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第5章 解放編

第50話 空戦

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 イファ蒸気車工場は、フォッカー戦闘機の転換生産の継続が認められたが、その他の航空機の製造と開発は中止となった。
 WACOをベースに大型化した複葉復座雷爆撃機は、12機で製造中止。
 フォッカー戦闘機の主翼等を利用した軽輸送機は、生産ライン上にある機体だけの完成が許された。それでも、18機製造できた。
 新開発の大圏構造双発輸送機は、1機の試作機製作が認められただけ。
 開発と製造は、キ84(四式戦闘機“疾風”)とハ112-Ⅱ(空冷星型14気筒1500馬力エンジン)のリエンジニアリングに集中することとなる。

 航空機の命名方法が変更になる。戦闘機は猛禽の名、爆撃機は想像上の動物、偵察機や輸送機は自然現象の名、エンジンは星の名と決まった。原型機が異界物の場合、機名の前に原型の開発番号を付ける。
 フォッカーD.XXIは、ケストレルと命名。D.21ケストレルと呼ばれる。現在は、固定脚のD.21ケストレルMk.1が製造されている。
 二式単座戦闘機“鍾馗”(キ44)はKi44ゴスホークとなり、四式戦闘機“疾風”(キ84)はKi84スパローホークとなった。
 航空機用エンジンは、空冷星型7気筒のジェイコブス、空冷星型9気筒のマーキュリー、マーキュリーのボアアップ版はエウロパ、ハ112-Ⅱはヴィーナスとなった。
 マーキュリーの排気量は24.9リットルだが、エウロパは31.7リットルとなる。1段2速の機械式過給器(スーパーチャージャー)を取り付けて、最大1400馬力を発揮できる。

 チルルがイファ蒸気車工場に乗り込んできた。
 工場長ではなく、私が責められている。マーリンが商用で留守だからだ。
 イファの悪事は、子供の悪戯まで私の指示だとされてしまう。
 チルルは怒っている。
「シュン、どういうこと?
 (D.XXI)ケストレルが(時速)500キロ以上(の速度)を出したとか?
 (航空機の)改良は最低限にとどめる、との指示を無視したの?」
 私は咄嗟に絶妙の嘘を思い付く。
「エウロパの開発は認められている。
 実機に搭載して、正常に動作するか、検証しただけだ。航空機のエンジンは実際に飛ばしてみないとテストにはならない」
 チルルは納得しない。
「ケストレルは大改造されて、引き込み脚になっているとか?」
 痛いところを突いてきた。
「主脚動作の実験だ。スパローホークの主脚が正常に動作するか、実験していた。
 エンジンのテストベッドと主脚の動作検証機が同じだっただけだ」
 チルルは完全に怒っている。
「では、その検証機とやらを見せて!」

 イファ飛行場は、緊張に包まれていた。アレナスから地方行政府長官が視察に来たからだ。しかも、開発に当たって、無許可行為があるとの疑いがかけられている。
 無許可開発が行われていることは、イファ蒸気車工場とイファ飛行隊の誰もが知っていた。
 どうにか言い訳ができる案件が、ケストレルと改名したフォッカー戦闘機の性能向上型。
 どう言い訳してもどうにもならないのが、フォッカー戦闘機の技術を流用した新型雷爆撃機だ。
 スコルはバタ沖海戦における魚雷の威力を、やや過大に評価している。彼は、大型戦列艦を保有するだけの人的・経済的余裕がないアークティカにおいて、魚雷が海戦の切り札になると考えていた。
 魚雷の開発はアレナス造船所で続けられており、初期型は生産を開始していた。九一式航空魚雷ほどの性能はないが、弾頭の威力は同等だ。
 性能差は、投下可能な速度に顕著だった。時速150キロ程度が限界。それ以上だと、海面に突入する際の衝撃で、姿勢制御用ジャイロコンパスが壊れてしまうのだ。
 そのため、イファ蒸気車工場はWACO複葉機を参考に低速飛行が可能な複葉復座雷爆撃機を開発した。
 しかし、ダールの高性能戦闘機の存在が明らかになったことから、低速での行動は不可能で、自殺行為だとして製造中止を行政府から命じられている。
 結果、魚雷の敵艦への運搬手段は、航空機から小型高速の魚雷艇へと変わっていった。
 しかし、スコルは雷爆撃機を諦めてはおらず、魚雷の改良と飛行速度域の広い雷爆撃機の開発をイファ蒸気車工場に“相談”していた。
 この単葉単発雷爆撃機は、イファ蒸気車工場から一歩も出ていなかった。だから、アレナス地方行政府には知られてはいないはず。

 エンジンを空冷星型9気筒850馬力から1400馬力に換装したケストレルは、格納庫前に引き出されていた。
 エンジンの重量増加から後部胴体を延長し、引き込み脚となったことと、水滴型キャノピーに変更したことで、全体的に細身になった。
 機体構造は、主翼は全木製、胴体は鋼管骨組みで作られ、前部は金属張り、コックピット(操縦席)付近から後部は木製モノコックだ。構造強度の大半を受け持つ、鋼管骨組みは胴体を縦通している。
 水平尾翼は片持ち支持に変わり、支柱がなくなった。
 エンジンの排気をロケット効果として利用する単排気管、エンジンの冷却を調整するカウルフラップが追加された。
 全体的に洗練され、真横からのスタイルは、フォッカーD.XXIとはかなり違っていた。
 チルルは、かなり驚いている。
「この飛行機、ケストレルなの?」
 フェイトがニヤリと笑う。
「同じだよ。
 エンジンを換装して、引き込み脚にしただけ。主翼はまったく同じだし、胴体は少し延長して、後半の上部を削っただけ。
 全体的にほっそりした印象だけど、それは見た目だけ。内容は変わっていない。
 キャノピー(風防)は、アレナス造船所が開発しているKi44ゴスホークのものを流用した。新規に開発していない。
 だけど、あり合わせのわりにはピッタリだね」
 チルルがフェイトを見る。
「フェイト、この飛行機で、ダールに勝てる?」
 フェイトが主翼の前縁を撫でる。
「無理だね。
 ロシュディ、エミール、シュンの話を総合すると、フォッケウルフとかいうダールの戦闘機は強敵だ。
 D.21ケストレルMk.2では、太刀打ちできない」
 チルルが驚く。
「D.21ケストレルMk.2という名前なの?
 でも、この飛行機は……」
 フェイトには、確信があった。
「水平で時速525キロまで出せる。急降下制限は時速650キロまでだけど、主翼は700キロ以上でもビクともしない。
 結構頑丈だよ。
 キッカはメーター読みだけど、750キロまで出した。空気が薄くて、抵抗が少ない高高度でだけど。
 D.21ケストレルMk.2の任務は、アークティカを襲う爆撃機の撃退なんだ。
 鋼管と合板、少しの軽金属でできているこの戦闘機は、アークティカの国情に合っている。
 だから、必要なんだ。数が必要。
 ダールの戦闘機は、Ki44ゴスホークとKi84スパローホークで撃退する」
 チルルは少し混乱した。
「ゴスホークは戦闘機、スパローホークは戦闘爆撃機なのでしょ?」
 フェイトは、そう思っていない。
「これは、私の考え。
 Ki44にもKi84にも乗った。
 Ki44は迎撃戦闘機、Ki84は遠距離戦闘機。
 この分類が正しいかどうかわからないけれど、Ki44はアークティカに攻めてくる敵機を迎え撃ち、Ki84はその報復のための戦闘機なんだ。
 Ki44の上昇力は凄くて、高度5000メートルまで4分で上がれる。
 Ki84はドロップタンク付きで2500キロも飛べる。ドロップタンクがなくても1400キロ。250キロ爆弾2発抱えても1000キロ以上飛べる。
 爆装したKi84を、爆装していないKi84で護衛して、敵地に侵攻する……。
 アークティカにちょっかい出すと、怖いよって教えるんだ」
 チルルは、フェイトの話に疑問を感じた。
「ならば、ケストレルは不要でしょ?」
 フェイトは明確な回答を持っていた。
「軽金属は……、入手できる量に限りがある。
 はるか南の国は、無制限に売ってくれるわけじゃない。
 いくつもの街や国を経て、ようやく手に入る貴重品。
 希少金属って、ヤツだよ。
 地下施設の奥で、アルミやマグネシウムといった軽合金のインゴットが大量に見つかったけれど、それだって需要を満たせるほどあるわけじゃない。
 ないよりマシって程度。
 事情はダールも同じ。ならば、作れる飛行機の数には限界がある。
 軽金属を使いきった後、どうやって戦う?
 私たちには、ケストレルがある。鋼管と木があれば作れる飛行機が! 
 空の戦いは、最後まで飛べる飛行機を持つものの勝ちなんだ。
 ケストレルは改良しているんじゃない。ゴスホークやスパローホークの技術を転用しているだけ」
 チルルはフェイトの説明に納得した。私は、一言も添えなかった。私が言葉を発すれば、消えかけているチルルの心の炎に燃料を投下してしまうからだ。

 スピノオを含めた何度目かの会議。ナシュランがグラマンF8Fベアキャットを撃墜してから、1年が経とうとしている。
 スピノオには心配事があった。
「アレナス、チュレン、バルカナ、そして海岸から遠くない街に住む子供たちをキジルやマルマに疎開させてはどうか?」
 チルルの補佐官として出席している異界人地質学者のハリカが発言。
「スピノオ様のご心配は、空襲による被害のことか?」
 スピノオが頷く。
「その通り。異界の空襲の話を聞かせてもらった。あのように恐ろしいことは……、あってはならない」
 ハリカは、少しの間瞑目した。
「たぶん、最初の攻撃は油田よ」
 それにイワンが賛成し、私も同意見だと表明した。
 燃料を断てば、この戦いは自動的に勝敗が決まる。
 スピノオは我々の意見に静かに耳を傾け、「それでは、油田が爆撃されたら、子供たちの疎開を始めよう。各街は、疎開計画を立案するように。
 それと、防空壕という穴を掘るように。街に残る大人は、空襲警報が鳴ったら、防空壕に入って生命を守るように」
 スピノオの情報源はわからないが、彼の父親は異界人だった。父親から聞いていたのか、キジルの誰かからの情報か?
 どちらにしても、人的被害を最小にしようと考えている。彼は、いい指導者だ。
 私の補佐役で出席しているメルトが報告する。
「1年前、ベアキャットという戦闘機を撃墜したが、パイロットはマイケル・ハミルトンという異界人だった。
 ダールの異界人のうち“アメリカ”と呼ばれているグループは4人だが、そのうちの1人。
 他の3人だが、1人は寝所で愛人に胸を刺され、1人は路上で暗殺されたらしい。最後の1人は“ロシア”というグループに捕らえられた。
 軟禁とかではなく、地下の牢獄につながれている。
 ダール支配層は、ロシア・グループが完全に掌握した。
 ダールには階級があり、貴族、騎士、自由民、農奴。
 貴族がすべてを所有し、騎士は下級将校階級、自由民は税を払い続ければ自由でいられるが滞れば半奴隷となる。農奴は婚姻の自由や移動の自由を制限された小作農。
 アークティカとは、共通点のない社会だ。
 国の雰囲気は、とても暗い。
 パイロットには貴族と騎士階級しかなれない。パイロットの数は少なく、100から200人程度らしい。
 貴族の男は武芸の嗜みのとして、戦闘機の操縦を学ぶ。騎士は立身出世のために、より高い騎士階級に登るためにパイロットを目指す」
 チルルがメルトを見る。
「メルト。
 どうしたらいい?」
 メルトが歴々を見渡す。
「アークティカは、誰でもパイロットになれる。俺はならないけどね」
 何人かが笑う。メルトはフェイトの操縦で、アクロバットをされた。それ以後、彼は飛行機に乗らない。
「パイロットの数を増やす政策を進めたら、いいんじゃないか?
 スピノオ様の一言で、マルマやキジルからもパイロットや候補生が集まってくる。
 きっと……」
 若者に徴発された、アークティカの代表は真正面から受けた。
「そうしよう。
 メルトの提案を受け入れよう」

 こうして、パイロット養成大増員計画が始まった。

 Ki44ゴスホークの北油田配備にともなって、キッカの同地への転出が決まった。
 シビルスは、娘のために特別にチューンした機体を用意する。
 胴体後部と垂直水平尾翼が黄色く塗られており、同地所属機のすべてが同じ塗装にしたことから、この部隊はイエローテールと呼ばれた。

 イファ飛行隊の会議は、紛糾している。理由は、機体の不足。固定脚のD.21ケストレルMk.1を前線から引き上げて、練習戦闘機としているが、それでも機体が足りない。
 初等訓練用のWACO複葉機も不足しているし、実戦機はもっと少ない。
 Ki44ゴスホークは順調な製造だが、Ki84スパローホークは試作機3機、増加試作機17機で、これから製造に入る状態だ。
 フェイトが頭を抱える。
「どうにかKi44ゴスホークの数は揃いつつあるけれど、Ki84スパローホークはまだまだ。
 ここにはあるけど、ここ以外はどこにもない。
 Ki44ゴスホークとD.21ケストレルMk.2でどうにかやっているけれど、Ki84スパローホークの開発遅延は深刻だよ」
 確かにKi84スパローホークの開発は遅れている。入手した四式戦闘機(キ84)1機を再生不能なほど分解し、徹底的に構造を調べ、それらの情報を基礎に、ほぼデッドコピーで開発した同系のKi44ゴスホークは、順調に仕上がった。
 エンジンも手堅い1段2速の機械式過給器で、安定して動く。
 その点、18気筒2000馬力から14気筒1500馬力級へと25パーセントもパワーダウンするKi84スパローホークの開発は容易ではなかった。
 例え、ロシュディがいたとしても……。
 アレナス製のヴィーナスエンジンは1650馬力を発生した。
 イファ製のターボチャージャー付きヴィーナスエンジンは同じ1650馬力ながら、高度6000メートル以上の希薄な大気でもパワーダウンが少ない。
 主翼面積を21平方メートルから19平方メートルに縮小し、エンジンの軽量化にともなうバランス補正のために機首を延長し、プロペラのブレード数を4枚から3枚に改めるなど、変更点が多かった。
 だが、飛行性能はいい。
 私は、まもなく量産に移れると確信していた。
「Ki84スパローホークは、まもなく量産に入れる。ロシュディはそう言わないが、たぶんね。
 性能は知っての通り。ロシュディによれば原型機よりも自重で600キロ以上軽くなったし、エンジンの排気量が減ったので燃費がよくなり、航続距離も伸びている。
 上昇力はKi44ゴスホークほどではないが、高度5000メートルまで6分弱で上昇できる。Ki44ゴスホークとの違いはこの高度からで、エンジンのパワーダウンが著しいKi44ゴスホークは上昇力が歴然と減衰すけど、Ki84スパローホークはグングン上昇していく。高度1万メートルに14分ほどで達してしまう……。
 これは、ここにいる誰もが知っていること。
 第1期の開発はほぼ完了。
 試作機と増加試作機、合計20機。
 このうち、12機を北油田に送ろう」
 フェイトが賛成する。
「北油田を破壊されたら、何百機あったって飛べなくなる。
 守らないと……」

 増加試作機で編制された最初のKi84スパローホーク飛行隊が北油田飛行場に到着すると、油田、製油所、新たに建設された街の防空体制が、ほぼ整った。

 私は視察と称して、現地の状況をつかむために訪れていたが、偶然、ヴェルンドも来訪中だった。
 彼は、八八式75ミリ野戦高射砲マル特のコピーを完成させていて、これの配備を進めていた。
 油田には、すでに8門が配備されていて、さらに8門が追加された。
 低空で侵入する航空機の迎撃用として、紫電が搭載していた九九式二〇粍二号三型のデッドコピー版を完成させていて、対空砲架に載せた人力操作型を20門も配備する。

 ロシュディは、再生した紫電を自家用機代わりに使っている。武装が主翼の2門だけなので、戦闘機としては貧弱すぎるからだ。
 その夜、街の1軒しかない居酒屋で、私、ロシュディ、ヴェルンドの3人で酒席を共にした。
 ロシュディがヴェルンドに「機首にも機銃を取り付けたいが……」と尋ねる。
「もともと、機関銃を搭載するスペースがあったみたいだね。でも、ホ5は無理だ。
 7.92ミリなら取り付けられるかも。でも、そんな豆鉄砲、戦闘機用としてはどうかな?」
「自衛用だよ。
 これから、どうなるかわからないし……。
 調べたんだが、ビッカースの7.7ミリを搭載していたみたいだ」
 日本海軍の戦闘機用九七式七粍七固定機銃の原型は、イギリス製ビッカースE型だった。
 ヴェルンドが杯を空ける。熊のように大柄な給仕がすかさず陶製の杯に酒を注ぐ。
「主翼内にもう1門ずつ追加できるかもしれない。
 本来の搭載機関砲だったエリコン系列は軽い。しかし、ホ5も同じくらいの重量だ。
 エリコンは構造も簡単だし、コピーもしやすい。だけど、発射速度を上げるには、いろいろと工夫がいる。
 ベルト給弾式には改造できそうだし、発射速度の向上もできるかもしれない。
 だけど、次の戦いには間に合わない。
 開戦は、そう遠くないように思うんだ。
 主翼の機関砲増備は、いまはやらないほうがいい」
 ロシュディがうな垂れる。
「戦争は嫌いだ。
 もう十分に戦った。
 それでも死ななかった」
 私はヴェルンドにロシュディのことを少しだけ説明した。
「ロシュディは、エミール先生と同じ戦争を戦ったんだ。
 先生の敵としてね。
 先生は戦争が終わる2年前に、この世界に来たけれど、ロシュディは最後まで戦った。1940年5月から1945年5月まで。まる5年間も……」
 ヴェルンドは深く考え込んだ。
「この世界は、歪で不思議だと思う。
 この世界には本来、人はいなかった。家畜も……。
 人や家畜は、いろいろな時代からやって来た。だから、歪なんだ。
 ……と、うちにいる研究員が言っていた。
 何となくだが、納得してしまう。
 リリィのお父さんは、この世界はあらゆる時代の未来だと考えていたようだ。
 シュン様も、その意見に一部だが賛成している。
 いろいろな時代の人や物がモザイク模様を作る。私は、私が生まれた街よりも、アークティカは幸運だと思う。
 アークティカには国という概念があった。一定の工業技術もある。この2つがあれば、国を守れる」
 私は、アークティカの社会を捕らえきれていない。アークティカ人の価値観は、21世紀の主要先進国と大差ない。科学と工業技術は、大量生産はできないが、1970年代くらいの日本のレベルはあるのではないかと思う。
 この国には社会的価値観と科学技術の下地があったから、わずか数年で復活してきたわけだ。
 赤い海の対岸に達したダールはどうか。社会は産業革命以前の封建制で、世界観や社会的価値観は植民地主義の時代そのもの。大航海時代以降の残滓を強く残している。
 つまり、帝国主義を否定した以後の時代からやって来た人々が主体になって築いた国と、帝国主義真っ盛りの時代からやって来た人々が作った国が隣り合わせとなった……。
 価値観の決定的な違いは、血と肉と骨で埋めるしかない。

 血みどろの戦いになる。

 だが、その戦いは帝国や遊牧騎馬民との戦いとは違う。帝国は古代ローマの時代、遊牧騎馬民は11世紀から13世紀あたりか?
 もしかすると、アークティカは今度こそ息の根を止められるかもしれない。
 私の思案はヴェルンドの言葉で消された。
「明日、飛行場で、あなたの愛機に機関銃を取り付けよう。
 予備のM36(ブローニングM1919の7.92ミリ弾型)があるから、それを取り付けてみよう」
 ヴェルンドは整備員の教育用として、M36を持ち込んでいた。

 翌朝、通勤の時間。
 レーダーサイトが緊急警報を発した。アークティカが赤い海に張った敵味方識別圏を越えて、東に向かう多数の機影を探知したからだ。
 飛行場が急に慌ただしくなる。ヴェルンドが、対空射撃を補助するために、彼の部下を高射砲や高射機関砲に向かわせる。
 彼自身、高射機関砲に取りついた。
 飛行場のスピーカーが、レーダーサイトの情報を伝える
「不明機20機、高度2000メートル、時速450キロ、赤い海を東進中」

 キッカが走って行く。彼女は父親が用意したKi44ゴスホークではなく、新規に配備されたKi84スパローホークの1機に乗る。
 スピーカーが「全機出撃!」と告げる。
 ロシュディが紫電に向かうので、私が「行くのか?」と大声で問うと、彼は振り向いて「退避だ。壊されたらたまらない!」と答えた。
 戦闘機が離陸すると、練習機や連絡機として使っている固定脚のD.21ケストレルMk.1が地上で破壊されないために離陸する。
 整備中や修理中の機体は、掩体壕に人力で押し込む。男も女も総出だ。

 レーダーサイトは、バタの飛行場から東に向かって飛ぶ機影を離陸直後からモニターしていた。
 レーダーサイトは、各戦闘機隊に正体不明の編隊の動きを伝え、同時に味方を誘導した。
 北油田飛行場だけでなく、イファやアレナスからも飛べる機はすべて出撃した。

 正体不明の編隊とはしているが、バタから離陸した以上、ダール機であることは間違いない。
 それでも、目視で確認する必要はあったし、ダールが帝国の属国であることは事実だが、アークティカとダールは交戦状態にない。
 何事も確認は必要だ。

 ダールの編隊に向かって、司令部偵察機が飛ぶ。
 たまたま、イファに戻っていた機体だ。武装を外した司令部偵察機(キ102)は、高度6000メートルで時速620キロを出せた。推力式単排気管にするなどの簡単な改良で、あと20キロから30キロの増速は可能だし、イファ製ターボ付きならもっと速度が出せる。
 そのテストのために、1機をイファに戻していた。
 イファに戻したその当日に、ダール機の飛来が発生したのだ。

 司令部偵察機はイファを離陸し、南南西に向かった。レーダーサイトの誘導で、ダールの編隊と接触する。十分な距離を保ちながら、並走して北油田に向かう。

 司令部偵察機は、胴体と主翼に描かれた国籍標識を確認した。
「国籍標識は、十字。V字の先端が中心に集まる十字。ダールの国籍標識」
 その後の司令部偵察機の報告は、進路に関するものが多かった。
 しかし、危険を冒して接近し、「ダール機の半数は胴体下面に爆弾を装備、残り半数は両翼下に爆弾を懸吊」と報告。
 イファ航空隊の指揮官パウリ・ノールは、全飛行隊に「不明機は全機爆装」と通報。

 この世界には“領土”の定義はあるが、領海や領空といった概念はない。
 このため、北油田に向かっているダール機は、アークティカ領土のどこかに爆弾を落とさない限り、領土を侵犯し、武力を行使したことにはならない。
 だが、フェイトにそんな理屈は通じない。
 彼女は僚機に「ダール機の周囲を飛び回れば、攻撃してくる」と伝え、全速でダール機に向かった。
 フェイトは臨時の僚機にナシュランを指名した。ナシュランは、フェイトの僚機など絶対にご免なのだが、この時は仕方なかった。
 2人の乗機は、このときKi84スパローホークだった。フェイトとナシュランの愛機は、整備中で2人は飛べる機のコックピットに飛び込んで離陸していた。
 フェイトはナシュランに無線で「高度4000まで上がる。ダールの編隊を捕らえたら、そのど真ん中に急降下する」と伝えると、ナシュランは「敵の出方を見るのか」と問う。
 フェイトは「敵。敵ねぇ~」と言うと、ナシュランは「敵ではないな。正体不明機だ。爆弾を抱えて、アークティカの油田に向かっている正体不明機。飛行の目的は不明で、この一帯で飛行機を保有する国はアークティカとダールだけ。ダールは帝国の属国で、アークティカは帝国と交戦中。それでも、敵機じゃない?」と文句をいった。
 フェイトは優等生の返答をした。
「正体不明機の目的を探るんだ。そのために、擬似的な攻撃行動をする。ふざけていては、死んでしまう。空は危険なところ……」
 ナシュランは、答えなかった。彼はアークティカで初めて飛んだフェイトを尊敬している。好きではないが……。だが、地上のフェイトと、空の彼女は別人だと感じた。

 フェイトとナシュランは、アークティカの海岸から140キロの地点でダールの編隊を捕らえた。
 レーダーサイトの指示通りに飛行し、大空で小さな点を見つけた。フェイトは面白くて仕方なかった。
「ナシュランやるよ。編隊の中心に急降下で飛び込むんだ。必ず動く。絶対に」

 司令部偵察機は、ダールの編隊の後上方に占位した2機の小型機を偶然視認した。

 キッカはもう何分も前から、「もうすぐ、正体不明の編隊を目視できる」と自分に言い聞かせていた。
 そうして、いくつかの黒い点を見つけた。もし、太陽が西にあったら、見つけられなかった。なぜ、ダールの編隊が午前に離陸したのか、まったく理解できなかった。
 彼女は自身が指揮官なら、太陽が西に傾いてから作戦発起する、と。
 キッカの思考が瞬間止まっていると、川面に飛び込むカワセミのような、一直線に急降下する2機を見る。
 すでに機影ははっきりしていた。キッカが所属する編隊は、ダール機と正対している。高度も同じくらいだ。
 2機の急降下で、ダールの編隊が乱れる。そして、一斉に胴体や翼から投下した。
 キッカにはわかった。
「爆弾じゃない。
 ドロップタンクを付けていたんだ!」
 無線にそう叫んでいた。

 アークティカの戦闘機パイロットは、ロシュディの指導により、2機1組の戦法を伝授され、それを守っている。
 この戦法は、バーニーも支持しており、アークティカのパイロットは疑問を感じていない。
 フェイトとナシュランが仕掛けた急降下は、ダールの編隊をひどく動揺させ、1機がドロップタンクを投棄すると、全機が次々と切り離してしまった。
 編隊を解き、各機が獲物を求めて眼前の編隊に向かっていった。騎兵の抜刀突撃に似ている。

 キッカは正体不明の編隊20機のうち、4機が突出して、飛び出してきたことに驚いた。
 編隊行動を無視している。まるで、騎馬突撃のようだ。
 編隊長は同位戦を選択した。北油田に向かわせるわけにはいかない。北油田まで120キロ。戦闘機ならば、わずか20分で到達していまう。同位戦を避け、上方に占位しようとしたら、その時間で北油田に達してしまう。
「ここで阻止する」
 編隊長の決意は、パイロット全員の意思と同じだった。

 先行している編隊が空戦に入ると、後続しているD.21ケストレルMk.2の編隊は、優位な位置につくため上昇を始める。

 アレナスとイファから離陸した編隊は、高度3000メートルを飛行している。レーダーサイトの指示が正しければ、5分ほどで前下方に戦場が見えてくるはずだ。
 編隊長はバイザーを上げて、断続的に前方を凝視していた。

 キッカは、レーダーサイトからの無線で、続々と友軍編隊が集まっていることを知っていた。
 ここで、ダール機を逃がしても、味方の編隊が捕捉する。捕捉を逃れたダール機がいたとしても、北油田にはヴェルンドがいる。対空砲火でやっつけてくれるはずだ。
 キッカはそう思うことにして、眼前のダール機に食らいついていった。

 キッカは不思議だった。マルタ・クロスを国籍標識とするダール機は、全機がいっせいに散開し、真正面から向かってきた。まるで、ランス(槍)で一騎打ちを挑む騎士のように。そういう戦い方をする地域が存在することは知っていたし、ランスの試合を見たこともある。
 騎士と騎士が向かい合い、馬を全力で走らせ、胸甲にランスの先端をぶつける。試合では、ランスが砕けるが、戦場では甲冑を突き破り肉体を傷つける。
 それよりもひどいかもしれない。なぜなら、ランスの戦い方は、同じコース上を走らない。すれ違える。
 だが、ダール機はキッカ機に真正面から進んでくる。チキンレースを挑むかのように。

 キッカと彼女の僚機は、チキンレースに付き合う気がなかった。
 機首を下げ、降下に入る。ダール機の直下を潜り、反転上昇旋回して、ダール機の直上に出た。機首のホ103と両翼のホ5を発射する。
 機関銃砲弾がコックピットと主翼に吸い込まれていく。
 一撃で撃破した。

 緊急離陸できた北油田の飛行隊は、数的に劣勢だった。
 しかし、フェイトとナシュランの急降下によって、編隊を崩され、キッカたち北油田の飛行隊によって、乱戦に引きずり込まれた。
 1機か2機、この乱戦を抜け出して、北油田に突撃していたら、アークティカ側の行動は違っていた。
 北油田直掩機と北油田に向かうダール機を追撃する部隊に、戦力を分散しなければならなかった。

 幸運なのか、そういった攻撃を仕掛けるダール機はなかった。

 リューリ自らが指揮するレーダーサイトの誘導は、冷静で完璧だった。
 北油田上空は、数機の直掩機を残して、ダール機の迎撃に向かう。
 交戦から数分後には、アークティカ側が数的優位に立っていた。

 戦いが進むにつれ、高度がどんどん下がっていく。当初、アークティカ戦闘機は、急降下と急上昇、上昇旋回など、高度差を利用した機動を行っていた。
 しかし、戦闘高度が1000メートルを切り、さらに下がると、必然的に水平面の機動に移らなければならなかった。
 アークティカの戦闘機パイロットは常日頃、「水平面の戦闘に引き込まれてはいけない」と教えられている。
 編隊長の命令で、各機が戦場から離脱を始める。
 Ki44ゴスホークは一気に上昇を初め、この上昇力にダール機は追随できない。
 Ki84スパローホークは、全速で戦場を離脱する。
  全速で水平飛行するKi84スパローホークに追随してくる機体が4機。
 キッカの僚機が後方から撃たれ、僚機が左に横滑りして、射線を外すと、キッカと彼女の僚機の間にダール機が割り込む。追ってきた機体は1機のみ。アークティカでは考えられない行動だ。
 追ってきた機体は、Ki84スパローホークと同様に降下が速い。やや降下気味に飛行していたキッカの背後に取り付いた。
 キッカはダール機の射線を外すため、高速で右旋回する。僚機はしっかりと付いている。僚機がダール機を撃つ。キッカは上昇旋回に入る。
 2回の旋回で、キッカがダール機の背後をとった。
 僚機はキッカの前を飛んでいる。キッカが発射し、ダール機が射線を外すために降下する。
 キッカの僚機がそれを追う。キッカは僚機のバックアップに回る。僚機は、胴体の12.7ミリと主翼の20ミリを発射し、弾雨がダール機の胴体に吸い込まれていく。
 ダール機が海面上まで降下し、水平飛行に移る。僚機はさらに降下し、ダール機の腹を狙える位置につく。
 僚機がダール機を撃った。ダール機は、海面に激突し、主翼がちぎれ、胴体が折れて沈んでいった。

 ダール機が撤退していく。
 キッカたちは、それを追撃する。
 ダールのパイロットたちは、追撃されるとは思っていなかったらしい。
 いったん巡航速度まで落としていたが、アークティカ機の追撃を受けて、最大速度まで増速する。
 高度500メートルほどを飛行しながら、逃げるダール機をアークティカ機が追う。
 追撃5分で、D.21ケストレルが離脱。10分でKi44ゴスホークが離脱。
 残りの燃料が不安になり始めたからだ。D.21ケストレルMk.2の正規航続距離は900キロ。ドロップタンクなしのKi44ゴスホークは1000キロ。Ki84スパローホークは1600キロも飛べる。

 どこまでも追ってくるKi84スパローホークから逃れるため、ダール機は速度を落とせない。
 赤い海の西岸に達する前に、1機、また1機と海上に着水していく。
 プロペラが停止し、必死に滑空する機もある。
 数十キロに渡って、ダール機が不時着水する。
 それは死を意味する。赤い海には、海棲トカゲがいる。機外に出れば、餌食になる。
 アークティカ機には救命ゴムボートが積んである。小さなボートだが、身体を水に浸けなくてもいい。これならば、海棲トカゲに発見されない。座席の下にあり、海面に投下すると自動的に膨らむ。
 ダール機には、そういった装備がないらしい。
 上空を旋回していると、救命胴衣を膨らませて海面を漂うパイロットもいる。
 運を天に任せる行為だ。運がよければ、海棲トカゲは見逃してくれるかもしれない。

 キッカたちにはどうすることもできない。編隊長が帰投を命じる。

 北油田北東100キロから150キロ付近で戦われたアークティカ初の空戦は、当事者であったアレナスはもちろん、中央行政府たるキジル、比較的安全な内陸のマルマを含めて、衝撃を与えた。
 アレナスでは街人の防空壕避難が機能せず、チュレンやバルカナには貧弱な防空設備しかなかった。

 アレナスに、中央行政府の長であるスピノオを含めた関係者が集まる。
 イファ航空隊の司令官であるパウリ・ノールが、大きな楕円テーブルに両手を乗せ立ち上がる。
「迎撃に向かった航空隊の報告では、32機の撃墜を報告している」
 場がざわつく。一部の軍関係者が相好を崩す。
 パウリ・ノールが息を吐く。
「全機を誘導したレーダーサイトによれば、最終的には全機が海上で消えたが、戦闘空域での消失は3機。
 司令部偵察機の確認も3機だった」
 スピノオがパウリ・ノールの発言を止める。
「どういうことか。アークティカの勇敢な兵士が嘘をついたと?」
 パウリ・ノールが微笑む。
「空戦では、パイロットの報告と実際の戦果が大きく違うことはよく起こる。
 珍しいことではない」
 ロシュディやバーニーがパウリ・ノールの見識を肯定する発言をする。
 スピノオは納得しがたい面持ちだ。
「しかし、結局は全機を撃墜したのでしょ」
 パウリ・ノールの説明に場に衝撃が走る。
「撃墜ではない。
 墜落または海上への不時着だ。
 そうなった理由だが、燃料切れのようだ」
 スピノオは、到底納得できなかった。
「燃料切れとは……。
 燃料不足で攻めてきたというのか?
 そんな愚かな?
 あり得ない」
 ロシュディが替わった。
「私は戦闘に参加しなかったが、ダール機をよく観察した。
 飛んでいると見分けは難しいが、単発機が2機種だった。
 機種はフォッケウルフFw190と、ラボーチキンLa-5。
 Fw190はごく少数機、La-5は多数を占めていた。
 私は、両方とも操縦経験がある。この世界で製造された両機が、元世界の機体と同性能だとは思わない。
 しかし、特性は同じだろう。飛行機は人の心根と同じで、どういじっても本質は変わらない。
 私が試乗したLa-5は、木製だった。おそらく、ダールもアークティカと同様に軽金属が不足している。
 だから、大量の木製機を投入してきた。
 Fw190は全金属製で、少数機を配備しているのか、この地域には少数しか送れなかったのだろう。
 性能は、Fw190が断然優れている。
 本質は変わらない……、と言ったが、どちらも航続距離が正規で1000キロに達しない。
 我々の機体とは、設計思想が違う。
 Ki84スパローホークの場合、ドロップタンク付きで、経済速度を維持すれば、理論上2950キロ飛べる。この世界のFw190はフェリー状態でも1200から1400キロほどだと推測している。
 バタから北油田まで400キロある。往復で800キロ。
 現実としては、正規1000キロではほとんど余裕がない。空戦なんて到底不可能だ。
 北油田の150キロ手前でアークティカ機に捕捉され、ドロップタンクを捨てた。東に進みながら30分にわたって空戦し、100キロまで迫ったが、後退を決めた。
 この時点で、ダール機はアークティカ機の追撃を予測していなかったと思う。
 実際、航続距離の短いD.21ケストレルMk.2から戦域を離脱し始め、Ki44ゴスホークが続いた。
 しかし、Ki84スパローホークは、ドロップタンクなしでも1600キロ以上飛行できる。理論上は1800キロ。燃料が不足した機は引き返したが、多くはダール機の追撃を続けた。
 結果、経済速度で飛行できなくなったダール機は燃料不足に陥り、バタに帰還できず、次々と海上に着水した。
 このことは重大な意味がある。現時点において、ダールは北油田を空襲できない」
 ロシュディが着座すると、パウリ・ノールが立つ。
「そこで、問題があるんだ。
 バタとアレナスは、200キロと少ししか離れていない。
 もし、ダールがアークティカへの爆撃を考えているとすれば、アレナスしか目標がないんだ。
 アレナスには飛行機工場があるし、人も多く住む。ダールにとっては、いい攻撃目標だ」
 パウリ・ノールの発言が終わると同時にフェイトが立った。
「スピノオ様、私にバタを攻撃させて欲しい。飛行場を襲い、地上で敵機を破壊する。機銃掃射で……」
 バーニーが反対する。
「中途半端だ。
 Ki109ドラゴンだけど、50キロ爆弾を15発積める。50キロ爆弾は製造していないが、60キロ爆弾ならある。工夫すれば12発くらいは積めるだろう。
 2機で24発。これで、バタの飛行場を攻撃して、地上にある機体を破壊する。
 Ki102ドラゴンスレイヤーには、250キロ爆弾を積む。これで滑走路を破壊する。
 2機で合計4発積める。
 しばらくは、ゆっくり眠れるようになる」
 スピノオが怒りを見せる。
「諸君は、ダールと戦端を開こうというのかね!」
 フェイトが反論。
「スピノオ様、すでに戦端は開かれている。戦死者もいるんだ。
 アークティカは、戦う意思を示さないと!」
 フェイトの意見はパイロットたちの総意に近かったが、国軍と地方軍上層部の考えとは違っていた。
 スコルがフェイトをにらむ。
「無理に戦う必要はない。隠忍自重が大事だ。ダールは真の敵ではない」
 リケルは違う意見。
「なめられると、被害が大きくなる。早期に痛い思いをさせれば、不愉快な行動は減る。相手はごろつきだ。
 盗賊と何も変わらない」
 先手を打つか、後手に回るか。どちらが有利なのか、それは将来判断すればいいことだ。いまは、結論のない空論を避けるとき。
 私は、立ち上がった。
「捕虜を尋問した。
 アレナスの海軍が赤い海の沖合い150キロ付近で、黄色い救命胴衣を着けたダールのパイロットと思われる若い男を救助した。
 その男は、この世界の共通語を話さない。言葉は、ダール固有の貴族の言葉だ。
 捕虜は北油田の病院にいる。
 北油田には、ロシア語を解する人物が複数おり、彼らに通訳してもらった。
 尋問は病床で行った。長い時間は話せず、情報としては十分ではないが、現状認識について、少しは役に立つかもしれない」
 パウリ・ノールが私を見詰める。
「ダールの貴族は、ロシア語を話す、ということか?」
 私は即答した。
「そうだ。
 若いパイロットは、18になったばかりだ。
 彼らは、カフカを攻撃するための部隊だった。本来の目標は、アークティカではない。
 ダールの航空部隊は、地上部隊と共同して敵の前線を突破するための対地攻撃が主任務らしい。これは、合理的な選択だろう。
 ダールのパイロットたちは、大空の一騎打ちに憧れている。どうも、アメリカ人はロシア人に第一次世界大戦的な空中戦の出来事を教えたらしい。
 馬に乗った騎士と飛行機に乗ったパイロットを重ね合わせたんだ。
 パイロットは騎士道にのっとり、大空で一騎打ちをすると考えていた。
 しかし、訓練以外で一騎打ちをする相手はいない。
 捕虜は貴族階級だった。自由民、農奴、奴隷はこの世界の共通言語を使うが、貴族はロシア語しか話さない。
 騎士階級は、自由民とはこの世界の言葉を使い、貴族とはロシア語を使う。貴族や騎士は、農奴や奴隷とは言葉を交わさない。
 バタには4人の貴族がいた。貴族は全金属製の戦闘機に乗り、騎士には木製機が与えられる。
 4人の貴族は、奴隷身分のアークティカ人が操る飛行機を見物しようと、騎士階級の24機を率いてバタを離陸しようとした。
 理由は不明だが、8機はバタにとどまった。故障か整備か、そんな理由だろう。
 北油田を銃撃して、すぐに引き上げるつもりだったらしい。
 もし、アークティカ機が離陸したら、なぶりものにして撃墜するつもりだった。
 ところが……。
 アークティカ側は、赤い海の上で待ち構えていた。
 空の騎士の作法に則り、一騎打ちを仕掛けたが、アークティカ側は奴隷らしい戦い方で抵抗してきた。
 1機を2機で狙う卑怯な戦いを仕掛けてきた」
 フェイトが怪訝な顔をする。
「2機編隊は空戦の基本だと、ロシュディとバーニーは言ったぞ」
 バーニーが笑う。
「2機編隊による機動の始まりは、1930年代後半、定着は1940年代に入ってから。
 アメリカ人は飛行機の作り方は教えたけれど、飛行機による戦い方までは知らなかったんだ」
 私はバーニーの掩護に感謝する。
「そうなのだろう。
 フェイトは飛行機の操縦を知っていた。
 が、空戦は知らなかった。
 戦闘機の戦い方は、アークティカにおいてはロシュディとバーニーによって伝えられた。
 しかし、ダールにはそういう人物はおらず、単に大空の騎士譚のような物語が伝わり、未熟な若者たちが真に受けてしまったのだろう」

 瞑目していたスピノオが大きく目を見開く。
「とすれば、危険だ。
 私たちの愛すべきパイロットたちは、理由なく恨まれることになる。
 戦場に騎士道などありはしない。生きている人間と、死んだ人間だけだ。
 この戦い、決して負けられない」

 スピノオの発言に全員が立ち上がる。
 スピノオはゆっくりと立ち上がる。
「諸君、好むと好まざるとに関わらず、近々戦いが始まる。
 シュン殿、その戦いをできるだけ遅らせてほしい。
 手段は選ばなくていい」
 私は、スピノオの言葉に頷いた。

 暗い戦雲がアークティかに、音もなく近付いていた。

【戦雲編に続きます】
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