里穂の不倫

半道海豚

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Episode1 夫に浮気がバレた

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 それは、突然でした。
 私と私が勤める会社の社長との不倫が、社長の奥様にバレてしまいました。
 私のメールアドレスに社長との密会場所にしていたホテルから2人が出てくる画像が届いたのです。奥様は私と社長の双方に、慰謝料の支払いを求めています。会社に内容証明郵便が届きました。
 私個人の貯えで支払いができる範囲の金額ですが、奥様は夫にもすでに知らせているとのことです。

 私は40歳、夫は45歳。夫は社員10人ほどの小さなIT会社を経営しています。社長ではありますが、零細企業の経営者ですから収入は多くありません。
 私が勤める会社は正規と非正規を合わせて1000人ほどの規模です。社長が一代で築き上げ、上場も視野に入っています。
 夫と社長は同じ経営者ですが、夫は量販店で買ったポロシャツにジーパンで電車に乗って通勤し、社長はブランドスーツを着て秘書が運転する社用車で出退勤しています。
 社長は夫と同じ45歳。専業主婦の奥様は35歳です。
 私と夫との間には小学生の娘が1人。社長と奥様には幼稚園児の女の子と男の子がいます。

 夫が会社から帰ってきたら何て言おうか、どう説明しようか考えるのですが、何も思いつきません。
 ただ、社長からは「離婚はなしだ。再構築しなさい。夫くんの収入ではいまの生活レベルは維持できないからね」と指示されています。
 また、社長は「私は妻と別れる気はないよ。彼女は家のことをよくやってくれる。子供たちの母でもあるしね。それに、彼女からは離婚を切り出せないよ。彼女の実家に個人的に融資しているからね」と笑っていました。
 私も「離婚はない」と確信しています。夫は私を愛していますから。

 夫は穏やかで誠実な人です。社長はパワフルというか、強引だけど温かい人。夫はやや肥っていてオタクっぽい風貌。社長は、身体を鍛えており、イケメンで爽やかな印象。

 夫が帰ってきました。いつも通り、21時を少し過ぎていました。マンションのドアを自分の鍵で開け、いつもと同じに「ただいま」と。
 夫は夕食を家では食べません。寝る前に食べると太るからと……。お酒は付き合い程度、たばこも吸いません。ギャンブルは一切しません。
「俺の人生は、ギャンブルみたいなものだから」
 趣味らしいものはありません。よく言えば仕事一筋、悪く言えば仕事だけで精一杯。

 私は社長の指示通り、とりあえずは謝り倒すしかないと……。
 夫が通勤鞄で使っているデイパックを自室に置き、靴下を脱いでランドリー籠に入れます。
 脱ぎっぱなしや、置きっ放しは絶対にない人です。
 夫がリビングのソファーに座りました。
 私は、ソファーのやや斜め前に正座し、絨毯に手をつき頭を垂れます。
「ごめんなさい。
 浮気をしていました。
 申し訳ありません」
 夫の顔を見ることができなかったのですが、夫は絶句しているように感じました。
 夫が沈黙しているのです。
 でもそれは一瞬でした。
「知ってたよ。
 社長とでしょ。
 もう6年くらいになるんじゃない。
 平均すると、年2~3回ってとこ。
 今年は多かったね、まだ秋だというのに4回ヤッてるでしょ。
 だから、社長の奥さんにバレちゃったんだよ」
 私が絶句します。
 夫は笑っており、何も気にしていないように感じます。
「舞は俺の子だよね。
 DNA検査したから確実だよ」
 私はさらに驚きました。
「舞が生まれてすぐ、検査したんだ。
 再確認のため、2年前にもやった。
 それと、この6年間、避妊には気を付けていたよ。
 托卵されちゃうと面倒だからね。
 もう1人、ほしかったけどね。
 それは、ちょっと残念かな」
 夫は立ち上がり、私の肩を叩きました。
「ヤリたくなったんだから、しょうがないでしょ。
 風呂入ってくる。
 一緒に入る?
 舞が起きているからダメか」

 夫の口調はいつもと変わりません。
 当然、責められると思っていた私は拍子抜けしたというか、予想外というか、夫が理解できなくなったというか、どうしたらいいのかわからなくて、立ち上がれませんでした。

 動揺していた私は帰宅後、娘に「パパと離婚するかもしれない」と衝動的に言ってしまいました。
 娘は「ママが悪いの?」と尋ね返し、私は頷いてしまいました。
 以後、娘は自室から出てきません。
 ただ、夫が帰ってくると、ドアに隠れて、私たちの様子をうかがっていました。私が、絨毯の上で手をつき謝る姿も見られたでしょう。

 どうしたらいいか、わかりませんが、夫の機嫌をとらないと、と何となく必死になっていました。
 娘は起きているはず。
 でも、何かしないと。
 私は浴室に向かいました。夫が独身時代に中古で買った3LDKのマンションですが、浴室は意外なほど広いのです。
「背中流します」
 浴室ドアの外から声をかけ、服を着たまま入ります。夫は垢すりが大好きで、ボディソープを付けたボディタオルを使って強い力で背中をこすります。
「久々に里穂に背中を流してもらって、気持ちいいよ」
 ぜんぜん怒っていない。
 なぜなんだろう?
 どうしたらいいんだろう?
 いま、何をすべきなんだろう?
 まったくわからなかったのですが、ふと夫の股間を見ると少しですが勃っていました。
 もう10年も見ていますから、見慣れているというか……。
 怒っていないフリだとしたら、手を伸ばしたら拒絶されると思いました。
 だから、そうっと、左手を伸ばします。
「くすぐったいぞ」
 夫が笑います。
「一緒に入ろうよ」
「ダメ、舞が起きてる」
「こういうときは、ラブラブしていたほうが子供は安心するよ」
 何なんだこの人!
 私はわからなくなり、やや慌てて夫の背中をシャワーで流して、浴室から出ました。

 私たちの寝室は同じではありません。別々に寝ています。夫の部屋は6畳ほどで、ベッドと、大きなデスクトップパソコンが3台。
 ノートパソコン1台で十分な私には、自室で夫が何をしているのか詳しくは知りません。ただ、土日でも仕事をしていることは結婚当初からありました。
 零細企業の経営者なので、仕方ないのでしょう。

 話し合いができないまま、夫は「寝る」といって自室に向かいます。
 早朝から仕事を始める人で、私とは生活のリズムが違います。
 夫のベッドに潜り込むべきか思案しましたが、何となく夫が恐ろしく、できませんでした。

 私はリビングで洗い物をするなど、12時頃まで家事らしきことをしていました。
 娘が時々、ドアの隙間から覗いていて、リビングの様子をうかがっていました。ですが、娘も普段の就寝時間を大幅に過ぎた11時頃には自室から出てこなくなりました。
 寝たのでしょう。

 私は自室のベッドの上で正座し、泣いていました。夫が怒らない理由がわからず、また社長に何と説明すべきか困りました。
 眠れず、足を抱えたり、枕に顔を埋めたり、いろいろな姿勢で泣き続けました。
 部屋の鍵はロックしませんでした。ロックするのは、2人でいる時だけ。それが、2人のルールでした。
 3時頃、夫が部屋に入ってきました。私はまだ泣いてました。
「泣くな。
 たいしたことじゃない」
 夫はそう言って、私と一緒にベッドで横になりました。私は大泣きしてしまいました。
 理由は、夫が怖かったから。
 でも、感情が高ぶってしまい、奇妙なイライラ感と、何とも言えない自己嫌悪、そして将来に対する不安から夫を責めてしまいました。
「なぜ、怒らないの。
 私、浮気したんだよ!
 どうして、怒らないの?」
 夫の答えは明確でした。
「あの社長のことは、この6年間でたっぷりと観察させてもらった。
 俺からすれば、ありゃ、歩く電動バイブみたいなものだね。
 バイブがきみの中に入ったからって、俺は嫉妬なんかしないよ」
 私はあまりにも驚いてしまい、泣き止んでしまいました。
「どういう、こと?」
 夫は微笑みました。
「社長さんは、きみのオナニーの道具だってこと」
 このあと、夫は激しく抵抗する私の身体をすみずみまで触り、明け方近くになると私は何度も声を出しました。
 ですが、挿入はしません。
 室内が少し明るくなる頃、夫は「里穂の身体を一番知っているのは、俺だ。どこをどうすればいいのか、俺は知っている」と。
 意味がわかりませんでした。

 翌朝、娘が学校に行くと、夫は初めて私に指示をします。
「今日は金曜日だな。
 きみは会社を休め。理由は体調不良でも何でもいい。社長は勝手に理解するからね。
 俺は休めないんだが、話をする時間はある。
 舞が学校から帰る時間までは、俺の会社にいてくれ。
 ゆっくり話し合おう」

 意外でしょうが、このときまで私は夫の会社に行ったことがありませんでした。

 賃貸マンションの1階と2階が事務所になっており、2階フロアのすべてが夫の会社でした。
 私と夫は社員が出勤する前に会社に着き、社長室兼会議室のような部屋に通されます。
 夫がコーヒーを入れてくれました。
 夫が話し始めます。
「俺、11時から来客があるんだ。それまでと、それ以後は時間がとれる。
 ここでしか話ができなくてゴメンだけど、我慢して」
 私は無言でした。
「里穂はどうしたい?」
「離婚は覚悟しています」
「離婚はしない。そんな大げさなことじゃない。確かに不愉快な面はある。だけど、そんなことは生きていれば必ずある。
 で、社長はきみに何と命じた?」
「!」
 私は何も言えませんでした。
「想像だけど、離婚は回避しろ、と命じたんじゃないかな?
 それと、俺の収入ではいまの生活は維持できないし、舞の学費だっておぼつかないと。
 だから、離婚なんてできやしない。
 そんなことを言わなかった?」
 私は、驚いていました。
 この人は、何もかも知っている。そして、見切っている。
 夫は続けます。
「社長は、里穂との関係を解消するつもりはないよ。
 歪んではいるけど、愛情はあるんだよ。
 里穂にね」
 私は、沈黙しかできません。
「社長の奥さんが連絡してきたのは、1カ月以上前だね。まだ、暑い頃。
 社長の奥さんは、自分で社長を尾行したんだ。で、里穂と社長がホテルに入るところを確認した。
 写真も撮り、動画も押さえた。
 そして、俺に教えてくれたんだ」
 夫は冷めかけたコーヒーを一口飲みました。
「彼女は必死だったようだ。
 社長と里穂の不倫現場を確認しようと、一生懸命だった。
 彼女がどう考えているのか、はっきりしないけどね。
 彼女の立場は弱い。それをいいことに、やりたい放題だ。モラハラ気味で、命令口調で、威張り散らしている。
 彼女は耐えるしかないけど、それでも一撃くらいは食らわせたいと思ったんだろうね。想像だけど。
 で、その一撃が俺だ。
 自分じゃ殴れないからね。
 彼女が社長に浮気の証拠を突き付けても、社長は痛くも痒くもない。
 だけど、W不倫だから、不倫相手の亭主が騒げばささやかな打撃にはなると。
 そう考えた」
 私は、沈黙以外何もできませんでした。
 夫はさらに続けます。
「俺が今回動く気持ちになった理由は、2つだ。
 1つ目は、社長の奥さんが気の毒だと思ったから。彼女の鬱憤を少しは晴らしてやりたかった。
 2つ目は、里穂はいままで浮気はしても家庭のことはちゃんとしていた。だけど、昨年の秋、ちょうど1年くらい前から、少し様子が変わった。
 舞を家に残したまま、日曜日に社長と会っていた。そのときに行為があったかはわからない。だが、舞の食事を用意せず、命じられるまま社長と会っていたことは看過できない。
 あの頃から、里穂は少し変わった。精神的に社長の支配下に入ったように感じた。
 だから、注意を強めたんだ。
 俺には、里穂と舞を守る義務がある。単なるセックスの相手、セフレであるならあの社長はどうでもいい。
 だが、舞の生活に影響があり、里穂の心に害を及ぼすなら、話は違ってくる。
 だから、今回は動いたんだ」

 夫は論理的な思考をする人です。感情に支配される人ではありません。でも、ここまでとは思いませんでした。

 9時30分になり、社員の方たちが出勤してきました。
 夫が会議室を出て、いろいろと指示しています。その声は穏やかで、社員の方たちも軽く受け答えしています。

 夫が戻ってきました。
「私は、どうしたらいいですか?」
「里穂は、どうしたいの?」
「離婚はイヤです。
 それ以外のことなら、どんなことでもします。会社も辞めます」
「そうかぁ」
 夫は少し考えます。
 私をじっと見ます。私は耐えられず、視線をそらしました。
「社長の奥さんはたぶん、俺たちの家庭が崩壊することは望んでいないよ。
 でも、社長を憎んでいるし、里穂も少しは恨まれている。
 社長の奥さんの気持ちを思えば、離婚すべきではないね」
 私は夫との関係だけを考えていましたが、夫は社長の奥様を気にかけているようでした。それが、とても憎らしく……、心を揺さぶられました。
 私の心の動きを察したのか、夫が追い打ちをかけます。
「社長の奥さんは自由になるお金がなくてね。今回の件では、俺が資金援助しているんだ。内容証明は、ウチの会社でお願いしている司法書士に頼んだ。
 料金は俺が払った。
 それと、彼女に活動資金を貸した。
 慰謝料を受け取ったら、返してもらう約束だ」
 私は少し腹が立ってきました。夫はなぜ、社長の奥様に肩入れするのでしょう。私よりも若いけど、地味な方です。
 夫の女性の好みとは違います。
 気が付くと、私は社長の奥様に嫉妬していました。

 私は夫が何を考えているのか、よくわかりません。私が社長と行為をすることが、夫にはどうでもいいことのように言いますが、それが本心とは思えません。
 もし本心なら、私には愛情がないということ。でも、それはあり得ません。
 奇妙なことに、私には夫に愛されている自信がありました。

 その後もいろいろな話をしましたが、結論らしいことは何もありませんでした。
 私は離婚を拒否。
 夫はそのことについては、何も言いません。
 ただ、週が明けたら、出勤することには反対しませんでした。
 そして、夫は社長に伝えるように指示しました。
「余人を交えず、まずは直接の関係者4人で話し合いましょう」

 夫に来客があり、私は会議室から出され、大型のパソコンが並ぶ仕事場に移動させられました。
 小さな会社なので、他に部屋がないようです。
 私は「ここに座って」と言われたデスクに座り、社内を見渡しました。
 出勤している社員が5人ほど。
 デスクとパソコンは、15人分ほどあります。
 真ん前に座っている20歳代後半の男性が顔を上げ、私に言いました。
「マシンには触らないでください。
 マウスも動かさないで」
 その男性は目を伏せ、もう一度顔を上げて、私の顔をマジマジと見ました。
「新藤さんの奥様ですよね」
 夫は社長とは呼ばれていないようです。
 私は小声で「はい」と言いました。
 その男性はペコリと頭を下げたあと、少し口角を上げましたが、またモニターを見始めました。
 何となく、奇妙な仕草でした。

 夫は昼食に誘ってくれました。
 イタリアンでした。
 今回のことについてはほとんど話さず、微笑みながら言いました。
「土日は、近場の温泉に行こうよ。
 舞も喜ぶ」

 夫が何を考えているのか、まったく理解できませんでした。
 夫はプライドを傷つけられ、社長を見下すことで心のバランスを保っているのだと思います。
 夫の会社の創業は社長よりも数年早く、以後、成長していません。私が勤める会社は、設立3年目から急成長しました。経営者としての手腕は、明らかに夫より社長の方が上。
 収入だって、桁が違うでしょう。

 土日の旅行は、最後の家族旅行になるような予感がします。
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