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第2章

第四五話 脅迫

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 黒魔族の東への移動は、ライン川方面で暮らす人々に重大な脅威となった。
 そして、この方面にはグリム旅団と名乗る私設軍隊がいる。多数の車輌、強力な武器、二〇〇を超える戦闘員を要している。
 ノイリンは、この集団の存在を早くから知っていた。陸路訪れる東方からの商人が教えてくれるのだ。
 この方面に精霊族や鬼神族は住んでいない。ヒトの人口も少ない。
 グリム旅団の母体は北の伯爵の一部で、黒魔族に捕らわれなかった連中が組織したらしい。軍隊を名乗っているが、実質は盗賊。
 各村を回って脅迫し、物資を供出させている。
 だが、黒魔族の東進によって、この一帯の人々はさらに東へと移動し、脅すべき相手を失ったグリム旅団は南西に三五〇キロも移動し、ソーヌ川東岸に達していた。

 我々は彼らの存在は知っていたが、彼らの動向はつかんでいなかった。
 そして、突然、北東八〇キロにあるヴィレの街から救援を求める使者がノイリンにやって来た。
 この街はソーヌ川西岸の丘陵にあり、街は二重の城壁で守られている。丘陵の周囲は人工的な湿地で、ドラキュロの侵入を阻んでいる。
 使者は四人で出発したが、二人はグリム旅団に殺され、一人はドラキュロに食われた。
 ノイリンにたどり着いたのは一人だけだった。

 そう、説明された。

 仮設の評議会議場で使者は水さえ飲まず、懸命に救援を求めていた。
 議場には、傍聴者も殺到している。
「三日前、ヴィレに盗賊の大軍が押し寄せました。
 普通の盗賊ではなく、車輪で走る戦車を持ちその戦車の砲は、城壁と城門をことごとく破壊するほどの威力がありました。
 城門は厚い装甲板でしたが、簡単に撃ち抜かれました。
 城壁は砲弾で……。
 何か所も崩され、盗賊の侵入を防ぐことはできなくなりました」
 質問が飛ぶ。
「ヴィレには、内壁があるだろう」
「内壁は無事です。
 それに内壁のことは知られていないようなのです。
 盗賊からリストが渡され、一週間で用意しろと。
 小麦や干肉などの食料だけならまだしも、若い女性一〇人、幼い子供二〇人という要求には応えられません!
 内壁が無事なうちに防備を固め、援軍を求めようと、ノイリンに来ました。
 助けていただけませんか?」
 また、質問だ。
「ヴィレは、黒魔族との戦いで兵を出さなかった。
 図々しくはないか!」
 俺には、男が少し慌てたように感じた。
「その通りです。
 私たちは、何も出しませんでした。
 勝ち目などないと思ったのです。
 おとなしく城内に立て籠もっていれば、もしかしたら見逃してくれるのでは、と考えたのです。
 今回も、我が指導者は女性一〇人と子供二〇人を集めようとしました」
 議場がざわつく。あまりの事なかれ主義に呆れかえる。
「ですが、街人有志で指導者を拘束しました。指導者には親衛隊のような私兵がいたのですが、激しく戦い殺しました。
 指導者も処刑しました」
 議場が静まる。
「隠し立てはしません。
 指導者の家族も処刑しました。娘と息子家族を含めた全員です。
 幼児もいました」
 議場は沈黙が支配している。
「ヴィレの街は長らく、オスモ一族が支配してきました。
 オスモ一族は大勢のならず者を雇っていて、街人が逆らうことはできません。
 ヴィレの街は、オスモのものでした。
 ですが、今回は三〇人ものヒトたちが……。
 住民の中にもともとあった熾火のようなオスモ一族に対する怒りが、突然爆発して暴動が起きます。
 オスモ一族は次々に捕らえられ、情け容赦なく殺されたのです。
 オスモ一族に対する怒りと恐怖から、幼児を含めた全員を殺しました。
 ノイリンには、戦上手の大将軍がいると噂で聞いています。
 ヴィレに住む私たちは、ノイリンならば助けてくれるのでは、と考えたのです。
 ヴィレには大した武器はありませんが、盗賊と戦います。
 どうか、助けてください」
 何人かが同じことを問う。
「ヴィレのいまの指導者は?」
「ライノです」
 誰かが問う。
「それは、どういう立場のヒトだった?」
「ヴィラでは数少ない自作農です。
 大半はオスモの小作なので……」
 傍聴席から「ヴィラの作物は何だ?」と。
「小麦と野菜、それとブタやニワトリを飼っています。
 耕作のためのウシやウマもいます」
 また傍聴席からだ。
「クルマは!」
「ありません。
 誰も持っていません」
 傍聴席から。
「銃は?」
「あります。
 人食いと戦うのに必要ですから……。
 弾も十分ではありませんが、あります。
 いままではオスモが管理していましたが、街人の男たちに配りました」
 さらに傍聴席から。
「一人一挺あるか?」
「いいえ、そんなには……。
 三人か五人に一挺……」
 議場がざわつき、深いため息が漏れる。そんな装備で、よく生き残ってこれたものだ。武器と移動手段を街人から奪い、オスモは小王国の専制君主のような存在だったのだろう。
 オスモの一族だけが対外的な折衝を担い、街人には情報を遮断する。
 小規模な集団では、しばしば起こってしまう現象だ。
 現状ではヴィレの住人が団結してグリム旅団と戦っても、簡単に攻略されてしまう。
 ヴィレの人々は戦い方を知らないだろうし、装備も貧弱だ。

 使者を宿舎に送り、宿舎には監視が付いた。

 議場はヴィレへの対応をどうするかで紛糾したが、見捨てるべき、との意見はなかった。
 ただ、グリム旅団の罠では、という意見は多い。
 使者の言はもちろん、使者自体を疑う意見もある。農民の体つきではないとする意見もある。
 ノイリンの主力を誘い出し、叩く作戦ではないかと。
 俺もその可能性は、低くない確率であると思う。ノイリンの主力を潰せば、ノイリンの生産力のすべてが手に入る。

 六輪のピラーニャ装甲車を保有するグループがいる。
 この世界で二〇年以上生き抜いてきた人々で、第一世代がグループを率いていた。しかし、第一世代の老いは隠せず、第二・第三世代の将来を考えて、ノイリンに合流していた。
 六輪のピラーニャは、六輌を保有している。いまだ、完動状態にある。二輌は七六・二ミリL23A1を搭載している。
 この砲はスコーピオンと同じで、砲塔の形状もスコーピオンに似ている。
 砲弾はすでに失っており、俺たちから供給することになった。
 金沢によれば、カナダのAVGPクーガーではないかとのことだ。
 残りの四輌には砲塔がない、兵員輸送型だ。

 このグループのリーダーは六〇歳代後半で、どこかの国の軍人だったようだ。
〝大佐〟と呼ばれている。
 彼は、かなりの自信家で、今回の作戦では主力を勤めると意気込んでいる。
 由加とベルタは、この会議には出席していないので、作戦は彼の独壇場だった。このグループは先の対黒魔族戦に参加しておらず、実力は不明。
 自己申告通りならいいのだが、もし違えば惨事になる。
 会議参加者の多くがそう思っているようだが、ノイリンでの発言力確保が目的なのか、それとも自己顕示欲が強いのか、その両方なのか、判断できないが、この作戦の指揮を執ると主張している。
 どうであれ好ましいことではない。

 俺は議事進行の過程で議題の一つとなった、砲弾の提供については、ヴァリオに促されて了承した。
 別のグループは、七・六二ミリNATO弾の供給を承知する。

 ヴィレ救援作戦は、即日開始となった。

 俺は残された少ない時間だが、金沢とともにヴィレの使者と会った。
 知りたいことは、グリム旅団の装備だ。装輪装甲車があるとしても砲を積んでいたということから、どんな車種なのか特定しないと危険だ。
 使者はミルコと名乗っていた。
 金沢が「盗賊の戦車がどんな種類か知りたいんだ。協力してほしい」と要請すると、使者は頷いた。
「車輪の数は?」
「六つ」
「この中に似た車輌はある?」と尋ねて、タブレットの画像を見せる。
「これが似ています」
 使者が同定したのは、九〇ミリ低圧砲を搭載したブラジル製EE‐9カスカベル装甲車だった。
 金沢が「何輌見ましたか?」と問うと、少し言い淀み「八輌」と答える。
 俺は、その数字に不審を感じなかった。八輌見たならば、一〇輌か一二輌あってもおかしくない。
 俺と金沢は「ありがとう」と礼を言い、使者の宿舎を辞去する。

 我々の居館の前では、一悶着あった。〝大佐〟が横柄だったのだ。
 アビーやアマリネが、この老人に食ってかかり、険悪な空気が流れたようで、何とイサイアスが二人を制止するという珍事があったそうだ。
 この老人の態度は最低で、砲弾の供給を受ける立場だというのに、引き渡しの責任者を務めたイサイアスに対して極めて高圧的な態度だったそうだ。
 AVGPクーガーの搭載弾数は少ないらしく、二輌で四八発を要求されただけだった。
〝大佐〟は齢〈よわい〉を重ねてきただけの人徳のない人物で、この作戦が成功する可能性は低いとイサイアスは判断した。
 その判断は、おそらく正しい。だが、我々がどうにかできることではない。

 ヴィレ問題をどうすべきかを問う緊急の全体会議が開かれた。
 年少者から「ヴィレのヒトたちを助けて」と繰り返し意見が出される。
 戦い慣れしているグリム旅団が相手では、ヴィレの街人は大きな痛手を受けて、屈服する以外にない。
 そして、ノイリンが送る増援部隊は、その実力がよくわからない。
 デュランダルが「偵察が必要だ」と言い、多くが賛成する。
 しかし、由加とベルタが「混乱を誘発するような部隊の派遣はできない」と意見する。
 斉木が「戦車一輌、装甲車一輌ならどうだろう」と発言。
 由加とベルタが「その程度ならば」と同意してくれた。
 金沢が「装甲の厚いチャーフィーはどうでしょう」と提案し、二人が了承する。
 装甲車はなかなか決まらず、ハームリンを使うことになった。
 ヴィレまでは悪路で、装軌車でなければスタックする可能性があり、装軌の輸送車がないことから即決定できなかった。
 ハームリンにおむすび履帯を取り付けて、今回の作戦に臨む。車高が高く、装甲が薄いので戦闘に不利なことから、本来ならこの任務には向かない。
 だが、仕方ない。他に車輌がないのだ。

 翌朝には〝大佐〟の作戦、と言っても一切中身のない勇ましいだけの言を不安に思ったいくつかのグループが、我々と同様に偵察隊を出すことにしていた。
 合議の結果、三グループが一輌ずつ出すことになった。
 装甲兵員輸送型ハーキム一輌、四八口径四七ミリ砲搭載ハーキム一輌、そして我々のチャーフィーだ。ハームリンは不参加となった。
 この作戦の目的は、ことの成り行きを確認することと、事後にノイリンが災難に遭わないことを確認することだ。
 自衛の戦闘は躊躇しないが、それを意図してはいない。あくまでも状況把握が目的だ。

 チャーフィーには、車長として俺が、操縦は金沢、砲手と装填手はチェスラックのグループから選抜されることになった。
 その理由だが、チャーフィーの砲身を四五口径長に換装したのだ。
 これで、演習弾では初速が秒速七五〇メートルに向上した。命中率もいいそうだ。
 この改造は、チャーフィーのテールヘビー解消策の面と、重装甲ドラゴンへの対策であった。
 初速の大幅な向上によって、徹甲弾の威力増大が期待できる。
 だが、今回は戦車対戦車の遠距離砲戦で役立つかもしれない。
 戦闘は極力避けるが……。

 我々三輌は、ロワール川東岸に沿って四〇キロ北進し、そこから七〇キロ東進する。
 ノイリンから六〇キロ東進してソーヌ川西岸に至り、三五キロ北進してヴィレに至るルートが最短だが、ソーヌ川西岸は盗賊が隊商を待ち伏せ攻撃することが多い。
 伏兵の配置に適した地形も多い。
 このことから我々は、ロワール川北進ルートを選んだ。
 また、グリム旅団に発見される可能性も少ないと判断した。

 一〇〇キロを二日かけて進んだ。日没まで三時間を切っていた。
 ヴィレの周囲は静かで、南の城門からは複数の車輌が出入りしている。
 その中にはカスカベル装甲車ではないかと思われる車輌もある。
 我々は丘陵の森の中に潜み、車体を擬装して、八〇〇メートル東のヴィレを観察している。
 使者の言は正しくないようで、ヴィレはグリム旅団によって完全に制圧されてはいないようだ。
 城内西側から銃声が聞こえてくるし、小口径砲の砲撃音さえする。

 ヴィレの周囲は湿地で、遮蔽物はなく、わずかな窪地程度しか地形の変化がない。湿地の先には麦畑が広がる。
 我々が潜んでいる丘の上の森を除けば、姿を隠せる場所が極端に乏しい。
 ヴィレは高台にあり、街の周囲は麦畑で、城壁の高楼からだと、晴天ならば周囲数キロの視程は確実にあるだろう。
 そして、いまは晴天だ。だが、太陽は西。我々は太陽を背にしている。

 ヴィレがたたずむ高台の中腹あたりから、かなりの人数が西に向かってくる。
 ヒトの列は途切れず、時間をかけずに数百人に達した。
 ヒトが牽くリヤカーのような荷車、背に荷物を背負う男、片手に荷物を持つ男。
 どう見てもヴィレから脱出する人々だ。
 だが、なぜ、真っ昼間なんだ。数時間で日没になるのに、なぜ、それまで待たない?
 それに、なぜ男ばかりなんだ。

 金沢が「北に砲塔付きが二」と言った。
 六輪の砲塔付き装甲車が、避難住民たちに向かっていく。
 六輪装甲車は、麦畑の外縁で停止した。湿地に進路を阻まれているのだ。
 ヴィレの避難住民は不規則な動きで、西に向かっている。つまり、我々がいる方向に。
 住民はこの湿地の抜け道を知っていて、目視確認しながら進むために日没の直前を選んで脱出を決行したのだ。
 彼らの動きがそれを示している。この一帯では、迷路のような待避経路はよくある防衛策だ。
 六輪装甲車と避難住民の先端との距離は、六〇〇メートル。後端とは三〇〇メートル。
 後端に向けて機銃掃射を始めるが、距離がありすぎる。
 先端に向けて主砲を発射するが、太陽の西日が邪魔をするのか、目標を大きく外れる。
 避難住民のほぼ中央で榴弾が炸裂。ヒトの身体の一部が空中に舞う。

 六輪装甲車と我々とは、一五〇〇メートルの距離がある。だが、有効射程内だ。
 それに、目標は停止していて、敵は我々の存在を知らない。
 注意深く照準する。
 ハーキムから無線が入る。
「後方の車輌、距離一〇〇〇、徹甲弾装填」
 ハーキムの連中は、撃つ気だ。それを止める術は俺にはない。
 最初の発射は四八口径四七ミリ砲搭載ハーキム戦闘車だった。
 初弾が砲塔に命中し、徹甲弾は装甲を貫徹。
 俺には躊躇いがあったが、戦闘は始まっている。腹をくくるしかない。
「AP装填、前方の車輌を狙う。
 デッ!」
 チャーフィー軽戦車も発射。初弾は最前部車輪に命中。行動不能にする。
 続いて、榴弾を発射。六輪装甲車の周囲にいた盗賊の行動を阻止する。
 南の城門から出てきた新たな二輌に対して、距離二〇〇〇で榴弾を三発発射。
 敵も反撃してくる。
 発砲炎で我々の位置を知られた。
 遠距離砲戦は一五分間続き、その間に多くの避難住民は丘陵へと続く西側草原地帯に逃げ込めた。

 俺はライノと名乗る男と対面している。森の中のわずかな草地。
 時間は日没後。
 気温は低く、吐く息は雪のように白い。
 ライノは我々に言った。
「お助けいただき、ありがとうございます。
 ですが、なぜ助けてくださったのですか?」
 俺が答える。
「ヴィレから救援を求める使者が来たのです。
 三日ほど前……」
「皆さんは、どちらの方々ですか?」
「ノイリンです」
「ノイリンに使者など送っていません。
 そのような余裕はなく、意を同じくする住民が力を合わせて反撃の機会をうかがっていたのです」
「使者は送っていない?」
「はい。
 ノイリンの街とはつきあいもありませんし……」
「やられたな」と俺が言い、金沢が「大佐殿は、どうなりましたかね」と答える。
 俺が「大佐?」と尋ねると、装甲兵員車型ハーキムの車長が、「あのじいさんは、大佐だって言ってましたよ」と教えてくれた。
 このグループは、七・六二ミリNATO弾を用立てている。
 金沢が「砲弾を受け取りに来たときなんですが、由加さんやベルタさんの階級をやたらと気にしていて、驚いたことに『下級将校は黙って見ていろ』と言い放ったんですよ」と。
「どうであれ、一杯食わされたようだ。その大佐殿の安否を確認しないと」と俺が言うと、戦車型ハーキムの車長が「ヴィレのヒトたちの安全を確保してからでいいでしょう」と答えた。
 言外に「どうせ死んでいる」との響きがある。
 正論だ。
 貧弱な武器しか持たない避難住民を放り出して、強力な兵器を持つ戦闘集団を助けるという選択肢はない。
 ライノは三〇歳代前半の男で、屈強ではないが指導力のある男に見える。
 彼が「あのう、使者というのは?」と尋ね、俺が「どうやら、ノイリンも襲う算段をしていたようです。一部が誘い出されて、だまし討ちに遭った可能性があります」と説明する。
 ライノはどう反応していいのかわからないようだ。
 そして、彼は言った。
「だまされたとしても、縁のない私たちを助けに来てくださったのですか?
 なぜですか」
「同じ人間同士、困っているなら助け合わないと」
 俺の言葉にノイリン住人全員が頷く。
 俺が「これから、どうします?」と尋ねると、ライノは「街を取り返します。いったん脱出し、銃を手に街に攻め入るつもりでした」と答える。
 ハーキム兵員輸送車の車長が「手伝いますよ」と言い、反対者はいない。
 俺はライノの顔立ちに不審を感じていた。この世界で代を重ねたヒトとは思えない。ヨーロッパ系かアラブ系ではないか、と。
 唐突だが俺は、「ライノさん、貴方はこの世界に最近やって来たヒトですよね」と問うてみた。
「えぇ、一二年前、二二のときでした。
 人食いに片腕を食いちぎられ、行き倒れていたところを、老夫婦に助けられたんです。
 よくしてもらい、畑も受け継ぎました」
「元の職業は軍人ですか?」
「はい。アフリカで兵隊をしていした」
「では、街を奪還する作戦は?」
「ありますよ」
「そうですか」

 これだけで察しは付く。ライノは街に仲間を残している。銃声のするあたりが、彼の仲間の拠点だろう。

 ヴィレの住民は、いざというときのために、離れた森の中に石造りの家屋数棟を建てていた。
 奪還作戦に参加しない、荷運び担当の老人や子供は、この家屋で寒い夜を過ごす。
 奪還作戦参加者は、二〇〇人を超える。最高齢は七五歳。最年少は一五歳。男も女もいる。

 半分が陽動で北門を攻め、半分は街内に地下の通路から入る。地下通路はいくつかあるらしい。
 やはり、街内には意を同じくする住民が立て籠もっている。

 翌朝、我々三輌とヴィレの住民が南門に迫ると、グリム旅団は逃げ遅れたか逃げなかった住民数人を、門の前に引きずり出し、彼らを人質として我々に降伏を要求した。
「農民ども、抵抗はやめろ。
 逆らえば、こいつらを殺す」
 見事な大声だ。
 盗賊の常套行為らしい。
 我々は、そんな脅しにはなれているし、そんな脅しが通じるほど人間らしさを残してはいない。
 人質を殺そうとしている輩を殺してしまえば、この問題は解決する。

 グリム旅団の背後には、カスカベル装甲車二輌が砲口を向けている。
 戦車型ハーキムが発砲、続いてチャーフィーも撃つ。
 カスカベル装甲車二輌を撃破し、街人は一気に街内に雪崩れ込む。
 装甲車を失ったグリム旅団兵士は、城壁内の麦畑を走って逃げる。
 陽動のはずが、街人は敵の残兵の追撃を始める。
 そして南側から、内側城壁内の居住区に突入。
 街内が不案内なノイリン側は、外側城壁南門に戻り、そこを確保した。
 結果として、グリム旅団兵士の逃げ口を塞いだ。

 ヴィレの街の住民は、容赦しなかった。
 銃声は南から北に向かって広がり、しばらくすると西から南に進んでくる。
 明らかに、誰かが誰かを包囲しようとしている。市街戦の情勢はまったくわからないし、わかりたくもない。
 ただ、外側城壁南門にたくさんの街人が避難してくる。そして、銃を持つ男女は、再び街内に戻っていく。
 明らかに街人側の攻勢が続いている。
 銃声は散発的に続き、制圧戦は四時間を超えた。

 街人はグリム旅団兵士たちよりも、はるかに残忍であった。降伏した盗賊は、両腕を切断して放逐する。
 ヴィレの街を盗賊が二度と襲わないように、襲った盗賊には最大限の残忍さで臨まなければならない。

 それは理解できる。

 だが、その残忍さが尋常ではないのだ。
 中世的というか、ライノもうんざりした顔をしているが、街人を止めようとはしない。
 グリム旅団兵士は、楽に死ぬために全力で戦うが、数が少なくなると捕縛される兵が増える。
 処刑は、外側城壁南門付近で行われた。
「助けて!」と男の絶叫が湿地に響く。

 外側城壁南門前に鉄柱がある。太さは直径二〇センチ。高さは三メートル。
 ここに四人が鎖でつながれた。グリム旅団の小隊長クラスだ。
 四人とも怯えきっている。一人の男はなぜか全裸だ。
 このほうがいい。今夜の寒さで死ねる。
 一人は口汚く街人を罵り、街人を脅してもいる。
 だが、明日の朝には生命乞いをしているだろう。
 全裸の男に汚れた筵〈むしろ〉が渡された。
 簡単に死なせないためだ。筵一枚で、この極寒に耐えるなど、非常時以外は考えられない。
 それも一晩ではない。幾晩も。死ぬまで……。
 今後、一切の水と食料を与えず、放置するそうだ。ここにはドラキュロは侵入できない。
 幸運であればドラキュロが食い殺してくれるが、そんな幸運はほとんど期待できない。
 ヴィレの街を襲えばどうなるか、その見せしめだ。

 グリム旅団兵士の半数は、街にはいなかったらしい。どうも大佐の部隊の迎撃に向かったようだ。
 我々は、砲塔付き六輪装甲車四輌を破壊した。
 四輌は原形をとどめている。彼らは四輪トラックや半装軌車も持っていた。
 助勢した謝礼として、四輪トラック三輌と荷台満載の小麦をもらう。
 大収穫だが、この街を一刻も早く立ち去りたい。

 残虐行為など、見たくない。

 ノイリンには同じ行程で戻った。
 案じていた通り、大佐の部隊は戻っていない。
 評議会議場で、どういうわけか俺がヴィレでの顛末を報告している。議長との一問一答だ。

「なぜ、戦闘になったのですか?」
「私たちがヴィレを遠望していると、街から街人らしき一団が脱出してきました。
 私たちのいる方向に向かって。
 北から装甲車が現れて、主砲と同軸機関銃を発射。
 見捨てられず、援護射撃しました」
「なぜ、ヴィレに行ったのですか?」
「グリム旅団という盗賊集団の実際を偵察するためです」
「戦闘するつもりだったのでは?」
「その意思は最初からありません」
「では、なぜ戦車を持ち出したのですか?」
「装甲が厚いからです。それと、もし万一戦闘になっても、生存率が高いですから」
「戦闘の可能性を考えていたのですね?」
「不期遭遇戦はどんなときでも考えています。今回は盗賊の領域に向かうわけですから、より確率は高いと判断していました」
 議長は「不審に思う方は!」と議場に問う。
 突然のことだったのか、誰も反応しない。
「報告を続けてください」
「ヴィレからの使者は、偽物だったようです。ヴィレでは、ノイリンに使者を送っていないそうです。
 これは、ヴィレの新指導者ライノさんから直接聞きました」
「では、なぜ大佐の部隊を捜索しなかったのです?」
「大佐とお呼びすればよいのですか?
 ヴィレへのルートは知りません。
 ただ、盗賊の待ち伏せ行為が度々ある、エスコー川上流西岸は使わないだろうと考えました。
 実際、我々は東の川東岸を北進しました。帰路はルートを変え、一応の捜索はしています。
 ただ、広大な一帯です。
 探し出せたとしても、偶然でしょう」
「持ち帰った小麦はどうしますか?」
「全部で四トンはあるでしょう。
 食料の少ない街人に分けてはどうでしょう」
「四トンの小麦ですよ。
 一財産だ!
 それを無料〈ただ〉で配ると?」
「それでいいと思いますが……。
 議長は困りますか?」
「いいえ、私は何も困りません」
「トラックは?」
「正直、ほしいですね。
 ですが、誰もがそうでしょう。
 車輌は足りないですから……。
 活用方法は、皆さんで考えてください」
 議長が俺を手招きする。
 議長が小声で言った。「ハンダ様、太っ腹を貫いてください。お願いします」
 俺が証言席に戻る。
 議長が咳払いをする。
「報告人の言葉に不審がある方はいますか?」
 若い男が手を上げる。
 議長が促す。
「どうぞ」
「祖父はどうなったのでしょうか。五〇人以上が帰ってきません。
 私たちのグループの働き手なんです。
 働き手全員が帰ってこないのです。
 どうしたらいいのですか?
 祖父は、大佐は勇敢な軍人です。盗賊ごときに負けるはずないんです」
 金沢が手を上げる。
 議長が告げる。
「カナザワ報告人」
「グリム旅団は、砲を搭載する装甲車、多数の四輪トラックと半装軌車を持っていました。
 トラックと半装軌車は、ソフトスキン、つまり非装甲です。
 装甲車は、元世界のものです。
 誰かから奪ったものか、誰かから買ったのかはわかりません。
 カスカベルという名で、主砲はコッカリルの九〇ミリ低反動砲でした。
 大佐の装甲車は、おそらくAVGPクーガーでしょう。
 主砲はL23A1七六・二ミリ砲。
 遠距離砲戦では、カスカベルに利があります。
 クーガーの射程外から攻撃できます。あの一帯は開けた場所が多いから、発見されやすいし、待ち伏せ攻撃を仕掛けられると、逃げ場がないんです。
 クーガーの射程外からカスカベルに狙われたら、どうにもならないでしょう」
 金沢の言いたいことはわかる。大佐が優秀な軍人であったかどうかよりも、搭載砲の性能差だとすれば、この若者が納得すると考えたのだ。
 だが違った。
「祖父のような立派な軍人が、盗賊と戦って負けるなどありえません。
 カナザワ報告人のグループが祖父に砲弾を供給したそうですが、不良品を渡したのではないですか。
 発射できない砲弾とか……」
 金沢が呆気にとられて口を開けている。彼がたまに見せる、名物のバカ面だ。
 若者が続ける。
「調査をお願いします!」
 議長が私を手招きした。
「ハンダ様どうします」と小声で問う。
「どちらにしても、大勢が行方不明なんです。放っておけないでしょう。
 捜索隊を出してください」
 俺が報告人席に戻る。
「それでは、捜索隊を送ります。
 捜索隊は、今回の戦闘とは無関係のグループで編成します」

 大佐の孫が発した言葉に、グループを超えて若い連中が憤慨している。

 捜索隊は翌日出発し、大佐が進んだとされるルートをたどった。
 やはり、ソーヌ川西岸を北進しようとしたようだ。

 捜索隊は二日で戻ってきた。
 四輌のAVGPクーガーを牽引して。
 四輌とも血糊が凄い。だが、弾痕はない。
 俺を見つけた捜索隊の一人が耳打ちしてくれた。
「東に五〇キロ付近で見つけた。一発も撃っていないよ。銃が車内のガンラックに残されていた。
 人食いに襲われたんだ。
 死体はまったくない。何人かは逃げたかもしれないけど、確認のしようがない。
 人食いに襲われたら、死体は出てこないからね」

 大佐の孫の発言は、遺恨を残した。
 各グループが供給した銃砲弾は、テストされ正常に発射した。
 評議会は、供与された銃砲弾の全量返却を命じ、そのように実行された。
 有力な働き手の大半を失った大佐のグループは、孫の発言から救いの手を差しのべるものがほとんどいない。
 それと、大佐の孫は納得していない。祖父を英雄だと信じていて、疑えないのだろう。
 誰かがドラキュロの襲撃に擬装したのだ、と主張し始めている。
 その誰かとは、我々のことだ。
 いまのところ誰も耳を貸してはいないが、いい状況ではない。この孫の言を利用しようとする輩がいる可能性だってある。
 俺たちは、誰からも好かれるいいヒトではない。

 ヴィレからライノがやって来た。
 ノイリンへの謝礼に訪れたのだ。
 小麦五トンを土産に!
 彼は議場で演説する。
 偶然、支援をした我々一四人全員の名をあげて、礼を言ってくれた。
 また、ノイリンで聞いたのだろう、グリム旅団に騙され、誘い出されて救援に向かった五〇余人に対しても、その気持ちに対して礼を言った。
 そして続けた。
「ヴィレは長らく鎖国状態でした。人食いを恐れ、盗賊を恐れ、黒魔族を恐れて息を殺して住む街でした。
 それだけではありません。
 ヒト、精霊族、鬼神族も恐れていました。
 ですが、これからは、皆様とも通商していきたいと考えています。
 ヴィレは豊穣の街。
 小麦はよく育ち、粒は大きく、おいしいパンが焼けます。
 どうか、ヴィレの復興にノイリンの力を貸してください。
 私たちは、ノイリンまでの新しい道を切り開きます。
 私たちが育てた小麦を輸出するための、協力をお願いします」

 ライノのノイリン訪問は、大佐がヴィレの解放に何らの関与をしなかったことを明らかにしてしまった。
 大佐の孫は、彼の空想に近い〝だったはず〟の出来事が、まったくの虚構であったことを暴露してしまう。
 砲弾は不良品、ドラキュロの襲撃は偽装、ヴィレの解放は大佐の功績。
 極めつけは、大佐を殺したのは、俺だと主張していたようだ。しかも、後ろから撃ったと。
 いや、俺は殺すべきと考えた相手なら、平気で後ろから撃つ。
 後ろから撃つ行為を卑怯だとは思わない。
 だが、大佐を殺す必要性は感じていなかった。
 不愉快な男だったらしいが、ただの年寄りだ。実際に戦闘になれば、どこかに隠れているタイプだし、邪魔になりはしない。

 結果として、大佐のグループはノイリンに居づらくなってしまった。
 大佐のグループ全員が大佐の信奉者だったわけではないようで、ノイリン残留派と退去派が対立し、いささかきな臭くなってきた。

 ある日を境に大佐の孫が姿を消す。
 そして、退去派が消滅し、全員が残留派となる。
 ノイリンでは、大佐の孫は殺された、と噂が流れる。
 残留派は噂を否定しなかった。

 ヴィレでの出来事は、ノイリンにとって後味の悪い結果となった。

 ヴィレからの使者、ミルコと名乗った男は、グリム旅団の戦闘員であることがライノらの証言と首実検で判明。
 現在はノイリンで監禁している。
 ヴィレからは引き渡しの要求があるが、ノイリンに応じる意思はない。
 グリム旅団の一部は逃走に成功した。残存戦力の分析のために、ノイリンにはミルコが必要だった。
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