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第8章

08-198 奴隷対貴族

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 アクシャイは、彼が護衛していた子供たちから離れることに抵抗があった。だが、その子供たちから「父さんや母さんの仇を討って」と促され、半田千早の追撃部隊に参加することにした。
 アクシャイは、アスマ村の戦いにおける勝利に浮かれていなかった。確かに、北の商人の武器は強力だし、戦い方も巧妙だ。
 戦闘の結果は圧勝ではあるが、東と西の最終防衛線は突破されかけた。
 結果は圧勝でも、過程は辛勝だった。
 北の商人の数は少ないし、いつ立ち去るかもわからない。
 アクシャイは、「勝った、勝った」と喜ぶほど単純ではない。勝ったあとのほうが大事なのだ。

 テシレアは、北の商人がズラ湾とよぶ入り江の最深部に木造の家屋が5棟も建っていることに驚いた。
 それと布で床と天井を覆った巨大なテントにも。
 巨大なテントは2棟あり、船から物資が運び込まれている。
 ウマがいなくても走れるクルマが10輌以上。海岸から段丘上への道が拡幅工事の真っ最中だ。
 木造の家屋には、テシレアたちが住んでいいという。何という気前のよさ。北の商人の意図がわからず、不安になる。

 テシレアにとって、鉄でできた船は興味をそそられるものだった。
 それと、彼女の眼前にいる女性。彼女は提督という役職で、この船団でもっとも偉いのだと聞いた。
 女性では決して族長にはなれないルテニ族の掟とは、完全に違っている。彼女の父は、テシレアに「女でもキャラバンの長になれる」と常々言っていた。
 父の言葉が眼前に存在している。入り江にいる3隻の最高指導者は、女性なのだ。
「テシレアさん、いくつかお願いがあります」
 テシレアは、提督の“お願い”に心も身体も震えた。
「どういったことでしょう?
 提督様」
「海岸の崖の上に村を作りたいのです。
 交易のための村です。
 交易所のようなものがあって、互いの商品を売り買いしたり、私たちが食料を買ったりできるような」
 テシレアは「土地を明け渡せ」と言われるものと覚悟していた。ティターンがそうだったから……。
「交易所ですか?」
「はい。
 テシレアさん、この付近ではシルクを産するのでしょ?」
「ルテニ族はもう……」
「カイコとクワ畑を失った……」
 テシレアが驚く。この北の商人は、絹の秘密を知っているのか?
「テシレアさん、シルクの作り方は知っています。カイコという虫が糸を吐いて繭を作り、その繭からシルクの糸ができる……」
 テシレアは泣き出したかった。ティターンに知られないよう、必死で守ってきた秘密を北の商人が知っている。その事実に押し潰されそうだった。
「テシレアさん、シルクは他の部族でも織っているのでしょ?」
「は、はい」
「焼け残ったクワ畑があれば、クワの葉は栽培できるでしょう。
 カイコが手に入れば……」
 その通りだ。クワ畑はすべて燃やしたが、すべてが燃えつきたわけではない。植物の生命力は強い。
 カイコが手に入れば、ルテニ族が絹を作ることができる。だが、カイコを買うには莫大な資金がいる。
「提督様、カイコを買うことは、いまの私たちには不可能です」
「承知しています。
 そこでテシレアさんに提案があります。
 私たちは、私たちの世界にシルクをもたらしたいのです。
 私たちが資金を出しますから、テシレアさんがシルクを集めていただけませんか?」
「織物ですか?
 それとも生糸?」
「当面は、織物、布地がいいです」
「でも、ティターンの兵士がいます」
「護衛をつけます」
「……!」
「アスマ村を通らずに、この入り江、ズラ湾に至るルートはありますか?」
「あります」
「では、その要衝に検問を置きましょう。
 ティターンを真似て。
 ただ、ティターンとは違い、通行料はとりません。荷も奪わないし、旅人や商人に危害を加えることもしません。
 守るのです。交通を」
 テシレアは、激しく脳を活動させる。
「3カ所、検問は3カ所で……、提督様、3カ所あれば……」
「それでは、これから詳細な計画を練りましょう」

 50メートル級哨戒艇は、単独では王冠湾からズラ湾までの航海はできない。航続距離が決定的に足りない。
 だが、アフリカとレムリアに挟まれた狭い海は浅く、喫水の深い大型船には不向きな海域だ。
 海上からのレムリア西岸へのアプローチには、喫水の浅い滑走艇が必要だった。
 北方人のクスタヴィは、この哨戒艇の乗員に志願した。彼の実績からすれば、もっと大きな船の船長のもなれたが、レムリア探検の魅力のほうが勝った。

 クスタヴィの最初の任務は、謎とされてきたソコトラ島の状況だ。
 ヒトの痕跡を調べること。
 ズラ湾を発し、紅海を南下してバブ・エル・マンデブ海峡に達し、アデン湾をレムリア沿岸に沿って東に向かう。200万年前のアフリカの角の先端にソコトラ島がある。
 この大陸から離れた孤島ならばドラキュロが存在せず、ヒトが生活できる可能性が高いと推測されていた。
 航海距離は、1600キロを超える。
 テシレアによれば、レムリアの東岸には大きな住地がないという。小さな村があるが、街や都市といった規模ではない。
 その確認も行う。

 里崎杏は、香野木恵一郎の意図を汲みかねていた。この探検に粗暴との噂がある救世主出身のアルベルティーナを参加させたこと、絹貿易よりも重要であろう他のことを差し置いていること、王冠湾の開発が道半ばであること、などやるべきことはあまりにも多いのだ。
 香野木とは、カルタゴでゆっくりと話すことができた。
 香野木は「アフリカが本当に安全なのかを確認したい」「アトラス山脈以東のヒトは味方と考えていい」「救世主は今後の鍵を握る」「王冠湾は放っておいても発展する」と言ったが、それだけがレムリア探検の理由とは思えなかった。
 絹は確かに有力な交易商品だが、香野木とは結びつかない。彼は“おしゃれ”とは対極にいる。たまたま見つけた口実だろう。
 目的は地下資源か?
 ジブチからモザンビーク付近にかけては、石油の埋蔵が推測されている。ただ、200万年前の記録では、明確な油田がある場所はわかっていない。
 里崎杏が知る限り、食料はあまり期待できない。ティターンの侵略によって、困窮しているのだから……。
「真意の読めないヒトね」
 陸を眺めながら里崎は独り言ちた。

 ズラ湾の最深部には、カルデラに囲まれた火山がある。少し内陸に入ると、多数の火口を見つける。
 活動は活発ではないが、同一火山の複数の火口でははないかと疑い、交易所の建設地を変更することにする。そもそも、ズラ湾自体が河口の可能性もあった。
 ズラ湾は北に開口し、紅海とつながる。湾の西岸に流れ込む川があり、その南岸に移動を決める。真水の確保が容易であることと、温泉を発見したからだ。
 直近の火口までは18キロある。火口は6カ所発見したが、森が深い植生であり、これがすべてではないかもしれない。
 すべての火口は、噴煙を上げていない。その他の活動の兆候もない。
 海岸近くで、疎林に囲まれた開けた草原への移動が決定する。

 テシレアは驚いていた。家が移動するのだ。トレーラーに載せられた木造プレハブ小屋が次々と運び出されていく。
「倒れても壊れないものは、運び出さなくてもいいよ」
 彼女はそう言われて、ピンとこなかったが、確かに倒れても壊れないなら、家ごと運んでしまったほうがいい。
 疎林に囲まれた広い草原に、わずか数日で村ができた。
 臨時の共同炊事所、共同温泉浴場、共同洗面所が設置される。
 そして、小規模ながら交易所の建設が始まる。

 6輪装甲車が1輌、荷車を牽引して戻ってきた。荷車には、多くの若い女性が乗っていた。ティターン軍に捕らえられていた奴隷だという。ほとんどは娼婦をさせられていた。
 彼女たちはこの付近の出身ではなく、大陸中から連れてこられていた。
 森の中をさまよい、飢えに苦しんでいるところを発見された。
 健康状態は、全員が生命に危険があるほど悪かった。
 彼女たちの話では、北部で捕らえられた女性たちは敗走中のティターン軍を追っている。夫や子の仇を討つために。

 テシレアは、北部出身以外の解放奴隷をまとめることに苦心していた。
 言葉がわからないからだ。
 ただ、彼女たちの意志ははっきりしていた。
「ティターンに復讐したい」
 誰もが例外なくそう言った。一部は身振り手振りで。
 奴隷の中にはティターンに心酔していたり、ティターンを極端に恐れていたり、ティターンに対して心底から屈服しているものも多かった。
 復讐を誓う奴隷たちは、北部におけるティターンの最大拠点であるアリギュラを目指していた。

 テシレアやアクシャイと行動を共にしている子供のうち、比較的年長の男の子たちは、ティターン軍から奪ったウマに乗り、周辺の村へ偵察に行く。
 各村はルテニ族が全滅したと聞いており、この自体に困惑する。
 男の子たちは「ルテニは滅んでいない。新しい族長テシレアの元に団結している」と叫ぶ。
「東岸に新たな交易所を開設した。シルクの交易を行う。ティターンよりも高く買う!」と触れ回る。
「ティターンを倒す」とか「復讐する」とかではなく、絹を高額で買い取ると。
 子供の言ではあるが、大人たちは動揺する。ルテニ族と取り引きをすれば、ティターンに目を付けられる。
 だが、このままでは家族が飢える。いや、すでに飢えていた。
 テシレアは、究極の選択を迫ったのだ。
 ティターン側か、ルテニ側か、と。
 答えは決まっている。
 瀕死のルテニ族に味方などいない。
 しかし、池に石は投げ入れられた。否応なく、波紋は広がっていく。

 テシレアは、新しい村、ズラ村をどう守るか思案していた。ここにいるのは、勇敢な戦士であっても農民や商人だ。訓練された兵士ではない。
 現状、弓を射られるものはごくわずか、剣を扱えるものはさらに少ない。
 短期間の訓練で扱えるようになる武器が必要だった。

 どこにでも、規則を破る不心得者はいる。葉村正哉が予想した通り、ボウガンを持ち込んでいた隊員が4人もいた。
 さすがにライフルはいなかったが、リボルバーは10人に達した。
 里崎杏は「意外と少ないね」と涼しい顔。
 ボウガンは音がしないので、至近距離での無音狙撃に適している。比較的強力なものは、最大飛距離300メートル、有効射程50メートルほど。50メートル内外なら、狙撃が可能。

 テシレアは、ボウガンを射た。彼女の仲間も。初矢から30メートル先の的に命中する。
「どう?」
 葉村正哉に感想を聞かれ、テシレアが微笑む。
「この弩は軽くて、威力がある。
 狙いやすいし……。
 でも、たくさんはないのでしょ?」
「船の工作室で作れる」
「作り方を教えてくれる?」
「私たちが作れないと」
 葉村は彼女の反応を喜んだ。
 テシレアは、家具職人や鍛冶屋の娘など、親の仕事を見よう見まねで覚えていたメンバーを集める。
 そして、探検船キヌエティに送り込む。

 テシレアは怯えているが、勇気を振り絞っていた。
 そして、冷静だった。

 何日待っても、交易所に絹を持ち込むものは誰もいなかった。

 半田千早たちは、ティターン軍追撃の手を緩めていない。空と陸から徹底的に炙り出しを行っている。

 ティターン軍惨敗の噂は、北部内陸と北部西岸に知れ渡っていた。
 さらに、アリギュラに兵が1人も戻らないことも。
 噂には尾鰭が付く。2500のティターン兵が全滅した。巨大な龍がアスマ村を焼き尽くした。ティターン兵の死者の葬列を見た。
 など。
 噂には事実もある。女奴隷が指揮官の妻を殺し、首をはね、槍の穂先に刺した。
 負傷していた指揮官の娘は、帰還の途中、生きたままハイエナに食われた。
 血の臭いをたどって、リカオンが敗走兵を追っている。
 ティターン軍と一緒にいた奴隷の一部は、敗走するティターン軍を襲っている。
 北部東岸に至る道には、ルテニ族の検問所がある。
 など。
 アリギュラを占領支配するティターンの総督は、噂を信じてはいないが、派遣した軍の行方を捜索する必要は感じていた。
 だが、そういった行動自体が、反乱の萌芽を誘発する可能性があった。
 アリギュラは北部最大の街であり、北部諸族が共同管理していた。ここを抑えれば、北部諸族を抑えたのも同じ。反抗的な部族を根絶やしにすれば、それが見せしめとなり、抵抗はなくなる。
 そのはずだったが、なぜか全滅寸前のルテニ族が反撃し、ティターン軍側に多大の損害が出ていることは事実のようだった。ティターンにとって不都合な噂の広がりを止めるには、ルテニ族の首謀者を捕らえ、公開処刑するしかない。
 総督は、対応に苦慮していた。

 ティターン軍歩兵の将は、偶然無傷で生き残った。彼は現在、兵20を率いているが、全員が本来の彼の部下ではない。
 数日前、奴隷の襲撃で2人が死に、物資の多くが焼けた。昨夜は毒キノコを食べて、2人が死んだ。
 日没直後と日の出前に焚き火をして、少ない食料を調理し、昼間は動かない。焚き火は厳禁だ。
 煙を上げれば、空から攻撃されるからだ。
 夜間も油断できない。
 街道は、鋼で囲まれたウマがいなくても動くクルマが監視しているからだ。
 音を立てる装具はすべて外させた。冑と鎧はもちろん、盾も捨てた。剣と槍、弓だけを持つ。矢は少ない。欠乏しかけている。
 歩けない負傷者は、とどめを刺した。それ以外に“助ける”手段がないのだ。置き去りにすれば、動物に食われる。
 街道からそう遠くない森の中を進む。松明が頼りだが、松明は鋼のクルマを呼ぶ。街道に沿っていないと帰路を失うが、街道に近すぎると鋼のクルマに見つかる。

 アリギュラには城壁や壕はなかった。誰も攻めてこないからだ。
 そして、アリギュラの周囲は、広大なムギ畑だった。肥沃な土地は、美しい風景を作り出していた。
 この美しいムギ畑を貫く街道をティターン軍正規兵20が歩いている。
 彼らは、アリギュラにたどり着いた。ムギ畑を抜ければ、アリギュラの市内だ。街も見えている。
 彼らは、多くの農民に見られている。敗残兵としての姿を。だが、心配する必要はない。あとで殺してしまえばいいだけだ。
 無敗を誇るティターン軍の名誉を守るために。

 マーニは、心の底から怒っていた。昨夜、ティターン兵相手の娼婦にされていた14歳の女の子と話をした。
 テシレアが通訳してくれたのだが、通訳を介した言葉よりも、その子の顔が忘れられない。

「いたよ」
 マーニの声が無線から流れる。
 半田千早はマーニを止められないことをよく知っている。おっとりとした見かけとは異なり、マーニは気が短い。それと、実父から受け継いだのか、拳銃の早撃ちは無敵だ。チュールやルサリィよりも早い。
 規則違反で持ち込まれた拳銃の1挺は、マーニの44口径6連発リボルバーのスーパーブラックホークだ。マグナム弾を発射できるが、彼女はこの銃に減装弾を使っている。反動を抑えて、命中率を上げるためだ。
「弾はあたらなければ意味がない」
 マーニがよく使う言葉。
 マーニは、街道上でホバリングする。高度は2メートルほど。激しいダウンウォッシュで、ムギが押し倒されそうだ。

 ティターン軍の敗走兵は、帰還を目前にして、空飛ぶ悪魔に捕まったことを悟っていた。ムギ畑に逃げ込みたくても、ムギはそれほど高くない。
 それに地上からは見えにくくても、空からでは丸見えだ。
 抗うだけ、無駄。

 総督は騎兵10とともに街を出た。
「冑と鎧を失った兵が街道を歩いている」との報告を受けたからだ。
 彼の眼前に、奇妙なものが飛んでいる。生き物ではないようだ。

 マーニは、機体両側に取り付けた7.62ミリ機関銃を発射する。

 総督は、街道に散らばる死体を見た。
 彼らがなぜ死んだのかは、まったくわからなかった。距離はあったが、眼前で起きたことなのに。

 農民は、ティターン兵が跪き精霊に祈りを捧げる様を見た。残酷で精霊を信じないティターン兵が、泣いていたのだ。抵抗の素振りさえ見せなかった。
 農民は、ティターン兵よりも恐ろしい何かが現れたことを知った。

 カート・タイタンは、松明を掲げた亡者の葬列を見ていた。
「焼きトウモロコシは美味いが、歯に挟まるのがどうもな」
 そう文句を言いながらも、すべてを食べ、芯を捨てる。
 半田千早は母親が作るコーンポタージュを思い出していた。何かヘンなのだ。
「料理は父さんだよね」
 誰ともなしにそう言うと、芯を森に放る。
 キュッラと半田健太が同意する。
「父さんは、何を作っても美味しかったよね」
「私、餃子が好き!
 チハヤは?」
「肉まんかな」
 ガレリア・ズームがにらむ。
「そんなに美味いのか?」
 キュッラが小声で答える。
「すごく美味しい。
 焼売食べたい」
 まもなく夜が明ける。
 亡者の葬列は、止まるはず。
 そして、理不尽な狩りが始まる。

 アリギュラは北部でも南にある。ティターンからすれば辺境であり、石造建造物を造らないこの地方の部族は蛮族に見えた。
 だが、中南部や中北部の部族とは異なり、木造の緻密な建築技術を持つ。赤道に近い中南部や中北部は温暖だが、北部は十分に寒いからだ。西ユーラシアと比較すれば、住みやすい気候だが、高地や内陸はかなり冷える。
 服装は部族ごとに特徴があり、文化的に豊かだった。
 ティターンが侵入するまでは。

 ズラ村に早馬が着く。
 大きなウマに乗っていた小柄な男の子は、ウマから飛び降りると交易所に飛び込む。
「北の検問を荷馬車が通ったよ!
 北の部族がシルクを売りたいって!」
「どこの部族?」
「わからないよ。
 この辺の部族じゃない。
 トレウェリって言ってた。
 北にはティターンに抵抗している部族がいるんだって!
 トレウェリ族もそうらしい」
 テシレアは、トレウェリ族を知っていた。彼らの村に交易で行ったことがある。最北部西岸の部族だ。
 内陸に住むルテニ族とは異なり、西岸に住むため早い時期にティターンに屈服していた。
 それもあって、油断できないと感じた。
 彼女は、すぐに弩兵を集めた。

 テシレアは戸惑っていた。
 荷車に満載された絹織物は、想像をはるかに超える量だった。
「ティターンに見つからないよう、隠していたんだ。買い叩かれたくはないからね」
 荷車の主は、トレウェリ族の族長の息子だという。
「大人たちは、ティターンの言いなりか、全面戦争を叫ぶか、走狗になるか、その3つしかない。
 だが、俺たちは違う。
 静かに抵抗し、反撃の機会を待つ」
 テシレアとたいして歳の変わらない族長の息子は、不敵に笑う。
 テシレアは、絹織物の価格を品質と数量から金貨100枚が妥当と考える。
「全部買うけど、金貨80枚でどう?」
 テシレアがフルギア金貨1枚を見せる。
「北の商人の金貨だな。
 南は銀だが、北は金だ。北の商人の金貨は、純度が高いから価値がある。
 それでも、金貨100枚の価値はあるはずだ」
「90枚でどう?」
「それで売るよ。
 ティターンに買い叩かれるよりも、ずっといい商売だ」

 その後も、ポツポツだがティターンの支配が完全ではない地域から、交易所に荷が運ばれた。絹だけでなく、コムギやソルガム、トウモロコシなど農産物も多い。ドライフルーツなどの加工食品も持ち込まれる。
 価格は、北アフリカや西アフリカの半値ほど。農業生産が安定していないどころか、収穫できない地域も多いので、レムリア産穀物は魅力だ。
 里崎杏がテシレアに軽く「豆はないの?」と尋ねると、大豆とレンズマメが大量に仕入れられた。
「私たちって、小豆を食べるんだ」と言えば、数日後に良質の小豆が集まる。
 代金を受け取る農民や商人の顔が明るい。
テシレアがいい商売をしている証拠だ。

 キヌエティの料理長は、ティッシュモックからの移住者だった。父親は自衛隊員で、母親はティッシュモック近郊の農民だった。父親の実家は老舗の和菓子屋で、父親は小豆餡の作り方だけは受け継いでいた。
 そして、200万年後に小豆餡が伝わった。

 テシレアは、あんぱんを食べていた。
「この黒いの小豆なの?」
 里崎杏は、あんぱんをいつ食べたか思い出せない。コッペパンに小豆餡を挟んだだけだが、あんぱんには違いない。
 大災厄後に食べたかもしれないが、大消滅後は食べていない。
「小豆よ。
 あんぱん、って言うの」
「美味しいね。
 提督様は、こういうお菓子を毎日食べているの?」
「あんぱん、いつ食べたかな?
 思い出せない」
「ご馳走なの?」
「いまではね。
 特別な食べ物ね」

 燃料と食料を運んできた補給船は、大量の穀物と豆、そして絹織物を積んで帰路についた。
 次は大量の燃料と弾薬を積んでくる。建設機械も。陸上に滑走路を建設し、輸送機の発着を可能にする。

 半田千早たちは森の中に踏み行った。危険を冒す理由は、ティターン軍の高級将校を捕虜にするためだ。
 昨日捕らえた兵士は、近くに指揮官と彼の幕僚がいることを示唆した。
 確信はなかったが、街道から100メートルほどの林間でキャンプをしていると推測している。
 そのキャンプを深夜に急襲する。
 夜は焚き火をする。
 そして、焚き火は見えている。
 暗視装置の数に限りがあり、半田千早、ガレリア・ズーム、カート・タイタンが同行している。後方には、全隊員が待機する。
 計画では、捕虜1を得るだけだった。
 ガレリア・ズームとカート・タイタンが焚き火の周囲で眠るティターン兵に近付く。
 半田千早は、焚き火から離れた位置で援護する。

 千早はすぐに“人選ミス”に気付く。
 2人は焚き火までは完全に音を消したのだが、目標に接近すると同時にがさつになったのだ。
 すぐに気付かれた。
 千早が発射し、2人が剣を抜く。
 千早が心配したことは、暗視装置が壊れないか、だけ。寝込みを襲った2人の強さは圧倒的だった。

 アクシャイは2人の強さに圧倒されていた。ティターン兵は2人だけが生き残っている。
 焚き火の周囲には、10を超える死体が転がっている。
 2人のティターン兵は、ひどく戸惑っている。銃声で飛び起きたが、そのときには彼らしか生き残っていなかった。
 1人はまだ若く、1人は兵にしては歳を食いすぎている。
 カート・タイタンがティターン兵の胸に突き刺した両刃の大剣を引き抜く。
「どっちが偉いんだ?」
 アクシャイが通訳すると、2人が顔を見合わす。
「偉いほうを生かして、もう1人は殺す」
 カート・タイタンがこともなげに言う。
 すると年配のほうが歩み出る。
 アクシャイが通訳する。
「ウソだと思いますが、指揮官だと言っています」
 カート・タイタンは、からかうつもりだった。
「それは嘘だ。
 指揮官は殺せと命じられている」
 そんな命令は出ていない。
 アクシャイの通訳を聞き、指揮官が騒ぎ出す。
「我らの言葉を解さぬ蛮族の分際で、ティターンの貴族を殺すだと、身の程をわきまえよ!
 蛮族は捕らえて、奴隷にすればいい!
 女は犯し、働けない男は殺す。
 おまえたちの娘や妻は、下級兵士の娼婦にちょうどいい。
 蛮族の女は臭いからな」
 カート・タイタンが冷たく笑う。
「アクシャイ、通訳しろ。
 チハヤ、こいつを殺していいか?」
「ダメ、役に立つから」
「いいや、どうしても殺したい」
「ダメ、殺しちゃ。
 こいつは未咲に引き渡す。
 アヘアヘの薬漬けにする。
 だらだらと一日中よだれを流すようにするんだ。そうすれば、何でも話す」
「こいつは指揮官だそうだ。
 指揮官の妻は首を切り落とされ、槍に突き刺されていた。
 こいつの女房の首に小便をかけろ、と言えばそうするか?」
「あぁ、そうなる。
 娘を犯せ、と命じればそうするようになる」「勃つのか?」
「私は、男じゃないからわかんない」
 カート・タイタンは、指揮官に向き直る。
「おまえを、女房の首に小便をかけるアヘアヘ野郎にしてやる。
 ミサキは、俺たちよりもはるかに恐ろしいぞ」
 ガレリア・ズームが口添えする。
「ウソじゃない。
 私は見たことがある。
 あんたの女房の首は、まだ埋めていない。
 どうする?
 女房の首に小便をかける男のになるか、ここで戦って男らしく死ぬか?
 好きなほうを選べ」

 指揮官は、いったん捨てた剣を手にする。
カート・タイタンの凄まじい斬激が始まる。相当な手練れでも彼の斬激を連続してかわすことは難しい。
 指揮官はティターンの軍人らしく、カート・タイタンと対等に戦っている。
 しかし、数十秒後には息切れし始める。年齢的不利は、如何ともしがたいからだ。
 指揮官の剣が折れ、切っ先が飛ぶ。
 指揮官が折れた剣を投げ、カート・タイタンが軽くかわす。

 半田千早が命じる。
「殺さないで。
 こいつはアヘアヘ野郎にする。
 もう1人は、痛めつけて吐かす」
 カート・タイタンが拳銃を抜く。
 そして、指揮官の足を撃った。
 指揮官は、左足を押さえて蹲り、泣き出しそうな目をしている。

 指揮官は注射を怖がった。体内に液体を直接注入するという行為よりも、注射器の細い針を怖がった。
 幼児のように。
 ただの痛み止めなのに。 
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地球温暖化が進んだ近未来のお話しです。世界は食糧難に陥っていますが、日本はどうにか食糧の確保に成功しています。しかし、その裏で、食糧マフィアが暗躍。誰もが食費の高騰に悩み、危機に陥っています。 そんな世界で自給自足で乗り越えようとした男性がいました。彼は農地を作るため、祖先が残した管理されていない荒れた山に戻ります。そして、異世界への通路を発見するのです。異常気象の元世界ではなく、気候が安定した異世界での農業に活路を見出そうとしますが、異世界は理不尽な封建制社会でした。

日本VS異世界国家! ー政府が、自衛隊が、奮闘する。

スライム小説家
SF
令和5年3月6日、日本国は唐突に異世界へ転移してしまった。 地球の常識がなにもかも通用しない魔法と戦争だらけの異世界で日本国は生き延びていけるのか!? 異世界国家サバイバル、ここに爆誕!

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