200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第8章

08-195 ルテニ族の娘

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 ティターンの軍が現れる前、テシレアは精霊の代弁者から「悪がはびこるとき、そなたが部族を救うことになる」と言われた。
 同時に「遠方より高貴な姫が訪れ、そなたに味方する」とも。
 彼女はまだ幼かったし、村は平和だった。それに、村以外の世界を知らなかった。だから、そのときは意味がわからなかった。
 遠方より高貴な姫がやって来た。そして、部族の生き残りはわずか。
 しかし、テシレアには部族を救う術が見当たらなかった。

 ラダ・ムーは、このまま待っていればティターン軍側が動くと考えた。目的は金貨なのだから、盗人のほうが動くべきだと。
「全車警戒。
 すぐに動くぞ」
 城門が開き、槍と盾を持つ重装備の騎兵が怒濤のごとく飛び出してきた。

 テシレアは、驚いた。
 重装騎兵の突撃なのに、歴史学者と文化人類学者が議論をしながら車外に飛び出していく。

 カート・タイタンは、自分が仕掛けた罠に獲物がかかる瞬間を見るのは初めてだった。
 考古学者が「外に出るぞ」と言ったとき、彼は「正気か?」と返した。すると、動物生態学者が「誰かの命が危険にならなければ、交戦法規をクリアできないだろう!」と怒鳴った。
 その通りだが、学者さんたちは無茶苦茶だ。職業柄なのか、危険を顧みない。
 各車が縦列を解き、横列に展開する。各車間に自動小銃を持つ隊員が散らばる。

 テシレアは小さな窓から外の様子を見ている。彼女が乗る6輪装甲車の機関銃手は、言語学者だ。
 誰もが機敏に動いているが、ルテニ族の戦士とは違う。声を一切発せず、剣を抜きもしない。

 騎兵は単縦列で、横隊に転換した車列の前を通り過ぎる。その際、各騎が一斉に槍を投げる。

 テシレアは、無線から聞こえてくる言葉の意味を知らない。
「交戦法規クリア!」
 突然大きな音がした。車外でも、頭上でも。

 音がやんだので、後部ハッチを開け、外を覗いてみる。乗り手のいないウマが何頭か見える。
 車外に出て、草原を見た。すべての重装騎兵が倒されていた。
 誰も剣を抜いていない。あの音が倒したのは明らかだ。

 城門がまた開く。四角い大きな盾を持つ、重装歩兵が出てきた。槍は、騎兵よりもはるかに長い。
 重装騎兵は30騎ほどだったが、重装歩兵は100が並ぶ。戦意は衰えていない。対峙する距離は変わらない。

 ラダ・ムーから指示が入る。
「各車、そのまま」
 地質学者が呟く。
「あの恰好で800メートル歩かされるのか?
 ラダ・ムーも酷だな。
 早く楽にしてあげればいいのに」
 数人が失笑するが、テシレアは恐ろしくて笑えなかった。ティターンの重装歩兵の恐ろしさは、自分の目で見て知っている。
 ティターンが北辺にやって来たとき、絹織物の半分を税として納めるよう強要され、ルテニ族は団結して蜂起した。
 しかし、足りない兵力で、真正面から立ち向かう戦術は、まったく通用しなかった。勇敢な農民では、殺戮が専門の兵士にはかなわない。
 あの戦い以来、ルテニ族はありとあらゆる無理難題を受け入れてきた。村は急速に貧しくなった。子供たちは腹を空かせ、大人たちは覇気を失っていく。
 テシレアの父と兄は、北の商人の来訪を待ちわびていた。北の商人なら、絹を正当な値で買ってくれる。絹を売れば、戦費が作れる。
 父と兄はそう信じていた。
 そして、北の商人がやって来た。だが、いままでの北の商人とは明らかに違う。

 テシレアはガレリア・ズームから「隠れていなさい」と促されたが、この戦いを見ておきたかった。
 北の商人と南のティターン軍との戦いを。商人が勝つか、軍人が勝つか。北の商人が勝てるなら、ルテニの商人も勝てるはず。

 ティターン軍の重装歩兵が間合いを詰める。同時に曲射弾道の矢が降り注ぐ。無音で落ちてくる矢の恐ろしさは、西ユーラシアの誰もが知っている。
 車外に出ていた隊員が、一斉に車体後部に身を隠す。テシレアは、ガレリア・ズームが覆い被さるように守って、矢が着弾する直前に装甲車の背後で蹲る。

 その間にティターンの重装歩兵は、一気に間合いを詰める。
 横列の車輌まで、数メートルに迫っていた。

 テシレアは兄の刀を抜く。くの字に湾曲した特大ククリのような刀だ。家宝であった父の刀は、父の亡骸とともにある。
 大きな盾、長い槍、冑と胸甲で武装した重装歩兵が迫る。
 テシレアは真っ先に飛び出そうとして、ガレリア・ズームに襟をつかまれ、引き戻される。
「飛び出すな!」
 言われた言葉はわからないが、意味は理解した。戦列を守れと。

「テッ!」
 命令を待って、全員が発射する。
 非装甲の水陸両用トラックには、台湾製のブローニングM2重機関銃が搭載されている。
 それ以外の車輌は、200万年後に作られたラインメタルMG34改機関銃だ。5輌が一斉に発射を始め、車外に出ていた隊員も自動小銃を発射する。

 一方的な戦いだった。
 槍の穂先がとどくことはなかった。西ユーラシアのヒトたちの戦い方は、ドラキュロに対するものと同じ。自動小銃を全弾撃ちつくしたら、拳銃を抜いて発射を続ける。
 自動小銃は30発弾倉、拳銃は6発から15発。機関銃は200発ベルトリンク。
 だが、自動小銃の弾倉には、半分ほどの弾が残っていた。
 ファランクスによく似た密集陣形では、機関銃と自動小銃の最適な標的にしかならなかった。
 兵30ほどの横列が3層だったが、3分の2が倒れ、3分の1が盾と槍を捨てて逃げた。逃げた兵は追わなかった。
 ドラキュロは逃げないが、それ以外の動物は本能的に自分の身を守る。だから、ドラキュロほどは怖くない。

 この地方では、実戦経験のある兵は非常に少ない。盗賊は少ないし、他の種族から侵略されたことはない。部族間の争いは少なくないが、大規模な戦闘にはならない。部族の長や長老による“話し合い”で決着が付けられる。
 だが、南からティターンの軍勢がやってくると、平和は脆くも崩れた。ティターンはレムリア北部全体を“蛮族の地”と認識している。北部は野蛮であり、文明から隔絶されている。
 当然のこととして、北部の部族を屈服させ、税を徴収し、奴隷を提供させ、殺生与奪を握ることは当然と考えた。
 ティターンには精霊信仰がなく、絶対神が信仰の対象となっている。ティターンには強い選民思想があり、ごく初歩的な優生思想もあった。

 半田千早は、こういった情報をテシレアから得ていた。テシレアの説明は要領を得ない部分が多いのだが、千早は彼女の知識で補いつつ体系化していた。
 この戦闘の直前には、半田千早、パウラ、アルベルティーナはティターン社会についての千早の仮説を共有していた。
 アルベルティーナは、なぜか戦闘には参加せず、保護した子供たちと一緒にいた。テシレアの年齢の子は数人しかおらず、彼らは荷を満載した水陸両用トラックの荷台にいる。
 アルベルティーナは、幼い子たちに「怖くない、怖くない」となだめながら戦いの終わりを待った。

「全車路上へ。装甲車前へ。
 半田車は最後尾」
 ラダ・ムーの命令の意図は明かだ。
「門を踏み潰す。
 キュッラ、健太、何があっても慌てないように。
 健太、後方を警戒」
 半田健太は、ボルトハンドルを手前に引き、MG3機関銃の装填を確実にする。そして、銃塔を回して、銃口を後方に向ける。

  ラダ・ムーは6輪装甲車の運転席に座るパウラに「城門を突破しろ」と命じたが、細かくは指示しなかった。
 パウラは城門まで急速に接近し、城門の直前で停止。その後、ゆっくりと頑丈ではない観音開きの木製門を押し倒した。
 その間、間断なく矢の掃射を受ける。
 6輪装甲車が止まった瞬間、大きな石が城門左右の監視塔から投げ落とされた。ルーフにあたった石は、塗装を剥がした。
 これがティターン軍本営に突入する際の被害のすべてだった。

 半田千早はティターン軍陣内に突入すると同時に、キュッラが軽装甲バギーの助手席側ドアを開けて、飛び出したことに驚いた。
 彼女の動きはガゼルのように俊敏で、味方とティターン軍将兵を唖然とさせる。

 防護柵に縛られている少女は、気を失いかけていた。上半身の衣服を剥ぎ取られ、鞭で背中を激しく打たれた。
 お腹がすいて、司令官の娘の食べ残しをつまみ食いしたからだ。昨夜の夕食のあとのことだ。娘の夕食は豪華だったが、少女は朝から食べていなかった。
 空腹は極限に達していた。
 キュッラが少女に走り寄る。
「大丈夫?
 いま、ほどくからね」
 言葉がわからないはずなのに、少女が頷く。キュッラはダガータイプの銃剣を左胸から抜くと、戒めを切り始める。
 巨漢がいきなり、キュッラに鞭を振り下ろす。キュッラは軽い身のこなしで鞭の先端を避けたが、運悪く戒められたままの少女の左腕にあたる。
 少女が「ギャッ」と悲鳴を上げた。涙の涸れた目で、少女がキュッラを見る。
 キュッラの怒りが爆発する。
 革製の鎧を着た禿の巨漢が、獲物を見定めたドラゴンのような目でキュッラを見る。彼から見れば、粗末な冑を着けているとはいえ小柄な少女でしかない。彼に脅威を与える存在ではない。
 キュッラが右太股に固着しているフォルスターから、9ミリ自動拳銃を抜く。
 乾燥した空気が振動しトワァーンという音を残す。
 禿の巨漢は、胸から血を流し、仰向けに倒れている。
 キュッラは、その巨漢が流した血だまりに足を入れ、片足で胸を踏むと自動拳銃の銃口を額に向けた。
 ドン、という音と同時に巨漢の額に穴が空き、後頭部が吹き飛んだ。

 ティターン兵は凍りついていた。身長は3分の2、体積なら4分の1しかない少女が、いとも簡単に歴戦の兵士を倒したのだ。しかも、剣を抜かずに。
 誰かが「魔法だ」と呟き、誰かが「魔女だ」と言った。
 そして、ティターン兵は戦意を失った。

「俯せに寝かせて」
 戒めを解かれた少女は、2人の衛生隊員が担架に乗せている。その間、キュッラは周囲を警戒する。
 右手に自動拳銃、左手には逆手に持つダガー。身のこなしに隙がなく、それは歴戦のティターン兵にもわかった。剣を手にしていても、迂闊に斬りかりはしない。
 体格の不利は、魔法で補える。歴戦のティターン兵たちは、魔法を発動するための呪文を聞き逃すまいと必死だった。

 衛生隊員が少女の治療を始める。鞭で打たれた背は痛々しく、少女の意識は混濁している。

 ラダ・ムーはキュッラの行動によって、彼が望む事態とは、かなり違う方向に動いていることに戸惑っていた。
 ラダ・ムーは、必要があれば救出を厭う気はなかった。可能ならば、平和裡に事を納めたいと。
 だが、すでに交戦しているし、突入と同時に戦闘が発生。だが、戦闘は1分と続かなかった。機関銃の斉射が、ティターン兵を震え上がらせたからだ。

 キュッラが強引に救出した少女に対して、華美な装いの少女が激しく何かを言い始めた。
 ラダ・ムーがカート・タイタンに通訳を求めたが、その前にテシレアが怒りを抑えた声で内容を話し始めた。
「この子は、あの子の奴隷だって。食べ物を盗んだ罰として、鞭打ちにしたんだって」
 アルベルティーナが即反応する。
「その子が盗んだ食料は、どこから手に入れたのだ?」
 テシレアが通訳すると、若いが成人の女性が怯えながら答える。
「私たちの食べ物を奪ったのよ!」
 テシレアが通訳する前に、アルベルティーナは意味を解していた。
「食べ物を奪えば鞭打ちか?」
 テシレアは同時通訳する。
「ならば、そなたも鞭打ちだな」
 テシレアは一瞬、通訳を躊躇ったが、声を絞り出した。彼女は、アルベルティーナが鞭打ちすると思ったのだ。
 パチパチパチと音がして、華美な装いの少女が泥の中に倒れる。
「確かに効くな。試したかったのじゃ」
 半田千早は唖然とする。アルベルティーナがスタンガンを手にしていたからだ。
 アルベルティーナがテシレアに「通訳せよ」と命じた。
「私〈わらわ〉は、ブリッドモア辺境伯の嫡男カリーの妃〈きさき〉じゃ。
 この下賤の娘は、不埒にも大声を出して我が耳を汚した。よって、罰を与えた。殺してはおらぬ、気を失っただけ。安心せよ」
 母親らしい女性が泥に膝をついて、華美な装いの少女を抱きかかえている。
 立派な軍装の男と、それに準ずる軍装の男が腰の剣に手をかけている。しかし、機関銃に狙われて動けない。
 尊大に振る舞うことにかけて、アルベルティーナに勝る隊員はいない。そもそも、下賤かどうかは、相対的評価でも絶対的評価でもない。単なる主観だ。しかも根拠はない。
 ようは言ったもの勝ち。このことを、アルベルティーナはよく知っていた。
「下郎、そなたが指揮官か?」
 ティターンの名門の出自である指揮官は、正直“下郎”と呼ばれて慌てた。
「余はティターンの名門……」
 アルベルティーナが遮る。
「蛮族の家系などどうでもよいわ!
 ウマの血統ほどの価値もない!
 こやつを跪かせよ」
 アルベルティーナがガレリア・ズームにスタンガンを渡す。ガレリア・ズームが悪戯な顔をし、ラダ・ムーがうんざりする。
 ガレリア・ズームが指揮官の背後に回り、右脚太股裏にスタンガンを押し当てる。
 指揮官は、一瞬で跪く。

 ティターンに捕らえられていたのは、10歳以下の子供たちと10歳代後半から20歳代前半の女性たちだった。
 この付近の住民だけでなく、遠方から連れてこられた女性もいた。彼女たちは心底から怯えていたが、アルベルティーナの尊大な態度に驚き、それに屈する指揮官を見て、勇気を振り絞り始めた。
 ティターンの捕虜たちが集まってくる。その数は20を軽く超える。顔に殴られた傷のある子供も。
 少しの間、彼らから発せられる振動は恐怖だったが、アルベルティーナの発言を聞きながら徐々に怒気に変わっていく。
 テシレアの通訳は、恐怖からなのか最初は小声だった。だが、だんだんと大きくなり、いまは声を張り上げている。
 アルベルティーナが「我らは奴隷を否定する!」と叫ぶと、子供たちを含めて「オーッ」と返答する。
「自由は誰にも渡さない!」
 捕虜は同意の声を上げ、拳を突き上げた。
 20歳代後半の女性が叫ぶ。
「復讐を!」
 だが、アルベルティーナは言下に否定する。
「復讐は無意味。復讐は復讐を呼ぶ。復讐を始めれば、復讐の輪廻にはまる。
 こやつらは野蛮な盗賊じゃ。
 賊を捕らえたのだから、罰を与えよう。
 テシレア、通訳せよ。
 盗みの罰は鞭打ちなのだな。ならば、兵を5選べ。その兵を盗みの罰として鞭打ちとする」
 司令官は逡巡したが、スタンガンで脅されると、目に付いた兵を指差していった。階級の低い兵ばかり。司令官は、名前さえ知らないだろう。
 アルベルティーナは、まったく躊躇わなかった。誰もが彼女の素早さについていけなかった。
 アルベルティーナは鞘を払うと同時に、司令官の喉を斬った。頸動脈が切断され、血飛沫が上がる。
「何という愚か者じゃ。
 己が命じた盗みの責を、下級の兵士に押し付けるとは。所詮、盗賊の親玉であった。
 違うか!」
 ティターン兵は震え上がった。異種の言はまったくの道理だし、兵士の誰かが鞭打ちにされることは理不尽だ。
 そして捕虜たちに向き直る。
「そなたたちの怨みは、私〈わらわ〉には果たせぬ。
 だが、盗みの罰は与えた。それで、よしとせぬか?」
 テシレアが「血飛沫姫、ありがとう」と。
 複数が頷く。複数は納得していない。

 司令官の次席と思われる磨き上げた胸甲の男は、無言でアルベルティーナを見ていた。その目は、復讐の意図を示していた。
 男性は意識を戻した司令官の娘を立たせると、部下に言った。
「抵抗するな」
 テシレアの通訳にアルベルティーナが微笑む。
「そうだ。
 抵抗しなければ殺しはせぬ。
 鞭打ちもしない。
 まず、武装解除する。すべての武器を捨てさせる。盗んだものは返してもらう。持ち主はここにいる。
 ウマや馬車は損害の賠償として、供出させる。
 着ているものは、脱がなくていい」
 テシレアは、すべてを訳せなかった。難しい言葉がいくつかあったからだ。
 だけど、意味はわかる。
 アルベルティーナは、武器を捨て、着ているものだけで出て行け、と言ったのだ。

 テシレアは不思議だった。アルベルティーナは、なぜ、重要な命令を発しているのか?
 隊長はラダ・ムーのはずなのに、彼女は差し出た行為をしているのではないか?

「私〈わらわ〉は約束はできぬ。
 この隊の長ではないし……。
 だが、数分は待ってくれよう。長は気長だからな。だが、いつ気が変わるかわからぬ。殺されたくなければ、武器をその場に捨てて走れ!」
 テシレアの翻訳を待ち、ラダ・ムーが笑う。そして、空に向けて自動小銃を連射する。銃声に驚き、ティターン兵が首をすくめる。
 ティターン兵はその場に武器を捨て、西側の城門に殺到する。

 城内のティターン兵は150ほど。馬車数輌とウマ40ほどが残された。
 ティターンの砦は守備兵の数と比べると、非常に広かった。それと、ここには村があった。農家が4棟と旅人宿が1棟。
 村の名はアスマ。東西と南北を結ぶ街道上にあり、この地方における交通の要衝だ。ここをティターンが抑えたことは理にかなっている。
 交通の要衝を抑えられたことから、ルテニ族を含むこの地方の諸族は、一気に経済的な苦境に陥ってしまった。
 そして、虐殺が起こる。
 生産した絹の生糸と絹織物の80パーセントを税として納めるよう要求され、ルテニ族は迷った。拒否したいが、拒否はできない。だから返答に迷う。軍事力では、到底かなわないからだ。
 この要求に対して、早期に屈した部族も多い。仕方ないと。だが、迷った部族も多い。その迷いを断ち切らせるため、ティターンはルテニ族の根絶を図った。
 そして、他の部族は震え上がった。

 砦には、ティターン兵でない成人の男性が10体ほど残っていた。
 テシレアは“北の商人”の言葉を解すが、同時にティターンの言葉も解す。だが、この10体の言葉は解さない。かなりの遠方から連れてこられたらしい。
 1体がティターンの言葉を解すので、どうにか意思の疎通ができる。
「ティターンは諦めない。必ず戻ってきて、皆殺しにされる。そのときは、一緒に戦うので、この砦で死なせてほしい」
 それが10体の希望だった。

 農家は分散しており、母屋や納屋はすべて燃やされていた。旅人宿は街道の交点にあったが、これも燃やされた。両親と姉妹、数体の従業員がいた。村の占領後、燃えた旅人宿は礎石を除いて撤去された。
 ティターンがこの宿に来たとき、両親と男性の従業員は殺され、姉妹と若い女性従業員は奴隷とされ、ティターン兵相手の娼婦にされた。生き残っていたのは、旅人宿の末の娘だけだった。
 村の農家の娘も1人が生き残っていた。
 2人は、ティターンへの復讐に燃えている。
 2人はアルベルティーナに復讐に手を貸すよう求めた。そういった話は、すべてアルベルティーナが引き受けた。
 結果、ラダ・ムーは、今後どうするかを落ち着いて考えることができた。

「厄介ごとは、アルベルティーナに任せた」
 ラダ・ムーの発言にターフの下で、小さな笑いが起こる。
「まもなく、提督が来る。
 その上で、今後の行動を決しよう。
 だが、現場を知る我々は、意見を統一しておく必要がある」
 半田千早が発言。
「ムー隊長、ティターン兵は戻ってくる。ここは交通の要衝なんだ。奪われて、黙っているはずがない」
 葉村正哉は、どう戦うかを問題にする。
「この砦を強化して立て籠もるか、野戦に打って出るか。
 立て籠もるなら、迫撃砲と無反動砲が必要だ」
 パウラが籠城を支持する。
「この砦の守備兵は200を超えていた。テシレアの言葉を真実とするならば、レムリア西岸の街カサラには5000はいる。
 カサラはシルクの交易で栄えた街らしい。東方フルギアもこの街を訪れていた。
 主要街道なら350キロ、間道を進めば300キロ。10日もあれば進軍してくる。
 ウマを取り上げたので、伝令は時間がかかる。軍の編制にも。だとしても、最短で本隊が到着するまで20日。私なら10日後には威力偵察させるよ」
 テシレアは、驚いていた。
 この地方では、女性の大半は絹織物の織子として生涯を終える。彼女のように商人の娘として、旅をするものは少ない。
 ティターンの女性は奔放だが、社会的な身分は低い。
 だが、無動耳族の女性は違う。女性も男性のように働き、戦う。
 半田千早が少し息を吐く。
「立て籠もるとして……」
 パウラが答える。
「包囲される。
 完全に。
 ここは守りやすい地形ではない」
 葉村正哉は包囲後の展開を予測する。
「籠城だが短期決戦だ。
 ヘリポートを造れば、包囲後も補給を受けられる。だが、時間をかけてはダメだ。物資を集積し、包囲されるのを待って、一気に決着を付ける」

 テシレアは、空気を切り裂くような音を聞く。本能的にターフの外に出た。空を怪物が飛んでいた。

 里崎杏は、マーニの操縦は荒っぽいという印象がある。それに、腰のスーパーブラックホークは邪魔ではないかと。少なくとも、パイロットの持ち物ではない。
 しかし、操縦は確かだ。船体が上下に大きく揺れる荒れた海でも、彼女は顔色を変えずに着船している。ホバリング状態での燃料補給もこなす。
 若いが凄腕のヘリパイロットだ。

 テシレアは舞い降りた怪物から、無動耳族が出てきたことにも驚く。
 そして、誰もが敬意を払う女性がいる。

「提督、お待ちしていました」
 ラダ・ムーはことさらに言葉を改めた。こういう状況下では“土佐湾以来の仲間”という感情は捨てるべきだ。
「状況は?」
「この砦を制圧し、ティターン兵を武装解除の上、放逐しました」
「空から見ると、ここは攻めやすく、守りにくい」
「ですが、迫撃砲があれば何とかなります。
 完全に包囲されますが、それがこちらには有利かと……」
「ティターン軍の装備は?」
「剣、槍、弓でした」
「投石器は?」
「見ていませんが、持っているでしょう」
「現地住民の代表は?」
「テシレアさんです」
 テシレアは驚いた。通訳はしているが、族長ではない。
「里崎です。
 テシレアさん、東の海岸の一部を使わせていただけませんか?」
「私、族長じゃない……」
「いいえ、あなたしかいません。
 多くのルテニ族が亡くなったいま、部族を率いるものはあなた以外にいないのです」
 父の教えを思い出していた。
「どのくらいの広さ?」
「この砦の倍ほど」
「いつまで?」
「満月から次の満月まで」
「ルテニの文字で約定書を作りたい」
「いいでしょう。
 同意します」

 マーニがヘリコプターの機外にいると、ルテニの子供たちが遠巻きに見ている。
 手招きすると、男の子が1人、ゆっくりと近付いてきた。そして、ヘリコプターを触り始める。
 すると、好奇心に負けたのか、子供たち全員が機体を撫でている。

 アルベルティーナがマーニに話しかける。
「操縦士殿は、この戦いどう見る」
「ビビったほうが負けだね」
「ビビる、とは?」
「怯える、怖じ気付く、かな」
「どのようにビビらせるのじゃ?」
「簡単だよ。
 ブ~ンって飛んで、ドン、ドンってやればいいんだ」
「そなたは、ハンダとは姉妹と聞いたが……」
「そうだよ」
「ずいぶんと違うのだな」
「よく言われる。
 この戦いは、相当にタフになるよ」
「そうじゃな。
 私〈わらわ〉もこれほど不利な戦いは初めてじゃ」
「逃げないの?」
「この子らを置いてか?
 あり得ぬ」
 マーニは、微笑んだ。
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最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
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2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

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