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第2章 東エルフィニア

02-017 麦畑の戦車

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 成果のない北方調査から耕介と健吾が戻ると、彩華、シルカ、フィオラから罵倒された。
 結果として、貴重な燃料を浪費し、遊び回っていたのだから、批難は当然なのだが、亜子、心美、エルマ、レスティから「かわいそうだよ」と同情される始末。
 モンテス少佐が「まぁまぁ、そんなに言わない。男なんてこんなもんなのだから……」と哀れなフォローがあって、どうにか収まった。

 耕介と健吾は、この程度では落ち込んだりはしないが、成果がなかったことについては、どう総括すればいいのか戸惑っていた。

 帰着の翌日夕方、フィオラの父親がキャンプを訪れた。健吾は耕介の説明を受けていたので、いままでとは違う目線で彼を見ていた。「コウ、頼みがあるんだが」
「何です?
 親父さん」
「いや、北西の村から頼まれたんだが、とにかく重い鉄の塊があるらしい。
 畑の真ん中に陣取っていて、耕作の邪魔になる。
 これを、取り除いてくれって、頼み事なんだ」
「鉄の塊なんて、動かせませんよ。
 地上よりも地中のほうが大きいかもしれないし……」
「いや、埋まってはいないらしい。
 地面に載っかっている状態だ」
「親父さん、まさか、もう引き受けたんじゃないでしょうね?
 安請け合いしちゃいないでしょうね」
「いや、引き受けた。
 コウにやらせると約束した。
 うちの婿は怪力の道具を持っているって、言っちまった」
「フィオラに怒られますよ」
「だから、黙っておまえがやればいいんだ!
 これは、命令だ!」
「命令される謂われはないけど」
「コウへの俺の命令は、お願いと同じ意味だ。
 そんなこと。知っているだろう」
「とりあえず、見てみるけど、無理だと判断する可能性もあるよ」
「無理とは絶対に言うな!
 無理な場合は、誤魔化せ!」

 刈り取りが終わった麦畑。
 巨大な金属塊が取り残されている。
 アクセニの小集落で、村はシンガザリへの恐怖から東エルフィニアへの参加を躊躇っている。
 一方、この集落はシンガザリへの恐怖から東エルフィニアへの参加を単独で決断した。これは村からの離脱を意味し、非常に大きな決断だった。

「耕介、あれは何だと思う?」
「う~ん、たぶんだが……。
 アルヴィス・ストーマーにスコーピオンの砲塔を載せたんじゃないかな」
「戦車か?」
「いや、歩兵戦闘車の類だろうが……」
「何か、疑問?」
「健吾、あんな車輌はない。
 存在しない。
 が、存在する。
 ならば、誰かが作った。たぶん、民間人が作った。2億年後で生き残るために……」

 フィオラの父親が耕介に不安な目を見せる。「動かせるか?
 ウマ12頭で牽いても動かなかったそうだ」
 集落の農民がざわついている。理由ははっきりしている。動かせない金属塊と、耕介たちが乗ってきたFV106サムソンがよく似ているからだ。
 理由は明快。どちらもFV101スコーピオン系列のアルヴィス製装甲車輌で、ストーマーはサムソンの原型となるFV103スパルタンの車体延長型に近い。

 健吾が耕介に「20トンはありそうだ。サムソンじゃ牽引できないだろう?」とほぼ断定的に問う。
 耕介は健吾の疑念に直接は答えなかった。
「車体は軽合金製だ。塗装が褪せてはいるけど、それほど剥げていない。
 それに鉄の部分もひどく錆びているわけじゃない。
 比較的新しいのかも……」

 その民間人が改造したと思われる装甲車は、8輪のトレーラーを牽引している。
 独特なサスペンション形式で、1本のコイルスプリングで4輪を懸架する2輪連動のボギー式だった。
 トレーラーは完全な貨車で、容量1キロリットルの樹脂製タンクを積んでいる。耕介は当初、この樹脂タンクが飲料水用だと考えたが、蓋を開けると油の臭いがする。燃料タンクだった。
 積み荷の多くが残っていて、使えるものは村が村民に分け与えていた。

 装甲車が麦畑に現れたのは、ムギの背が最も高くなる季節だった。
 多くの村民が記憶している。
 正確に12年と2カ月前。
 装甲車は夜中に麦畑に立ち入り、燃料がなくなって乗り捨てられた。
 近くの農家の畑から収穫間近の野菜が盗まれた事実もある。
 ここまでたどり着いた何人かは、装甲車を捨てて、徒歩でどこかに向かった。

 健吾が「戻ってくるつもりじゃなかったのかな」と推測する。
 耕介が「あぁ、間違いない。後部乗降ドア以外のハッチは、すべて内側からロックされている。
 後部のハッチは、昔ながらのキーロックだが、こんなものは軍用車にはない。こういった設備は後付けされたんだ。
 ドリルを持ってきてくれ、鍵穴をぶっ壊す」と答える。
 健吾は「なるほどね。戻るつもりだから、施錠したわけか」と納得する。
 同時に言葉にはしなかったが、燃料を探しに行ったのだと推測する。
 軽油はない。エルフの領域では軽油の入手はできない。

 キーの破壊には、結構な時間を要した。意外なほど頑丈なのだ。
 内部からのハッチのロックを含めて、いろいろと改造されている。
 耕介は作業に集中しすぎて、気付いていないが、健吾はかなりの時間を要したが異変を察知していた。
 こういった作業をしていると、必ず子供たちが集まってくるものだ。男の子は、好奇心に負けて近寄ってくる。
 追い払っても無駄。
 だから、安全でどうでもいい手伝いをしてもらう。その用件を探し出すことがたいへん。
 しかし、子供がいない。何人かが遠巻きに見ているだけ。

 シルカは、集落の女性たちに取り囲まれてしまった。
「戦士様。
 トレウェリの無敵の戦士様。
 どうか、集落の子供たちを取り返してください」
 若い女性からシルカは詰め寄られ、少し動揺している。
 亜子が割って入った。
「ちょっと待って、ちゃんと説明して!」
「従士様」
 亜子はシルカの従士にされてしまった。通常、高名な戦士には数人の従士がいるからだ。
 亜子は従士を演じた。
「シルカに訴え事があるなら、まずは最初から話してほしい」
 亜子は話を聞く気などなかったが、若い女性たちに囲まれてしまい、とりあえず逃げ出す算段として、そう言ってみただけだった。
 別の女性が発言する。
「シンガザリがこの集落に攻め入ったとき、私たちは抵抗しませんでした。
 抵抗の術なんて、ありませんから……」
 別の女性が声を張る。
「戦うべきだったんだ。
 戦わずにすまそうとしたから……」
 その後は泣き声だけ。
 赤ん坊を抱いた女性が歩み出る。
「私は子供を連れて森に逃げ、森伝いに東に向かい別の村の遠縁にかくまってもらいました。
 ですから、上の子も下の子も無事なんです。
 夫は当時の村長や村役の方針に反対だったんです。
 正規軍が来るまで、戦うか逃げるべきだって。
 村の方針は、戦う姿勢を見せなければ、シンガザリ軍は何もしないはず、と判断していました。
 実際、村にやって来たシンガザリ軍は、他村とは違い、略奪や陵辱はしませんでした。
 だけど、子供たちを連れていってしまったんです。
 歩ける子供全員を……。男の子も、女の子も……。
 残っているのは、森に逃げたり、隠れた子だけ」
 亜子が驚く。
「なぜ?
 働かせるため?」
 別の女性が説明する。
「エルフの正しい歴史を教えるためだって、言っていました。
 従士様、子供たちを取り戻してください」
 珍しくシルカが問う。
「指揮官は誰だ?」
 老いた女性が答える。
「アンギラ・イスマイリアじゃ。
 邪悪なイスマイリア家の姫じゃ。
 イスマイリア家はアクセニの名家じゃったが、アクセニ王を名乗って反乱を起こしたのだ。
 反乱は数日続いたけれど、あっという間に鎮圧されて、イスマイリア家の一部はシンガザリに逃れてしまった。
 80年も前のことじゃ。
 そして、イスマイリアが戻ってきた……。
 邪悪なイスマイリアが……」
 多くの女性が叫ぶ。
「子供を取り戻して!
 戦士様!
 従士様!
 お願い!」

 シルカは安請け合いしなかった。
 だが、何かを考えていることは確実だった。
「私は掠われ、売られた。
 たぶん、掠われた子たちは兵士にさせられる。そして、殺しをさせられる」

 アンギラ・イスマイリアが指揮する部隊は、1000人規模と推定されていた。
 耕介と健吾は、シルカと亜子から子供が掠われたことを聞きながら、作業の手を止めなかった。
「大隊規模か」
 耕介の呟きに健吾が「厄介だな」と応じた。
 亜子が健吾に向かって叫ぶ。
「ドーンと攻めて、その女隊長をギャフンと言わせる」
 何とも古い表現で、健吾は呆れるが、その方法を考えろとの亜子の命令であることは明確だった。
「どうする耕介?」
 手間取ったが、トレーラーの牽引を解除できた。ドリルでキーも壊した。
 車内には何も残っていない。残っていたのは、76.2ミリ主砲弾40発、7.62ミリ同軸機関銃弾2000発。200発の弾薬缶10缶は持ち出せなかったのだろう。
 主砲は1発も撃つことがなかったようだ。
 車体は内外とも壊れている様子はないが、給油してもエンジンは始動しなかった。ジャンプスターターの神通力も効かなかった。
 持ち帰り、時間をかけて直すしかない。

 だが、そんな時間はない。
 時間をかけていたら、子供たちはシンガザリ本領に連れていかれてしまう。

 村の男たち、父親たち、近隣の村からも集まっているが、武器らしい武器はほとんどない。正規軍相手に農具じゃどうにもならない。

 健吾は考え続けていた。
 亜子が命じた「ギャフンと言わせる」方法を。
 イスマイリア隊は、周辺6カ村に侵入した。抵抗した村は5カ村。無抵抗は1カ村。抵抗、無抵抗に関係なく、子供が掠われている。
 正確にはわからないが、およそ60人ほど。
 だが、この集落以外は子供の奪還を諦めてしまっている。
 イスマイリア隊は残虐で、精強で、実戦経験が豊富で、農民がどうにかできる相手ではないからだ。

 健吾が思い付く作戦は、イスマイリア隊の宿営地に正面から乗り込むことしかなかった。
 それは、シルカも同じだった。
「正面から乗り込もう。
 私が交渉する」
 亜子が「何て?」と原初的な疑問を呈する。
 氷のように透き通る肌のシルカは、無表情で亜子に顔を向ける。
「子供を返せ、と」
 耕介が「4人しかいない」と現実を突き付ける。お願いでも、脅迫でも、4人では圧をかけられない。
 健吾が出ない案を無理に出す。
「サムソンで乗り込む。
 耕介は操縦、俺は機関銃を受け持つ。
 シルカと亜子は交渉。
 2人とも、拳銃2挺を携帯。
 交渉内容は、掠った子供全員の返還。
 その代償は、アンギラ・イスマイリアの生命。それしかない。
 で、どうやって、そのお姫様を掠うかだ」
 シルカが答える。
「ケンの策はいつもややこしい。
 今回は、真正面から乗り込み、要求を突き付ける。
 アンギラ・イスマイリアは、たぶん1対1の決闘を要求する。
 2つの村で決闘しているから、殺し合いが好きなのだと思う。決闘は自分から誘っている。1人は元正規軍兵士、1人は元傭兵だったようだ。
 2人とも田舎剣士としてはかなりの手練れだったが、アンギラ姫の敵ではなかったようだ。
 私でも勝てるかどうか?」
 シルカの言葉は空虚だ。彼女は自分が負けるとはまったく考えていない。
 亜子が無理難題を突き付ける。
「シルカが一騎打ちに持ち込めたとして、瞬殺しないとダメだよ。
 一騎打ちまではダラダラでもいいけど、始めたら時間をかけられない」
 シルカが冷たい微笑みを見せる。
「いい手がある。
 名案だ」
 健吾はその名案を問わなかった。絶対に名案ではないからだ。
 しかし、今回は思い切った策をとらないとどうにもならない。
 健吾が結論を出す。
「全員が完全装備で向かう。
 ボディアーマーとヘルメットは、シルカにも着けてもらう。例外はない。
 サムソンが牽引しているトレーラーの荷物を降ろして、子供を乗れるようにする。村の大人2人にトレーラーで子供の面倒を見るよう頼む。
 撃つときは躊躇うな。
 掠われた子供を優先し、1人も犠牲にしない」

 村民に志願を募ると、4人が手を上げてくれた。そのうち、隊商の護衛の経験者と軍務の経験がある男性を選んだ。
 間違いなく、何らかの戦いになるからだ。

 イスマイリア隊の宿営地は、集落の西40キロの地点にあった。
 刈り取られた麦畑を占拠していて、防護柵などはなく、テントが整然と並んでいる。歩哨もいる。
 軍紀が徹底しているようだが、軍紀と略奪、虐殺、暴行は無関係。これらは、軍事行動の1つだからだ。
 イスマイリア隊の特徴は、嬰児から老人まで、男女かまわず、無分別に殺しまくること。ただし、抵抗しなければ1人で歩ける子供を掠うだけ。
 それが耐えられるなら、瞬間の生命は補償される。それでも、略奪はされる。シンガザリ軍は食料の現地調達が基本で、兵糧を運ばない。
 だから、輜重荷駄がなく、部隊の動きが速い。弱点としては経戦能力に欠け、持久戦に弱いが、彼らにはそういった概念はない。
 かなり、遅れた軍隊組織だ。

 サムソンが宿営地に近付くと、歩哨が甲高い音色の笛を吹き、警告を発する。
 兵の動きは速く、5×5のファランクスを4隊編制する。
 それだけの即応部隊を常時配備していたわけだ。
 弓の射程ギリギリの200メートルで、サムソンが止まる。
 健吾がレーザー距離計を覗く。
「ピッタリ、200メートルだ。
 耕介、ダッシュで近付く可能性があるから、エンジンは切るな」
 サムソンの後部ハッチが開き、農民2人、シルカと亜子が車外に出る。
 農民にはトレーラーに乗るよう指示している。2人は剣を帯びているが、戦闘には参加しないよう指示している。

 シルカが先行し、亜子がやや後方からファランクスに向かっていく。
 同時に、耕介が徒歩と同速で追従する。
 健吾がM1919機関銃のコッキングボルトを引く。

 将校らしい胸甲の若い男が誰何する。ファランクスまで100メートル。
 シルカが問う。
「子供を掠っただろう。
 全部返せ」
 将校が笑う。
「ここがどこかわかっているのか?」
 シルカが挑発する。
「イスマイリアというアクセニの負け犬の陣だ。
 ところで、おまえは私が誰か知っているのか?」
 将校は、少し狼狽えた。噂で聞く、トレウェリの女剣士ではないかと。見慣れない備えの湾曲した刀を差す従士もいる。
 この従士も手練れだとの噂がある。シンガザリ将校が剣を抜く前に耳を削ぎ落としたとか、農家に押し入った兵が顔をズタズタに斬られたとか、いくつのも話が流布されている。

 エルフの肌は透明感のある白で、銀髪が多いが、イスマイリア家の外見は少し違うと伝えられている。
 髪はオレンジに近い赤で、肌の色はやや濃くソリッド感が強い。
 アンギラの外見は、イスマイリア家の特徴をよく表していた。
 健吾は言葉にはしなかったが美人だと感じた。しかし、同時に好みの顔立ちではない。美人だが、それだけ。性的対象にはならない。
 耕介が端的に表現する。
「企画もののAV女優にいそうなタイプだ」
 耕介のだだっ広いストライクゾーンからも外れているようだ。

「おまえがトレウェリの女剣士か?
 噂を聞いている」
 アンギラの問いにシルカが冷笑で返す。
「噂など知らない」
 アンギラが「子供を返せとか?」と確認し、シルカが「そうだ」と肯定する。
 アンギラが「子供を返す見返りは?」と問うと、シルカが「おまえの生命だ」と答える。
 アンギラが「ふざけるな!」と叫び、抜剣する。
 シルカは華麗に体を交わすと、腰からワルサーP1自動拳銃を抜く。アンギラの右肩と右太股に1発ずつ発射。
 至近なので、2発とも命中。
 痛みで絶叫するアンギラの両足を亜子が、農民1人が上半身を抱えて、トレーラーの荷台に放り上げる。
 亜子はもう1人の農民に「このネェちゃんの剣を拾ってきな。売っぱらうから」と叫ぶ。

 咄嗟のことで、イスマイリア隊の将兵は動けなかった。
 状況を判断し、本能的に動くと、シルカが拳銃を、健吾が機関銃を発射する。
 兵5が簡単に倒れると、将兵が凍る。
 亜子が、荷台から叫ぶ。
「子供たち全員とアンギラと交換だ。
 今日の夕方、南の池まで来い!
 子供を傷付けたら、その数だけアンギラの身体に刻む。
 犯したら、アンギラを犯す!
 アンギラが無傷で戻らなければ、おまえたちは死罪だ!
 逃げれば、血族全員皆殺しになるぞ!
 よく考えろ!
 忘れるな!
 今日の夕方、交換だ!」

 亜子たちは、モンテス少佐から負傷時の応急処置訓練を受けている。
 アンギラの銃創は、2発とも貫通しており、止血帯で出血を止められた。だが、亜子はアンギラに抗生剤は与えなかった。
 2億年後の衛生状態では、確実に細菌に感染する。この世界で細菌やウイルスに感染すれば、高確率で死亡する。
 それを承知しての選択だった。
 亜子は健吾に日本語で「貴重な抗生剤を与える価値はないよ。あの女には」と言い切った。
 健吾は亜子の悪意を確実に感じたが、それを当然だと判断する。抗生剤はいつかはなくなる。そして、亜子と健吾は博愛主義者ではない。

 アンギラは、呻き、騒ぎ、怒鳴り、脅すがまったく効果がない。
 逆に亜子が「子供に危害を加えていたら、おまえどうなるかわかってんだろな。死ぬよりも辛い目に遭わせてやるからな」と凄んでみせる。
 アンギラは「ヒッ」という奇妙な音を口から発する。

 集落には、心美とフリッツが応援として来訪していた。
 救出する予定の子供たちの身体状態を確認することと、入手したストーマー装甲車を回収するためだが、フリッツのクルマ整備の腕は相当に高く、耕介と健吾が失敗したエンジンの始動に成功していた。
 長距離の移動は到底無理だが、近距離ならば十分に走れる。伴走車があれば、クルナ村までの自走は可能なように感じていた。
 軽量なサムソンでは、重量が倍以上ある改造ストーマーを牽引することに無理があるから、自走してもらわなければならない。

 心美とフリッツは、無線で状況を知っていた。敵の指揮官を負傷させて強奪。子供たちとの交換をしようとしている。
 心美が「無茶だよ」と亜子たちの作戦を心配する。
 フリッツも同感で、敵の指揮官を引き渡してからのことを心配する。
「交換がうまくいっても、多勢に無勢だ。
 うまく逃げられればいいが……」
 心美が提案する。
「この戦車で援護できないかな」
 フリッツが考える。
「主砲は撃てない。
 どんな状態かわからないし、たぶん砲身内は錆びている。発射したら、砲身が割れるかもしれない」
 心美が代案を出す。
「機関銃は?
 主砲と同軸の機関銃なら撃てるかも。銃身を清掃して、とりあえず使えるようにはできると思う」
 フリッツが心配する。
「運転は俺がするにしても、ココは機関銃なんて撃てる?」
 心美が平然と答える。
「撃てるよ。
 この場合、誰が善で、誰が悪なのかはっきりしているし、小さな子を掠うような悪者を容赦してはいけないと思う」
 フリッツは心美を巻き込むことに逡巡しているが、選択肢はなく頷くしかなかった。

 フリッツは、アンギラ・イスマイリアの銃創を手当てしている。
「運がいいねぇ。
 少しずれていたら、大腿動脈を切断していた。そうなっていたら、30秒で死んでいたね」
 フリッツの言葉を亜子が通訳する。
 アンギラが亜子をにらむ。
「従士風情が、高貴な血の私〈わらわ〉に直言するとは無礼だぞ」
 亜子が「誰が従士だ。ボケ」とアンギラの頭をはたく。

 イスマイリア隊は、12個ファランクスを伴って掠った子供を連れてきた。子供たちは荷馬車に乗せられていた。

 健吾は、イスマイリア隊の残りがどこにいるのか気になっていた。おそらく包囲を画策している。
 40個ファランクスがあるのだから、包囲殲滅が常道だ。

 亜子とフリッツが子供たちの健康状態を調べている。擦り傷や軽い裂傷はあるが、骨折や深い傷はない。
 亜子は女の子全員に尋ねたが、イスマイリア兵に暴行されてはいなかった。その兆候はあったが、亜子に脅されて諦めたらしい。
 わずかな時間の差で、子供の多くが助かっていた。
 集落から掠われた子は12人だったが、周辺の村や集落からを含めて58人もいた。

 心美とフリッツはムンゴ装甲トラックでやって来たが、戦闘の可能性を考えていて、ブレン軽機関銃を荷台部前方に積んでいた。
 それと、ムンゴの荷台部側面上部と天井部は本来は開放式なのだが、多くを厚さ3ミリの鋼板で覆っていた。天井は15センチほどかさ上げしている。
 しかし、平面面積は拡大されていない。武装した兵なら9人が乗れるが、子供を立たせたまま詰め込んでも20人がやっと。
 サムソンの車内には幼い子なら12人、改造ストーマーもその程度と判断する。
 残り14人をどうするかが問題になる。
 トレーラーの荷台は防弾シートで覆ってあるが、どの程度の効果があるのかわからない。
 少なくとも、クロスボウのボルトは至近ならば貫通する。
 荷台には乗せられない。荷台のアオリは60センチの高さがあるから、しゃがんでいれば側面の攻撃からは安全。
 年長の子を荷台に乗せるしかない。大落射角の矢ならば、防弾シートが防いでくれる可能性が高い。
 サムソンが積んでいる作業用の有孔鋼板を天井部に置くと3分の2ほどの面積を覆える。
 これで、大落射角からの矢の脅威はかなり減じられる。側面は、このままで我慢するしかない。

 健吾は逃げない選択を考えていた。
 こちらには、機関銃が3挺ある。3台が固まっていれば、全周防御ができる。
 逃げるにしても、敵が勢いづいている状況で動くよりも、戦力をある程度削いでから移動するほうが有利かもしれない。
 亜子、シルカ、心美、フリッツ、耕介、健吾、応援の農民2人で話し合う。
 健吾が説明する。
「トレーラーは、どうしても必要だ。子供の人数が多すぎるからね。
 トレーラーには、おじさん2人に乗ってもらう」
 農民2人が同意する。
「トレーラーはムンゴが牽引する。
 フリッツ、動かせる?」
 フリッツが了解の意味で頷く。
「すぐには脱出しない。
 子供を乗せるのに時間がかかるし、簡単には逃げられない。
 それよりも、密集隊形でこの場にとどまり、戦うほうがいい。
 こちらには機関銃が3挺ある。一時的にでも火力で圧倒できれば、その隙を突いて移動する。
 平たく言えば逃げる」
 シルカが氷のような冷たい微笑みを見せる。
「つまり、好きなだけ機関銃を撃てるのだな。
 それだけで、その策に賛成だ」
 耕介も賛意を示す。
「亜子の作戦、あのクソ姫をギャフンと言わせてやる、っていうやつに沿っているし、いいんじゃないか」
 耕介が続ける。
「サムソンとストーマーで、トレーラーの側面を守る。
 ムンゴの装甲は薄いが、弓矢の攻撃には耐えられるはず。ルーフは装甲板ではないが、3ミリの鉄板を張ってあるし、弓が貫通することはない。
 姫の手下は嵩にかかって攻めてくるだろうが、こっちには機関銃がある。ストーマーは北を向き、ムンゴとサムソンは南を向く。
 これで、死角を減らせる」
 健吾が同意する。
「よし、やろう。
 クソ姫をビビらせてやる」

 子供58人対負傷した捕虜1人の交換は、想像したよりもうまくいった。
 アンギラは歩くことができず、イスマイリア隊は担架を用意していなかった。そもそも、担架を装備していなかった。
 アンギラの緩慢な動きとは真逆に、58人の子供たちは年長の子が年少の子の手を引き、あるいは背負い、敏捷に行動する。
 子供たちの振り分けは、それほど上手ではなかったが、全員を2分以内に乗り込ませることに成功した。
 子供たちは、一切の我が儘を言わなかった。「妹と一緒にいたい」
 そんなことさえ言わなかった。ここが生命の分かれ目と本能的に理解していたからだ。

 アンギラ・イスマイリアの絶叫が聞こえた。
「殺せ!
 皆殺しだ!
 苦しませて殺せ!
 子供もすべて殺せ!
 邪悪なエルフはすべて殺せ!」

 イスマイリア隊は、各車に全員が乗り込んでから1分30秒後には殺到していた。

 サムソンの自作銃座に取り付くシルカは、一切の躊躇いなく機関銃弾をばらまく。
 ムンゴの荷台に据えた軽機関銃は、亜子が発射。
 ストーマーの砲塔は、心美が操作する。

 5分経っても、イスマイリア隊は3台の装甲車輌に触れることができなかった。
 3台の周囲には、落ち葉のように死体が並ぶ。だが、その数は多くない。
 機関銃が発射された直後に、多くの兵は転がり、這い、匍匐で逃げ出したからだ。
 その後は怪物でも見るような目で、遠巻きにしている。
 弓矢の有効射程は200メートルほどだが、亜子がレミントンM700を発射。彼らが安全だと考えていた距離200メートルでも、命中弾を与えると、慌てて後退りする。
 亜子が発射するたびに、囲みの半径が広がり、5発目で500メートルにもなった。

 ストーマーが動き出し、ムンゴが続き、殿〈しんがり〉をサムソンが努めると、恐怖からかイスマイリア兵は自主的に道を開けた。

 亜子たちは、掠われた子供の多くを取り返せたが、シンガザリが存在する限り、安寧な世界にはならないことも確信させられた。
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