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第3章 競争排除則

03-030 交易計画

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「エンジンを15基も作れるかな?」
 太志の不安は当然だ。
 太志が続ける。
「レストアと新造はまったく違うぞ」
 その通りだ。
 フリッツの意見は少し違っていた。
「クルマの構造はわかっている。
 ここ数年で最高の発見物は、中型の農業トラクターだ。あれは発見できてよかった。
 最優先で直したね。
 だけど、この世界であれを新造することはできない。
 どう頑張っても、1920年代くらいの製造技術しかないからね。だから、割り切るんだ。
 第一次世界大戦頃のクルマを作る技術で、開発する。2020年代のクルマじゃない。100年以上前のクルマを作る……。
 そう割り切るんだ」
 太志が健吾の記録を説明する。
「健吾は、シリンダーあたり、200cc、400cc、600ccの多気筒エンジンを構想していた。
 実際に作ったのは、200ccの直列2気筒と4気筒、V型2気筒の3種だけ。
 だが、設計図は残している。
 50トン運べれば、25グラム金貨換算で2000枚以上になる。この売り上げは大きい。しかも、ホルテレン向けとは競合しない。ホルテレン向けはタトラで運べばいいし、タトラなら連続して輸送できるからな。
 問題は、西辺向けだ。
 俺たちだけならともかく、チュウスト村もある。連中の排除は、政治的に都合が悪い。フラーツ村の輸送もどうするか、考えなくてはならない」
 耕介がフラーツ村の8輪車に触れる。
「あれは、ウクライナ製のBTR-4だ。本来は装甲兵員輸送車だが、すべての兵装を撤去して輸送用に改造してあった。
 だけど、トラクターではないからねぇ」
 フィリッツが提案する。
「農業トラクターじゃなくて、4輪バギーの型式は?」
 太志が考える。
「超大型の4輪駆動バギーか。
 バーハンドルでいいから、大直径のステアリングを探す必要がないし……」
 耕介が結論を出す。
「空冷直列2サイクル2400ccのエンジンを試作してみるか」
 太志が賛成する。
「車体も試作しよう。水冷のトラック用エンジンならあるから、実験車を作ってみよう」

 日々の仕事に追われながら、3人は時間を見つけて、陸送用トラクターの開発を続けていた。

 陸送用トレーラーの他に、タトラ8輪駆動トラックに10トン積みトレーラーを牽引する実験を行った。これは成功で、タトラ1台でコムギ30トンを運べることがわかる。

 フラーツ村のBTR-4装甲兵員輸送車は修理したが、トラックへの改造は行わなかった。構造的に難しいのだ。また、トレーラーの牽引にも適していなかった。
 結局、装輪装甲車の常で、使い道があまりなかった。

 クルナ村と近隣12村で構成する地域連合体に、アクセニの3村が加わり、15村態勢になった。
 そして、全村からホルテレンと西辺との交易に加わりたいとの要求があった。
 買い付け商人に販売するよりも、収入が多いからだ。それと、ドワーフの商人が蒸気機関の牽引車で買い付けに来るようになった。
 ドワーフの商人のほうが、エルフの商人よりも高値を出すので、エルフの商人が劣勢になる。
 機械力を使うドワーフに対して、馬車での輸送が主力のエルフ商人はどうしても不利になる。
 従来は、エルフの商人がホルテレンまで運び、ここでドワーフやヒトの商人に売り、彼らが南に運んでいた。
 ドワーフの商人が直接買い付けに来るようになり、またクルナ村の農民が直接ホルテレンに運ぶようになったことから、数百年続いていた商習慣が崩れようとしていた。
 ただ、エルフの社会全域に広がっているわけではなく、トレウェリとアクセニの一部地域のみの動きだった。
 ただ、エルフの農民はこの動きを注視しており、エルフの商人は激しく反発した。

 クルナ村がホルテレンに直接輸送をすると、それに激高したエルフの商人たちはクルナ村との取り引きを切った。
 すると、その間隙を突いてドワーフの商人がいままで以上に頻繁に訪れるようになる。
 この間の遅延は意識しないほど短かった。クルナ村に続いて、西の隣村であるチュウスト村にもドワーフの商人が買い付けに現れ、エルフの商人の再参入が難しくなっていく。

 これが、現在の状況だった。
 エルフの商人は戦略的に、大きなミスをしたことになる。既存権益を守ろうとして、強力なライバルを呼び込んでしまったのだ。

 過去、推定80年以上前のクルマは、回収していなかった。
 発見した場所は記録している。車種と状態も。
 耕介、フリッツ、太志の3人で相談した結果、先々は別にして、直近の輸送力増強に関しては、トラックを回収し、レストアするほうが早いとの結論に達する。
 だが、過去の発見記録を読み返しても、最大でも積載量5トンの軍用の6輪駆動トラック、多くは1トン半か2トンの4輪駆動。
 回収しなかったのだから、簡単に動く代物じゃない。
 再度、出した結論は「どうしたらいいかわからない」だった。

 前回の交易ではシルカは留守を守ったが、次回は「護衛する」と言い張っている。
 ヒトの領域の内陸は、宗教集団と専制による二重統治されている王国が多い。宗教の概念がないエルフやドワーフは、信者獲得に血道を上げている宗教各派の攻撃対象になりやすい。
 つまり、無信心のエルフやドワーフが幸せそうにしている姿を、宗教各派は大衆に見せたくないのだ。
 エルフやドワーフを無宗教の罪で処刑することさえある。危険なので、耕介はエルフの参加者をなるべく減らしたいのだ。
 しかし、シルカはそんなことは、まったく気にしない。
「殺される前に、殺してしまえば解決する」

 シーラもシルカ同様、感情を表さず、喜怒哀楽がないような表情をしている。
 実際は違う。かなりの激情型。
 彼女も次回の交易に参加を望む。理由は単純だ。
 太志のそばにいたいから。

 夕食後、耕介が食堂に残っていると、亜子が入ってきた。
「どうした?」
 亜子は耕介が悩んでいることに気付いていた。
「大量のコムギを運ぶ手段がない」
 耕介の悩みに亜子は意外な顔をする。
「ストーマーで荷車を牽引したら?」
「装軌車だぞ。
 燃費が……」
「たくさんのクルマを動かすよりも安上がりじゃないの」
「もし……、もしなんだが……」
「もったいぶるねぇ」
「戦車回収車が手に入ったら……」
「50トンとか牽引できるでしょ。
 だけど、長距離は走れないね」
「ストーマーだって、往復2000キロを走りきれるとは思えないよ。
 そもそも、長距離走行を前提とした設計ではないだろうし……」
「耕介、ウニモグとビッグフットを使う予定は?」
「コムギには使わない。
 ひまわり油を運ぶ」
「結局、タトラだけ?」
「そうなんだよ、亜子。
 60トンが最大。残り40トンをどうすればいいのか……」
「どう考えても無理だよ。
 それと、タトラを酷使すると、失うよ。
 耕介は、ここを考えないと。
 都合よく、6輪トラックが川の北に落ちているといいんだけど……」
「あるんだけどね。
 80年以上前のクルマだから……」
「一応、回収して調べてみたら。
 完全に分解しないとダメだろうけど……。
 回収するなら手伝うよ」
「いや、次回の交易には間に合わない。グレイハウンドで8トン、ムンゴで2トン……。
 残り30トン……。
 5トンずつ運ぶには、6台必要。川の北にはそんな数はねぇよ」

 数日後、フラーツ村からユウキと妹のルツィエがやって来た。目的は次の交易の打ち合わせで、村の職員も一緒だった。
 ルツィエ以外は、輸送をどうするかで深く悩んでいた。

 山脈の東側には、大河と小川しかない。大河は4、小川は無数。小川の大半は跨いで渡れる程度の川幅しかない。
 大半の水は、地下を流れる。この地下水脈が、自然のトンネルなのか、人工の水路なのか、まったくわかっていない。
 海洋で発生した雲は西に流れ、山脈に遮られて降雨し、雨水は地下に染み込む。そして、地下を通り、地上に出ることなく海に至る。
 だから、地下から汲み上げる方法が必要になる。
 エルフの領域の東側では地下数メートル付近に水脈があり、揚水には風車が使われることが多い。
 内陸部には遺跡と呼んで差し支えない地下灌漑施設があり、数十年前頃から徐々に埋没が始まった。
 そして、耕作不能な農地が増えていく。
 亜子と耕介たちがこの地を訪れた時期は、クルナ村やチュウスト村の水不足が危機的状況に陥り始めていた。
 揚水設備が必要だったが、その要求に応えたので、亜子、彩華、心美、耕介、健吾は、エルフ社会に受け入れられた。
 耕介たちは当時、状況をよく理解していなかったが、求めに応じて動いているうちに進むべき道を見つけた。

 そして、いまは、生産したコムギをヒトの土地まで運ぶ方法が最大の問題だ。

 話し合いは深夜に及んだが、できないものは無理なのだ。
 会議を締めるように、耕介が言った。
「フラーツ村が32トン、クルナ村が38トン、チュウスト村が30トン、合計100トンが限界だな」
 これが、会議が出した結論だった。
 それでも、倍増だ。
 しかし、15村全体の要求を満たすにはまったく足りない。

 強力なトラクターがたくさん必要だった。

 耕介は健吾が論じていたガウゼの法則を思い出していた。
「このままじゃ、競争排除される前に、ヒト、エルフ、ドワーフとの経済競争に負けちまうじゃねぇか」

 最低週に1回は、耕介、フリッツ、太志の3人で打ち合わせをしていたが、これにマイケルが加わるようになった。
 マイケルはクルマに詳しいわけではないが、輸送中の品質維持などの面で見識があったからだ。
 場所は、北岸基地。別名、ゴミ屋敷。
 太志が牽引車の案を出す。
「グレイハウンドだけど、船形車体を除けば、基本はトラックと同じ。
 ここにある材料だけで、3台作れる。いや、4台か、5台。
 トラックのシャーシを利用して、キャビン、機械室、荷台の順番になる車輌を作ったらどうだろう。
 キャブオーバーは到底無理だし、ボンネットタイプよりも簡単かもしれない」
 耕介は「確かに荷台は狭くなるけど、運転はキャブオーバー並みだし、機械室を3方開きにすれば、整備も簡単そうだな」と推測する。しかし、賛意を示したわけではない。
 マイケルが「どうして、荷台が狭くなるの?」と問うので、フリッツが簡単なイラストを描く。
「キャビンの後方に機械室、エンジンルームを置くから、その分、荷台が狭くなってしまうんだ。
 もちろん、エンジンはシャーシの上に置くから、機械室はそれほどの高さは必要ないんだけど、上部を塞いでしまうと整備がしにくいんだ。
 スペアタイヤの置き場所も必要だし……。
 基本的には、タトラと同じレイアウトなんだ」
 スペアタイヤが確保できるか、それは4人の検討課題から抜けていた。

 どんな案を出そうが、新造は簡単ではない。
 それと、大型6輪トラックは、5トンと7トン積みを各1台ずつ発見しているのみ。どちらも80年以上前に放棄されている。
 修理は簡単ではないが、不可能ではない。発見はしたが放置した1トン半や2トントラックも回収して、トレーラーの牽引車として使う。
 状態を無視すれば、5台を確保できる。
 ただし、修理できる確証はない。

 シルカと亜子は、イズラン峠の西側でクルマを探すことを主張している。
 確かに、その計画は傾聴に値する。山脈東側よりもさらに乾燥しているので、放棄からの年月が長くてもいい状態を保っている可能性がある。
 太志は「SUVばかりで、準備不足か移住を甘く見ていた連中のクルマだから、使い道はないぞ」と否定的だが、もう一度行ってみる価値はある。
 後輪駆動2軸4トントラックでも、いまは大歓迎だ。川は渡れないが、パワーのあるクルマで牽引すればいい。

 マイケルがドイツの情報を知っていた。
「ドイツは、家族の移住用にシュタイヤーの4輪駆動トラックを推奨してきた。
 多くの家族がこの軍用でも使われたトラックで移住したはず。新造だけでなく、中古や軍の倉庫から引っ張り出したものまで使っていた。
 それ以外には、ウニモグやゲレンデワーゲンが多かったらしいけど、政府推奨はシュタイヤーだった。
 小型だけど、カーゴトラックの積載量は5トンある。
 それにしても、国別だと、ずいぶんと移住者には偏りがある。
 アイルランド、イギリス、ドイツ、日本だけ。なぜなんだろうね?」
 耕介が答える。
「時系列が関係しているように思う。
 たぶん、特定の日時、特定のゲートで時系列破綻があったんだ。俺たちは偶然巻き込まれ、偶然2億年後で出会った。
 時系列破綻が起こる原因はわかっていないし、起きているのかどうかさえわからない。
 だから、深く考えても仕方ないが、俺たちが時渡りした前後50年間での移住者は極端に少ないんじゃないかな」
 マイケルが耕介説に賛意を示す。
「初期は12時間、俺たちが移住を始めた末期は長くて8時間、短いと4時間がゲートの稼働時間だった。
 電力不足で、1時間しか動かせない日もあったらしい。
 最大8時間とすれば、2億年後には91年の差になる。
 コウの説はあり得るね」
 耕介が補足する。
「日本も電力不足で、俺たちの場合はゲートは1時間しか動かず、移住は3分間隔で20組だけだった」
 フリッツが小首をかしげる。
「どちらにしても、わずかな油断で生き残れなくなる。
 当面の目標は、コムギの輸送だ」
 太志が天を仰ぐ。
「誰か、名案はないか?」
 誰にも名案はなかった。

 夕食時、食堂にて。
 ナナリコがフリッツに知らせる。
「魔獣がいたので、はっきりは見ていないのだけど……」
「それで?」
「林、フェミ川北岸の疎林の中にトラックがあった……」
「どのへん?」
「チュウスト村のかなり西、山脈の麓じゃないけど、その近く。
 その頃の私は、北岸の環境に慣れていなくて、魔獣の避け方もわからなかった。
 物資を確保したかったけど、怖くて逃げちゃった」
「4輪?
 それとも6輪?」
「わからないけど、2トン車くらいの大きさだったかも。
 それと、正直なところ、クルマかどうかもはっきりとは……」
「それを探しに行こう。
 一緒にこれる?」
「いいよ。
 守ってくれるなら……」

 ナナリコの証言は、耕介だけでなく、フリッツも「何かの見間違いじゃないか」と考えていた。
 2人とも、フェミ川北岸について、自分の手のひらと同様に知っているからだ。

 ナナリコの指示で、フェミ川南岸の道が行き止まりになるまで走らせる。5日の行程だ。
 使っているクルマは、牽引力が強い6輪を4輪に改造したビッグフット。M939をショートシャーシに改造した巨大なピックアップトラックだ。

 耕介は健吾の意見から、森には入らないようにしていた。幻獣類は哺乳類同様、多様な進化を遂げており、森林性、樹上性、草原性など広範な生息域に適応している。
 だが、2億年前の哺乳類ほどの種はいない。適応放散が弱いのだ。
 森の中にもネズミから中型犬くらいの大きさの幻獣類が生息しており、主観ではあるが哺乳類と違って気味が悪い。
 草原性の大型種は、禍々しさ以外何も感じない。
 この感情は、哺乳類と幻獣類の間にガウゼの法則が働くからだ、と健吾は言っていた。
 幻獣類の個体数が多い森には、入りたいとは思わない。
 それに、どんな種がいるかわからないので純粋に危険だ。

 草原に遺棄されている車輌でも、地上からも、上空からも、どちらからも発見しにくい。
 木々に囲まれた状態となると、発見は完全な偶然しかない。
 その完全な偶然で、ナナリコはトラックを見たという。

「行き止まりだぞ」
 運転する耕介の言葉に、助手席のナナリコは動じない。
「ここから歩き」
 耕介が驚く。
「ウソだろ?
 森に入るのか?」
 ナナリコが微笑む。
「そうよ。
 そのくらいのことをしないと、物資は手に入らなかったの。私の場合は……」
 耕介の腰は、完全に引けていた。
「俺、完全にビビッてんだが、本当に大丈夫か?」
 ナナリコが平然と言う。
「ここは危険。
 私が逃げ出したくらいだから。
 もし、魔獣が現れたら、森に逃げ込んでね」
 フリッツが「ナナリコ、軽く言うなよ」と震えた声を出す。
 マイケルは、幻獣類についてはよく理解していない。健吾の死のいきさつは知っているが、動物がヒトを襲うことは珍しくない。
 だが、全長5メートル以上、体重推定3トン以上のクマのように立ち上がる怪物を見たら、誰だって震え上がる。
 魔獣は雑食だが、プレデターであり、スカベンジャーでもある。図体の割りに動きが速い。
 これだけ大きいと、7.62ミリNATO弾1発では仕留められない。致命傷を与えることは至難。12.7ミリ弾なら可能だが、そんな大口径銃をヒトは持ち歩けない。
 だから、魔獣、聖獣、妖獣、神獣と出会ったら逃げるか隠れる。出会わないようにする。
 これしかない。
 この法則を、ナナリコの誘導で耕介たちは破ろうとしている。
 そのナナリコだが、ススキのような穂ある草を片手に持ち、揺らしながら優雅に歩いて行く。散歩道のように。銃を持たずに。

 ナナリコは突っ立っているのに、男3人は身をかがめて草原を見る。
「あれ」
 ナナリコが丈の高い穂のある草で方向を示す。フリッツが反応する。
「あぁ、確かにクルマがある。
 何だぁ?
 トラックかな」
 ナナリコが説明する。
「もう何年も前、見つけたのは。
 草原の真ん中に魔獣がいて、妖獣とにらみ合っていたから、逃げたの」
 そんな場面に出くわしたら、誰でも逃げる。
 ナナリコが森の縁から草原に出て、突っ切り始める。草丈は膝ほど。
 男3人が屁っ放り腰で続く。

 きれいな楕円形をした草原は、全周を森で閉じられていた。森は木々の密度が粗く、下草がほとんどなく歩きやすいが、視界はよくない。
 草原を斜めに突っ切り、森林ではなく疎林に踏み込む。
 耕介が見たままを言う。
「トラックだ」
 マイケルが車種を特定。
「シュタイヤー12M18だ。
 5トン積みの4輪駆動トラックだ。どこかの軍でも使われていたはず」
 耕介が説明する。
「改良型をアメリカ軍が使っているし、オーストリア軍でも制式だよ。
 いいものを見つけたが、何年前のものなんだ?」
 フリッツが耕介の背を叩く。
「耕介、あれ!」
 マイケルが即反応。
「もう1台あるぞ!」
 興奮しているのに、妙にヒソヒソ声。魔獣が怖いからだ。もちろん、他の幻獣類も怖い。
 しかし、ナナリコは普段と変わりない。

 4人は4輪トラックを見ていた。
 マイケルが「フロントウインドが真っ平らだね」とフロントウインドウの真ん中にピラーがある無骨なキャブオーバートラックに驚いている。
 耕介は「ザウラー6DMだ。スイス軍でも使われたけど、塗装から民間のクルマだな。軍用の払い下げかもしれない」と。
 フリッツは移住の時期に注目。
「2台とも状態に差がない。
 たぶん、1年か2年か3年か、その程度の差でここに捨てられたんじゃないかな。
 30年から50年前といったところかな。
 ドアのマークが同じだから、同じグループだったのだろう」
 耕介が「どうやって、持って帰る?」と問うと、ナナリコが事もなげに「まず、森の中に道を造って、次に森から出せばいいの」と。

 2台とも燃料が残っていなかった。シュタイヤーの燃料タンクは200リットルも入る。完全に空でこちらのほうが放棄が早い。
 遭難信号の発信器を積んでおり、電源は太陽光パネルだった。数年間信号を発信し続けたために、ザウラーを呼んでしまったのだと推測できる。

 マイケルが断定的に推測する。
「ドイツの連中は、仲間の居場所を知らせる方法をいろいろと考えていたようだね。
 ビーコンの発信器や今回は遭難信号だ。無線だけじゃ、不安だったんだな」
 ナナリコが荷台を見た。
「私たち流の言い方なら、巨大バグトラックね。
 荷台で、寝泊まりできるようになっている。キャンピング仕様にすれば重くなり、路外走行性能が落ちちゃうから、幌のほうがいいんだよね」
 フリッツは別の見立てをする。
「キャンピング仕様に改造する時間と資材がなかった可能性もある」
 荷台部には木製のテーブルやベッドが設えてある。親子4人が生活できるようになっている。
 耕介は、ほこりっぽさしかないが、その情景がもの悲しく感じる。南に向かえば直線距離だが20キロでフェミ川に達する。
 北岸から暖房や炊事の煙が見えるはず。エルフの土地に達すれば、生き残る術はあったかもしれない。
 だが、それ以外の方向には死しかない。
 耕介は、いたたまれない気持ちになる。

 チェーンソーは小型が1台。これで、森を切り開く。巨木はなく、幹は最大でも直径30センチ程度。樹高は7メートル内外。
 2億年前のシラカンバに似ているが、被子植物ではない。植物も進化したのだ。
 つまり、2億年後は、動物相だけでなく、植物相も変化してしまっているのだ。
 結果、2億年後の環境では、ヒトを含む哺乳類は生存できない。食べるものがないからだ。既知の植物はなく、未知の植物から食用になる種を探すことは簡単ではない。

 耕介が森の木々を切り倒し、太志がビッグフットで、森の外に引き出していく。
 通路を作るのに、丸1日かかった。

 タイヤに空気を入れ、トランスミッションをニュートラルにする。ハンドブレーキを解除し、まずはシュタイヤーから引き出す。
 80メートル離れているザウラーは、別の通路を切り開かなければならない。
 これにも1日かかる。
 大工事だが、欲しいものを得るには仕方がない。

 工数4日で、2台のトラックを草原に引き出す。
 発見時に呼んだウニモグを亜子が運んできた。
「ビックリだねぇ~」
 これが、シュタイヤーとザウラーを見た亜子の感想だった。
「ボロボロだけど、修理できるの?」
 亜子の質問に近くにいたフリッツが答える。
「見かけほどひどくはないよ。
 森の中にあったから、落ち葉とかがひどい汚れの原因になっているけどね。
 内側と外側を洗って、エンジンを普通に整備すれば、たぶん動く」
 亜子が感心する。
「健吾も、こういうことしてたんだね」
 フリッツが空を仰ぐ。
「そうだね。
 健吾と耕介の努力に感謝すべきなんだ。
 俺たちは……」
 亜子がフリッツを見る。
「半分賛成だけど、半分反対。
 あの2人のことだから、ビール見つけたら隠匿したに違いないよ」
 フリッツが笑う。
「それくらい許してやれよ」
 亜子も笑う。
「ヤダね」

 フロントウィンドウの汚れは、草原に放置されていた車両と比べて、はるかに落ちにくかった。
 水で濡らして拭くしかないのだが、その水が少ない。飲料水20リットルを持参していたが、この4日間でほとんど飲んでしまった。
 亜子が空のジェリカンにフェミ川の水を汲んできたが、この油臭い水がなければ前方が見える状態にはならなかった。
 それでも、かなり視界が悪かった。

 牽引ロッドで不動車をつないで、ビッグフットとウニモグがシュタイヤーとザウラーを移動させる。
 出発の前、耕介が全員に告げる。
「この2台は、見られたくない。
 誰にも。
 クルナ村とその周辺は、長らくエルフの商人の言い値でコムギを売らなければならなかった。
 ホルテレンに運べないからで、運んでも売る手立てがなかった。
 それはひまわり油も同じだったけど、俺たちがホルテレンに行き売って見せた。だから、今度はコムギに期待がかかってんだ。
 エルフの商人がクルナ村のコムギの買い入れを拒否したら、ドワーフやヒトの商人が買い付けにやって来た。
 この動きだけで、コムギの買い付け価格が高騰したんだ。
 誰もが、期待しているんだ。
 運ぶ方法があれば、コムギはもっと売れる。エルフの商人は荷馬車を使うけど、ヒトとドワーフの商人は蒸気車、トラクションエンジンを使う。
 我々は、ディーゼル車だからもっと効率がいい。我々の自力で運べるようになれば、買い付け商人に対して対等になれる。
 そのことを農民も知っているんだ。
 だから、無用な期待をかけないように、動かないトラックは隠しておきたいんだ」
 誰にも異議はない。

 ヒトと近縁種は、2億年後の環境においてガウゼの法則(競争排除則)の影響下にある。
 負ければ絶滅。
 その前に、エルフ、ヒト、ドワーフの三つ巴の経済競争に生き残らなければならない。
 過去、エルフの農民は、畑を耕し、収穫し、買い叩かれて終わりだった。
 しかし、健吾がそれを変えた。ひまわり油をホルテレンに運んで、大きな利益を上げて見せた。
 耕介は、それをコムギにも適用させようとしている。まずは軋轢の少ない陸送で。しかも商品性の低い品質のものを使う。
 この作戦の成否は、まだわからない。
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