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第4章 幸運の地

04-040 未来へ

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 シンガザリのコンドラ国王は、即位した数日後に実母であるリュドミラ夫人を暗殺する。
 宰相バルブロが慌てるが、コンドラ国王は彼の宰相に家族を含めた身の安全を保障する。
 耕介はコンドラ国王の冷酷で歪んだ本性を見誤っていたが、シンガザリの統治には適任かもしれないと思った。
 シンガザリには国王が必要。シンガザリの民は国王を求め、その統治を受け入れる素地がある。
 メルディやトレウェリのような、民が国を治める素地がない。アクセニのように豪族が乱立し、勝手に王国を主張する状況において、それを民が批判し、一部はその状況から脱するような社会変動もない。
 シンガザリでは、民が国王を求める。国王による支配を必要としているのだ。彼らには、指導者ではなく、支配者が必要だ。
 ならば、民にとって善王ではなくても、賢王であればそれでいい。善政は期待できないが、極端な悪政でなければいい。
 コンドラ国王には、それができそうだと耕介は感じていた。

 コンドラ王子は挙兵すると、最初に王太子を叩く。王太子の支配地域は、乾燥化を超えて砂漠化が進んでいた。また北側のアクセニ領は解放され、シンガザリ領には帰還民による再入植が始まっていた。
 東側も同じで、ウクルル、正確には耕介の策動によって、シンガザリの民の帰還が進んでいた。
 彼らの支配者が新王となるコンドラであった。

 王太子の支配地域は極端に狭まっていて、手勢も減っていた。度重なる戦いで、譜代の家臣はほとんどが戦死。新参の家臣は金貨目当て。有力支援者であった商人団は手を引いてしまった。
 彼は孤立していた。
 耕介は調略を多用した。新参の家臣を金貨で買収する。
 結局、王太子は家臣によって城外に誘き出され、家臣によって捕縛された。
 これらの策略は耕介が主導していたが、表向きはコンドラ王子の戦果とされた。

 王子は王太子に「貴殿の妻子・孫子の生命は安堵する」と約束し、王太子の首をはねたが、助けたのは女性だけだった。
 男性は80歳超の老人から2カ月の赤子まで殺した。
 まさに、シンガザリ王家の流儀そのものだった。
 王太子一族を滅ぼしたコンドラ王子は、シンガザリ国王として戴冠する。

 王弟は激しく抵抗したが、ごく短期間で西の山脈東麓に追い詰められ、実質的に無力化された。王弟は王太子と同様に高齢であり、生死は不明。ヒトが食糧のない東麓で生き続けていけるわけはなく、残党はどこかに散った。
 コンドラ国王は、王弟一族を執拗に追ったが、耕介は探さなかった。また、東エルフィニアでの捜索を許さなかった。
 耕介は、シンガザリ王家の争いの種を残しておきたかった。シンガザリの民が国王を必要としているなら、王家の抗争の種は絶やせない。
 それが、東エルフィニアの利益だ。

 退役軍人の年金制度と傷痍軍人への支援を柱とするウクルルによる東エルフィニア軍の懐柔は、完全に成功していた。
 正規軍とウクルルの間には、対立する理由がない。ホルテレンを含む多くの商人や商人ギルドとは友好関係にある。
 議会政治家の多くは、ウクルルに一定の配慮を示している。政府の上層部の多くは、自分の時代にウクルルとの争いは望んでいない。
 一部の政治家と商人は、相変わらずウクルルを目の敵にしている。
 しかし、この勢力に与することが得策だと考えるエルフは少ない。完全なノイジーマイノリティだ。
 うるさいし、放ってはおけないが、対応を間違わなければ無害だ。

 耕介がすべきことはほぼ終わっていた。
 権力には興味がない。議員を辞めて、北岸基地でクルマの再生を思う存分したかった。

 耕介は50歳前で、まだまだ身体が動く。
 17歳で2億年後にやって来て、どうにか生きてきた。多くのエルフに助けられ、多くのヒトを助けた。

 耕介はホルテレンの私邸で倒れた。
 フィオラはクルナ村からリズを呼んだが、リズが到着する1時間前に他界する。
 リズは「クモ膜下出血だと思う」と初期診断を下し、彼女は泣きながら「私じゃ、何もできなかったよ」とフィオラに告げた。

 フィオラは、泣き崩れた。

 耕介の死は秘匿できなかった。フィオラは夫の死を隠すつもりはないが、新興地域の耕介支持派とホルテレンの敵対勢力のどちらもが、大騒ぎを始める。
 動揺を隠せない耕介支持派に対して、敵対勢力のほうが動きが早かった。
 だが、彼らの多くが哀悼の意を表したのだ。議会で鋭く対立していた議員が、ホルテレンの耕介自宅に弔問に訪れた。
「議会では立場の違いから対立していたが、立派なヒトであった。私は尊敬していた。
 東エルフィニアは、惜しい議員を亡くした」
 これが、耕介の死の前日に、議会で耕介が提示した議案を激しく糾弾した議員の言葉だった。
 議長も耕介の死が公になった当日に弔問している。
 この際、議長はフィオラが考えていないことを伝えた。
「奥方様のお考えは知らぬが、もしコウ殿の跡目を継がれるなら私に応援させてほしい」

 ウクルルでは、現実的な問題として耕介の死で空いた議席をどうするかが、有力者間で密かに議論され始めた。
 多くの名が出たが、チュウスト村が押したマイケルが数日後には最有力視されていた。

 クルナ村には、何軒かの飯屋がある。旅籠もある。飯屋や旅籠の女将や女給たちの口から「フィオラ様がいい」との意見が出る。
 それが、飯屋や旅籠に野菜やパンを届ける豪農や商店の使用人に伝わる。
「フィオラ様を推薦するのよ!」

 この動きとは別にシンガザリ戦争による避難民のうち、ウクルルに住み着いたエルフたちが、勝手連的に「フィオラ様を議会に!」運動が静かに起き始める。

 フィオラへの支持は、静かに広がっていった。耕介の場合はウクルルの有力者間で、ある程度決められていた。選挙は結果だった。
 だが、フィオラの場合は違う。
 行商人から豪商の夫人、飯屋や旅籠の女将と女性従業員、病院の医師や看護師、あらゆる階層の女性が支持している。
 男性にも支持者が多い。シンガザリ戦争の避難者、戦争で傷付いた軍人と家族、灌漑設備を復旧された農民、フィオラが関わった多くの社会事業の関係者と被支援者が彼女を支持している。

 ウクルルの有力者たちが密かに次期議員を選び始めてすぐに、どこからともなく「コウの細君、フィオラが有力らしい」との情報が飛び込んでくる。

 ウクルルの選挙制度は歪で、自薦による立候補ができない。強い他薦がないと立候補できない。
 これは、地域の有力者たちが自分たちに都合のいい人物を議員にするための制度だった。
 だが、数人か十数人の有力者たちの腹芸では、ウクルルの住民の勢いを止められない。

 心美は「病院、飯屋、旅籠、小間物屋、雑貨屋、八百屋、エルフが集まる場所ならどこでもいいからフィオラのポスターを貼って」と仲間に支持する。

「これは何だ?」
 飯屋の壁に貼られたポスターを見て、村長が驚く。
「フィオラを議会へ!
 って書いてある。
 フィオラの似顔絵もある」
 村役も驚いている。こんな選挙運動は初めてだからだ。
 別の村役が「メアリーがフィオラの選挙運動に加わったそうだ。まずいぞ。マイケルの細君がフィオラの応援なんて!」と動揺を隠さない。
 他村の村役が「ヒトが議員になるよりも、女が議員になるほうが抵抗が大きい。もし、フィオラが議員になったら、議会は大揺れになるぞ!」と心配する。
 チュウスト村の現村長が「マイケルが議員にならないなら、次の村長はマイケルで決まりだ。俺は家業に専念する」と微笑みながら伝える。
 飯屋の親父が酒を注ぎに来た。
「俺はフィオラを支持する。
 男だ、女だ?
 それが何だ。
 フィオラは、フィオラだ」
 席を離れかけた飯屋の親父が振り向く。
「フィオラを支持する客には、肴を1品サービスするぞ」
 チュウスト村の村長が喜ぶ。
「親父、そのサービスをくれ!」

 ホルテレンの議会でもウクルルの情勢が話題になっていた。
 ウクルルの有力者間では、フィオラが次期議員候補となることに戸惑いが大きかった。ホルテレンの議員の間では真逆で、多くの議員が「フィオラは手強い。おそらくコウ以上だ。しかも、コウとは政策が異なる。どう対応すればいいのか?」と受け止めている。
 議員の多くが妻から「コウの妻は、とんだ出しゃばり。女のくせに、偉そうに!」と聞かされていた。
 同時に彼女の行動力と活動に敬意を感じていた。いままでは、議員の妻という立場だったが、もし議員となれば彼女の言葉を直接聞かなければならない。
 そして、聞きたいと感じている議員は少なくなかった。

 フィオラには、最愛の男性の死を想う余裕がなかった。
 議員の妻の座を失ったいま、彼女の活動の後ろ盾がなくなったからだ。活動には多くのエルフやヒトが関わっている。
 活動に専従しているエルフも多い。
 耕介の力を借りて、現在の活動を国の政策まで持ち上げたかったが、いまとなっては無理。それでも、続けたかった。
 多くのエルフの希望につながっているからだ。

 耕介の葬儀をウクルルでするのか、ホルテレンでするかももめている。
 議会はホルテレンでの開催を主張し、しかも初の議会葬とする案まで出している。
 ウクルルの村長会は、ウクルル全域が喪に服す地域葬を主張。
 どちらも譲らない。

 結局、数日後にウクルル側が折れた。
 議会葬のほうが耕介の権威が上がると考えたからだ。葬儀には、東エルフィニアの元首も出席する。葬儀委員長は、議長が務める。
 これほど大きな葬儀は、過去のエルフ社会ではあり得ない。
 ヒトやドワーフの弔問団も訪れる。
 空前の大葬儀だ。

 フィオラは、シルカ、シーラ、亜子に支えられているが、流されるしかなかった。

 耕介は無宗教だったし、エルフに宗教はない。葬儀は、エルフ流で行われたが宗教儀式ではなかった。
 荘厳で、派手な儀式だが、2時間ほどで終わる。

 そして、選挙の季節がやって来た。

 フィオラには、ウクルルにも、ホルテレンにも政敵はいない。
 敵は、彼女の活動を嫌悪している一部のホルテレン上級層だけだ。
 政治家、豪農、豪商の妻たちの一部が、フィオラと対立している。
 純粋に感情的に。

「私のお袋の何が知りたいの?」
 壮年の間者は、20歳そこそこの女性の凄味に笑っていた。捕らわれはしたが、議員の家族に何ができるというのか?
 耕介の次女は、暴力の使い方を知らない。しかし、スタンガンの使い方は知っている。彼女の手には、十分に充電したスタンガンが握られている。
 彼女の仲間が「アコさんは、乳首が効くって言ってたよ」とアドバイスする。
 だが、次女はそんな恐ろしいことはできず、太股の付け根付近にあてようとした。
 間者が足を動かし、次女の手が滑る。
 故意ではなく、睾丸に電撃を加えてしまう。
「ギャァ~。
 やめろ!
 やめてくれ。
 何でも話すから~」

 この間者の証言は、スマホに録音され、亜子が回収する。
 シルカと亜子がこの間者が語った女性の配偶者と面会する。
「俺は、チャフタ議員の奥方に頼まれたんだ。フィオラ議員候補の秘密、なぜヒトに嫁いだのか、若い頃の男関係、何でもいいから弱みを探せって……。
 だが、こんなことをされるほど、カネはもらっていない」
 チャフタ議員は瞑目し、大きく息を吐く。
「この声が真実なら、申し訳ない。
 妻に確認する。
 だが、本当だと思う。
 妻はフィオラ殿を意味なく嫌っていたから……」
 亜子が告げる。
「貴殿は公平で立派な議員だ。
 だから、事を荒立てたくない。
 しかし、貴殿の奥方は放置できない」
 チャフタ議員が亜子を見る。
「親が決めた結婚だった。
 代々政治家でね。政治家を続けるには銀がいる。だから、豪商の娘を娶らされた。
 そのツケを払うときが来たようだ。
 失礼を許してほしい」
 シルカや亜子よりもだいぶ年上の議員は、奥方とは違い礼儀正しい紳士だった。

 フィオラは、彼女自身が議員の有力候補と知り、驚き慌てている。
 言葉の悪い次女は「ジジイもババァも議員かよ」と驚きを隠さない。

 これは完全に偶然なのだが、ラムシュノンでも議員が健康を理由に任期途中で辞任しており、補選が予定されていた。
 ウクルルの議員選挙も、任期途中での死亡による補選になる。

 フィオラは、クルナ村の有力者の娘だが、彼女が育った時期のクルナ村は北辺の寒村でしかなかった。
 フィオラの本質は、寒村の娘であり、目立つ存在ではない。どこにでもいるエルフの普通の女性だ。
 だから、議員候補に推薦されるなど、考えてもいなかった。女性なのだから、それを理由に辞退したかった。
 その作戦を1人で練っていた。

 フィオラにとっての凶報は、南からだった。
「お母さん!
 ラムシュノンの議員候補だけど、アヤカさんみたい!」

 彩華は、耕介の死を知るとすぐに動いた。耕介が推進してきた政策の跡を継ぐのは、自分しかいないと考えたからだ。
 偶然、現議員の1人から「体調が悪くてねぇ」と相談されており、彼女は心配していた。
 ラムシュノンは耕介の死によって、シンガザリへの対策が停滞することを恐れていた。
 国境を接しているからだ。
 議論はいろいろとあったが、ラムシュノンは彩華を議員候補とする案で固まりつつあった。地域の有力者たちは無投票当選を画策していたが、選挙の公平性を保証する選挙管理会は「対立候補がいない場合でも、信任投票は行う。不信任が過半数の場合は再選挙だ」と判断していた。

 これで、フィオラが女性であることを理由に、議員候補の推薦を断れなくなった。
 同時に「アヤカと一緒なら、がんばれるかも」との思いも生まれた。

 2つの補選は、同時期に、迅速に行われた。任期は前任の任期までなので、ラムシュノンは2年、ウクルルは1年半ほどと短い。
 そして、ヒトとエルフの女性議員が誕生する。東エルフィニアにおいて、画期的な出来事だった。

 亜子は不安だった。
「健吾と耕介が死んじゃった。
 私と彩華と心美の3人になっちゃった」
 シルカにそう言うと、シルカは亜子を抱きしめた。
「私たちがいる。
 亜子は1人にならない」

 耕介の葬儀の日、耕介の末子ケンゴはピコ島にいた。
 ピコ港沖合に停泊している巨大な鋼船に驚く。
 入港するとすぐに島長に呼び出される。
「ケンゴ、驚くな、父上が亡くなられた」
 ケンゴは「誰の父上が死んだんだ?」と?が頭の中を埋めつくす。
 しかし、すぐに理解する「親父が死んだ?」と、言葉にすると現実味が増してくる。
 今日が葬儀だと聞いたが、間に合うはずがない。驚きと、悲しさと、空しさが襲ってくる。
 だが、ケンゴには父の死を悲しむ前にすべきことがあった。

 巨大な鋼船はヒトが乗るが、ヒトの領域の船ではない。大陸中央部にある巨大な内海からやって来たのだと。
 2基あるディーゼルエンジンのうち、1基が故障。もう1基も不調だと聞いた。
 そして、ピコ島の島長が巨大鋼船の船長に身振り手振りで説明していた。
「この船のエンジンを直せるとしたら、クルナ村の機械鍛冶だけだ」

 島長に船長を引き合わされたケンゴは、いくつかの単語を聞き分けていた。
 ケンゴは島長に告げる。
「船長の言葉なんだけど、アコやアヤカならわかるんじゃないかな?」

 ウクルルの有力者が父で、クルナ村の賢者の名を受け継ぐ若者は、新たなヒト世界との接点を得た。
 この瞬間から、大陸東岸にあるエルフ、ヒト、ドワーフの世界に強い風が吹き始める。

*****
 2億年後Another Storyは、これで終わりです。長い間、ありがとうございました。続きを書けるようになったら、お知らせします。
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