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異世界編

02-016 反乱

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「敵の数は多いが、橋が隘路になる。しかも、中央よりやや北側は崩れている。応急修理は、せいぜい渡り板を張る程度だ。
 そこが、さらに狭い通路となり、南下を妨げてくれる。
 川にはオリバ準男爵の河川艇隊。
 広く哨戒するよう無線で連絡した。伝令も送ってある。
 船を持っていたとしても、河川艇隊が渡河を阻止してくれる。
 橋の南詰めを抑えてしまえば、我々の勝利だ」
 翔太の作戦にヴァロワの若者たちが頷く。

 そして、作戦は発動された。
 強硬派は、丈の高い草むらをかき分け、ゆっくりと北に向かう。
 アネルマはリボルバーを抜き、装甲車の横を歩く。

 ヒルマは笑い声を聞いた。

「あいつら、身体に草を巻き付けているぞ!」
 近衛兵団の若者が鞍から腰を浮かせ、遠見する。
 そして笑った。
 最年長の指揮官が命じる。
「抜刀!」
 全騎兵が銃ではなく、湾曲した片刃の刀を抜く。馬上から歩行〈かち〉の兵を攻撃するには、曲刀が向いている。
 鏡面加工した胸甲には金の象眼が施され、冑には鶏冠状の赤い房が付いている。黒いジャケットに白いズボン、黒いロングブーツ、純白の手甲。実に華やかな軍装だ。

 アネルマは、装甲車の停止に合わせて、歩みを止める。数歩進むと草丈は胸までから、膝下くらいに変わる。

 近衛兵団は、ヴァロワ中部でウマが不要な馬車が使われていることを知っていた。ウマを召し上げられたことから、代用品として使っているらしいことも知っている。
 だが、実際に見ると少しの恐怖を感じる。明らかに分厚い鉄板で覆われているからだ。

 装甲車2輌と普通のトラック2輌が、ボンネットだけを草むらから出す。
 装甲車1輌には虎の子のMG34機関銃を、もう1輌の装甲車にはZH29半自動小銃の射手2人が、トラックにも半自動小銃の射手が乗る。
 身体の大きい子がGew88小銃を持ち、選抜射手に中正式歩槍一式を装備させている。
 パーカッションロック式6連発カービンは120挺、拳銃は50挺ある。
 残りは前装銃だ。
 草むらから、銃身だけを突き出す。
 作戦は単純、前装銃射手が発射し、次発装填までの間、機関銃と連発銃射手が戦場を制圧。
 前装銃射手が第2斉射を行って、騎兵の突進にとどめを刺す。

「突撃!」
 ダルリアダ国王直轄近衛兵団第2軍の前衛約300騎が突撃を開始する。
 前衛がヴァロワ軍の正面を突破したら、後衛も突撃を開始する。

 翔太はダルリアダ軍が背後に回る可能性を案じ、兵100を2隊に分けて、少し離れた森に潜ませていた。
 このため、1000を若干下回る騎兵に対して、500の兵で立ち向かうことになった。

「テッ!」
 当初の計画とは異なり、強硬派は撃ちまくった。最初の斉射は統率がとれていたが、それ以後は各個に目標を狙った。
「撃ち方やめ~!」
 100メートル以内に達した騎兵は皆無。人の悲鳴と泣き声、ウマのか細いいななきだけが残る。
 倒れたウマに足を挟まれた近衛兵が何とか立ち上がろうともがいている。
 ヒルマがそれを見ている。
 彼女がゆっくりと草むらから出て、その近衛兵に近付く。
 彼女が、部隊幹部と思われる白馬に足を挟まれた近衛兵を見下ろす。
 若い近衛兵は、恐怖で顔が歪んでいる。ヒルマは、容赦しなかった。

 ヒルマが拳銃を左手に持ち替える。
 横列を作る彼方の近衛兵に向かって、右手の中指を立てた。
 こういった行為は、すべて麗林梓から教わった。
 そして、鈍い発射音が轟く。白馬に足を挟まれて動けない近衛兵の額を撃ち抜いた。

 近衛兵の指揮官は、寝食を共にし、辛い訓練に耐えてきた大勢の仲間が、一瞬で死んだことに理解が追い付かない。
 1人出てきた敵兵は、親友を射殺し、相対する指揮官に中指を立てた。その意味はわからないが、特別な侮辱であることは明らかだった。
 近衛兵であることに誇りを感じ、戦死するまで国王陛下を守ると誓った。
 だが、体格から女性と思われる敵兵が、彼を侮辱した。
 許せなかった。
 刀を抜き、単騎での突撃を開始する。

 ヤーナは選抜射手に選ばれなかったが、半自動小銃の射手に任命された。しかも、ジャンケンに勝ち抜き、一番きれいな銃を我が物とした。
 そして、突撃を開始した直後の敵将を撃つ。距離は400メートル以上ある。敵将は20メートルも進まぬうちに、地面に倒れる。
 スコープがないので命中しなかったが、冑の横をかすめた。敵将は立ち上がり、驚きの目で見ている。
 ウマは真っ直ぐ走り、ウマの扱いに慣れた見習い蹄鉄師が確保する。
 彼は生き残っているウマを次々と回収し、戦利品にしてしまう。その姿は、滑稽でもあった。
 誰かが笑うと、笑えぬ状況で近衛兵全員が笑う。

 近衛兵に笑われた賊軍は、近衛兵たちに向かって笑い返した。

 翔太はダルリアダ兵の顔を見て複雑だった。
「子供ばかりじゃないか?
 何なんだ、この部隊は?」
 ヤーナが後退を促す。
「ショウ様、危険です。
 お下がりください」
「子供ばかりだぞ」
「そうですね。
 私たちと大差ない年齢かと……」
 ヤーナはダルリアダ兵の年齢をまったく気にしていない。当然だ。彼女たちだって、翔太から見れば子供なのだ。
「クソ!
 子供を戦場に送るなんて、何考えているんだ!
 ダルリアダ国王はバカか!」
 ヤーナには翔太の怒りが理解できなかった。

 ピエンベニダの部隊とロレーヌ準男爵のグループ、そして近在農家の男衆は、オリバ準男爵に足止めされていた。
「各々方、我が息子たちはかなりの装備があるらしい。
 数日なら持ちこたえられよう。
 虚を突かれた我らは、この兵力しか集められていない。
 実はショウ殿から策を示されておる。
 ショウ殿曰く、応急修理した橋を落とすこと、対岸に渡り、ダルリアダの荷駄を襲うことを提案された。
 応急修理された橋を落とすには、踏み板にロープを引っかけ、キャリアダンプで引っ張ればよい。あの怪物なら、橋の上の兵やウマごと川にたたき落とせる。
 次に対岸に渡り、敵の背後を攻める。
 敵は北岸が戦場になるとは考えていないはず。
 いかがか?」
 ロレーヌ準男爵が賛意を表すが、ピエンベニダが懸念を示す。
「ウマやクルマはどうやって渡す。
 歩行では戦えぬ」
 オリバ準男爵が微笑む。
「実は、東の諸国との交易のために艀を準備していた。動力で動き、ウマどころかクルマも載せられる。
 上陸用舟艇という船だそうだ。
 4艇ある。
 アズサ殿からいろいろと教わった」

 フラン曹長は、砲6門を中核とする砲兵隊を指揮している。重い砲は進軍を遅らせ、戦場への到着は明日の朝になりそうだった。

「賊の銃は、どうして何発も弾が出るんだ!
 おかしいじゃないか!
 賊は悪魔に魂を売り、邪悪な力を借りているのか?」
 若い指揮官は怒りと動揺から、冷静な判断ができていない。目付として同行していた、国王軍古参下士官の意見などまったく無視。
 再度の突撃を企図する。

「弾倉は交換しておけ。
 空になった弾倉は後送し、弾込めしてもらうんだ!
 もう一度、突撃してくるぞ!
 もう一度、撃退するんだ!
 力を合わせれば、必ずできる」
 分隊指揮官たちが、必死で声をかける。貴族も農民も誰もが恐怖を感じている。

 翔太はトラックの荷台にいた若者にトンプソン短機関銃を渡す。
「有効射程は50メートルだ。
 引き付けて撃て」
 彼は、中国製コルトM1911ガバメントを抜き、歩行〈かち〉の兵とともにいる。

 近衛兵の騎馬突撃が始まるより、一瞬早く、川のほうで大きな音がする。
 オリバ準男爵の河川艇隊が橋の応急修理用踏み板に小船の錨を引っかけることに成功し、錨とつながるロープをキャリアダンプが引いたのだ。
 5本の丸太を桁にし、厚い木板を張った踏み板が一瞬で川面に落ちる。
 しかも、荷車2輌が道連れになる。橋の応急修理に丸1日かかったが、引きずり落とされるのは一瞬だった。

「橋の踏み板を壊した!
 ダルリアダ兵はもう渡れないぞ!」
 橋の破壊作戦そのものを知らなかった強硬派は、偵察用ドローンが撮影した映像の報告を聞き、突然の朗報に驚き、喜ぶ。
 歓声が沸き上がり、それが近衛兵たちエリート軍人を刺激する。

 戦場上空にドローンが現れる。
 ビルギット・ベーンが戦場を俯瞰する写真がほしいと、懇願したからだ。
 同時に南岸に渡った敵兵力が判明する。
 およそ1500。
 強硬派総兵力の倍。
 近衛兵は、背後や側面に回り込む動きを見せていないことも判明する。
 翔太は、背後を守るために伏せていた1隊を近衛兵の右翼側に移動するよう指示する。

 第2次第1波の突撃が始まる。
 射程の長い前装式ライフルが発射。続いて、前装式6連発カービンと拳銃が発射する。
 そして、第2波、第3波と続く。
 第3波は強硬派の眼前まで迫ったが、それでも何とか撃退する。
 第4波に対して、6連発は弾切れ。機関銃やボルトアクションライフル、そして前装銃の斉射だけが阻止の力だった。

 アネルマは銃をホルスターに戻し、刀を抜く。両手で扱う刀にようやく慣れ始めていた。
 死ぬか生きるかに、慣れ不慣れなど関係ないが……。

 翔太はコルトM1911ガバメントの弾倉を交換する。これが、最後の弾倉。刀を振るう代わりに、拳銃で白兵戦に臨む。
 ダルリアダの近衛兵は、馬上から刀を振り下ろす前にウマを倒され、多くは負傷し、多くが怯えている。
 騎兵の優位は機関銃と連発銃の前では、まったく無力だった。7.92×57ミリモーゼル弾の威力は大きく、わずか5挺だがブルーノZH29半自動小銃に20発弾倉を装着したことも功を奏した。
 この極初期の半自動小銃は、ブルーノZB26軽機関銃の弾倉を流用できる。オリジナルは10発弾倉で、着脱ができるが、通常は装弾クリップを使う。
 これをZB26用20発弾倉と交換したのだ。1挺に弾倉2個を用意したので、40発連射できる。5挺で200発。
 ラインメタルMG34機関銃は、75発入りのゼンマイ式ドラム型弾倉を使う。弾倉は10個あり、これだけで750発。
 10挺の5連発小銃には装弾クリップの用意が間に合わなかったが、それでも十分な威力を発揮した。
 前装銃隊は発射すると後退し、再装填後に前進した。装甲車とトラックが騎兵の突撃を抑える役目を果たし、発射速度の遅い前装銃の弱点を補完した。

「前進!」
 翔太が命じると、横隊でヴァロワの強硬派がダルリアダの近衛兵に向かって、ゆっくりと進む。
 草と同化する模様の服を着て、ヘルメットや背中に枯れ草を背負う異様な集団が丈の高い草むらから現れる。
 顔も緑や黒でペイントしており、目だけが光る異様な雰囲気だ。性別は体格でわかるが、確実ではない。
 色鮮やかな威嚇色の軍服を着けた近衛兵たちは、眼前に現れたまったく異質な戦闘集団を前に恐怖した。
 しかも、突撃してこない。十分な間合いを維持して、近衛兵の射程外から発射してくる。
 近衛兵たちも発射した。何人かに銃弾が命中し、倒れるが、起き上がってくる。胸甲は刀剣の斬撃には有効だが、銃弾には無力。胸甲さえ着けていない賊軍兵なのに銃弾が効かない。

 アネルマは右胸に銃弾を受け、あまりの痛さに蹲った。しかし、球形弾はボディアーマーを貫通しておらず、痛いだけ。
「チクショウ!
 痛いじゃないか!」
 そう言いながら、刀を構えて前進する。

 近衛兵は後退るだけ。突撃しても弾幕で阻止されるからだ。彼らは、騎兵が歩兵に対して無力だとは考えたことがなかった。騎兵は歩兵を蹴散らし、戦場の主導権を握る兵科だと考えていた。
 だが、賊軍は戦列を作らず、間隔を広くとり、バラバラに進んでくる。
 明らかに散兵だが、これほど大規模な散兵戦など聞いたことがない。軍略の講義でも、触れられていない。
 散兵は軍の側面などを警戒したり、狙撃の任務に就くなど兵科の主流ではない。
 若い近衛兵たちはエリートであり、勇敢でもあったが、固定観念に囚われすぎている。
 誰かが叫ぶ。
「あいつら、死なないぞ!」
 恐怖は伝播する。
 整然と後退していたが、一気に瓦解し始める。恐怖に取り憑かれた兵が、橋に殺到する。

 散発的な銃弾に追われて、アリエ川北岸に向かって近衛兵が後退していく。だが、橋は中央付近で落ちている。ダルリアダ軍工兵が架橋した応急の渡り板は、高速艇とキャリアダンプが引きずり落としてしまった。
 北岸のダルリアダ軍は、工兵、砲兵、輸送部隊、戦列歩兵で、エリートらしい傲慢さを見せていた若い近衛兵たちとはなじんでいなかった。
 それもあって、彼らはさっさと橋から後退し、北に移動してしまう。
 工兵は、高木を切り倒して渡り板を作ろうとしているが、それを架けたとしても、すぐに引きずり落とされることは明かだった。

 麗林梓は、裕福な高校生活を送ってはいない。アルバイトで得た収入は、すべて姉に渡していた。もちろん、小遣いはあったが、学校の帰りに友人とファミレスやバーガーショップに立ち寄ることはなかった。
 異世界を知ってしばらくすると、姉は看護学校に進学することを決め、妹は高校を全日制から通信制への転入を決める。
 理由は3つ。高校生活自体が梓には合っていなかったし、異世界が楽しかったし、クルマのショップがおもしろかったから。
 すべてを同時進行するには、全日制高校は不適だった。

 イルメリは、梢を「叔母上」、梓を「姉上」と呼ぶ。理屈には合っていないが、母と同じ年齢の梢は叔母で、アネルマと同年齢の梓は姉に思えるからだ。
 イルメリは梓とともに、高校生があまり行かないファミレスでパフェを食べていた。
 悲しかった。
 梓が「パフェは、Ⅰ日1つだけ」と意地悪を言うからだ。イルメリはパフェをお腹いっぱい食べたいのに……。
 滞在日数は決まっている。Ⅰ日1品では、デザート全品を食べつくすことはできない。それが、悲しかった。
 少しだけ涙ぐむと、店員が声をかけてくれた。
 梓が「帰るまでにパフェの全種類を食べられないって、泣いちゃった」と告げる。店員は梓と知り合いらしく「この子は?」と尋ね、梓は「バイト先の社長の子。子守を頼まれたんだ」と答えた。
 店員は微笑んで仕事に戻った。

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「姉上、ぶっ飛ばしちゃえば?」
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「ふ~ん。ダルリアダはぶっ飛ばしてもいいのに?」
「ダルリアダは別。悪いヤツらだから」
「じゃぁ、イヤなヤツは?」
「悪いヤツじゃない。バカなだけ」

「麗林、久しぶりだねぇ」
 極端に短いスカートの制服を着た女子高生3人と、少し年上の男1人が大型セダンから降りてきた。
「ちょっと付き合いなよ」
 梓は穏便に済ませたかった。
「小さい子が一緒だから」
 すると、別の女子高生がイルメリの腕を強く引っ張った。
「私が預かってやるよ」
 イルメリがニコニコ嬉しそうだ。
「その子を離してほしいんだけど」
「だから、付き合いなって言ってんだろ!」
 最初に梓に声をかけた女子高生が、梓の左手を握る。
 一瞬だった。
 女子高生は身体を大きく回転させ、アスファルトの地面に叩きつけられていた。
 梓の手には、薄手のパンツが。
「その子とこのパンツの交換でどう?」
 3人の女と1人の男は、何がどうなったのかまったくわからない。

 店長が飛び出してきた。
「お客様、110番しましょうか!」
 梓は躊躇わず「はい、お願いします!」と答えた。
 4人は慌ててクルマに乗り込んだ。
 男は慌てたため、駐車場にあった3台に連続して衝突する。
 梓は、彼の下手すぎる運転に呆れる。

 セダンは店長の制止を振り切って逃げた。
 梓は店長に「犯人の遺留品です」と言って、パンツを渡す。
 店長の困り顔が面白い。

 ショップに戻ると、イルメリが「面白かったね」と嬉しそうにしている。
 だが、梓は嶺林翔太から「目立つことはするな」と厳命されていた。

 ファミレス駐車場でのいざこざを重く見た梓は、イルメリとともにコルマール村への移動を決める。
 明日と明後日は定休日だから、店を閉められる。その後しばらくは、店は姉に頼むつもりだ。

 深夜、梓は元世界側の洞窟内にいた。
 イルメリは眠そうにはしていない。N60系初代ハイラックスサーフの助手席に座っている。このクルマを異世界に運ぶためだ。
 だが、岩屋の外で人の声がする。誰かはわからない。岩屋の鉄格子扉は完全に閉じている。施錠し、鎖と南京錠で2カ所。
 だから、静かにしている。

 異世界では、当初頻繁に運ばれた2トントラックに変わって、ライトエーストラック系750キロから1トン積みトラックが輸送の主流になっていた。
 積載量は少ないが、異世界の道幅が狭い道路事情から1トン積みのほうが便利なのだ。それと、軽トラよりも入手しやすい。
 ライトエース、タウンエース、ボンゴ、デリカ、バネットなど、メーカーや型式に関係なく、入手できたものを送り込んでいる。
 地域のパトロールなどではピックアップトラックが使われている。ほとんどが2WDで、4WDは貴重。
 修理を容易にするため、できるだけ車種と型式を絞っている。ハイラックスN60系とダットラD21系がその主流。当然、リペアパーツの供給元として、初代テラノWD21も見つけたら確保している。
 このハイラックスサーフは、車体を外し、トラック車体を架装する予定だ。

 2時間して、声がしなくなる。
 さらに1時間待って、梓は移動を開始する。
 イルメリは、飽きたのか眠ってしまった。イルメリを起こさないよう、空気タンクのバルブを開ける。密閉した車内なら、マウスピースを使わなくても移動できるようになっていた。
 また、車輌はガイドレールに載って、異世界側からエンジンウィンチで牽引されるので、迅速な移動が可能になっていた。
 異世界側から元世界側に車輌を移動する場合も、異世界側に設置しているエンジンウィンチを使う。
 このハイラックスサーフには、麗林梢の“野望”が詰まっている。彼女は元世界から異世界への支援型交流ではなく、相互協力関係の確立を考えていた。

 アリエ川南岸に渡河していたダルリアダ兵は、中流域で唯一となっている橋の南詰めに追い詰められている。
 橋を渡って北に後退したいが、橋の一部が崩落している。渡河のための応急修理は、中部の民兵に破壊された。
 そして、数々の武勇に彩られたダルリアダ近衛兵は、身体に枯れ草を巻き付けたみすぼらしい身なりの薄汚れた民兵に押されている。

 ウマに乗っている近衛兵はいない。川岸の土手の上に身を伏せている。土手下に降りたら、川側から銃撃される。信じられないほど高速で走るボートがあるのだ。
 あのボートがいる限り、泳いで渡ることさえできない。
 幼いときから人の殺し方だけを教わってきた。しかし、人に殺されることがあることは、誰も教えてくれなかった。
 彼らはいま、狩の獲物のように、ではなく、家に忍び込んだ虫のように殺されている。
 ヴァロワの民兵には、貴族の誇りや軍人の誉れはない。尋常な勝負を挑んだ近衛兵は、どこから飛んで来たのかさえわからない銃弾に倒れた。

「アネルマ、連中を焼き殺しに行く。
 援護してくれ」
 火炎放射器を背負う名を知らぬ少年にそう言われたアネルマは、一瞬躊躇ったが、首を縦に振る。
 焼殺は、ダルリアダ兵の常套手段だ。老若男女問わず、家屋に詰め込んで火を着ける。一家全員はもちろん、村人すべてを焼き殺した例も多い。
 一領具足でも、焼殺された親子が何人もいた。
 ダルリアダ兵は、焼殺される直前の怯えた母子には特別の悦楽があるらしい。父親の前で妻と娘を犯し、その後、父親の眼前で母娘を焼き殺す。これは、ヴァロワ国王たるダルリアダ国王が命じたヴァロワ人弾圧への手段だ。
 だが、単に王命だから兵として行ったのではない。ダルリアダ兵は、このイベントを楽しんだ。
 心から。

 翔太は眼前の敵を川に追い落とすきっかけを探していた。
 時間をかければ無勢のヴァロワ中部民兵は、差し込まれてしまう。一瞬の勝利に酔いしれている余裕はない。

 アネルマは火炎放射器を背負う少年兵とともに、橋の南詰め西側に回り込む。彼女の動きに合わせて、いくつかの小部隊が同行する。
 火炎放射器の最大放射距離は80メートル。有効なのは50メートル以内。ダルリアダ兵の射程内だ。
 火炎放射器を背負う少年は、近衛兵に向かって大胆に近付いていく。もちろん匍匐なのだが、決して進みを止めない。
 アネルマたちは間断なく狙撃して、ダルリアダ兵に頭を上げさせないようにする。

 翔太は西から聞こえる銃声に不安を感じていた。ドローンは川の上空にいて、西側はよくわからない。ドローン偵察員からの報告もない。
 あちこちで起きている散発的な銃撃戦なのだろうが、妙に気になっていた。

 背中のタンクに枯れ草をくくり付けた少年兵が、不意に膝立ちとなる。
 真正面には銃を持つダルリアダ近衛兵。火炎放射器の少年と大差ない年齢だ。
 火炎放射器の少年兵は迷わなかった。ダルリアダ兵を真正面から見詰めて、炎を放つ。
 ダルリアダの少年兵が炎に包まれる。瞬時で喉を焼かれ、声を出さずに火だるまとなって動き回る。
 瞬間、爆発した。銃の発射薬である黒色火薬が暴発したのだ。
 身体の一部がちぎれて散らばる。
 恐怖の悲鳴が、周囲を支配する。地に伏せて銃弾を避けていたが、恐怖からその場の全員が立ち上がる。

 その後は殺戮だった。
 銃弾と火炎放射に追われて、川に飛び込むもの。橋から飛び降りるもの。橋の崩落部分を飛び越えようとするもの。
 武器を捨てて降伏するものはいない。降伏の仕方を教育されていないからだ。
 また、戦うものもいない。刀を抜いて斬りかかろうともしない。

 ヴァロワ中部民兵の発射は、30分以上続いた。この日、アリエ川上流に架かる橋の南詰めで1500のダルリアダ兵が死んだ。
 多くは、ダルリアダ貴族の子弟で編制される近衛第2軍の将校候補生であった。
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