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第1章 2億年後

01-009 1714人はどこに?

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 2億年後の地球には、オーストラリアと南極が合体した大陸と、その北に両大陸以外の全大陸が合体したパンゲア・ウルティマがある。
 オーストラリアと南極が合体した大陸と、パンゲア・ウルティマとは地峡でつながっている可能性もある。
 1年間に1714人のヒトが2億年後に時渡りしたとして、彼らはどこに行ったのか?

 それはわからない。

 超大陸全土に散っていったことは、間違いない。
 仮に東に向かったヒトが4分の1いたとすると、428人になる。そのうち、何人が生き残れるか、はなはだ疑問だ。
 時渡りが1秒前後すれば28時間の差になる。入口は複数で、出口は1つ。運がよければ、複数のグループが偶然出会うことができたはず。ある程度の集団規模があれば、遠距離経も移動できただろう。
 しかし、多くはそうはならなかった。

 亜子たちは、フェミ川の上流で南岸に渡った。これが、生き残りのための最初の選択だった。
 そのまま北岸を進むと、中流部には渡渉点がほとんどなく、また森と草原の配置の関係から、川から離れて北東方向に進んでいく。
 North46に至る以外にも無数にルートがある。迷路に迷い込んで、出口を探して動き回ってしまい、燃料切れとなることも多いだろう。

 植物と動物は、2億年前とまったく違う。知っている植物がほとんどないのだ。
 実のなる樹木がなく、食用となる草本もない。野生のベリーなんて、存在しない。
 マックス・プランク進化人類学研究所の研究員は「この世界の哺乳類はヒトとウマだけだ」と書き残していた。
 それ以外の動物は、哺乳類ではないのだ。
 例外は昆虫で、よく観察しない限り、変化に気付かない。しかし、酸素濃度が高いためか、やたらと大きい。
 最大のトンボは、翼幅30センチに達する。ミツバチはヒトが連れてきた可能性が高いので、2億年前と同じ姿で同じサイズ。ただ、この世界のハチは総じて大きい。
 ミツバチと同じニッチの種は存在しないが、小型の種でも拳大と巨大だ。

 激変した環境下で、初期移住者の子孫は2系統のヒト属に進化した。
 これが、エルフとドワーフだ。ドワーフは40万年前、エルフは20万年前にヒトから分岐した。これが、研究者の仮説。
 この点、辻褄が合わない。最古のヒトは、12万年前のはず。
 高エネルギー加速器研究機構の研究者は、時系列の混乱があった可能性が高い、と分子進化学の研究者に伝えたらしい。そうと読めるメモ書きが残っている。
 だとすると、ヒトの時間密度は、もっと低いのかもしれない。
 だが、多くは12万年の時系列に移住したはず。

 2億年後に移住したヒトにとって、12万年という時の流れは、あまりにも長すぎた。
 とても、文明を維持できるような環境ではない。
 2億年後に移住した全世界で2億人とされるヒトは、12万年という、ヒトが文明を維持し得ない期間と、パンゲア・ウルティマという広大な大地にばらまかれ、個別に滅びていった。

 昼食後、健吾は2億年後の世界地図を広げる。移住の際に辛うじて残っていた行政から渡されたものだ。
 世界地図の予測図と言ったほうが正しい。
「ゲートの出口は、たぶんこのあたり。
 それから、約1500キロ東進して、現在はこのあたり。
 天測で割り出しているけど、2億年で星の位置が変化している。どこまで、正確なのかわからないけどね。
 エルフからの情報だと、200キロから300キロ東進すると、海に至る。現在の地球には、1つの大洋と2つの内海しかない。
 その1つの大洋が東にある。
 2億年前の移住ガイダンスでは、東にユーラシア、西はアフリカと南アメリカに囲まれた内海が住みやすいとされていた。
 内海東岸に向かうよう指示されてもいた。
 だけど、ゲートの出口からでは、到底向かえない距離だ。遠すぎる。
 組織的な移住を計画していた組織・団体のほうが、物資を分散輸送しただろうから、身動きできなかったはず。
 俺が思うに、ヒトが、ヒト属が、一定のまとまりを持って生活している地域は、この付近しかないと思う。
 他にもあるかもしれないが、文明は旧石器時代まで後退している可能性だってある。
 世代を重ねられたとしても、せいぜい2代か3代、4代が限界だと思う。
 俺たちは、西の山脈から海までの600キロ、北の大河フェミから南の大河クウィルまでの数千キロの地域で生きていくしかない。
 この先のことはわからないが、いまはこの付近を拠点にしたほうがいい。
 食料があり、北120キロに油田があり、2億年前の物資も入手可能なのだから、ここから去る必要はない」
 亜子、彩華、耕介にも異存はない。
 心美だけが質問をする。
「はい!」
「心美さん!」
「エルフとドワーフがいるなら、オークもいますか?」
 健吾が「いません!」と即答する。
 これをシルカが否定する。
「ヒトがオークと呼ぶ種族はいる。
 伝説では3000年前の大陸大動乱は、クウィル川の南からオークが北進したことで始まった。
 ドワーフが北に移動して、ヒトと接触し、ヒトが北進して、我らの祖先と戦った。
 しかし、オークを南に退けないと、問題の解決にならないと考えた偉大な賢者が、エルフ、ヒト、ドワーフを説得して、大連合を組み、オークをクウィル川南岸に退けたとされる。
 オークはいるし、いまでも我らの土地を狙っている」
 心美が大興奮で、かつ大喜びだ。
 シルカも笑顔で話していて、この伝説・伝承を本気にしている様子がない。レスティとフィオラも知っている物語で、オークを妖怪とか魔物とかと同列に考えている。
 つまり、物語以上の認識がない。
 ただ、オークの存在は確信している。
「オークはいる。
 見たことはないが、オークはいる。
 存在を疑うべきではない。
 しかし、オークの脅威はない。
 オークの脅威が顕在化しているなら、我らは落ち着いて内輪もめが楽しめないではないか」
 シルカの論は逆説的だが、その通りだ。
 健吾は、オークの存在はどうでもよく、無視していいと考えた。
「まぁ、オークはいても、いなくてもどっちでもいいよ。
 現実の脅威はシンガザリだ」
 彼の意見に反対はなかった。
 ただ、心美がまた質問する。
「ねぇ、魔法使いは?」
 亜子が「いるわけないでしょ」と言い、心美が「えぇ~、つまんない」と返した。

 キャンプの敷地内。亜子が耕介に文句を言う。
「このデカブツ、どうするの?
 川の向こうに捨ててきて。
 デカ過ぎて道を走れないし、重すぎて橋を壊すよ」
「いや、何かの役に立つよ。
 とりあえず、置いておこうよ」
 亜子は不満だったが、改造ビッグフットはすぐには捨てなくてよくなった。

 改造ビッグフットが走れる場所は限られる。フェミ川北岸と南岸の何もない場所。道を走ることははばかられ、橋を渡るなどもってのほか。
 しかし、いいこともある。車高が高いので、川の渡渉に向いている。増水期の最盛期以外なら川を渡れる。

 増水は始まっているが、改造ビッグフットなら渡れる。
 耕介と健吾は、増水最盛期前の最後の物資確保のために、川を渡った。
 運転席側のドアは、応急的に木板で作り直した。
 今回の調査の目的を健吾が耕介に説明する。
「アクセニに放棄してきたウニモグを回収したい。
 北岸から近付けば、回収できる可能性が高い。
 物資は、いつかは枯渇する。だけど少しでも確保していれば、部品の共食いで延命できる。だから、手元に置いておけるものはすべて入手したい。
 今回は、可能な限り川に沿って西進し、遺棄・放棄物資を探す。もし、ウニモグが無事なら、持ち帰りたい」
 耕介が「了解だ。異論はないが、ウニモグを持ち帰ると亜子が怒るぞ。ウニモグ、無事とは思えないが……」と言ったが、それは消極姿勢の表明ではなかった。

 耕介と健吾には、ほしいものリストがあった。常設できる大型テント、オフロードバイクかバギー、衣類、日用品、小型の車輌など。
 ジムニーシエラを失ったことは、心から悔やんでいた。

 2億年後に道はない。これは、誰もが理解している。だから、路外走行が可能な車輌を選ぶことになる。
 まず、装輪車か装軌車かで迷う。燃費重視なら装輪車、路外走行性能重視なら装軌車になる。
 ただ、既存の装軌車では、ゲート突入から抜けるまでに時速60キロ以上を維持する、という条件が厳しい。
 結局、装輪車になるのだが、車種選びは簡単ではない。機動性を指向すれば2輪車で、必然的に軽装備になる。重装備を選べば、荷物が増えていきトラックにトレーラーを牽引させることになる。これでは、機動性が劣る。
 物資が減っていくと、機動性確保と燃費向上のためにトレーラーを放棄する。
 その場所が、フェミ川北岸西200キロ付近から始まる。
 今回は、この西200キロまで、西進することにしていた。
 入手した燃料タンクを載せた中央2軸のトレーラーには、軽油は4分の1、ガソリンは2分の1が残っていた。
 ビッグフットの燃料タンクにも、4分の1ほど残っていた。
 このタンクのおかげで、燃料は潤沢だった。
 そして、燃料事情が劇的に改善された。節約すれば秋まで、極度に節約すれば晩秋か初冬まで維持できる。
 ガソリンの補給は、難しい。バイオエタノールを製造するか、North46に原油を採りに行くしか補充の方法がない。原油から、ガソリンとナフサは30パーセント、軽油・灯油・A重油は40パーセントが得られる。
 ナフサを改質してガソリンにする技術はないので、ガソリンの取得率は最大でも10パーセント程度。1キロリットルの原油から100リットルのガソリンしか得られない。
 バイオエタノールはもっと効率が悪い。サツマイモ1キロから14cc程度とされる。100リットルのバイオエタノールを得るには7トン以上のサツマイモが必要になる。
 軽油は、健吾がひまわり油を原料とするバイオディーゼルの製造プラントを設計中だ。
 燃料の製造がどうにかなるまで、他の移住者が残した物資をあてにするしかない。

 車輌はほとんど見かけない。車輌の放棄は、死に直結するからだ。燃料の枯渇、修理不能な故障、脱出不可能なスタック、甚大な事故以外での車輌放棄はない。
 例外は、より現状にあった車輌を見つけ、乗り換えること。この可能性はあるのだが、他者のクルマに乗り換えるには現実的にも心理的にも不安がある。
 乗り換えは、生命を賭けた博打なのだ。

 健吾は見つけたくないものを見つけてしまった。
 キャンピングトレーラーだ。
「耕介、どうする?」
「調べるしかないだろ」
 耕介がハンドルを切る。
 2人は銃を手に車外に出る。すでに入手している中央2軸のキャンピングトレーラーと比べれば、ずっと小さい。
 だが、大直径タイヤを装備するオフロード仕様だ。

 ドアは施錠されていなかった。内部に死体はない。
「単なる放棄だ。
 物資は全部持って行ったようだな。
 残っているのはどんがらだけ。皿1枚残っていない」
「回収するか?」
「健吾、気持ちはわかるが、そうしよう。
 強欲ネェちゃんたちへのプレゼントだ」
「パンクは?」
「ここでの修理はイヤだな。
 魔獣に襲われたら、逃げ切れない。
 強引に引っ張っていこう」
「耕介の指示に従うよ」

 その後も遺棄物資をいくつか見つける。空のステンレス製ドラム缶を複数回収し、日本風の表現だと大型防災テントを発見する。
 とんでもない重さで、2人では持ち上げられない。回収の方法がなく、発見場所をマークして、諦めた。

 200キロを6日かけて探査したが、苦労のわりに成果は乏しかった。燃料は、まったく見つけられなかった。

 健吾が対岸を双眼鏡で観察している。
「どうだ?」
 耕介の問いに、健吾は無言で双眼鏡を渡す。
「遠目では、壊れていないな。
 どうする?」
 健吾は躊躇わなかった。
「耕介、俺が徒歩で渡る。
 軽油10リットルをポリタンに入れてくれ。
 深い場所は泳ぐ」
「俺が行こうか?」
「おまえ、泳げないだろ」
「泳げるよ。健吾と比べたら下手なだけだ。
 でも、大丈夫か?
 溺れないか?」
「ポリタンが浮き袋代わりになる。
 大丈夫だ。俺なら泳げる。大嫌いだったスイミングスクールが役に立つ」
 耕介が拳銃を健吾に渡し、健吾は拳銃をジッパー付きビニール袋に入れる。
 靴下を脱ぎ、スニーカーに履き替え、靴紐をきつく絞め、上半身はTシャツだけになった。

 そして、ポリタンクを抱えて、凍るほど冷たい川に入る。

 健吾が泳いだ距離は10メートルほどで、彼にとっては簡単だった。
 南岸に取り付くと、周囲を観察する。身体が冷え切っており、意識を失いそうになる。それを食い止めているのは、シンガザリ兵に対する恐怖だ。

 ウニモグの周囲には誰もいなかった。そもそも、ウニモグが発見された形跡がない。

 健吾は凍える身体を動かして、ウニモグの燃料タンクに軽油を入れる。手が震えて、かなりの量をこぼしてしまう。
 キーは排気管の中に残っていた。
 ドアを開け、運転席に上る。
 耕介に指示された通り、イグニッションをONにして、しばらく待つ。フューエルポンプが動き出す。
 キーをひねる。
 エンジンがかかる。

 耕介は、双眼鏡から目を離さないが、ウニモグの運転席に健吾が乗ったので、一安心する。
 だが、まだまだだ。まだ、安心できない。
 フェミ川は増水している。特殊車輌であるウニモグであっても、渡渉は容易ではない。

 健吾は丈の高い草を踏み分けて、川に沿った道にウニモグを出した。
 当然だが、すぐにシンガザリ兵に発見される。
 健吾は怯まなかった。
 ウマをも踏み潰す勢いでウニモグを走らせ、河原に出る。
 水しぶきを上げながら、浅瀬を渡り、北岸を目指す。だが、北岸直前で岩に乗り上げ、スタックしてしまう。

 耕介は冷静だった。
 シンガザリ兵は、水際まで河原に進出し、最大射程で弓を射る。
 耕介は、矢の落下点に入らないように注意しながら、牽引ワイヤーを引っ張って、ウニモグの牽引フックにつなぐ。
 下半身が水に濡れたが、冷たさをまったく感じない。
 健吾に「降りるな、乗ってろ!」と叫び、矢を避けながら、四つん這いで、改造ビッグフットに戻っていく。

 化け物が怪物を牽引する。
 ウニモグが脱出し、北岸に引き上げられる。

 耕介がウニモグの損傷を点検している。
「大丈夫だ。
 擦っただけ」

 入手したトレーラーは、連結部の形状からウニモグでの牽引に切り替える。

 開けた草原に出る。
 後方を走る健吾は、北から迫る群の存在に気付いていた。
「耕介、魔獣だ。
 追い付かれる」
 トランシーバーにそう叫ぶと、耕介が「任せろ。先に行け!」と指示する。
 健吾は東に向かって走り続け、耕介は北にハンドルを切る。
 魔獣がこの一帯における頂点捕食者であることは確実。
 その王者に向かって、改造ビッグフットが突進していく。
 1頭の横腹に衝突すると、アニメのように飛んでいった。今度は南にハンドルを切る。
 魔獣を追撃する態勢になる。
 魔獣は襲われたことがないらしく、攻撃に対して非常に脆かった。
 散り散りになって、一目散に逃げていく。

 耕介と健吾が合流し、健吾が「帰ろう」と促す。
 耕介はテントを回収したかったが、欲をかけば、その代償を支払うことになる。そのことをよく知っていた。
「そうだな」

 耕介と健吾がキャンプに戻ると、案の定、亜子が「こんなもの、持って帰ってきて!」とウニモグの回収に文句を言う。
 ウニモグが牽引するキャンピングトレーラーは、心美が「私とレスティが使う!」と所有宣言。
 健吾は、心の中で「予想通りだ」と呟いていた。

 燃料の節約から、近場の移動はハンターカブ、荷物がある場合はランクル・ピックアップを使うことになっている。
 南隣の農家が所有する木造の大型納屋を借り、改造ビッグフットと旧式ウニモグの車庫にさせてもらった。
 賃料は、長らく休耕している畑の耕作。
 ウニモグは製造から18年を経た車体で、よく整備されていた。古い機械ほど壊れない、とされるがその通りの個体だ。ターボもコモンレールもないが、確実に動いてくれる。
 機械は、信頼性・可用性が一番重要だ。

 心美は独自に、移住者を探していた。ハスミン・モンテス少佐のように、地域に紛れて生き延びているヒトがいるのではないかと。
 しかし、そういった噂はない。
 この付近のエルフは、ヒトを見ることがほとんどない。もっと南のヒトとの境界線付近なら、接点はあるが、ヒトがエルフの国を旅すること多くない。

 村民たちの噂では、シンガザリは南隣のメルディ方面から侵攻を始めているが、各村々はしぶとく抵抗している。
 西隣のセクアニからの攻撃はない。
 都は、主戦か恭順かでもめている。議論が白熱しすぎて、武力闘争に変わろうとしていた。
 完全な内輪もめだ。

 耕介は、北岸で入手した鋼材と予備のハンターカブのホイール付きタイヤを使って、1輪のカブトレーラーを作る。
 これで、ハンターカブでも50キロ程度の荷物が運べるようになった。ただし、2人乗りは無理だ。

 2億年後は、安穏な世界ではない。飛翔する生物は昆虫だけ。昆虫を含む節足動物は、2億年前にも増して適応放散し、体長が1メートルを超える陸棲甲殻類がいる。
 魔獣やナックル歩行する巨獣は、哺乳類ではない。
 鳥類が滅び、哺乳類も絶滅し、新たな動物群が生態系を構築している。
 そこにあてはめられないピースとして、ヒトとヒトが連れてきた少数種の家畜・家禽が存在する。
 ヒト属の生存圏は、極めて狭い。2億年後の地球は、本質的には哺乳類の生存を認めていない。
 この過酷な環境下で、ヒト属は12万年間生き残ってきた。いや、それ以上の期間、進化してきた。
 亜子たちがその仲間になれるか否かは、彼ら次第だった。自然環境に順応し、ヒト属社会にも適応しなければならない。

 シルカは、村長を含む村役を脅した。
「管理権を認める?
 相続はさせないとの意思表示と受け取るが、いいか?」
 暗に「ならば、おまえたちの生命は保証しない」と言われ、村長と村役は震え上がり、隣村に投宿している無頼に彼女の暗殺を依頼する。
 その無頼集団の中にヒトがいた。

 村長と村役はシルカを殺せば、村の若者は押さえ込めるし、ヒトは追い払えると考えていた。
 この予測は正しい。
 シルカの存在こそが、村の掟、部族の掟を危うくする存在なのだ。シルカの生存が誤りであり、シルカの帰還は許されざることなのだ。

 暗殺するにしても、どうやって誘き出すかが問題になる。
 シルカは、たいした用がないのに彼女の管理地からは出ない。用心しているからだ。
 下手な嘘では誘き出せない。
 村長が考えた策は「土地を相続するための合議に出ること」を要求すれば必ず現れる、というものだった。
 合議の前に殺めてしまえば、すべて解決すると考えた。
 呼び出せば、ヒトの男性が付いてくるだろうが、手練れではない。ただの御者(運転手)だと考えていた。

「よろしいかな。
 各々方。
 衆人環視の場で、シルカを殺め、愚かな若者への見せしめとする。ヒトは村の民ではない。一緒に殺してしまえ」
 村役全員が頷く。
「重鎮たちも了承しておる」
 村長が付け加える。村の権力は二重構造で、表の権力は村長と村役が握り、裏では部族の指導者である重鎮が糸を引く。
 村長や村役は村民の意向で都度入れ替えがあるが、重鎮は決して変わらない。
 村の真の支配者が重鎮たちだ。

 耕介は銃器管理の責任者である彩華から、拳銃と弾倉、予備の弾倉を受け取る。ワルサーP1を、布製のハンドガンホルスターに入れる。
 そして、クロスボウとボルト(矢)も受け取る。

 ESKムンゴは、車体の大きさは扱いやすい。重いことを除けば、扱いやすい。
 ジムニーシエラを失ってからは、その代用として使っている。
 この日はシルカを乗せて、村の中心に向かう。村の中心にある集会所で、彼女の父が残した土地を相続する。
 女性が土地を相続することは、村の歴史上、初めてのことだ。
 これを許せば、村の掟が崩れるきっかけになる。そうすれば、重鎮の力が減じてしまう。重鎮にしてみれば、絶対に許せることではない。

 耕介は、村に入るとすぐに見慣れない武装した男性数人を見かける。兵士ではなく、旅人のようだが、偶然にしては多すぎる。
「シルカ、気を付けろ、何かヘンだ」
「コウスケ、剣を下げた連中か?」
「あぁ、ヤバイ気がする」
「ヤバイとは、危険な匂いのことだな」
「そうだ」

 無頼たちは、集会所の前でシルカを仕留めるよう指示されていた。
 だから、耕介とシルカが集会所の正面でクルマを降りると、すぐに取り囲んだ。
「コウスケ、逃げろ」
 シルカの小声の忠告に耕介が答える。
「2人、始末できるか?
 6人は俺がやる」
 シルカが耕介を見ると、耕介が微笑んだ。
「弾が8発だけなんだ。
 2発は残したい」

「女のくせに、男の恰好か」
 下卑た笑いを見せながら、男たちが間合いを詰める。
 シルカが柄に手を添えると、無頼が一斉に抜剣する。
 耕介は、シルカの正面で剣を構える頭目らしい髭面を撃つ。髭を生やしたエルフは珍しい。
 続けざまに6発を発射し、立っているのは2人。
「まだやるか?
 あん、それとも、おまえら、お姉さんの剣の錆になるか?」
 無精髭の若い男性が答える。
「わかった。
 こっちは、少ない銀貨で雇われただけだ。若い女を殺すだけだと言われた。魔法使いが一緒だとは知らされていない。
 剣を置くから、勘弁してくれ」
「誰に雇われた?」
 無精髭の男性が村長を指差す。
 耕介がたたみかける。
「おめぇ、ごめんなさい、で許されると思ってんじゃねぇだろうな?」
「もらった銀貨を渡す」
「んなぁもん、いらねぇ。
 落とし前つけろ」
 もう1人の男、明らかにエルフがナイフを抜いて投げる。
 村長の喉に刺さる。
 耕介が問う。
「おまえヒトか?」
「そうだが、エルフの血が少し流れている。
 お頭は、エルフとドワーフの混血だ。
 他の連中も異種の血が流れている。俺たちには、行き場がないんだ」
「わかった。
 怪我したバカは連れていけ。
 村はずれにいい医者がいる。助けてくれるぞ。ちゃんと代金払えよ。踏み倒したら殺す。
 あんたら相手に、銃を使ったことは謝る」

 シルカが村役筆頭に向かって歩いて行く。
「書類を見せろ」
 書記がシルカに渡し、彼女が相続許可書を読んでいる。
「ペンを貸せ」
 書記がペンをシルカに渡す。書記の顔は恐怖で歪み、手は激しく震えている。
 シルカが村役筆頭の身体を、180度回転させる。村役筆頭の背を使って、サインする。
 同文書類2枚にサインし、1枚を懐に、もう1枚を書記に渡す。
 そして、ペンを村長筆頭の背に突き刺した。
「ギャー!」
 驚いたのか、大きな叫び声を上げ、その場に蹲る。

 シルカは自分の例を新たな掟とするため、土地を奪われそうになった母と娘にも相続させた。
 相続者は母親で、母親の財産の相続者を娘にすることも認めさせる。
 村役は例外なく震え上がっており、シルカに抗うなどあり得なかった。
 村民も基本的にシルカを支持している。誰もがいつ死ぬかわからない。死後、家族が平穏に生活していくことは誰もが望む。
 女性に相続権がないなど、村の支配層が土地を奪う方便に過ぎない。そんなことは、村民なら誰でも知っている。
 だから、内心でシルカを支持していた。

 都での権力闘争は、恭順派が勝利する。血みどろの戦いは、都の郊外での決戦となり、1万の兵を揃えた恭順派が、6000の兵の主戦派を破った。
 主戦派に組みして生き残った兵は、懲罰と追撃を恐れて都から落ちた。
 主戦派を主導した政治家や軍人は、斬首され、首はシンガザリ王に届けられた。
 トレウェリは、莫大な税を納める条件で、領土の安堵を保障される。ただし、国主はシンガザリ王となった。

 激変する社会・経済・政治の情勢の中で、村の重鎮たちは変わらなかった。
「シルカを倒さなければ、秩序は守れない」
 1人の重鎮の息子が都の兵であったことから、主戦派の敗残兵を雇い入れることにする。

 重鎮は息子に「都の兵10を村に連れてこい」と命じたが、息子は何かを決められる立場にはなく、村には主戦派の兵50がやってきた。
 人口300の村は、戦で荒ぶる1個小隊相当の敗残兵によって、数時間で占領された。 
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