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第3章 競争排除則

03-027 山脈の西側

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▲タトラ813 8輪駆動トラック(Wikipedia_Public_Domainより転載)

 ドワーフの老商人は、軽油800リットルを用立ててくれた。軽油とガソリンは彼の主力輸出商品で、2キロリットルのタンク車を連ねてヒトの土地に定期的にやって来る。
 軽油のドラム缶への移送は、手回しポンプでは2時間近くかかってしまった。
 亜子の乱闘を目撃していたドワーフたちは、口々に「早く立ち去った方がよい」と助言する。
「ヒトの内陸の商人は、略奪や強盗はもちろん、殺しも平気だ」

 耕介はスカランに「愚策かも知れないが、好むか否かにかかわらずバッキーズの長城の西に逃げる以外になくなった」と告げる。
 スカランは「イズラン峠を越えなくても、長城の西に行けば追っては来ないだろう」と賛成する。
 シルカが「しばらく隠れる、という手段もある。それと、いざというときは戦いやすい」との見解を示す。
 耕介は「そうだな。隠れる、逃げる、避ける、何でもいいが戦闘はしない」と決意する。

 バッキーズの長城の内側に沿った道は、意外なほど整備されていて、道幅が広く快適だった。
 この道は南北を貫く唯一の公路で、この道を進む限り、誰何されないし、いわれのない通行税を課せられることはない。
 耕介は「トラブルを避けるにはこの道だな。西に行けば行くほど、内陸の影響が薄くなる。どの国も内陸の国ともめたいと思ってはいないが、同時に民衆は内陸の民を嫌っている」と分析する。
 それを、助手席のシルカは無言で聞いている。

 バッキーズ公路を南に60キロ進むと、巨大な門が姿を現す。
 門は開いていて、地元の農民が盛んに行き来している。
 耕介はもっと寂しい土地だと想像していたのだが、そうではなかった。
 そして、城門の西側には広大なソルガム畑が広がっていた。
 城門の兵から「道から外れるな。作物は踏むな。俺たち西辺人の大切な食い物なんだから」と注意される。
 城門の兵は規律正しく、賄賂を要求したりしなかった。門兵は西辺各国が精鋭を派遣しているようだった。
 それだけ、トロールに対する危機感があるのだ。

 長城の西側には畑しかなく、村や集落はない。
 長城の城壁とソルガム畑の間を南に向かう。
 小川の畔でキャンプすることに決める。
 山脈からの流れは、地下水路に導かれ、長城の東に流れていく。この地下水路は、長城と同様にヒトが作ったものではない。
 種族がわからない先住の誰かの作だ。
 そして、小川の南に畑はない。荒野が広がるのみ。
 耕介たちは小川を渡り、荒野を西に10キロほど進む。
 平地を見つけて、ここでキャンプすることにする。

 兄妹は怯えていて、妹は兄にしがみついている。
 夕食ができるまでの時間は少しあるので、亜子が兄妹にクッキーを差し出すと、2人は恐る恐る1枚ずつ手にする。
 非常食なので甘く作っているが、それが気に入ったらしく、亜子が促すとさらに1枚を受け取った。
 亜子はヒトの言葉を解さないので、兄妹とのコミュニケーションは行動で示すしかなかった。
 アカハイとスカランはヒトとドワーフの言葉を解すので、兄妹に声をかけるがいい反応ではない。
 ただ、怯えは少しずつ解消されていた。
 妹は好奇心旺盛で、何にでも興味を示す。内陸の商人に見つかってしまった理由は、彼女の好奇心だったらしい。
 彼女は一番優しそうなアカハイに、夕食前にはついて歩くようになる。
 兄はトルペドに幌をかける作業を手伝ってくれた。

 兄はヨナーシュ。
 妹はマフレナ。
 内陸の出身で、両親は行商だった。旅の途中、賊に襲われたが、両親の機転で兄妹だけ逃げ切った。
 両親は殺された。その様子を兄は見ていた。犯人の顔も見ているとアカハイに告げている。

「騎馬が20。北から来る!」
 太志の警告で、一斉に緊張が走る。
「軍じゃないな」
 装備から耕介がそう判断するが、完全武装であることに変わりはない。

 アカハイはマフレナを自分の背に隠した。ヨナーシュは石を拾い、戦う意思を示す。
 亜子が殴った女性商人が馬上から命じる。
「娘と女を渡しな。
 そうすれば、生命は助けてやる」
 シルカと亜子が顔を見合わせて失笑する。
 耕介はウンザリした顔をし、太志は天を仰ぐ。
「何がおかしいんだい!」
 鼻が倍近く腫れ上がった女性商人が怒声を発する。
 耕介が答える。
「暴力沙汰は困るんだ。
 殺すだ、殺されるだ、は好かない。
 おとなしく、長城の東側に消えるんだ。
 20人そこそこで、俺たちと戦おうなんて、狂っているとしか思えない」
 太志がホルスターからパイソンを少し浮かす。亜子がH&K G3のコッキングボルトを引く音を派手に上げる。
 シルカはエルフの戦士には似つかわしくない、ミリタリージャケットのファスナーを下ろす。左脇のリボルバーを抜きやすくするためだ。

 突然、ヨナーシュが声を発する。
「あいつだ!
 あいつが父さんと母さんを殺した!」
 指差す先の男が笑う。
「だから、何だ?」
 ヨナーシュが手にしていた石を投げる。男が軽く避け、怒気をはらんだ顔でにらむ。
 そしてウマを降りる。
 女性商人が男に「ガキのほうはいい。娘だ、娘を連れてこい。あの器量だ。いい値で売れる」と男に告げ、男は「ママの言い付けだ」と歩み寄った。
 ヨナーシュは恐怖で凍りついた。

 耕介には止める手段がなかった。
 亜子は気が短い。シルカも気が短い。太志はそうではない。だが、太志を怒らせたら、亜子やシルカよりも怖い。
 太志がパイソンを抜く動作は、真横にいた耕介には気配すら感じなかった。
 ウマから降りた男は、両膝と両肩に38口径スペシャル弾計4発を受けて、仰向けに倒れた。
 生きてはいるが身動きできない。
 女性商人が悲鳴を上げる。

 亜子とシルカが銃口を向けて牽制する。
 スカランがヒトの言葉で叫ぶ。
「死にたくなければ動くな。
 おまえたち全員を一瞬で殺せるぞ!」
 亜子が耕介の前に出て、G3の銃口を女性商人に向ける。
 亜子がエルフの言葉で命じる。
「このババァは、私がもらった。
 おまえたちは壁の東に行け。死にたければ残れ。このババァは、私がたっぷりかわいがってやる。生きていることが悲しくなるほど、遊んでやる」
 1人が剣を抜こうとする。
 シルカが撃った。太志ほどではないが、抜くのが早い。撃たれた男が剣を落とし、肩を押さえる。
 亜子が空に向けて、威嚇の連射をする。護衛の男たちは、負傷者を回収し、女性商人をその場に残して、踵を返した。

 アカハイが作りかけのスープをムンゴに運ぶ。
 亜子が女性商人の首に鎖を巻く。ゴツい南京錠で止め、もう片方を枯れ木に巻く。これも南京錠で止める。
 2つの鍵を、力一杯遠くに投げる。

「どうするんだ?」
 女性商人は怯えていた。
「ここに置いていく。
 運がよければ魔獣が来て一撃で殺してくれる。運が悪ければ、干からびるまで生きている。もっと運が悪ければ、魔獣に生きたまま食われる」
 女性商人は「ヒッ」と声を発して、押し黙った。
 マフレナが女性商人に石を投げようとしたので、アカハイが止める。
「ダメよ、そんなことをしたら。
 元気な方が長く生きるから」

 キャンプを撤収し、さらに西に進む。明らかな勾配を感じるまで進み、日没後の暗がりに包まれて、キャンプの準備をする。

「イズラン峠への入口だ。
 間違いない」
 太志がスマホの画像を見せる。
 全員がその画像を見て、眼前の風景と同じことを確認する。
 マフレナはスマホのカメラで、記念撮影をしてもらい、それが嬉しかったのか、太志に何度も「見せて」とせがむ。
 太志はヒトの言葉を話すし、子供の相手も慣れているので、アカハイの次に懐かれていた。

 ヨナーシュは、クルナ村の生活をスマホで見て、衝撃を受けていた。広大な麦畑。壮大なヒマワリ畑、大きな家に、たくさんのクルマ。
 風呂というものも初めて見た。池に湯を入れ、肩までつかり暖まると聞いたが、想像さえできなかった。

 太志が説明する。
「俺は、この峠を越えるのに1週間かかった。
 高度計では、最高点は1200メートルだった。傾斜自体は急ではないが、道がない。ルートを確認しながら進まないと、身動きできなくなってしまう。
 今回は逆からたどるので、前回の経験は役に立たないと思う」
 耕介が気にしているのはトラックの存在だった。
「本当にクルマはあるのか?」
「あぁ、西側の登坂口付近に何台かあった。クルマだったことがわかる残骸と、形が残っているもの。
 タトラの8輪は動きそうだった」
「タトラの8輪?」
「あぁ、よく登ってこれたものだと思うくらいの場所にあったよ。
 たぶん、そこにたどり着く前に小型の車輌を手に入れていたんだと思う。
 土漠地帯には、燃料切れや全輪パンクで捨てられたクルマが点々とあったからね。
 多くはないんだけど……」
 耕介が峠を越えたあとのルートを気にする。
「西麓に出たあとは?」
 太志が少し考える。
「土漠には鋭い角がある頭大の石が無数にあるんだ。
 こいつがタイヤを傷付ける。
 だから、西麓の森と土漠の境界付近を進めばいいと思う。
 森の中は進めない。木の密度が濃いし、地面が泥濘んでいる。
 それに、トロールがいるかもしれない」

 耕介は、ルートの探索にドローンを使った。この便利な機械を太志は持っていなかった。
 ルートを選定すると、亜子とシルカがトルペドで先行し、走行可能と判断するとトレーラーを牽引するムンゴが続く。
 この時点で、トルペドが牽引していたトレーラーはタイヤを外して遺棄していた。トルペドには軽量な物資だけを積み、身軽にする。

 最高点には3日で到達。
 この間、まる2日、豪雨に遭う。
 山脈東麓以東はほとんど雨が降らないので、エルフと兄妹は非常に怖がった。いつもクールなシルカの目が泳ぐ様子は、滑稽だった。

 雨水が穿った渓谷はV字谷ではなく、大河の河原のように広い。川が地面を削り、谷が深くなり、何度も崩落し、河床が広がり、さらに山を削り、また崩落し、さらに渓谷の拡大を繰り返して、峠を形成した。
 この山脈の南北距離は不明だが、ヒト、エルフ、ドワーフが知る限りでは、似たような地形はない。
 ただ、誰も使わない。天候が変わりやすく、年間の半分は雨、雨は滝のように降る。
 それに、西には何もない。誰も住んでいない。

 峠を越えると、風景は一変する。河原のような路面から、細かい岩屑が積み重なったガレ場のようになる。
 水はない。
 西麓にも森はあるが、東麓の森と比べたら、はるかに貧弱。幅は3分の1以下。4分の1程度の場所もある。
 川や湖はまったく見えない。
 彼方まで土漠が広がる。生命は何もないように思える。
 シルカが「殺風景だな」と表現したが、その通りだ。生命の息吹が感じられず、殺伐とした光景だ。

 太志が指差す。
「あれだ」
 耕介が光学双眼鏡を覗く。焦点を合わせるのに、少し時間をかける。
「確かに大型トラックだ!
 下るのに、どれくらいかかる?」
「わからないな。
 2日か3日……。
 東側と違って、勾配が急だからな。用心して下りないと。それに滑る」
「石で?」
「そうだ。
 折り重なった石は脆く、簡単に動く。水に浮いているような感じだ。
 正しい表現じゃないが、流動性がある感じだ」
「厄介だな。
 クルマには」

 2億年前のことだが登山の経験がある亜子が先導して、シルカ、アカハイ、スカラン、ヨナーシュ、マフレナが徒歩で下ることになった。
 そのほうが安全だからだ。
 耕介と太志の2人が生命を張って、ムンゴとトルペドで下る。
 車体と積み荷が軽いトルペドが先行し、車間を開けてトレーラーを牽く満載のムンゴが続く。

 太志が「雪の上以上にブレーキが使えない」と無線で伝えると、耕介は「雪の上?」と疑問に思う。
 雨が降らないのだから、雪も降らないはずだからだ。
「ドワーフの土地にカザルマン渓谷という場所がある。そこに何度か行った。真冬にね。
 そこは雪が降るんだ」
「仕事で?」
「あぁ、揚水用エンジンポンプの修理で……。
 ヒトが作った古い焼玉エンジンなんだが、よく働くんだ。
 地下水脈が深くて、このエンジンポンプがないと地上まで水を汲み上げられないんだ。
 僻地中の僻地だが、ギャラはよかったよ」

 その後も2人は延々と会話する。クルマが滑らないようにする。耕介は一度ズルズルと滑り出してしまい、危うく滑落するところだった。
 東側は、走りにくいし、巨大な岩に進路を塞がれたり、段差を乗り越えることに苦労するが、死を覚悟するようなことはなかった。
 しかし、西側は違う。単調だが、生命がけだ。
 下り始めの最初の夜は、緩い傾斜のガレ場にテントを張った。
 クルマは速度を出せず、徒歩のほうが速い。ルートはΣ字の連続で、斜面に対してほぼ直角に進むこともある。
 このときが一番怖い。

 キャンプの適地は亜子たちが探し、食事を作りながら待つ。

 下り始めて3日目の昼、ついに大型トラックにたどり着く。
「確かにタトラだな」
 耕介の感想に太志が呟く。
「なんで、2台あるんだ?」
「なかったのか?」
「あぁ、俺が見たのはあっちの1台だけ」
 太志が見たというタトラの8輪トラックはダブルキャブで、塗装から民間車輌らしい。
 少なくとも軍用車の塗装ではない。
 もう1台はシングルキャブなのだが、キャブが装甲されている。152ミリ装輪自走榴弾砲の砲塔を撤去して、輸送車に改造したらしい。
 どちらにしても、路外性能に定評のあるタトラ8輪駆動車だ。

 太志はダブルキャブのタトラを見つけた際、荷台を調べたが運転席は見なかった。荷台には何も残されていなかった。
 重量なら20トンは運べるだろう。何を積んでいたのかわからないが、方法はどうあれすべてを運んだようだ。
 荷台の幌の中には、50人分の簡易座席がある。これなら、ヒトと物資を同時に運べる。木板の上に座席を並べ、木板をワイヤーで固定している。
 もう1台も同じ造作だ。

 タトラが2台に増えた理由がわかった。
 キャビンのルーフ上にトランスポンダがあった。バッテリーはすでに切れていたが、1年以上作動できたはず。
 これで、仲間のクルマを呼んだのだ。
 先行のタトラが向かった場所を知らせる方法もあったのだろう。

 車体は前後に傾斜しているので、燃料の残量が正確にはわからない。
 だが、タンクに燃料が残っていて、1台でもエンジンが始動すれば持ち帰ることは不可能ではない。

 耕介と太志は3日かけて、2台のエンジンの始動に成功する。

 亜子とシルカが先行。2人がムンゴとトルペドを運転して下山する。
 西麓の森の厚みは2キロから3キロ程度。イズラン峠への入口付近は、幅3キロで森が途絶えている。
 森の中にトロールがいるのかもしれないので、南北の森の中間を高速で進む。
 亜子たちは、森から西に10キロ以上離れて、耕介と太志を待つことになっている。

 耕介と太志は、4キロ近くをバックで進み、20トン以上の積載が可能な巨大な8輪トラックを切り返せる場所まで移動する。

 全幅2.5メートル、全長9.5メートル。巨大さに圧倒される。
 15年以上放置されていたクルマだが、車体はもちろん幌もあまり劣化していない。雨が降らず、乾燥していて、谷間で太陽光が強く当たらないことが影響しているのかも知れない。

 タトラのグループのことがわかった。装甲トラックのほうに英語で書かれたメモが残されていた。
 亜子がエルフの言葉に翻訳する。
「彼らは、6台でやって来た。全部、タトラのトラック。
 ゲートには1分間隔で入った。運転には自信があったみたい。
 最初は8輪。4輪が2台、6輪が2台、8輪の順。
 全台が揃うのに1年かかったって書いてある。計算でそうなるよね。慌てて動き回りたくなるけど、彼らはそうしなかった。
 膨大な物資を持っていたから、西麓で1年間粘れたんだ。それとトランスポンダ。あれがあるから、仲間の居場所がわかる。
 4輪トラックで偵察し、東麓に達し、ヒトの生存を確認した。だけど、思っていたような世界ではなかった。
 食料が確保できない西麓では生き残れないから、山脈越えを決心したみたい。
 4輪と6輪駆動車は山脈を越えられたけど、8輪車は無理なので、あそこに置き去りにしたようね。
 太志は、タトラの山越え作業の最中に峠を通ちゃったのかも。
 物資をすべて移動するのに2年かかったとも書いてある」
 耕介が「現在の居場所は書いてある?」と尋ねると、亜子は「それはないね。私でも知らせないかな」と答えた。
 太志が「当然だな。尋ねてこられても困るからね」と苦笑いする。
 耕介が話題を変える。
「他にもトラックはあるの?
 4輪でも、6輪でもいいんだけど……」
 太志への問いなのだが、太志は答えに窮する。
「あるだろうし、見てもいるし、調べもした。
 だけど、ガス欠になってしまう程度の準備しかしていない連中のクルマなんて使えないぞ」
 耕介には違う考えがあった。
「普通のトラックでいいんだ。
 いや、普通のトラックがいいんだ。未舗装だが、道を走るのだから……」
 太志が考える。
「思い出そうとしているんだが、意外かもしれないが記憶が曖昧なんだ。
 4輪駆動トラックしか見ていないように思う。ボルボのC306とかがもしあったら、乗り換えていたかもしれないし……。
 何となくわかることなんだが、4輪駆動=悪路走破性が高い、と理解してしまっていて、悪路走行と路外走行の違いがわかっていない移住者がかなり多かったんじゃないかと思う」
 それは、健吾も語っていた。耕介は、またも健吾の面影に心が乱れる。
「2トンクラスのトラックでもいいんだが……」
「2トンのショートで、後輪がシングルなんてほとんど入手できない。
 どこの国でも……。
 むしろ、日本のほうが手に入るんじゃないかな。キャンターとか、タイタンとか、エルフとか……」
 エルフの単語にエルフが反応する。
 それを見て、太志が微笑む。
「北に向かう途中で、見つけたら調べればいいんじゃないか?」
 耕介は「その通りだな」と納得する。

 タトラ8輪駆動トラックを整備し、車内を清掃し、窓を拭いて、燃料を入れる。
 そして、各車荷台にムンゴとトルペドを1台ずつ積む。
 ラダーの代わりに、タトラが積んでいた板から座席を外して使った。板が4メートルと短いことから、凹地を探したり、土を盛ったりで、かなりの重労働を強いられた。

 しかし、走り出せば一切を寄せ付けない迫力で、荒野を進む。

 この頃には、兄妹は抱き合って怯えるようなことはなくなった。2人は離れることも多くなり、作業をしていると兄が「手伝わせて」と声をかけるようになった。
 妹は片言だが、エルフの言葉を話すようになっている。

 問題は、手持ちの燃料で帰還できるか微妙なことだ。
 400馬力の6気筒ディーゼルは大飯食らいで、路外走行は燃費には最悪の条件だからだ。
 ただ、地面が固くて走りやすく、幅2メートルくらいの地面の亀裂なら長大な車体長と8輪の威力で乗り越えてしまう。
 無謀に飛ばさなければ、順調に前進できる。
 しかし、荒野を爆走する快感は病み付きになる。気付けば、スピードを出しすぎている。
 だから、頻繁にスピードメーターを見なければならない。

 北に向かって走り続け、いまでは東に山脈が見えない。
 この地点から、東に向かう。この付近の環境はわかっていないが、地面に湿気があり、泥濘む可能性がある。乾燥した草原は、もっと東だ。
 アクセニの対岸にたどり着ければ、その先はどうにかなる。
 山脈沿いに1200キロを6日で走破したが、東に転じてからは1日20キロから30キロ進むのがやっと。
 そして、10日あれば、フェミ川北岸に達することができる。
 重要なことは、無線が通じること。高いアンテナを立てて、30分間呼び続けたらナナリコが応答した。
 山脈の西側に向かうことは伝えていたが、無線が途絶えた日数が長く、館では捜索隊の編制を進めていた。
「燃料がなくなりそうなこと以外、問題はない」
 耕介の声を聞いたナナリコが涙声になった。

 フェミ川を渡り、南岸沿いの道に這い上がる。河岸段丘を無理矢理登坂した。
 燃料を節約するためだ。路上に出る直前、川の中州で最後の燃料補給をする。タンク内の燃料で、アクセニの西側境界までたどり着けるか微妙だ。
 数キロ手前でガス欠だってあり得る。
 この地域は、シンガザリに恭順していないが、侵略者の勢力圏から完全には抜けていない。
 シンガザリと東エルフィニアのパトロールが、たびたび衝突している。

 装甲タトラが先導し、非装甲タトラが後続する。
 耕介は前方から高々と団旗を掲げるシンガザリ軍中隊と出会う。
 耕介車とシンガザリ中隊の間には、藁束らしい積み荷を満載した荷馬車が、必死に方向転換しようとしている。
 農民の必死さを知らないウマは、駄々をこねる。荷馬車には若い女性が乗っている。
 シンガザリ軍に出くわせば、彼女がどうなるか容易に想像できる。
 若い女性が耕介に必死に手を振る。
 父親も巨大なタトラに気付く。

 耕介は、少しだけアクセルを踏む。
 荷馬車の横に付けると、耕介は農民の親父さんに「このクルマについてくるんだ」と伝える。
 藁を積んだ小さな荷馬車が、巨大な8輪トラックに挟まれて、シンガザリ軍に近付く。
 荷馬車の速度に合わせて、ごく低速でシンガザリ軍に接近していく。

 シンガザリ軍の指揮官は恐怖で顔が引きつっていたが、それを悟られまいと先頭を進んだ。
 彼は、こんなに大きな乗り物を見ることは初めてだった。

 助手席に座る亜子が余計なことをする。
 ドア開けて身を乗り出し、先頭の指揮官に怒鳴る。
「そこのシンガザリのクズ、さっさとどけ、ボケ!」
 耕介がエンジンを空ぶかしし、マフラーから黒煙が吐き出されると、シンガザリ軍が道の左右に分かれ、進路を開けた。

 この様子は、畑にいた農民たちが見ていた。もちろん、亜子の暴言も聞いていた。
 亜子の罵声を聞きながら、耕介は「住むべき場所に帰ってきたな」と独り言ちていた。
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