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異世界編

01-009 徒手空拳じゃ戦えない

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 年が明け、厳冬期を迎える頃、キャンプの全員が後装単発銃で武装し終えた。
 人気はトラップドアで、スナイドル銃は敬遠される。スナイドル銃は、後方装備になる方向だ。
 トラップドアへの改造作業は、もう少し続く。

 翔太は、農閑期である厳冬期に装甲運搬車を地下空間から引っ張り出すことにする。
 車体を載せるためのドリーを台車用のキャスターと分厚い合版で自作し、横倒しにした車体をその上に載せる。
 その前に、積んである荷物、概算1500キロの荷物を降ろさなくてはならない。
 この大作業を決めた理由は複数ある。
 領主たるキュトラ伯爵家は、ショウ・レイリンを警戒しており、真偽不明だが暗殺計画が噂されている。
 裕福な農家(豪農)数軒と複数の勲功爵家と準男爵家が、ショウ・レイリンに忠誠を誓ったという噂がある。
 ショウ・レイリンは、地域農家に武装を奨励している、とも。
 実際、コンウィ城兵はキュトラ伯爵領の3分の1に立ち入れなくなっていた。キュトラ伯爵家が雇った傭兵はダルリアダ人を入植させるために、ヴァロワ人を追い出すことが任務だが、反撃を受けるようになっていた。
 この地域の住民は、武装集団を見つけると「盗賊だ!」と叫び、地域総出で見境なく攻撃する。捕らえれば、問答無用で絞首刑にする。
 これが何度か続くと、傭兵は立ち入らなくなり、他の地域で暴れた。
 傭兵の任務は暴力による脅迫で、ヴァロア人をヴァロワから駆逐することにある。立ち去らないならば、殺す。傭兵にはその権限が与えられていて、罪には問われない。
 しかし、非合法活動なので、国王の保護はない。住民は、現行犯ならば賊を捕らえられるし、処罰もできる。

 春まき小麦の農作業が始まる季節になると、ヴァロワ国王(ダルリアダ国王)はヴァロワ貴族の権利を停止した。全爵位を廃止し、特権を剥奪したのだ。
 この行為に対して、男爵以上の上級貴族に抵抗の術はなかった。準男爵以下のうち、土地の所有を認められていなかった勲功爵と騎士は庶民となったことから、ささやかな特権を失った代わりに庶民と同様の権利を得た。
 なお、ヴァロワ貴族の軍歴と公職歴は、すべて抹消された。
 ダルリアダ王国が立案したヴァロワ人追放計画は、貴族に対しては上々の成果を上げたが、農民や街の労働者は頑強に抵抗している。
 この頃から、街の労働者の一部が「王制打倒」を唱え始める。彼らは「国王の国外追放」や「共和制移行」を喧伝している。
 庶民のほとんどは、王制と共和制の違いを理解していない。
 レベッカを含めたキャンプの面々も例外ではなかった。
 翔太はレベッカに請われて、王制と共和制の違いや、封建制、専制、独裁制などの政治体制の特徴を説明した。
 おざなりなら一瞬で終わるが、きちんと説明すれば長い話になるので、徐々に聴衆が増え、農民や下級貴族まで加わるようになってしまった。
 ヴァロワの封建制は終末期に至っていた。きっかけがあれば、王制が倒れ、共和制に移行しただろう。しかし、共和制の機が熟す前にヴァロワ王家が断絶。王制継続を望む周辺諸国の干渉があり、軍事大国であるダルリアダ王家が支配権を獲得した。
 しかし、各国の王家は、絶対王制の維持が難しいことは理解していた。ゆるやかに立憲君主制へ移行できれば、権力を失ったとしても王家は安泰と考えていた。
 ヴァロワ王家が断絶したことから、共和制への移行が起こるのではないか、との疑念から周辺諸国が干渉してきたのだ。
 ダルリアダは封建貴族制社会であり、国王が絶対的な権力を有しているわけではない。国王は財力と軍事力が最大の貴族の1人でしかない。
 つまり、ダルリアダは絶対王制以前の社会体制であり、ヴァロワと比べると1周半ほど周回遅れの社会体制だった。
 ダルリアダを除く周辺諸国はヴァロワの取り込みを嫌った。これら諸国は、国の体制が半周進んでいるヴァロワが怖かったのだ。
 権力者がもっとも恐れることとは、社会体制の変革だ。社会体制の変革は、民衆が豊かになり、教養を獲得すれば自動的に起こる。
 ヴァロワの農民と街の住民は、周辺諸国とくべて相対的に豊かだった。そして、識字率が極端に高かった。

 ヴァロワ貴族が特権と身分を剥奪されてしばらくすると、治安維持を名目に王都からのヴァロワ人追放が始まる。
 結果、王都周辺の森に多くの人々が難民となって留まっていた。行くあてがないからだ。

 横倒しにされた惨めな装甲運搬車は、異世界に運び出された。履帯を地面に接地させて、本来の姿勢になると、子供たちの遊び場になった。

 装甲運搬車の積み荷は、中古の軍用テントの中に並べられる。
 エンジンルームには、全長1.3メートルほどの木箱があった。砲弾の弾薬箱らしい。漢字表記だが、日本語ではない。かすれていて読みにくいが中国語だ。
 木箱の蓋は釘で打ち付けられており、バールでこじ開ける。
 箱の周囲には、レベッカなど10人近くが集まっている。
 ピエンベニダが「銃なの?」と少し戸惑った声を出す。
「あぁ、銃だ。
 ドイツ製モーゼルkar98k狙撃銃とチェコ製ZB26軽機関銃だ。
 俺の爺さんは、こんな物騒なものを日本に持ち込んでいたのか。
 驚くし、呆れる」
 ピエンベニダが5連発ボルトアクションのkar98kに興味を示す。
「その銃は?」
 翔太がkar98kを手にし、ボルトを引き、弾倉に弾が残っていないか確認する。弾倉は空だった。
「5連発のライフルだ。
 この銃が作られた時代としては、優秀な軍用ライフルだ。
 スコープのレンズが割れているけど、これは手に入る。有効射程は1500メートル、2000歩以上だ」
 この世界には明確で統一された計測単位体系がない。税を徴収するための度量衡さえいい加減だ。納税のための穀物袋が、突然20パーセント増量なんてごく普通にある。
 徴税官が徴収する場合、その20パーセント増量分が私〈わたくし〉される。こうして、徴税官は私腹を肥やし、要求は年々増えていき、農民は困窮に陥る。
 この点は、ヴァロワも周辺諸国と大差ない。
 ピエンベニダが「どうやって使うのだ」と問うので、翔太はセイフティの解除とボルトの動かし方を教える。

 エンジンルームには、弾薬缶が40、木箱が1つ。弾薬缶には布のベルトで連結された7.92×57ミリ弾が2連、計200発が入っていた。機関銃の弾帯だが、この弾帯を使う機関銃は見つけていない。
 しかし、傑作とされるチェコ製ブルーノZB26軽機関銃が手に入ったのだ。幸運だ。何しろ、この軽機関銃のライセンス品であるブレン軽機関銃は一部の国では21世紀になっても使われているのだから。
 30発箱弾倉が4つと、装弾器もある。

 翔太はかつて父親が営んでいた自動車整備工場の跡地を売却することにする。
 祖父が創業した当時、この場所の周囲は畑と田んぼしかなかった。しかし、父親が承継する頃は東京への通勤圏になりかけていた。
 短期間に周囲は住宅ばかりとなり、工場は場違いになっていく。父親が廃業を決めた理由の1つがこれだった。
 ただ、工場自体は残っており、クルマ好きの父親はここを趣味の作業場にしていた。
 翔太の代になると、それさえ迷惑かなと思わせるものがあり、そろそろ処分を考えていた。
 工場設備の移転先はポツンと一軒家で、それは父親が決めたことだった。そのための山中にたたずむ一軒家であった。
 翔太は、この工場跡を売却し、バイパス沿いの草地に工場を移し、レストア車の販売をすればある程度の収入が見込めると考え始めていた。
 いまさらサラリーマンは無理だし、異世界での農作業もあるし、父親と祖父から学んだ自動車整備の技術がある。
 古い内燃機関のクルマならば、十分に扱える。
 そして、異世界で農業をするには、元世界で資金を調達しなければならない。
 祖父と父親が残した資産を食いつぶす前に、現金を得る手段を考えなくてはならない。

 翔太は思案したが、バイパス沿いには軽整備ができるショップのみにし、レストアは父親が計画した通り、山中の一軒家で行うことにする。
 扱う車種はオフロード四輪駆動車だ。従業員は、ショップに2人ほど。板金・塗装は外注するつもりでいた。

 翔太は異世界と元世界を往復し、猛烈に多忙だ。
 封建制がどん詰まりになった18世紀的世界と、国家間の戦争がなくなったものの地球温暖化とそれに起因する気象の激変に苦しむ21世紀とでは社会の差は大きい。
 日本も異常気象に苦しんでいるが、世界的な蝗害〈こうがい〉による食糧不足は深刻になりつつある。
 アメリカが大豆の輸出ができなくなったり、オーストラリアでは小麦の生産量が激減している。
 いまでは、豆腐やうどんは高価な食べ物になっている。
 日本近海では、漁場の取り合いが起きている。各国が沿岸警備隊や戦闘艦で、魚船団を守るという信じられない事態が起きている。
 同じことは、ヨーロッパでも発生している。イギリス海軍とアイスランド海軍が交戦したとの情報もある。
 とにかく、世界は食糧を巡って、きな臭くなっている。

 翔太は、ショップの募集を見て応募してきた女子高生の履歴書を見て驚いていた。
 麗林梓と名が記されている。嶺林は麗林と書くこともある、と父親から聞いたことがある。嶺林家はもともとが異界人なので、レイリンに適当な漢字をあてて姓とした。だから、違う漢字を使っているグループがいるのだ。
「麗林さんは、高校生?」
「はい、2年です」
「アルバイトは、ご両親の許可が必要だけど、大丈夫?」
「両親はいません。
 姉と一緒に住んでいます。
 保護者は姉で、姉の許可はもらえます」
「ここまで、どうやって通勤するの?」
「自転車で来ます!」
「結構距離があるよ」
「大丈夫です。
 10キロくらい何でもないです!」
 翔太は話題を変えた。
「私も字は違うけど嶺林なんだ」
「……」
「レイリンという苗字の由来を知っている?」
「珍しいとしか……」
「そうか……。
 では、明日から開店の準備を手伝ってくれる?」
「はい、頑張ります!」

 山中のポツンと一軒家からバイパス沿いのショップまで、20キロもあるが、信号は2カ所だけ。通勤時間は40分あれば確実に着く。
 当初の商品は、父親が残したレストア済みのランドクルーザーFJ40系だ。もちろん、ネットでも販売するし、ネット販売が主流で、実車を見たい顧客のためのショップとも言える。
 もちろん、クルマは雨ざらしではない。

 春まき小麦の作付けが終わる頃、ヴァロワの新王となったダルリアダ国王は、あからさまな民族浄化を始める。
 だが、一部のダルリアダ貴族は、それに従わなかった。ダルリアダ貴族の中にはヴァロワ貴族を容赦なく追い出しても、ヴァロワの民衆には寛容な姿勢を見せるものが少なくなかった。
 彼らは「民衆に罪はない」との言葉をよく使ったが、真実は農業生産量の低下を嫌っていただけ。農民を農奴化し、生産量と収益を極大化する政策をとった。
 ダルリアダは絶対王制ではないので、国王の権限は限定的であり、領地の支配は領主に任されている。国王はあれこれと指図できるが、命令はできない。領主は領内統治に関して、国王の命令に従う義務はない。
 王都周辺は国王直轄地であり、国王の自由にできた。だから、ヴァロワの民衆に対する殺戮行為は王都周辺から始まる。

 王都周辺の街の住民と農民は難民となり、東西と南に逃げる。
 しかし、ダルリアダ人領主たちは難民の受け入れを拒み、領地への流入を防ぐために、領地の境に関を設けて、交通を完全に遮断した。
 主要街道以外の間道も封鎖され、交通の自由は失われた。

 王都の調査隊は、民族浄化が始まるだいぶ前に危険を察知してキャンプに帰還した。
 東西の各調査隊は健在で、情報収集にあたっている。
 王都調査隊の最後の情報は「キュトラ伯爵の要請により、国王は国王直属の軍人であるバートリ将軍をキュトラ伯爵領に派遣する」と言うものだ。
 バートリ将軍は蛮行で有名であり、王都における虐殺を主導しているとも伝えられている。
 バートリ将軍麾下の部隊は、軍事作戦として女性に対する性的暴行、乳幼児の殺害、捕虜の公開処刑、処刑された人の遺体放置を行っている。
 彼は、恐怖こそが治安維持の要諦だと述べたとも伝えられている。
 翔太は彼が書いた文書を探したが見つけられなかった。そのはずで、バートリ将軍は、自分の名前以外の読み書きができない。
 ヴァロワにおける識字率は70パーセントを超えるが、ダルリアダでは10パーセントもない。貴族でも普通に読み書きができない。

 この頃、元下級貴族を中心に「北の防衛線をどこにするか」が議論されていた。
 勲功爵や騎士は例外なくヴァロワの元軍人であり、戦術・戦略に長けていた。
 王都から南下してくる軍勢をどこで待ち受けるかが問題で、アリエ川南岸水際が適当との判断が下されていた。
 南下してくる軍勢はアリエ川を渡渉する必要があり、泳ぐのではないならば、船で小部隊を送るしかない。
 これを待ち受け。各個に撃破殲滅する、という作戦を固めていた。
 アリエ川南岸の戦いに勝利すれば広大な農地が無傷で収穫を迎えられる。
 一方、ここでの戦いに敗北すると、地形上の障害がほとんどなく、一気に攻め込まれる。

 この頃、キャンプには北を見張る拠点がなかった。アリエ川が渡河されると、レベッカたちの農地北端まで30キロほどしかない。
 レベッカたちはヴァロワの下級貴族とは異なり、騎兵による奇襲的強襲を警戒していた。下級貴族たちは数千の大軍が王都を発すれば、すぐに察知できると判断している。
 だが、100騎から300騎程度の騎兵だけならば、アリエ川北岸までは1日で至るだろう。その日のうちに渡河されると、レベッカは防衛の機会を失うと心配している。
 この付近には、農民や下級貴族しかいない。組織化された軍はないし、短時間に都合が付く戦力は20人から30人程度の武装民兵程度だ。
 勲功爵や騎士は戦えるが、農民はそうではない。勇敢ではあるが、戦い方は知らない。訓練も受けていない。
 となると、この地域の最大戦力はレベッカたちだった。よく訓練されていて、装備も悪くない。士気も旺盛。
 欠点はウマがないこと。だが、クルマがある。後輪駆動のダットラとハイラックスを手に入れてからは、機動力が大幅に向上している。

 ショップは火曜と水曜が休み。月曜、木曜、金曜は翔太が1人で店番をしている。麗林梓は土曜と日曜が勤務日。
 これではレストアができないので、月曜、木曜、金曜に働いてくれる募集を考えた。
 すると、麗林梓の姉梢が食品工場が閉鎖になるので失職するという。
「次の職が見つかるまで、働かせて欲しい」
 麗林梢に頼まれるが、翔太にとっては願ってもないことだった。
 梢は器用で、見様見真似で初歩的な板金成形技術を覚えてしまった。食品工場での仕事は彼女には合わなかったらしく、クルマを扱うほうが性に合っているとか。
 また、姉妹が一緒にいられることも、2人には幸せなことらしい。

 翔太の二重生活は、実に過酷だった。だが、充実している。
 数カ月後には小麦の収穫が始まる。小麦の様子を見に行くと、アネリアがキャンプに飛び込んできた。
「姉上、たいへんだ!
 バートリ将軍の精鋭200騎がアリエ川を渡ってしまった。
 迎え撃とうと集まった農民軍の横を素通りして、南下している!」
 すぐに地図が広げられる。
「ここで迎え撃ちましょう」
 彼女が示したのは、南北の街道が貫通する北に開口部を持つ馬蹄形の耕作放棄された農地だった。

 馬蹄形の草原には、近在の銃を持つ農民、農民となった元ヴァロワ兵、準男爵、勲功爵、騎士たちが集まっていた。
 すでに、街道沿いにある複数の村が焼かれている。街道に沿って、火事の煙が立ち上っているのだ。
 農民たちは戦い方を知らず、貴族や元兵士は戦列歩兵戦を企図していた。
 だが、レベッカたちがやって来て、彼女たちが森の中に個人塹壕や倒木を使った防御陣地を作り始めると、農民たちが協力し、なし崩し的に貴族や元兵士も従った。
 理由は簡単。真正面から戦っても、勝ち目がないのだ。

 青いジャケットに純白のズボンとシャツを着た立派な軍装の準男爵が、貴族部隊を指揮している。

 キャンプにはピエンベニダを隊長として、戦える女性20が残る。
 全員がキャンプ内にいて、防衛態勢にある。

 森に囲まれた馬蹄形の縦深は、350メートル。この森に囲まれた地形の北側は開けている。南側は街道を除いて閉じている。
 馬蹄形の開口部で、バートリ将軍は止まるよう命じる。

 翔太が街道に出て、ゆっくりと歩き始めると、全員が慌てた。準男爵があとを追ってきた。
「ショウ・レイリン、どうする気だ」
「バートリ将軍に挨拶しよう」
「何を馬鹿な!」
「北に戻ってくれるなら、戦わなくてすむ」
「何を言ってるんだ。
 いくつもの村を焼いているんだぞ。
 引き返すわけがない」
「人を乗せた馬は1時間に40キロほどの速度で走れる。
 この草原なら、30秒で走り抜けられる。
 マスケットなら1発撃てば、2発目を弾込めする時間はない。
 その後は馬上から斬られて終わり。
 だから、うちの大事なお姉さんたちを森に入れた」
「しかし……、どうやって戦う」
「騎馬突撃を食い止めればいいんだ。
 森が邪魔になるから、全速での突撃はできない。将軍閣下の部下がウマに乗っている間に、全員を撃ち落とす」
「何か策があるのだな」
「特にはないけど、負ける喧嘩はしない主義だ」
「武人の心得とは違うな」
「武人じゃないからね」
「そう言い切られると、武人が困る」
「武人は所詮、弱いものイジメが上手いだけさ」
 世間話をしながら、2人が北に向かって歩いて行く。
 そして街道に馬を止めるバートリ将軍の前に至る。
「私はオリバ準男爵、こちらは一領具足のショウ・リンレイ殿だ。
 ダルリアダ国王直轄軍バートリ将軍とお見受けする」
「そうだ。
 邪魔だ、そこをどけ。
 ヴァロワの腰抜け貴族に用はない。
 それと貴族のまがい物にもな」
 翔太が口を開く。
「北の村を焼いたのはあんたか?」
「何だ、その無礼な物言いは!」
「あんたの悪行はお天道様が見ているよ。
 それとも、月に代わってお仕置きのほうがいいかな」
「何を言っているんだ?」
「字が読めないそうだな」
「……」
「ダルリアダ人は字さえ読めない野蛮人だと聞いた。
 あんたもそうか?」
「……」
「俺の娘は6歳だが、自分の名前はもちろん書けるし、相当に厚い書物だって読む。
 あんた、6歳以下か?
 チンチンだけでっかくなって、頭は空っぽか?
 栄養が頭にいかず、全部チンチンにいったのか?
 ところで、おまえの父親と母親がどんな格好でおまえを作ったんだ?
 あんたの父親はウマみたいに母親にのっかたんだろう。で、あんたができた」
 オリバ準男爵が目を剥いている。貴族をここまで侮辱するとは。字が読めないと言うことだけで、ここまで見下す言葉を並べられるとは驚きだ。
「おまえを殺す!」
「だろうな。
 あんたができることはそれだけ。
 他に能はないからね。
 じゃぁ、始めよう」
 翔太が踵を返すと、オリバ準男爵が慌ててついてくる。
「殺されるぞ」
「大丈夫だ」

 アネルマは、スコープ付きのトラップドアライフルを構える。
 彼女以外にも4人がスコープ付きライフルを持つ。前装のミニエー銃をトラップドア後装銃に改造し、ピカティニーレールを取り付ける魔改造を施している。

 案の定、中間付近まで歩くと、背後から蹄の音がする。
「準男爵殿、走るぞ!」
 翔太と準男爵は街道を走って逃げる。
 翔太が準男爵を突き飛ばし、準男爵が草むらに倒れる。
 その反動を利用して、翔太は道の反対側に倒れる。
 蹄の音は2つ。
 銃声も2つ。
 南の森から300メートルの位置で、2騎の馬が乗り手を失った。
 準男爵が立ち上がり、翔太に手を貸す。
 2人は散歩を楽しむ老人のように、南に向かって歩いて行く。
 そして森の中に姿を隠す。

 バートリ将軍は、騎兵を横一列に並べる。
 全騎兵は騎銃をサドルバックに入れ、反りの大きい刀を抜く。
 抜刀突撃の態勢だ。

 レベッカたちは、彼我の距離300メートルで発射。このときつられて、マスケット銃の射手半分も発射してしまう。
 距離200メートルで第2発を発射。距離50メートルで第3発を発射する。
 マスケット銃の射手は、距離100メートルで発射したので、バートリ将軍の騎兵はたった300メートルの間に4回も撃たれた。
 バートリ将軍は騎兵の突撃に怯えて、レベッカたちが逃げ出すと計算していたが、そうはならなかった。
 幸運にも森の直前まで突進できた騎兵は、レベッカたちから斉射されて、刀を振り下ろすことなく地に伏した。

 バートリ将軍は落馬したが、生きていた。顔を弾がかすめ、左頬の肉を削いでいたが、立っているし、刀も握っている。
 誰もが一騎打ちを見ていた。
 バートリ将軍の相手は、彼の息子よりも若い少女だった。
 少女は滑車のついた弓を構えている。彼には奇妙に見える弓を持つ痩せた少女は、弦を引き絞っている。
 だが、この少女が扱える弓の威力など、たかがしれている。彼の胸甲を貫けるはずはない。

 ヒルマ・ハーララは、何挺もの銃がバートリ将軍に向けられていることを知っている。
 だが、仕留めるのは自分の仕事だと確信している。偶然立ち上がったバートリ将軍に、偶然対峙したのがヒルマだった。
 身体が食べ物を受け付けない期間が長かったため、本来の体格に戻っていない。

 バートリ将軍が斬りかかると、ヒルマが右肩を射貫き、続いて右足太股も射貫く。
 バートリ将軍は膝を屈し、動けない。
 ヒルマが額を射貫く。
 ダルリアダの“虐殺将軍”は、異国の草原で痩せた少女に射貫かれて死んだ。

 この一騎打ちは3日でヴァロワの国中に広がり、ヴァロワ王宮とダルリアダ王宮にも伝えられる。
 吟遊詩人はいい加減な物語を作り、父母姉妹の仇を討った少女の英雄譚を周辺諸国にまで広める。
 ダルリアダは完全にコケにされた。ダルリアダの将軍が、身元が判然としない少女に抵抗の術なく弓で射殺されたのだ。
 ダルリアダ、恐るるに足らず。
 ヴァロワの民衆だけでなく、周辺諸国でもそう噂され始めた。

 ダルリアダ国王には焦りはないが、ヴァロワ人に対して強い怒りを感じていた。
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