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第4章 幸運の地

04-032 15カ村共同体

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 新都ホルテレンの臨時政府は、村や街に徴税の義務を課す新法を制定する。
 従来は徴税官が都から地方に派遣され、徴税官のさじ加減で税額が決められていたが、今後は農村は収穫高の15パーセントに相当する銀貨を納めることになった。
 街は総利益高の15パーセントが税として納める決まりとなった。
 非常に大雑把な税法で、欠点が満載されている。都と村や街との力関係があって、批判はできるが、それ以上の何かができない。

 この新税法に対処することが、村役としての耕介の仕事だった。
 新税法対策村役にされてしまった。

 別の新法も厄介だ。臨時政府は治安維持のための警察組織は村や街に認めたが、自警団的軍事組織には解散を命じた。
 自治公安警察の存在は可。軍事組織は性格にかかわらず不可。
 これによって、臨時政府は地方の発言力を削ぐことができる。

 臨時政府への対応に忙殺されていた耕介は、クルトとヘディ家族のことを忘れかけていた。
 断片的な情報では、フラーツ村に居着いたらしい。少なくとも、しばらくはとどまると決めて、医療活動をしている。

 ヒトの土地の内陸に、エルフやドワーフが踏み込むことはとても危険。閉鎖的で排他的なだけでなく、宗教と迷信が混在していて、暴力的な宗教家が跋扈しているからだ。
 宗教の概念がないエルフとドワーフは、彼らに絡まれると対処できない。
 結果、残虐に殺されてしまう。
 この厄介な地域への調査を亜子と彩華が計画している。
 耕介は亜子から「善し悪しは別にして、ヒトの実態は知っておくべきだよ」と告げられた。
 太志は強く反対するが、彼自身、内陸の実態を知っているわけではない。彼の活動範囲は、海岸部、西辺、公路沿道に限られていたからだ。
 内陸深部については、実見しているわけではない。
 この計画の厄介な点は、ゴンハジの長男が参加を希望していること。彼はヒトとエルフのハーフだが、風貌はヒトと変わらない。
 反対の立場の太志が「調査の必要性は認めるし、亜子がやるなら俺も行く」と言い切った。
 調査メンバーが揃ってしまっている。

 フラーツ村の実力者であるゴンハジは、周辺6カ村をまとめ地域名ラムシュノンとして、一体化した自治体であることを臨時政府に認めさせようとしていた。
 小さな村がバラバラでは、新都に対抗できないからだ。
 ラムシュノンは人口は少ないものの広大な面積で、最高品質ではないもののコムギの収穫量が多い。
 臨時政府の税法では、コムギの品質に関係なく、収穫量に重量あたりの単価を課すことになっている。
 この制度は、ラムシュノンと似た地域では確実に不利だった。臨時政府が設定する単価が、実勢価格よりも高いからだ。
 ゴンハジは、各村の長と村役を説得して、6カ村合同の共同統治組織を設立。新都に対抗しようとしていた。

 この動きはクルナ村にも伝わっていて、耕介はゴンハジの策をそのまま取り入れようとしていた。
 つまり、トレウェリ12カ村とアクセニ3カ村の合計15カ村の共同統治組織を作ろうとしていた。
 地域名はウクルル。
 ウクルルとラムシュノンが共同して、新都の臨時政府に対抗していく計画だ。
 耕介は15カ村村長・村役合同会議で言い放った。
「思い通りにはさせねぇよ!
 政府の強権的な決定は許さねぇ」

 ウクルルとラムシュノンの動きを、他の村と街は固唾を吞んで見守っている。

 ヒトの土地の内陸諸国は、ウクルルとラムシュノンが西辺へのコムギ輸出を始めたことから、世俗的な競合関係が生じていた。
 従来、エルフの土地に住むヒトとの関係は、宗教上の問題だけだった。
 つまり、信仰するヒトと無神のヒトとの対立だ。正確には、宗教側が一方的に敵愾心を募らせていた。
 そこに、ごく世俗的な経済競争が加わる。この競争を内陸諸侯の一部は、武力で解決する道を模索している。
 つまり、エルフの土地からやって来るヒトの商人を、片っ端から襲えば解決する、と。
 王家と盗賊は大差ない。実際、盗賊が王家を名乗ることがあるし、王家が盗賊を生業にすることも多い。

 ウクルルとラムシュノンは、発言力を増すためにも西辺との直接取引をやめられない。ホルテレンでの交易ができなくなれば、臨時政府につながるエルフの商人にコムギを買い叩かれ経済が即死してしまう。
 現状で何を言おうが圧力にはならない。ただの「お願い」でしかない。
 そのためにも西辺との交易はやめられないし、ラヴォ国での交易でも十分な利益を得られているが、さらに南下してドワーフの土地まで行きたい、と耕介は考えている。

「フクスは使えるの?」
 村役会議に出向く際、亜子に問いかけられた耕介は回答を躊躇う。目的は明らかだからだ。
「大丈夫。使える。
 だけど、ムンゴほどは使いやすくない」
「内陸に行くには最適だよ」
「4人で大丈夫か?」
「5人になりそう。
 彩華からの連絡では、ヘディがラリッサを連れていってほしいと頼まれたんだ。
 あの子、ヒトの世界に憧れているからね。
 確かに、見せないよりは、見せて判断させたほうがいいかな」
 耕介は、この計画をかなり心配している。
「慎重に頼む。
 誰も失いたくねぇんだ」
 亜子が同意するように軽く頷いた。今回の計画は、エルフであるシルカは高すぎる危険があり参加できない。彼女もこの計画を心配している。

 ホルテレンが新都になって以降、東エルフィニア臨時政府は税の徴収以外では経済に無頓着だった。
 この街を新都に定めた理由は、メルディ最大の街であったこと、都市設備が整備されていたこと、戦火とは無縁の海岸部にあったことの3点からだった。
 だが、しばらくすると交易に介入するようになる。経済全体の掌握が、支配に役立つことに気付いたからだ。
 ホルテレンにおける交易をコントロールしようとしている。この策動は、ウクルルやラムシュノンに大きな影響を及ぼしかねない。
 だから、ラヴォ国での交易は、極めて重要になっていた。
 単にコムギの買い叩きを防ぐという目的から、経済戦略に格上げされている。

 ヒトの土地の情勢がよくわからない。内陸の情報は、噂以上のものがない。どうしても1次情報が必要だった。交易のために必要だった。
 だから、亜子と彩華の計画は、ウクルルとラムシュノンが全面的にバックアップする流れに向かっていた。

 耕介がクルナ村の飯屋で1人で飲んでいると、顔を知っている程度の他村の村役が声をかけてきた。
「コウ様、少しだけ」
「はい?」
「手短に。
 手ぶらで内陸に入ることは危険かと。
 当村に内陸出身のヒトが住んでいますが、彼から忠告があったのです。
 目的がはっきりしない来訪者は、諜者(スパイ)として捕らえて処刑することがあるようです。
 そういう例は少なくないと……」
「ありがとうございます。
 参考にさせていただきます」
 その村役は、これだけ会話すると自分の席に戻った。
 耕介も判然としない目的で、エルフの土地に住むヒトが内陸に立ち入れば、何らかの軋轢を起こすのではないか、と感じていた。
 閉鎖的で排他的な内陸は、来訪者に対する警戒心が異常に強いことが知られている。スパイ扱いで、問答無用で殺すことがあることも知っていた。
 不審者排除と、物資略奪の一石二鳥を狙った行為だ。

 耕介たちは、フクス装甲救急車の車内を徹底的に改造した。不用な機材を撤去して純粋な移動用にしている。無線機を除いた軍事装備は、すべて外してある。
 追加したのは、車体上部のピントルマウントで、ここにブローニングM1919機関銃を装備できる。
 実証実験では、搭載重量20トンの8輪貨物トレーラーを牽引できる。このトレーラーは、ボギー式懸架装置を備えた無軸だった。

「ポタ電、使い切った……」
 亜子が申し訳なさそうに、フィオラに報告する。毎夜、亜子と彩華は内陸調査計画の打ち合わせを無線で行っている。
 数日間、珍しく雲が厚く、太陽光発電の効率が悪かった。無線のパワープラントとなっていたポータブル電源が十分に充電できていなかった。
 無計画で大雑把すぎる亜子でさえ、この計画には慎重居士を貫いている。
 この計画に亜子と参加できないシルカはイライラ、シーラは太志を案じてメソメソ。
 館内はお通夜のようになっている。
 当然、幼い子供たちにも影響がある。父親に絶対的信頼がある太志の子蓮太を除いて、漠然とした不安を感じている。

 耕介がフクス6輪装甲車の準備を進めていると、他村の村役から新たな情報が舞い込んだ。
「内陸は道が狭くて、大型の荷車が通れない。ヒトの商人も公路を使うんだ。
 他国から攻め込まれることを警戒して、道は故意に狭くなっていて、郊外の川に橋はない」
 結局、車幅3メートル近いフクスでは大きすぎ、車幅が2メートルに満たないムンゴ装甲トラックしか選択肢がなくなってしまった。
 ただ、ムンゴは酷使されており、大規模な整備が必要な状態。今回の内陸調査計画には、使えない。
 となると、選択肢はVM90トルペドしかなくなる。
 このVM90だが、オリジナルの車種ではない。非装甲の人貨輸送タイプでも、軽装甲の兵員輸送車タイプでもない。
 ダブルキャブで荷室はパネルバン。キャブとエンジンルーム周囲にのみ、軽装甲を施してある。荷室部は薄い軽合金製。軍用装備品が皆無なので、民間向け車種がベースかもしれない。
 耕介は「2億年後に移住するための移住専用車だろう」と推測している。ジープなどの小型輸送車と小型トラックの中間的なサイズで、キャビンに6人、荷室には重量で1トンの貨物を積載できる。
 4ドアで、クローズドキャビンには拳銃弾に耐えられる程度の装甲が施されている。ウインドウも防弾仕様。軽装甲車ではないが、非装甲車でもない。
 耕介は「2億年後にあるであろう、野生動物などに対する限定的な脅威に備えた車輌として製造・改造されたのだろう」と推測している。
 ただ、エンジンの信頼性に欠ける。完全に分解し、組み立てたのだが、何となく不安がある。耕介には、単独での派遣は躊躇いがある。こういう不安は確実に的中してしまう。
 どうすればいいか、彼は考え込んでいた。

 夕食後の食堂で、耕介、フリッツ、太志、亜子が会議を始める。館内の面々は、子供たちを含めて、彼らの議論を聞いている。
 フリッツが発言。
「エンジンを載せ替えてしまえばいいんだ。いすゞのエンジンが使えるよ」
 太志が反対する。
「エンジンマウントはどうするの。
 どうにかなることはわかるけど、それなりに手間がかかる。
 原因はターボじゃないかな。外してしまえば?」
 太志の推測は、耕介も同意見だった。
「確信はないんだけど、俺もターボじゃないかなと思うんだよ。
 だけど、外したら相当なパワーダウンになる。それに、作らなければならないパーツが出てくる。
 どうしたらいいかな?
 タービンだけ交換してみるか?」
 フリッツが同意。
「簡単じゃないけど、やってみる?」
 太志も賛成する。
「あぁ、やってみよう。
 トルペドしか使えるクルマがないんだし」
 珍しく、亜子は沈黙を保った。
 子供たちが悲しそうな顔をするので、フィオラが酒の肴を用意し、子供たちが大人たちのご馳走に手を伸ばす。一気に賑やかになり、重い空気を吹き飛ばす。

 敷地内にクルマが進入する。誰かが村から帰ってきたのだと、誰も気にしない。

 玄関ドアが開く。
「ゴメンクダァサァ~イ」
 亜子や耕介が奇妙なアクセントの日本語に驚く。
 フリッツが走って玄関に向かう。

 20歳代中頃の男性と女性、ともにヒト。3歳くらいの女の子が玄関部ホールに立っている。
 フリッツが「どちら様?」と日本語で尋ねる。男性は意味を理解できないようだ。
 男性の顔立ちは日本人で、女性は内陸系と思われる。女の子は、かわいい盛り。
 男性がエルフの言葉に切り替える。
「私は、リユシュ村に住む宇賀神将馬と言います。
 夜分遅くにすみません。
 出発してしまっては間に合わないと思い、村役様に促されてうかがいました」
 フリッツが戸惑いから回復する。
「日本人?」
「父と母は。
 俺は2億年後で産まれ、長らく内陸に住んでいました。
 母はずいぶん前に、父は先年他界しましたが、モンテス先生に何度も診ていただきました。
 ですから、こちらのことは知っていました」

 耕介が「あなたが、リユシュ村のヒトですね。玄関先では何ですから、上がってください」と促す。

 女の子は女性に抱かれていたが、無理矢理離れ、子供たちとすぐに遊び出す。
 女性は少し不安顔。
 廊下は走らない、という決まりは簡単に破られる。室内大運動会だ。

 リユシュ村には揚水ポンプを10台以上販売したが、1回も修理に呼ばれたことがない。
 その理由は「直せるヒトがいる」との噂があった。
 それは将馬の父親のことなのだが、将馬は父親から技術を受け継いでいた。
 来訪の用件はエンジンについてではなく、内陸の諸事情についてだった。

 将馬が語り出す。
「俺は、ハトマ川北岸の海岸部と内陸の境界付近で育ちました。
 父と母は機械の修理で生計を立てていたんです。お客さんの一部は、内陸にもいたんです。特待通行証も持っていました。だから、内陸のすべてを知っているわけではないけど、ある程度のことはわかります」
 耕介がお茶を勧める。亜子はすでに酔っている。フィオラとナナリコが子供たちを静かにさせようと、追いかけている。
 将馬が続ける。
「これだけ、伝えようと思って……。
 内陸に行けば、必ず見るものがあります。
 魔女の処刑と奴隷への暴力……。
 見ていることができない蛮行です。我慢なりません。永遠に慣れません。
 でも、関わってはいけません。
 戦闘になります。殺されてしまいます。
 絶対に関わらないでください。目をつぶって、通り過ぎてください。それが、身を守る最善の方法です」

 彼の話はこれだけだった。
 席を立ち帰ろうとするので、亜子が引き留める。
「遅いから、泊まっていきなよ。
 部屋はあるし……。
 それと、これも縁だから、一緒に飲もうよ」

 女性はフィオラやメアリーと話し込んでいる。子供と子育てが話題だ。最初は硬い表情だったが、すぐに夢中になる。
 ある意味、警戒心が弱く、危なっかしい。しかし、ヒトなつっこいとも言える。
 男性は宿泊を了承する。

 女性の名はエステル。まだ、20歳。将馬、将馬の父、彼女の3人で、ヒトの土地から逃げてきた。
 事情は太志に似ているが、違う点がある。
 翌朝の朝食時、エステルが語る。
「私、第8王女だったの。
 国王が信じる宗派では、王は6人まで妻を持てるの。私は第3王妃の4番目の子だった。
 隣国から兵が攻め込んできたとき、私はお城の中庭にいて、1人で逃げた……。母は商人の娘で、母からは言い聞かされていたの。
 逃げるときは東に向かって走り、川を渡りなさい。渡るまでは、振り向いてはいけない。
 母の言いつけを守ろうとしたけれど、橋の西側で敵兵に見つかりそうになって、橋の下に隠れたの。
 それを、ショウマに見られていた。
 ショウマが泳いで川を渡ってきて、私を促して、私は泳いで渡ったの。このとき、生まれて初めて泳いだのだけど……」
 内陸調査隊の詳細打ち合わせのため来訪していた、ラリッサが尋ねる。
「お姫様だったのでしょ。
 護衛はいなかったの?」
 エステルが悲しい目を見せる。
「第8王女、王にとっては12番目の子。どうでもいい子なの。母は商家の生まれで、好きなヒトもいたらしいけど、王に見初められてしまって、第3王妃になる以外なかったの。
 拒めば、何をされるかわからないから……。
 王家なんて、街のゴロツキと同じでしょ。頭に王冠を載せているか、そうじゃないかしか違いがないわけで……。
 お城が落ちるとき、母も逃げ切ったの。母は実家に逃げて、実家に4年間もかくまわれ、その後、海岸部に脱出したの。
 いまでも元気。再婚もした。今度は好きなヒトと!
 王は処刑された。鳥かごのような小さな檻に入れられて、城門から吊されたの。飢えと渇きと衰弱で、死んだみたい」
 ラリッサは納得できなかった。
「お姫様ならば、王子様と知り合うことだって……」
 エステルが微笑む。
「王子様?」
 以後、無言になり、ラリッサとは話さなくなった。エステルの変化にメアリーが慌てるが、何を言うべきか、何をすべきか、謝罪すべきか、まったくわからなかった。

「これ、スバル・ドミンゴか?」
 耕介は、かなり驚いていた。
 将馬が答える。
「親父からは、2代目だと聞いた。
 2代目のドミンゴだって言っていたよ」
 耕介が感心する。
「親父さん、いいクルマを選んだよ。
 1200ccで燃費がいい。リアエンジンで後輪に荷重がかかるから、走破性が高い。しかも、フルタイム4WDだ。軽ワゴンと同じ車体だけど、7人乗れる。
 だけど、ガソリンだぞ。どうやって……」
 将馬が喜ぶ。
「このクルマのよさを知っているヒトに出会えるなんて、驚きですよ。
 親父が生きていたら喜んだでしょうね」
 耕介がやや焦れる。
「無理に丁寧な言葉遣い、しなくてもいいぞ」
 将馬がホッとする。
「ありがとう。
 エルフの表現は難しい。ヒトの言葉は単純で、ドワーフは複雑怪奇だね」
 耕介が微笑む。
「で、どうやって?」
 太志が促す。フリッツは、後部バンパーを兼ねるエンジンフードを勝手に開けてしまった。
「ごめん、開いちゃったよ」
「いいよ。
 もう1台あるんだ。トラックが」
 3人が気色ばむ。大型トラックを期待したからだ。
「バネットって名前の1トン積み。
 2リットルのディーゼルで、親父は移住後すぐに捨てるつもりだったらしいけど、いまでも俺の手元にある。
 すごいポンコツだけど、いまでも仕事で使っている」
 3人はガッカリするが、同時に当然だと納得する。
 軽自動車と1トン積みトラックは、2億年後にはやたらと強い。

 耕介、フリッツ、太志が「何となく不安定だ」と感じていたトルペドだが、この原因不明の違和感を将馬が瞬時に突き止める。
「電子リミッターだよ。
 スピードの出し過ぎをリミッターで制御しているんだけど、これが電子式なんだ。たぶんだけど、移住の際に外し忘れたんだ。
 幸運にも2億年後にたどり着けたけど、エンジンを不安定にした。
 外せば直るよ」

 これで、内陸調査の準備が整った。宗教と迷信が支配したヨーロッパ中世暗黒時代と、19世紀の無制限戦争時代を融合したような、ヒトの醜悪を凝縮した世界への遠征が始まろうとしていた。

 ラリッサにとってクルナ村は、大都会だった。クルナ村と比較するとフラーツ村は、地方の小都市にすぎない。それでも、十分に文化的で快適だ。
 そのフラーツ村に1カ月ぶりに戻ってきた。なぜか、ホッとしている。
 3日間しかとどまる時間がないので、大急ぎで旅支度をしなければならない。父親のクルトから、FN FALバトルライフルとH&K USP自動拳銃を借りた。
 クルナ村で射撃訓練を受けたが、実際に携行することになり、彼女はようやく内陸と呼ばれるヒトが住む土地の異常性を感じ始める。
 それは、彼女が自分の身を守るために、最低限必要なことだった。

 クルナ村から耕介、亜子、太志。フラーツ村から彩華、タクマ、ラリッサが参加。
 予定通りだ。
 使用車輌はVM90トルペド。ジェリカン10缶を予備燃料として積んでいく。計算上、1500キロは確実に走れる。

 自由貿易国ラヴォに向かうのと同じルートで、クウィル川に達し、同じ渡渉点で渡る。
 ラヴォ国に向かう場合は西進するが、今回は東進する。
 海岸部には海沿いに南北街道があるが、スチームランドの大気汚染は凄まじく、同国人以外は使わない。
 それ以外の南北街道は西端のバッキーズ公路だけ。領土が比較的広い王国でも、東京23区の面積ほどしかない。そんな小国を結ぶ間道を進む。

 南下を始めて10キロも進まない時点で、最初の村で衝撃を受ける。村の広場にある円錐形に葉が茂る大木から、ヒトが下がっている。
 首吊りだ。老人、女性、子供、体格のいい男性、20人あまり。
 撮影担当のラリッサが泣いている。
 耕介がクルマを止め、車内から通りかかった村民に問う。
「あの吊されているヒトたちは?」
「国王陛下に税の減額をお願いした村長の家族と郎党だよ。
 王太子殿下が命じたんだ。
 葬ってやることもできない。俺たちには……」
 耕介は村民に軽く礼を言って、クルマを進める。

 ヒトの土地の内陸と呼ばれる地域は、大国でも最大30キロ程度、小国なら5キロほどで国境を越えてしまう。領土が細長いと、国境の最短距離が2キロ程度しかない例も多々ある。
 2キロなんて、30分あれば歩けてしまう。
 だから、進むごとに国が変わる。公開絞首刑のまま放置された遺体、魔女として火炙りとなった焼死体、磔刑にされたヒト、路上に放置されたままの遺体など、凄惨な光景を次々と目撃する。

 耕介がラリッサに「ちゃんと、記録しているか?」と確認するが、彼女は答えなかった。
 彩華が「こんなところには、住みたくないね」と吐き捨て、タクマが「土と水しかない荒野の方がマシだ」と同意する。
 亜子は無言。怒りをためているのか、悲しんでいるのか、よくわからない。

 耕介が太志に「どこでキャンプする?」と尋ねると、タクマが「寝られないよ!」と強い声を出す。
 耕介も同意だが、ヒトの土地をよく知る太志は「こんなもんじゃないぞ」と諫める。
 ラリッサは「赤ちゃんの首まで吊っているんだよ。ひどいよ、ひどすぎるよ」と声を震わせる。
 太志が説明する。
「体重が軽い、幼い子は絞首刑になってもすぐには死ねないんだ。
 首が折れないから、窒息するまでに時間がかかる。だから、母親が処刑された我が子に抱き付くんだ。
 すぐに死ねるように……。
 それをさせない王もいる」
 ラリッサが「ヒュー」という奇妙な泣き声を出す。
 亜子は無言。

 耕介が運転している。時速20キロから30キロ程度の低速で、10キロ以下の徐行になることも少なくない。
 道が狭く、対向する馬車が来ると、路肩に出ないとすれ違えない。すれ違うには、場所探しに苦労する。

 1時間で日没となる。
 今夜のキャンプ地を定めなければならないが、その意欲が湧かない。この地で眠りたいとは思わないからだ。
 耕介が自分の子供のことを思い出していて、緊張が一瞬途切れた。
 飛び出しではないが、幼い男の子が道を横切ろうとする。耕介が慌て、不必要な急ブレーキを踏む。
 男の子よりも、車内の面々が驚く。
 彩華が車外に出て、路肩に立つ男の子に声をかける。怪我をしてはいないし、男の子自体何も感じていない。
 母親も男の子のすぐ後方にいたが、母親も危険を感じていない。
 実質、耕介が驚いただけだった。

 事件は、ここからだった。
 彩華が道を横切った際、北上してきた8騎が歩みを緩めたことから始まる。
 先頭の若い男が騎乗したまま彩華を咎める。「女、なぜ王子殿下のウマ先を横切ったのか!
 無礼者!」
 彩華は当初、ポカンとしていたが、笑い出す。
「高貴なお方とは知らず、ご無礼いたしました。
 どうかお許しください」
 彩華がふてぶてしい態度で、詫びを棒読みする。
 彩華は周囲にいる偶然のギャラリーに、この場から離れるよう身振りで示す。男の子と母親が、走って逃げていく。
 王子が馬上から声をかける。
「女の首をはねよ」
 先頭の男が振り向き、王子の言葉を確認する。
 王子が頷く。王子も先頭の男と同じくらいの年齢だ。分別があって当然の年齢だ。
 先頭の男が下馬し、長剣を抜く。
 彩華は、凍りついて動けない何人かのギャラリーを気遣って動かない。。
 太志が「まずいぞ」と呟くと同時に、ラリッサが車外に飛び出した。
 今度は耕介が「まずいな」と怒鳴る。

 先頭の男が剣を振り下ろす直前、ラリッサが至近距離から撃った。
 9ミリ弾が左の側頭部から右の側頭部に抜ける。右側の頭蓋骨が砕け、脳が飛び散る。

 撃った本人であるラリッサが動揺している。
 ギャラリーの数人が腰を抜かす。
 一部のギャラリーは、何がおきたのか理解していない。
 彩華が這って逃げようとするギャラリーを庇い、ラリッサを呼び寄せ、彼女の手から自動拳銃を受け取る。

 8騎が7騎に減った。
 彩華が王子をにらむ。
 7騎がようやく我に返る。1人が下馬し、倒れている仲間を見る。
「死んでいます」
 王子への報告は、端的だったが、同時に怒気がこもっていた。
 下馬した男が剣を抜きながら彩華に近付く。
 彩華は冷静で、ラリッサにゆっくりと自動拳銃を返すと、太志ほどではないが、素早くリボルバーを向く。
 自動拳銃とは異なる銃声。
 ヒトが馬上から地面に崩れ落ちる音。
 彩華が撃ったのは西側の路肩。完全な威嚇射撃だった。
 ウマよりも先に王子が驚いて落馬し、腰を押さえて地面でのたうち回っている。
「どこの田舎王家か知らないが、私に剣を向けるとは万死に値する」
 2発目の銃声は1発目よりも大きく、周波数が違うためかウマが暴れる。
 王子は、自分のウマに何度も踏まれ、息絶える。ウマが暴れる前に王子が勝手に慌てふためき、バク転するように鞍から後方に跳んだ。直後ウマが暴れだし、後肢で頭部と上半身を何度も踏む。

 王子の死は、彼の護衛にとっては自らの死を暗示することになる。理由の如何に関わらず、王子が死ねば護衛と彼らの家族も死ぬ。
 失態の罰として、国王に処刑される。

 太志が車外に出る。
「おい、兄ちゃんたち、王子様が落馬でくたばったことがばれる前に、家族と一緒にずらかったほうがいいぞ」
 6騎の護衛は、彩華の存在を無視するように、北に向かってウマを走らせた。
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