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異世界編
02-021 中部統一
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カイ・クラミは東奔西走している。中部東側の実力者たちが、数年はかかると予想していた事柄を次々と実現しているからだ。
中部東側国境付近の入植者は、ダルリアダ国王からの薫陶を受けており、簡単には立ち退かないと判断されていた。
しかし、唯一の北部との交通路であるアリエ川を、オリバ準男爵が高速哨戒艇によって完全に封鎖した。
このルート封鎖に加えて、南側からコンウィ城の軍が圧力をかけた。
支援ルートと退路を断たれ、軍事圧力を加えられたら、傲慢不遜な入植者たちでも浮き足立つ。奴隷の買い付け人や奴隷管理人は、容赦なく殺した。移住者の家族も例外ではない。
この付近の入植者はダルリアダにも経済基盤を持つ富裕者で、奴隷買い付け人や奴隷管理人などからなる私兵を有している。農園経営者よりも、人身売買を生業にするマフィアのほうが性格としては近い。
この私兵が厄介なのだ。残虐、無教養、差別主義、命知らずの無頼、そして見た目が例外なく気持ち悪い。
また、入植者の一族に奴隷商がいることも多く、奴隷の供給と奴隷の管理・監視を行う要員に事欠かない。
さらに、一部の奴隷は所有者である入植者に忠誠を示している。
奴隷を解放しても、奴隷商人がどこからか掠ってくるので、解決にはならない。
現在でも居座っている連中は、相当に腹が据わっていて、タチが悪い。
それをコンウィ城城主代行ベングト・バーリと彼の部下たちは、入植者たちを一切の財産を持たせずに追い出した。
タチの悪い連中をも超える、タチの悪さがなければできないことだ。
カイ・クラミは焦っていた。
今時紛争はルクワ川まで進出する作戦だが、突然ショウ・レイリンが戦場に向かったと聞き、ルクワ川を越えるのではないか、と心配になった。
カイ・クラミは官吏として、厄介な政治家や貴族と接してきたが、中部の実力者たちの扱いにくさは過去に例がない。
前後の見境なく、平気で計画や作戦をブチ壊すのだ。
「総当主様は、チャンスと見ればルクワ川を越えて西部国境まで一気に進撃する」
彼は、秘書であり運転手の少年にそう言った。少年は「でも、そのあとは、どうされるのです」と尋ねた。
カイ・クラミには、それが問題であることがわかっていた。
彼は、少年の問いには答えず、深いため息をついた。
ヴァロワの帰農兵は、フラン曹長の下に集結しつつあった。もちろん、帰農後は各自に事情があり、部隊へ召集に応じられないものも多い。
そういった各自の事情ではなく、曹長たちが組織した帰農義勇兵連隊には兵科を問わず、多くの下士官・兵が自主的に登録している。
この部隊だけでなく、呼応するように街の出身者を基幹とする帰郷義勇兵連隊も組織された。
家族、農地、商品、仕事場などを侵略者や盗賊から守るための組織だ。
一方、貴族をまとめる組織は生まれていない。貴族そのものの人口が少ないことと、貴族間には歴然とした経済格差があり、階級の上でも騎士と大公では会話どころか対面することさえない。
大公、公爵、侯爵は家系が少ないこともあって、特定階級における団結はなかった。それに裕福なヴァロワ貴族は、弾圧を恐れて国外に移動している。
ヴァロワは、北部と中部は農業が盛ん。同時に北部には工業や商業を産業の中心とする街が多くある。
農業に適した平地が少ない南部は、商業が中心。造船や製鉄などの工業も発展している。
北部の商工業者のうち、王都の富者は他国に避難した。一般の民衆は、街から追い出されたあとも王都周辺に残っていた。
首吊り街道の絞首刑台に人が並ぶようになると、南に向かい多くが中部にたどり着く。
彼らの多くが義勇兵連隊に志願した。
フラン曹長の部隊は、彼の手に余るほど肥大化している。歩兵はロレーヌ準男爵が指揮しているが、大規模な戦闘は行っていない。
フラン曹長が指揮するたった4門の75ミリ山砲と1門の自走山砲によって、駆逐できたからだ。
この山砲は間接射撃によって長距離目標を狙い、場合によっては歩兵砲のように直射照準による砲撃を行った。
ロレーヌ準男爵の歩兵部隊は、この5門の山砲を守ることに徹していた。この5門の砲は、それほどの威力と価値があった。
江戸期末、嶺林家の所有地は、役に立たない山が大半だった。明治以後、一時期は林業で栄えたが、それも一時的なことだった。林業が盛んな時代は山は売れたが、国産木材が海外産に押されると山の切り売りはできなくなった。
そして、他者の手には渡せない山と、周辺の荒れた山だけが残った。
翔太の父親が異世界に通じる岩屋がある唯一の開けた土地に山小屋を建てるまでは、翔太と父親は岩山と周辺の所有山林がどうなっているのかまったく知らなかったし、興味もなかった。
実際、調べたこともなかった。
長期間の無関心は、結果としていろいろなものが残置される結果となった。産業廃棄物の不法投棄でもあれば騒ぎになっただろうが、そういうこともなかったので、ポツリポツリと厄介なものが捨てられていた。
山砲の弾薬を満載する荷車は、林業用のロギングトラクターが牽引している。12頭立ての荷馬車でさえ、絶対に牽けないような大重量の荷車をいとも簡単に牽引する。
フラン曹長は弾薬量に関して、まったく不安を感じていなかった。ロギングトラクターがなければ、発射速度の速い5門の山砲に十分な弾薬を輸送できなかった。
これほど貴重な“兵器”が「山中に捨ててあった」とショウ・レイリンが言った。
フラン曹長には信じられないことだった。
彼には、さらなる計画があった。砲弾は同じとして、砲身長を伸ばして、さらなる長射程化を実現した新型砲だ。
「10門あれば、ダルリアダを震え上がらせられる」
これが、フラン曹長の計画だった。
ロイバス男爵は、ルクワ川西岸に軍を集結させた。彼の軍は召集兵を含めて、派手な原色を用いた威嚇色の軍服を着ている。
フラン曹長とロレーヌ準男爵の部隊は、全員がバラバラ。野良着や普段着のまま参陣した兵も多い。
「曹長、砲を土手に上げなくていいのですか?」
砲術長にそう言われたが、曹長には作戦があった。
「敵に我らの砲を見せたくない。
それと、戦列の背後を攻める。我らの砲なら、ロイバス男爵の邸宅まで届く」
砲術長は、新しい情報を持っていた。
「曹長、お言葉ですが……。
鳥瞰魔法による偵察で、わかったことがあります。男爵邸の建物までは届きません。砲弾は庭園までです。射程距離がわずかに足りないのです。
少しでも砲弾の飛距離を稼ぐために、土手の上に砲列を敷かせてください」
砲術長も旧王国軍では曹長だった。だが、フラン曹長に敬意を払っている。フラン曹長は、階級は下士官でも軍を率いる将であるからだ。
「いいや、やはり砲を見せるのは得策ではない。建物に届かなくても、敷地全体を粉砕すれば、男爵と敵兵は震え上がる。
それで十分だ。
ヴァロワ人同士での殺し合いはごめんだ」
砲術長は、見事なヴァロワ式敬礼で答えた。
ロイバス男爵は野心家で、権力志向の強い人物だが、決して無能ではなかった。実際、多くの貴族が彼の行為に賛同し、与力している。伯爵、子爵、男爵、準男爵はもちろん、貴族制社会にどっぷりと浸かっている勲功爵や騎士も味方している。
彼らに共通していることは、ダルリアダ貴族のような領主を目指している点。ヴァロワ貴族に領地はないが、広大な所有地があり、小作人がいる。小作人は自由民だが、彼らへの支配を強めたい貴族は少なくなかった。
ロイバス男爵は、こういった潜在的な貴族の要求を巧みに汲み取っていた。彼は、時代に退行する専制的貴族制社会の再構築を考えていた。
ロイバス男爵のゲリラ部隊は、エイミス伯爵邸を襲う算段を固めていた。男爵から指示された通り、男性は年齢にかかわらず皆殺し、若い女性を残して他は殺す。
人数では負けているが、武器を持たない農民など歴戦の彼らにとって敵ではない。
ロイバス男爵は、農民や街の住民が反乱を起こすことを恐れ、徹底した刀狩りと鉄砲狩りを行った。
商人は商旅で身を守るために刀剣や銃を保有していたし、農民はオオカミやクマから我が身と家畜を守るために銃を持っていた。
これらは、反乱となれば主力兵器となる。それを防ぐために、武器狩りはよく行われることだった。悪政を施行する王や領主は、必ず行った。
ロイバス男爵もその1人だ。
「銃は使える?」
アネルマの問いに彼女と同年代の農民の少女が微笑む。
「当然だよ。
巨大なオオカミを仕留めたことだってあるんだ」
アネルマは懸念も伝える。
「オオカミは撃ち返してこないけど、敵は違うよ」
少女の微笑みが消える。
「それは怖いよ。
だけど、オオカミの牙も怖かった。
きっと、戦えるよ」
今度はアネルマが微笑んだ。
アネルマは勇敢な農民たちの問題に気付いていた。
前装銃の装填速度が遅いのだ。正規兵の3倍はかかる。農民には装填速度を上げる必要がないし、そんな訓練をしたこともない。
この場で訓練をしたとしても、それは恐怖心や劣等感を抱かせるだけ。
前装銃でも旧式に分類される30挺ほどの火縄銃は、初弾の発射後は棍棒として使うことになる。
エイミス伯爵は、屋外での防戦を支持していなかった。
瀟洒な彼の館は、本来は戦城。城壁を取り除き、濠を埋めて、宮殿風の館に改築したものだ。
だから、壁が厚く、銃弾を通さない。小勢が相手なら、数日なら持ちこたえられる。
「一郎具足の当主殿、ここにいたか」
「伯爵様?」
「やはり、館を盾にしよう。
妻子が何と言おうと、私が主だ。
ここは、我が命に従われよ」
通信班長も伯爵に賛成する。
「アネルマ、伯爵の好意に甘えよう」
「しかし……」
「当主殿、どのみちこの館には火がかけられる。ならば、とことんまで使い切るのみ。
もとは砦。簡単には落ちぬ」
アネルマが頷いた。
「班長!
たいへんです!」
通信班長が電文を読む。
「総当主様、アネルマ隊救出のためご出陣、だとぉ~。
ショウ・レイリンがここに来るのか!」
アネルマは、ホッとした。丸1日持ちこたえれば、援軍が来るのだ。
彼女が叫ぶ。
「聞いてほしい!
我が叔父上、一領具足総当主ショウ・レイリンがこの館に向かっている。
援軍だ!
長くても丸1日耐えれば、味方が来る」
嶺林翔太が集めたのは、20人ほどの強硬派の若者たち。10人はsGrW34 81ミリ迫撃砲の砲手と弾薬運搬手。全員が新兵器の異世界製モーゼルC96自動拳銃を装備する。
弾薬は、拳銃弾としては装甲貫徹力の強い7.63×25ミリモーゼル弾だ。この拳銃弾の口径は実際は7.62ミリで、翔太が元世界で入手した工作機械で銃身の製造ができた。
同じ弾を使えるように改造された異世界製トンプソン短機関銃は、4挺が始めて実戦に投入される。原型は翔太の祖父が残したM1921だが、M1928相当に改良されている。
弾倉は、30発箱型に変更された。
最初の攻撃は正面からで、少数の騎馬突撃だった。騎兵は螺旋に置かれた有刺鉄線を簡単に突破できると考えたが、ウマが絡め取られ、兵は狙撃の的になった。
偶然ではあったが、有刺鉄線の位置が絶妙で、長銃身マスケットの有効射程内ギリギリで、カービンタイプマスケットでは有効射程外。
正面から攻める場合、騎兵はウマを降りて、有刺鉄線を迂回しなければならない。
館をU字型に囲む森・林の中には、農民たちが畑を荒らす動物の進入を知らせるための鳴子をあり合わせの材料を使って設置していた。
有効なセンサーで、迂回攻撃を仕掛けようとする敵兵の位置と規模をある程度知ることができた。
エイミス伯爵邸を襲う部隊を指揮するフベルトは、ヴァロワ正規軍において兵卒から叩き上げた準士官だった。この戦いで勲功を上げれば、爵位が与えられ貴族になれる。
爵位は国王か大公でなければ授けることはできないが、ロイバス男爵は旧ヴァロワ王家とつながる大公を抱き込んでいた。
フベルトは貴族となり、同時に新生ヴァロワ軍の上級将校となることを夢見ていた。
「ショウ殿、どうする?」
翔太はオリバ準男爵の問いの意味を理解していた。
「この機会を逃す手はないよ。
ルクワ川を渡って、西部国境まで一気に進撃する。それで、中部の平定が終わる。東部国境はコンウィ城に任せておけばいい。
ベングトさんがうまくやるよ。
準男爵は、できるだけ多くの船を集めてくれ。できれば浮橋を架けてほしい。
ルクワ川西岸に雪崩れ込むんだ」
「ショウ殿、ロイバス男爵はどうする?」
「追い出せばいいさ。
捕らえれば、殺さなくちゃならなくなる」
「面倒なことにならないか?」
「あのおっさんに何ができる?
何もできやしない。
所詮、時代遅れの不要品だ」
「時代についていくのはたいへんだ」
「いつの時代でも、そうだ」
川面を快走する舟艇の上で、翔太は心地よい風を受けていた。
元世界では食糧事情が日々悪化している。日本は極端な被害を被ってはいないが、全世界で干ばつと豪雨、そして蝗害によって農作物の収穫量が激減している。
日本では、5月になれば台風の接近・上陸が始まり、12月初旬まで続く。それに加えて、梅雨時はゲリラ豪雨、9月からは爆弾低気圧が頻発する。
冬は寒く、夏は暑い。尋常な暑さ寒さではない。四季が消え、秋と春ははっきりしない。関東では3月初旬に桜が咲くようになった。
20世紀の天候・気候とはまったく異なっている。実際には起こっていないが、首都水没は現実味を帯びている。たぶん、避けられない。
食料難の足音は、日本にも近付いている。それは誰もが感じている。
翔太は小規模ながら、異世界から元世界への蕎麦の密輸出には成功しかけている。次は小麦だ。小麦の輸出ができれば、莫大な利益を異世界にもたらすことができる。
オリバ準男爵が翔太の顔をのぞき込む。
「農地があれば、小麦は作れる。
だが、誰も買ってはくれない。ダルリアダの顔色を見てね。
中部全土を平定したら、次は北部の奪還を考えているんだろう?
ショウ殿は?
小麦の売り先も考えているはず……。
違うか?」
「あぁ、そう遠くないうちに説明するよ。
だが、まずは中部平定だ。ロイバス男爵のおかげで、平定時期が早まった。この幸運を生かさないと……」
「ショウ殿の思惑はともかく、私はロイバス男爵という男が気に入らない」
エイミス伯爵邸は、2回目の攻撃にもどうにか持ちこたえた。
ロイバス男爵麾下のゲリラ部隊を指揮するフベルトは、2回目の攻撃で伯爵邸側の守備状況をほぼ把握した。
威力偵察は成功したのだが、想定外もある。猟兵がいるのか、やたらと射程の長い銃が数挺ある。
猟兵は厄介で、狙撃による死傷者が多すぎた。
次の攻撃で決着を付けないと、逆に差し込まれる可能性が出ていた。
エイミス伯爵は、頭を抱えていた。武器庫に残されていたマッチロック式マスケットは、想像以上に旧式で、発射時には顔を背けなければならないのだ。
これでは、狙撃は無理。さらにマッチロックでは暴発の可能性があるので集団運用も無理。
そこで、伯爵が率いて、2階の窓に布陣した。敵の足を止めるだけでも、戦術的な意味があるからだ。
3階には後装単発ライフルを装備する狙撃手を配備している。
通信班は実戦部隊ではないので、最新の連発銃は配備されていない。主力のトラップドア単発銃を装備する。輸送隊など非戦闘部隊には短銃身型を主用しているが、短期間で軽便なこのタイプが主力になった。
結果、長銃身型は前線には向かわない部隊に回されていた。
伯爵邸の通信班は、この長銃身型トラップドアを装備していた。
たった6挺の単発後装ライフルが、伯爵邸を守っていた。
イェスパー・ルセンは2つの手を打っていた。まず、彼と彼の仲間が森に潜み、ロイバス男爵の部隊が側面や背後に回り込むことを阻止する。
2つ目は、ミルカに援軍を呼びに行かせた。ルパート・ケッセルはエルレラ子爵の婚外子で、子爵を殺したロイバス男爵を狙っていた。
彼の居場所は、イェスパーに心当たりがあった。ルパートは実父である子爵よりも、奥方や妹たちの死に腹を立てていた。
子爵は殺されただけだが、奥方と幼い妹たちはどれほどの恐怖を味わったことか。それを思うと、いたたまれなかった。
幸運もあった。
長女は助かった。彼女は庭師の家族が連れ出して、無事だった。
軽業師の娘は、森の中を小猿のように進む。彼女にとって、ルパート・ケッセルとその一味を見つけることは難しくなかった。
両手を挙げて、キャンプに近付く。
「私はミルカ!
イェスパー・ルセンの仲間!」
ルパートが粗末な天幕から飛び出してきた。汚れたドレスの少女が続く。
「イェスパーは無事か?」
ミルカが頷く。
「農家の人たちが、エイミス伯爵の館に避難しているんだ。
そこをロイバスのクソの部下が襲っている。
東の人たちが少しいて、どうにか持ちこたえているけど、明日の朝までは無理。
援軍が必要なんだ」
少女が「兄上ぇ~」とか細い声を出す。
「ミルカ、俺の仲間はこいつを入れても3人だけ。手助けにはならない」
少年がルパートを見る。
「兄貴、ここでロイバスの悪口を言い続けるのには飽きた。
ロイバスの兵を1人でも2人でも殺したい。父ちゃん、母ちゃん、妹たちの仇を討ちたい」
もう1人の少年も賛意を示す。
「賛成だ。
兄貴はイェスパーには義理があるんだろ。
助けに行こうぜ」
彼らの言葉は庶民を装っているが、全員が貴族出身だ。ルパート自身、貴族の子として育てられた。
ただ、3人は素行不良で、家に寄りつかなかったり、勘当されたり、廃嫡されたりしている。
そして、銃と剣の訓練は十分に受けていた。喧嘩の延長ではあるが、実戦経験もある。
「よし、イェスパーと合流しよう。
妹も一緒に行く。
1人にはできないからな」
コスティは頑丈な老人だが、森の中で長時間戦うには年齢を重ねすぎていた。
トピアスは頭は切れるが、戦いは不得手。
だから、イェスパーは戦い方を考えた。
伯爵邸にあったオオカミ除けのトラバサミをフベルト隊の進路に仕掛けたのだ。
1人が足を挟まれたら、隊は止まる。そこに矢を射かける。
ミルカを伝令に出したので、頭数が減ってしまった。その穴を埋めるため、アネルマが加わった。
アネルマは、パーカッションロック式6連発リボルバーを金属薬莢式にコンバージョンしなかった。
パーカッションロックのまま、複数の弾倉を持つほうが有利だと考えたからだ。
新型6連発リボルバーにも興味がなかった。だが、予備弾倉5個は重く、森の中では縦横な行動の妨げになった。リボルバーの弾倉自体が死重となってしまっていた。
4人は森の中で戦い、銃と弓矢で敵を攪乱し続けた。
森の中の小さな流れに沿って、敵兵5が伯爵邸の背後に回り込もうとしている。この動きをアネルマたちが見つける。
森の中の道を選ばない知恵はあっても、この付近の地形に詳しくないため、方向を見失っているようだ。
樹高が高く、太陽の位置が判然としない。
3挺のフリントロック式マスケットと6連発リボルバーで襲撃し、短時間でこの小部隊を制圧する。
フベルトは伯爵邸を攻めあぐねていた。側面や背後にも兵を配置したいが、包囲できるほどの兵の頭数がない。
側面や背後からの攻撃は陽動でしかない。陽動作戦を成功させるためには、攻勢正面との連携が必要だが、狼煙でも使わなければ、それもできない。
それに、狼煙を上げれば、陽動と見破られる。
フベルトが掌握している兵は、負傷者を除くと15まで減っている。西側面と南背後に送った兵は、状況がわからない。
森の南側から銃声が聞こえている。激しい銃撃戦なのだが、銃声の数がフベルトの兵よりも圧倒的に多かった。
伏兵に襲われた可能性がある。
それと、やたらと射程の長い銃にも手を焼いていた。威力偵察で2人が戦死、5人が負傷している。射程外で活動し、撃たせる作戦だったが、あてが外れて多くが負傷してしまった。
その銃の数がわからない。立て続けに発射してくるので、少数でないことは確かだ。
フベルトは小部隊の指揮官としては愚かではなかった。現場の指揮官としての十分な訓練を受けていたし、実戦経験も豊富だった。
状況を分析すれば、ここは退くべきだったが、勲功を上げることに夢中で正しい判断ができなかった。
「日没まで待つ。
館から誰も逃がすな!
皆殺しにする」
兵の全員が命令を理解する。
長射程の銃を避けるため、薄暮攻撃を仕掛けるのだ。
「隊長、アリエ川にあの足の速い船が……」
部下の報告でフベルトが慌てる。快速艇のことは知っていた。魔法の力でとんでもない速さで川面を滑走する。
「敵が上陸したのか?」
「20人ほどですが、ほとんどは子供と女です」
フベルトはホッとした。
「夕暮れは待てない。
攻めるぞ」
「よし、始めるぞ。
迫撃砲を設置して、ドローンを飛ばせ」
慣例として、ドローンパイロットは女の子の役目となっていた。これには男の子から異論があったが、勲功爵や騎士から「男なら戦場で戦え」との意見が強く、認められにくかった。
この主張には裏があり、貴族に息子がいればドローンパイロットを娶らせたい、自分の娘をドローンパイロットにしたい、と望んでいたからだ。
ドローンを発見したのは、通信隊のドローンパイロットだった。
「班長!
私たち以外のドローンが飛んでいるよ!」
通信班長の鬼のような顔がほころぶ。
「援軍だ!
援軍が来たんだ」
オリバ準男爵は、2脚に立てかけられた鉄筒が何かわからなかった。
「ショウ殿、これは何だ?
まさか、大砲ではないよな?」
「準男爵、そのまさかだ。
ストークブラン式迫撃砲だ。
山砲をフラン曹長に持って行かれたので、こいつを引っ張り出してきた」
フベルトが「突撃!」と叫ぶ。
軽傷の負傷兵を加えて、また森の中にいて攻撃の機会をうかがっていた兵とともに、総攻撃を始める。
「絶対に屋敷にはあてるな!
半装填用意!
テッ!」
初弾は、有刺鉄線の防御線と伯爵邸の中間に落ちた。
「効力射!」
ポンという軽い音を残して、81ミリ迫撃砲弾の釣瓶撃ちが始まった。
オリバ準男爵は、砲弾の着弾跡が生々しいエイミス伯爵邸の前庭に立っていた。
「ショウ殿、ストークブラン砲は何門ある?」
「あれ1門」
「それはダメだ。
10門はいる」
エイミス伯爵は、手指の震えが止まらない。
「恐ろしい砲撃であった」
翔太は、伯爵邸を見る。
「庭をひどい有様にしてしまいました。
申し訳ない」
「あなたが総当主様ですね。
こちらのお方は?」
「ご挨拶が遅れました。
私は、準男爵のオリバと申します」
「おお、お名前はかねてから聞き及んでおります。
アリエ川を征する、と」
アネルマが森から現れる。
「叔父上!
余分な拳銃をお持ちではありませんか!」
アネルマは、翔太の右手にあるモーゼルC96に目を付ける。そして、有無を言わせず奪い取った。
「叔父上、どうするのですか?」
翔太は捕虜のことだと思った。
「無闇に殺したりはしない。
我々はロイバス男爵のような野蛮人ではない」
「そのロイバス野蛮人のことです!
当然、討ちますよね!」
「アネルマ、とりあえずルクワ川まで行く」
「そんな中途半端な!
それでも総当主ですか!
情けない!」
オリバ準男爵は、化粧の崩れた4人の姫を見ていた。
「姫は4人ですか?」
エイミス伯爵が「えぇ、姫ばかりで」と答えたが、オリバ準男爵が「それは僥倖。下の姫は鳥瞰魔法の使い手にされよ。縁談が山のように舞い込むでしょう」と答える。
エイミス伯爵は娘の縁談と聞き、ようやく心の落ち着きを感じ始めた。
中部東側国境付近の入植者は、ダルリアダ国王からの薫陶を受けており、簡単には立ち退かないと判断されていた。
しかし、唯一の北部との交通路であるアリエ川を、オリバ準男爵が高速哨戒艇によって完全に封鎖した。
このルート封鎖に加えて、南側からコンウィ城の軍が圧力をかけた。
支援ルートと退路を断たれ、軍事圧力を加えられたら、傲慢不遜な入植者たちでも浮き足立つ。奴隷の買い付け人や奴隷管理人は、容赦なく殺した。移住者の家族も例外ではない。
この付近の入植者はダルリアダにも経済基盤を持つ富裕者で、奴隷買い付け人や奴隷管理人などからなる私兵を有している。農園経営者よりも、人身売買を生業にするマフィアのほうが性格としては近い。
この私兵が厄介なのだ。残虐、無教養、差別主義、命知らずの無頼、そして見た目が例外なく気持ち悪い。
また、入植者の一族に奴隷商がいることも多く、奴隷の供給と奴隷の管理・監視を行う要員に事欠かない。
さらに、一部の奴隷は所有者である入植者に忠誠を示している。
奴隷を解放しても、奴隷商人がどこからか掠ってくるので、解決にはならない。
現在でも居座っている連中は、相当に腹が据わっていて、タチが悪い。
それをコンウィ城城主代行ベングト・バーリと彼の部下たちは、入植者たちを一切の財産を持たせずに追い出した。
タチの悪い連中をも超える、タチの悪さがなければできないことだ。
カイ・クラミは焦っていた。
今時紛争はルクワ川まで進出する作戦だが、突然ショウ・レイリンが戦場に向かったと聞き、ルクワ川を越えるのではないか、と心配になった。
カイ・クラミは官吏として、厄介な政治家や貴族と接してきたが、中部の実力者たちの扱いにくさは過去に例がない。
前後の見境なく、平気で計画や作戦をブチ壊すのだ。
「総当主様は、チャンスと見ればルクワ川を越えて西部国境まで一気に進撃する」
彼は、秘書であり運転手の少年にそう言った。少年は「でも、そのあとは、どうされるのです」と尋ねた。
カイ・クラミには、それが問題であることがわかっていた。
彼は、少年の問いには答えず、深いため息をついた。
ヴァロワの帰農兵は、フラン曹長の下に集結しつつあった。もちろん、帰農後は各自に事情があり、部隊へ召集に応じられないものも多い。
そういった各自の事情ではなく、曹長たちが組織した帰農義勇兵連隊には兵科を問わず、多くの下士官・兵が自主的に登録している。
この部隊だけでなく、呼応するように街の出身者を基幹とする帰郷義勇兵連隊も組織された。
家族、農地、商品、仕事場などを侵略者や盗賊から守るための組織だ。
一方、貴族をまとめる組織は生まれていない。貴族そのものの人口が少ないことと、貴族間には歴然とした経済格差があり、階級の上でも騎士と大公では会話どころか対面することさえない。
大公、公爵、侯爵は家系が少ないこともあって、特定階級における団結はなかった。それに裕福なヴァロワ貴族は、弾圧を恐れて国外に移動している。
ヴァロワは、北部と中部は農業が盛ん。同時に北部には工業や商業を産業の中心とする街が多くある。
農業に適した平地が少ない南部は、商業が中心。造船や製鉄などの工業も発展している。
北部の商工業者のうち、王都の富者は他国に避難した。一般の民衆は、街から追い出されたあとも王都周辺に残っていた。
首吊り街道の絞首刑台に人が並ぶようになると、南に向かい多くが中部にたどり着く。
彼らの多くが義勇兵連隊に志願した。
フラン曹長の部隊は、彼の手に余るほど肥大化している。歩兵はロレーヌ準男爵が指揮しているが、大規模な戦闘は行っていない。
フラン曹長が指揮するたった4門の75ミリ山砲と1門の自走山砲によって、駆逐できたからだ。
この山砲は間接射撃によって長距離目標を狙い、場合によっては歩兵砲のように直射照準による砲撃を行った。
ロレーヌ準男爵の歩兵部隊は、この5門の山砲を守ることに徹していた。この5門の砲は、それほどの威力と価値があった。
江戸期末、嶺林家の所有地は、役に立たない山が大半だった。明治以後、一時期は林業で栄えたが、それも一時的なことだった。林業が盛んな時代は山は売れたが、国産木材が海外産に押されると山の切り売りはできなくなった。
そして、他者の手には渡せない山と、周辺の荒れた山だけが残った。
翔太の父親が異世界に通じる岩屋がある唯一の開けた土地に山小屋を建てるまでは、翔太と父親は岩山と周辺の所有山林がどうなっているのかまったく知らなかったし、興味もなかった。
実際、調べたこともなかった。
長期間の無関心は、結果としていろいろなものが残置される結果となった。産業廃棄物の不法投棄でもあれば騒ぎになっただろうが、そういうこともなかったので、ポツリポツリと厄介なものが捨てられていた。
山砲の弾薬を満載する荷車は、林業用のロギングトラクターが牽引している。12頭立ての荷馬車でさえ、絶対に牽けないような大重量の荷車をいとも簡単に牽引する。
フラン曹長は弾薬量に関して、まったく不安を感じていなかった。ロギングトラクターがなければ、発射速度の速い5門の山砲に十分な弾薬を輸送できなかった。
これほど貴重な“兵器”が「山中に捨ててあった」とショウ・レイリンが言った。
フラン曹長には信じられないことだった。
彼には、さらなる計画があった。砲弾は同じとして、砲身長を伸ばして、さらなる長射程化を実現した新型砲だ。
「10門あれば、ダルリアダを震え上がらせられる」
これが、フラン曹長の計画だった。
ロイバス男爵は、ルクワ川西岸に軍を集結させた。彼の軍は召集兵を含めて、派手な原色を用いた威嚇色の軍服を着ている。
フラン曹長とロレーヌ準男爵の部隊は、全員がバラバラ。野良着や普段着のまま参陣した兵も多い。
「曹長、砲を土手に上げなくていいのですか?」
砲術長にそう言われたが、曹長には作戦があった。
「敵に我らの砲を見せたくない。
それと、戦列の背後を攻める。我らの砲なら、ロイバス男爵の邸宅まで届く」
砲術長は、新しい情報を持っていた。
「曹長、お言葉ですが……。
鳥瞰魔法による偵察で、わかったことがあります。男爵邸の建物までは届きません。砲弾は庭園までです。射程距離がわずかに足りないのです。
少しでも砲弾の飛距離を稼ぐために、土手の上に砲列を敷かせてください」
砲術長も旧王国軍では曹長だった。だが、フラン曹長に敬意を払っている。フラン曹長は、階級は下士官でも軍を率いる将であるからだ。
「いいや、やはり砲を見せるのは得策ではない。建物に届かなくても、敷地全体を粉砕すれば、男爵と敵兵は震え上がる。
それで十分だ。
ヴァロワ人同士での殺し合いはごめんだ」
砲術長は、見事なヴァロワ式敬礼で答えた。
ロイバス男爵は野心家で、権力志向の強い人物だが、決して無能ではなかった。実際、多くの貴族が彼の行為に賛同し、与力している。伯爵、子爵、男爵、準男爵はもちろん、貴族制社会にどっぷりと浸かっている勲功爵や騎士も味方している。
彼らに共通していることは、ダルリアダ貴族のような領主を目指している点。ヴァロワ貴族に領地はないが、広大な所有地があり、小作人がいる。小作人は自由民だが、彼らへの支配を強めたい貴族は少なくなかった。
ロイバス男爵は、こういった潜在的な貴族の要求を巧みに汲み取っていた。彼は、時代に退行する専制的貴族制社会の再構築を考えていた。
ロイバス男爵のゲリラ部隊は、エイミス伯爵邸を襲う算段を固めていた。男爵から指示された通り、男性は年齢にかかわらず皆殺し、若い女性を残して他は殺す。
人数では負けているが、武器を持たない農民など歴戦の彼らにとって敵ではない。
ロイバス男爵は、農民や街の住民が反乱を起こすことを恐れ、徹底した刀狩りと鉄砲狩りを行った。
商人は商旅で身を守るために刀剣や銃を保有していたし、農民はオオカミやクマから我が身と家畜を守るために銃を持っていた。
これらは、反乱となれば主力兵器となる。それを防ぐために、武器狩りはよく行われることだった。悪政を施行する王や領主は、必ず行った。
ロイバス男爵もその1人だ。
「銃は使える?」
アネルマの問いに彼女と同年代の農民の少女が微笑む。
「当然だよ。
巨大なオオカミを仕留めたことだってあるんだ」
アネルマは懸念も伝える。
「オオカミは撃ち返してこないけど、敵は違うよ」
少女の微笑みが消える。
「それは怖いよ。
だけど、オオカミの牙も怖かった。
きっと、戦えるよ」
今度はアネルマが微笑んだ。
アネルマは勇敢な農民たちの問題に気付いていた。
前装銃の装填速度が遅いのだ。正規兵の3倍はかかる。農民には装填速度を上げる必要がないし、そんな訓練をしたこともない。
この場で訓練をしたとしても、それは恐怖心や劣等感を抱かせるだけ。
前装銃でも旧式に分類される30挺ほどの火縄銃は、初弾の発射後は棍棒として使うことになる。
エイミス伯爵は、屋外での防戦を支持していなかった。
瀟洒な彼の館は、本来は戦城。城壁を取り除き、濠を埋めて、宮殿風の館に改築したものだ。
だから、壁が厚く、銃弾を通さない。小勢が相手なら、数日なら持ちこたえられる。
「一郎具足の当主殿、ここにいたか」
「伯爵様?」
「やはり、館を盾にしよう。
妻子が何と言おうと、私が主だ。
ここは、我が命に従われよ」
通信班長も伯爵に賛成する。
「アネルマ、伯爵の好意に甘えよう」
「しかし……」
「当主殿、どのみちこの館には火がかけられる。ならば、とことんまで使い切るのみ。
もとは砦。簡単には落ちぬ」
アネルマが頷いた。
「班長!
たいへんです!」
通信班長が電文を読む。
「総当主様、アネルマ隊救出のためご出陣、だとぉ~。
ショウ・レイリンがここに来るのか!」
アネルマは、ホッとした。丸1日持ちこたえれば、援軍が来るのだ。
彼女が叫ぶ。
「聞いてほしい!
我が叔父上、一領具足総当主ショウ・レイリンがこの館に向かっている。
援軍だ!
長くても丸1日耐えれば、味方が来る」
嶺林翔太が集めたのは、20人ほどの強硬派の若者たち。10人はsGrW34 81ミリ迫撃砲の砲手と弾薬運搬手。全員が新兵器の異世界製モーゼルC96自動拳銃を装備する。
弾薬は、拳銃弾としては装甲貫徹力の強い7.63×25ミリモーゼル弾だ。この拳銃弾の口径は実際は7.62ミリで、翔太が元世界で入手した工作機械で銃身の製造ができた。
同じ弾を使えるように改造された異世界製トンプソン短機関銃は、4挺が始めて実戦に投入される。原型は翔太の祖父が残したM1921だが、M1928相当に改良されている。
弾倉は、30発箱型に変更された。
最初の攻撃は正面からで、少数の騎馬突撃だった。騎兵は螺旋に置かれた有刺鉄線を簡単に突破できると考えたが、ウマが絡め取られ、兵は狙撃の的になった。
偶然ではあったが、有刺鉄線の位置が絶妙で、長銃身マスケットの有効射程内ギリギリで、カービンタイプマスケットでは有効射程外。
正面から攻める場合、騎兵はウマを降りて、有刺鉄線を迂回しなければならない。
館をU字型に囲む森・林の中には、農民たちが畑を荒らす動物の進入を知らせるための鳴子をあり合わせの材料を使って設置していた。
有効なセンサーで、迂回攻撃を仕掛けようとする敵兵の位置と規模をある程度知ることができた。
エイミス伯爵邸を襲う部隊を指揮するフベルトは、ヴァロワ正規軍において兵卒から叩き上げた準士官だった。この戦いで勲功を上げれば、爵位が与えられ貴族になれる。
爵位は国王か大公でなければ授けることはできないが、ロイバス男爵は旧ヴァロワ王家とつながる大公を抱き込んでいた。
フベルトは貴族となり、同時に新生ヴァロワ軍の上級将校となることを夢見ていた。
「ショウ殿、どうする?」
翔太はオリバ準男爵の問いの意味を理解していた。
「この機会を逃す手はないよ。
ルクワ川を渡って、西部国境まで一気に進撃する。それで、中部の平定が終わる。東部国境はコンウィ城に任せておけばいい。
ベングトさんがうまくやるよ。
準男爵は、できるだけ多くの船を集めてくれ。できれば浮橋を架けてほしい。
ルクワ川西岸に雪崩れ込むんだ」
「ショウ殿、ロイバス男爵はどうする?」
「追い出せばいいさ。
捕らえれば、殺さなくちゃならなくなる」
「面倒なことにならないか?」
「あのおっさんに何ができる?
何もできやしない。
所詮、時代遅れの不要品だ」
「時代についていくのはたいへんだ」
「いつの時代でも、そうだ」
川面を快走する舟艇の上で、翔太は心地よい風を受けていた。
元世界では食糧事情が日々悪化している。日本は極端な被害を被ってはいないが、全世界で干ばつと豪雨、そして蝗害によって農作物の収穫量が激減している。
日本では、5月になれば台風の接近・上陸が始まり、12月初旬まで続く。それに加えて、梅雨時はゲリラ豪雨、9月からは爆弾低気圧が頻発する。
冬は寒く、夏は暑い。尋常な暑さ寒さではない。四季が消え、秋と春ははっきりしない。関東では3月初旬に桜が咲くようになった。
20世紀の天候・気候とはまったく異なっている。実際には起こっていないが、首都水没は現実味を帯びている。たぶん、避けられない。
食料難の足音は、日本にも近付いている。それは誰もが感じている。
翔太は小規模ながら、異世界から元世界への蕎麦の密輸出には成功しかけている。次は小麦だ。小麦の輸出ができれば、莫大な利益を異世界にもたらすことができる。
オリバ準男爵が翔太の顔をのぞき込む。
「農地があれば、小麦は作れる。
だが、誰も買ってはくれない。ダルリアダの顔色を見てね。
中部全土を平定したら、次は北部の奪還を考えているんだろう?
ショウ殿は?
小麦の売り先も考えているはず……。
違うか?」
「あぁ、そう遠くないうちに説明するよ。
だが、まずは中部平定だ。ロイバス男爵のおかげで、平定時期が早まった。この幸運を生かさないと……」
「ショウ殿の思惑はともかく、私はロイバス男爵という男が気に入らない」
エイミス伯爵邸は、2回目の攻撃にもどうにか持ちこたえた。
ロイバス男爵麾下のゲリラ部隊を指揮するフベルトは、2回目の攻撃で伯爵邸側の守備状況をほぼ把握した。
威力偵察は成功したのだが、想定外もある。猟兵がいるのか、やたらと射程の長い銃が数挺ある。
猟兵は厄介で、狙撃による死傷者が多すぎた。
次の攻撃で決着を付けないと、逆に差し込まれる可能性が出ていた。
エイミス伯爵は、頭を抱えていた。武器庫に残されていたマッチロック式マスケットは、想像以上に旧式で、発射時には顔を背けなければならないのだ。
これでは、狙撃は無理。さらにマッチロックでは暴発の可能性があるので集団運用も無理。
そこで、伯爵が率いて、2階の窓に布陣した。敵の足を止めるだけでも、戦術的な意味があるからだ。
3階には後装単発ライフルを装備する狙撃手を配備している。
通信班は実戦部隊ではないので、最新の連発銃は配備されていない。主力のトラップドア単発銃を装備する。輸送隊など非戦闘部隊には短銃身型を主用しているが、短期間で軽便なこのタイプが主力になった。
結果、長銃身型は前線には向かわない部隊に回されていた。
伯爵邸の通信班は、この長銃身型トラップドアを装備していた。
たった6挺の単発後装ライフルが、伯爵邸を守っていた。
イェスパー・ルセンは2つの手を打っていた。まず、彼と彼の仲間が森に潜み、ロイバス男爵の部隊が側面や背後に回り込むことを阻止する。
2つ目は、ミルカに援軍を呼びに行かせた。ルパート・ケッセルはエルレラ子爵の婚外子で、子爵を殺したロイバス男爵を狙っていた。
彼の居場所は、イェスパーに心当たりがあった。ルパートは実父である子爵よりも、奥方や妹たちの死に腹を立てていた。
子爵は殺されただけだが、奥方と幼い妹たちはどれほどの恐怖を味わったことか。それを思うと、いたたまれなかった。
幸運もあった。
長女は助かった。彼女は庭師の家族が連れ出して、無事だった。
軽業師の娘は、森の中を小猿のように進む。彼女にとって、ルパート・ケッセルとその一味を見つけることは難しくなかった。
両手を挙げて、キャンプに近付く。
「私はミルカ!
イェスパー・ルセンの仲間!」
ルパートが粗末な天幕から飛び出してきた。汚れたドレスの少女が続く。
「イェスパーは無事か?」
ミルカが頷く。
「農家の人たちが、エイミス伯爵の館に避難しているんだ。
そこをロイバスのクソの部下が襲っている。
東の人たちが少しいて、どうにか持ちこたえているけど、明日の朝までは無理。
援軍が必要なんだ」
少女が「兄上ぇ~」とか細い声を出す。
「ミルカ、俺の仲間はこいつを入れても3人だけ。手助けにはならない」
少年がルパートを見る。
「兄貴、ここでロイバスの悪口を言い続けるのには飽きた。
ロイバスの兵を1人でも2人でも殺したい。父ちゃん、母ちゃん、妹たちの仇を討ちたい」
もう1人の少年も賛意を示す。
「賛成だ。
兄貴はイェスパーには義理があるんだろ。
助けに行こうぜ」
彼らの言葉は庶民を装っているが、全員が貴族出身だ。ルパート自身、貴族の子として育てられた。
ただ、3人は素行不良で、家に寄りつかなかったり、勘当されたり、廃嫡されたりしている。
そして、銃と剣の訓練は十分に受けていた。喧嘩の延長ではあるが、実戦経験もある。
「よし、イェスパーと合流しよう。
妹も一緒に行く。
1人にはできないからな」
コスティは頑丈な老人だが、森の中で長時間戦うには年齢を重ねすぎていた。
トピアスは頭は切れるが、戦いは不得手。
だから、イェスパーは戦い方を考えた。
伯爵邸にあったオオカミ除けのトラバサミをフベルト隊の進路に仕掛けたのだ。
1人が足を挟まれたら、隊は止まる。そこに矢を射かける。
ミルカを伝令に出したので、頭数が減ってしまった。その穴を埋めるため、アネルマが加わった。
アネルマは、パーカッションロック式6連発リボルバーを金属薬莢式にコンバージョンしなかった。
パーカッションロックのまま、複数の弾倉を持つほうが有利だと考えたからだ。
新型6連発リボルバーにも興味がなかった。だが、予備弾倉5個は重く、森の中では縦横な行動の妨げになった。リボルバーの弾倉自体が死重となってしまっていた。
4人は森の中で戦い、銃と弓矢で敵を攪乱し続けた。
森の中の小さな流れに沿って、敵兵5が伯爵邸の背後に回り込もうとしている。この動きをアネルマたちが見つける。
森の中の道を選ばない知恵はあっても、この付近の地形に詳しくないため、方向を見失っているようだ。
樹高が高く、太陽の位置が判然としない。
3挺のフリントロック式マスケットと6連発リボルバーで襲撃し、短時間でこの小部隊を制圧する。
フベルトは伯爵邸を攻めあぐねていた。側面や背後にも兵を配置したいが、包囲できるほどの兵の頭数がない。
側面や背後からの攻撃は陽動でしかない。陽動作戦を成功させるためには、攻勢正面との連携が必要だが、狼煙でも使わなければ、それもできない。
それに、狼煙を上げれば、陽動と見破られる。
フベルトが掌握している兵は、負傷者を除くと15まで減っている。西側面と南背後に送った兵は、状況がわからない。
森の南側から銃声が聞こえている。激しい銃撃戦なのだが、銃声の数がフベルトの兵よりも圧倒的に多かった。
伏兵に襲われた可能性がある。
それと、やたらと射程の長い銃にも手を焼いていた。威力偵察で2人が戦死、5人が負傷している。射程外で活動し、撃たせる作戦だったが、あてが外れて多くが負傷してしまった。
その銃の数がわからない。立て続けに発射してくるので、少数でないことは確かだ。
フベルトは小部隊の指揮官としては愚かではなかった。現場の指揮官としての十分な訓練を受けていたし、実戦経験も豊富だった。
状況を分析すれば、ここは退くべきだったが、勲功を上げることに夢中で正しい判断ができなかった。
「日没まで待つ。
館から誰も逃がすな!
皆殺しにする」
兵の全員が命令を理解する。
長射程の銃を避けるため、薄暮攻撃を仕掛けるのだ。
「隊長、アリエ川にあの足の速い船が……」
部下の報告でフベルトが慌てる。快速艇のことは知っていた。魔法の力でとんでもない速さで川面を滑走する。
「敵が上陸したのか?」
「20人ほどですが、ほとんどは子供と女です」
フベルトはホッとした。
「夕暮れは待てない。
攻めるぞ」
「よし、始めるぞ。
迫撃砲を設置して、ドローンを飛ばせ」
慣例として、ドローンパイロットは女の子の役目となっていた。これには男の子から異論があったが、勲功爵や騎士から「男なら戦場で戦え」との意見が強く、認められにくかった。
この主張には裏があり、貴族に息子がいればドローンパイロットを娶らせたい、自分の娘をドローンパイロットにしたい、と望んでいたからだ。
ドローンを発見したのは、通信隊のドローンパイロットだった。
「班長!
私たち以外のドローンが飛んでいるよ!」
通信班長の鬼のような顔がほころぶ。
「援軍だ!
援軍が来たんだ」
オリバ準男爵は、2脚に立てかけられた鉄筒が何かわからなかった。
「ショウ殿、これは何だ?
まさか、大砲ではないよな?」
「準男爵、そのまさかだ。
ストークブラン式迫撃砲だ。
山砲をフラン曹長に持って行かれたので、こいつを引っ張り出してきた」
フベルトが「突撃!」と叫ぶ。
軽傷の負傷兵を加えて、また森の中にいて攻撃の機会をうかがっていた兵とともに、総攻撃を始める。
「絶対に屋敷にはあてるな!
半装填用意!
テッ!」
初弾は、有刺鉄線の防御線と伯爵邸の中間に落ちた。
「効力射!」
ポンという軽い音を残して、81ミリ迫撃砲弾の釣瓶撃ちが始まった。
オリバ準男爵は、砲弾の着弾跡が生々しいエイミス伯爵邸の前庭に立っていた。
「ショウ殿、ストークブラン砲は何門ある?」
「あれ1門」
「それはダメだ。
10門はいる」
エイミス伯爵は、手指の震えが止まらない。
「恐ろしい砲撃であった」
翔太は、伯爵邸を見る。
「庭をひどい有様にしてしまいました。
申し訳ない」
「あなたが総当主様ですね。
こちらのお方は?」
「ご挨拶が遅れました。
私は、準男爵のオリバと申します」
「おお、お名前はかねてから聞き及んでおります。
アリエ川を征する、と」
アネルマが森から現れる。
「叔父上!
余分な拳銃をお持ちではありませんか!」
アネルマは、翔太の右手にあるモーゼルC96に目を付ける。そして、有無を言わせず奪い取った。
「叔父上、どうするのですか?」
翔太は捕虜のことだと思った。
「無闇に殺したりはしない。
我々はロイバス男爵のような野蛮人ではない」
「そのロイバス野蛮人のことです!
当然、討ちますよね!」
「アネルマ、とりあえずルクワ川まで行く」
「そんな中途半端な!
それでも総当主ですか!
情けない!」
オリバ準男爵は、化粧の崩れた4人の姫を見ていた。
「姫は4人ですか?」
エイミス伯爵が「えぇ、姫ばかりで」と答えたが、オリバ準男爵が「それは僥倖。下の姫は鳥瞰魔法の使い手にされよ。縁談が山のように舞い込むでしょう」と答える。
エイミス伯爵は娘の縁談と聞き、ようやく心の落ち着きを感じ始めた。
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