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第2章
第四〇話 東方蛮族
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ノイリンにアムル人三〇〇騎がやって来た。
全員がドラゴンに乗っている。
収穫祭予定日の二日前。
収穫祭は中止になり、子供たちは悲しみ、大人たちは間の悪さに怒りを感じている。
ノイリン内郭へ入域するには、内濠に架かる石造の一橋を渡るしか方法がない。
この橋の警備は、各グループの持ち回りで行っている。
この時の警備担当はルミリー湖以南から移住した農民グループだった。
三〇〇ものドラゴンの出現に驚き、同時に明らかな戦支度の一団を入域させることを拒むと、アムル人は脅した。
「おとなしく、降ればよし。さもなくば、ドラゴンの足下に身を置くことになる」と。
彼らはその言葉を聞き、笑ってしまったらしい。
黒魔族の大軍と戦った農民に、アムル人の言い草は滑稽でしかなかった。
アムル人は怒り、「この城を明け渡せ。さもなくば皆殺しだ」と宣言する。
戦いは、一人のアムル人が一人の警備係に斬り付けたことから始まった。
元込単発で、騎乗したままのアムル人と、あからさまではないが相応の防御を固めた陣地とレバーアクション連発銃、そして三七ミリ対戦車砲を有する警備係とでは、守る側に利があった。
一時的にアムル人を圧倒し、城門を閉じ、守勢に回る余裕を作った。
だが、敵は三〇〇騎。一気に城門を破ろうとし、警護係はやむなく対戦車砲を発射。まぐれ当たりで、一頭のドラゴンの首を吹き飛ばす。
それに驚いたアムル人がいったん下がるが、仲間を呼び寄せて城門前を完全に封鎖した。
敵は四時間後には二〇〇〇騎に膨れあがっていた。五〇〇騎ほどがドラゴン、一五〇〇騎ほどがウマに鞍上している。
各グループとも勇ましいのだが、誰も交渉役に名乗り出ない。
そして、議論が進み誰を交渉役になるかを論じると、誰もが俺を見る。
最後には、勇ましい議論を反故にして、「ハンダ殿に一任する」と言い出す。
俺は通訳二人を伴って、城門を徒歩で出て、前衛のアムル人に近付く。
「私は半田。ノイリンを代表して、交渉に当たる。
責任者に会いたい」
通訳が短い。余計なことは言っていないようだ。
しばらくすると、見事な毛皮のコートを羽織った偉丈夫が現れる。髭を蓄え、長剣を下げている。
ドラゴンからは降りない。
俺が言う。
「立ち去ってくれないか。
無意味な殺生はしたくない」
「余は王だぞ。
跪け」
「その必要はない。我々は封建制を否定している」
「……。余は王……」
「それはわかった。君たちの社会が未成熟であることは理解した。
ここを立ち去れば、明日の朝、いつものように目覚められる」
通訳を介してはいるが、俺は強気だし、通訳はほぼ同時に訳してくれる。
アムルの王は、明らかに苛立っていた。ドラゴンに囲まれて怯えもせず、王の言を遮り、それを不敬とも思わぬ愚か者に対して。
アンティ、イサイアス、斉木、金吾が、スコープ付きライフルで、この王様の頭を狙っている。
その他、どれだけのライフルがこの王様の頭を狙っていることか、見当も付かない。
俺と由加のグループは、スプリングフィールドM14バトルライフル四挺をこの世界に持ち込んだが、そのうち二挺はマークスマン仕様でスコープが付く。
うち一挺は斉木が使い、もう一挺はイサイアスに盗られた。
斉木がアンティの〝結婚祝い〟と称してレミントンM700を贈ったからだ。
イサイアスは俺に〝結婚祝い〟を要求し、M14を受け取った。
中央低層平原で確保したイシャポール2A1の半数にもスコープが用意されていた。
これらは狩猟で使っている。この銃の何挺もが、この王様の頭を狙っている。
王様は俺に告げた。
「下郎、死ね」と。
王様が剣を抜くと同時に、数十発が発射される。
王様は剣を持ったまま旅だった。
この世とは異なる世界に。
これが、ノイリンとアムルとの抗争の本格的な始まりとなった。
アムル王ドーグの跡を継いだガイは、自分たちはノイリンよりも強いと確信していた。その根拠はわからない。単なる思い込みなのだろうが、根拠のない思い込みほど否定することが難しいものはない。
この事件の数日後、黒魔族一〇〇〇がノイリン近郊に進撃してきた。
明らかに威力偵察で、我々の出方を見るつもりだ。
飛翔型ドラゴンの存在は確認していないが、超大型および大型の重装甲タイプは二〇以上いる。
車輌数輌を伴い、他の黒魔族は歩行〈かち〉だ。
ノイリンからは、ハーキム戦闘車を中心に三〇輌ほどが出撃する。
誰もがにわか兵士で、決して勇敢な人々ではない。
我々は、シミターとセイバー、BTR‐DとBMD‐1、BTR‐80の五輌を出す。
ケレネスが兵を率いて同行を申し出たが、彼らは由加とベルタの訓練を受けていない。今回は、ケレネスと通訳のみとした。
ケレネスはかなり不満の様子で、彼の娘ファタは我々を罵倒した。言葉はわからないが……。
異教徒に侮辱されたと思ったようだ。
出発の直前、ファタが強引にBTR‐80に乗り込んだ。
ノイリン合同部隊は、北東方向に進んでいた。そして、黒魔族部隊は南西方向に進んでいた。
完全な不期遭遇戦であった。
先頭を進む四八口径四七ミリ砲装備のハーキム戦闘車と超大型重装甲四足ドラゴンが距離わずか一〇〇メートルで遭遇する。
どちらも深い森を出て、丘陵の丈の高い草原に出たところだった。
双方とも緩やかな丘の稜線を挟んでおり、互いの存在を視認できない。
そして、黒魔族のほうが先に稜線を越えた。開けてはいるが、草に隠れて相互に発見が遅れた。
黒魔族が若干高い位置、ノイリン部隊は低い位置におり、地の利は黒魔族側にある。
四八口径四七ミリ砲の徹甲弾は、超大型重装甲ドラゴンの額に命中したが、これをはじき返した。
双方とも急速に横に展開し、ノイリン側は迎撃態勢を、黒魔族側は突撃態勢となる。
横に展開したドラゴンに対して、中型装甲タイプには37ミリ砲を含めて有効だった。次々と命中し、突進してくる歩行の黒魔族には機関銃弾が浴びせられる。
シミターとセイバーのラーデン砲の威力は圧倒的だ。
突進してくる中小型ドラゴンはもちろん、黒魔族に対しても残虐と言える威力を発揮する。
近距離の不期遭遇戦は、一〇分ほどで決着が付き、すべてのドラゴンを失った黒魔族は北に向かって撤退していく。
追撃するが、彼らは分散して追撃をかわしヒトには真似のできない身体能力を使って我々の視界から消えた。
超大型重装甲ドラゴンは、俺が車外に出てRPG‐7の初弾を命中させ、デュランダルが同じ武器でとどめを刺した。
重装甲ドラゴンに対して、対戦車榴弾(成形炸薬弾)が有効であることがはっきりした。おそらく、粘着榴弾も効果がある。生産が容易で、軽量な兵器を開発すれば、重装甲タイプが増えても阻止できる。
俺は、黒魔族の死体を調べている。いつもの行動だが、なるべく損傷の少ない死体を見つけ、それを観察し、何らかの特徴を探し出そうとする。
黒魔族の身体はヒトによく似ている。外見は体毛に覆われていて、ヒトの姿からは遠いが、身体的特徴はチンパンジーやボノボよりもよく似ている。
だが、歯が異なる。ヒトの歯とはあまり似ていない。上顎犬歯は長いが、下顎犬歯は短い。ヒトよりも若干長い程度。頤〈おとがい〉は発達していない。
俺は黒魔族とヒトの身体的特徴の近似は、収斂進化ではないかと想像している。
黒魔族は霊長類であることは確かだし、霊長類の中ではヒトに近い。
だが、黒魔族とヒトが分化した時期は、チンパンジーやボノボよりも古いように感じる。ゴリラよりも古く、オランウータンよりも新しい、そんな順序だろうか。
黒魔族の頭部は、全体が体毛に覆われている。見た目の造作は、体毛の色を含めてゴールデンモンキー(キンシコウ)に似ている。吻部の突出が少なく、下顎も大きくはない。
眼が大きく、鼻は低い。鼻の形はニホンザルに似ている。
全体的にはかわいい顔立ちだ。
体格は、成獣で身長一五〇から一六〇センチ。痩身で、筋肉が発達している。手の構造はヒトに非常に近い。
足は比較的短く、胴が長い。
俺が黒魔族が装着している鉄製鎧を脱がしていると、デュランダルが近付いてきた。
「ハンダ、何かわかったか?」
「見てくれ」
「……」
「痩せているだろう」
「そ、そうだな」
「他の個体も痩せていた」
「それが?」
「飢えているんだ」
「黒魔族が飢えている?」
「あぁ、間違いない。
危険だ」
「食料目当てに襲ってくると」
「あぁ、見境なく」
「近隣に知らせたほうがいいか?」
「精霊族や鬼神族にも知らせよう」
今回の戦いはベルタが指揮した。自動的にベルタが指揮官として認識され、ベルタがBTR‐80から指揮した。
それがケレネスとファタには不思議だったようで、この点についてあれこれと質問があった。
ベルタはノイリンの住民から〝コマンダー〟と呼ばれている。由加とベルタは、戦闘において多くのノイリン住民から支持されている。
それと戦闘が統制されており、黒魔族の突撃を完全に制圧したことに驚いている。
ケレネスは、ファタと通訳のニエベに「ノイリンと戦えば、アムル人は全滅する」と語り、いまの言は他言せぬよう命じた。
それとケレネスは、ファタとニエベに由加とベルタが行っている訓練に参加するよう命じた。
収穫祭は延期に次ぐ延期で、中止と決まった。
子供たちは納得せず、年長者を中心に彼らだけのパーティを企画している。
黒魔族が飢えている兆候があることは、ノイリンの商館を通じて、精霊族と鬼神族に知らされた。
精霊族と鬼神族から使者が訪れ、断続的にノイリンとの協議が始まる。
この時期、斉木は飢饉に備えてジャガイモの栽培を奨励していた。
ジャガイモは東方ではなじみのある作物のようだが、この一帯での栽培は皆無だ。精霊族や鬼神族も栽培せず、食べることはない。
食す方法、調理方法が知られていないことから、斉木の努力は実を結んでいない。
しかし、我々の畑では、ジャガイモを大量に栽培している。
移住初期に作付けしたジャガイモが、たくさん採れた。意図せず人口が増えてしまった我々グループではあったが、斉木の適切な判断によって、飢えることはなさそうだ。
由加とベルタには、共通する傾向がある。料理が下手なのだ。
その二人が、ジャガイモをよく洗い、皮ごとくし形に切って、油で揚げ、少量の塩をかける。
フライドポテトだ。ロッテリアの皮付きフライドポテトに形と味がよく似ている。
フライドポテトは子供たちに大変な人気で、瞬く間にノイリン全体に知れ渡る。
その原動力となったのが、ノイリン中心部の酒屋兼立ち飲み屋だ。酒の肴としてフライドポテトが人気となり、精霊族や鬼神族も知ることとなる。
斉木は「種芋の確保ができない」と嘆いている。
彼の努力による大きな成果だ。
黒魔族に飢餓の恐怖が訪れようとしている頃、同じ危機に陥りかけている人々がいた。
アムル人だ。
ノイリン、シェプニノ、カンガブルなど、ヒトの街は、この事態に救援を求められれば応じないという判断はしない。
可能な限りの支援をする。
しかし、アムル人は救援を求めず、略奪という解決策に出た。
他者が得た収穫物を奪い、自らの糧としようとしたのだ。
小さな集落のいくつかが襲われた。
この時期、ヒトは先の黒魔族との戦いから、居住地の集約化が進んでいた。
身を守るために大集団化していたのだ。
襲われたヒトの村は、アムル人襲撃者を退けたが、犠牲が出ている。
このまま放ってはおけない。
もし、このバカどもが、精霊族や鬼神族の街や村を襲えば、彼らと我々との友好関係が破綻する。
ヒトの問題は、ヒトが解決しなければならない。
ロワール川上流、ノイリンから六五キロ南のカンガブルで、ヒトの問題を解決する会議が開かれることになった。
ノイリンからは、この地域に詳しいヴァリオ、アムル人をよく知るケレネス、戦〈いくさ〉と結論された場合を考え由加、そして俺、ノイリンからはその他一〇人以上が出席する。
さらに、商談グループも加わる。
俺たちは、三輌に分乗しクラウスの舟艇でカンガブル直近まで遡上した。
カンガブルは、想像していたような街ではなかった。
外周に濠を巡らせ、三重の城壁に囲まれ、石造りの家々が立ち並び、人口は一万を超えるという。
この地域最大のヒトの街だ。
ヒトは、大きく分けると〝異教徒〟と〝蛮族〟に分けられるのだが、どちらかと言えば蛮族の街だ。
だが、二〇〇万年後にやって来たヒトの由来を知ってもいる。
つまり、一度、ヒトのルーツを忘れたが、新たな移住者を受け入れて、精霊信仰を保ちながら、ヒトの由来を理解した人々なのだ。
ある意味、二〇〇万年後に最適に同化した人々だ。
政治体制は共和制だが、古代ローマのような貴族共和制に近く、元老院議員の世襲化、貴族資本家の富の独占、など歪な面も垣間見える。
この街の人々が、この地域一帯の火砲を独占的に製造している。
戦車もこの街で作られ、その一部が黒魔族の手に渡っていた。
だが、この街の戦車工場は倒産寸前らしい。その原因は、シェプニノ。
シェプニノがハーキム戦闘車を開発して以来、カンガブルに戦車を発注するヒト、精霊族、鬼神族が激減した。
そして、この会議には、シェプニノからも代表が訪れている。
俺は会議には出席せず、カンガブルの街を散策している。
会議会場の前には、カンガブル製の兵器が展示されている。
四八口径の四七ミリ砲、それを搭載した戦車、短砲身一五〇ミリ榴弾砲、二三口径七五ミリ軽榴弾砲(山砲)、レバーアクションのライフル、半装軌式の小型トラック、四輪の中型トラック、大型の四輪乗用車など。
ふと見ると、チェスラクが四八口径四七ミリ砲を見ている。
俺はチェスラクに近付く。
「例の四七ミリ砲だな」
「あぁ、これはノイリンでも作れる。
作れないのは、機関砲だ。
長い砲身が作れない」
「一二・七ミリの連装という方法もあるな」
「一二・七ミリ機関銃の複製は可能だ」
「四五口径クラスの七五ミリ砲はどう?」
「何に使う?」
「重装甲ドラゴンの装甲貫徹」
「機動性が劣るから、後ろに回られたら砲員は全滅だ」
「そうだな……」
そんな会話をして、チェスラクとは別れた。
カンガブルの街は、貧富の差が激しいように感じる。奴隷はいないと聞いているが、過酷な労働を強いられている人々はいる。
それと、明確ではないのかもしれないが、社会的階級の存在を感じる。
俺は、シェプニノは発展段階にある街だと感じたが、カンガブルは退行しつつある街のように思う。
俺は繁華街に近い市場を散策している。食料は多く、種類も豊富だ。
料理の屋台からは、上手そうな香りが漂ってくる。
前方から歩いてきた三人の男に道を塞がれる。
周囲には大勢がいる。
また、暴力の匂いはしない。
「貴方は〝種から燃料を作る種族〟の長か?」
唐突な問いだ。
「長ではないが、確かに〝種から燃料を作る種族〟と呼ばれている」
三人の男はフードを被り、顔がよく見えないが、二〇〇万年後において世代を重ねたヒトには見えない。
俺たちと同じ新参者だ。
「俺たちは移住第三世代だ。
この街で下層の暮らしをしている。
祖父母と親の世代は飢えで死んだ。
ここから抜け出したい。
ノイリンに行きたい」
「ノイリンでも労働は必要だ」
「ノイリンでは、平等な身分だと聞いた」
「その通りだが、働かざる者食うべからず、だ」
「働くし、俺たちは役に立つ」
「何の役に立つ?」
「爺さんたちから受け継いだ、機械と技術がある」
「どんな?」
「農業のための機械だ。
隠してあるんだ。
一緒に来てくれないか?」
俺は危険を感じたが、面白い話なので、同行することにした。
三時間以上歩く。
すでに城外だ。
彼らは城外に住んでいて、その生活環境は危険であった。
ドラキュロの襲撃を受けたら、ひとたまりもない。
俺に話すのは一人だけ。
「ここが俺たちの村だ。
畑はこれだけ。
ニワトリとヤギを飼っているけれど、いつもひもじい思いをしている。
子供の時からね」
一〇歳くらいの女の子がいる。
「この子を買いに、街の連中が来る。
この子の親と兄妹は、飢えと病気で死んだ。
ときどき、食べていけるならば、買われたほうがいいかもしれないと考えてしまう」
「何人いる?」
「八人。八人生き残っている」
「何人いた?」
「移住してきたときは、八〇人ほどだった。
一昨年が不作で、多くが死んだんだ。
俺たちだけでは、もう生きてはいけない」
「見せたいものとは?」
「こっちだ」
そこには、鉄製の大型コンテナが埋められていた。四〇フィートの標準コンテナが四つ。土中に半分埋め、その上から土を盛っている。
草が覆い、小さな丘のように見える。
農業用のトラクターが二輌。豊富な各種アタッチメント。小型トラックが二輌。
「なぜ、これを俺に見せた。
奪いに来るかもしれないぞ」
「それも考えた。
だけど、こいつがノイリンまで行って、確かめてきたんだ。
ノイリンのヒトたちは、誰のものも奪わないって!」
一人の男がフードを外す。見覚えがある。
フルギア人の奴隷が路上で保護を求めてきた際、俺に助勢してくれた男だ。
「貴方は、若い女性の奴隷を危険を顧みず保護された。
そして、仕事を与えたと聞いた。
貴方なら信用できると思った」
「その判断は間違いかもしれないよ。
で、これは動くの?」
「わからない。
古い機械だし……。
でも、手入れはしてきたんだ。
街の連中に奪われないよう、注意しながら……」
「私は当分、カンガブルの街に留まる。
それと、食料を届けよう。
ノイリンから二人が来る。
一人は農業の専門家、もう一人は自動車のエンジニアだ」
アムル人による襲撃事件は、我々にとっては意外な展開となった。
会議は延々と続いているが、俺はノイリンに無線で斉木と金沢に至急カンガブルに来るよう要請し、クラウスには俺が見たものを伝える。
クラウスは、「船が足りないな。もっと船があれば、ね」と言った。
その通りだ。船が足りない。
斉木と金沢は、ハームリンで水路と陸路を使い三日でカンガブルにやって来た。
斉木がトラクターを見ている。金沢はトラックを点検している。
金沢が「修理すれば、動くでしょう」と言い、斉木が頷く。
二人が持ってきたクッキーを子供たちが食べている。
男が「ノイリンに受け入れていただけますか?」と問い、斉木は「君たち次第だよ。ノイリンにはいろいろなヒトがいる。違いを受け入れて、互いに協力できるか、だよ」と答えた。
トラクターとトラックの搬出は、クラウスの指揮で実施されたが、カンガブルでは大騒ぎとなった。
ノイリンからやって来た会議の関係者が、カンガブル領域内に隠されていた車輌四を持ち去ろうとしているのだ。
カンガブルには軍事組織があるが、彼らは軽々に手出しできないと判断していた。クラウスはヴィーゼル1を持ち込んでいて、この長砲身機関砲を警戒していた。
八人は、クラウスとともに船でノイリンに向かった。
カンガブルは、情報の取得に力を入れており、アムル人勢力の動向についても継続して調査している。
アムル王ドーグの死後、アムル人勢力は四分五裂となっていた。
ドラキュロの襲撃により、現有勢力は一万から八〇〇〇に減じており、うち五〇〇〇はドーグ王家から離脱し、ドーグの息子ガイに従うのは一〇〇〇に満たない。二〇〇〇はドーグの後妻ネルガが率いている。
このネルガの集団が襲撃を繰り返していて、犠牲者が出ているが、どうにか撃退している。騎乗用ドラゴンの大半は、この集団が握っている。
ガイの集団は弱体で、一〇〇〇のすべてを統率している状況ではない。ガイ集団の中枢は三〇ほどと推測されている。
事実上、盗賊と大差ない。
残り五〇〇〇は、レータという女性が掌握している。
レータの集団は、蛮族、異教徒にかかわらず生存のための協力と援助を要請している。
ノイリンを含めて、彼らには協力を惜しまないとの連絡をしている。
五〇〇〇人の居住地を確保することは簡単ではないが、彼らはソーヌ川とローヌ川の合流部にある河川に囲まれた一帯に集結している。
ここは古いヒトの居住地だが、数百年前に放棄されていた。放棄された理由は水害だったようだが、同じような場所は他にもある。
五〇〇〇という大集団なので、この地は状況から判断すれば適地だ。
会議はネルガ集団の〝処置〟についてがほとんどだった。
この集団は暴力的で、また自分たちの暴力が通用すると考えている。
そして、レータ集団を裏切り者とし、同族への攻撃さえ行っている。
ノイリンにとって、最大の問題はネルガ集団で、この集団の活動範囲は我々の住地から遠くない。
直近で戦いが発生するとすれば、ノイリン対ネルガ集団であろう。
そして、アルム王ドーグを殺めたのはノイリンだ。
ノイリンは、明確にこの問題の当事者なのだ。各街は、ノイリンが始末すべきだと考えている。
四輌を回収したことから、会議開催地であることから中立であったカンガブルも、ノイリンに対して〝中立〟ではなくなった。
レータ集団は、各街が街の規模に応じた援助を行うことに決しつつあるが、ネルガ集団に関してはノイリンが責任を持つべき、との意見が大勢を占めつつある。
嫌な仕事、汚れ仕事は、誰もが嫌なのだ。
カンガブルからの移住者八人は、俺たちの居住地の近くに居を構えることになった。
それは斉木と金沢が望んだことで、大型の農業用トラクターと小型トラックが修理できれば、農作業の効率は飛躍的に向上する。
それに修理できなくても、このトラクターをモデルに、新造の可能性も生まれる。見本さえあれば、作るだけの技術はある。
彼らのために倉庫として建設中の煉瓦造りの建屋を、急遽住居にする改装が行われた。
冬が間近に迫っていて、暖炉の設置や、窓の増設など、簡単な作業ではないが、どうにか片倉が進めてくれている。
完成までは、我々の居館で暮らしてもらう。
最大の問題は、彼らの祖父母がどうやって鍋の中から重量物を運び出したのか、だ。
この点を尋ねると、まったく話がかみ合わない。
彼らは鍋の存在を知らないようだ。大型トラックに物資を満載して、二〇〇万年後に運んできた。
そして、かなりの距離を走り、エスコー川(ソーヌ川・ローヌ川)東岸に達したらしい。いささか信じがたい。
途中で物資を失いながら、カンガブルにたどり着いたときには、トレーラーを牽引していた大型農業用トラクターと小型トラック各二輌まで減じてしまったらしい。
だがそれだと、四〇フィートコンテナはどうやって運んできたのだ。
リーダーであるベルトルドは、四〇フィートコンテナは祖父母の代にカンガブル郊外で見つけ、雨露がしのげるのでそこを居所と定めた、と説明した。
そのコンテナの内部には、何もなかったそうだ。
居館の食堂で、一〇歳以下の四人の子供がスープとパンの食事をしている。
おいしそうに食べる姿が、胸を締め付ける。
リーダーのベルトルドは一八歳。レリオとアルリーは一七歳。
この三人でグループを守ってきた。成人もいたようだが、状況の苦しさに耐えかねて、去った。
トラクターとトラックを回収したことから、ネルガの一団に対する処理一切がノイリンに押しつけられた。
そして、その行為者は俺。
ノイリンの他のグループは、俺に対して相当に立腹している。
当然だ。
ヴァリオやチェスラクは呆れているが、クラウスは「農地の拡大ができる」と喜び、斉木は「来年は作物を輸出する」と張り切っている。
由加とベルタは「一気にカタを付ける」と。
本来、ヒト同士が殺し合う必要などない。なぜ、粗暴な行為をするのだろう。
俺には、ネルガという女性の行動と思考がまったく理解できない。
理解不能な相手に対して、どう処すればいいのだろう?
全員がドラゴンに乗っている。
収穫祭予定日の二日前。
収穫祭は中止になり、子供たちは悲しみ、大人たちは間の悪さに怒りを感じている。
ノイリン内郭へ入域するには、内濠に架かる石造の一橋を渡るしか方法がない。
この橋の警備は、各グループの持ち回りで行っている。
この時の警備担当はルミリー湖以南から移住した農民グループだった。
三〇〇ものドラゴンの出現に驚き、同時に明らかな戦支度の一団を入域させることを拒むと、アムル人は脅した。
「おとなしく、降ればよし。さもなくば、ドラゴンの足下に身を置くことになる」と。
彼らはその言葉を聞き、笑ってしまったらしい。
黒魔族の大軍と戦った農民に、アムル人の言い草は滑稽でしかなかった。
アムル人は怒り、「この城を明け渡せ。さもなくば皆殺しだ」と宣言する。
戦いは、一人のアムル人が一人の警備係に斬り付けたことから始まった。
元込単発で、騎乗したままのアムル人と、あからさまではないが相応の防御を固めた陣地とレバーアクション連発銃、そして三七ミリ対戦車砲を有する警備係とでは、守る側に利があった。
一時的にアムル人を圧倒し、城門を閉じ、守勢に回る余裕を作った。
だが、敵は三〇〇騎。一気に城門を破ろうとし、警護係はやむなく対戦車砲を発射。まぐれ当たりで、一頭のドラゴンの首を吹き飛ばす。
それに驚いたアムル人がいったん下がるが、仲間を呼び寄せて城門前を完全に封鎖した。
敵は四時間後には二〇〇〇騎に膨れあがっていた。五〇〇騎ほどがドラゴン、一五〇〇騎ほどがウマに鞍上している。
各グループとも勇ましいのだが、誰も交渉役に名乗り出ない。
そして、議論が進み誰を交渉役になるかを論じると、誰もが俺を見る。
最後には、勇ましい議論を反故にして、「ハンダ殿に一任する」と言い出す。
俺は通訳二人を伴って、城門を徒歩で出て、前衛のアムル人に近付く。
「私は半田。ノイリンを代表して、交渉に当たる。
責任者に会いたい」
通訳が短い。余計なことは言っていないようだ。
しばらくすると、見事な毛皮のコートを羽織った偉丈夫が現れる。髭を蓄え、長剣を下げている。
ドラゴンからは降りない。
俺が言う。
「立ち去ってくれないか。
無意味な殺生はしたくない」
「余は王だぞ。
跪け」
「その必要はない。我々は封建制を否定している」
「……。余は王……」
「それはわかった。君たちの社会が未成熟であることは理解した。
ここを立ち去れば、明日の朝、いつものように目覚められる」
通訳を介してはいるが、俺は強気だし、通訳はほぼ同時に訳してくれる。
アムルの王は、明らかに苛立っていた。ドラゴンに囲まれて怯えもせず、王の言を遮り、それを不敬とも思わぬ愚か者に対して。
アンティ、イサイアス、斉木、金吾が、スコープ付きライフルで、この王様の頭を狙っている。
その他、どれだけのライフルがこの王様の頭を狙っていることか、見当も付かない。
俺と由加のグループは、スプリングフィールドM14バトルライフル四挺をこの世界に持ち込んだが、そのうち二挺はマークスマン仕様でスコープが付く。
うち一挺は斉木が使い、もう一挺はイサイアスに盗られた。
斉木がアンティの〝結婚祝い〟と称してレミントンM700を贈ったからだ。
イサイアスは俺に〝結婚祝い〟を要求し、M14を受け取った。
中央低層平原で確保したイシャポール2A1の半数にもスコープが用意されていた。
これらは狩猟で使っている。この銃の何挺もが、この王様の頭を狙っている。
王様は俺に告げた。
「下郎、死ね」と。
王様が剣を抜くと同時に、数十発が発射される。
王様は剣を持ったまま旅だった。
この世とは異なる世界に。
これが、ノイリンとアムルとの抗争の本格的な始まりとなった。
アムル王ドーグの跡を継いだガイは、自分たちはノイリンよりも強いと確信していた。その根拠はわからない。単なる思い込みなのだろうが、根拠のない思い込みほど否定することが難しいものはない。
この事件の数日後、黒魔族一〇〇〇がノイリン近郊に進撃してきた。
明らかに威力偵察で、我々の出方を見るつもりだ。
飛翔型ドラゴンの存在は確認していないが、超大型および大型の重装甲タイプは二〇以上いる。
車輌数輌を伴い、他の黒魔族は歩行〈かち〉だ。
ノイリンからは、ハーキム戦闘車を中心に三〇輌ほどが出撃する。
誰もがにわか兵士で、決して勇敢な人々ではない。
我々は、シミターとセイバー、BTR‐DとBMD‐1、BTR‐80の五輌を出す。
ケレネスが兵を率いて同行を申し出たが、彼らは由加とベルタの訓練を受けていない。今回は、ケレネスと通訳のみとした。
ケレネスはかなり不満の様子で、彼の娘ファタは我々を罵倒した。言葉はわからないが……。
異教徒に侮辱されたと思ったようだ。
出発の直前、ファタが強引にBTR‐80に乗り込んだ。
ノイリン合同部隊は、北東方向に進んでいた。そして、黒魔族部隊は南西方向に進んでいた。
完全な不期遭遇戦であった。
先頭を進む四八口径四七ミリ砲装備のハーキム戦闘車と超大型重装甲四足ドラゴンが距離わずか一〇〇メートルで遭遇する。
どちらも深い森を出て、丘陵の丈の高い草原に出たところだった。
双方とも緩やかな丘の稜線を挟んでおり、互いの存在を視認できない。
そして、黒魔族のほうが先に稜線を越えた。開けてはいるが、草に隠れて相互に発見が遅れた。
黒魔族が若干高い位置、ノイリン部隊は低い位置におり、地の利は黒魔族側にある。
四八口径四七ミリ砲の徹甲弾は、超大型重装甲ドラゴンの額に命中したが、これをはじき返した。
双方とも急速に横に展開し、ノイリン側は迎撃態勢を、黒魔族側は突撃態勢となる。
横に展開したドラゴンに対して、中型装甲タイプには37ミリ砲を含めて有効だった。次々と命中し、突進してくる歩行の黒魔族には機関銃弾が浴びせられる。
シミターとセイバーのラーデン砲の威力は圧倒的だ。
突進してくる中小型ドラゴンはもちろん、黒魔族に対しても残虐と言える威力を発揮する。
近距離の不期遭遇戦は、一〇分ほどで決着が付き、すべてのドラゴンを失った黒魔族は北に向かって撤退していく。
追撃するが、彼らは分散して追撃をかわしヒトには真似のできない身体能力を使って我々の視界から消えた。
超大型重装甲ドラゴンは、俺が車外に出てRPG‐7の初弾を命中させ、デュランダルが同じ武器でとどめを刺した。
重装甲ドラゴンに対して、対戦車榴弾(成形炸薬弾)が有効であることがはっきりした。おそらく、粘着榴弾も効果がある。生産が容易で、軽量な兵器を開発すれば、重装甲タイプが増えても阻止できる。
俺は、黒魔族の死体を調べている。いつもの行動だが、なるべく損傷の少ない死体を見つけ、それを観察し、何らかの特徴を探し出そうとする。
黒魔族の身体はヒトによく似ている。外見は体毛に覆われていて、ヒトの姿からは遠いが、身体的特徴はチンパンジーやボノボよりもよく似ている。
だが、歯が異なる。ヒトの歯とはあまり似ていない。上顎犬歯は長いが、下顎犬歯は短い。ヒトよりも若干長い程度。頤〈おとがい〉は発達していない。
俺は黒魔族とヒトの身体的特徴の近似は、収斂進化ではないかと想像している。
黒魔族は霊長類であることは確かだし、霊長類の中ではヒトに近い。
だが、黒魔族とヒトが分化した時期は、チンパンジーやボノボよりも古いように感じる。ゴリラよりも古く、オランウータンよりも新しい、そんな順序だろうか。
黒魔族の頭部は、全体が体毛に覆われている。見た目の造作は、体毛の色を含めてゴールデンモンキー(キンシコウ)に似ている。吻部の突出が少なく、下顎も大きくはない。
眼が大きく、鼻は低い。鼻の形はニホンザルに似ている。
全体的にはかわいい顔立ちだ。
体格は、成獣で身長一五〇から一六〇センチ。痩身で、筋肉が発達している。手の構造はヒトに非常に近い。
足は比較的短く、胴が長い。
俺が黒魔族が装着している鉄製鎧を脱がしていると、デュランダルが近付いてきた。
「ハンダ、何かわかったか?」
「見てくれ」
「……」
「痩せているだろう」
「そ、そうだな」
「他の個体も痩せていた」
「それが?」
「飢えているんだ」
「黒魔族が飢えている?」
「あぁ、間違いない。
危険だ」
「食料目当てに襲ってくると」
「あぁ、見境なく」
「近隣に知らせたほうがいいか?」
「精霊族や鬼神族にも知らせよう」
今回の戦いはベルタが指揮した。自動的にベルタが指揮官として認識され、ベルタがBTR‐80から指揮した。
それがケレネスとファタには不思議だったようで、この点についてあれこれと質問があった。
ベルタはノイリンの住民から〝コマンダー〟と呼ばれている。由加とベルタは、戦闘において多くのノイリン住民から支持されている。
それと戦闘が統制されており、黒魔族の突撃を完全に制圧したことに驚いている。
ケレネスは、ファタと通訳のニエベに「ノイリンと戦えば、アムル人は全滅する」と語り、いまの言は他言せぬよう命じた。
それとケレネスは、ファタとニエベに由加とベルタが行っている訓練に参加するよう命じた。
収穫祭は延期に次ぐ延期で、中止と決まった。
子供たちは納得せず、年長者を中心に彼らだけのパーティを企画している。
黒魔族が飢えている兆候があることは、ノイリンの商館を通じて、精霊族と鬼神族に知らされた。
精霊族と鬼神族から使者が訪れ、断続的にノイリンとの協議が始まる。
この時期、斉木は飢饉に備えてジャガイモの栽培を奨励していた。
ジャガイモは東方ではなじみのある作物のようだが、この一帯での栽培は皆無だ。精霊族や鬼神族も栽培せず、食べることはない。
食す方法、調理方法が知られていないことから、斉木の努力は実を結んでいない。
しかし、我々の畑では、ジャガイモを大量に栽培している。
移住初期に作付けしたジャガイモが、たくさん採れた。意図せず人口が増えてしまった我々グループではあったが、斉木の適切な判断によって、飢えることはなさそうだ。
由加とベルタには、共通する傾向がある。料理が下手なのだ。
その二人が、ジャガイモをよく洗い、皮ごとくし形に切って、油で揚げ、少量の塩をかける。
フライドポテトだ。ロッテリアの皮付きフライドポテトに形と味がよく似ている。
フライドポテトは子供たちに大変な人気で、瞬く間にノイリン全体に知れ渡る。
その原動力となったのが、ノイリン中心部の酒屋兼立ち飲み屋だ。酒の肴としてフライドポテトが人気となり、精霊族や鬼神族も知ることとなる。
斉木は「種芋の確保ができない」と嘆いている。
彼の努力による大きな成果だ。
黒魔族に飢餓の恐怖が訪れようとしている頃、同じ危機に陥りかけている人々がいた。
アムル人だ。
ノイリン、シェプニノ、カンガブルなど、ヒトの街は、この事態に救援を求められれば応じないという判断はしない。
可能な限りの支援をする。
しかし、アムル人は救援を求めず、略奪という解決策に出た。
他者が得た収穫物を奪い、自らの糧としようとしたのだ。
小さな集落のいくつかが襲われた。
この時期、ヒトは先の黒魔族との戦いから、居住地の集約化が進んでいた。
身を守るために大集団化していたのだ。
襲われたヒトの村は、アムル人襲撃者を退けたが、犠牲が出ている。
このまま放ってはおけない。
もし、このバカどもが、精霊族や鬼神族の街や村を襲えば、彼らと我々との友好関係が破綻する。
ヒトの問題は、ヒトが解決しなければならない。
ロワール川上流、ノイリンから六五キロ南のカンガブルで、ヒトの問題を解決する会議が開かれることになった。
ノイリンからは、この地域に詳しいヴァリオ、アムル人をよく知るケレネス、戦〈いくさ〉と結論された場合を考え由加、そして俺、ノイリンからはその他一〇人以上が出席する。
さらに、商談グループも加わる。
俺たちは、三輌に分乗しクラウスの舟艇でカンガブル直近まで遡上した。
カンガブルは、想像していたような街ではなかった。
外周に濠を巡らせ、三重の城壁に囲まれ、石造りの家々が立ち並び、人口は一万を超えるという。
この地域最大のヒトの街だ。
ヒトは、大きく分けると〝異教徒〟と〝蛮族〟に分けられるのだが、どちらかと言えば蛮族の街だ。
だが、二〇〇万年後にやって来たヒトの由来を知ってもいる。
つまり、一度、ヒトのルーツを忘れたが、新たな移住者を受け入れて、精霊信仰を保ちながら、ヒトの由来を理解した人々なのだ。
ある意味、二〇〇万年後に最適に同化した人々だ。
政治体制は共和制だが、古代ローマのような貴族共和制に近く、元老院議員の世襲化、貴族資本家の富の独占、など歪な面も垣間見える。
この街の人々が、この地域一帯の火砲を独占的に製造している。
戦車もこの街で作られ、その一部が黒魔族の手に渡っていた。
だが、この街の戦車工場は倒産寸前らしい。その原因は、シェプニノ。
シェプニノがハーキム戦闘車を開発して以来、カンガブルに戦車を発注するヒト、精霊族、鬼神族が激減した。
そして、この会議には、シェプニノからも代表が訪れている。
俺は会議には出席せず、カンガブルの街を散策している。
会議会場の前には、カンガブル製の兵器が展示されている。
四八口径の四七ミリ砲、それを搭載した戦車、短砲身一五〇ミリ榴弾砲、二三口径七五ミリ軽榴弾砲(山砲)、レバーアクションのライフル、半装軌式の小型トラック、四輪の中型トラック、大型の四輪乗用車など。
ふと見ると、チェスラクが四八口径四七ミリ砲を見ている。
俺はチェスラクに近付く。
「例の四七ミリ砲だな」
「あぁ、これはノイリンでも作れる。
作れないのは、機関砲だ。
長い砲身が作れない」
「一二・七ミリの連装という方法もあるな」
「一二・七ミリ機関銃の複製は可能だ」
「四五口径クラスの七五ミリ砲はどう?」
「何に使う?」
「重装甲ドラゴンの装甲貫徹」
「機動性が劣るから、後ろに回られたら砲員は全滅だ」
「そうだな……」
そんな会話をして、チェスラクとは別れた。
カンガブルの街は、貧富の差が激しいように感じる。奴隷はいないと聞いているが、過酷な労働を強いられている人々はいる。
それと、明確ではないのかもしれないが、社会的階級の存在を感じる。
俺は、シェプニノは発展段階にある街だと感じたが、カンガブルは退行しつつある街のように思う。
俺は繁華街に近い市場を散策している。食料は多く、種類も豊富だ。
料理の屋台からは、上手そうな香りが漂ってくる。
前方から歩いてきた三人の男に道を塞がれる。
周囲には大勢がいる。
また、暴力の匂いはしない。
「貴方は〝種から燃料を作る種族〟の長か?」
唐突な問いだ。
「長ではないが、確かに〝種から燃料を作る種族〟と呼ばれている」
三人の男はフードを被り、顔がよく見えないが、二〇〇万年後において世代を重ねたヒトには見えない。
俺たちと同じ新参者だ。
「俺たちは移住第三世代だ。
この街で下層の暮らしをしている。
祖父母と親の世代は飢えで死んだ。
ここから抜け出したい。
ノイリンに行きたい」
「ノイリンでも労働は必要だ」
「ノイリンでは、平等な身分だと聞いた」
「その通りだが、働かざる者食うべからず、だ」
「働くし、俺たちは役に立つ」
「何の役に立つ?」
「爺さんたちから受け継いだ、機械と技術がある」
「どんな?」
「農業のための機械だ。
隠してあるんだ。
一緒に来てくれないか?」
俺は危険を感じたが、面白い話なので、同行することにした。
三時間以上歩く。
すでに城外だ。
彼らは城外に住んでいて、その生活環境は危険であった。
ドラキュロの襲撃を受けたら、ひとたまりもない。
俺に話すのは一人だけ。
「ここが俺たちの村だ。
畑はこれだけ。
ニワトリとヤギを飼っているけれど、いつもひもじい思いをしている。
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奪いに来るかもしれないぞ」
「それも考えた。
だけど、こいつがノイリンまで行って、確かめてきたんだ。
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そして、仕事を与えたと聞いた。
貴方なら信用できると思った」
「その判断は間違いかもしれないよ。
で、これは動くの?」
「わからない。
古い機械だし……。
でも、手入れはしてきたんだ。
街の連中に奪われないよう、注意しながら……」
「私は当分、カンガブルの街に留まる。
それと、食料を届けよう。
ノイリンから二人が来る。
一人は農業の専門家、もう一人は自動車のエンジニアだ」
アムル人による襲撃事件は、我々にとっては意外な展開となった。
会議は延々と続いているが、俺はノイリンに無線で斉木と金沢に至急カンガブルに来るよう要請し、クラウスには俺が見たものを伝える。
クラウスは、「船が足りないな。もっと船があれば、ね」と言った。
その通りだ。船が足りない。
斉木と金沢は、ハームリンで水路と陸路を使い三日でカンガブルにやって来た。
斉木がトラクターを見ている。金沢はトラックを点検している。
金沢が「修理すれば、動くでしょう」と言い、斉木が頷く。
二人が持ってきたクッキーを子供たちが食べている。
男が「ノイリンに受け入れていただけますか?」と問い、斉木は「君たち次第だよ。ノイリンにはいろいろなヒトがいる。違いを受け入れて、互いに協力できるか、だよ」と答えた。
トラクターとトラックの搬出は、クラウスの指揮で実施されたが、カンガブルでは大騒ぎとなった。
ノイリンからやって来た会議の関係者が、カンガブル領域内に隠されていた車輌四を持ち去ろうとしているのだ。
カンガブルには軍事組織があるが、彼らは軽々に手出しできないと判断していた。クラウスはヴィーゼル1を持ち込んでいて、この長砲身機関砲を警戒していた。
八人は、クラウスとともに船でノイリンに向かった。
カンガブルは、情報の取得に力を入れており、アムル人勢力の動向についても継続して調査している。
アムル王ドーグの死後、アムル人勢力は四分五裂となっていた。
ドラキュロの襲撃により、現有勢力は一万から八〇〇〇に減じており、うち五〇〇〇はドーグ王家から離脱し、ドーグの息子ガイに従うのは一〇〇〇に満たない。二〇〇〇はドーグの後妻ネルガが率いている。
このネルガの集団が襲撃を繰り返していて、犠牲者が出ているが、どうにか撃退している。騎乗用ドラゴンの大半は、この集団が握っている。
ガイの集団は弱体で、一〇〇〇のすべてを統率している状況ではない。ガイ集団の中枢は三〇ほどと推測されている。
事実上、盗賊と大差ない。
残り五〇〇〇は、レータという女性が掌握している。
レータの集団は、蛮族、異教徒にかかわらず生存のための協力と援助を要請している。
ノイリンを含めて、彼らには協力を惜しまないとの連絡をしている。
五〇〇〇人の居住地を確保することは簡単ではないが、彼らはソーヌ川とローヌ川の合流部にある河川に囲まれた一帯に集結している。
ここは古いヒトの居住地だが、数百年前に放棄されていた。放棄された理由は水害だったようだが、同じような場所は他にもある。
五〇〇〇という大集団なので、この地は状況から判断すれば適地だ。
会議はネルガ集団の〝処置〟についてがほとんどだった。
この集団は暴力的で、また自分たちの暴力が通用すると考えている。
そして、レータ集団を裏切り者とし、同族への攻撃さえ行っている。
ノイリンにとって、最大の問題はネルガ集団で、この集団の活動範囲は我々の住地から遠くない。
直近で戦いが発生するとすれば、ノイリン対ネルガ集団であろう。
そして、アルム王ドーグを殺めたのはノイリンだ。
ノイリンは、明確にこの問題の当事者なのだ。各街は、ノイリンが始末すべきだと考えている。
四輌を回収したことから、会議開催地であることから中立であったカンガブルも、ノイリンに対して〝中立〟ではなくなった。
レータ集団は、各街が街の規模に応じた援助を行うことに決しつつあるが、ネルガ集団に関してはノイリンが責任を持つべき、との意見が大勢を占めつつある。
嫌な仕事、汚れ仕事は、誰もが嫌なのだ。
カンガブルからの移住者八人は、俺たちの居住地の近くに居を構えることになった。
それは斉木と金沢が望んだことで、大型の農業用トラクターと小型トラックが修理できれば、農作業の効率は飛躍的に向上する。
それに修理できなくても、このトラクターをモデルに、新造の可能性も生まれる。見本さえあれば、作るだけの技術はある。
彼らのために倉庫として建設中の煉瓦造りの建屋を、急遽住居にする改装が行われた。
冬が間近に迫っていて、暖炉の設置や、窓の増設など、簡単な作業ではないが、どうにか片倉が進めてくれている。
完成までは、我々の居館で暮らしてもらう。
最大の問題は、彼らの祖父母がどうやって鍋の中から重量物を運び出したのか、だ。
この点を尋ねると、まったく話がかみ合わない。
彼らは鍋の存在を知らないようだ。大型トラックに物資を満載して、二〇〇万年後に運んできた。
そして、かなりの距離を走り、エスコー川(ソーヌ川・ローヌ川)東岸に達したらしい。いささか信じがたい。
途中で物資を失いながら、カンガブルにたどり着いたときには、トレーラーを牽引していた大型農業用トラクターと小型トラック各二輌まで減じてしまったらしい。
だがそれだと、四〇フィートコンテナはどうやって運んできたのだ。
リーダーであるベルトルドは、四〇フィートコンテナは祖父母の代にカンガブル郊外で見つけ、雨露がしのげるのでそこを居所と定めた、と説明した。
そのコンテナの内部には、何もなかったそうだ。
居館の食堂で、一〇歳以下の四人の子供がスープとパンの食事をしている。
おいしそうに食べる姿が、胸を締め付ける。
リーダーのベルトルドは一八歳。レリオとアルリーは一七歳。
この三人でグループを守ってきた。成人もいたようだが、状況の苦しさに耐えかねて、去った。
トラクターとトラックを回収したことから、ネルガの一団に対する処理一切がノイリンに押しつけられた。
そして、その行為者は俺。
ノイリンの他のグループは、俺に対して相当に立腹している。
当然だ。
ヴァリオやチェスラクは呆れているが、クラウスは「農地の拡大ができる」と喜び、斉木は「来年は作物を輸出する」と張り切っている。
由加とベルタは「一気にカタを付ける」と。
本来、ヒト同士が殺し合う必要などない。なぜ、粗暴な行為をするのだろう。
俺には、ネルガという女性の行動と思考がまったく理解できない。
理解不能な相手に対して、どう処すればいいのだろう?
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