異世界で農業を -異世界編-

半道海豚

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異世界編

02-014 カマラの商人

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 ヴァロワは、西部大陸の中央に位置する国。北にダルリアダがあり、東西から他国に挟まれる。南は海に面している。
 ヴァロワの北部と中部は、南部とは深い森林が広がる高地帯で分離されている。
 同じ国ではあるが、文化はかなり異なる。
 南部における文化と経済の中核都市がカマラだ。カマラに至るには、高地帯に広がる深い森を抜ける数本の細い道があるだけ。
 この不便な交通がヴァロワを北と南に分断している。実際、南部はダルリアダ海軍を撃破したが、中部と北部の状況には無関心だ。
 そもそも南部は、ヴァロワ王家へのシンパシーが低い。高度な自治が認められていて、商業都市が多いことから、絶対王制最末期にある王家なんぞに興味はなかった。
 南部は、ダルリアダの圧力を楽々と跳ね返し、完全な独立状態にあった。
 コルマール村を含む中部東側から南部には、辛うじて馬車が通れる悪路が1本あるだけ。さらに、南部は陸路からのダルリアダ軍の侵攻を防ぐため、山道の斜面を切り崩し、道を塞いでしまった。
 レベッカは南部への道を切り開き、穀物の輸送を行う計画を立てていた。
 この地方は通常、アリエ川の水運を利用して、穀物を西に運んでいた。国境を越え、河口に到り、そこで他国の穀物商人と取り引きをする。
 現在、西の国境は閉じられている。
 また、アリエ川北岸にはダルリアダ軍がいるので、安全ではない。彼らは川の要所に関と砲台を設け、通行の妨害をしている。

 レベッカが主張する陸路で南部に到る試みは、通常ならば荒唐無稽なほど現実味はない。軽荷の馬車は通れるが、満載した状態ではすぐに立ち往生するほどの悪路なのだ。
 夜の会議でレベッカが力説する。
「それほど険しい山じゃない。それほど遠いわけでもない。
 私たちなら、道を切り開ける。
 あの道は、カマラの後背に出る。道を再開できれば、海に出られる。私たちの作物を売ることができる。
 小麦の収穫前に道を開きましょう」
 反対などあろうはずはない。
 生産が安定してくると、自家消費ではなく、販売が重要になってくる。東の諸国に販売はできるだろうが、過去に実績がない。
 南部とも実績はないが、同じ国なのだから、現実的な伝手がある。
 元バロワ軍兵士の農民が手を上げる。
「最近、うちの使っていない納屋に頻繁に出入りしているガキどもがいる。
 レベッカの妹もいると、うちの末っ子が教えてくれた。
 何をしているのか調べたんだが……。
 ガキどもはクルマを4台も隠していた。
 でっかいタイヤを付けたクルマが4台だ。
 で、末っ子に調べさせたんだ。
 四輪駆動ってやつだそうだ」
 場がざわつき、若者たちが慌てる。
 レベッカがアネルマをにらむ。アネルマは、どうしたらいいか考えるが何も思いつかない。
 その農民が続ける。
「あのクルマなら、崩れた道を乗り越えて、南部まで行けるんじゃないかと思っていたんだ。徒歩なら越えられるらしいからね」
 麗林梓が発言。
「道の様子がわからないけど、まずそこからでしょ。
 ジープ2台で偵察すればいい。整備は終わっているから、いつでも大丈夫」
 アネルマが口をとがらす。クルマをとられると思うからだ。
 大人たちがコソコソと話し合う。頭髪が真っ白な農民がアネルマを見る。
「リーダーはあんたか?
 あんたたちに頼もう。
 南に行く道を調べてくれ」
 アネルマたちが慌てる。拒否はできないが、クルマを手に入れた本来の目的とは違う。
 勲功爵の次男坊が応じる。
「ご老人、しかと承った。
 我が名誉に賭けて、この任務を引き受けましょう」
 大仰だが、このルートの啓開は簡単な任務ではない。

 コルマール村では、トレールやATVは好まれない。自転車がないので、バイクには乗れないし、ATVは4輪だが荷物が積めない。
 走破性が高くても、使い道がないのだ。
 その点、ジープは必要があればカーゴトレーラーを牽引できる。
 アネルマは、姉にジープを奪われるのではないか、と心配している。

 レベッカは、ワンボックスの利用価値は低いと判断している。必要なのはトラックだと。
 だから、ジープとワンボックスには関心を示さなかった。
 アネルマはレベッカがジープやワンボックスに興味を示さないと知ると、「アズサ、もう少し手に入る?」と尋ねるようになった。
 彼女の独断ではどうにもならないので、当然のように嶺林翔太に相談する。
 翔太も強硬派と呼ばれている若者が軽率な行動に出ることを心配していた。彼が日常の足にしている車検切れ間近のジムニーと、ショップが下取りした20年落ちでフロントバンパーがとれているパジェロミニのコルマール村移送を許可する。

 強硬派の若者は、ボンゴとデリカのワンボックスを使って、掌握地域外周の巡回を始める。総距離120キロ。ボンゴは右回り、デリカは左回り。5時間から6時間かけて一周する。
 パトロールが主目的なので、便乗者は副次的な仕事だったのだが、すぐに客を乗せることが主業務になる。
 ダルリアダ軍は進駐すると、武器とウマを取り上げた。抵抗の手段を奪うためだ。
 その後、追い出しに取りかかる。
 ウマがないので、馬車が動かせない。輸送の手段がないのだ。
 だから、レベッカはトラックの確保にこだわっていた。
 麗林梓はレベッカ・エスコラが忘れている、移動手段の確保に目を付けた。ある意味、強硬派を利用したのだ。
 嶺林翔太は、梓に「ハイエースのロングとダイナのルートバンを手に入れた。アネルマたちに使わせろ」と命じる。
 ハイエースの幅は169センチ。土蔵扉の幅は170センチ。ダイナルートバンのほうが165センチと狭い。コルマール村に移送できるワンボックスは、ハイエースが限界だ。
 パトロールの頻度が増せば、ダルリアダのゲリラの侵入を防ぐ効果が高まる。

 嶺林翔太は農閑期に入ると、ピックアップのシャーシを利用して、装甲車へ改造する作業を再開する。
 軽機関銃は、収穫までに最低限4挺は造りたいと考えている。

 強硬派にはリーダーがいない。すべて、合議制で決めている。だが、意見を無視できないメンバーが1人いる。
 麗林梓だ。
 彼女が「南部への偵察は、ATV、ジムニー、パジェロミニがいい」と発言すると、使用車は自動的に決まった。
 また、彼女が「ジープで牽引できる馬車を作ろう」と提案すると、異議はなかった。
 彼らも移動手段の欠如が、地域の交流を阻害していることに気付いたからだ。

 梓は、オリバ準男爵の館に招かれた。小さな館だが宮殿のような華やかさがある。そこには、行政府の樹立を目指すカイ・クラミもいた。
 夕食が終わり、歓談の時間となった。ここからが本題になる。
 オリバ準男爵が口火を切る。
「南への道は開けそうですか?」
 梓は答えを躊躇う。
「調査はこれからです。
 ですが、準備は整いました」
 オリバ準男爵が頷く。
「クルマを何台も調達したそうですね」
 梓が下を向く。
「都合、8台です。ジープが2台、軽のオフロードが2台、ワンボックスが4台」
 オリバ準男爵の嫡子が驚いてスプーンを落とす。車輌8の調達など、信じられないからだ。
「その噂は聞いている。
 新たなレイリンの姫は、口先だけでなく、実行力があると。
 この付近の貴族は、あなたに一目置いている」
 梓は褒められているとは思っていない。
「社長の指示や姉の協力もあるので……」
 オリバ準男爵は、核心に入る。
「アズサ殿、アリエ川を事実上封鎖したいのだ。いまでもダルリアダの遊撃兵が川を渡って侵入している。
 先日も農家が襲われ、アヒルが殺された」
 梓はホッとした。誰も死ななかった。でも、大切な家禽であるアヒルを殺された農家は、困っているだろう。
「わたしは何を?」
 オリバ準男爵が身を乗り出す。
「もっと、大きな船で川を哨戒したいのだ」
 梓が少し考える。
「船は造れますよね」
 オリバ準男爵とカイ・クラミが頷く。
「北から逃れてきた船大工がいる。
 大丈夫だ」
 梓がもう一度考える。
「トラックのエンジンを搭載する高速艇を造れたらいいかなって……」
 オリバ準男爵の嫡子が梓を凝視する。
 彼が絶えきれなくなる前に、父親が言葉を発した。
「そんなことができるのか?」
 梓が頷く。
 オリバ準男爵が嫡子に立つよう促す。
「我が息子をあなたに預ける。
 手足として使ってくれ」
 嫡子が深く頭を垂れる。
「どうぞよしなに」
 梓はチョコンと頭を下げた。

 ブラス・ミレレスは、先月の報告を見て深刻な表情をしている。
「これはどういうことだ!
 西側は250人も殺せたのに、東側はアヒル5羽、ニワトリ3羽、ブタ1匹だと!」
 彼は自軍の損害には興味がない。中部西側に侵入した兵は船の転覆で5人が死んだが、東側では戦死36、未帰還77に達している。負傷はさらに多い。
「東に大軍を送れ!」

 ロイバス男爵は焦っていた。彼の支配地ではダルリアダのゲリラが跋扈し、急速に治安が悪化している。悪いことに、盗賊を装うダルリアダのゲリラと本物の盗賊との区別ができない。
 住民の不安は大きく、ロイバス男爵の統治が揺らいでいた。
 彼は中部東側を見下しているが、その東側ではダルリアダのゲリラをことごとく退けている。
 話し合いなどしたくはないが、それをする必要があった。
 少しでも威厳を保ちたいとの思いがあり、会談場所として、女ばかりの貧しい村コルマールを選ぶ。

 コルマールの村内は明るい雰囲気だが、村の周囲は空濠、木柵、土嚢、有刺鉄線で囲まれている。野戦陣地と何ら変わりない。

 ロイバス男爵は、あてが外れている。おしゃれなカフェのテラスで、コーヒーを出された。角砂糖とポーションミルクもある。
 護衛の兵がチョコレートクッキーをハンカチに包んで懐に入れた。誰にも見られないようにしていたが、誰もが見ていた。そして、彼だけではなかった。
 コーヒーやチョコレートは、簡単に口に入るものではない。仕方ない。咎めることはできない。それをすれば、立場を悪くする。

「いい村だな」
 ロイバス男爵の言葉をレベッカは世事とは受け取らなかった。
「ええ、ここまでにするには2年かかった」
 ロイバス男爵は、レベッカを値踏みする。
「女だけでは、いささかたいへんだろう?」
 この問いには、レベッカたちは慣れていた。
「つまらん男に振り回されるよりはいい」
 ロイバス男爵はコルマール村を落とし、その他の村も次々に彼の支配下に置くつもりだった。そうすれば権威を回復でき、西側の支配も安定する。
「どうだ、私の支配下に入らないか?」
 レベッカは驚いていた。ロイバス男爵のバカさ加減に。
「男爵、貴殿に何ができる?
 それが問題だ」
 ロイバス男爵は、落ち着いている。
「私ならあなたを守れる。
 もちろん、この村も」
 レベッカが微笑む。
「そうか、西側は先月、だいぶやられたようだが?
 こちらはアヒルが5羽だ。
 ダルリアダ兵にアヒル5羽を殺された。
 オオカミにブタが襲われたが、いまでは、ダルリアダ兵よりもオオカミやクマのほうが恐ろしい。
 で、貴殿は私を何から守ってくれるのだ?
 キツネか?
 イタチか?」
 ロイバス男爵は、顔に怒気をためる。
 そこに、アネルマたち調査隊が戻ってくる。ジープ2輌と四駆のハイラックスとダットラは迫力がある。
 先頭のジープに乗るアネルマは、レベッカを認めてクルマを停めるが、ロイバス男爵を見て、軽く会釈してすぐに発車する。
 2輌のピックアップの荷台には、武装した若者が乗る。かなり物騒な雰囲気がある。
 ロイバス男爵は一瞬、気圧された。
 彼には、たわいない世間話をしてその場を繕い、コルマール村を退去する以外の選択肢がなかった。

 ロイバス男爵がレベッカにさらした醜態は、翌日までに中部東側全域に知れ渡っていた。
「ロイバス男爵がレベッカを守るって!」
「あのデブがレベッカに?
 バカじゃないの!」

 中部東側は、北との境を固め、南との交通を開こうとしている。そして、西側に対して警戒感を強めている。
 西側の実質的支配者と会話したレベッカは、彼の支配地からの侵攻を心配し始めていた。

 アネルマたち調査隊は、数年間まったく使われていない深い森を抜ける道の整備に膨大な労力を要した。
 倒木が道を塞ぎ、雨が路面を削り、樹木が路面から芽を出していた。
 路面が明確に判別できるのは入口から数百メートルまでで、その先は獣道ほども判別不能になっていた。
 草を刈り、灌木を切り、穴を埋め、地面を削り、1週間で丘陵地の最高地点に達した。
 短期間での工事を可能にしたのは、ミニショベル、ミニホイールローダー、ダンプカー、チェーンソー、草刈り機などのこの世界には存在しない機材だった。
 報告に戻ったアネルマがレベッカに伝える。
「姉上、残りは10キロだ。崖を崩して埋められた区間も開通させた。
 道幅が広くなり、一部はルートを変えたよ。
 もう少しでカマラに達する。
 カマラ側はあまり荒れていないみたいだし……」
 レベッカが微笑む。
「暫定政府を何とかしたいけど、そのためには穀物の買い手を探さないとね。
 オリバ準男爵は、東方諸国との交易を考えている。アリエ川の源流近くで渡れるところがあればいいけど、昔からそんな場所はないし」
 アネルマが小首をかしげる。
「橋は全部、東の隣国が落としちゃったからね。ダルリアダを怖がって。
 流れが急だから、船では渡れないよ。
 どうするんだろう?
 だけど、南の人に買い叩かれないためにも、東の国との交易は必要だよ」
 レベッカはアネルマが正常な判断ができることに安心する。一時期、異常に高まった復讐心が少し落ち着いたように感じた。

 軽のオフロード四駆2輌と4輪ATVがカマラに達すると、カマラ側は慌てた。完全に通行不能にしたはずが、復旧に成功したからだ。

 アネルマは他の仲間と引き離された。軟禁状態で、2日間にわたり事情を聞かれた。
 このとき、彼女はカマラに伝える。
「中部東側の代表使節が到着すれば、詳しい事情を説明する」
 カマラ側は当初、難民が逃げてきたと考えたが、すぐに違うと気付く。泥だらけだが、装備がいいからだ。それと、森に溶け込む模様の服を着ている。
 軍服にしては、珍しい。
 中部が解放されたとは信じがたいが、ダルリアダの支配下にいない人がいることは、確からしい。
 アネルマは、到着3日目に解放された。

 アネルマたちが戻る前に、レベッカはカマラへの使節派遣の準備を始めていた。
 道が開通したことは、アネルマの仲間がコルマール村に知らせていた。

 レベッカは、コルマール村だけでは使節としての体裁がないと判断する。
 フラン曹長、ロレーヌ準男爵、コンウィ城、そして暫定政府樹立の準備をしているカイ・クラミにも声をかける。
 会議はレベッカの予想に反して紛糾する。
「我々の力を見せないと。
 見くびられるぞ!
 南の連中はがめついからな」
 フラン曹長の意見は正しい。この場合の力とは、農業の生産能力のことだ。
「穀物を運ぶには、四駆が必要だけど、2台しかない」
 レベッカの説明にカイ・クラミが小首をかしげる。
「トラックは何台もあるじゃないですか?」
 ロレーヌ準男爵が説明する。
「普通のトラックは後輪しか回転しないのだが、四駆は前輪も自力で回転するのだ。
 どうにか通れるようになった山道を進むには、四駆でないと。後輪駆動車では、立ち往生してしまう」
 カイ・クラミは一瞬沈黙し、声を発する。
「穀物を満載したトラックを連ねて、カマラに行きたい……」
 フラン曹長が同意する。
「2台じゃ少ない。5台はほしい」
 ベングト・バーリが提案する。
「トラクターなら山を越えられるんじゃないか?」
 フラン曹長が即反応する。
「荷車がない」
 ベングト・バーリもすぐに反応。
「コンウィ城にある。
 軍の大型荷車が……」
 ロレーヌ準男爵が尋ねる。
「どんな荷車だ」
 ベングト隊長の回答は明確だった。
「12頭立ての長距離輸送用だ」
 この世界の馬車には、サスペンションがない。荷馬車には例外なく装備されていない。
 レベッカが賛成する。
「馬車並みの速度なら牽引できる。
 一番小さいトラクターでもウマ20頭分の力がある」
 ベングト隊長が驚く。
「大きいトラクターは?」
 レベッカは大型トラクターなら大型荷車を2輌連結しても引けると感じた。
「ウマ70頭分……」
 ベングト隊長が慌てる。
「荷車は4輌しかないんだ」
 ロレーヌ準男爵が微笑む。
「十分だ。トラック2台、トラクター4台荷車4輌で向かおう。使節は四輪駆動のワンボックスで」
 レベッカが驚く。
「あの子たちのクルマのこと、よく知っているのですね」
 ロレーヌ準男爵とフラン曹長が顔を見合わす。
「我が子をスパイするのは、実に面白い」
 2人が大笑いする。

 会議のあと、大人たちは、強硬派が2トントラックのシャーシを利用したトレーラー2輌を完成させていたことを知る。
 サスペンション付きなので、高速走行できる。
 積載量は3トンあり、木製荷台を架装すればすぐにでも使える状態だった。トラクターで牽引するために作ったもので、サトー製トラクター2輌も確保していた。
 若者たちは、このトレーラーをトラクターで牽引する計画だった。
 大人たちは若者に参加を呼びかけ、カマラに派遣する輸送隊に組み込んだ。
 強硬派のトラクターとトレーラーの参加によって、ピックアップと2トントラックが派遣隊から外される。
 トラクター6輌による荷車牽引が輸送の手段となった。

 使節団の団長は、カイ・クラミに決まる。レベッカとロレーヌ準男爵が使節団に加わることになった。
 この計画は、中部東側に広く伝えられた。
 レベッカの留守中は、麗林梢がコルマール村の責任者となることも決まる。そう決まると、早速、近在だけでなく遠方からの往診以来が入るようになる。

 強硬派はカマラへの道を切り開くだけでなく、輸送隊に参加できたことから大きな達成感を得ていた。
 一時のダルリアダへの復讐を声高に叫ぶ姿勢が消え、現実に向き合うようになった。
 暫定政府を樹立するには資金が必要。資金を得るには、作物を売らなければならない。臨時政府ができれば、ダルリアダとの向き合い方が変わる。

 カマラに運ぶ穀物は、緊急を要したので少数の村や農家が持ち寄った。そのことも臨時政府の準備組織が各地に広報した。

 レベッカはアネルマに「村に残りなさい」と命じた。表向きは「レイリンのものとして」だが、実際は違った。
 レベッカは、ダルリアダが動く可能性を強く感じている。アネルマは不満を隠さなかったが、おとなしく従った。
 ロレーヌ準男爵は次男をオリバ準男爵に預け、オリバ準男爵は警戒レベルを最大に上げている。フラン曹長は志願兵を集めている。
 そして、強硬派は相応の戦力になる。

 森は深く暗い。魔物が住むとも伝えられる。この森に道を開くことは簡単ではない。例え、道の痕跡が残っていたとしても。
 強硬派は、古い道をたどりながらも、建設機械を使って、部分的に新たなルートを切り開いた。深い谷や流れの急な沢はないが、川は河床を平らにならして、渡渉しやすいようにした。切り倒した丸太を使って、橋を架けた川もある。

 イルメリは母親が戻るまでの5日間、元世界で翔太や梓と一緒にいることになった。イルメリは大喜びで、梓と一緒に店番することをが楽しみだ。

 使節団は日の出前に出発した。突然、天候が崩れない限り、当日中にカマラに到着する予定だ。
 数日間晴天が続いており、大雨が降る様子はない。天候は使節団の味方だ。

 レベッカは道の状態が想像以上にいいことに驚く。ただ、トラクターが牽く木製の大型荷車は速度が出せず、進行の足を引っ張った。サスペンション付きの荷車が楽々と進むのに、サスペンションなしの木製荷車は壊れないように注意する必要があった。
 問題は多々見つかるが、それでも日没の3時間前にカマラに到着する。

 カマラは混乱する。
 道の開通後、最初の調査隊にも驚いたが、穀物を満載する荷車が列をなして到着したのだ。
 驚きは、幾重ものソリトン波となって、カマラを越えて周辺に伝わっていった。

 昨年収穫した小麦だが、興味を示す商人が複数いた。
 中部の小麦が良質だからだ。いまは収穫前の品薄な時期でもあり、商人にとっては喉から手が出るほどほしいものだった。

 レベッカは商談に加わることができなかった。
 カマラの自治政府から面会を求められたからだ。彼女はカイ・クラミとともに、自治政府の商務大臣と面会する。
 商務大臣の隣に座る事務官は、明らかに軍人だ。これほど眼光の鋭い官吏はいない。軍務官僚ではなく、実戦部隊の指揮官クラスだろう。
 当然、最初から商取引の話題ではなく、軍事に関わる事柄から始まる。
「カイ殿、貴殿は中部を領されているのか?」
 商務大臣の疑問は当然と言える。
「いいえ、中部東側の全権大使という立場です」
 商務大臣は、間髪入れずに問う。
「では、西側は?」
「商務大臣閣下、西側はロイバス男爵というヴァロワ貴族が支配しています」
「大使閣下、では東側の支配者は?」
「東側は、自由、平等、博愛を掲げています。支配者はおらず、民衆の総意で運営する暫定政府の樹立を目指しています」
 商務大臣の口角が上がる。
「自由、平等、博愛ねぇ?
 貴族と農民が平等と?」
「大臣閣下、その通りです。貴族と民衆に身分の差はありません。
 実際、貴族の荘園が襲撃されたら、付近の農民が武器を持って駆けつけます。その逆もしかり。
 我らは互いに助け合って、我らの土地をダルリアダから奪還したのです」
「大使閣下、にわかには信じられませんな。
 この世界には、支配するものと、支配されるものしかいないのです」
「お言葉ですが大臣閣下、我らが解放した土地には一領具足と呼ばれる集団がおりました。貴族でもなく、農民でもない彼らから、ダルリアダへの反撃が始まったのです。
 こちらのレベッカ・エスコラ様は、一領具足の指導者であり、東側の有力者の1人です」
 商務大臣がまたしても口角を上げる。
「南部では、良家の子女は家庭で刺繍や編み物などをするものですが……、中部は違うと?」
「中部東側4分の1は具足さんの土地。具足さんの女性は……」
 レベッカが発言する。
「我らは、男も女も、幼き頃より武芸の鍛錬を怠らない。もちろん、戦いに向かぬものはいる。
 だが、戦いとは戦場で剣を掲げるだけではない。別な戦い方もある。
 我らはヴァロワ国王からの依頼があれば、戦場に駆けつける兵〈つわもの〉であった。現在は中部東側の方々とともに戦っている」
 商務大臣は、明確にレベッカを見下している。理由は、女性であるからだ。
 カイ・クラミとの会話も交わらない。
 結局、翌日に再会見することとなり、いったん辞去した。

 穀物商との商談は順調だったが、カマラ政府からの取り引き許可がなければ、売買はできない。
 中部はダルリアダと戦争状態にあり、南部は同国を刺激したくないとする思惑もある。だが、実際は南部もダルリアダと戦争状態なのだ。
 この件に関しては、相互に強くは主張できない。

 再会談もかみ合わない。有力貴族が支配すべきだと考える商務大臣と民主的な政権樹立を目指すカイ・クラミとでは、議論が成立しないのだ。
 商務大臣は、西側を支配するロイバス男爵のほうに興味を抱き始めてしまっている。レベッカとカイ・クラミは「ロイバス男爵の支配を受け入れない理由は何か?」と問われ、返答に困った。貴族の支配を明確に否定する露骨な言い様は避けたかったからだ。

 会話がかみ合わないまま、時間だけが過ぎる。そんな中で、会議室に血相を変えた派遣メンバーの勲功爵が駆け込んできた。レベッカに耳打ちし、カイ・クラミが何事かと、聞き耳を立てる。
 レベッカが勲功爵を促し、その場の誰もが聞こえる声での説明を求める。
「ロイバス男爵の部隊が東西の境を越えて、オーブラック地区に侵入した。
 我らの留守を狙った、空き巣行為だ。
 オーブラック地区の大半は、オーブラック村とロレッス村の土地。侵入した軍は村の占拠はしなかったが、未開墾地と農地の多くに立ち入っている」
 レベッカは慌てていない。
「兵力は?」
「200ないし300」
「コズエ殿はいかに?」
「コズエ殿は運良く、ロレッス村で巡回診療されていたので、すぐに事態を知った。
 アネルマに命じ、部隊を出動させた、のだが……」
「いかがした。何があった?」
 勲功爵の様子がおかしく、レベッカが初めて慌てる。
「アネルマやロレーヌ準男爵のご子息が……、我が息子もだか……」
 レベッカは悟った。
「死んだか?」
「いいや。レベッカ殿、コズエ殿、ショウ殿がいないことをよいことに、あのバカどもは装甲車を繰り出したのだ。
 たった20人ほどで侵入していたロイバス男爵の部隊を蹴散らし、森に囲まれた草原に逃げ遅れた兵50ほどを追い込んだ。
 そして、あれほど使ってはならぬと命じておいた火炎放射器を使ったのだ。
 火攻めよ。
 装甲車から発射したようだ。
 炎に追われて、武器を捨てて降伏したのだが……。
 その中にロイバス男爵のご嫡子がいた。
 男爵の部隊は村には侵入しなかったが、畑にいた農民たちをいたぶったんだ。
 あの悪童たちが、それを許すわけがない。
 ロイバス男爵のご嫡子は、生きていることが不思議なほど殴られたとか。
 コズエ殿が治療に当たられていると聞いた」

 レベッカは怒りを抑えるのに苦労していた。
 威力偵察のつもりだったのだろうが、ロイバス男爵の小バカにしたような行動に腹が立つ。
 だが、それ以上に装甲車を持ち出し、火炎放射器を使ったアネルマたちの蛮行にも腹が立つ。
 カイ・クラミがレベッカを見る。レベッカは勲功爵を見る。
「貴殿に後始末の指示をお願いしてよいか?」
「承知した。
 捕虜は西側に返す。
 ウマは賠償として返さない。
 ご嫡子は治療後、コンウィ城に送る。
 これでよいか?」
 レベッカは、このゴタゴタを利用した。
「ヘルガ殿には、ご嫡子の首をはねぬよう伝えて欲しい。
 それとロイバス男爵には、境を越えたらご嫡子の首をはねると伝えて欲しい」
「承知した。
 しかし、ロイバス男爵は我らに勝てると本気で思ったのか?
 摩訶不思議だ」

 カイ・クラミはどう話を進めるか思案したが、結局、現状を追認することにした。
「大臣閣下、ロイバス男爵のご嫡子様を我らの兵が捕らえたとのこと。
 これで、ロイバス男爵の支配を受け入れる、という大臣閣下のご提案はなくなりました。
 ご嫡子様は、コンウィ城にて預かりの身となります。城主のヘルガ・オーケルは、厳重な監視下にて、おもてなしされることでしょう」
 レベッカは、オリバ準男爵が動かなかったことに安堵していた。ダルリアダが動いていない証拠だ。
 ダルリアダの南進を心配していたが、まさかロイバス男爵が動くとは思っていなかった。ある意味、油断だった。
 商務大臣は、理解しがたい様子だ。
「大使閣下の留守を狙った?」
「大臣閣下、正確にはレベッカ様の留守を狙ったのでしょう。
 レベッカ様の軍は精強ですから。
 気になる点もあります。レベッカ様の軍はピエンベニダが指揮しているはずですが、彼女がどうしたのか?
 何かあったのか?
 どうして、村の代表代理であるコズエがアネルマに出動を命じたのか?
 ロイバス男爵が策を弄したのか……。
 どちらにしても、ロイバス男爵が東側の支配を目論んでいることは知っていました。ですが、彼の才ではダルリアダには対向できません。
 それほど利口な人物ではないのです。武勇にしても、子供たちに蹴散らされるようでは……」
 商務大臣が眉を動かす。
「子供たち?」
「はい大臣閣下。
 血気盛んで、世間知らずな若者たちが戦いました。まぁ、ロイバス男爵の軍を蹴散らしても、自慢にならぬことくらいは承知しておりましょう」

 商務大臣はカイ・クラミ全権大使が、中部西側の支配者ロイバス男爵を見下していることは理解できた。
 そして、中部を武力制圧することは、状況から推測すると比較的容易だと考えるようになった。
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20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。

未来から来た美女の俺

廣瀬純一
SF
未来から来た美女が未来の自分だった男の話

異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。 異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。 せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。 そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。 これは天啓か。 俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

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