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第6章

06-156 作戦発起

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「はっ……はっ……はぁっ……!」


そんなつい一ヶ月前のことを思い出しながら、息を切らして走る。





ーーーーー





あの衝撃的な佐倉先輩との出会いの後、僕は風紀室に連れて行かれたんだけど……それはもうめちゃくちゃに怒られた。
声を荒げはしないが、笑顔で静かに怒る佐倉先輩はものすっごい怖くて。
でも、かけられたのは全部僕の身を案じるような言葉ばかりで、どちらかというと僕が自ら殴られようとしていたことに怒っているみたいだった。

だって襲われるよりはマシだと思って……という言い訳は綺麗な笑顔で封じ込められ、僕は二度と自ら危険に突っ込むようなことはしないと約束させられた。
その時の有無うむを言わさぬ笑みが怖くて、この人には絶対に逆らうまい、と僕は神に誓った────。


(はず、なんだけどなぁ)


今の自分の状況に、思わず苦笑いがこぼれる。
たった一人で複数の鬼から追いかけられ始めて、もうすぐ5分になるだろうか。体力のない僕にしては頑張っている方だ。
休みもなく走り続けるのは簡単ではないが、どんどん痛みを増していく脇腹わきばらなんかより、『見つかったらすぐに連絡する』という佐倉先輩との約束を破ってしまっていることの方がよっぽど怖かった。


言い訳をさせてもらうなら、佐倉先輩の仕事の邪魔をしたくなかっただけなのだ。
空き教室に隠れていたところを鬼に見つかって、すぐに佐倉先輩に連絡を取ろうとはした。
けれどその時僕の頭によぎったのは、つい数分前に窓から見えた、誰かをお姫様抱っこしながら走る佐倉先輩の姿だった。
ネクタイを外してメガネをかけた姿は見慣れないものだったけれど、この僕が先輩を見間違えるはすがない。

きっと、風紀委員の仕事だったのだろう。
こんな色々ぶっ飛んでる鬼ごっこを現実に開催できるくらいだ。風紀があらかじめ対応策を立てていることはすぐに予想できる。────だからこそ。
僕が助けを求めたら必ず駆けつけてくれるとわかっていた。
そしてそれは、彼らにとって負担以外の何物でもないことも。


(……あと10分ちょっとくらいなら、自分でどうにか出来るよね)


そう自分に言い聞かせて、スマホをポケットにしまい込んだ。

……そのことを、今はちょっと───いや、だいぶ後悔している。





ーーーーー





ずっと走り続けて酸欠で頭がクラクラするし、そんなに多くない僕の体力はもう底をつきかけていた。
けれど、鬼はしつこく追いかけてきているから足を止めるわけにもいかない。
ていうか、追っ手の人数増えてない?もうほんと勘弁してよ……。

この鬼ごっこは、そもそも逃げる側が不利なようにできている。
鬼と逃げる側の人数比が2対1の時点で相当不利だが、新入生が捕まるたびゲームを抜けてしまうので、逃げる側はどんどん不利になっていくのだ。
今ちょうどゲーム終了10分前だから、ここまで残っている僕はラッキーでもありピンチでもあるということになる。


(ほんっと、クソゲー!)


最近は表では『可愛い雪見くん』を演じているのだから、心の中で悪態をつくくらいは許してほしい。
佐倉先輩も『ストレスが溜まったら心の中でボロクソに言ってやるのが1番ですよ』とか言ってたしね。
先輩の口から『ボロクソ』とかいう単語が出てきたことは、未だに信じられないけど。


「くっそ……どこに逃げた!?」

「裏手だ!右から回れ!」

「っ、どけ!雪見を捕まえるのは俺だ!」

「はぁ!?オレだよ!!2年はすっこんでろ!!」

「いやいや、先輩こそさっきまで別の子狙いだったじゃないですかぁ!?」

「そうだそうだ!僕はずっと一途に雪見きゅんを追いかけてるんだからな……!」


(全員お断りだよ!!!!)

特に最後の『雪見きゅん』とかほざいてた奴は、鳥肌立つからこれ以上近づかないでほしい。


不幸中の幸いというべきか、複数いる鬼たちは協力する素振りはなく、お互いに邪魔し合っている。
向こうが勝手に潰しあってくれるからこそ、僕もここまで逃げきれているのだ。
ああでも、いっそ協力してくれていたらルール違反で捕まっても無効にできたかもしれないのか……。
うん、今日の僕はとことんツイてないってことがわかった。


「あっ、いたぞー!」


まずい。前方からも鬼が現れた。
これはもう……『詰み』ってやつじゃない?
諦めの気持ちで乾いた笑いを浮かべ、走る速度を緩める。
前方の鬼と後方の鬼、どちらに捕まるのがまだマシだろうか。
最近、情報屋のようなことをしていたおかげで、上級生の顔もほとんど覚えているのは運が良かった。
頭の中の情報を照らし合わせて、一番『お願い』がひどくなさそうな奴を探す。……っていっても、ほぼ全員『ヤりたい』って言うんだろうけど。
あー、せめてキスとかだけで勘弁してくれそうな人いないかな……。


脳内で考えを巡らせている間も着実に鬼との距離が近づいており、ついに僕は足を止めた。
これ以上進むと前の鬼に捕まってしまうと思ったからだ。
かといって、止まっていたら後ろの鬼に捕まるんだけどね。

校舎の間の一本道、前後には鬼、そこそこ広さのある道だが両側には校舎の壁しかない。
完全に八方塞がりだ。


「はぁ……」


息を整えるために、あるいは憂鬱を吐き出すために。
空を見上げて大きくため息をつく。


(ああ、ヒーローみたいに空を飛べたらいいのに────)













「──────雪見!!!」
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