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Episode-16 捨て身の攻撃
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会社から帰宅してすぐ、私は夫から「部屋に来て」と夫の部屋に入るよう促されました。
モニターに5人の女性が表示されています。
「動画はすべて同じホテルの同じ部屋で撮られている。入室から退室まで、すべて記録されていた。
尺は正確に2時間。時間帯は昼間。
何らかのルールがあるようだ。
この女性は仁科安寿さん。
4人のうち、この人とこの人は同じ動画に同時に映っている。被害を受けた時期が重複している。
4人の中に知っている顔はある?」
私はすぐに1人がわかりました。
「この人は川口さん、同期入社で、同じ歳なので何度か話をしている。
確か、入社後すぐに離婚したって聞いた」
「ほかは?」
「わからない。
ごめんなさい」
「この人とこの人は、死亡している。死因までは調べきれていない。
川口さんは角館に住んでいる」
「東北の?」
「そうだ。
この人は、刈谷陽咲さん。この人のみ、レイプされた際の動画1ファイルのほか、4ファイルしかない。推定被害期間は6カ月と一番短い。
脅しが効かず、逃げたのだろう。だが、行方がわからない。
結果、死亡2、生存2、行方不明1が被害者5人の現在だ」
「死亡率……、高すぎない?」
「まぁね。
刈谷陽咲さんが謎の3人目だと思う。
私大で情報工学を学んでいた。そのこと自体は確証にはならないが、俺の感では彼女が謎の3人目だ」
「どうするの?
これから……」
「接触する。
いや、もう接触した。
動画のアップ経路を追って、刈谷さんに行き着いた。まだ、刈谷さんであることに確証はないが。
この経路追跡は簡単じゃないが、俺でもできた。ならば、ほかの誰かもできる。もっと用心深くやれば、尻尾はつかまれない。
彼女はできるが、やらなかった。
捨て身なんだと思う。自暴自棄かもしれない。
それでは、俺たちが迷惑だ。
そのことを伝えた」
「わかってくれた?」
「いいや。
彼女の狙いは狭間社長ではない。はっきりとそう言った。目的を果たす過程で、狭間をバンするつもりがないようで、狙いは別。
だが、迷惑をかけないことは、約束した。守るかはわからないが」
「ほかには?」
「ある」
「どんなこと?」
「里穂のこと」
「え!」
「里穂と川口さんは同期だね」
「そう、だけど」
「里穂も性接待の被害者候補だった。
接待客の中に30歳代や40歳代好みがいたらしい。1等親の親族がいない応募者が候補になるそうだ。
里穂と川口さんが該当する。
運命は里穂が28歳、川口さんが30歳だった。それと里穂は若く見えすぎた。もう1点、疎遠であっても、里穂には親族がいた。
だから、入社後、里穂が通常の社員となり、川口さんは特殊社員になった。
里穂は当時はまだ独身で、川口さんは結婚していたので、それも川口さんを選ぶ条件になった。
本物の人妻がいいそうだ。
離婚させた手段は仁科さんと同じで、ご主人に行為中の動画を送りつけた。
不倫を理由に離婚されたんだ。
女房のそんな動画を見せられたら、たいていの男は頭に血が上る」
「確か、お子さんがいたはず」
「あぁ、それも関係がある。
その客は、経産婦が大好きらしい」
「異常ね。
その客って?」
「そのクズは、現在の検事総長だよ」
私は息が止まりそうでした。
狭間社長の葉山の別荘にミサイルが撃ち込まれて以降、社長側からの動きは完全に消えました。
私たちのマンションは、幅が広い川の畔にあり、川がある南東側に隣接する建物は2キロ以上離れています。
ですが、夫は「川向こうから監視されている」と言います。
ですから、いつもカーテンを閉めています。
夫は「気にするな」と言いますが、無理です。正直、ものすごいストレスです。
9月最後の日、突然、デニムのスリムパンツに濃いグレーのジャケットを着て、黒のキャップを被った髪の長い女性が会社を訪れました。
会社には私と真琴さんだけ。ほかは在宅勤務です。
最初は真琴さんが応対し、「ヘンな女性が来たよ。どうする?」と小声で教えてくれました。
私が事務所の狭いロビーに行くと、その女性は、マスクを取り、帽子を脱ぎます。
「桐村さん、しばたくぶりね」
私を旧姓で呼んだ女性は、川口幸菜さんでした。
「川口さん?」
「変わっちゃったから、わからないよね」
川口さんはもともとスリムな体形でしたが、筋肉が付いたような精悍な雰囲気になっていました。
私は彼女を会議室に案内します。
「すごく心配していたの。
最近、いろいろなことを知ったから……」
「そう。
あなたは幸運で、私は不運だった。
違いはそれだけ。
私は刈谷さんに助けられ、いまは一緒に行動している。
お願いがあってきたの」
「……?」
「私たちの邪魔はしないで」
「邪魔なんてする気はないよ。
ただ、迷惑をかけてもらいたくないだけ」
「迷惑?
迷惑なんてかけていない」
「そうかな?
夫は内調の監視下にあるし、奈々さん、社長の前妻さんの彼氏は警察庁に目を付けられている。
あなたたちが不用意に動けば、夫や奈々さんの彼氏が疑われることになる」
「……」
「自暴自棄的な特攻隊のようなことはやめてほしいだけ。
用心深く、余裕を持った行動をお願いしているの」
「……」
「この会社には、5人目の被害者もいるの。
逆に私たちの邪魔をしないで。
もう、表と裏の戦いが始まっていて、勝つか、負けるか、それしかなくなっているの」
「……、5人目の被害者?
仁科安寿さん?」
「そう。
私もそうだし、彼女もだけど、裏の戦いには関与していない。ごくわずかなことを知っているだけ。
だけど、表側では戦っている」
「私たちは、決死の覚悟だ」
「私たちは、ゆる~く戦っているの。狭間さんのプライドを適当に刺激してあげれば、必ず何かしてくる。
そこを叩いているわけ」
「私たちは、狭間翔一を狙っていない」
「ほかの人なんでしょう?」
「……」
「誰なのかな?」
「アドバンストメディアのCOO(最高執行責任者)の安曇聖子」
「なるほど、彼女が現場の指揮をしているわけね。でも、その上は狭間翔一でしょ」
「そこは、遠すぎる……」
「諦めているの?」
「……」
「お願いがあるの?」
「どんな?」
「アルカディアについて知っていたら、教えてほしい」
「それ、何?」
「社員が利用できない、会社の福利厚生施設」
「どこにある?」
「誰かが教えてくれるかも?」
「わかった。
だが、検討するだけだ」
川口幸菜さんは、10分も滞在しませんでした。このためだけに、秋田新幹線を使って、角館から訪れたとのことでした。
夫は電話の盗聴を気にしています。
ですから、重要な情報は対面でのみで伝えます。
この日、帰宅するとすぐに夫の部屋に向かいました。
「話があるの。
いい?」
「あぁ」
夫は仕事で疲れているようです。フリーランスのエンジニアは、たった1人ですからたいへんです。
「今日、川口幸菜さんが来社した」
「……、本当か?」
夫は明らかに驚いています。
「うん、私たちの邪魔はするなって」
「私たち?」
「刈谷陽咲さんと川口幸菜さんは、仲間みたい」
「で?」
「アルカディアのことを教えてほしい、ってお願いした。
存在さえまったく知らなかったけど……」
「わかった。
その先は俺がやる」
仁科安寿さんのお父様は、再就職に苦労していました。親子2人で生きていくには、どうしても収入が必要です。
50歳での転職、それも公務員から民間企業へですから簡単ではありません。
私も心配していました。
安寿さんは「父は、行政書士と司法書士の資格があるので、何とかなると思ったんだけど……、実務経験がないから……」と、昼食時の世間話で知りました。
すると、真琴さんが「司法書士かぁ。ママの事務所が探しているって言ってたよ」と。
その場で真琴さんが真白さんに電話し、安寿さんのお父様を紹介しました。
面接をしてからになりますが、真白さんは乗り気だとか。
帰宅すると、夫に呼ばれます。
夫の部屋で話をします。
「3人目は、慎重な行動をすると約束した。
同時に邪魔はするなと。
それと、当面の目標は潰すが、その先も考えると。
あと、共闘はしないそうだ。
ただし、知りたいことは教える、と」
「アルカディアのことわかるかな?」
「どうかな?
俺がつかんでいる情報は教えたが、たいしたものじゃない。手がかりと言えるかどうか」
10月第1週の週末、夫にアルカディアの情報がもたらされました。
2分に満たない動画でした。
私も見ました。
ラウンジのような場所で、給仕をする女性はビキニの下のみで、上半身は裸。高いヒールのサンダルを履き、顔の上部を隠すマスクを着けています。
彼女たちとは別にOLや学生風のごくありふれたファッションの女性が並んでいます。
動画に音はありません。
ビキニの女性は20人くらいで、街着の女性は5人ほど。男性は5人前後。
動画はこれだけでした。
「これが、アルカディアなの?」
「そうらしい。
ビックリするような内容じゃないが、映っていた男の1人は身元がわかった。
現在の文科大臣だ。
こんな店、どこかにありそうだが、閣僚がお楽しみとなると、大スキャンダルだ」
「これから、どうするの?」
「待つ」
「何を?」
「もちろん、不倫の事実確認の連絡……」
この頃、女子社員の1人に個人的な問題が起きました。
彼女は実際の居所と住民票が一致しないのですが、理由はDV配偶者から逃げているためでした。
決死の覚悟で逃げ出し、親友の家に保護を求めたのですが、その友人は夫婦の話し合いを主張し、翌日、彼女に無断でDV配偶者を自宅に呼んだのです。
親友の家で凄まじい暴力を受け、髪を引きずられながら連れ戻されたそうです。
彼女が暴力を受けている間、親友は悲鳴を上げるだけで何ら行動せず、彼女とDV配偶者が去ったあとも警察に通報することさえしなかったとか。
同じことは彼女の実家でも以前にあり、実家に逃げた彼女は両親によって、DV配偶者に引き渡されたそうです。このときが最初の逃亡だったとか。
DV配偶者は大手銀行に勤めていて、非常に外面がいいそうです。彼女の家族や友人は、彼女の訴えを我が儘と受け取っているとか。
だから、両親兄弟、親戚親族、友人知人との連絡を一切絶ち、隠れていたのです。
そのDV配偶者に居所が知られたようなのです。
私はすぐに真白さんに電話し、彼女の話を聞いてほしいとお願いしました。
真白さんは必ず誰かが付き添うよう指示し、私が同行して真白さんの事務所に向かいました。
彼女の事情を知った理由ですが、彼女が私に「しばらくの間、会社に寝泊まりしてもいいですか?」と問うたからです。
仕事はそのような状況ではないので、事情を聞いたのです。彼女は、外に出ることが怖かったようです。
それで、昼間は必ず誰かがいる、会社に立て籠もろうと。夜はセキュリティが万全なので、自宅よりも安全だと。
DVの証拠がなく、難しい案件ですが、真白さんは受任してくださいました。
真白さんはDVの唯一の目撃者である、彼女の元親友と話をするそうです。
アドバンストメディアの宣伝が効果を現していて、狭間翔一社長の好感度は上がっています。イケメンですが爽やかな印象なので、女性には魅力的です。
ただ、好感度は性差が大きく、男性の多くは胡散臭いとの印象で、女性の多くは素敵と感じるという真逆の調査結果があります。
ですが、女性の好感度が高いことから、世間は優秀な青年起業家として狭間翔一を持ち上げ始めます。同時に放送メディアへの露出が増えています。
このメディア戦略は、狭間翔一が政権と密接に結びついた政商としての顔があることを隠そうとの意図があるようです。
政府はどうでもいいITシステムを、デジタル政府の実現のためと称して、メーティスに発注し続けています。
納税者の努力がメーティスに吸い取られていきます。そのメーティスの最高経営責任者が狭間翔一です。
そして、彼の最大の不確定要素が、元不倫相手の私と元妻の奈々さん、そして生き残っている性接待被害者たちでした。
シンパがいれば、アンチがいます。既存の活字メディアのうち出版系は、男性が主要購読者なのでアンチ側に立っていました。
そして、記事が出ます。
-元愛人が語るイケメン起業家の酒池肉林-
原稿の升目を文字で埋めただけのような内容薄い記事でしたが、唯一、社長室とつながる秘密部屋については実際の目撃者の証言のようでした。
この記事が、小心で猜疑心が強い社長を突き動かします。
私と奈々さんの家族が、何度目かの標的になります。
10月の第2週から第3週にかけての3連休は、いつものように夫と娘が会社まで迎えに来てくれて、夜の出発となりました。
談合坂を過ぎたあたりで、私は娘が寝ていることを確認します。
そして、運転している夫に話しかけました。
「善波さんと奈々さん、入籍するって」
夫が驚き「マジか!」とやや大きな声を出します。私は振り向き、娘が起きないことを確かめます。
「奈々さん母子を守るには、籍を入れたほうがいいって判断したみたい」
「また警察が来るぞ。
今度は奈々さんを脅す。子供は作るなよ、犯罪者の子にしたくはないだろう、とか言うらしい。前の奥さんにはあったと聞いた」
「ひどい」
「まぁ、世の中なんてそんなものさ。
狭間社長は首相のお友達で、警察庁長官は首相の忠犬だ。どんな手で来るか、楽しみだな。
善波は、それを承知で奈々さんとの入籍を決めたのだろう。どのみち、戦いは避けられないのだから、先手を打ったんだ。
それに、2人とも独身なんだから、誰からも批判されない。問題は交際期間だ。数カ月だから、不貞を疑われる。
それを承知で決めたのだろう」
「私は、どんな覚悟をすればいいの?」
「里穂は社長なんだから、社員を守ればいいさ」
私の身体には、ある変化が起きていました。私は潜在的に前職の社長に対して、いろいろな面での尊敬と、国家権力と巧みに結びついた手腕と彼が背景とする権力への畏怖がありました。
結果、私は無意識に怯えていました。
私の心が夫に戻って以降も、その畏怖は消えませんでした。
ですが、夫の強大さを知っていくと、私はいつしか虎の威を借る狐の気分になっていきました。虎は夫、狐は私。
ちょうどこの頃、社長の呪縛から私は完全に離れたのです。
それは、自分でもよくわかりました。
夫と車内で怖い話をしても、かつてのように恐怖に打ち勝とうとするのではなく、せいぜい警戒ランクを上げる程度でしかなくなりました。
身体的な変化としては、夫との行為の際に顕著に表れました。リミッターが壊れたというか、際限なく感じるようになったんです。
だから、山荘に着いてから、夫が私にすることが本当に楽しみでした。
日付が変わった土曜日の未明、私は絨毯に敷いた高反発マットの上に仰向けで寝ていました。夫は私の右側にいて、私と夫は何も着けていません。
私の右手は夫をつかんでいますが、夫の手は私の身体に触れていません。
触れているのは舌先だけ。
夫の舌先は私のおへその周囲を何度も回り、そのままおへそから真っ直ぐ両足の付け根まで下りていきます。
でも、下生えのない私の割れ目の直前で、おへそまで引き返します。
おへそを通過するとき、私は「ハッ、フー
・フィ」と声を出し、次は右の乳首であることは推測できていました。
夫は同じパターンにならないように、細心の注意を払っていますが、癖があり、私の身体に特別好きな部位があるんです。
夫は大きくはなくやや固い私の胸ではなく、私の大きめの乳首が大好きなんです。
夫は私の右の乳首に吸い付くと、初めて手を使いました。
左手の親指と人差し指で、左の乳首をつまんだんです。
「ハァーーーーーーーーーー」
自分でも信じられないほど、大量の息を吐き出します。
その後の記憶ははっきりしません。
ただ、何度も何度も身体をのけぞらせ、「イヤ、ヤメテ、ゴメンナサイ」と叫び続けていました。
夫がわたしのおいしさに我慢できず果てたことにも気付きませんでした。
「どうして、やめたの?」
呆けて、そう言ってしまいました。
夫に「里穂は果てなしだなぁ」と笑われて、すごく恥ずかしくなりました。
時計を見ると、確実に45分は意識混沌でした。
私は夫が回復すると求め、結局、明け方まで交わっていました。
土曜日はお昼まで寝て、午後は買い出し、夕方まで庭の手入れ、もう秋なので夕食は鍋になりました。
そして、第2夜。
私はショーツを着けただけで、高反発マットの上に俯せになり、夫から丁寧なマッサージを受けています。
肩から背中にかけてのこりがひどく、夫のマッサージは最高に気持ちいいんです。あまりの気持ちよさにウトウト。
「あー、ダメ、寝ちゃった」
すぐ起きて、仰向けになり、夫にねだります。
「脱がせて、中も凝ってるの」
「指がいい?」
「これがいい」
私が夫に手を伸ばすと、夫はすべて脱ぎました。
私が自分から両足を持ち上げ、夫が私の足を抱え、ありふれた正常位で入れてくれました。
「奥様、どこがこってますか?」
夫の問いに私は「入口付近から奥まで」と答えます。夫はストロークの長い運動を、ゆっくりと始めます。
これが気持ちいいんです。腰のこりも一緒に解消されるし……。
これは、私的にはセックスではありません。あくまでもマッサージなんです。実際、夫はこのときに腰と足のマッサージをしてくれます。
ふくらはぎのもみほぐしは、最高に気持ちいいです。
夫のマッサージ60分コースが終わってしまいました。
タオルを巻いて、一休みします。
夫は涼しい顔をしていますが、夫の核心は物欲しそうです。タオルが盛り上がっています。
「ベッド行く?」
私は微笑んで頷きます。その言葉を待っていたので……。
翌朝、ダイニングテーブルを挟んで、夫とコーヒーを飲んでいました。
でも、しばらくすると、なぜかダイニングチェアに座る夫の膝の上にいました。
横座りの態勢で、私は夫の首に片腕を回していて、夫の片腕は私の腰を抱いています。
話の内容は、ごく日常的なこと。
娘が起きてきました。階段を降りてきます。以前なら、慌てて離れるんですが、最近ではめんどくさくなってしまい……。
「ママとパパ、また仲良くしてる」
そう言われて、ようやく離れる感じ。
今日は、カナディアンカヤックで行く、ピクニックの予定です。お弁当は、3人で作ります。カヤックはレンタルしていますが、時間制限があり、娘は我が家のカヤックを欲しがっています。
湖までは300メートルほどなので、夫は「ドリーに載せれば簡単に運べる」と言っています。私は、ネットでカナディアンカヤックを検索しています。
私たち家族には高価なのですが、ネットオークションなら何とか買えそうです。
第3夜は、朝のうちに夫にお願いをしておきました。
「少しだけ変わったことがしたい、かなっ」
この一言は、勇気が必要でした。
私は手を縛られています。縛られるなんて初めてです。部屋着用の色気のないブラを着けていたので、始める前に「取ってほしい」とお願いしましたが、夫は返事をしてくれません。ショーツは夫が見慣れている紐パンだし……。
さらに目隠しまでされてしまいました。
これから何をされるのか、ドキドキです。
「ちょっと、怖い……」
いまやエッチ専用となってしまった高反発マットの上に寝かされ、抵抗できない状態で、いきなり夫が少しだけ開いていた口の中に入ってきました。
フェラは大好きなので、一心不乱に舐めますが、夫がどういう体勢なのかよくわからず、舌で先端の向きを確かめて、想像するしかありません。
ショーツを履いているのに、夫の指が入ってきました。上の口には夫が、下の口には夫の指が入っています。
私は、もっとかわいい下着を着けておけばよかった、と後悔していました。
何も見えないので、何をされるのか推測できず、手を拘束されているので、自分から何かをすることもできません。
夫なのに、夫以外の誰かにされているようにも感じ、何だか異常な興奮状態になってきました。
普段のちょっと怠けた下着であることも、その感覚に拍車をかけます。
「イヤ、ヤメテ」
口が解放されて最初に出た言葉が、真の気持ちとはまったく真逆。
今夜の夫は、大好きな私の胸をまったく無視しています。夫なら絶対に何かするはずの私の胸は何もされません。
夫がショーツを脱がせます。
夫が覆い被さってきて、無理矢理キスされます。応えているのに「イヤ」と声が出ます。
夫が入ってきました。いつもなら十分に舐めてくれるのに、今日はなし。
いつもの夫のパターンとは違う。本当に夫なのか疑う私。
異常な興奮で、何度も声を出し、ときどき「イヤ、ヤメテ」を発します。
いつもは話しかけてくれるのに、今日は無言。本当に怖くなってきました。
私は何度も背中を反らせ、何度も絶叫します。
「ごめん、いちゃった」
夫の言葉で、ようやく夫にされていることが確認でき、安心からか「アーーーーーーーッ」と普段とは違う歓喜の声を出してしまいました。
夫とはタイミングがズレたけど、気持ちよかった……。
手を解かれ、目隠しを取られると、ぐったりしている私は「ごめんなさい」となぜか言ってしまいました。
「何が、ごめんなさい、なの?」
夫にそう問われ「わかんない」と答える私。
グッタリしている私をお姫様抱っこして、ベッドに連れていき、ブラを外してくれました。
「重かった?」
「重いね」
「ヤダ、軽いって言ってよ」
「だって、重いよ。
60キロはあるね」
「ないよ~。
ないもん」
夫は相当に我慢していたのでしょう、ご馳走に吸い付きます。
「よかったぁ~」
「何が」
「おっぱい、嫌われてないぃ~」
私は、バカなことを連呼していました。
私はここまでで十分に満足でしたが、夫はしたりないらしく、私の身体でいつまでも遊んでいました。
私は麻痺してしまい、軽い反応しか返せませんでした。
でも、それが心地よく、夫もおもしろがっていました。
快楽の3夜が終わり、マンションに戻ると、現実の世界が始まります。
どこから情報を仕入れたのか、退勤時の奈々さんに都道府県警ではなく警察庁の方が声をかけました。
「善波奈々さん、ですね。
ちょっとお話しいいですか?」
「どちら様ですか?」
「警察庁のものです」
「そうですか!
お待ちしてました!
それでは、会社の会議室でお話ししましょう」
「いや、それは!
あなたのプライベートに関わる事なんで……」
「承知していますよ。
どうぞこちらに」
奈々さんが会社に戻ってくると、イヤイヤっぽい感じの男性2人がくっついてきました。
奈々さんが元気に「里穂さーん! 予想通り警察庁の方が来ましたぁ~」と。
この時点で、刑事さんでもないスーツを着た警察官僚の2人はドギマギ。
「以前、お見えになった方とは違いますね。
前の方、住宅ローンがたいへんそうですね」
「……」
「私の前夫、狭間さんの命令で、ここに来られたのですよね」
「……、違います」
「あ、狭間さんが首相に頼んで、首相が警察庁長官に依頼して、お2人が命令されたんですね。
脅してこいって」
「いや!」
「たいへんですね。内閣総理大臣も、他所の家庭にまで干渉しなければならないなんて。
それで、どんな脅迫ですか?」
私が会議室に入ると、奈々さんは険悪な目で2人をにらみ、2人の男性は明らかに当惑していました。
私が「仕事だから仕方ないけど、子供に話せないような行為はすべきではないと思いますが……」と言うと、1人が「そういうことではなく……」と言葉を続けたので、私が「浮気がバレた亭主の言い訳みたいで、みっともないですよ」と。
2人は沈黙。しばらくして、意味不明な発言をして、帰って行きました。
奈々さんは「怖かった」と言って泣き出しました。
私がこの出来事を夫に話すと、夫は「まだ、早い」と。
私は、何が早いのかわかりませんでした。
モニターに5人の女性が表示されています。
「動画はすべて同じホテルの同じ部屋で撮られている。入室から退室まで、すべて記録されていた。
尺は正確に2時間。時間帯は昼間。
何らかのルールがあるようだ。
この女性は仁科安寿さん。
4人のうち、この人とこの人は同じ動画に同時に映っている。被害を受けた時期が重複している。
4人の中に知っている顔はある?」
私はすぐに1人がわかりました。
「この人は川口さん、同期入社で、同じ歳なので何度か話をしている。
確か、入社後すぐに離婚したって聞いた」
「ほかは?」
「わからない。
ごめんなさい」
「この人とこの人は、死亡している。死因までは調べきれていない。
川口さんは角館に住んでいる」
「東北の?」
「そうだ。
この人は、刈谷陽咲さん。この人のみ、レイプされた際の動画1ファイルのほか、4ファイルしかない。推定被害期間は6カ月と一番短い。
脅しが効かず、逃げたのだろう。だが、行方がわからない。
結果、死亡2、生存2、行方不明1が被害者5人の現在だ」
「死亡率……、高すぎない?」
「まぁね。
刈谷陽咲さんが謎の3人目だと思う。
私大で情報工学を学んでいた。そのこと自体は確証にはならないが、俺の感では彼女が謎の3人目だ」
「どうするの?
これから……」
「接触する。
いや、もう接触した。
動画のアップ経路を追って、刈谷さんに行き着いた。まだ、刈谷さんであることに確証はないが。
この経路追跡は簡単じゃないが、俺でもできた。ならば、ほかの誰かもできる。もっと用心深くやれば、尻尾はつかまれない。
彼女はできるが、やらなかった。
捨て身なんだと思う。自暴自棄かもしれない。
それでは、俺たちが迷惑だ。
そのことを伝えた」
「わかってくれた?」
「いいや。
彼女の狙いは狭間社長ではない。はっきりとそう言った。目的を果たす過程で、狭間をバンするつもりがないようで、狙いは別。
だが、迷惑をかけないことは、約束した。守るかはわからないが」
「ほかには?」
「ある」
「どんなこと?」
「里穂のこと」
「え!」
「里穂と川口さんは同期だね」
「そう、だけど」
「里穂も性接待の被害者候補だった。
接待客の中に30歳代や40歳代好みがいたらしい。1等親の親族がいない応募者が候補になるそうだ。
里穂と川口さんが該当する。
運命は里穂が28歳、川口さんが30歳だった。それと里穂は若く見えすぎた。もう1点、疎遠であっても、里穂には親族がいた。
だから、入社後、里穂が通常の社員となり、川口さんは特殊社員になった。
里穂は当時はまだ独身で、川口さんは結婚していたので、それも川口さんを選ぶ条件になった。
本物の人妻がいいそうだ。
離婚させた手段は仁科さんと同じで、ご主人に行為中の動画を送りつけた。
不倫を理由に離婚されたんだ。
女房のそんな動画を見せられたら、たいていの男は頭に血が上る」
「確か、お子さんがいたはず」
「あぁ、それも関係がある。
その客は、経産婦が大好きらしい」
「異常ね。
その客って?」
「そのクズは、現在の検事総長だよ」
私は息が止まりそうでした。
狭間社長の葉山の別荘にミサイルが撃ち込まれて以降、社長側からの動きは完全に消えました。
私たちのマンションは、幅が広い川の畔にあり、川がある南東側に隣接する建物は2キロ以上離れています。
ですが、夫は「川向こうから監視されている」と言います。
ですから、いつもカーテンを閉めています。
夫は「気にするな」と言いますが、無理です。正直、ものすごいストレスです。
9月最後の日、突然、デニムのスリムパンツに濃いグレーのジャケットを着て、黒のキャップを被った髪の長い女性が会社を訪れました。
会社には私と真琴さんだけ。ほかは在宅勤務です。
最初は真琴さんが応対し、「ヘンな女性が来たよ。どうする?」と小声で教えてくれました。
私が事務所の狭いロビーに行くと、その女性は、マスクを取り、帽子を脱ぎます。
「桐村さん、しばたくぶりね」
私を旧姓で呼んだ女性は、川口幸菜さんでした。
「川口さん?」
「変わっちゃったから、わからないよね」
川口さんはもともとスリムな体形でしたが、筋肉が付いたような精悍な雰囲気になっていました。
私は彼女を会議室に案内します。
「すごく心配していたの。
最近、いろいろなことを知ったから……」
「そう。
あなたは幸運で、私は不運だった。
違いはそれだけ。
私は刈谷さんに助けられ、いまは一緒に行動している。
お願いがあってきたの」
「……?」
「私たちの邪魔はしないで」
「邪魔なんてする気はないよ。
ただ、迷惑をかけてもらいたくないだけ」
「迷惑?
迷惑なんてかけていない」
「そうかな?
夫は内調の監視下にあるし、奈々さん、社長の前妻さんの彼氏は警察庁に目を付けられている。
あなたたちが不用意に動けば、夫や奈々さんの彼氏が疑われることになる」
「……」
「自暴自棄的な特攻隊のようなことはやめてほしいだけ。
用心深く、余裕を持った行動をお願いしているの」
「……」
「この会社には、5人目の被害者もいるの。
逆に私たちの邪魔をしないで。
もう、表と裏の戦いが始まっていて、勝つか、負けるか、それしかなくなっているの」
「……、5人目の被害者?
仁科安寿さん?」
「そう。
私もそうだし、彼女もだけど、裏の戦いには関与していない。ごくわずかなことを知っているだけ。
だけど、表側では戦っている」
「私たちは、決死の覚悟だ」
「私たちは、ゆる~く戦っているの。狭間さんのプライドを適当に刺激してあげれば、必ず何かしてくる。
そこを叩いているわけ」
「私たちは、狭間翔一を狙っていない」
「ほかの人なんでしょう?」
「……」
「誰なのかな?」
「アドバンストメディアのCOO(最高執行責任者)の安曇聖子」
「なるほど、彼女が現場の指揮をしているわけね。でも、その上は狭間翔一でしょ」
「そこは、遠すぎる……」
「諦めているの?」
「……」
「お願いがあるの?」
「どんな?」
「アルカディアについて知っていたら、教えてほしい」
「それ、何?」
「社員が利用できない、会社の福利厚生施設」
「どこにある?」
「誰かが教えてくれるかも?」
「わかった。
だが、検討するだけだ」
川口幸菜さんは、10分も滞在しませんでした。このためだけに、秋田新幹線を使って、角館から訪れたとのことでした。
夫は電話の盗聴を気にしています。
ですから、重要な情報は対面でのみで伝えます。
この日、帰宅するとすぐに夫の部屋に向かいました。
「話があるの。
いい?」
「あぁ」
夫は仕事で疲れているようです。フリーランスのエンジニアは、たった1人ですからたいへんです。
「今日、川口幸菜さんが来社した」
「……、本当か?」
夫は明らかに驚いています。
「うん、私たちの邪魔はするなって」
「私たち?」
「刈谷陽咲さんと川口幸菜さんは、仲間みたい」
「で?」
「アルカディアのことを教えてほしい、ってお願いした。
存在さえまったく知らなかったけど……」
「わかった。
その先は俺がやる」
仁科安寿さんのお父様は、再就職に苦労していました。親子2人で生きていくには、どうしても収入が必要です。
50歳での転職、それも公務員から民間企業へですから簡単ではありません。
私も心配していました。
安寿さんは「父は、行政書士と司法書士の資格があるので、何とかなると思ったんだけど……、実務経験がないから……」と、昼食時の世間話で知りました。
すると、真琴さんが「司法書士かぁ。ママの事務所が探しているって言ってたよ」と。
その場で真琴さんが真白さんに電話し、安寿さんのお父様を紹介しました。
面接をしてからになりますが、真白さんは乗り気だとか。
帰宅すると、夫に呼ばれます。
夫の部屋で話をします。
「3人目は、慎重な行動をすると約束した。
同時に邪魔はするなと。
それと、当面の目標は潰すが、その先も考えると。
あと、共闘はしないそうだ。
ただし、知りたいことは教える、と」
「アルカディアのことわかるかな?」
「どうかな?
俺がつかんでいる情報は教えたが、たいしたものじゃない。手がかりと言えるかどうか」
10月第1週の週末、夫にアルカディアの情報がもたらされました。
2分に満たない動画でした。
私も見ました。
ラウンジのような場所で、給仕をする女性はビキニの下のみで、上半身は裸。高いヒールのサンダルを履き、顔の上部を隠すマスクを着けています。
彼女たちとは別にOLや学生風のごくありふれたファッションの女性が並んでいます。
動画に音はありません。
ビキニの女性は20人くらいで、街着の女性は5人ほど。男性は5人前後。
動画はこれだけでした。
「これが、アルカディアなの?」
「そうらしい。
ビックリするような内容じゃないが、映っていた男の1人は身元がわかった。
現在の文科大臣だ。
こんな店、どこかにありそうだが、閣僚がお楽しみとなると、大スキャンダルだ」
「これから、どうするの?」
「待つ」
「何を?」
「もちろん、不倫の事実確認の連絡……」
この頃、女子社員の1人に個人的な問題が起きました。
彼女は実際の居所と住民票が一致しないのですが、理由はDV配偶者から逃げているためでした。
決死の覚悟で逃げ出し、親友の家に保護を求めたのですが、その友人は夫婦の話し合いを主張し、翌日、彼女に無断でDV配偶者を自宅に呼んだのです。
親友の家で凄まじい暴力を受け、髪を引きずられながら連れ戻されたそうです。
彼女が暴力を受けている間、親友は悲鳴を上げるだけで何ら行動せず、彼女とDV配偶者が去ったあとも警察に通報することさえしなかったとか。
同じことは彼女の実家でも以前にあり、実家に逃げた彼女は両親によって、DV配偶者に引き渡されたそうです。このときが最初の逃亡だったとか。
DV配偶者は大手銀行に勤めていて、非常に外面がいいそうです。彼女の家族や友人は、彼女の訴えを我が儘と受け取っているとか。
だから、両親兄弟、親戚親族、友人知人との連絡を一切絶ち、隠れていたのです。
そのDV配偶者に居所が知られたようなのです。
私はすぐに真白さんに電話し、彼女の話を聞いてほしいとお願いしました。
真白さんは必ず誰かが付き添うよう指示し、私が同行して真白さんの事務所に向かいました。
彼女の事情を知った理由ですが、彼女が私に「しばらくの間、会社に寝泊まりしてもいいですか?」と問うたからです。
仕事はそのような状況ではないので、事情を聞いたのです。彼女は、外に出ることが怖かったようです。
それで、昼間は必ず誰かがいる、会社に立て籠もろうと。夜はセキュリティが万全なので、自宅よりも安全だと。
DVの証拠がなく、難しい案件ですが、真白さんは受任してくださいました。
真白さんはDVの唯一の目撃者である、彼女の元親友と話をするそうです。
アドバンストメディアの宣伝が効果を現していて、狭間翔一社長の好感度は上がっています。イケメンですが爽やかな印象なので、女性には魅力的です。
ただ、好感度は性差が大きく、男性の多くは胡散臭いとの印象で、女性の多くは素敵と感じるという真逆の調査結果があります。
ですが、女性の好感度が高いことから、世間は優秀な青年起業家として狭間翔一を持ち上げ始めます。同時に放送メディアへの露出が増えています。
このメディア戦略は、狭間翔一が政権と密接に結びついた政商としての顔があることを隠そうとの意図があるようです。
政府はどうでもいいITシステムを、デジタル政府の実現のためと称して、メーティスに発注し続けています。
納税者の努力がメーティスに吸い取られていきます。そのメーティスの最高経営責任者が狭間翔一です。
そして、彼の最大の不確定要素が、元不倫相手の私と元妻の奈々さん、そして生き残っている性接待被害者たちでした。
シンパがいれば、アンチがいます。既存の活字メディアのうち出版系は、男性が主要購読者なのでアンチ側に立っていました。
そして、記事が出ます。
-元愛人が語るイケメン起業家の酒池肉林-
原稿の升目を文字で埋めただけのような内容薄い記事でしたが、唯一、社長室とつながる秘密部屋については実際の目撃者の証言のようでした。
この記事が、小心で猜疑心が強い社長を突き動かします。
私と奈々さんの家族が、何度目かの標的になります。
10月の第2週から第3週にかけての3連休は、いつものように夫と娘が会社まで迎えに来てくれて、夜の出発となりました。
談合坂を過ぎたあたりで、私は娘が寝ていることを確認します。
そして、運転している夫に話しかけました。
「善波さんと奈々さん、入籍するって」
夫が驚き「マジか!」とやや大きな声を出します。私は振り向き、娘が起きないことを確かめます。
「奈々さん母子を守るには、籍を入れたほうがいいって判断したみたい」
「また警察が来るぞ。
今度は奈々さんを脅す。子供は作るなよ、犯罪者の子にしたくはないだろう、とか言うらしい。前の奥さんにはあったと聞いた」
「ひどい」
「まぁ、世の中なんてそんなものさ。
狭間社長は首相のお友達で、警察庁長官は首相の忠犬だ。どんな手で来るか、楽しみだな。
善波は、それを承知で奈々さんとの入籍を決めたのだろう。どのみち、戦いは避けられないのだから、先手を打ったんだ。
それに、2人とも独身なんだから、誰からも批判されない。問題は交際期間だ。数カ月だから、不貞を疑われる。
それを承知で決めたのだろう」
「私は、どんな覚悟をすればいいの?」
「里穂は社長なんだから、社員を守ればいいさ」
私の身体には、ある変化が起きていました。私は潜在的に前職の社長に対して、いろいろな面での尊敬と、国家権力と巧みに結びついた手腕と彼が背景とする権力への畏怖がありました。
結果、私は無意識に怯えていました。
私の心が夫に戻って以降も、その畏怖は消えませんでした。
ですが、夫の強大さを知っていくと、私はいつしか虎の威を借る狐の気分になっていきました。虎は夫、狐は私。
ちょうどこの頃、社長の呪縛から私は完全に離れたのです。
それは、自分でもよくわかりました。
夫と車内で怖い話をしても、かつてのように恐怖に打ち勝とうとするのではなく、せいぜい警戒ランクを上げる程度でしかなくなりました。
身体的な変化としては、夫との行為の際に顕著に表れました。リミッターが壊れたというか、際限なく感じるようになったんです。
だから、山荘に着いてから、夫が私にすることが本当に楽しみでした。
日付が変わった土曜日の未明、私は絨毯に敷いた高反発マットの上に仰向けで寝ていました。夫は私の右側にいて、私と夫は何も着けていません。
私の右手は夫をつかんでいますが、夫の手は私の身体に触れていません。
触れているのは舌先だけ。
夫の舌先は私のおへその周囲を何度も回り、そのままおへそから真っ直ぐ両足の付け根まで下りていきます。
でも、下生えのない私の割れ目の直前で、おへそまで引き返します。
おへそを通過するとき、私は「ハッ、フー
・フィ」と声を出し、次は右の乳首であることは推測できていました。
夫は同じパターンにならないように、細心の注意を払っていますが、癖があり、私の身体に特別好きな部位があるんです。
夫は大きくはなくやや固い私の胸ではなく、私の大きめの乳首が大好きなんです。
夫は私の右の乳首に吸い付くと、初めて手を使いました。
左手の親指と人差し指で、左の乳首をつまんだんです。
「ハァーーーーーーーーーー」
自分でも信じられないほど、大量の息を吐き出します。
その後の記憶ははっきりしません。
ただ、何度も何度も身体をのけぞらせ、「イヤ、ヤメテ、ゴメンナサイ」と叫び続けていました。
夫がわたしのおいしさに我慢できず果てたことにも気付きませんでした。
「どうして、やめたの?」
呆けて、そう言ってしまいました。
夫に「里穂は果てなしだなぁ」と笑われて、すごく恥ずかしくなりました。
時計を見ると、確実に45分は意識混沌でした。
私は夫が回復すると求め、結局、明け方まで交わっていました。
土曜日はお昼まで寝て、午後は買い出し、夕方まで庭の手入れ、もう秋なので夕食は鍋になりました。
そして、第2夜。
私はショーツを着けただけで、高反発マットの上に俯せになり、夫から丁寧なマッサージを受けています。
肩から背中にかけてのこりがひどく、夫のマッサージは最高に気持ちいいんです。あまりの気持ちよさにウトウト。
「あー、ダメ、寝ちゃった」
すぐ起きて、仰向けになり、夫にねだります。
「脱がせて、中も凝ってるの」
「指がいい?」
「これがいい」
私が夫に手を伸ばすと、夫はすべて脱ぎました。
私が自分から両足を持ち上げ、夫が私の足を抱え、ありふれた正常位で入れてくれました。
「奥様、どこがこってますか?」
夫の問いに私は「入口付近から奥まで」と答えます。夫はストロークの長い運動を、ゆっくりと始めます。
これが気持ちいいんです。腰のこりも一緒に解消されるし……。
これは、私的にはセックスではありません。あくまでもマッサージなんです。実際、夫はこのときに腰と足のマッサージをしてくれます。
ふくらはぎのもみほぐしは、最高に気持ちいいです。
夫のマッサージ60分コースが終わってしまいました。
タオルを巻いて、一休みします。
夫は涼しい顔をしていますが、夫の核心は物欲しそうです。タオルが盛り上がっています。
「ベッド行く?」
私は微笑んで頷きます。その言葉を待っていたので……。
翌朝、ダイニングテーブルを挟んで、夫とコーヒーを飲んでいました。
でも、しばらくすると、なぜかダイニングチェアに座る夫の膝の上にいました。
横座りの態勢で、私は夫の首に片腕を回していて、夫の片腕は私の腰を抱いています。
話の内容は、ごく日常的なこと。
娘が起きてきました。階段を降りてきます。以前なら、慌てて離れるんですが、最近ではめんどくさくなってしまい……。
「ママとパパ、また仲良くしてる」
そう言われて、ようやく離れる感じ。
今日は、カナディアンカヤックで行く、ピクニックの予定です。お弁当は、3人で作ります。カヤックはレンタルしていますが、時間制限があり、娘は我が家のカヤックを欲しがっています。
湖までは300メートルほどなので、夫は「ドリーに載せれば簡単に運べる」と言っています。私は、ネットでカナディアンカヤックを検索しています。
私たち家族には高価なのですが、ネットオークションなら何とか買えそうです。
第3夜は、朝のうちに夫にお願いをしておきました。
「少しだけ変わったことがしたい、かなっ」
この一言は、勇気が必要でした。
私は手を縛られています。縛られるなんて初めてです。部屋着用の色気のないブラを着けていたので、始める前に「取ってほしい」とお願いしましたが、夫は返事をしてくれません。ショーツは夫が見慣れている紐パンだし……。
さらに目隠しまでされてしまいました。
これから何をされるのか、ドキドキです。
「ちょっと、怖い……」
いまやエッチ専用となってしまった高反発マットの上に寝かされ、抵抗できない状態で、いきなり夫が少しだけ開いていた口の中に入ってきました。
フェラは大好きなので、一心不乱に舐めますが、夫がどういう体勢なのかよくわからず、舌で先端の向きを確かめて、想像するしかありません。
ショーツを履いているのに、夫の指が入ってきました。上の口には夫が、下の口には夫の指が入っています。
私は、もっとかわいい下着を着けておけばよかった、と後悔していました。
何も見えないので、何をされるのか推測できず、手を拘束されているので、自分から何かをすることもできません。
夫なのに、夫以外の誰かにされているようにも感じ、何だか異常な興奮状態になってきました。
普段のちょっと怠けた下着であることも、その感覚に拍車をかけます。
「イヤ、ヤメテ」
口が解放されて最初に出た言葉が、真の気持ちとはまったく真逆。
今夜の夫は、大好きな私の胸をまったく無視しています。夫なら絶対に何かするはずの私の胸は何もされません。
夫がショーツを脱がせます。
夫が覆い被さってきて、無理矢理キスされます。応えているのに「イヤ」と声が出ます。
夫が入ってきました。いつもなら十分に舐めてくれるのに、今日はなし。
いつもの夫のパターンとは違う。本当に夫なのか疑う私。
異常な興奮で、何度も声を出し、ときどき「イヤ、ヤメテ」を発します。
いつもは話しかけてくれるのに、今日は無言。本当に怖くなってきました。
私は何度も背中を反らせ、何度も絶叫します。
「ごめん、いちゃった」
夫の言葉で、ようやく夫にされていることが確認でき、安心からか「アーーーーーーーッ」と普段とは違う歓喜の声を出してしまいました。
夫とはタイミングがズレたけど、気持ちよかった……。
手を解かれ、目隠しを取られると、ぐったりしている私は「ごめんなさい」となぜか言ってしまいました。
「何が、ごめんなさい、なの?」
夫にそう問われ「わかんない」と答える私。
グッタリしている私をお姫様抱っこして、ベッドに連れていき、ブラを外してくれました。
「重かった?」
「重いね」
「ヤダ、軽いって言ってよ」
「だって、重いよ。
60キロはあるね」
「ないよ~。
ないもん」
夫は相当に我慢していたのでしょう、ご馳走に吸い付きます。
「よかったぁ~」
「何が」
「おっぱい、嫌われてないぃ~」
私は、バカなことを連呼していました。
私はここまでで十分に満足でしたが、夫はしたりないらしく、私の身体でいつまでも遊んでいました。
私は麻痺してしまい、軽い反応しか返せませんでした。
でも、それが心地よく、夫もおもしろがっていました。
快楽の3夜が終わり、マンションに戻ると、現実の世界が始まります。
どこから情報を仕入れたのか、退勤時の奈々さんに都道府県警ではなく警察庁の方が声をかけました。
「善波奈々さん、ですね。
ちょっとお話しいいですか?」
「どちら様ですか?」
「警察庁のものです」
「そうですか!
お待ちしてました!
それでは、会社の会議室でお話ししましょう」
「いや、それは!
あなたのプライベートに関わる事なんで……」
「承知していますよ。
どうぞこちらに」
奈々さんが会社に戻ってくると、イヤイヤっぽい感じの男性2人がくっついてきました。
奈々さんが元気に「里穂さーん! 予想通り警察庁の方が来ましたぁ~」と。
この時点で、刑事さんでもないスーツを着た警察官僚の2人はドギマギ。
「以前、お見えになった方とは違いますね。
前の方、住宅ローンがたいへんそうですね」
「……」
「私の前夫、狭間さんの命令で、ここに来られたのですよね」
「……、違います」
「あ、狭間さんが首相に頼んで、首相が警察庁長官に依頼して、お2人が命令されたんですね。
脅してこいって」
「いや!」
「たいへんですね。内閣総理大臣も、他所の家庭にまで干渉しなければならないなんて。
それで、どんな脅迫ですか?」
私が会議室に入ると、奈々さんは険悪な目で2人をにらみ、2人の男性は明らかに当惑していました。
私が「仕事だから仕方ないけど、子供に話せないような行為はすべきではないと思いますが……」と言うと、1人が「そういうことではなく……」と言葉を続けたので、私が「浮気がバレた亭主の言い訳みたいで、みっともないですよ」と。
2人は沈黙。しばらくして、意味不明な発言をして、帰って行きました。
奈々さんは「怖かった」と言って泣き出しました。
私がこの出来事を夫に話すと、夫は「まだ、早い」と。
私は、何が早いのかわかりませんでした。
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