200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第2章

第四八話 優奈

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 納田優奈は納田愛花の妹だが、歳が一回り以上離れている。
 優奈と愛花の関係は、姉妹よりは主従に近い。優奈は愛花を「お姉ちゃん」と呼ぶが、サラリーマンが上司に「部長」と呼ぶ声音に似ている。
 優奈は愛花を〝恐れて〟いて、彼女の指示は絶対。決して背くことはない。
 この不思議な姉妹関係は、現在でも続いている。

 由加は優奈を注視していた。優奈のおどおどとした態度、他人の顔色をうかがう様子は、ちーちゃんに似ているが、それとも少し違う。

 俺は北方偵察で、ロワール川東岸から数キロ東を北上している。一〇代前半の四人が同行していて、その中に優奈もいた。
 彼女はM4カービンを装備しているが、他の三人はポンプ式の四四口径ライフルを抱えている。
 車輌は、フクスを使っている。

 今回の調査は、目的がはっきりしている。航空偵察で発見した、人工的な丘だ。要塞跡ではないかと推測している。
 俺たちはその丘をハンバーガーヒルと呼んでいた。
 形状が巨大なハンバーガーなのだ。ビッグマックによく似ている。周囲が切り立っていて、頂上は饅頭型だ。

 明らかに構造物だ。ヒトが造ったものかは不明だが、ドラキュロ以外の二足歩行動物が造ったであろうことは確かだ。
 内部は空洞ではないようで、丘の周囲には車輌が走行して上れる傾斜路がある。傾斜は緩く、丘を二周して頂上に至る。傾斜路は丘の外周に張り出しておらず、丘を掘削して設けられている。この掘削路が、遠目からはハンバーガーの側面に見せている。
 地上で丘の外周を概略測ると、八〇メートルほど。直径二五メートルのほぼ真円。高さは一五メートル。
 丘の頂上には何もなく。地面は土だ。石積みなどはない。
 これを作った意図がまったく理解できない。また、完成しているのではなく、建設途中で放棄したとも考えられる。
 どちらにしても、人工的な丘、という以外まったく不明。そして、我々には直接的な害がないこともわかった。
 これで十分だ。調査は終わった。

 我々は頂上に三〇分ほど留まっていた。その間、頂上の地中に何かないかと表土を浅く剥いでいた。
 結局、何も見つからず。土とわずかな石だけ。
 そして、丘の下にはドラキュロが……。
 すでにかなりの数だが、どんどん集まってくる。俺たちを視認しているのではなく、何かを追っているようだ。
 ドラキュロが追う獲物はヒトとは限らない。直立二足歩行する動物はすべて襲う。
 寒帯森林性の大型類人猿〝森の人〟も例外ではない。

 白っぽい服を着た小柄な姿が三つ。二つは明らかに子供だ。
 一番大きい銃を持つ個体が、一番小さい個体の手を引いている。二番目に大きい個体は、その前方を時々振り返りながら必死で走る。
 三個体は、この丘を目指しているようだ。

 双眼鏡で見ると、フードを被っていて、はっきりしないがヒトではないようだ。鬼神族ではないかと思った。
 しかし、鬼神族の子供が、テリトリーから離れたこの地で何をしているのだろう?
 どちらにしても、見殺しにはできない。
 優奈に「一緒に来い。他はここで待機。もし戻らなければ、フクスに立て籠もれ」と指示する。
 三人のローティーンは、フクスのフロントウインドウを覆う装甲板を下げ、戦闘状態にする。
 よく訓練されている。

 俺と優奈は丘の下に向かって傾斜路を駆け下りる。
 傾斜路の登り口で、避難者と顔が合う。
 鬼神族ではない。
 黒魔族だ!
 黒魔族も俺たちの存在に気付き、立ち止まる。それは死を意味する行為だ。
 黒魔族三体にドラキュロが迫る。

 俺は撃った。
 ドラキュロを。
 優奈もドラキュロを撃つ。
 俺が右手で〝来い!〟と大きく手招きすると、一番大きい個体が小さい個体を促して走り出す。

 傾斜路を上りながら、迫り来るドラキュロを撃つ。
 この状況で、ドラキュロの驚異的身体能力であれば、確実に背後に回られてしまう。
 しかし、どういうわけか背後には、ドラキュロがいない。
 ドラキュロは、この奇妙な丘の側面を垂直に上ろうとするが、手がかり足がかりがことごとく崩れ、傾斜路以外に登坂の道がない。
 この丘は、ドラキュロから身を守るための避難施設なのか?

 俺はそう考えながら、間断なくドラキュロを倒していく。
 優奈が「交換!」と叫ぶ。弾倉の交換だ。
 黒魔族は、トラップドアの単発元込カービンを巧みに操って、ドラキュロを退けていく。
 優奈がいなければ、俺と三体の黒魔族は食われている。
 優奈は由加の戦闘訓練をまじめに受けていたそうだが、その成果を存分に見せている。
 俺が「手榴弾!」と叫び、一発投げる。
 一気に頂上に向かって走る。
 頂上直近で、発煙弾を使う。

 頂上では、車体を後方に向け、後部ドアを全開にしたフクスが待っていた。
 一人が車外で警戒している。
 黒魔族を促して、フクスに飛び込み後部ドアを閉める。

 黒魔族を間近で見て驚くヒトの子供たち。
 怯えきった黒魔族の幼体。
 動揺を隠せない黒魔族の成体。
 車内に満ちる何とも言えない雰囲気。
 だが、殺気や怒りの感情はない。

 車外には一〇〇頭近いドラキュロがうろついている。
 突然獲物を見失い、ただうろつくだけだ。しばらくすれば、この場を離れていく。
 ドラキュロはそういう生き物だ。自然な生き物とは、言いがたいが……。

 俺は黒魔族に「ヒトの言葉はわかるか?」と、異教徒の言葉で話しかけた。
 黒魔族の成体が頷く。
「殺そうとは思わない。人食いが去れば、ここを出て仲間のところに戻れ」
 黒魔族は「キッ」と発し、頷いた。ヒトの言葉はほぼ理解するようだ。

 戦闘以外で黒魔族を見たのは、初めてだった。
 この黒魔族が雄か雌かはわからないが、幼体に対する態度はヒトを含めた普通の哺乳類だ。
 ヒトだけでなく、ネコやイヌでも見せる幼体への心配りがある。
 特別に恐ろしい動物ではない。

 日没間際、ドラキュロは丘の頂上からは去った。
 だが、丘の下にはほとんどが残っている。下手に動くと追跡を受けるし、ノイリンに引き込んでしまう可能性もある。
 ここはジッと待つことが得策だ。
 今夜は極寒の中、車内で寝ることになる。
 俺と優奈が交代で寝る。
 黒魔族三体は、車輌の後方で身体を寄せ合っている。寒いのだろう。

 一人が毛布を渡すと、成体が受け取り、広げて幼体とともに三体まとめて身体に巻く。
 黒魔族の衣服は寒冷に適したようには見えず、濃密な体毛と皮下脂肪が環境に適応する手段なのだと思う。
 それでも、夜は寒い。どんな動物でも。ブルーウルフだって寒いはずだ。

 黒魔族がヒトの言葉を話さない、あるいは話せないことはよく知られているが、意思の疎通が不可能でないことも既知の事柄だ。
 俺は黒魔族に言った。
「人食いが去ったら、丘を降りる。
 東に進んで、お前たちを降ろす。
 以後、会うことはない。
 おとなしくしていれば、危害は加えない」
 黒魔族の成体がジッと見ている。内容の何割かは理解したようだ。
 まるで、ワン太郎と会話しているようだ。そうなのかもしれない。
 異種同士の意思疎通とは、本来そういうものなのかもしれない。言葉が通じる前に、心が通じ、次に内容と意味と幾ばくかの理解が付属するのだろう。
 ヒト同士の会話でさえ、相手の真意を完全には理解できない。
 言外に意味する重要な事柄だってある。

 黒魔族のコミュニケーションについては謎が多い。彼らは、キーとかガガガのような擬音しか発しない。
 しかし、高度な社会性を有する以上、それにふさわしいコミュニケーション手段があるはずだ。
 一説では、イルカのような超音波を使うらしい。
 だが、それはないだろう。超音波を発する霊長類はいない。黒魔族を例外とするならば、超音波の発信器官が必要だが、俺の観察範囲ではそんなものはなさそうだ。

 突然、脳に不快な印象。頭痛とも吐き気とも異なる、異様な不快感が襲う。
 俺は、左手を頭に当てる。
 脳に言葉が響く。
《ヒトよ。我も危害を加えない。助けてもらい感謝する》
 俺は驚いた。
 これが黒魔族のコミュニケーションなのか?
「何をどうした」
《音の言葉は話せぬ。我らは脳をつなぐ》
「俺の言葉は理解できるのか」
《音の言葉は理解できる。だが、音の言葉は使えない》
 四人が俺を見ている。優奈が心配そうだ。
「他の四人には聞こえないのか?」
《会話は常に一対一。音の言葉のように空気を振動させて拡散しない。
 その替わり、どんなに離れていても会話できる》
 黒魔族は一対一でしかコミュニケーションできないのか!
 黒魔族は軍勢の行動に銅鑼を使っている。銅鑼の音で、前進、後退、突撃、退却などを指示する。
 それは、音声会話ができないからなのだ。
 そして、無線がない。そういった技術が一切ない。
 無線がないのに、戦車が統制された機動を行う、と由加が不思議だと言っていた。
 これが理由なのか。
 黒魔族には通信技術が不要なのだ。
「おとなしくしていれば、決して危害は加えない」
《理解した。お前の心は強く、私の能力では操れない。だから、何もしない》

 優奈が心配して問うた。
「その黒魔族とお話ししているの?」
「そうだ、俺の脳に直接話しかけてきた」
「テレパシー?」
「それに近いものかもしれないが、超能力とは微妙に違うようだ」
「黒魔族は人間の言葉がわかるの?」
「この黒魔族はね。全個体が理解できるとは思えないね」
「心を読むの?」
「それはどうかな?
 でも、相手の脳をスレーブにすることはできるようだ。
 ドラゴンをコントロールする方法と同じだろう」
 優奈は、クッキーを出して、幼体二個体に見せる。
「お腹すいたでしょ。
 食べて」
 幼体が成体を見る。幼体がクッキーを受け取る。
 そして、食べ始める。成体が水筒のようなものを出し、幼体に与える。
 クッキーは気に入ったようで、たくさん食べた。
 一人がリンゴを見せると、幼体は喜ぶ素振りを見せる。喜ぶ素振り、なのだが、それはヒトが感じることだ。
 リンゴを二つに切り、半分ずつ与えると、躊躇いなく受け取り、すぐに食べた。やはり、喜んだのだ。

 俺は不思議な感覚に陥っていた。
 白魔族とは何度も会話しているが、一切のシンパシーを感じない。何も通じるものがない。情報伝達は容易だが、それ以上何もないのだ。白魔族は黒魔族と異なり、空気を振動させる、つまり音としての言語を使う。それに、姿は黒魔族よりもヒトに似ている。
 だが、通じ合うものはない。
 イグアナと話しているようだ、と最初は感じたが、いまではサカナを通り越して昆虫と話しているように感じる。
 正直、捕獲している二個体の白魔族に対して、評議会が殺処分を判断しても、それを制止する気持ちはない。
 白魔族とは会話は成立するが、その先には何もないのだ。
 俺の所感だが、白魔族との共存はあり得ない。
 黒魔族は、他の生物を隷属下に置く能力があるようだ。ドラゴンを兵器として使うこともそうだが、かつてはヒトをドラゴンと同じように扱ったこともあるようだ。
 精霊族や鬼神族も例外ではないし、いまでは激減してしまい絶滅寸前の寒帯森林性類人猿〝森の人〟は、黒魔族の酷使によって現状に至ったようだ。
 この類人猿は直立二足歩行する。菜食性で、原始的な農耕をするとも伝えられている。
 黒魔族は移住初期、この〝森の人〟を隷属したらしい。次が鬼神族、続いて精霊族、最後がヒト。
 黒魔族は厄介な動物だ。

 俺は白魔族について尋ねた。
「ヒトが白魔族と呼ぶ存在を知っているか?」
《知っている。オークのことだ》
「そのオークだが、なぜ君たちと争う」
《オークは、我らの子を喰らう。あれほど醜悪な生き物はいない》
「だから戦うのか」
《そうだ》
「人食いは君たちが作ったのか?」
《違う。
 ヒトが黒魔族と呼ぶ生き物の祖先が作ったとも伝えられるが、我らの祖先はそんな技は持っていなかったはず》
 俺は、会話の辻褄が合っていない感覚を受けた。
「ドラゴンは作っただろう?」
「ドラゴンは、我らが作ったのではない。ヒトが黒魔族と呼ぶ生き物の主が作った」
「主とは?」
《〝古〈いにしえ〉の種族〟だ》
「それはどんな種族だ?」
《わからない》
「伝説はないのか」
《ない。
 ただ、我らの祖先は苦しめられた。
 死ぬまで畑で働かされた。
 子が生まれると、オークに与えた》
「オークも〝古の種族〟に使えていたのか?」
《そうだ。
 オークは戦をするために飼われていた》
「君たちギガスが畑を耕し、オークが戦をするのか?」
《なぜ、ギガスという言葉を知っているのか?》
「ヒトは独自の情報源を持っている」
《我らはギガスではない。
 トーカだ。
 ヒトは、他の種族と手を組む。
 それは、知っている》
「トーカ?」
《ギガスとは違う種族だ。
 だが、ヒトは我々をギガスと同じと見る。
 怖ろしいことだ》
「トーカはギガスとは違う?」
《残念だが、あの戦好きで怠け者とは生き物としては大差ない。
 だが、トーカは歴史を紡ぎ、よく働く》
「働く?」
《たくさんの植物を栽培している》
「ヒトを働かせて?」
《それはギガスだ。
 トーカは自ら働く》
 俺は混乱していた。ギガスの他に、トーカという別種がいるのか?
 だが、身体的な特徴はあまり変わらない。亜種か品種程度の違いか?

 俺は話題を変えた。
「〝古の種族〟は誰と戦っていたのか?」
《わからない。
 だが、別の種族だと思う》
「〝古の種族〟は別の種族と戦っていた?」
《とても長い間戦っていた。
 たくさんの種族がいて、そのすべてと戦っていた》
「どれくらい前のことか知っているか?」
《知らない》
「トーカの誰かならば知っているか?」
《誰も知らない》
「過去の記録はないのか?」
《ない》
「ギガスにもないもか?」
《ないだろう。
 ギガスは記録する必要がない》
「君の父母のことは覚えているか?」
《記憶している。だが、完全ではない》
「君の祖父母のことは覚えているか?」
《知らない。会ったことはない》
「君の家系についての記録はあるか」
《家系とはどういう概念か?》
「ギガスは、どうやって歴史を記録するのか」
《ギガスのことは知らないが、記録などないだろう。
 だが、トーカには文字がある》

 トーカは文字を持ち、ギガスは一切の記録をしないないようだ。
 当然、歴史という概念はない。
 親子間の情報伝達、技術伝承程度はあるだろうが、それ以外は一切ないようだ。
 一定の機械文明を維持しようとするならば、他の文明を持つ生物、ヒト、精霊族、鬼神族を捕らえて働かせるしかない。
 これができないと、黒魔族は単なる〝野生動物〟まで退行してしまう。
 彼らの行動規範、または行動理論は、彼らが言う〝古の種族〟と同一なのだろう。教えられたことを教えられた通りに、親子間でのみ伝承してきたようだ。
 ギガスは、本来なら高度な文明を築ける生物ではないのだろうが、他の生物を隷属的にコントロールする能力があり、彼らの最大の武器となっている。
 もともと持っていた能力なのか、後付けされたものかはわからないが、オークには見られないことから、ギガス固有なのかもしれない。
 それにしても、トーカとはどういう種族なのか?
 ギガスとどこが違うのか?

 トーカの三個体は眠ってしまった。
 日没後、ノイリンに無線で状況を伝える。
 三人が先に寝て、俺と優奈が見張りで起きていた。
 だが、トーカとの奇妙な会話が原因なのか、俺は二時間ほど眠ってしまった。

「すまない。寝てしまった」
「大丈夫です。異常ありません」
 優奈は落ち着いている。
 フクスの周囲に数頭のドラキュロがいる。再び傾斜路を登ってきたのだ。
 二人で操縦席に座っている。他は兵員室だ。
「お姉さん、心配しているね」
「普通に心配はしてくれていると思います」
 その通りだ。姉は妹を妹として気遣っていない。
 優奈から話し始める。
「姉と私は、母が違うんです。
 姉と初めて会ったのは、世の中が酷いことになった後でした」
 優奈の話し方は、大人らしくなっている。
「父と母が死んだんです。
 父の仕事の関係で、神戸に住んでいたのですが、関西が酷いことになって……。
 父と母は関東の出身なので、親戚を頼ってクルマで神戸の家を出たのですけど……。
 避難者が多くて、舞鶴で身動きできなくなってしまいました。
 大阪や京都は、大混乱なことを知っていたので、父は日本海側を通って新潟まで行き、東京に向かおうとしていました。
 でも、新潟までは行けなかった……。
 どんどん気温が下がって、寒くて寒くて……。
 食べ物はなくなるし……。
 父が畑からダイコンを盗もうとして、撃たれたんです。
 ビックリして、すごく怖くて。撃たれた父を見捨てて、私と母はクルマで逃げました。
 銃で撃たれるなんて考えもしていなかったし、驚いてしまって……。いまなら逃げたりしないですけど……。
 糸魚川まで行くと、ガソリンがなくなりました。
 たくさんクルマが乗り捨てられていて、歩いて東京に向かうヒトの列が……。
 でも、母はその列には加わらず、見つけたミニバンの中で一か月ほど生活したんです。
 それから、乗り捨てられたクルマから食料を探したり、少しだけ残っているガソリンを集めて、軽自動車を満タンにしたんです。
 母の判断は、父よりも的確でした。父は世界が変わったことを理解できなかったようでした。
 さらに、もう一回満タンにできるだけのガソリンを集めて……。
 でも、変なおじいさんとおばあさんに見つかっちゃって……。殺されると……。
 逃げたんです。糸魚川から松本へ向かいました。八王子の母方の親戚の家を目指したんです。
 トイレ以外一切止まらず、走り通して翌朝には八王子に着いたのですが、親戚に追い返されてしまって……。
 それからも、どの親戚も親切じゃなくて……。
 食べるものがなくて……。
 最後に残っていたのが、姉でした。
 一〇キロ歩いて、姉の家に向かいました。
 姉は食事とお風呂と、一晩だけ泊めてくれました。
 でも、翌朝、母が死んでいたんです。
 お母さん、凄く痩せてました」
「それから、お姉さんと一緒?」
 優奈は頷いた。
「姉は、栃木に避難するつもりだったんです。
 もう、東京は危険だって。
 そして、私は連れて行けないって。
 連れて行ってほしかったけど、そんなことお願いできないし……。
 でも、連れて行ってくれました。
 バイクで深夜に東京を出て、栃木の山の中の小さな家に隠れたんです。姉のお母さんのお父さんが建てた山荘だそうです。
 二年間、誰にも見つかりませんでした」
「その隠れ家からも逃げた?」
「はい。
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 とても酷いことをしたみたいです。
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 お母さん、鬼じゃないって叫ぼうとしたけど、お母さんが……」
「でも、そのお姉さんが助けてくれた……」
 優奈が頷く。
「姉にお母さんがしたこと、謝ろうと思うけど、お母さんがしたことがわからないの。
 だから、謝り方がわからないの」
「謝る必要はないよ。お母さんと優奈は別のヒトなんだから……。
 それに、優奈が生まれる前のことでしょ」
「うん。
 でも、お姉ちゃん、一〇歳くらいだったんだよね。
 姉がいなければ、死んでいたと思う……。
 なのに、お姉ちゃんは一〇歳くらいから独りぼっちで生きてきたんだよね」
 優奈は子供の口調になっていた。
 母親が何をしたのか、それは納田愛花のみが知っている。彼女はそれを話さないだろう。しかし、納田愛花は納田優奈を保護した。そして、保護した責任は果たしている。
 優奈は、この世界で生きていく能力を、我々とともに身に付けつつある。
 金沢のグループで、車輌の整備・改造・新造を担当している。
 ドラキュロと戦う覚悟と能力がある。
 この過酷な世界は、優奈を急速に大人にしている。
 比べてはいけないことは重々承知だが、同じ歳で、同じときに、この世界にやって来たショウくん(片倉章一)は、明確な幼さが残っている。仕事も〝密造酒〟工場での栓締めだ。
 優奈の父親は、納田愛花を東京の1Kのマンションに一人住まいさせた。九歳か一〇歳の頃には、一人で生活していたようだ。
 由加が納田からポツリと聞いたことによれば、世界がこうなる前から「サバイバルだった」そうだ。
 誰にも自分の存在を知られないように、息を潜めて生きてきたそうだ。何度も怖い思いをしたらしい。
 それと、身内を信用する、血のつながりに何かを感じる、ことはないそうだ。納田愛花の納田優奈に対する態度は、彼女にとっては普通のことのようだ。

 夜が明ける。
 優奈は、太陽が昇る前に目を覚ましていた。
ペリスコープから外を覗く姿は、年齢相応を感じる。
 頂上にドラキュロの姿はない。
 俺は、助手席側ドアを開け、外に出る。一瞬、冷え切った大気が車内に入る。
 ハンバーガーヒルの周囲を注意深く観察するが、ドラキュロの姿はない。
 昨夜は霜が降りた。この寒さはドラキュロへの圧力になる。草原よりも気温の低下が緩い森林に移動した可能性がある。
 俺は運転席側のドアを開け、優奈に助手席に移動するよう促す。
「気温が上昇し始める前に、移動しよう」
 優奈が頷く。
 フクスはゆっくりと傾斜路を下る。
 降りきるとトーカの成体が、背後から優奈に方向を示した。
 人間の仕草と同じで、人差し指で進行方向を指す。
 ゆっくりと指示する方向に向かう。

 小川の土手下に小型の半装軌車が落ち込んでいた。
 この頃には、全員が目を覚ましている。トーカの隷属下にあると思われるメンバーはいない。
 俺は注意して、子供たちを見ていた。

 フクスの前部牽引フックと半装軌車の後部車軸を牽引ロープでつなぐ。
 そして、半装軌車を引っ張り上げた。
 幼体が飛び跳ねて喜ぶ。その様子は、ヒトの子と大差ない。
 成体が一人一人に礼をするような仕草をする。胸を触る奇妙な行為だ。優奈ともう一人の女の子が、少し嫌がるように一歩下がった。
 エンジンはすぐに始動した。
 優奈が手を振ると、幼体が少し躊躇いがちに同じ仕草をした。
 俺が全員に「ノイリンに帰ろう」と言うと、四人が微笑む。
 あのトーカとも殺し合いをするのだろうか?
 そうならば、気が重くなる。
 しかし、それが自然の摂理ならば、避けられない。

 一五キロ南下した地点で、ヒトの半装軌車がスタックしている。ノイリンの車輌ではない。
 我々が近付いていくと、四人の男が銃を手にする。
 ある意味、当然の所作だ。俺たちでもそうする。
 四人とも見事な髭を蓄える壮年の男だ。

 フクスを二〇メートル手前で止める。ドアを開け、車外に出る。すかさず優奈が運転席に座る。
 俺は徒歩で近付く。小銃は持っていないが、拳銃は右腰と左脇に付けている。
 男が一人歩み寄る。
 俺から異教徒の言葉で話しかけた。
「手伝おうか?」
「それは助かる」
 男は異教徒の言葉で答えた。

 手招きすると、優奈がフクスを半装軌車の前方に移動する。
 後部ハッチが開き、二人が車外に出る。そして、ハッチを閉め手際よく牽引ロープをつなぐ。
 俺がフクスの左斜め前方に出て、手招きで牽引を指示する。
 泥濘に入り込んだ半装軌車は荷を満載していたが、かなり強く牽引して、ようやく脱出する。

 一人が、俺たちの一人、一番小柄な男の子の片手を後ろ手に締め上げ、拳銃の銃口をこめかみに当てる。
「いいクルマだな。そいつと積荷をもらう」
「積荷?」
「女だ。若い女が二人いるだろう?」
 四人がへらへらと笑う。
 優奈が運転席から引きづり降ろされた。優奈と車外に出ていた三人が並ばされ、俺と男の子が跪かされた。
 拳銃を取り上げられる。
 髭男一人が後部ハッチを開ける。
 二発で男が仰向けに倒れ、優奈が隠し持っていたナイフで、自分を拘束していた男の太股を刺した。ただ刺すのではなく、深く刺し、えぐる。
 俺が一人ともみ合い、車内から発射した男の子がもう一人の眉間を撃つ。
 俺は拾った石を男の頭に何度も振り下ろす。
 もう一人の女の子を拘束していた男が手を強め、叫ぶ。
「降伏しろ。撃つぞ」
 優奈が取り上げられていたM4カービンを拾い上げ、構える。そして、背後に回り込む。
 髭男は背後の優奈を気にする。そして、身体を左右に振る。大きく、そして小刻みに。
 男が拘束する手の締め付けが緩んだのか、女の子が真下にすり抜け、地に身を伏せる。
 優奈は髭男を躊躇いなく、背後から撃った。
 その様子を見ていた、もう一人は太股を押さえて、這って逃げようとする。
 優奈が銃口を向ける。
「やめてくれ。ただの出来心なんだ」
 優奈は撃たなかった。
 そのかわり、彼らのライフルを集め、機関部に一発ずつ撃ち込む。
 拳銃は弾を抜いて、投げばらまく。
 フクスを後進させ、半装軌車をスタックしていた泥濘に戻した。

 男は「殺してくれぇ~」と泣いた。
 彼の足で、泥濘から半装軌車を引き出すことは不可能。歩いて戻ることもできない。
 幸運にも誰かが通りかかる以外に生き残れる可能性はない。
 ドラキュロに見つかり、恐怖の中で生きたまま食われ死にゆくことがこの世界の常。
 死体になれば食われることはない。ドラキュロは、腐肉食ではない。

 優奈だけじゃない。
 二〇〇万年後の残酷な世界に、大人も子供も、俺たちは適応していく。
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【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~

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