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異世界編

01-004 王都にて

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 ヒルマは順調に回復している。
 ヤーナは姉を探すために、王都へ向かおうとしている。しかし、旅費がない。旅費どころか、誰も通貨を持っていない。
 この問題の解決策を、レベッカが提案する。「ショウ様、砂糖は高価です。
 真っ白なお砂糖なんて、王族でさえ見ることは希でしょう。
 砂糖が手に入れば……、なのですが王都で売れば相当な高値になるかと……。
 王都までの路銀ですが、この土地では私たちは何もできません。
 新しい領主様の領地では、私たちができることは何も……。
 ですが、西に向かえば半日で隣の領地に入れます。そこなら、商売ができるかと。
 ですが、砂糖は無理です。真っ白い砂糖を買えるほどの富者はいません。
 ですが、あの小麦粉なら……。純白の小麦粉は、相当な高値になるかと……」

 翔太は、この任務をアネルマ・レイリンとヤーナ・プリユラに任せる。
 25キロ入り小麦粉10袋を調達し、2人に渡す。護身用として、レミントンM1858リボルバーを装備させる。

 捕虜のピエンベニダは意識は鮮明だが、動ける状態ではない。

 パンを馳走して以降、食料をもらいに近在の人々が訪れるようになった。レベッカやアネルマとは顔見知りの人たちだ。
 半日かけて徒歩で来る人もいる。
 やがて、1日がかりで訪れる人まで現れた。
 顔見知りなのだが、やつれていてすぐには誰だかわからないこともある。
 そして、たどり着いたが、動けなくなる人もいる。幼い子供を連れていたり、老親と一緒に隠れながら数日かけてたどり着く例まであった。
 近在の人たちも留まるようになり、陣地の拡張が必要になる。
 レベッカは近隣2家の協力を得て、耕作地の拡大を決定する。3家合計で3000ヘクタールもの耕作地になる。
 この地方の自営農家は一般的に50から100ヘクタール規模なので、3000ヘクタールは驚異的な大規模耕作地になる。
 さらに隣接2家が協力を申し出ており、耕作可能地は最大4500ヘクタールに達する。

 レベッカはすぐにトラクターの扱い方を覚え、「ショウ様、トラクターはもっと必要です」と平然と宣う。
 翔太がすべきこととは、レベッカが求める農業機械の調達だった。

 父親の代からよく知る解体屋は、乗用車は少なく、トラック、建機、農機を主に扱っている。
「若旦那、あのトラクターは動く?」
「嶺林さん、動くけど、あんたの狭い農地には不釣り合いだよ」
「いいんだ、大は小を兼ねる、って言うだろ。それと、あの軽トラのダンプは?」
「トラクターは、アタッチメントも引き取ったんだ。それも買ってくれ。ダンプは廃車証明がないけどいいか?
 手間がかかるが……」
「あぁ、大丈夫だ」

 翔太は無可動の大型トラクターと豊富なアタッチメント、軽トラのダンプを格安で入手する。
 トラクターは車幅は意外と狭いので、土蔵扉を通過できる。

 驚いたが、アネルマたちは250キロの小麦粉を、エンジンウィンチ付きランドクルーザーFJ40ロングボディで運んだ。
 この世界には、砲の牽引用として開発された蒸気機関のトラクターがあるらしい。だが、軍は採用せず、ごく少数が重量物の運搬用として民間で使われている。
 だから、ウマがなくても動く乗り物があっても不思議でないと。相当に無理がある解釈だが、ウマと馬車がないのだから「仕方がなかった」と言い張る。
 行動はアネルマたちだが、判断はレベッカだ。レベッカは、明らかに彼女たちを苦しめている元凶に対して、挑発しているのだ。

 翔太は、レベッカたちの立場をよく理解していない。ただ、犯罪に関わったわけではなさそうだ。それと、男性が1人もいないことの理由も不明だった。
 尋ねても、言葉を濁すのだ。

 翔太は、ポツンと一軒家がある山を下りる途中にある農家に立ち寄る。納屋にある3トンダンプに目を付けていた。
「どうも。こんにちは。
 この道のドン詰まりに住んでいる嶺林ですが、あのダンプ、使っていないなら売っていただけませんか?」
 翔太は面識のない老人にそう声をかけた。
「嶺林さんの……?」
「息子です」
「お父さんは?」
「死にました」
「存じませんで、お悔やみを」
「ありがとうございます」
「ダンプは動くかどうか?
 動かないと思うけど、差し上げますよ。
 邪魔だし」

 翔太はレンタルでセルフローダートラックを借り、3トンダンプを移動した。

 軽トラのダンプは1日をかけずに整備できた。すぐに、レベッカたちの異世界に移動する。3トンダンプは15年落ちだが、走行距離が少なく、2日ほどいじると動いた。土蔵扉を通過するには、サイドミラーを取り外したが、それ以外は何もしなかった。
 農業トラクターは相当に使い込まれており、経年劣化が甚だしく、本格的な整備には時間が必要だ。
 だが、動くようにするだけなら、どうにでもなる。とりあえず、畑を耕してくれればいい。

 軽トラが2台、トラクターが2台、ランクルが2台あるが、エンジンウィンチ付きランクルは売却のために元世界に戻すことにする。
 その代替として3トンダンプが届けられた。
 エルマたちは、軽トラのダンプで運転の練習をし、その他の車輌に転換していった。この方法は、非常に効率がよかった。
 彼女たちは、軽トラの必要性を翔太に訴え続けた。

 アネルマたちの旅費調達計画は、十分な成果を上げた。隣領の領主も他国の貴族に変わっていたが、過酷な支配は行われていない。
 領主の意向か、代官の方針なのかは不明だが、税の額に変更はなかった。
 生活が安定するなら、農民や街の商人は領主は誰でもいい。そのことを隣領の新領主はよく理解しているようだった。

 レイリン家敷地の住人が87になった。
 レベッカが全員を母屋前に集める。
「ここにいる87人が我らのすべてです。ひどく苦しめられてきましたが、団結して新しい領主様に対抗しましょう。
 幸いにもレイリン家には、遠方におりましたショウ様がお戻りになり、当然のこととして当主となりました。
 1人でも当主がいれば、我らは団結できます。この状況をどうにかしましょう」
 40歳を少し越えた女性が声をかける。
「レイリンの当主殿は、独り者だと聞く。世継ぎはどうするのだ。代替わりできぬぞ」
 女性たちが同時に大笑いする。
 レベッカが真っ赤になる。
 捕虜のピエンベニダは、その笑いの意味を知っていた。誰がどう見てもレベッカは、レイリンの新当主に心惹かれている。

 明日、アネルマとヤーナが王都に向けて発つとの連絡を、ポツンと一軒家にいる翔太にイルメリが伝えにきた。
 イルメリに見せる。
「お砂糖がこれだけ」
 上白糖30キロの5袋を見て、イルメリが笑顔になる。
「父上、お家のお砂糖はなぜ茶色なの」
「三温糖のほうが美味しいから」
「イルメリは、角砂糖が好き!」
「じゃぁ、角砂糖も持っていこう」
「うん!」

 最近、山中に捨てられていた排気量1500ccのライトバンを見つけたのだが、これに砂糖150キロを積む。アネルマとヤーナは王都に拠点を築き、今後の事態に備える。また、ヤーナには姉を探す目的もある。

 早朝に出発したアネルマとヤーナは、その日の夕方には王都に到着していた。
「信じられない速さだ」
 アネルマの感想には、ヤーナも完全同意。馬車で丸2日の道のりを半分以下の時間で走破したのだから。
 2人は王都郊外の荷馬車駐車場で、その夜は車中泊とした。明日は、王都中心部の市場で、商売をするための許可を得なければならない。
 賄賂用に400グラムの上白糖10袋を用意しているが、足りるかどうか心配だった。

 市場の元締めに会うには、苦労した。田舎からやって来た少女には、伝手はなかったし、近付いてくる連中はかなり怪しかった。
 連れていかれた先が娼館で、2人が6連発を抜いて娼館の物騒な使用人たちを黙らせたこともある。
 2人は地味な服装だが、それが逆に目立っていた。膝まであるミリタリージャケットを着て、腰にはガンベルト。左腰には、見たことがない柄の長い湾曲刀を佩く。
 鍔の広い帽子を被る女性は多いが、キャップを使う若い女性など見たことがない。
 そもそも、キャップがない。
 結局、地味だが滅茶苦茶目立つのだ。
 銃を下げ、刀を佩き、緑のジャケットを着た少女は、否応なく目立つ。地味ゆえに逆目立ちする。若い2人は、それを十分に承知している。

 市場の元締めは地区の顔役であり、同時に裏社会の大物でもあった。人口90万に達する王都に警察はなく、治安は地区の顔役が担っている。
 娼館で銃を抜いた2人の少女の話は、すぐに市場の顔役の耳に達する。通常、欺されて娼館に連れていかれた女性は、否応なく娼婦にされる。
 だが、2人は間髪なく銃を抜き、娼館の用心棒の動きを抑えたという。
「ありゃぁ、とんでもない女だ。小娘と侮ると、痛い目を見る。
 目が据わっていて、殺されると思った。
 あの2人は人を殺したことがあると思う」
 娼館の主から様子を聞いた市場の元締めは、機会があれば会ってみたいと思った。そして、彼は部下に「見つけたら連れてこい」と命じた。

 アネルマは、何かのあてがあるわけではなかった。闇雲に伝手を探しているだけで、成果は皆無。ヤーナは姉を探すが、見つけられるとは思えない。
 ピエンベニダは絵が上手く、ヤーナからの聞き取りで姉の似顔絵を描いている。かなり正確だが、娼婦になっていれば見つけられる可能性がある。
 だが、それ以外は無理かもしれない。手に職のない女性ができる仕事は限られる。洗濯婦と娼婦くらいしかない。伝手がなければ、女中は無理だ。

「おい、あんたたち」
 アネルマは気付かなかったが、ヤーナは誰何に即反応した。
「何の用?」
 振り向いたヤーナは気怠く答える。
「親方が呼んでいる」
「親方?」
「あぁ、この地区を仕切っている」
「市場も?」
「あぁ、すべてだ」
 ヤーナがアネルマを見る。
 ヤーナが答える。
「一緒に行くよ」

 地区の顔役は意外と若い男性だった。
「あんたたち、かなりの度胸らしいな。
 どこから来た?」
「南だ」
「南のどこからだ?」
 アネルマは少し考えた。
「それは聞かないほうがいい」
 顔役が冷たい目をする。
「なら帰るんだな」
 アネルマは慌てていない。
 ヤーナがジャケットのポケットから、袋を出し顔役に向かって投げる。
「舐めてくれ」
 顔役が怪訝な顔をする。不思議な透明の袋に入った白い粉は、小麦粉ではない。
 少しの間がある。
「まさか、砂糖?」
 アネルマが即答する。
「そうだ。上白糖という真っ白な砂糖だ。これほどの上物は、国王でも口にはできないぞ」
 顔役は、砂糖を口に入れたことはなかった。だが、その存在はしていた。もちろん、価値も。
 顔役の呆気にとられた顔を見て、ヤーナが微笑む。
「その袋は親方さんにやるよ。もし、子供がいるなら、ぜひ、食べさせてあげて」
 親方はすぐに驚きから回復した。
「これを売るのか?」
 アネルマが答える。
「あぁ」
 親方は野心を感じる。
「どれくらいあるんだ?」
 アネルマは真実をいわなかった。
「その袋が、20」
 400グラム入りの袋は20ないが、そこはどうにかする。
「俺に全部売らないか?」
「売ってもいいが、小さな商売はしたくない」
「どういう意味だ?」
「商品は、もっとある。
 私たちに商売をさせてくれれば、親方にも場所代を払う」
「気に入った。
 挨拶代わりに2袋出せ」
 そして、部屋の2人を促す。
「おまえたちももらっておけ。
 かみさんや子供が喜ぶ」
 そして、アネルマとヤーナに向き直る。
「聞いていた通り、いい度胸だ。
 何者かは知らないが、いい商売をしてくれ。
 明日から店を出すことを許可する」
 そして、手下に指示する。
「いい場所を探してやれ。
 それと、もめ事が起きないよう気を配れ」

 娼館での騒ぎは、別のルートでも広まっていた。
 少女2人が娼館の主と用心棒、女衒相手に一歩も引かなかった噂は、王都の新聞屋の関心を惹いた。
 ビルギット・ベーンは、奇妙な恰好の少女を捜し回った。特ダネの臭いを感じ取っていて、女性でも取材ができることを証明したかった。

 ビルギットは王都の郊外まで足を伸ばし、結果、暗くなってしまった。日没後は物騒になる。
 無鉄砲な彼女でも、さすがに不安になり、王都中心に向かって早足で歩き出す。
 だが、判断が遅すぎた。不審な男たちに声をかけられたのだ。
 瞬間、彼女は恐怖で声が出なかった。

 アネルマは、前方から走ってくる女性に気付いていた。暗闇の中から3つの影が続く。
「ヤーナ、銃は使わないで」
「了解!」
 2人は小声で行動の基本を確認する。
 ヤーナは、翔太からもらった拳銃型のクロスボウに矢をつがえる。

 ビルギットは怯えてした。抱えられないほどの大木にしがみついて、生命が絶たれる運命に泣いた。

「若、人が来ます」
「かまうか!」

 ヤーナは女性を突き刺そうとする男性の影に向けて矢を放つ。
 満月の明かりは、着衣で性別程度なら判別できた。
「ギャ!」
 矢は男性の頬を貫いた。
 2人の男が剣を抜く。
 アネルマは身体を左右に揺らしながら、高速で近付く。突き出された剣先を一分の間隔で避け、刀を抜くと同時に相手の胴を払った。
 致命傷ではないが、手応えはあった。

 ヤーナの斬激は、相手をひどく狼狽させた。刺突が基本の剣さばきではなく、斬り下ろし、斬り払う動きが珍しいからだ。

 3人が闇の中に消えていく。

 ヤーナが声をかける。
「大丈夫?」
 ビルギットは驚いた。
「え!
 えぇ。
 女の人、なの?」
 ヤーナが困り声で答える。
「一応ね」
 ビルギットは、2人の服装を見て2度驚く。
「あなたたちね。
 娼館で暴れた女の子って!」
 アネルマが驚く。
「暴れてはいないけど。
 で、礼くらい言いなよ」
「あ!
 ごめんなさい。
 ありがとう」

 ビルギットは、鉄とガラスできた奇妙な箱の中にいた。
 会話はビルギットとアネルマで、ヤーナは聞いているだけ。
「2人はどこから来たの?」
「南から」
「南のどこ?」
「それは言えない」
「キュトラ伯爵領ね。
 あそこでは、残酷なことが行われているって」
「知っているの?」
「詳しくは知らない。
 だけど、噂は相当前からあるの。王都の新聞屋が何人か、領内に入ったらしいけど、消息を絶ってしまったらしい。
 だけど、行商の人とか、毛皮商人とか、領内から逃げ出した農民とか、そういう人から噂が広まった」
「噂は、噂でしかない。
 噂は信じてはいけない」
「そう?
 でも、何しに王都に来たの?
 新国王に訴え出るためとか?」
「いいや、商売だ」
「何を売りにきたの?」
「後ろに積んであるよ」
 ビルギットが紙製の包みを触る。
「小麦粉ね」
 ヤーナが白い粉をビルギットの手のひらに載せる。
「舐めてみな」
 ビルギットは匂いを嗅ぎ、舐める。
「お砂糖ね!
 どこから、こんな上等なものを手に入れたの!」

 ビルギットは決心していた。
 この2人から離れない。そして、必ず特ダネをつかむ。

 砂糖は売れない。買えるほどの富者は、そうはいない。しかし、人集りはしている。砂糖が珍しいからだ。
 豪商の使用人らしき人物が、砂糖400グラムを10グラム金貨10枚で買っていく。
 貴族の使用人も来たし、王族の料理人も購入した。
 砂糖の噂は、王都の富裕層と支配層に瞬く間に広まった。そして、砂糖400グラム20袋は4日後には売り切った。
 店の場所代として、親方に売上の20パーセントを渡す。
 親方は「今度はいつ来る?」と尋ね、ヤーナが「当分、王都に留まる」と答えた。
 親方は「いい部屋がある」と意味深な顔をする。アネルマが「郊外がいいんだ。馬車もあるし」と。
 親方は「あんたの好きなように」と微笑んだ。部屋に関しては、彼に他意はなかったが、アネルマとヤーナは警戒した。

 郊外の貸家は、ビルギットが手配してくれた。新聞は彼女の父親が発行しており、彼女は跡取りとなることを目指していた。
 だから、彼女はどうしても特ダネがほしかった。新聞が売れるネタを求めていた。

 アネルマとヤーナは、朝と夕の定時連絡を忘れなかった。無線の効果に感動さえ感じていた。
 ビルギットは、2人の仲間がすべて女性であることに驚いている。そして、例外なく戦士だ。
 この世界では、女性は嫁いで子を産み、子を育て、夫の世話をすることが求められる。
 ビルギットのような職業を持つ女性は少ない。貴族の女性はなおさらで、職業を持つなど許されない。
 女性が兵士や戦士あるいは騎士など、あり得ない。ところが、2人の仲間は例外なく、女性でありながら高度な戦闘訓練を受けている。

 レベッカは、農場を経営していくための組織を作る。軍も編制する。
 老人や幼い子供は、過酷な生活が続いたことから極端に少ない。農場に集う多くが戦える。
 捕虜であったピエンベニダは立ち去らず、軽作業を手伝っている。

 王家の料理長がアネルマとヤーナを王宮に招いた。もちろん、勝手口からだが……。
「料理長様、砂糖にはいろいろな種類があるのです。
 上白糖、グラニュー糖、ザラメ、三温糖、黒糖、和三盆、氷砂糖など。
 私たちは上白糖を扱っています。ですが、他の砂糖も手に入ります。
 これは、料理長様への献上品です。黒糖焼酎といって、黒糖から造った酒です。甘くはありません。芳醇な味わいです。ぜひ、お試しください」
 頭に白いものが目立つ料理長は、造作のいいガラス瓶に入った薄い琥珀色の液体を眺めていた。
「砂糖は、どれほど手に入りますかな?」
 アネルマは、少し考える。
「手元に女の細腕では持ち上げられないほど、ございます」
「アネルマさん、それをすべて売っていただけますか?
 実は、総督閣下の奥方様が砂糖をたいそう気に入り、毎日のお茶の時間に使いたいと。
 我々も料理に使いたいと思っているのです」
「料理長様、承知いたしました。
 明日お届けにうかがいます」
「アネルマさん、お待ちしていますよ」

 翔太は、アネルマからの要求に戸惑っていた。総督閣下の奥方への献上品を考えろと言われても、思い付かない。しかも、砂糖と関係があるものを。
 困りに困って、ポツンと一軒家にあった江戸切り子のシュガーポットにグラニュー糖を入れてレベッカに渡す。この品は、誰かの結婚式の引き出物だった。未使用だし、桐製の元箱も変色していない。
 この重要な荷物を届けたのは、エイラ・アルミラだった。
 この国を支配しつつある総督の奥方に角砂糖を献上した翌日、アネルマとヤーナが王宮に招かれた。
 だが、2人には王宮に入るような衣装がなかった。それの調達も翔太の仕事になった。
 やむなく、ミリタリーコートと黒のワークパンツを通販で買う。ハーフブーツや白いシャツも用意する。

 この重要物資の輸送も、エイラを含む4人が担当する。

 王宮に現れたアネルマとヤーナは、目を引いた。女性の軍人など、あり得ないからだ。
 服装は明らかに軍人だが、正規兵でも、傭兵でも、臨時の召集兵でもない。
 総督の奥方の護衛が眉をひそめる。女性が軍人まがいの恰好をしていることが気に入らないのだ。

 アネルマの挨拶から始まる。
「お招きいただき、ありがとうございます。
 このような恰好をお許しください」
「お2人は軍人さんなのですか?」
「いいえ、正規の軍人ではありません。半分農民や商人で、半分兵士です」
「女も戦うのですか?」
「戦場に行くのは男ですが、男たちが戦場にいる間、家と農地を守るのは女です。
 ですので、私たちも戦う訓練は受けています」
「誰が襲うのです?」
「表向きは盗賊に襲われないようにとしていますが、実際は隣領の正規兵や傭兵たちからです」
「兵士が襲うのですか?」
「えぇ、私たちは領主からの庇護がないので、襲いやすいのです。食料や家畜が盗まれるだけでなく、女性が掠われることがあります。
 私たちは掠われませんが、15歳以下だと戦う力は限られるので……」
「国王と領主が変わりましたが、それでも襲われるのですか?
 もう、そのようなことはないでしょう」
「奥方様、残念ですが、新たな領主に雇われた傭兵によって襲われています」
「……、あの、……、領主が襲わせる……」
「はい。
 こういうお話しはやめましょう。
 楽しくありませんから。
 贈り物があります。お気に召すといいのですが、そうでなければ、田舎者の不調法とお許しください」
 ヤーナが桐箱を差し出す。
 侍女がそれを受け取り、彼女が箱を開け、ビロード製の巾着袋からガラス製のシュガーポットを出す。
「美しいガラス細工ね」
「江戸切り子という細工だと聞きました。ガラスの表面をヤスリで削り、模様を付けるのだとか。
 中身は、グラニュー糖という粒状に結晶させた砂糖です。奥方様は紅茶がお好きとうかがいました。ぜひ、ご賞味ください」
 侍女がすぐに紅茶の用意をし、侍女は奥方のティーカップに砂糖をスプーン2杯入れる。
 奥方は、スプーンでグラニュー糖のサラサラ感を確認する。

「今日はありがとう」
 アネルマとヤーナが立ち上がる。
 そして、頭を垂れる。
 侍女が言う。 
「王宮へ定期的に砂糖を入れなさい」
 2人は再度、頭を垂れた。
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