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第1章 2億年後

01-007 ヒトはどこにいるのか?

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 健吾の電波探知は続いているが、まったく成果がない。無線封止さえ疑い始めた。
 ただ、トランシーバーまで使わない、という選択が2億年前のヒトにできるだろうか、という疑問もある。
 短距離通信用の低出力無線でも、地形や電離層の状態によっては、かなりの遠方まで届くことがある。
 そうではあるが、健吾の努力はまったく実らなかった。

 ミーティングは、夕食後に行われる。
 亜子は「どんな物資でもほしい」と主張。彩華は「人数分のアサルトライフルがなければ、身を守れない」と語気を強める。
 対して、耕介と健吾は、朽ちた車輌の謎とヒトの所在を重要視している。
 だが、2人は言い合いになることを避け、見解の主張を控えていた。
「明日、北20キロまで進出してみる」
 耕介は、それだけを伝える。

 ドローンを飛ばしてルートを探査しながら進む。速度は歩くよりも少し早い程度。20キロ進むのに3時間かける。
 草丈が高く、どこに何があるのか、わからない。この付近には大型のトラックはなく、小型車が圧倒的に多い。
 そして、放棄車輌は、滅多にない。遺棄物資も半日探して目にする程度。
 ただ、遺棄物資や放棄車輌は、まとまっている傾向がある。社会という群を作るヒトの性なのだろうか?

 ドローンが白い屋根を見つけた。
「塗装が残っている」
 耕介の言葉に健吾は「残っているどころじゃない。新品同然だ!」と答える。

「ジムニーだな」
 健吾の確認に耕介が笑う。
「あぁ、JB74のジムニーシエラだ」

 ジムニーは草丈の低い草原で、スタックしていた。左右前輪が溝状の穴に落ち込んでいる。後輪が浮き上がり、牽引しているトレーラーとの連結部は外れかかっていた。
 ルーフキャリアには荷物が積まれたままで、ラックから外れたジェリカンが2缶転がっている。
 トレーラーは軽トラの荷台ほどの面積の平荷台。背の高い幌骨にシートが取り付けられている。

 耕介は、他の車輌と同様に無人だと信じて疑わなかった。
 運転席側のドアを開けて驚く、助手席に女の子、後席にも女の子がいる。
 一瞬、悲鳴を上げそうになるが、辛うじてこらえる。
「健吾!
 ヒトだ、ヒトがいる!」

 2人の女の子は生きていた。
 地面にブルーシートを敷き、毛布を折って、その上に寝かせた。
 1人は水を飲んだが、1人は受け付けなかった。何とかしようとしたが、たいした医学知識しかないので、どうすることもできなかった。
 夕方、彼女は息を引き取った。ひどく痩せていて、栄養不良が原因の死であることは明かだった。

 水を飲んだ子は、さらに水を飲み、ペースト状にしたナシを食べた。
 会話ができる状態ではなく、ランクル・ピックアップの後部座席に寝かせて、連れ帰ることにする。

 耕介が健吾に「ジムニー、どうする?」と尋ねる。
 健吾は「もちろん、持って帰る。この子のものだし、今後これがなければ、この子はどこにも行けない」と。

 埋葬は日没を過ぎてしまった。
 女の子は言葉を発しなかったが、少しの量の涙を流した。
 断続的かつ頻繁に水を飲ませ、ペースト状のナシを食べさせた。

 ジムニーの脱出は簡単ではなかった。トレーラーの牽引を解き、ジムニーのつかえた腹の下の土を掘り、後輪が地面に接したところで、バックで引き出した。
 ユーロ系のナンバーがついていて、右ハンドルであることから、イギリス車だと推測している。
 ジムニーは、耕介が運転することになった。

 キャンプに戻ると、フィオラが来ていた。炊事の煙を目標に、クロスボウを背負って1人で来た。
 重篤な状態の少女をランクルの後席から降ろそうとすると、亜子が「たいへん!」と即反応する。
 彩華は呆然。心美は何が起きているのか理解できない。
 キャンプ用大型テントに運び込む。健吾が使っているエアマットに寝かせ、毛布を掛けた。

 彩華がお粥を作り、彼女は少しだが食べた。ビタミンゼリーはかなり食べた。経口補水液と缶詰のモモをペースト状にしたものを少し。

 ジムニーは物色しなかった。持ち主がいることから、耕介と健吾が反対する。亜子、彩華、心美は、彼女の素性を知りたがったが、耕介と健吾の反対で無断の詮索を諦める。

 収穫を向かえ、秋の気配が増し、冬が訪れても、シンガザリの侵攻はなかった。
 シルカは「秋まきコムギの収穫後に攻めてくる」と断言している。
 耕介と健吾は、コムギ畑をトラクターで耕すバイトで、大量の春まきコムギを入手した。
 自分たちの消費分を除いて、穀物商に売り、銀貨を手に入れた。
 トラクターの威力は絶大で、報酬は収穫したばかりの春まきコムギでいいとなると、豊作だったことから歓迎された。
 フィオラがマネージャー役で、耕作の予約、耕作面積の確認、報酬の受け取り、受け取ったコムギの換金までを取り仕切った。
 トラクターは農耕馬よりも深く耕せ、かつ速いので、高報酬だった。
 フィオラは寡婦の畑の耕作は、ほぼ無償で請け負った。また、種まきは、心美とレスティが手伝った。

 フィオラは父親と彼女の結婚をめぐって喧嘩しているのだが、彼女の村内における評価が高まっていくと、父親が見つけてきた花婿候補から辞退が伝えられた。
「当家の息子には、あまりにも不釣り合いで……」
 父親のフィオラに対する怒りは、治まりそうになかった。

 冬は「それほど寒くない」とシルカたちは言うが、亜子たちには十分すぎるほど寒かった。

 助けた女の子は、エリザベス・キーツ。愛称はリズ。
 リズは、予想した通りにイギリス人だった。ゲートには、時差を補正すると、亜子たちと同日の同時刻頃に突入していた。
 父親は行動距離を重視していて、トラックに積んで運んだジムニーでヒトの生活圏を目指すつもりだった。
 当然、ゲートを抜けると、多くのヒトがいるものと考えていた。
 しかし、亜子たちと同様、誰もいなかった。
 その後の経緯は、亜子たちと同じ。

 日本とイギリスでは、ゲート突入に関して、異なる点があった。
 日本では銃器の携帯が厳禁だったが、イギリスでは車輌単位でライフル1挺が支給された。

 彩華は支給された銃を見て驚いた。
「いくら何でもねぇ。
 リー・エンフィールドNo.4 Mk.1とはね。
 第二次世界大戦期の軍用小銃だよ。
 ないよりはマシだけど……」
 弾は、ブリティッシュ.303で、7.7ミリ口径。.308ウィンチェスターや7.62ミリNATO弾とは互換性がない。
 弾数は100発。
 リスの両親は、1発も撃っていなかった。
 2億年後の動物に対する警戒心がなかったらしい。
 父母がどうなったのかは、彼女は話そうとしない。
 言葉が明確に通じる亜子には心を開いているが、心美でさえ接触しにくかった。

 冬が深まっても雪は滅多に降らない。
 ただ、寒いだけ。それでも、氷点下まで下がる昼間は少ない。耕介は「東京近郊と大差ねぇよ」と平然を装うが、健吾は「東京じゃない。群馬や栃木、北関東の寒さだ」と怒りを含んだ声音で抗弁した。

 心美が始めたランクル・ピックアップによる近隣の村への軽貨物輸送は、結構な人気だった。
 馬車よりも速く、駄載よりもたくさん運べるからだ。
 燃料は、始動以外はひまわり油を使っているから、枯渇の心配がない。
 ランクル・ピックアップはダブルキャブなので、タクシーの代わりもする。
 同時に複数の背負いの行商人を運ぶこともある。
 心美だけでは心配なので、シルカが同行する。情報収集の目的もあるし、現金収入を得る手段でもある。

 厳冬期に入ると、リズは1人で歩けるようになる。だが、土嚢の囲いからは絶対に出ない。
 よほど怖い思いをしたのだろう。
 行動範囲が狭いので、体力の回復が遅い。少しの面積だが、ジャガイモ畑を土嚢囲いの外に開墾している。この農作業には、リズも協力している。畑に動物が入ってくると、リズは石を投げて追い払う。その投擲力が、日々増している。

 耕介と健吾がハンターカブに荷物を積んでいると、リズが「どこに行くの?」と話しかけてきた。
 健吾が「北西に行く。北西で役に立ちそうな道具を探す」と、たどたどしい英語で答える。
 リスが「バイクで行くの?」と尋ね、健吾が「そうだ」と答えると、リスが過呼吸気味になってしまった。

 亜子が耕介と健吾をにらみ付ける。
「コラ!
 何言ったんだ!
 ボケッ!」
 耕介が「何も言ってねぇよ。健吾が北西に行くって言っただけだ」と答えるが、亜子は疑っている。
 リズが説明する。
「恐ろしい動物がいるの。
 悪魔みたいな動物」
 亜子が「ゴリラみたいな歩き方をする……」と尋ねると、リスは首を横に振った。
「ウマくらいの大きさのドーベルマンに似た動物。茶色なんだけど、腰のあたりに黒い縞模様が何本かあるの。
 耳が大きくて尖っていて、牙がすごく長い……」
 そんな動物は見ていない。イヌにいた動物は見ているが、大きさはジャーマン・シェパードくらいの大きさで、体色は背がグレーで腹側は白。牙の長さはイヌ程度。
 明確にイヌではないが、イヌに似ているのは確か。
 リズが見た動物は、別種の可能性があった。
 リズはその動物が恐ろしく、耕介と健吾が無防備に感じるバイクでの調査に彼女は激しく反応した。
「そんな危険なこと、しないで!」

 結局、リズの説得に負けて、ジムニーシエラを借りることになった。
 ガソリンの消費は抑えたいが、ハンターカブでは物資を見つけても運べない。ジムニーシエラで空荷のトレーラーを牽引していくことにする。
 盛大に跳ねるだろうが、ゆっくり進むしかない。
 銃は動物に対する護身用として、ウィンチェスターの5連発を持っていく。銃は健吾が使い、耕介はクロスボウを持つ。

 耕介と健吾は、表向き「物資の探査だ」としていたが、2人の中では「North46の手がかりを探す」ことになっていた。
 だから、車輌が機動力に劣るジムニーに代わったことは、あまり歓迎していなかった。地形は平坦で、森以外の障害物はほとんどないのだが、クルマにはきつい段差や陥没穴が進路をしばしば妨害する。
 今回の調査は、なるべく広範囲を走り、ヒトの存在、ヒトの痕跡、ヒトの行方がわかる情報を得ることが目的だ。

 揺れる車内で耕介が助手席の健吾に話しかける。
「心美の情報をどう思う?」
「耕介、俺は事実だと思う。
 隣接しているヒトの国がエルフの国よりも、はるかに高度な科学技術を有しているはずがない。
 12国に分裂しているとの情報も、我の強いヒトらしい」
「一部の国には、王がいるらしいぞ」
「まぁ、あり得るね。
 科学技術の退化と、社会体制の退行は無関係じゃないだろうし……」
「健吾、封建国家だぞ。
 俺はそんなところじゃ、生きていけねぇ」
「耕介はもちろんダメだろうが、俺も無理だ」

 2人は直線的に北西に向かえず、いったん北東方向に進む。
 半日進むが、森が邪魔をして、進路を北西に変更できない。それどころか、より北東方向に進まなくてはならなくなる。
 健吾が「引き返すか?」と尋ねると、耕介は「正しい行動だろうが、半日分の燃料が無駄になる。北西に行く理由も曖昧だ。ここは、なり行きに任せたらどう?」と答えた。
 健吾は納得できなかったが、反論する根拠がなく無言で従った。
 北西なら遺棄物資発見の可能性があるが、北東ではその可能性が低くなる。何もない荒野を進んでも、成果は期待できない。
 だから、北東に進むことには内心では反対だった。だが、耕介の判断も理解できるから、消極的に従った。

 健吾はジムニーの助手席で、耕介はトレーラー内で朝を迎えた。
 どちらも寒かったが、防寒を万全にしていたので眠れないほどではなかった。

 健吾がトレーラーのアオリを叩く。
「耕介、起きろ。
 水の音がする」
 耕介は目覚めてはいたが、身体が弛緩していて、シュラフから抜け出せなかった。
 だが、「水の音」と聞いて、即反応する。

「あぁ、確かに聞こえるな」
 耕介が同意し、草原の彼方を指差す。
「あっちだ。
 行ってみよう。川があれば、その畔でメシにしよう」
 健吾が運転し、耕介が助手席に座る。パジャマ代わりの厚手のスウェットを着たままだ。

 川幅は10メートルほど。水深は浅く、激流ではないが流れが速い。
 健吾は河原に乗り入れ、ジムニーを止める。
「健吾、薪を拾って、焚き火だ!
 寒くてたまんねぇ」

 枯れ草に燃え移ることを恐れて、焚き火はしてこなかったが、広い河原で豪快に木を燃やす。
 凍ってしまった焼きおにぎりを、炎の近くで解凍する。燻製の魚を炙り、湯を沸かす。
 視界が広がったためか、開放感が増す。耕介と健吾は、気持ちが明るくなっていた。
 当然、警戒心は緩んでいる。

 2人は幸運だった。
 川の水で洗顔し、白湯を飲み、焼きおにぎりを食べ、魚の燻製を咥えている状態だった。
 焚き火は燃せ盛っていた。
 リズが目撃した動物の群が、200メートル西に現れる。
 群は20頭以上。
 ウマ並みの大きさで、体型はイヌに似ている。頭部はドーベルマン、胴体はジャーマンシェパード、尾はカンガルーに似ている。
 牙がやたらと長く、サーベルタイガーを彷彿とさせる。

 最初に健吾が気付き、耕介に「おい、耕介、あれ」と伝える。
 耕介が魚の切り身燻製を咥えたまま、撤収を始める。健吾は、ゆっくりとジムニーのドアを開ける。
 動物のほうも突然の遭遇で面食らったようで、品定めするかのように見詰めていた。

 きっかけは、耕介がステンレス製のマグカップを落とし、カップと石とが甲高い音を立てたことから始まった。
 怪物級捕食者の群が突進してくる。
 耕介と健吾がジムニーに飛び乗り、耕介の運転で走り出す。
 追いつかれはしたが、河原から抜けたこともあり、どうにか逃げ切る。
 ひたすら、下流に向かって走る。
 襲われる前、耕介と健吾は「計画通りに西に向かおう」と合意していた。
 だが、いまは東に向かって走る。

 川に沿って東に走っていくと、彼方に建物を見つける。

 木造の建物が70棟ほどある。どれも古い。街は、ゴーストタウンの趣だ。
 川は幅が急に広くなり、水量が増した。湖のようにも見える。
 耕介が水を舐める。
「少し、しょっぱいな。塩湖か?」
 健吾は「海かもしれない。東にかなり走った。深い湾の可能性もある」と答える。

 ゴーストタウンは、川に沿ってメインストリートが造られている。メインストリートは、河畔から少しずつ離れていき、やや高い地形に延びていく。
 無数ではないが、アベニューが多い。すべての道は未舗装で、道幅は6メートルほど。建物は無塗装。丸太を重ねたログ風の建物ばかり。
 そのためか、壁が崩れた家は少ない。
 火事を警戒してのことか、各棟は十分な間隔があり、軒を連ねてはいない。
 すべての棟は通りに面していて、商店らしき建物もある。
 錆びて塗装が残っていないクルマが、点々としている。
 耕介が「50年は経っている感じだな」と告げると、健吾が「1世紀以上前かも。でも、電気があった」と電信柱を指さす。電線は失っているが、碍子〈がいし〉は残っている。

 耕介が「あれは、工場か?」と問い、耕介が「そうみたいだ」と答える。
 2人はクルマで、街外れの廃工場に向かう。
 2人がクルマを降りる。

 耕介が「製材所みたいだな」と言い、健吾が「家の作りとは違う。フレーム構造の木造みたいだ」と返す。

 少し離れたところにも工場があった。
「何だ?」
 黒い水たまりを指さし、健吾が問う。
「タールだ。
 踏むなよ」
 耕介の忠告を受けて、健吾が黒い物体を迂回する。
 健吾が「石油の精製施設だな。ここは。原油が自噴している」と褐色の池を指さす。
「分留して、燃料を作っていたんだ」
 健吾の説明に耕介が驚く。
「ガソリンも作れる?」
「あぁ、可能だ」
 健吾の答えに耕介が満足する。
「ここの設備じゃ古すぎて無理だけど」
 健吾の言葉に耕介がうなだれる。
 健吾が「建物だけど、古いものと、もっと古いものがある」と言い、耕介が「あの大きな建物は何だ? 民家じゃない。倉庫か」と2棟並ぶ大型の建物を指さす。

 倉庫の扉は閉じられていたが、施錠されてはいなかった。1棟に2台ずつ、1棟には東欧系の軍用トラックと西欧系の軍用トラックが1台ずつ。もう1棟には、民間4輪駆動トラックとキャブオーバートラック風4輪装甲車が残されていた。
 キャブオーバートラック風4輪装甲車が、目視では一番新しい。タイヤにはエアが残っていて、どう見ても他の車輌とは放棄された時代が違う。
 健吾が「装甲車か?」と確認すると、耕介は「ドイツ製のESKムンゴだ」と説明する。
「これに乗ってきたヒトたちは、どうしたんだ。ここで、死んだのか?」
 健吾が続けた疑問に耕介が、逆質問する。
「死んだ?
 自然死はないだろう。
 誰か、何かに殺された?
 俺たちを追った動物かもしれない」
「耕介、これは軍用車なんだろう?
 ならば、兵隊が乗っていたんじゃないのか?
 武器は?
 小銃くらいは持っていただろう?」
 耕介が荷台の側面ドアを開ける。
「後部が荷台に使われている。
 生活物資を運んでいたみたいだ。
 紙おむつが残っている。衣服もあるね。
 他は、全部使ったみたいだ」

 耕介が燃料タンクを調べると、空だった。タンクの底と燃料パイプ内に残っている残量は推定1リットルか2リットル程度。
 これでは、どこにも行けない。
 ゴーストタウンに達して、進退窮まったのだ。あるいは、原油を精製して軽油を得ようと考えたのかもしれない。

「村の入口近くにあった大きい建物に行こう」
 健吾に促されて、耕介がジムニーに乗る。

 建物は、外観と内装が事務所然としていた。19世紀末の村役場という雰囲気だ。
 ガラスが残っており、屋内に侵入した砂は少ない。ただ、埃はたまっている。

 事務所奥の部屋で、耕介が見つける。
「健吾!
 来てくれ!」

「船を建造していたんだな。
 壁に貼られた図面。プリンターで出力した色褪せた写真をみると、この村で数隻の木造船が建造されていたことがわかる。
「船台で船を造っていたのか。
 ヒトと比較すると、40メートルくらいの長さがある。吃水が深いな」
 健吾の説明を聞いていた耕介が「どう思う?」と意見を尋ねる。
 健吾は考えをまとめる。
「この村は1世紀近く維持された。
 ここが村の入口にあるように、North46だ。
 移住者の終着点の1つだったが、20年か30年前に閉鎖された。理由はわからないが、たぶん、船でどこかに行った」
「理由はわかるさ。
 食い物がなくなったか、燃料がなくなったか、誰かに攻められたか。
 攻めたのは何かかもしれない」
 健吾は耕介の推測は、正しいと思った。

 ひどく破壊された家がある。外観は民家だ。
 耕介が吸い込まれるように、調べに向かう。健吾は、受動的にあとを追う。

 ドアを開けて、眼前に飛び込んできた光景に驚く。
 軍服を着た白骨遺体。片腕と片足がない。それと、健吾たちを追った動物の白骨。全身の骨格が残っている。
 傍らに自動小銃があり、残っている手には拳銃が握られていた。
 耕介が息を吐く。
「あの動物と戦ったんだ。
 1人ではなかったと思うが、最後は1人になってしまった。足を食われ、腕をもぎ取られ、最後は拳銃で戦った。
 かわいそうに」
 自動小銃は潰れていて、拳銃はホールドオープンの状態だ。
 健吾が動く。
「拳銃と弾薬をもらっていく。
 そして、埋葬してあげよう」
 耕介が「そうだね」と了解した瞬間、ジムニーの始動音が聞こえた。

 2人は必死でジムニーを追ったが、追い付くはずがない。
 トレーラーが跳ねて、牽引が溶けてしまい、横転した。そして、ほぼ空荷のトレーラーだけが残された。

「クソッ!
 誰かいたんだ!
 あの兵隊の仲間か?」
 耕介の問いに健吾は否定する。
「違うな。
 あの白骨、1年や2年前じゃない。
 それに、仲間なら埋葬くらいするだろう。
 たぶん、徒歩でここまで来たんだ。そこに俺たちが来て、クルマを奪う算段をしていた。
 やられたよ」
「健吾、盗んだヤツ、見たか?」
「いや、まったく。
 耕介は?」
「俺も見ていない。
 男か女か、何人いたかもわかんねぇ。
 で、どうする、健吾?」
「歩くしかないだろう」
「あの化け物イヌに襲われたら?」
「走って逃げる」
「俺は嫌だ!」
「なら、どうするんだ?
 耕介、案があるのか?」
「あの装甲トラックを使う」
「修理する?
 自信は?」
「やってみないとね。
 健吾、トレーラーの積み荷にひまわり油があったよな」
「あぁ、軽油20リットル、ひまわり油40リットルがあるよ」
「って、ことは、俺たちには、まだ運が残っている」
「耕介、食い物は?」
「諦めるしかないな。
 2日くらい食わなくても餓死はしない。
 それとも釣りでもするか?」
「まずは、修理だ」

 耕介と健吾は、背にザックを背負っていた。何があっても生き残れるように、最低限の荷物は身体からは離さない。
 これは、大災厄後に身体に染みついた習慣。2億年後、この習慣はさらに強くなった。
 耕介が微笑む。
「ジャンプスターターは、担いでいる。
 不幸中の幸いだよ」

 その夜、健吾はトランシーバーを使った。直線で、110キロ以上離れているはず。走行距離だと、150キロを超えていた。
「クルマを盗まれた。
 犯人がそっちに向かうかもしれないから、ジムニーには気を付けてくれ。
 俺たちは、直せそうなトラックを見つけたので、修理している。
 心配はするな。キャンプを守ってくれ」
 これを、4回繰り返した。応答はなかったし、無線が届いた可能性は低かった。
 だから、耕介が必死に修理している。

 ムンゴ装甲トラックのエンジンは、比較的簡単に始動した。故障はなく、燃料切れの状態だった。
 耕介が燃料系をチェックして、ジャンプスターターをつなぐと、セルモーターが回転し、2回目のトライで始動した。

「健吾、ここでは燃料系の改造ができない。
 軽油は20リットルしかない。走れて、100キロだ。軽油にひまわり油を混ぜよう。1対1で混ぜれば、計算上は200キロ弱走れる」
 健吾に異存はなかった。彼は、耕介の判断に任せる。

 軽油とひまわり油の混合燃料は、どうにかエンジンを稼働させている。あまり、不安定さを感じないが、粘性が高いことから燃料噴射系に異常が発生する可能性がある。
 耕介は、それを心配している。
 それと、ジムニーのトレーラーとムンゴは連結部の構造が異なり、放棄しなくてはならなかった。
 軽油とひまわり油を入れたジェリカン、飲料水を運んでいた白ポリタンク、健吾の寝具は回収した。
 ジムニーに積んでいた、ガソリンを入れていたジェリカン2缶、食料、調理器具、耕介の装備の一部を失った。

 キャンプが見えてくると、耕介と健吾はやっと笑った。

 亜子は、北から接近する見知らぬトラックに対して、最大級の警戒をする。
 キャンプにいた全員が武器を手にする。
 健吾の無線は届いていた。
 その後、警戒して無線を封止した。キャンプが応答することを危惧したからだ。しかし、亜子は健吾の忠告を忠実に守った。
 キャンプも無線封止していた。

 健吾がリズに「クルマ盗まれちゃった。ごめん」と謝った。
 リズは「帰ってきてくれてありがとう」と答えた。
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