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Episode1 夫に浮気がバレた
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それは、突然でした。
私と私が勤める会社の社長との不倫が、社長の奥様にバレてしまいました。
私のメールアドレスに社長との密会場所にしていたホテルから2人が出てくる画像が届いたのです。奥様は私と社長の双方に、慰謝料の支払いを求めています。会社に内容証明郵便が届きました。
私個人の貯えで支払いができる範囲の金額ですが、奥様は夫にもすでに知らせているとのことです。
私は40歳、夫は45歳。夫は社員10人ほどの小さなIT会社を経営しています。社長ではありますが、零細企業の経営者ですから収入は多くありません。
私が勤める会社は正規と非正規を合わせて1000人ほどの規模です。社長が一代で築き上げ、上場も視野に入っています。
夫と社長は同じ経営者ですが、夫は量販店で買ったポロシャツにジーパンで電車に乗って通勤し、社長はブランドスーツを着て秘書が運転する社用車で出退勤しています。
社長は夫と同じ45歳。専業主婦の奥様は35歳です。
私と夫との間には小学生の娘が1人。社長と奥様には幼稚園児の女の子と男の子がいます。
夫が会社から帰ってきたら何て言おうか、どう説明しようか考えるのですが、何も思いつきません。
ただ、社長からは「離婚はなしだ。再構築しなさい。夫くんの収入ではいまの生活レベルは維持できないからね」と指示されています。
また、社長は「私は妻と別れる気はないよ。彼女は家のことをよくやってくれる。子供たちの母でもあるしね。それに、彼女からは離婚を切り出せないよ。彼女の実家に個人的に融資しているからね」と笑っていました。
私も「離婚はない」と確信しています。夫は私を愛していますから。
夫は穏やかで誠実な人です。社長はパワフルというか、強引だけど温かい人。夫はやや肥っていてオタクっぽい風貌。社長は、身体を鍛えており、イケメンで爽やかな印象。
夫が帰ってきました。いつも通り、21時を少し過ぎていました。マンションのドアを自分の鍵で開け、いつもと同じに「ただいま」と。
夫は夕食を家では食べません。寝る前に食べると太るからと……。お酒は付き合い程度、たばこも吸いません。ギャンブルは一切しません。
「俺の人生は、ギャンブルみたいなものだから」
趣味らしいものはありません。よく言えば仕事一筋、悪く言えば仕事だけで精一杯。
私は社長の指示通り、とりあえずは謝り倒すしかないと……。
夫が通勤鞄で使っているデイパックを自室に置き、靴下を脱いでランドリー籠に入れます。
脱ぎっぱなしや、置きっ放しは絶対にない人です。
夫がリビングのソファーに座りました。
私は、ソファーのやや斜め前に正座し、絨毯に手をつき頭を垂れます。
「ごめんなさい。
浮気をしていました。
申し訳ありません」
夫の顔を見ることができなかったのですが、夫は絶句しているように感じました。
夫が沈黙しているのです。
でもそれは一瞬でした。
「知ってたよ。
社長とでしょ。
もう6年くらいになるんじゃない。
平均すると、年2~3回ってとこ。
今年は多かったね、まだ秋だというのに4回ヤッてるでしょ。
だから、社長の奥さんにバレちゃったんだよ」
私が絶句します。
夫は笑っており、何も気にしていないように感じます。
「舞は俺の子だよね。
DNA検査したから確実だよ」
私はさらに驚きました。
「舞が生まれてすぐ、検査したんだ。
再確認のため、2年前にもやった。
それと、この6年間、避妊には気を付けていたよ。
托卵されちゃうと面倒だからね。
もう1人、ほしかったけどね。
それは、ちょっと残念かな」
夫は立ち上がり、私の肩を叩きました。
「ヤリたくなったんだから、しょうがないでしょ。
風呂入ってくる。
一緒に入る?
舞が起きているからダメか」
夫の口調はいつもと変わりません。
当然、責められると思っていた私は拍子抜けしたというか、予想外というか、夫が理解できなくなったというか、どうしたらいいのかわからなくて、立ち上がれませんでした。
動揺していた私は帰宅後、娘に「パパと離婚するかもしれない」と衝動的に言ってしまいました。
娘は「ママが悪いの?」と尋ね返し、私は頷いてしまいました。
以後、娘は自室から出てきません。
ただ、夫が帰ってくると、ドアに隠れて、私たちの様子をうかがっていました。私が、絨毯の上で手をつき謝る姿も見られたでしょう。
どうしたらいいか、わかりませんが、夫の機嫌をとらないと、と何となく必死になっていました。
娘は起きているはず。
でも、何かしないと。
私は浴室に向かいました。夫が独身時代に中古で買った3LDKのマンションですが、浴室は意外なほど広いのです。
「背中流します」
浴室ドアの外から声をかけ、服を着たまま入ります。夫は垢すりが大好きで、ボディソープを付けたボディタオルを使って強い力で背中をこすります。
「久々に里穂に背中を流してもらって、気持ちいいよ」
ぜんぜん怒っていない。
なぜなんだろう?
どうしたらいいんだろう?
いま、何をすべきなんだろう?
まったくわからなかったのですが、ふと夫の股間を見ると少しですが勃っていました。
もう10年も見ていますから、見慣れているというか……。
怒っていないフリだとしたら、手を伸ばしたら拒絶されると思いました。
だから、そうっと、左手を伸ばします。
「くすぐったいぞ」
夫が笑います。
「一緒に入ろうよ」
「ダメ、舞が起きてる」
「こういうときは、ラブラブしていたほうが子供は安心するよ」
何なんだこの人!
私はわからなくなり、やや慌てて夫の背中をシャワーで流して、浴室から出ました。
私たちの寝室は同じではありません。別々に寝ています。夫の部屋は6畳ほどで、ベッドと、大きなデスクトップパソコンが3台。
ノートパソコン1台で十分な私には、自室で夫が何をしているのか詳しくは知りません。ただ、土日でも仕事をしていることは結婚当初からありました。
零細企業の経営者なので、仕方ないのでしょう。
話し合いができないまま、夫は「寝る」といって自室に向かいます。
早朝から仕事を始める人で、私とは生活のリズムが違います。
夫のベッドに潜り込むべきか思案しましたが、何となく夫が恐ろしく、できませんでした。
私はリビングで洗い物をするなど、12時頃まで家事らしきことをしていました。
娘が時々、ドアの隙間から覗いていて、リビングの様子をうかがっていました。ですが、娘も普段の就寝時間を大幅に過ぎた11時頃には自室から出てこなくなりました。
寝たのでしょう。
私は自室のベッドの上で正座し、泣いていました。夫が怒らない理由がわからず、また社長に何と説明すべきか困りました。
眠れず、足を抱えたり、枕に顔を埋めたり、いろいろな姿勢で泣き続けました。
部屋の鍵はロックしませんでした。ロックするのは、2人でいる時だけ。それが、2人のルールでした。
3時頃、夫が部屋に入ってきました。私はまだ泣いてました。
「泣くな。
たいしたことじゃない」
夫はそう言って、私と一緒にベッドで横になりました。私は大泣きしてしまいました。
理由は、夫が怖かったから。
でも、感情が高ぶってしまい、奇妙なイライラ感と、何とも言えない自己嫌悪、そして将来に対する不安から夫を責めてしまいました。
「なぜ、怒らないの。
私、浮気したんだよ!
どうして、怒らないの?」
夫の答えは明確でした。
「あの社長のことは、この6年間でたっぷりと観察させてもらった。
俺からすれば、ありゃ、歩く電動バイブみたいなものだね。
バイブがきみの中に入ったからって、俺は嫉妬なんかしないよ」
私はあまりにも驚いてしまい、泣き止んでしまいました。
「どういう、こと?」
夫は微笑みました。
「社長さんは、きみのオナニーの道具だってこと」
このあと、夫は激しく抵抗する私の身体をすみずみまで触り、明け方近くになると私は何度も声を出しました。
ですが、挿入はしません。
室内が少し明るくなる頃、夫は「里穂の身体を一番知っているのは、俺だ。どこをどうすればいいのか、俺は知っている」と。
意味がわかりませんでした。
翌朝、娘が学校に行くと、夫は初めて私に指示をします。
「今日は金曜日だな。
きみは会社を休め。理由は体調不良でも何でもいい。社長は勝手に理解するからね。
俺は休めないんだが、話をする時間はある。
舞が学校から帰る時間までは、俺の会社にいてくれ。
ゆっくり話し合おう」
意外でしょうが、このときまで私は夫の会社に行ったことがありませんでした。
賃貸マンションの1階と2階が事務所になっており、2階フロアのすべてが夫の会社でした。
私と夫は社員が出勤する前に会社に着き、社長室兼会議室のような部屋に通されます。
夫がコーヒーを入れてくれました。
夫が話し始めます。
「俺、11時から来客があるんだ。それまでと、それ以後は時間がとれる。
ここでしか話ができなくてゴメンだけど、我慢して」
私は無言でした。
「里穂はどうしたい?」
「離婚は覚悟しています」
「離婚はしない。そんな大げさなことじゃない。確かに不愉快な面はある。だけど、そんなことは生きていれば必ずある。
で、社長はきみに何と命じた?」
「!」
私は何も言えませんでした。
「想像だけど、離婚は回避しろ、と命じたんじゃないかな?
それと、俺の収入ではいまの生活は維持できないし、舞の学費だっておぼつかないと。
だから、離婚なんてできやしない。
そんなことを言わなかった?」
私は、驚いていました。
この人は、何もかも知っている。そして、見切っている。
夫は続けます。
「社長は、里穂との関係を解消するつもりはないよ。
歪んではいるけど、愛情はあるんだよ。
里穂にね」
私は、沈黙しかできません。
「社長の奥さんが連絡してきたのは、1カ月以上前だね。まだ、暑い頃。
社長の奥さんは、自分で社長を尾行したんだ。で、里穂と社長がホテルに入るところを確認した。
写真も撮り、動画も押さえた。
そして、俺に教えてくれたんだ」
夫は冷めかけたコーヒーを一口飲みました。
「彼女は必死だったようだ。
社長と里穂の不倫現場を確認しようと、一生懸命だった。
彼女がどう考えているのか、はっきりしないけどね。
彼女の立場は弱い。それをいいことに、やりたい放題だ。モラハラ気味で、命令口調で、威張り散らしている。
彼女は耐えるしかないけど、それでも一撃くらいは食らわせたいと思ったんだろうね。想像だけど。
で、その一撃が俺だ。
自分じゃ殴れないからね。
彼女が社長に浮気の証拠を突き付けても、社長は痛くも痒くもない。
だけど、W不倫だから、不倫相手の亭主が騒げばささやかな打撃にはなると。
そう考えた」
私は、沈黙以外何もできませんでした。
夫はさらに続けます。
「俺が今回動く気持ちになった理由は、2つだ。
1つ目は、社長の奥さんが気の毒だと思ったから。彼女の鬱憤を少しは晴らしてやりたかった。
2つ目は、里穂はいままで浮気はしても家庭のことはちゃんとしていた。だけど、昨年の秋、ちょうど1年くらい前から、少し様子が変わった。
舞を家に残したまま、日曜日に社長と会っていた。そのときに行為があったかはわからない。だが、舞の食事を用意せず、命じられるまま社長と会っていたことは看過できない。
あの頃から、里穂は少し変わった。精神的に社長の支配下に入ったように感じた。
だから、注意を強めたんだ。
俺には、里穂と舞を守る義務がある。単なるセックスの相手、セフレであるならあの社長はどうでもいい。
だが、舞の生活に影響があり、里穂の心に害を及ぼすなら、話は違ってくる。
だから、今回は動いたんだ」
夫は論理的な思考をする人です。感情に支配される人ではありません。でも、ここまでとは思いませんでした。
9時30分になり、社員の方たちが出勤してきました。
夫が会議室を出て、いろいろと指示しています。その声は穏やかで、社員の方たちも軽く受け答えしています。
夫が戻ってきました。
「私は、どうしたらいいですか?」
「里穂は、どうしたいの?」
「離婚はイヤです。
それ以外のことなら、どんなことでもします。会社も辞めます」
「そうかぁ」
夫は少し考えます。
私をじっと見ます。私は耐えられず、視線をそらしました。
「社長の奥さんはたぶん、俺たちの家庭が崩壊することは望んでいないよ。
でも、社長を憎んでいるし、里穂も少しは恨まれている。
社長の奥さんの気持ちを思えば、離婚すべきではないね」
私は夫との関係だけを考えていましたが、夫は社長の奥様を気にかけているようでした。それが、とても憎らしく……、心を揺さぶられました。
私の心の動きを察したのか、夫が追い打ちをかけます。
「社長の奥さんは自由になるお金がなくてね。今回の件では、俺が資金援助しているんだ。内容証明は、ウチの会社でお願いしている司法書士に頼んだ。
料金は俺が払った。
それと、彼女に活動資金を貸した。
慰謝料を受け取ったら、返してもらう約束だ」
私は少し腹が立ってきました。夫はなぜ、社長の奥様に肩入れするのでしょう。私よりも若いけど、地味な方です。
夫の女性の好みとは違います。
気が付くと、私は社長の奥様に嫉妬していました。
私は夫が何を考えているのか、よくわかりません。私が社長と行為をすることが、夫にはどうでもいいことのように言いますが、それが本心とは思えません。
もし本心なら、私には愛情がないということ。でも、それはあり得ません。
奇妙なことに、私には夫に愛されている自信がありました。
その後もいろいろな話をしましたが、結論らしいことは何もありませんでした。
私は離婚を拒否。
夫はそのことについては、何も言いません。
ただ、週が明けたら、出勤することには反対しませんでした。
そして、夫は社長に伝えるように指示しました。
「余人を交えず、まずは直接の関係者4人で話し合いましょう」
夫に来客があり、私は会議室から出され、大型のパソコンが並ぶ仕事場に移動させられました。
小さな会社なので、他に部屋がないようです。
私は「ここに座って」と言われたデスクに座り、社内を見渡しました。
出勤している社員が5人ほど。
デスクとパソコンは、15人分ほどあります。
真ん前に座っている20歳代後半の男性が顔を上げ、私に言いました。
「マシンには触らないでください。
マウスも動かさないで」
その男性は目を伏せ、もう一度顔を上げて、私の顔をマジマジと見ました。
「新藤さんの奥様ですよね」
夫は社長とは呼ばれていないようです。
私は小声で「はい」と言いました。
その男性はペコリと頭を下げたあと、少し口角を上げましたが、またモニターを見始めました。
何となく、奇妙な仕草でした。
夫は昼食に誘ってくれました。
イタリアンでした。
今回のことについてはほとんど話さず、微笑みながら言いました。
「土日は、近場の温泉に行こうよ。
舞も喜ぶ」
夫が何を考えているのか、まったく理解できませんでした。
夫はプライドを傷つけられ、社長を見下すことで心のバランスを保っているのだと思います。
夫の会社の創業は社長よりも数年早く、以後、成長していません。私が勤める会社は、設立3年目から急成長しました。経営者としての手腕は、明らかに夫より社長の方が上。
収入だって、桁が違うでしょう。
土日の旅行は、最後の家族旅行になるような予感がします。
私と私が勤める会社の社長との不倫が、社長の奥様にバレてしまいました。
私のメールアドレスに社長との密会場所にしていたホテルから2人が出てくる画像が届いたのです。奥様は私と社長の双方に、慰謝料の支払いを求めています。会社に内容証明郵便が届きました。
私個人の貯えで支払いができる範囲の金額ですが、奥様は夫にもすでに知らせているとのことです。
私は40歳、夫は45歳。夫は社員10人ほどの小さなIT会社を経営しています。社長ではありますが、零細企業の経営者ですから収入は多くありません。
私が勤める会社は正規と非正規を合わせて1000人ほどの規模です。社長が一代で築き上げ、上場も視野に入っています。
夫と社長は同じ経営者ですが、夫は量販店で買ったポロシャツにジーパンで電車に乗って通勤し、社長はブランドスーツを着て秘書が運転する社用車で出退勤しています。
社長は夫と同じ45歳。専業主婦の奥様は35歳です。
私と夫との間には小学生の娘が1人。社長と奥様には幼稚園児の女の子と男の子がいます。
夫が会社から帰ってきたら何て言おうか、どう説明しようか考えるのですが、何も思いつきません。
ただ、社長からは「離婚はなしだ。再構築しなさい。夫くんの収入ではいまの生活レベルは維持できないからね」と指示されています。
また、社長は「私は妻と別れる気はないよ。彼女は家のことをよくやってくれる。子供たちの母でもあるしね。それに、彼女からは離婚を切り出せないよ。彼女の実家に個人的に融資しているからね」と笑っていました。
私も「離婚はない」と確信しています。夫は私を愛していますから。
夫は穏やかで誠実な人です。社長はパワフルというか、強引だけど温かい人。夫はやや肥っていてオタクっぽい風貌。社長は、身体を鍛えており、イケメンで爽やかな印象。
夫が帰ってきました。いつも通り、21時を少し過ぎていました。マンションのドアを自分の鍵で開け、いつもと同じに「ただいま」と。
夫は夕食を家では食べません。寝る前に食べると太るからと……。お酒は付き合い程度、たばこも吸いません。ギャンブルは一切しません。
「俺の人生は、ギャンブルみたいなものだから」
趣味らしいものはありません。よく言えば仕事一筋、悪く言えば仕事だけで精一杯。
私は社長の指示通り、とりあえずは謝り倒すしかないと……。
夫が通勤鞄で使っているデイパックを自室に置き、靴下を脱いでランドリー籠に入れます。
脱ぎっぱなしや、置きっ放しは絶対にない人です。
夫がリビングのソファーに座りました。
私は、ソファーのやや斜め前に正座し、絨毯に手をつき頭を垂れます。
「ごめんなさい。
浮気をしていました。
申し訳ありません」
夫の顔を見ることができなかったのですが、夫は絶句しているように感じました。
夫が沈黙しているのです。
でもそれは一瞬でした。
「知ってたよ。
社長とでしょ。
もう6年くらいになるんじゃない。
平均すると、年2~3回ってとこ。
今年は多かったね、まだ秋だというのに4回ヤッてるでしょ。
だから、社長の奥さんにバレちゃったんだよ」
私が絶句します。
夫は笑っており、何も気にしていないように感じます。
「舞は俺の子だよね。
DNA検査したから確実だよ」
私はさらに驚きました。
「舞が生まれてすぐ、検査したんだ。
再確認のため、2年前にもやった。
それと、この6年間、避妊には気を付けていたよ。
托卵されちゃうと面倒だからね。
もう1人、ほしかったけどね。
それは、ちょっと残念かな」
夫は立ち上がり、私の肩を叩きました。
「ヤリたくなったんだから、しょうがないでしょ。
風呂入ってくる。
一緒に入る?
舞が起きているからダメか」
夫の口調はいつもと変わりません。
当然、責められると思っていた私は拍子抜けしたというか、予想外というか、夫が理解できなくなったというか、どうしたらいいのかわからなくて、立ち上がれませんでした。
動揺していた私は帰宅後、娘に「パパと離婚するかもしれない」と衝動的に言ってしまいました。
娘は「ママが悪いの?」と尋ね返し、私は頷いてしまいました。
以後、娘は自室から出てきません。
ただ、夫が帰ってくると、ドアに隠れて、私たちの様子をうかがっていました。私が、絨毯の上で手をつき謝る姿も見られたでしょう。
どうしたらいいか、わかりませんが、夫の機嫌をとらないと、と何となく必死になっていました。
娘は起きているはず。
でも、何かしないと。
私は浴室に向かいました。夫が独身時代に中古で買った3LDKのマンションですが、浴室は意外なほど広いのです。
「背中流します」
浴室ドアの外から声をかけ、服を着たまま入ります。夫は垢すりが大好きで、ボディソープを付けたボディタオルを使って強い力で背中をこすります。
「久々に里穂に背中を流してもらって、気持ちいいよ」
ぜんぜん怒っていない。
なぜなんだろう?
どうしたらいいんだろう?
いま、何をすべきなんだろう?
まったくわからなかったのですが、ふと夫の股間を見ると少しですが勃っていました。
もう10年も見ていますから、見慣れているというか……。
怒っていないフリだとしたら、手を伸ばしたら拒絶されると思いました。
だから、そうっと、左手を伸ばします。
「くすぐったいぞ」
夫が笑います。
「一緒に入ろうよ」
「ダメ、舞が起きてる」
「こういうときは、ラブラブしていたほうが子供は安心するよ」
何なんだこの人!
私はわからなくなり、やや慌てて夫の背中をシャワーで流して、浴室から出ました。
私たちの寝室は同じではありません。別々に寝ています。夫の部屋は6畳ほどで、ベッドと、大きなデスクトップパソコンが3台。
ノートパソコン1台で十分な私には、自室で夫が何をしているのか詳しくは知りません。ただ、土日でも仕事をしていることは結婚当初からありました。
零細企業の経営者なので、仕方ないのでしょう。
話し合いができないまま、夫は「寝る」といって自室に向かいます。
早朝から仕事を始める人で、私とは生活のリズムが違います。
夫のベッドに潜り込むべきか思案しましたが、何となく夫が恐ろしく、できませんでした。
私はリビングで洗い物をするなど、12時頃まで家事らしきことをしていました。
娘が時々、ドアの隙間から覗いていて、リビングの様子をうかがっていました。ですが、娘も普段の就寝時間を大幅に過ぎた11時頃には自室から出てこなくなりました。
寝たのでしょう。
私は自室のベッドの上で正座し、泣いていました。夫が怒らない理由がわからず、また社長に何と説明すべきか困りました。
眠れず、足を抱えたり、枕に顔を埋めたり、いろいろな姿勢で泣き続けました。
部屋の鍵はロックしませんでした。ロックするのは、2人でいる時だけ。それが、2人のルールでした。
3時頃、夫が部屋に入ってきました。私はまだ泣いてました。
「泣くな。
たいしたことじゃない」
夫はそう言って、私と一緒にベッドで横になりました。私は大泣きしてしまいました。
理由は、夫が怖かったから。
でも、感情が高ぶってしまい、奇妙なイライラ感と、何とも言えない自己嫌悪、そして将来に対する不安から夫を責めてしまいました。
「なぜ、怒らないの。
私、浮気したんだよ!
どうして、怒らないの?」
夫の答えは明確でした。
「あの社長のことは、この6年間でたっぷりと観察させてもらった。
俺からすれば、ありゃ、歩く電動バイブみたいなものだね。
バイブがきみの中に入ったからって、俺は嫉妬なんかしないよ」
私はあまりにも驚いてしまい、泣き止んでしまいました。
「どういう、こと?」
夫は微笑みました。
「社長さんは、きみのオナニーの道具だってこと」
このあと、夫は激しく抵抗する私の身体をすみずみまで触り、明け方近くになると私は何度も声を出しました。
ですが、挿入はしません。
室内が少し明るくなる頃、夫は「里穂の身体を一番知っているのは、俺だ。どこをどうすればいいのか、俺は知っている」と。
意味がわかりませんでした。
翌朝、娘が学校に行くと、夫は初めて私に指示をします。
「今日は金曜日だな。
きみは会社を休め。理由は体調不良でも何でもいい。社長は勝手に理解するからね。
俺は休めないんだが、話をする時間はある。
舞が学校から帰る時間までは、俺の会社にいてくれ。
ゆっくり話し合おう」
意外でしょうが、このときまで私は夫の会社に行ったことがありませんでした。
賃貸マンションの1階と2階が事務所になっており、2階フロアのすべてが夫の会社でした。
私と夫は社員が出勤する前に会社に着き、社長室兼会議室のような部屋に通されます。
夫がコーヒーを入れてくれました。
夫が話し始めます。
「俺、11時から来客があるんだ。それまでと、それ以後は時間がとれる。
ここでしか話ができなくてゴメンだけど、我慢して」
私は無言でした。
「里穂はどうしたい?」
「離婚は覚悟しています」
「離婚はしない。そんな大げさなことじゃない。確かに不愉快な面はある。だけど、そんなことは生きていれば必ずある。
で、社長はきみに何と命じた?」
「!」
私は何も言えませんでした。
「想像だけど、離婚は回避しろ、と命じたんじゃないかな?
それと、俺の収入ではいまの生活は維持できないし、舞の学費だっておぼつかないと。
だから、離婚なんてできやしない。
そんなことを言わなかった?」
私は、驚いていました。
この人は、何もかも知っている。そして、見切っている。
夫は続けます。
「社長は、里穂との関係を解消するつもりはないよ。
歪んではいるけど、愛情はあるんだよ。
里穂にね」
私は、沈黙しかできません。
「社長の奥さんが連絡してきたのは、1カ月以上前だね。まだ、暑い頃。
社長の奥さんは、自分で社長を尾行したんだ。で、里穂と社長がホテルに入るところを確認した。
写真も撮り、動画も押さえた。
そして、俺に教えてくれたんだ」
夫は冷めかけたコーヒーを一口飲みました。
「彼女は必死だったようだ。
社長と里穂の不倫現場を確認しようと、一生懸命だった。
彼女がどう考えているのか、はっきりしないけどね。
彼女の立場は弱い。それをいいことに、やりたい放題だ。モラハラ気味で、命令口調で、威張り散らしている。
彼女は耐えるしかないけど、それでも一撃くらいは食らわせたいと思ったんだろうね。想像だけど。
で、その一撃が俺だ。
自分じゃ殴れないからね。
彼女が社長に浮気の証拠を突き付けても、社長は痛くも痒くもない。
だけど、W不倫だから、不倫相手の亭主が騒げばささやかな打撃にはなると。
そう考えた」
私は、沈黙以外何もできませんでした。
夫はさらに続けます。
「俺が今回動く気持ちになった理由は、2つだ。
1つ目は、社長の奥さんが気の毒だと思ったから。彼女の鬱憤を少しは晴らしてやりたかった。
2つ目は、里穂はいままで浮気はしても家庭のことはちゃんとしていた。だけど、昨年の秋、ちょうど1年くらい前から、少し様子が変わった。
舞を家に残したまま、日曜日に社長と会っていた。そのときに行為があったかはわからない。だが、舞の食事を用意せず、命じられるまま社長と会っていたことは看過できない。
あの頃から、里穂は少し変わった。精神的に社長の支配下に入ったように感じた。
だから、注意を強めたんだ。
俺には、里穂と舞を守る義務がある。単なるセックスの相手、セフレであるならあの社長はどうでもいい。
だが、舞の生活に影響があり、里穂の心に害を及ぼすなら、話は違ってくる。
だから、今回は動いたんだ」
夫は論理的な思考をする人です。感情に支配される人ではありません。でも、ここまでとは思いませんでした。
9時30分になり、社員の方たちが出勤してきました。
夫が会議室を出て、いろいろと指示しています。その声は穏やかで、社員の方たちも軽く受け答えしています。
夫が戻ってきました。
「私は、どうしたらいいですか?」
「里穂は、どうしたいの?」
「離婚はイヤです。
それ以外のことなら、どんなことでもします。会社も辞めます」
「そうかぁ」
夫は少し考えます。
私をじっと見ます。私は耐えられず、視線をそらしました。
「社長の奥さんはたぶん、俺たちの家庭が崩壊することは望んでいないよ。
でも、社長を憎んでいるし、里穂も少しは恨まれている。
社長の奥さんの気持ちを思えば、離婚すべきではないね」
私は夫との関係だけを考えていましたが、夫は社長の奥様を気にかけているようでした。それが、とても憎らしく……、心を揺さぶられました。
私の心の動きを察したのか、夫が追い打ちをかけます。
「社長の奥さんは自由になるお金がなくてね。今回の件では、俺が資金援助しているんだ。内容証明は、ウチの会社でお願いしている司法書士に頼んだ。
料金は俺が払った。
それと、彼女に活動資金を貸した。
慰謝料を受け取ったら、返してもらう約束だ」
私は少し腹が立ってきました。夫はなぜ、社長の奥様に肩入れするのでしょう。私よりも若いけど、地味な方です。
夫の女性の好みとは違います。
気が付くと、私は社長の奥様に嫉妬していました。
私は夫が何を考えているのか、よくわかりません。私が社長と行為をすることが、夫にはどうでもいいことのように言いますが、それが本心とは思えません。
もし本心なら、私には愛情がないということ。でも、それはあり得ません。
奇妙なことに、私には夫に愛されている自信がありました。
その後もいろいろな話をしましたが、結論らしいことは何もありませんでした。
私は離婚を拒否。
夫はそのことについては、何も言いません。
ただ、週が明けたら、出勤することには反対しませんでした。
そして、夫は社長に伝えるように指示しました。
「余人を交えず、まずは直接の関係者4人で話し合いましょう」
夫に来客があり、私は会議室から出され、大型のパソコンが並ぶ仕事場に移動させられました。
小さな会社なので、他に部屋がないようです。
私は「ここに座って」と言われたデスクに座り、社内を見渡しました。
出勤している社員が5人ほど。
デスクとパソコンは、15人分ほどあります。
真ん前に座っている20歳代後半の男性が顔を上げ、私に言いました。
「マシンには触らないでください。
マウスも動かさないで」
その男性は目を伏せ、もう一度顔を上げて、私の顔をマジマジと見ました。
「新藤さんの奥様ですよね」
夫は社長とは呼ばれていないようです。
私は小声で「はい」と言いました。
その男性はペコリと頭を下げたあと、少し口角を上げましたが、またモニターを見始めました。
何となく、奇妙な仕草でした。
夫は昼食に誘ってくれました。
イタリアンでした。
今回のことについてはほとんど話さず、微笑みながら言いました。
「土日は、近場の温泉に行こうよ。
舞も喜ぶ」
夫が何を考えているのか、まったく理解できませんでした。
夫はプライドを傷つけられ、社長を見下すことで心のバランスを保っているのだと思います。
夫の会社の創業は社長よりも数年早く、以後、成長していません。私が勤める会社は、設立3年目から急成長しました。経営者としての手腕は、明らかに夫より社長の方が上。
収入だって、桁が違うでしょう。
土日の旅行は、最後の家族旅行になるような予感がします。
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ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
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