200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第4章

第101話 ズルイ

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 子供たちは、少しでも不公平を感じると“ズルイ”という。弱い嫉妬の意味があり、若干の抗議と現状を容認する意思も含む。
 半田千早が幼い頃、この“スルイ”を多用していた。それをマーニが真似、他の子供たちが続いた。
 日本語の“ずるい”と、この世界の“ズルイ”は概念としての意味はほとんど変わらない。が、微妙に違う。
 そして、今宵の宴に招かれない幼い子供たちは、全員が“ズルイ”を連発して抗議した。宴が開かれる今宵、子供たちは中央地区の民間宿泊施設に泊まることになっていた。
 抗議の結果、子供たちは21時までを条件に、参加が認められた。大人たちは、子供たちが視界内から遠ざかることを恐れてもいたからだ。
 居館に在住で、在宅の全員が拡張された大食堂に集まった。居館から転居していた、輸送班のクラウス、機械班のチェスラク、交易班のケレネスは、宴会の主旨から出席を遠慮した。
 俺は、いつもなら遠慮なしに現れる彼らが、出席しないことに一抹の不安を感じた。
 もし、感情的な問題が発生しているならば、取り除かなくてはならない。
 それと、須崎金吾、チュール、ネミッサ、アビー、ユリアナなど、ノイリンにいるはずの何人かが、仕事を理由に欠席することも気になった。
 それと、ガンラックが増設されている。弾帯を巻いたままの男と女。まぁ、よくある光景なのだが……。

 宴会はいつものように自然発生的に18時頃から始まり、何事もなく進んでいく。
 俺は、いつの間にかこの宴会の不自然さを無視し始めていた。

 俺は相当に酔っていた。
 いや、酔わされていた。
 酒をすすめることがないアンティが、絡むように杯を空けることを強要した。
 宴会が始まれば、いつまでも飲んでいる我々だが、日付が変わっても終わらない。
 2時を過ぎると、自室へ戻らずに、斉木五郎までもが大食堂で酔い潰れる。
 子供たちも自室に帰っていない。隣室に雑魚寝させられている。健太と翔太も同じ部屋に連れていかれた。
 12歳になった健太の様子がおかしい。怯えているようにも、警戒しているようにも見える。平常ではない。幼い翔太を目で追っていた。こんな健太を見ることは滅多にない。
 いつもは、ちょっと意地悪なお兄ちゃんなのに。

 俺はアルコールの摂取によって肉体は酔っていたが、精神は異常なほど覚醒していた。その覚醒は、本能的な不安感が原因だった。

 3時、大食堂の明かりが消える。男も女も酔い潰れている。酒の臭いが充満している。その臭いだけでも、十分に酔える。
 部屋は異常なほど静寂だ。
 いびきが聞こえない。
 コッキングボルトを引く音が聞こえた。聞き間違いのように感じたが、ノイリン製AK-47のボルトを引く音に間違いない。
 俺は体中の毛穴からアルコールが気化していくような、得もいえぬ感覚を体験している。

 居館前にトラックが止まる。ヘッドライトを消している。3輌が止まる。
 音を立てぬように大勢がトラックから降りる。
 俺は、それを遠くにある窓から見ていた。
 能美真希の声。
「来たね」
 何が来たのか?
 MG3の発射音が聞こえると同時に、大食堂の窓ガラスが砕け散る。
 襲撃だ!
 俺は叫んだ。
「敵襲!」
 アンティに背中を叩かれる。
 そして、笑われた。
 そんなこと、百も承知だと。

 窓ガラスが割れると同時に居館側も反撃を開始。それも2階から。
 大食堂内は身を伏せているだけ。

 履帯の音が聞こえる。
 M24軽戦車の走行音だ。
 主砲を発射。
 窓越しに、トラックが被弾し、激しく炎上する。
 一瞬、もったいない、と感じた。トラックは貴重だ。
 M24が同軸機銃を発射する。聞き慣れたM1919中機関銃の発射音だ。
 シミターやセイバー戦闘車も現れる。

 戦闘は5分ほどで終わった。
 捕虜は80人にも達した。

 俺は覚醒していたが、身体は酔っていた。しかし、アンティはあれだけ飲んでいたのに、まったく酔った様子がない。
 俺は呂律が回らなかった。
「ろーしたんら、にゃにがあっちゃ」
 斉木五郎が爆笑する。
「俺たちは、水で割った酒を飲んでいたが、ノイリン王はまんまの酒を飲んでいたからな」
「ろーいうことら」
 城島健太が説明する。
「ぼくが、義父〈とう〉さんがブロウス・コーネインを殺しに戻ってくる、っていったんだ。
 義父さんなら、ノイリンの危機を救ってくれるって!
 そうしたら、皆がぼくを叱るんだ。
 そういうことはいってはいけないとか、そんなことをすることは正しくないとか、アンティは、手で口を塞いで、窒息しそうになったり……。
 金吾兄さんには、殴られた!
 だから、だから、たくさんいったんだ。
 義父さんが、ブロウス・コーネインを殺して、ノイリンを救ってくれるって!
 一生懸命いったんだ」
 アンティがいった。
「ケンはバカだ。
 けしかけたら、いくらでもいいふらした。
 息子があれだけいえば、ブロウスの耳にも入るさ。
 で、この襲撃だ」
 片倉幸子がいった。
「半田さんがそんなことするわけないのに……」
 俺は方法はどうあれ、ブロウス・コーネインを殺すつもりだ。
 その意思は変わっていない。
 しかし、いまは無理だ。
 アルコールが身体を弛緩させている。

 惨憺たる有様だ。
 我々側に人的損害はなかった。負傷者もいない。
 ブロウス・コーネイン側は、死者11、負傷者34、うち重傷は6だった。
 負傷者も含めた捕虜は、78だ。
 ブロウス・コーネインは、想像以上に勢力を伸ばしている。だが、金沢壮一によれば、これが核となる共鳴者のほぼすべてらしい。

 須崎金吾は、襲撃のあった直後にM24軽戦車、シミターとセイバーの両装甲戦闘車をもって、航空班の拠点である飛行場を急襲。
 制圧する。
 ブロウス・コーネインは、無意味な抵抗はしなかった。彼のような人物は、生きてさえいれば再起があると考えるものだ。

 俺はブロウス・コーネインを相当に待たせたらしい。
 ひどい二日酔いで、頭痛と吐き気が治まらないのだ。
 だが、各地区の代表を待たせるわけにはいかない。どういう裁きが下るかは、各地区の代表次第だが、ブロウス・コーネインの所業はノイリン北地区におけるクーデターであり、北地区内で処理せよ、との裁定はほぼ確実だ。
 被害者側に死傷者はおらず、加害者側には多数の死者・重軽傷者がいる。
 こういった場合は、不問になりやすい。なにしろ、法律なんてものはないに等しいのだから……。

 俺は腹が立っていた。俺と健太は欺されていた。親子で欺され、父親は大酒を飲まされ、あげくは被害者側代表を押しつけられた。

 各地区の裁定は、15時から。場所は、飛行場管制塔前。
 吐き気は治まったが、頭痛はひどい。

 ブロウス・コーネインは、相馬悠人たちによって拘束されていた。
 金髪、碧眼、背は高くない。痩躯だが、筋肉質でもない。やや垂れ目で、丸顔。悪相ではない。むしろ、愛嬌のある顔立ちだ。

 青空裁判が始まった。
 被害者側代表として、相馬悠人が出来事を説明する。
 加害者側は、襲撃に至った経緯を説明し、ブロウス・コーネインは政治的抗争であると主張した。

 各地区の裁定は、予想通りだった。
 政治的意見の対立は、各地区内で処理すること。武力行使は好ましくはないので、話し合いによって解決すること、と。
 死者・負傷者多数を出しながら、裁定は15分で終わってしまった。

 俺は腹が立っていた。その対象がはっきりしない。ブロウス・コーネインではない。俺たち親子を欺した、相馬悠人、金沢壮一、斉木五郎、その他大勢。クラウス、チェスラク、ケレネスも一枚噛んでいた。
 本当に腹が立つ。
 だが、彼らにその怒りをぶつけられない。

 では、誰に。
 俺の眼前に生け贄がいる。
 ブロウス・コーネイン……。

 俺は裁定に疑義を挟んだ。
「待ってくれ。
 今回のことは、政治的な問題なんかじゃない」
 予想通りの裁定で、この先の計画があったであろう、相馬悠人が慌てる。
 俺は続けた。
「俺のバカ息子が、ブロウスさんを殺すと息巻いていた。
 ぶっ殺すと……。
 俺の息子は12で、立派に人を殺せる年齢だ。
 ということは、ブロウスさんは俺の息子に殺される前に、俺の息子を殺そうとしただけ。
 つまり、私怨だ。
 政治的な問題なんて欠片もありゃしない。
 ガキの脅しに、いいオッサンが手下を使って先手を打ったというわけだ。
 俺の息子、12の健太だが……。
 健太とブロウスさんの間に何があったのか、健太の彼女にブロウスさんが懸想したのかもしれないし、ブロウスさんが俺を悪し様に罵っているのを知って、我慢できなくなっていたのかもしれない。
 どちらにしてもただの私怨だ」
 アイロス・オドランが笑いを堪え、フィー・ニュンが呆気にとられている。
 ブロウス・コーネインが反論する。
「ノイリンの功労者であるハンダさんの悪口など、私はいったことがない」
 俺は即座に反論した。
「いいや、それについては誰でも知っている。
 東洋の黄色いサルは、200万年たってもサルのままだ……。
 ブロウスさんがそういっていることは、誰もが知っている」
 大勢が頷いた。
 俺が続ける。
「であるならば、俺の息子健太とブロウスさんの私怨でしかない。
 ブロウスさんは、俺の息子を殺すために手下を使った。
 ならば、俺の息子の代わりに、俺が相手をしてもいいだろう?」
 東地区の裁定員が面白そうに尋ねる。
「何の相手だい?」
 俺が答える。
「決闘だ」
 ブロウス・コーネインが怯える。
「今回は、失敗したがクーデターだ」
 俺は間髪入れずに反論する。
「そのいい訳は“ズルイ”ぞ」
 俺の“ズルイ”への食いつきはよかった。若手の野次馬が“ズルイ”を連呼して、決闘を囃し立てる。
 この世界には決闘という風習はない。仇討ちもないし、殴り合いの喧嘩だって多くはない。
 俺は、まだ酔っていた。
「リボルバーに6発。50メートル離れて撃ち合う。
 俺は38口径リボルバーだ」
 誰かが応じた。
「ブロウスの拳銃も38口径のリボルバーだ」
 俺はホルスターからS&WのM10ミリタリー&ポリスを抜き、裁定員に渡す。
  相馬悠人がブロウス・コーネインから取り上げたS&W M37チーフスペシャルを判定員に渡す。
 判定員は俺の拳銃の回転弾倉をスイングアウトして、装弾を確認する。1発抜き、派手な音を立てて弾倉を戻す。そして、クルリと回転させ、銃口を自分に向け、グリップを俺に握らせた。
「5発だ。ブロウス・コーネインの拳銃は5連発だからな」
 俺は拳銃をホルスターに戻す。

 判定員は8人いるが、最も若い判定員がブロウス・コーネインを滑走路の真ん中に連れていく。
 弾倉を確認し、拳銃を握らせる。掌に2インチ銃身の小型拳銃をポンと置いた。

 俺は最も年長の判定員に付き添われ、滑走路の真ん中に立つ。
 ブロウス・コーネインとの距離は、50メートル。有効射程ギリギリ。実質的な交戦距離は20メートル程度だ。

 ブロウス・コーネインは、いきなり撃ってきた。まぁ、決闘のルールはないので、先制攻撃は卑怯ではない。
 だが、2インチの銃身では、50メートル離れた標的には、それがヒトであっても命中は難しい。
 それでも、発射された38口径(9ミリ)スペシャル弾は、俺の身体の数センチ左を飛んでいった。
 俺の身体に恐怖のスイッチが入る。
 40を過ぎた中年男のダッシュなんて、たかがしれたスピードだが、全速でブロウス・コーネインに向かって走る。
 彼は、走り寄る俺に向けで発射しなかった。
 逃げた。
 遮蔽物も、身を隠す地形もない、滑走路を北に向かって……。
 俺は、逃げるブロウス・コーネインを追いかける格好になる。
 二日酔いの身体で、頭痛がする状態で、寝不足で、逃げる30男を追う。
 40男と30男の鬼ごっこだ。
 ブロウス・コーネインは、真っ直ぐ走らず、東西南北のあらゆる方向にわずかな距離を走る。
 それが結構速い。

 俺はたまらず叫んだ。
「ズルイぞ!」

 滑走路は「ズルイ!」の大合唱となった。ズルイには“卑怯”の意味も混在するが、卑怯よりはずっと軽い。仮に“卑怯者”と罵られたら殴り合いになるが、“おまえズルイぞ!”といわれたら笑い合いになる。
 本来の“ズルイ”の意味である“狡猾”は、ほぼ消えている。

 ブロウス・コーネインが転ぶ。
 起き上がる前に、俺に向けて2発発射する。
 俺も初弾を発射。
 ブロウス・コーネインの左肩に命中。彼は、這って逃げようとする。
 俺は追いつき、背中を踏みつける。
 彼は、右手を自分の首に回して、空に向けて発射。弾は俺の左腕を掠める。
 俺は後方に飛び、立ち上がろうとするブロウス・コーネインを撃った。
 胸を狙った弾は、額にあたった。

 相馬悠人は、ブロウス・コーネインを“小さなヒトラー”と呼んでいた。
 判定員8人がブロウス・コーネインの死体を検分している。
 東南地区の判定員が俺に微笑む。年嵩の男で、東南地区の指導者の一人だ。
 彼が断じた。
「今回の北地区における暴力行為は、政治的な武装蜂起ではなく、北地区住人ハンダ・ハヤトの息子ケンタとブロウス・コーネインの私怨による喧嘩と判明した。
 ケンタは12歳であり、親たるハンダ・ハヤトが息子に代わって私怨の当事者となった。
 ハンダ・ハヤトとブロウス・コーネインの清々堂々の決闘により、決着はついた。
 ブロウス・コーネインの死により、私怨は消えたものとする!」

 今回の武装蜂起では、結局、110に達する航空班班員が直接関与していた。
 生き残りは全員を、ノイリン北地区追放にできる。しかし、拡散されると厄介なので、しばらくは留め置く。
 14歳から56歳までの男女。若いほど、ブロウス・コーネインの“思想”の呪縛が強い。ほとんどが移住第2と第3世代。ごく少数が第4世代だった。
 追放延期は相馬悠人の判断だ。
 他にもシンパがいるかもしれないので、炙り出しが必要だ。
 それと、追放されたら、おそらく生きてはいけない。実質、死刑宣告と同じ。
 街の外には、ドラキュロがいるのだ。
 ヒトは食物連鎖の頂点にいない。
 ノイリンに限らないが、街内でならばヒトは闊歩できる。だが、街から一歩外は、ヒトは身をすくめて歩く。
 この現実をブロウス・コーネインの共鳴者たちを炙り出し、この世界の現実を体験させなければならない。
 運がよければ、他の街で働くことができるだろう。だが、武装蜂起をやらかした彼らを受け入れる街はない。
 過酷な現実が彼らを待っている。

 相馬悠人は、この日、航空班を解体した。新たに飛行場班を設置。航空班設計部は、航空機開発班に改組。武装蜂起の主体となった航空班運用部と整備部は、完全に解体した。

 俺のノイリンにおける仕事は、実質3日で終わった。
 予定よりも相当早く、事を収めた俺はノイリンで骨休めさせてもらうことに決めた。

 ノイリン北地区で発生したブロウス・コーネインと共鳴者による武装蜂起は、ほぼリアルタイムでコーカレイとバンジェル島に知らされていた。また、その無線はベルデ岬諸島サンティアゴ島でも傍受していた。
 そして、情報は錯綜した。
 蜂起鎮圧の報は、蜂起発生の1時間後には届いていたが、負傷者の状況がわからず、コーカレイやバンジェル島では、早朝から家族の安否を気遣う人々が通信班の拠点周辺に集まった。
 負傷者氏名が知らされたのは6時間後。それで、どうにか落ち着いた。

 城島由加は、派遣されている航空班の全員と航空班管理下の全機をノイリンに帰還させることを決定する。

 フルギアやヴルマンの若者は辛辣で、ノイリンの航空班員に対して、“役立たず”の蔑称を使って呼んでいた。
 実際、彼らは役に立っていなかった。フルギアやヴルマンの若者は、クマンの人々に対して繊細と思えるほど気を遣う。
 苦境にあるクマンのブライドを傷つけないように、気を配っている。クマンの若い男性とは争いが起きないように、若い女性には好かれるように……。
 だが、派遣されてきた航空班員は、そんな文明人の景色は一切なかった。フルギアやヴルマンを見下し、クマンを小バカにし、ノイリンの世代を重ねた人々やヨーロッパ系以外の新参者を侮蔑的に見ていた。
 司令官たる城島由加に対してさえも……。
 農業班は、城島由加にたびたび“無駄飯食い”を働かせろ、ともうし入れていた。
 ノイリンにおいて武装蜂起が起こる直前、公の会議においてさえ、航空班員に対して“役立たず”“無駄飯食い”“怠け者”といった侮蔑的な表現が使われている。
 航空班と接触の多かった車輌班、農業班、輸送班は、航空班の実態をよく知っていたが、それ以外の班は「こんなにひどい連中だったのか!」との驚嘆を感じていた。
 航空班派遣隊の副長を務めていた整備のエステルは、会議において「西アフリカを領土とすべきだ。劣等民族は滅びるべきだ」と発言し、出席者全員に笑われた。
 医療班の出席者は、40を過ぎた女性看護師だったが、コーヒーを口から噴いてしまい、「すいません、すいません」と連呼して、ハンカチでテーブルを拭いたという。
 機械班の砲術長に「愚か者の戯言だな」と断じられ、顔を真っ赤にして沈黙したという。
 農業班は派遣隊長クルガンが出席していた。彼は若い。同年齢の彼から「動くのは口だけか!」と怒鳴られている。
 航空班は完全に孤立していて、ノイリンへの帰還はやむを得ない処置であった。

 航空班の孤立は、城島由加にとっては些末なことだった。
 彼女が最重要とした情報は、西地区が派遣した航空隊がもたらした内陸部の不可思議な光景であった。
 それを実際に目撃した偵察員が報告する。
「海岸線から内陸に300キロ。
 クマン勢力圏の東端にあります。
 不思議な光景です。
 クマンには城はないと聞いていますが、これは明確に城です。
 チハヤに画像を見せたのですが、丘の上にある城で、200万年前にスロバキアという国にあったスピシュ城に似ているといっていました。
 なだらかな丘陵、周囲よりも100メートルほど高い丘の頂上に築かれた石造の城です。
 クマンのものではないでしょう。
 クマン以前の移住者が築いたものではないでしょうか?
 何のための城なのか、それはわかりませんが、現実の問題として、この城にはヒトがいました。
 手長族ではなく、ヒトと思われます。
 多数はクマンの農民、少数はクマンの貴族ではないかと、我々は分析しています」
 城島由加が問う。
「遠目には立派なお城みたいだけど……」
 偵察員が答える。
「4つある塔と城壁の一部は崩れており、城内の建物のほとんどに屋根はありません。
 屋根は数棟に載せられていましたが、ごく最近葺いたのではないでしょうか?」
 城島由加は、戸惑っていた。
「このお城のヒトたちは、手長族から逃げているのかな?」
 偵察員も困惑している。
「どうでしょうか?
 この画像を見てください。
 城の北側の草原です」
 そこには、戦闘隊形をとる“軍隊”があった。
「クマンの部隊……?」
 城島由加の問いに西地区の偵察員も答えを持ってはいなかった。
「わかりません。
 ですが、戦闘訓練であることは間違いないでしょう。
 画像に写っているだけで、300人以上います」
 城島由加は、判断を保留した。
「現時点では、何もわからない。
 わからないなら調べる。
 その画像、置いてってくれる?」
 西地区の偵察員は、敬礼した。

 城島由加は、グスタフのディラリ、アボロ村の戦士クジュラ、村長〈むらおさ〉テオの長女アーラ、王女パウラを修復したばかりの大型石造建屋に呼んだ。
 この建屋には、カフェとレストランが入る予定だ。いまはテーブルだけがある。椅子はない。
 王女パウラが天井を見上げていった。
「明るいですね」
 城島由加が答える。
「ようやく、発電機が終日稼働できるようになりました。
 今日、皆さんにおいでいただいた理由は、お城の画像を見ていただきたいからです」
 城島由加がノートパソコンに城の画像を表示する。
 全員がノートパソコンの前に集まる。
 グスタフのクジュラが答える。
「東の城だ」
 王女パウラも同意する。
「確かに東のお城です。
 単に“城”と呼ばれています」
 クジュラが解説する。
「クマンがこの地に至る前からあった。
 誰が造ったものなのか、まったくわかっていない」
 上空から見た城内部の画像に切り替わる。
 村長の娘で貴族のアーラが驚く。
「ヒトがいるの?
 なぜ……」
 ディラリが上部が崩れた塔の頂点に掲げられている旗を指差す。
「旗だ。赤と黄、黒の縁取り。
 考えたくはないが、黒羊騎士団の旗?」
 パウラが不安そうな顔でつぶやく。
「黒羊騎士団は、クマンの人々を苦しめたというけれど……」
 グスタフのディラリが肯定する。
「本当のことらしい。
 グスタフが生まれる遥か以前から、地主の横暴はあった。だが、地主は小作農を搾取したが、すべてを奪うわけではない。
 クマンの小作農は作物を育て、その一部、通常は4割だが……、を地主に地代として納めるんだ。
 だが、小作農には税を納める義務はない……。税を納めるのは、耕作権を登記している地主の義務。
 過酷だが、6割は残るし、収量ではなく、貨幣での地代取り決めなら、収穫が多ければそれだけ収入が増える。
 小作農が土地の耕作権を買うこともできるし、複数の地主から耕作地を借りて、地主よりも裕福になる小作農だっている。地主には、収穫の多い小作農の取り合いだってある。
 王家の許可を得て新たな農地を開墾して、自作農になる小作農だっている。
 クマンの土地は王家のもので、売り買いはできない。売り買いできるのは、耕作権のみだ。耕作権を持つ農民が自作農で、耕作権がない農民が小作農だ。自作農のうち、自分では耕作せず、他者に耕地を貸す商人を地主と呼ぶ。
 クマンの農民は、我らでもわからぬほど複雑だ。
 黒羊騎士団は、その埒外にある。
 黒羊騎士団の土地は王家のものではなく、黒羊騎士団のもの。
 黒羊騎士団の領民にも自作農と小作農がいるが、小作農は悲惨だ。
 黒羊騎士団には独自の税制があり、自作農、小作農のどちらも領主たる黒羊騎士団に税を納めなければならない。
 自作農は収穫の6割、小作農はすべて。小作農には衣食住のすべてが与えられるが、とても貧しい。
 我らクマンの民は、森の恵み、草原の実り、そのどちらも採り放題だが、黒羊騎士団の民は違う。森や草原での無断採集は禁じられている。魚を捕ることも、動物を狩ることも許されない。
 すべての土地とそこにあるものは、黒羊騎士団が所有するからだ」
 城島由加は、どう考えたらいいのか言葉に詰まっていた。彼女は、歴史や生物にはことさら疎いのだ。
 そして、思いつくままに言葉を発した。
「黒羊騎士団は、クマン王国内のある種の独立国なの?」
 ディラリが答える。年齢は城島由加より若干若い程度。引き締まった体躯の女丈夫だ。
「独立国ではない。
 地主たる黒羊騎士団は、クマン王家に税を納めているのだから……。
 クマン王家は、黒羊騎士団を地主と貴族を合わせたものとして扱っている。
 だが、クマンは、王家、貴族、民衆が相互に権利を持ち合うことで、均衡を得ている国家だ。
 もし、地主が貴族ならば、民衆は地獄だ」
 村長の娘で貴族のアーラが補足する。
「ディラリ殿の言は正しい。
 ただ、末端とはいえ、貴族である私からすれば、黒羊騎士団の団員は貴族ではない。
 貴族はクマンを守る責を負っている。王家を守ることでも、民衆を守ることでもなく、夷狄〈いてき〉が現れれば生命をかけてクマンの土地のために戦う。
 黒用騎士団には、そういった使命はない。
 だから、貴族ではない」
 民衆の戦士クジュラがさらに補足。
「クマンの社会は、民衆のことは民衆が、貴族のことは貴族が、王家のことは王家が、それぞれ解決することになっている。
 村長であっても、貴族である以上、民衆のことには口出しできない。
 横暴な地主が、小作人の娘を女衒〈ぜげん〉に売ろうとしても、それをやめさせる手立ては貴族たる村長にはないんだ。
 それで、グスタフが生まれ、民衆はグスタフを支持した。
 グスタフは、貴族間の争いにも介入するし、王家の争いにも介入したことがあるんだ。
 グスタフが生まれて50有余年。それ以前にもゾロというグスタフに似た組織があった。
 ゾロが誕生した経緯だが、黒羊騎士団による圧政が原因だと聞く」
 王女パウラが悲しい目で画面を見つめる。
「黒羊騎士団領の民は、奴隷と同じ、と聞いています。
 王家は何もしませんでした。
 それは罪です」
 グスタフのディラリが否定する。
「王家は、できることはした。
 6代前の国王陛下は、黒羊騎士団に王家の軍を差し向けた。有力貴族のうち、5家も呼応したんだ。貴族側には私的な遺恨もあったようだ。
 記録では1万の大軍となっているが、実際は1000を下回るほどだった。
 黒羊騎士団の核は、200騎ほどなのだから、1000でも多すぎるくらいだ。
 記録では、王家と貴族の連合軍は、その威光を示しただけで戦わずに屈服させたことになっている。
 実際は、王家と貴族の連合軍は、一人を除いて戻らなかった。皆殺しになったんだ。黒羊騎士団は古〈いにしえ〉の武器を使ったとされる。
 生きて戻った貴族の子は、雷鳴が連続して轟いた、と証言している。
 古の武器とは、北国人の“銃”と同じものだと思う」
 城島由加は考え込んでしまった。辻褄が合わないことが多すぎる。
「あのぅ、クマンの歴史を少し教えていただけない?」
 民衆の戦士クジュラが話し始める。
「700年前、私たちの祖先は北から陸づたいにクマンの地にやって来た。
 この時、クマンの地にはヒトが住んでいた痕跡が残っていた。
 以後、50年間、北の地から同胞〈はらから〉が次々と移り住んだ。だが、緑の地獄が海岸に達し、陸路が閉じてしまう。
 400年前、北から海路で貴族がやって来た。貴族は私たちを民と呼び、支配しようとした。
 激しい戦いが起こり、多くの民衆が死に、少しの貴族も死んだ。
 貴族が持っていた古の武器はすぐに使えなくなり、やがて民衆に包囲された。
 民衆と貴族の戦いの最中、王家がやはり北から船でやって来た。
 200年前のことだ。
 王家は古の武器を携えており、その武器の前に民衆と貴族は王家の仲裁を受け入れた。
 そして、民衆、貴族、王家によるクマンの統治が始まった。
 簡単には……」
 城島由加が問う。
「黒羊騎士団……は?」
 クジュラが続ける。
「黒羊騎士団は、150年前にやって来た。
 東から……。
 大型の馬車に乗り、大量の古の武器を携えていた。
 彼らは王国の東端一角を占領し、民衆と貴族を捕らえ奴隷のように扱った。抵抗したものは殺された。
 70年前、6代前の国王陛下は、大軍を送り、戦い続けることによって古の武器を使い果たさせ、黒羊騎士団に服従を誓わせた。だが、黒羊騎士団の古の武器は少しだが残っていた。
 以後の国王は、黒羊騎士団を恐れ、干渉しなくなった。
 その代償なのか、以後の国王はすべて短命……。黒羊騎士団の呪いだとも……」
 城島由加は“城”について尋ねる。
「お城の周辺が黒羊騎士団の領地なの?」
 王女パウラが答える。
「違います。
 もっと、南です。
 手長族に追われて、北に移動したのではないかと……」
 城島由加が重ねて問う。
「黒羊騎士団のグスタフとは連絡はできる?」
 グスタフのディラリが答える。
「黒羊騎士団領には、グスタフはいないと思う。
 領外からの来訪者は、常に監視されているし、領内の人々は相互に監視し合っている。密告が奨励されていて、子供たちには騎士団長に絶対無私の忠誠を誓う教育がされているんだ。
 黒羊騎士団領社会にグスタフが入り込む余地は、ほとんどない」
 城島由加が再度問う。
「お城は、黒羊騎士団の領地ではないのね?
 そこにたくさんのヒトが集まっている……。
 と、するならば、調べないと。
 クマンの勢力の一つかもしれないし……」
 王女パウラがいった。
「私をお使わしください。
 司令官……閣下」
 城島由加が微笑む。
「私には、閣下は不要。陛下も殿下も猊下もなし!
 私には、内陸300キロに部隊を派遣する権限はない。
 だけど、トゥーレたちならば、独自に動ける。
 彼らにいってもらいましょう」
 貴族で村長の娘アーラも同行を希望する。
「私も行きたい。
 クマンの役に立ちたい」
 グスタフのディラリ、民衆の戦士クジュラも頷く。
 城島由加が女子会と称して招いた4人のクマンの女性は、内陸300キロへの危険な旅に志願した。

 ノイリン西地区は、75メートル級輸送船4隻をバンジェル島航路に投入しているが、さらに55メートル級1隻と60メートル級1隻を他航路から引き抜いて、投入を始めた。
 食料生産能力が乏しい西地区は、西アフリカに活路を求めていた。彼らは支配を目指しておらず、交易を望んでいる。
 西アフリカに対する政策は、北地区と大きく違わない。相互に対立を避け、できるだけ協力し合うよう心配りをしている。
 海上船舶輸送能力に劣る北地区は、西地区の貨物船に輸送を大きく依存していた。西地区の海上輸送能力がなければ、バンジェル島の維持は不可能だ。

 ノイリン中央行政府は、毎日、俺を呼びつける。そして、説明を求められる。
 ときには、揚げ足取りのような詰め寄られ方もする。
 情勢が混沌としているので、イラついているのだ。
 そして、今日は、議長に呼び出され、まもなくバンジェル島に陸揚げされる車輌について詰問された。
 広い会議室には、俺と議長しかいない。
 簡易で小型の12.7ミリ機関銃塔を搭載するノイリン北地区製ウルツ6輪装甲車4輌と、デューンバギー風4輪装甲車1輌が、許可を得ずに西地区の船で送られた理由を問われている。
 6輪駆動のウルツはよく知っている。原型車と異なり、後輪2軸4輪は独立懸架だ。低コストで高性能、ライフサイクルコストも格安。輸出品としても成功している。
 特に兵員区画の快適性を追及したことから、長距離陸送隊の護衛用として、販売している。銃塔には安価なことからブレンガンが装備されることが多い。
 デューンバギー風4輪装甲車は、初めて見る。フランスのVBL装甲車に似ている。
 明らかに金沢壮一が趣味で作った車輌だ。

 穏やかな口調だが、会議室の議長は目が怒っている。はらわたが煮えくり返っているのかもしれない。
「何ゆえに、5輌もの装輪装甲車を送ったのですか?」
 俺は、その問いの答えを持っていない。だが、何も答えないという選択はない。「知りません」といえば、眼前の鬼の目をした仏は、般若に変わるだろう。
 それに、俺と議長の歳は近い。彼の苦労もわかる。
「ノイリン中央行政府は、200万年前に作られた貴重な車輌や航空機は西アフリカに送らないことを決定しました。
 それに対応するため、4輌のFV4333ストーマー装甲兵員輸送車を回収するのだと思います。
 代替として、装輪のウルツにしたのだと……。ウルツのほうが燃費がいいので……」
「本当ですか?
 ハンダさん!」
「議長、本当です」
 いや嘘だ。ストーマーの回収は本当だ。金沢壮一が判断したのだが、理由は西アフリカは湿地や泥濘が少なく、装輪車のほうが機動性がいいのだ。
 大飯食いの装軌車よりも、燃費のいい装輪車のほうが使い勝手がいい。
 だから、交代する。
 議長が問う。
「ハンダさん?
 親衛隊とか、遊撃隊って、何ですか?」
「親衛隊は司令部付小隊のことで、単なるニックネームです。
 遊撃隊は実際に存在します。西アフリカには、何があるのか、そしてないのか、いまだによくわかっていません。
 ノイリン中央行政府の決定から逸脱しないまでも、やや危険だと思われる地域や事象を調査する目的で編制した部隊が遊撃隊です」
「危険とは?
 人食いはいないのでしょ?」
「人食いほどではありませんが、手長族は危険です。油断すれば、侵入してくるのです」
「それは、わかります。
 ですが、海岸から300キロも内陸に向かう計画があるとか?」
 俺は初耳だった。
「内陸300キロ……ですか?」
「とぼけないでください。
 議会にも独自のインテリジェンスがあるのですよ」
「議長、詳しく教えていただけませんか?」
「本当に……何も?」
「はい」
「私は、ハンダさんが影で指揮していると考えていました。
 私たちのエージェントは、ジョージマ司令官の私的な作戦ではないかと、報告してきたのですが……」
「300キロも内陸に何があるんです?」
「城です」
 議長は、ノートパソコンのモニターに周囲よりもあまり高くない丘に聳え立つ城を表示した。
「すごい城ですね。
 ですが、クマンの建築様式とは違うように思うんですが……」
「クマン建国以前の建造物だそうです」
「そんなものがあるんですね?」
「この城に、相当な人数が集まっているとの情報が、西地区の航空隊からあり、どういう人々なのかを調べに行くようです」
「ほう。
 議会のスパイはたいした諜報能力ですね」
 俺は面白がっていた。グスタフの仲間かもしれないし、どちらにしてもセロに抵抗する人々だろう。
 危険はない。
 議長の判断は俺とは違った。
「その城の指導層は、黒羊騎士団を名乗っているそうです。
 城の塔に、黒羊騎士団の団旗が掲げられているとか」
 議長は旗を拡大表示する。解像度が荒くなり、細部がよくわからない。
 議長が問う。
「ハンダさん。
 北の伯爵を覚えていますか?」
「もちろん。
 ノイリンに来る以前ですが、襲撃を受けています」
「北の伯爵には、黒羊旅団という部隊があったんです。
 北部の小さい街は、脅されて“税”を納めていました」
「議長は、黒羊騎士団と黒羊旅団は関係がある……と?」
「はい……」
「しかし、北の伯爵は北に……」
  議長が遮った。
「我々が住んでいるこの一帯の北とは限りませんよ!」
 その通りだ。北か、南か、それは基準によって異なる相対的な事柄だ。
 議長が続ける。
「北の伯爵と白魔族は関係があるでしょう。
 そして、北の伯爵とは遺伝子を操作された人々だと、噂する人々もいます」
 俺は少し笑った。
「遺伝子を操作したところで、ヒトの本質は代わりませんよ。
 100メートルを5秒で走れない。
 120年以上は生きられない。
 絶対に」
 議長も笑う。
「ハンダさん。
 実は私も第1世代なんです。
 28歳のときにこの世界に来ました。もう17年です。
 200万年前は、アメリカ南部の小さな街で私立高校の教師をしていました。保守的な地域でしたが、私が勤めていた高校はさらに保守的で、進化論を否定していました。
 私は生物の教師でしたが、生徒に『ヒトは神によって創造された』と教えていました。
 食べていくためには、信じてもいないことでも、平気で生徒に教えるんです。
 そのときに感じたことですが、進化論を信じないヒトほど、優生学を信奉しやすい……」
 俺は議長をよく知っているが、高校の教師だったとは初耳だ。司法関係の仕事をしていたのだと、思い込んでいた。
 俺がいう。
「進化論とは、種がどのようにして誕生するのか、という問題の提起です。
 優生学とは、個体がどのようにして誕生するのか、を心情に訴える似非科学です。
 進化がどのようにして起こるのかは解明されていないが、突然変異、自然淘汰、適者生存はメカニズムとしてあるのだと思います。
 だけど、優生学は進化論とは無関係。
 仮に優秀な親から優秀な子が生まれても、進化には結びつかない。
 親の努力が子に財産相続のように伝達されると信じたい心情はわかるけど、そんなことは起きやしない……。
 獲得形質は遺伝しない……。
 それは、議長だってわかっていると思う。
 200万年前、部屋にこもって勉強ばかりしていた秀才よりも、夜の街をふらついてナンパしていた連中のほうが遺伝子を残している。
 ヒトが優秀と判断することと、生物として優秀であることは、本質的に意味が違う。
 速く走ることに特化したサラブレッドは、ヒトの手が離れれば品種として存続できない。怪我に弱いから……」
 議長が答える。
「その通りなんですよ。
 200万年後の世界は、純粋な意味での生存競争で、自然淘汰、適者生存はヒトという種にも働いている……。
 サイキのような農業の師だけではどうにもならないんです。
 カナザワのような、トラクターを作り出すエンジニアもいないと、畑は耕せない。
 ジャガイモの皮むきが上手なコックの見習いも必要だし、裁判官も、医師も、漁師も、鍛冶師も、ベビーシッターも必要なんです。
 均質な個体を集めたって、ヒトという種が強くなるわけじゃない……」
 議長とは、何度か賭け事で痛い目を見させられている。ギャンブラーで、ガンマンで、生物の教師だったとは驚いた。
 議長が続ける。
「黒羊騎士団が黒羊旅団と同じだとしたら、厄介なことになります。
 ハンダさん、バンジェル島に知らせてください。
 油断せずに近付けと……。
 それと、黒羊騎士団と北の伯爵が関係している可能性は、我々にとって重要なこと。
 議会を説得して、公式に動けるようがんばってみます」
 俺は「承知しました」と告げた。

 マーニが半田千早に問う。
「どうしたの、それ?」
「金沢さんが送ってくれたんだ」
「ズルイ~」
「マーニだって、すごいヘリコプターもらったじゃない」
「でも、ズルイ~」
「凄いんだよ。
 このバギー。
 浮航もできるんだ。
 銃塔にはミニガンが……。
 毎分3000発から6000発まで、発射速度が変えられるんだ。毎分3000発って、MG3の3倍だよ。ガトリング砲だから、銃身の交換が不要なんだ。何分でも発射し続けられる。
 発射したら、凄いことになるよ。
 大量の弾が必要だから、車体後部床下は弾倉になっている」
 マーニがちょっと意地悪をいう。
「だけど、銃身の回転と給弾は電動だから、エンジンが止まちゃうと撃てないでしょ」
 半田千早がため息をつく。
「そこなんだよねぇ。
 量産タイプは、ホイールベースを伸ばして、4ドアで4人か5人乗りにするんだって。
 搭載機関銃は、MG3になるしね。
 実用性は、そっちのほうがいいかもね」
「ショートホイールベースの2ドアは、これ1輌?」
「そうみたい」
「やっぱり、チハヤ専用車じゃない!
 ズルイ~」
 半田千早は、バンジェル島拠点設営以来最大の作戦を気にかけていた。
「わたし、内陸に連れてってもらえるかな」
 マーニは、また少しの意地悪をいった。
「ママの判断次第かな」

 西ユーラシアでは、クローズドキャビン以外の車輌は、長距離輸送に適さない。
 わずかでも隙間があれば、ドラキュロが手を突っ込んでくるからだ。ドラキュロにつかまれたら、その手を切断するか、殺すしか助かる術はない。
 装甲車から頭を出して運転するなど、愚かな行為だ。ノイリン製のウルツ6輪装甲車は、大型の20ミリ厚防弾グラスバイザーを装着している。通常はこのグラスバイザー越しに運転するが、セロとの戦いではペリスコープ付きのハッチを閉めなければならない。
 ドラキュロ対策とセロ対策は、かなり異なるので、車輌の装備は複雑になる傾向がある。
 ドラキュロがいない西アフリカでも、運転がしやすい大型グラスバイザーを装着した状態で運用することになっている。

 城島由加は、内陸調査隊長にイサイアスを指名、副隊長に納田優菜を任命する。
 軽装甲偵察車(バギー)1輌、装輪装甲車(ノイリン製ウルツ)4輌、輸送用装甲トラック2輌による“西アフリカ深部調査隊”の派遣を決定した。
 隊員は、ノイリン、クマン、ヴルマン、フルギア、北方民の混成38人であった。
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