明日、この戦場で実験をします。
皆さんもご存じだと思いますが、我が友、相馬が作りました」
場がざわつく。誰かが「ソウマ様が……」と呟いた。
二機のエアトラクターAT‐802が戦場を通過する。
俺は、東岸橋頭堡から六〇キロ東にいた。丘の上のXA‐180装輪装甲車には、一〇人の各街の武官が乗っている。
先頭のエアトラクターがドラキュロの群に向かって降下していく。
先頭機はサビーナで、通常の油脂焼夷弾を搭載している。
二発を投下。
地上で爆発し、ゲル化したガソリンを半径八〇メートルほどにばら撒いて、ドラキュロを燃やす。
それは凄惨な光景だった。
次はトクタル機。これにはクラスター型が搭載されている。
空中で子弾が飛散し、広範囲に降下、地上で急速燃焼する。
幅一〇〇メートル、長さ二五〇メートルが火炎に包まれる。
非クラスター型の倍の威力だ。
その威力に俺も驚いた。しかも、一発は空中でキャニスターが開かず、子弾を散布しなかった。
正常に作動すれば、一発で数百頭のドラキュロを駆除できる。
不発のクラスター焼夷弾が爆発。動作不良時のための時限信管が作動したのだ。
噴水のように子弾が飛び、そして爆発・燃焼する。これでも十分な威力だ。
武官たちが沈黙する。
由加の心配が現実となった瞬間だ。
俺は武官たちに言った。
「前進基地に戻りましょう」
軍議は、沈黙が支配している。
カンガブル軍の指揮官が発言。
「あの爆弾を使えば、北の群も止められるな」
カンスク軍の指揮官。
「だが、何発あればいいのだ」
その通りだ。
俺は、誤解を招かぬよう用心しながら言った。
「とにかく、いまは西進を食い止めることだけに集中しましょう」
ヒトの団結は脆い。
わずかな油断で瓦解する。
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