200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第8章

08-210 恫喝

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  カルルス・アフリカヌスは、賢明にも動かなかった。
 ティターン総統と総統府は、カルルス・アフリカヌスからの報告を分析してから対応する方針を固めつつあった。
 だが、現総統とは政敵の関係にある元老院議長は、総統を名指しこそしないが「北部に対して弱腰」だと非難した。
 ティターンの領土は広い。北部を除く全レムリアがティターン領と考えていい。総督府と元老院が艦砲射撃を受けたそのときに、首都ティターンにいなかった軍人や政治家は、北部に住む蛮族の恐ろしさを知らない。
 現実として、ティターンに抵抗している勢力は少ない。
 南部の一画に立て籠もる反乱奴隷は完全に封じ込めており、飢餓状態にあると推測している。中南部の反乱はほぼ平定された。中北部は一部が抵抗しているが、抵抗勢力が糾合していないのでティターンにとって大きな脅威ではない。
 ならば、北部を平定できない理由はない。北部をティターンの支配下に置き、奴隷を供出させ、税を納めさせなければならない。
 北部の蛮族は、ティターンに従う義務があるのだ、とティターンの民の多くが考えていた。

 香野木恵一郎は、北部各村からの要望に謀殺されていた。そして、その要求は無視できないものだった。
 奴隷として連れて行かれたり、ティターン兵に掠われた住民たちのリストが、続々と届いていた。
 彼らの願いは1つ。
「家族を取り返したい」
 香野木は、その気持ちを無視できなかった。不可能な面も多々あるだろうが、可能な限り、受け止めたかった。

 北ガバリ族から至急の情報が早馬で届く。南ガバリ族からの伝聞だ。
 中北部総督府に北部総督が着任した。
 ティターンは、北部制圧を諦めていないのだ。情報を確かめるため、北ガバリ族と懇意の南ガバリ族の村にアクシャイが向かった。

 北部と中北部との境界から遠くない地域に住む中北部諸族の村から、ズラ村との交易を求める使者が頻繁に訪れるようになった。
 ティターンの属領支配は巧妙で、軍事作戦によって制圧→奴隷の供出の要求→徴税の開始→ティターンの貴族商人による産物の買い占め・買い叩き、と段階を追って進む。
 中北部北辺では、産物の買い叩きが始まっていた。
 当初は単純に、産物を安売りしたくないので、ズラ村との交易を求めていた。だが、彼らが「ズラ村と取り引きすれば、ズラ村は取引相手の安全を保障する」と知ってからは、対ティターンとの経済戦争を仕掛ける目的も含んでいた。

 土井将馬は、B-24爆撃機によく似た高アスペクト比の主翼に単胴双尾翼の4発機の出来具合に満足している。
 生産量の少ない大出力ダートエンジンではなく、クフラックとタザリン地区が生産するPT6ターボプロップが使える点も評価している。
 エンジンレスの中古機をさらに4機購入し、機体をレストアした上で、ターボプロップ化して販売する計画が現実味を帯びている。
 クフラックはコムギとバーターならば、航空機の売却に応じ始めた。
 王冠湾製航空機の買い手は、ヴルマン、クマン、湖水地域など。大型双発輸送機不足を補うことが生産の主目的だが、ランプドアがないことからドミヤート製のフェニックス輸送機よりも機能的に劣る輸送機になる。
 一方、胴体は細身だが、断面が矩形なので、意外なほど実効容積はある。
 何しろ量産エンジンが使える点は、有利だ。カラバッシュ製は1200馬力のレシプロエンジンで、積載量は最大4トン。王冠湾製は1600軸馬力のターボプロップで、積載量は最大6トン。
 ドミヤート製フェニックス双発双胴輸送機の最大積載量は8トン。B-24似の4発機では、フェニックスの量産体制が整えば市場を奪われる。

 この機の供給量には限界がある。カラバッシュが航空機の再生産を開始しない限り、作れたとしても総計で10機以下。すでに8機で、限界に近い。
 バンジェル島ドミヤート地区、クフラック(中核はカナリヤ諸島)、クフラックの連邦に所属するカラバッシュ(200万年前のカサブランカ付近)は、双発輸送機の本格的な生産再開はまだだ。
 しかし、まもなく再開されるだろう。
 バンジェル島南島王冠湾地区は、輸送機を独自に確保する必要に迫られていた。
 西ユーラシア以来、農業に注力してこなかったクフラックは、アフリカの大陸側に開拓を進める大型農場の運営に四苦八苦している。
 農業が得意な街や国は、緊急に収穫できる作物と収穫に年数を要する作物を分別し、移住初年からある程度の食料生産に成功していた。
 だが、効率を重視して大規模粗放農耕にこだわったクフラックは、大ピンチだった。
 そこで、またもや王冠湾に商談を持ちかけてきた。

「これがリストですか?
 井澤さん……、どうします?」
「土井さん、その中にほしいもの、使えるものはあるの?
 私は、人道上からもできるだけ応じたいのだけど……」
「ハルピンY-12は、中国製の小型の双発輸送機。ノール・ノラトラは、ドミヤートのフェニックス輸送機に匹敵するフランス製の大型双発輸送機。
 状態にもよるけど、この2機は使えるかな。ピラタスPC-7とPC-9は単発タンデム複座の練習機。あれば、使い道はあるけど、必須ではないかな。
 タービン・レジェンドかぁ。個人的にはほしいけど。機体は複合材製。複座のスポーツ機なんで……。
 これもいいですね。PZL An-28はポーランド製の小型の双発輸送機だから……。
 Y-12やAn-28は、クフラックがツイン・オッターのリエンジニアリングに成功したので、いらなくなったのかな。
 An-28はAn-14から発展した機体なんだけど、An-38というさらに発展した30席クラスの旅客機がある。
 ドミヤートのスカイバンと同クラスだから、開発・製造に成功しても市場は奪えない」
「土井さん、とすると、ノラトラ、Y-12、An-28の3機は状態によるけど、役には立つっていうこと?」
「そうだね。
 でも、井澤さん、交換するコムギはあるの?」
「それは、香野木さんに何とかさせるよ」

 香野木は、レムリアに渡ったことを後悔していた。
 井澤貞之からの要求が急増しているのだ。北部で生産されるコムギは、ティターンの搾取によって減産傾向にあった。
 農民の生産意欲が減退していたところに、突如として“北の商人”がやって来た。
「ティターンに渡すなら、我々に売ってくれ」
 北部は、侵略者への抵抗→各個撃破→奴隷の供出→徴税の開始、という段階にあった。各部族単位で行われたティターンへの抵抗は、各個に撃破され、抵抗放棄の証としての奴隷の供出、複数回の徴税後に課せられた重税に対する絶望感に陥っていた。
 さらには、ティターンの貴族商人による略奪に等しい廉価での作物買い取りも始まろうとしていた。
 ささやかな抵抗であった、ティターンの貴族商人に売るくらいなら北の商人と取り引きする、という行動から北部解放に火が着いていったのだ。
 香野木は、同じ流れを中北部でも起こせないか、と考え始めていた。それができなければ、クフラックのような極端に工業への依存性が高い街や国を養えない。

 ズラ村の会議には、香野木恵一郎、長宗元親、花山真弓、里崎杏、テシレア、イルメラ、アクシャイが参加している。
 香野木が「中北部でもコムギは取れるの?」と誰とはなしに問うとアクシャイが答えた。
「中北部の北側、中央部付近の内陸、この2カ所は大穀倉地帯です」
 香野木が「中北部からもコムギを買い付けたい」と希望を伝える。
 テシレアが少し慌てる。
「私たちのコムギではダメなのですか?」
 香野木はテシレアの心配も理解していた。
「いや、そうじゃない。
 もっと、コムギが必要なんだ。
 一時的に。これからの数年間かな」
 イルメラは落ち着いている。
「北部のコムギをもっと買ってください」
 長宗が鋭い視線をイルメラに向ける。
「そんなことをしたら、きみたちの食べるものがなくなる」
 イルメラは不敵な目で長宗を見返す。
「そのときは、中北部の部族から買います。
 いまの値はティターン商人の3倍です。北の商人はティターン商人の3倍の値で買ってくれます。
 ですから、私たちはティターン商人の2倍の値で中北部の部族からコムギを買います」
 花山が現実を示す。
「買ったコムギをどうやって運ぶの?
 陸路では、必ず盗賊に襲われるよ。本物の盗賊ではなく、ティターン兵が化けた盗賊にね……。
 海岸に近い街まで運んで、そこから海路もあるけど、ティターンの海賊はどうするの?
 ティターンの海賊は、実際はティターン商人の私掠隊でしょ。
 苦労して運んでも、途中で奪われる」
 イルメラが落胆する。
 長宗は、抜け道を示す。
「越境しないとの協定は陸上に限られる。
 海上ならいいはずだ。
 海岸まで運んでくれれば、大発やヒギンズボートで運べる。大発なら11トン積める。10隻あれば一気に100トン以上運べる。
 輸送艇隊には護衛も付ける。
 15メートル級哨戒艇が4隻あれば十分だろう。
 それとは別案だが、移住末期に建造した80メートル級SB型輸送船が使えると思う。
 あれならビーチングができるから、荷物の積み卸しも簡単にできる。
 座礁にも強いし、吃水も浅いし。
 カルタゴに係留されている余剰船があった。修理して、燃料タンクを増設すれば使えるだろう。250トンを一気に運べる。
 その中北部には砂浜はあるか?」
 アクシャイが小首をかしげながら、答える。
「砂浜なら至る所にありますが……。
 磯よりも砂浜のほうが多いかもしれません。ですが、崖も多いから……。
 崖の下に砂浜や磯が広がっていることが多いから……」
 里崎がアクシャイに説明する。
「舟艇と呼んでいるボートがあるでしょ。海岸に乗り上げられる。
 舟艇と似ていて、何倍も大きい船があるの」
 アクシャイが長宗を見る。
「どこにあるのですか?」
 長宗は、アクシャイがどこまで理解できるか不安だった。
「北アフリカ最大の拠点、カルタゴだ。
 私がSB艇を取りに行く。
 修理したら、すぐに戻ってくる」
 間髪を入れず、テシレアが発言。
「私も行きたい」
 イルメラが続く。
「私も!
 北の商人の街を見たい!」

 3日後、長宗元親、テシレア、イルメラは、荷を積み終えた90メートル級輸送船に乗って、カルタゴに向かった。
 アクシャイも行きたい素振りを見せたが、今回は諦めた。彼は2日後、中北部の友好関係にある南ガバリ族の村に向かった。

 南ガバリ族もティターンの圧迫を受けていた。奴隷の供出はまだだが、いつまでも拒めない状況だった。拒めば戦になる。
 そんな状況下で、アクシャイが仲間とやって来た。
「ティターン商人の倍の金額で、コムギを買うぞ」
 だが、ティターン商人はまだ訪れていなかった。南ガバリ族が希望した金額は、アクシャイが想定していた金額に近かった。アクシャイは海岸までの輸送は南ガバリ族の責任で、海上輸送はズラ村の責任とすることで商談をまとめた。
 南ガバリ族は、彼らと同様にティターンからの強い圧迫に喘いでいるネルウィ族を紹介する。ネルウィ族は純粋な定住農耕民で、すでに奴隷の供出に同意していた。
 奴隷の供出を拒むには、戦うか金貨で相当額を支払うしかない。金貨を得るには農作物を売るしかないが、売り先はティターンの貴族商人しかいない。
 ティターンを恐れて誰も買ってはくれない。
 コムギが必要な街は、ティターンの貴族商人から法外な値で買うしかない。
 そんな閉塞的状況で、ティターンをまったく恐れない若者一行がやって来た。
 ネルウィ族は驚喜する。
 彼らは、部族の支配地だけを通って砂浜のある海岸に達することができた。

 移住末期、物資の搬送が間に合わず、王冠湾とクフラックはビーチングができる輸送船を建造した。
 混雑する港を避け、西ユーラシアの砂浜で荷を積み、北アフリカの砂浜に降ろす方式を採用した。
 クフラック製は甲板が開放式で、船首は平板な踏み板になっている。上陸用舟艇と同様に、踏み板を下げると容易に乗船・下船できる。
 王冠湾が建造したタイプは、通常の貨物船に近く船倉があり、船橋は船体最後部、船首にはクレーンを備え、船倉の天井には大型ハッチがある。
 通常の貨物船との違いは、船首が観音開きになること。繰り出し式の踏み板を引き出すことができる。この貨物船は、クフラックの揚陸船よりも航洋性が高かった。
 王冠湾製、クフラック製とも建造数は多くない。また、どちらもビーチングのために極端なテールヘビーであることから、移住後の使い道は多くなかった。

 テシレアとイルメラは、カルタゴの華やかさに驚く。ヒト、精霊族、鬼神族、半龍族、黒魔族が商談に訪れている。
 テシレアとイルメラは、花山健昭の案内で市場の管理事務所に向かった。
 2人が「レムリアの産物を市場で売りたい」と伝えると、管理事務所の事務員は微笑み、空いている場所で最もいいところを指定してくれた。
 カカオマス、焙煎したコーヒー豆、ナッツ類を販売した。2人にとっては大量だったが、1時間で売り切れた。
 それも、とんでもない高額で売れた。健昭がいなかったら、とんでもない安値で売ってしまうところだった。

 店を畳んでいると、禿の巨体が2人の前に現れる。
「レムリアの商人か?」
 2人は怯えた。健昭が「そうだよ。何がほしいの?」と尋ねると、禿の巨体が破顔する。
「ソルガムがほしい。
 なるべくたくさん。
 船1隻分でも買う。支払いはヴルマン金貨でどうだ」
 2人は腰が抜けそうだった。提示された金額は、北部の流通価格とは桁が違うのだ。

 クフラック製の揚陸船は解体を待っていた。
 解体工場の主は「エンジンが壊れている」と言ったが、見た限りでは修理できそうに感じた。
 パレルモまでの曳航代を含めても、鉄屑価格で購入できた。
 パレルモ港に接岸後、2日後にはディーゼルが始動する。粘度が高すぎる不適合燃料を使ったことによる、燃料噴射ポンプの目詰まりが作動不良の原因だった。
 船体には錆が見えるが、船齢が若いので船体の状態はいい。

 花山健昭は、長宗元親にくっついてきただけではなかった。彼の仲間、ズラ村にいた年少の難民が一緒だった。
 彼らは“船員”を志願していて、健昭の口車に乗せられたようだ。

 その夜、王冠湾のパレルモ館では、やや重い空気が流れていた。
 理由はテシレアの発言にある。
「私たちが船を買うことはできますか?」
 これには、イルメラも驚く。だが、意図はすぐに解した。
「船があれば、もっと利益の出る商いができるね」
 テシレアが下を向いたまま話す。
「シルクやカカオは、私たちがここまで運んだほうが多くの利益が得られると思うんだ」
 健昭は、2人よりも事情通。
「カルタゴは大きな街だけど、それだけに物資が集まる。
 それと、ジブラルタルよりも東は、手長族の攻撃がない。安全な海だから、価格もそれなり。
 ジブラルタルを越えて、カラバッシュあたりまで行けば価格は2倍に跳ね上がる。
 燃料代なんかの経費を考えても、カラバッシュまで運んだほうがいい。
 カナリヤ諸島やベルデ岬まで足を伸ばせば、もっと高く売れる。カルタゴの3倍まで跳ね上がるかも」
 長宗が健昭をにらみ、レムリアの住民全員が健昭を見詰める。
 健昭の口は絶好調だ。
「カカオはチョコレートになる。
 俺だって、チョコレートなんて何回も食べたことはない。クマンのやつらは、カカオのためなら2倍の重さの金貨を出すかもしれない。
 だけど、豆のままじゃダメだね。カカオバターとカカオパウダーまでは加工して出荷しないと」
 イルメラが健昭に「カカオ以外にも高く売れそうな作物はある?」と。
「パーム油かな。精製したパーム油を運んでくれば、相応の値にはなるね。
 シルクは、フルギアの金持ちが大喜びする。
 コーヒーは知っての通り。
 すぐ売れたでしょ」
 まだまだ子供の健昭には、コーヒーの味はわからない。
 そこは、長宗がフォローする。
「クマン産のコーヒーよりも酸味が強いんだ。レムリア産は。
 嗜好品だから、好き嫌いはあるだろうが、味はいい。だが、距離があるから焙煎しないと運べないだろう。
 今回も焙煎したコーヒー豆を運んできたね」
 長宗は、テシレアの希望を叶えたいと思い始めていた。
「アリギュラに限らないが、レムリアには大型船が接岸できる港がない。
 荷の積み卸しはビーチングがいい。
 だが、今回入手した船は航洋性が低い。密閉した船倉もないから、大西洋に出たら荷に海水が被る可能性もある。
 王冠湾には、何隻かの80メートル級輸送船がある。その中に揚陸船が1隻あったはずだ。それを整備すれば、使えるだろう。
 船は貸す。レンタルだ。買うよりも安全だ。買って、すぐに沈んだら借金を抱えることになる。代金は、1航海あたり利益の20パーセント。
 どうだい?」
 テシレアは、不安を感じながらも頷いた。

 ズラ村は、4隻の上陸用舟艇を使った中北部と北部の交易を開始する。
 当初は南ガバリ族の一部とネルウィ族とだけだったが、この交易に参加を希望する部族がどんどん増えていく。
 ズラ村の住民は砂浜に接岸しても、船に留まり上陸しない。荷を運び込むのは中北部の住民たち。
 これで、協定は守られている。
 ティターンの貴族商人が雇った海賊は、哨戒艇で追い散らす。ムギ粒1つたりとも奪われていない。

 北部総督マニウス・スッラは、この協定の抜け道を突いた交易に激怒する。
 それを中北部総督カルルス・アフリカヌスが煽る。
 老境の入口にいる野心家のマニウス・スッラは、壮年で短絡的なカルルス・アフリカヌスに操られていた。
 私費で海賊を雇い、ズラ村の艇団を何度も襲わせるが、ことごとく失敗する。この程度の行為は、ズラ村には嫌がらせ程度であることをカルルス・アフリカヌスは知っていた。
 だが、マニウス・スッラは、必死だった。北部総督なのに北部には行けないのだ。ようやく属領総督になれたのに、実際が伴っていない。
 属領総督なのに私腹を肥やせない。
 何としても、生意気な蛮族を打ちのめしたい。例え、私財を磨り潰しても。総督としての実権を握れば、投じた私費などすぐに回収できる。
 蛮族を締め上げればいいのだ。

 パレルモを発した80メートル級揚陸船は、シーライオンと命名された。
 シーライオンはズラ湾ではなく、北部の中心アリギュラに入港する。
 上陸用舟艇と同型の船だが、全長が80メートルもあり、その大きさはアリギュラの住民を驚かせた。ヒギンズボートは11メートル、大発は15メートルなのだから当然。
 しかも、小型の2艇の速力は15ノット程度だが、シーライオンは22ノット出る。これだけ高速だと、最大でも8ノット程度の帆船を使う海賊は待ち伏せ攻撃もできない。
 しかも、シーライオンとは別の船団が、ズラ湾に15メートル級哨戒艇4隻を運んできた。60メートル級哨戒艇は、レムリア東岸(インド洋側)の調査を、30メートル級と15メートル級哨戒艇はアフリカ内陸海路の交通の安全を守ることになる。

 長宗元親は、シーライオンが2回の輸送を完了したことを見届け、テシレアを伴って王冠湾に戻ることにする。テシレアには、船員候補生たちが同行する。

 加賀谷真梨の心の声は「どうして、私が船のことまで考えなきゃいけないの!」だが、長宗元親が求めた王冠湾製揚陸船の所在を調べていた。
 1隻はガンビア川河口付近に放置されていた。浅瀬に着底しており、解体するにしても費用がかかるので、船主が捨てたようだ。クマンが処遇に困っていた。
 これは、クマンと放置船処分の契約をして、輸送費以外の費用をかけずに入手できた。
 これで2隻。この船以外は、所有者がはっきりしており、また一部は船首の観音開きドアを溶接閉鎖して、通常の貨物船に改造されていた。吃水が浅いことから、河川と沿岸航路の両方で使える便利な輸送船として、重宝されていることもわかった。
 さらに2隻を確保できたことから、乾ドックに移動して、整備と改造が始まっている。改造の要点は、燃料タンクの増設による航続距離の延長だ。
 それに船尾にバラストタンクを設置して、注水によって一時的にテールヘビーにできる機能も付与する。

 この調査によって、クフラック製揚陸船3隻の所在もわかった。うち1隻は売却希望で、割安での購入ができる。
 見かけは悪いが、自力航行できる。

 長宗元親は、香野木恵一郎とは異なり、男気がある。損得抜きで、やるべきことはやる。
 レムリアは、好むと好まざるとに関わらず、北アフリカ、西アフリカの各勢力と交わっていくことになる。
 ならば、彼らが搾取されないように支援すべきだ、と彼は主張する。その意見に反対はないのだが、積極的か、消極的かの違いはある。
 香野木には、レムリアを支援する意志などさらさらない。搾取はしないし、支配もしないが、支援することもしない。
 だが、長宗元親は違う。
 2隻の揚陸船は、レムリア出身船員の練習船であり、同時にレムリア初の交易船になる。

 テシレアは、王冠湾造船所と2隻の揚陸船のレンタル契約を結ぶ際、手が震えた。こんなに高額な取引は、彼女の父親でもしたことがない。
 彼女自身でもいろいろと調べた。
 クマンの有力者にも会ったし、市場の視察もした。商機はあると感じた。

 ズラ村に戻ったイルメラは、ソルガムの調達に奔走している。ソルガムの不足に困っている種族がいる。そのことを始めて知ったからだ。
 ソルガムの主な生産地は中南部。つまり、ティターンにほぼ制圧された中南部諸族と交易しなければならないのだ。
 当然、ティターンの貴族商人と衝突することになる。
 その覚悟はまだない。

 花山真弓は、レムリア南部南端東岸に追い詰められている逃亡奴隷集団への本格的な食糧支援を開始する。
 ティターンから鹵獲した武器も渡す。供与された武器で、彼らはティターンに抵抗する。この抵抗が大きいほど、ティターンは弱体化する。

 里崎杏は、レムリア東岸、ソコトラ島、マダガスカルの本格的調査を開始する。
 ヒトがいた痕跡を探し、ヒトがいれば交流の可能性を探る。

 ネルウィ族は、ティターン中北部総督府から要求されていた奴隷の供出を断った。
 奴隷を受け取りに来たティターンの部隊指揮官は「ネルウィ族は皆殺しだ」と脅したが、ネルウィ族の長は「我らはズラ村と取り引きしている。それを承知か?」と脅し返した。
 南ガバリ族はティターンの貴族商人に対して、強気の商談を続けている。
 海賊は一掃されてしまい、海賊と行動を共にしていた貴族商人の子弟・親族の多くが死亡・行方不明だ。
 行方不明には、南ガバリ族に救助され、奴隷のように使役されているティターン貴族捕虜が複数いる。
 彼らの解放条件は、ガバリ族奴隷の解放。この要求に、ティターン社会は激しく動揺した。
 過去、ティターンが要求しても、ティターンへの要求はありえないからだ。
 南部南端の岩と石だらけの土地に追い込んでいた逃亡奴隷たちは、飢える様子を見せないどころか、反撃に転じ、南部の肥沃な一角を占領した。
 彼らの占領地には、奴隷が次々と集まっており、大軍を形成しつつある。隣接地域における奴隷の逃亡は、止めようのない流れになりつつある。
 これが、南部全土に広がれば、ティターンは崩壊しかねない。
 軍船の漕ぎ手は奴隷が担ってきたが、ティターン兵が殺され、軍船ごと奴隷に奪われる事案も発生していた。
 彼らも逃亡奴隷の国マルーンを目指した。

 カルルス・アフリカヌスは総督府周辺を支配するだけで、中北部全域の支配から手を引きつつある。
 また、総督府に配属されている兵の私兵化にも着手。ティターン本国とも距離をとりつつある。
 一方で、北部総督マニウス・スッラを煽って、北部への介入も怠りなくやっている。

 レムリアの情勢は、混沌としている。香野木恵一郎は、レムリアの北半分が安定していれば、北アフリカと西アフリカの農業生産が安定するまでの間、食糧の不足はないと考えていた。

 バンジェル島に戻っていた半田千早は、アトラス山脈東麓の人々が案じる“不死の軍団”を気にしていた。
 彼女は、サハラに広がる大森林に踏み込む計画を立案していた。
第8章完
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