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第4章

第117話 湖水地域

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 鹵獲したトラック8輌は、180キロ走ってバマコの対岸にたどり着いた。サンカラニ川は、所々浅瀬があり、苦労はしたが渡れた。
 だが、水量の多いニジェール川には渡渉点はなかった。
 結局、対岸まで走ってしまった。対岸まで走って、ニジェール川を渡る手段がないことに気付く。いや、以前から知っていた。無視していただけだ。
 わずかな材木と空になったドラム缶で、大急ぎで筏を作る。
 俺の仕事は要領が悪い。いつも、後手に回る。

 新たに捕虜2を得たが、1人は兵卒、1人は将校。兵からはありきたりのことしか聞けなかった。
 将校は25歳くらいか?
 名はホレス・ウィーデン。リットン子爵の与力らしい。
 それ以上は、何を問うても答えない。自分が貴族であることを誇りとし、やたらと見下した物いいをする。

 俺は、白魔族、黒魔族、セロ(手長族)の捕虜を尋問してきた。それぞれに特徴がある。個体としても、種としても。
 ホレス・ウィーデンは、俺にはヒトとは思えない。
 とても面白い動物だ。物事の価値観が特殊なのだ。やたら“血統”という言葉を使う。ヒトの価値は血統で決まるそうだ。
 ホレス・ウィーデンは、ウィーデン公爵家の嫡男だと名乗った。ウィーデン公爵家は、救世主の都ソコトで第1の名家だと。
 俺に「下賎な輩が我に直言を求めるとは無礼」といい放った。それを聞いた言葉のわかる何人かが、大笑いをする。
 やたらと女性を見下す。
 半田千早に「おまえの血統では、我が床を温める役にも就けぬ。下がれ」と豪語。彼女がホレスの言葉を訳すと、ミエリキが激怒。
「こいつの竿を切ってやる!」と短剣を抜く。
 縛り上げられているホレスは、半田千早と王女パウラに押さえられ、ミエリキが腰の革製ベルトを切り、ボタンを外さず、ズボンの前を切り裂く。
 ホレスが怯えて、「やめろ」と小声で呟く。意図を察したのだ。負傷しているウーゴが余計な指示をする。
「竿よりも玉を切れ」
 半田千早が「睾丸を切り取れ、って」と余計な通訳をする。
 ミエリキとウーゴが、竿を切るか、玉を切るか、で口論となる。
 それを半田千早が茶化して通訳する。
 ホレスは怯えきった。
「おまえたちのような血筋の定かでないものが、私の身体を傷つけられると思っているのか!」と恫喝。
 王女パウラがホレスの負傷した足を強く握る。
 ホレスがギャーギャーわめく。

 これがニジェール川南岸での出来事だった。
 子供たちの残虐な遊びに興味のない俺は、ヒューイでマナンタリに向かった。

 オルカに村をタブレットで撮影した空撮映像を見せる。
 マルユッカが尋ねる。
「オルカ、あなたの村?」
 オルカが頷く。そして尋ね返す。
「村のヒトたちは?」
 マルユッカが俺を見る。俺が答えるしかない。
「村人の大半は、我々が村を訪れる前に殺されていた。
 地上に降り、我々が村に近付くと、リットン子爵の軍がいた。
 しばらくすると、火が上がったんだ。
 村の南側の家に火が放たれた。
 その家のなかには、殺されていなかった村人がいたようだ。
 村人の死体は、村の西にある林の近くに積み重ねられていた。
 埋葬はできず、火葬にする以外なかった。重ねられた遺体にガソリンを撒き、火を着けた。
 その後、土を被せて、埋葬した。
 残念だが……」
 俺は、家に閉じ込められていたヒトが女性ばかりであったこと。生きたまま火を放たれたこと。焼死ではなく、煙による窒息死であったことはいわなかった。
 だが、オルカは察していた。
「救世主は村を襲うと、何日も居座るの。そして、女の子にひどいことをする……。
 村の男たちの前で、村の女たちは辱められるの。
 誰が支配者なのか、わかるように……。
 黒羊は剣と盾、槍と弓のほか銃は少しだけ。
 救世主は、戦車や戦闘機を持っているから、どう足掻いても負けてしまう。戦っても無駄なの。
 救世主と戦えるのは、創造主だけだと思っていた。グスタフを除いては……。
 バンジェル島のみなさんと出会って、この世界には私たちとは違う掟で生きているヒトたちがいることを知った……」
 俺はオルカの目を見ていない。
「俺たちは、白魔族、きみたちがいう創造主を恐れている。
 ヒトを食う動物だからね。
 いま、西ユーラシアのヒトと他の種族は、団結して北サハラ地中海沿岸から創造主を排除しようと攻撃している。
 ヒトは優勢だ。
 だけど、創造主がこの地域にもいるとすれば、ヒトの攻勢は頓挫する可能性がある。
 だから、俺たちは東に向かっている」
 オルカが答える。
「東に向かえば、創造主と救世主がいる……」
 俺は言葉にはしなかった。救世主が邪魔をするなら、容赦なく排除する、と。

 この翌日、俺はノイリンに呼び戻される。この地のことは、半田千早たちに託さねばならなかった。
 捕虜を除く負傷者とともに、ミル中型ヘリコプターでバンジェル島に向かう。機内には、負傷したクスティとウーゴがいる。
 クスティ隊は、臨時にマルユッカが指揮することとなった。

 マルユッカは、バンジェル島にブルドーザーの派遣を要請する。
 バンジェル島は本格的な建設機械ではないが、ゴリアテ・トラクターをベースに開発した工兵作業機2輌を送ってきた。タンデム2人乗りで、車体前面にドーザーブレード(排土板)を備え、車体後部にクレーンを装備している。
 自衛用として、MG3機関銃を後部監視席上部に搭載している。
 マルユッカは、この2輌のゴリアテ作業機にマナンタリ⇔バマコ間に“道”を造るよう命じる。
 未舗装路だが、固定したルートになる。実走行距離350キロを10時間ほどで移動できるよう計画している。
 緊急時は、ヒューイを使う。
 マルユッカは、俺の指示を忠実に行おうとしている。
 空と大地しかなかったマナンタリに、中継基地以上の施設を建設している。
 マナンタリが、赤道以北アフリカ内陸への最前線になる。ケドゥグ中継基地からマナンタリまでの実走行距離400キロにも、未舗装ながら道を建設している。

 西アフリカに進出した西ユーラシアの人々は、クマンの領域を越え、内陸への進路を切り開きつつあった。

 ホレス・ウィーデンの尋問は、進んでいない。口が硬いのではなく、愚かなのだ、と半田千早は思い始めていた。
 会話が成立しない。ホレス・ウィーデンとの会話は、結果として“血統”や“家柄”に行き着いてしまう。
 血統がどうの、家柄がどうの、祖先がどうの、といった話題に陥り、そこから出られない。
 そして、女性を見下す。態度にも、言葉の端々にも、それが現れている。
 捕虜はバマコ北岸に捕らえているが、牢があるわけではなく、立木に鎖を回し、負傷していない足につないでいる。
 兵卒は、家族の元に返りたがっているが、足の銃創はひどく、動ける状態ではない。
 この兵卒への関心は低く、彼は尋問にも素直に答えた。
 関心は、異常にイライラさせるホレス・ウィーデンに集中している。

 ヒューイの副操縦士リアナが、ホレス・ウィーデンを“正気”にする名案を思い付く。
 それを半田千早に話す。
「ホレスに絡んでみよう」
 半田千早が呆れる。
「あんな鈍い男、からかってもしょうがないよ」
 リアナが説明する。
「血統とか家柄とか、どうでもいいことに話をすり替える。
 たぶん、誤魔化しているんだ。
 重要なことを知っていて、それを問い詰められないように、血統や家柄という意味不明の言葉を並べるんだ。
 脅して、話をさせるんだ」
「どうやって脅すの?
 銃を突きつけても、同じ話ばかりなんだよ」
「釣りをしよう」
「釣り?」
「そう。
 ホレスを餌にワニ釣りをするんだ。
 ホレスをヘリから吊して、ワニ釣りをする」
「危険じゃない?
 ヘリが川に引き込まれたら、たいへんだよ」
「ヘリが心配?
 ホレスなんてどうだっていいよね」
「ホレスはいいよ。
 ヘリが心配なんだ」
「いざというときは、ロープを切ればいい。
 ホレスはワニに食べられるけど、ヘリは無事だよ」
「やろう。
 アホな話は終わりにさせよう」

 ホレス・ウィーデンは、怯えきっていた。彼と直接会話できる半田千早とリアナが、彼をヘリコプターから吊り下げる、といったからだ。
 いままで、リットン子爵軍が捕虜やスパイに対して行うような苛烈な拷問は受けていなかったが、空中から吊り下げられた程度で祖国を裏切る気などさらさらないが、それでも空高く吊り上げられることは怖い。。
 ウィーデン公爵家は、国の統治をアルフォード伯爵家に譲ってはいるが名家中の名家だ。嫡子たる彼が行方不明である以上、必ず捜索隊が派遣される。
 例え、地の果てであろうと。
 どこから来たのかさえわからない賤しいものたちに捕らえられ、尋問される自分が情けなかった。

 半田千早とリアナは、深く考えてはいなかった。ただ、他の隊員と同じように、ホレス・ウィーデンの他者を見下す態度と言動に我慢ならなかっただけだった。
 震え上がらせられれば、まともな会話になると考えていただけだ。

 半田千早がホレス・ウィーデンの両手を縛る。リアナがヒューイの機体左側上部にあるホイスト(吊り下げ型のウインチ)にロープを取り付ける。
 ホイストのロープと、ホレス・ウィーデンの縛った両手をつなぐ。

 リアナがヒューイを上昇させると、ホレス・ウィーデンは空中で大きく揺れた。その揺れが収まるまで、少しの時間、リアナはホバリングを続ける。
 そして、ニジェール川中央へ、移動する。
 ホバリングし、高度を徐々に下げる。
 半田千早は、川面にワニが集まっていることを確認する。ホレス・ウィーデンにもわかっているはずだ。
 小型のワニ、といっても体長5メートル級だが、水面から後肢が見えるほどに垂直にジャンプし、ホレス・ウィーデンを咥えようとする。

 一瞬だった。超大型が立ち上がり、ホレス・ウィーデンの胸から下を口のなかに入れる。
 ヒューイが左に大きく傾く。
 半田千早は、揺れる機内から投げ出されるが、ハーネスに助けられる。
 そして、腰からマチェッテを抜く。
 ホレス・ウィーデンを吊しているロープを切る。
 半田千早は、スキッドにつかまり、機内に這い上がる。

 イロナは、半田千早とリアナの行為を叱責している。しかし、失った我が子さえ叱責したことのないイロナには、迫力がまったくない。
 だが、半田千早は泣いているし、年長のリアナは「愚かなことをしてしまいました」と謝罪する。
 イロナもこの世界でいう“ジブラルタルの言葉”がわかるので、言葉を解するがゆえホレス・ウィーデンとの接触が多かった半田千早とリアナのイラ立ちはよく理解できる。
 あれほど、不愉快な男にイロナは出会ったことがない。

 ホレス・ウィーデンが超巨大ワニに食われる瞬間は、バマコにいた多くが目撃した。
 その1人が、もう1人の捕虜、兵卒のジェイミーだった。
 彼は震え上がった。
 彼自身、自分は殺されても、ウィーデン公爵家嫡子ホレス・ウィーデンは絶対に殺されないと確信していた。
 彼の血統には、それだけの価値があると。

 ジェイミーにイロナ、半田千早、リアナが近付くと、彼は命乞いを始める。
「助けて、妻と子供がいるんだ。私が死んだら、妻と子は……」
 イロナが問う。
「どうなる?」
 ジェイミーは少し考えた。
「私は救世主ではない。ただの民衆なんだ。もし、私が死んだら、妻と子は路頭に迷う。私の国では女は働けない。女は家庭で、家事をし、子を産み、育てるものと決まっている。
 女ができる仕事は、娼婦だけだ。
 妻は娼婦となり、2人の娘を育てる。娘は年頃になったら、娼婦にされる」
 イロナが絶句する。
「そんな、理不尽な。女にだって、できる仕事はあるでしょう」
 ジェイミーは当惑している。
「私が、働いている女を初めて見たのは、銀羊の街を襲撃したときだった。
 畑仕事をしていた銀羊の女は、私たちの姿を見ると武器を握って戦った。
 私の国では、女は働かないし、戦わない」
 イロナが質問を続ける。
「救世主ではない、といったがその意味は?」
 ジェイミーは、少し考えた。
「救世主は、ウィーデン公爵、アルフォード伯爵、リットン子爵、ゴドウィン男爵、4家を頂点とする貴族の将校団のことだ。
 私たち兵卒は、単に徴兵されただけ。問答無用の徴兵なんだ。どの家の軍に徴兵されるかで、運命が決まる。
 ゴドウィン男爵軍は、兵を大事にすると聞いている。リットン子爵軍は、兵を使い捨てにする。
 それは、私が体験した。
 リットン子爵軍は兵を虐げ、その怒りを敵に向けさせるんだ」
 イロナは、ジェイミーとホレス・ウィーデンには明確な知的な差があると感じた。ジェイミーのほうが圧倒的に高い。
「徴兵される前の職業は?」
 ジェイミーは素直に答える。
「私は、自動車の修理屋を営んでいた。軍のクルマも扱っていたから、徴兵されないと思っていたのだが……」
 イロナが問う。
「救世主の戦車を修理した経験は?」
「ない。。
 トラックだけだ。
 トラックは1種類で、それ以外は作っていないので……。
 乗用車は2種類。乗り合いタクシーと、貴族がつかうセダンやフェートン。シャーシはトラックと共用で、貴族はボディを特注するんだ。
 私は、特注ボディは作っていなかったけれど、そういった貴族のクルマの整備・修理を請け負っていた」
 イロナが質問を変える。
「救世主について聞きたい。
 救世主の力関係は?」
 ジェイミーは、当然のことであるように、ほとんど考えずに話し始めた。
「ウィーデン公爵家は、最高の家柄だが実権はない。4家で最も下位だ。国の実権は、アルフォード伯爵家が握る。
 リットン子爵家は、実質的にアルフォード伯爵家の臣下だ。
 ゴドウィン男爵家は、アルフォード伯爵家ににらまれている。男爵家は、公爵家とも仲違いしていると噂されている。
 現在のゴドウィン男爵は、病弱だと聞いている。ゴドウィン男爵家を実質的に仕切っているのは、庶子で兄のレックスらしい。
 レックスは、22歳まで街で暮らし、庶民の暮らしを知っている。
 庶民が貴族をどう思っているかも……。
 最近、勢力を伸ばしているのが、ブリッドモア辺境伯。
 もともとは盗賊で、南の国境周辺の一角を支配している。
 辺境伯を名乗り、貴族のように振る舞っている。
 でも、公爵家、伯爵家、子爵家、男爵家は、血統が定かでないため貴族とは認めていない。
 しかし、勢力としては、貴族と同列だ」
 イロナは、救世主の国の名を尋ねる。
「救世主の国の名は?」
 ジェイミーは質問の意味がわからないようだ。
「国?
 名前?
 救世主の領地は、公爵領、伯爵領、子爵領、男爵領、辺境伯領の5つ。そして、都。大きな街は5つ。辺境伯領には大きな街はない。
 都の名はソコトだ」
 イロナは、救世主には統一した国家という概念がないことを察した。
 イロナはジェイミーが質問に応じている間に、可能な限り情報を引き出そうとした。
「湖水地域、を知っているか?」
 ジェイミーは、かなり考えてから答える。
「知っている。
 リットン子爵が一部を占領した。
 リットン子爵の末子が指揮している。
 ウィーデン公爵家は復権をかけて、嫡子を同行させたが、あなたたちがワニに食わせた。ウィーデン公爵には何人かの庶子がいるが、おそらくベイジルが出てくる。
 家督は、娘と叔父を結婚させ、その子を当主にするだろう。
 ベイジルがあなたたちと戦うことになる。
 救世主は領土が少なく、農作物の収穫量が限られる。
 だから、豊かな農地とそれを耕作する農民が必要なんだ。
 それで、アルフォード伯爵が湖水地帯に目を付けたんだ。存在自体は古くから知られていた。逃亡銀羊の土地だ。世代を重ねて技術を失った銀羊に価値はない。
 そんな銀羊が逃げ出したんだ。
 逃げた銀羊が、農地を開き、豊かな収穫を得ているという噂はかねてからあった。
 アルフォード伯爵は、その噂を確かめようとしている。
 作戦の初期は上手くいった。
 街や村を次々に落としたが、10日もすると進撃が止まったんだ。
 占領した村で噂を聞いた。南から北に流れる河畔に銀羊の村があるって、そこを襲った。
 村の場所ははっきりしなかったが、簡単に見つけた。
 あまりにも遠かったので、将校たちが話し合って、村人を皆殺しにしたらしい。
 農地も貧弱だったし……。
 貴族は、貴族以外をヒトとは思っていないんだ。
 貴族にとっては、私たちもヒトじゃない」

 イロナは、マルユッカと打ちあわせるためリアナの操縦で、マナンタリに向かう。
 その間は、ヒューイのパイロットであるバジャルドがバマコの指揮を執ったのだが、やたら厳しいおじさんで、少しだらけていた空気が一変した。

 マルユッカは、イロナの意見に当惑している。
「マルユッカ隊長、湖水地帯の一部を救世主が占領したようです。
 捕虜からの情報です。
 速やかに湖水地帯に進出し、我々の立場を明確にすべきです」
 マルユッカは、イロナの“我々の立場”に引っかかった。
「我々の立場とは?」
 イロナは少し微笑んだ。
「寛容と博愛」
 マルユッカが呆れる。
「そんなものが、救世主に通じるわけないじゃない!」
 イロナは怯まない。
「湖水地域のヒトを20人保護しました。
 そのヒトたちは、故郷に帰りたいと願っています。
 このヒトたちを湖水地域に送っていきます。
 寛容と博愛の精神で。
 しかし、湖水地域は救世主と名乗る武装勢力に攻撃されています。
 これを排除しない限り、20人は故郷に戻れません。
 ならば、ある程度の“戦力”を派遣すべきです」
 マルユッカは、戸惑った。戦力など存在しない。
「戦力っていっても……」
 イロナは、作戦を策定済みだった。
「スタッグハウンド装甲車です。
 各中継基地から集めれば、12輌あります。主砲は23口径76.2ミリ砲。対戦車榴弾と粘着榴弾を発射できます。
 対戦車戦闘が可能です。
 スタッグハウンド装甲車と私の装輪戦車があれば、一定の戦力になります」
 マルユッカが問う。
「兵員と物資の輸送は?」
 イロナは、それも考えていた。
「ゴリアテ・トレーラーは平地ならば、1輌で14トンの貨物を輸送できます。川沿いは、おおよそ平坦ですから、3輌あれば40トンは運べます。
 バマコの東200キロに中継基地を設けます。
 そこからならば、残り300キロ。行動距離の範囲内です」
 マルユッカが賛成する。
「バンジェル島の命令では、バマコまでの進出は許可されている。
 とりあえずバマコに物資を集めましょう。
 私は、バンジェル島に作戦の許可を得る」

 バマコに大量の燃料、食料、弾薬を集積していく。
 輸送車が足りず、ゴリアテ作業機まで動員するだけでなく、鹵獲した救世主のトラックも使った。
 ノイリン域内で使っている非装甲の1トントラックも投入した。
 陸送の総力戦となった。
 城島由加は、この作戦に乗り気で、西アフリカの食糧事情が徐々に悪化している現状では、実体はわからないものの、豊饒の地といわれる湖水地域との交易は非常に魅力だ。
 湖水地域が救世主の脅威に接しているならば、西ユーラシアから武器を購入してくれるかもしれない。
 西アフリカに食料を輸出する余裕がない以上、それを行える別な勢力を探さなければならない。

 王女パウラは、この作戦に並々ならぬ覚悟をしている。森の恵みは無尽蔵ではない。このままでは、クマン王国の民が飢えてしまう。グスタフのマルクスは、残っている畑から収穫し、新たな作付けをしているが、領土の南半分を失った現在、収穫量には限りがある。
 クマンがいう“北の国”は、食べ物を求めてこの地にやって来た。
 食料が足りない。
 クマン王国第4王女として、彼女はクマンのために働く意思を固めている。
 豊饒の地“湖水地域”との交流ができれば、食料を得られるかもしれない。
 だから、どんなに危険であろうが、湖水地域に行くつもりだ。

 4日でバマコへの物資集積を終え、湖水地域への進出の準備を整えた。
 我々が切り開いたバマコまでの道のうち、ピシェとケドゥグに対するセロの攻勢は日増しに激しくなっており、スタッグハウンド装甲車を他に回す余裕がない。
 その代替として、司令部はスカニア戦車の派遣を検討したが、装軌車輌では燃料消費が多く、作戦には不適と判断された。
 結局、スタッグハウンド装甲車は、8輌のみの参加となった。

 マルユッカは、マナンタリとバマコの指揮をバジャルドに託す。
 この壮年の陽気なパイロットは、重苦しい状況にあるマナンタリとバマコにはなくてはならない人物になっていた。
 マナンタリはバンジェル島から直線で700キロ、バマコは1000キロ。
 ヘリコプターでは、一気に飛べる距離ではなく、輸送機を飛ばしたくてもマナンタリとバマコには滑走路がない。
 バジャルドは、兵站補給の重要性をよく知っていた。マルユッカが建設したマナンタリ⇔バマコ間の“道”を大規模に改修し、本格的な道路に拡張した。
 ケドゥグ⇔マナンタリ間にも同様の道路をケドゥグ側から建設している。
 そして、マナンタリとバマコに1500メートル級の未舗装滑走路を建設中だ。
 この滑走路では、フェニックス輸送機を運用できない。しかし、その他の機種なら離着陸できる。
 スカイバンならば、まったく問題ない。物資輸送にも、人員輸送にも大いに役立つ。
 戦闘機や攻撃機も運用できる。

 マルユッカは、第2次深部調査隊を核に東方派遣隊を編制する。
 戦力の基幹は、スタッグハウンド装甲車で、物資輸送にゴリアテ・トラクター、人員輸送にヘグランド装甲車を使う。
 ゴリアテ・トラクターは、ニジェール川北岸に沿って東に進み、220キロ東に設営するマルカラ中継基地まで前進する。
 ゴリアテ・トラクターは、マルカラ中継基地まで東進し、湖水地域までは装甲車輌だけが進出する。
 救世主との接触は不可避で、戦闘の可能性を考慮している。

 出発が可能になっても、マルユッカとイロナは躊躇っていた。
 スタッグハウンド装甲車の粘着榴弾が届かないのだ。普通榴弾と成形炸薬弾はあるので、問題はないのだが、2人は一抹の不安を感じていた。
 保護した20人を乗せる人員輸送用トレーラーは、到着している。
 自動小銃が足りず、一部は短機関銃を装備していた。銃の不足から個人が所有する武器の携帯を認めた。
 というよりも、司令部配下の部隊は少なく、その結果、変わった武器が揃った。バレットの対物ライフルといったレアものもある。短機関銃では、M1A1トンプソン短機関銃がある。21世紀になって作られたレプリカで、非常に美しい銃だ。
 ミエリキがその銃に夢中になっている。
「いくらで売るか?」と価格交渉を始める始末。それほどの銃だ。

 ニジェール川に沿って、220キロ進み、テント1張だけのマルカラ中継基地まで進む。
 燃料を補給し、ゴリアテ・トラクターを切り離し、装甲車輌だけで湖水地帯に向かう。

 湖水地帯には、20以上の村や街、集落があるらしい。各住地の連携は弱く、国家としてのまとまりはない。
 湖水地帯は、ニジェール川北岸と南岸に広がるが、ヒトの住地は北岸に集中している。
 マルユッカ隊がこのまま東進すれば、ヒトの住地に至ることになる。
 そこには、救世主が居座っている可能性が高い。救世主の目的ははっきりしないが、食糧の確保は重要な任務だろう。
 戦車の有無ははっきりしないが、あると考えて対策を講じている。
 といっても、装砲車に対戦車榴弾、その他車輌にRPG-7を搭載している程度だが……。
 マルユッカの関心は、この作戦で犠牲を出さないこと。ノイリンに“軍人”はいない。軍事作戦や軍事行動は行うが、戦争を生業とする“職業軍人”はいない。
 誰もが生業に就き、生産や商行為でがんばり、家族を養っているのだ。ノイリンの“軍人”はボランティア。
 そうである以上、原理原則、誰も死んではいけない。

 マルユッカは、イロナと半田千早をニジェール川の河畔に呼んだ。
 狭いマルカラ中継基地内では、必ず誰かに聞かれてしまうからだ。
 マルユッカが懸念を口にする。
「湖水地帯の情勢がまったくわからない。
 少数の部隊で偵察したい」
 イロナが賛成する。
「私も不安に思っていました。
 若い隊員のなかには、勇んでいるものもいますが、実際の戦闘となると、犠牲者は避けられません」
 半田千早がイロナの話を訂正する。
「勇んでいるのは、誰も見たことのない東方に行くからなんだ。
 多くがセロとの戦いを経験しているから、戦闘を望んでいるわけじゃない。
 その反対かもしれない。
 これで、セロと戦わなくてすむ、って」
 マルユッカが躊躇いがちにいう。
「チハヤ、湖水地帯を偵察してきてくれないか?
 これは命令じゃない。
 相談だ」
 イロナが反対する。
「1輌では危険です」
 マルユッカが頷く。
「もう1輌付ける。
 チハヤに人選を任せる」
 半田千早が要求する。
「バギーがいい。もう1輌あるでしょ。5ドアの。あれがいい。
 それと、RPGは絶対に必要。
 救世主のクルマなんだけど、ボディがダッジのパワーワゴンに似ているの。ノイリンにもあるでしょ。
 似たクルマを農業班が使っている。
 だとすると、結構な走破性がある……。
 鹵獲車輌は、マナンタリとバマコの間で、輸送に使っている。
 結構、優秀だよ。あのクルマ。
 だけど、バギーならば追撃を振り切れる」
 マルユッカが決断する。
「バギーSとバギーLで、東300キロまで進出。
 両車には、RPGを装備する。
 危険な任務になる。志願者を募ろう」

 半田千早は、隠密裏の偵察をマルユッカから相談されたことを、ミエリキと王女パウラに話す。
 ミエリキが「一緒に行くよ。私も志願する」と即断すると、王女パウラも同調する。
「私も行く。無線操作の訓練も受けたし、通信士として頑張るよ」

 マルユッカは、アクスムに指揮官になって欲しいと相談する。
「アクムス、部隊を進める前に東を偵察したい」
 アクムスが尋ねる。
「私に行け、と」
 マルユッカが頷く。
「危険な任務で、強制はできない」
 アクムスが微笑む。
「あと、300キロくらいなら、いつでも行きますよ」
 マルユッカが下を向く。
「今回は、銃を使うことになるかもしれない」
 アクムスがマルユッカを見る。
「私が行かなければ、あなたが行くことになる。それは避けたい。
 私が行こう」
 マルユッカが戸惑う。
 アクムスの言葉をどう解釈したらいいのかわからないのだ。

 アクムスのほか、村を全滅させられたオルカが志願。フリアンという東地区の男性、カトカという湖水地帯の女性が手を挙げた。
 フリアンはバギーLのドライバーを勤め、カトカが道案内をする。カトカは20代で、射撃がうまい。
 オルカとカトカには、7.62×39ミリ弾を発射する、ノイリン製の単にカービンと呼ばれている半自動小銃が渡された。U.S.M1カービンから派生した銃だ。

 バギーSとバギーLは、東を目指す。半田千早はかなりの高速で走行しているが、フリアンは確実に追従している。
 湖水地帯まで50キロの位置まで達したら、速度を落とし、隠密裏の行動に移る。
 救世主を観察し、特に戦車の有無を確認する。
 それが、アクムス隊の任務だ。

 湖水地帯に20キロまで近付くと、ニジェール川の幅が広くなり、分流も増える。中州が多くなり、大きいものはちょっとした島だ。
 水量も増しているようで、川の流れがよくわかる。流速が速いのだ。
 アクムスが停止を命じ、ブッシュのなかに車体を入れる。
 2輌から6人が降りる。ミエリキだけは、周囲を警戒するため銃塔に残る。
 カトカが説明する。
「このまま東に向かうと、湖水地帯で一番西にある街バルカネルビに着く。
 私の村は、もっと東。
 バルカネルビは小さな街で、最初は逃げる途中立ち寄るつもりだった。でも、追っ手が迫っていたし、街からは煙が……。
 救世主が火を放ったのかもしれないから、そのまま西に向かったんだ」
 アクムスが尋ねる。
「バルカネルビより西には、ヒトは住んでいないの?」
 カトカの答えは明確だ。
「ヒトが住む、街、村、集落はない。
 バルカネルビは西の要なんだ。
 もし、バルカネルビが占領されていたら、湖水地域全体が救世主に支配されている可能性がある」
 アクムスが訝る。
「カトカ、きみはただの村娘じゃないね」
 カトカが答える。
「私は、湖水地帯を束ねるココワの行政府から村役場に派遣されていた行政官」
 アクムスが問う。
「湖水地帯は、国家か?」
 カトカが首をひねる。
「国家、とはどういうものかわからないけど、ココワを中心に、各村や街が連携している。特定の権力者はいないの。小さな集落の要望でも無視したり、ないがしろにしないよう合議制でいろいろなことを決めている」
 王女パウラがいった。
「街や村の連合国家ね。
 クマンの制度とは違うけれど……」
 カトカは問題点を指摘する。
「救世主に対する方針は、何年も決まらなかった。外敵を団結して排除しなければならないのに、血を流すのは嫌だと、多くの街や村が戦いを拒んだ……。
 結果、侮られ、今年はひどい目に合わされている」
 アクムスは、気付かれぬようバルカネルビに近付く方法が知りたかった。
「バルカネルビの街を身を隠したまま観察できる場所はないか?」
 カトカは少し考えた。
「街の北にほんの少し高い丘がある。その丘は木に覆われているから、身を隠せる」
 アクムスがいう。
「よし、その丘に行こう。
 全員乗車」

 カトカは、バルカネルビ周辺の地形をよく知っているわけではなかった。
 街を見渡せる、とされた丘は、街から近すぎて、偵察には不向きだった。
 街は、人口2000ほど。400戸ほどの街だ。街の周囲には、城壁や濠がない。外敵の襲撃を想定していない街の造りだ。
 半田千早とアクムスは、ブッシュに隠れ、街を俯瞰している。丘は周囲よりも頂上で5メートルほど高いだけで、2人は1メートルほど下がった中腹にいる。
 斜面は全体的になだらかだ。

 2人から80メートル離れた位置に、小さな流れがある。小川ではなく、側溝のようなものだ。水が澄んでいて、下水ではないようだ。
 側溝のような流れの反対側には家が立ち並ぶ。側溝と家の間には、車輌がすれ違えるほどの道がある。家々に塀はなく、開放的な雰囲気だ。
 半田千早は、図書館のパソコンで見た、イギリスの田舎の村のようだと感じた。
 その側溝を背に、老人と若い女性が並ばされている。幼子を抱いた母親や母娘で抱き合う姿もある。
 人数は30に達する。

 彼らの前には、乗馬用の短鞭を持ち、それをニッカポッカ風軍服の太腿に打ちつけながら、大柄な男が何かをいっている。
 銃を持つ兵は10ほど、1人はルイス軽機関銃を構えている。小銃兵は着剣している。
 銃剣は剣型ではなく、スパイク型だ。ヘルメットは被っておらず、ギャリソンキャップ風のつばのない略帽を被る。軍服はダブルのジャケット型で、腰に弾帯を巻いている。

 指揮官らしい軍帽を被る男が小柄な女性の前に立つ。女性は後姿しか見えず、表情はわからない。指揮官らしい男は、怒鳴っているようだ。
 その男が、小柄な女性の顔を鞭で打った。

 半田千早は我慢できなかった。AK-47のコッキングボルトを引き、装弾する。
 彼女はアクムスがとめると思った。だが、アクムスも、ゆっくりとコッキングボルトを引く。
 半田千早とアクムスは、どちらもヒトに向けて銃を撃ったことはない。
 戦うべきときは、戦わなければならない。2人の意思は固まりつつあった。 
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