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第2章 相馬原
02-037 恐れるべきもの
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この夏、相馬原には新しい仲間ができた。
1人はチーちゃんという3歳くらいの女の子で、朝早く由衣と愛美が地下施設の近くにいるところを見つけて連れてきた。
服は汚れていなかったが、右足は裸足で、空腹だった。
看護師である夏見智子が手当てをし、食事を与え、温泉に入れると、その後はよく眠ったという。
おしゃべりの上手な子だが、どうやって相馬原に来たのかは皆目わからない。
もう1人は有村沙織、12歳。
東松山のグループに属する一家に虐待されながら、必死で働いていた子だ。奴隷のように扱われていた。
この状況を見かねた若者数人が、一家の主に殴りかかり、返り討ちに遭っていたところに、ラダ・ムーと花山真弓が遭遇した。
若者グループの女の子から「助けて欲しい」と懇願されて、ラダ・ムーが仲裁に入ったが、主の大男が殴りかかってきた。
ストップウォッチ計測だが、ラダ・ムーは100メートルを8秒台前半で走る。跳躍の最高到達点は5メートルを軽く超える。
ホモ・サピエンスとは次元の異なる身体能力を持っている。
さらに、彼は近接戦闘に秀でたホモ・ネアンデルターレンシスの戦士だ。
ホモ・サピエンスの並以上の身体能力を持つ大男でも、殴り合いで敵うはずはない。
大男はラダ・ムーのパンチを腹に3発食らって、呼吸ができなくなり、蹲って喘いだという。大男のパンチはラダ・ムーに1発もあたらず、格の違いを見せつけたようだ。
これ以来、ラダ・ムーは東松山の人々から“怪力ムーさん”と呼ばれるようになった。
ちなみに井澤貞之は“社長”、花山は“将軍”、奥宮要介陸士長は“地蔵さん”、来栖早希は“博士”、香野木恵一郎は“若旦那”と呼ばれている。
来栖は、手に入れた新幹線の2階建て客車を利用して、夏の初め頃から週2回の学校を開いた。
だが、子供たちが毎日学校に行きたいといい出し、さらに北や南のグループの子供たちも参加するようになって、井澤貞之や金平彩華も講義をさせられていた。南や北の何人かがにわか教師に加わって、教科書のないおもしろ授業を行った。
有村沙織は学校に行ける、と泣いて喜んだ。笹原大和は、微妙で参加したりしなかったりだ。それをとがめる大人はいない。
南は技術者集団なので、かなり実践的で有用な授業が多く、大人たちも参加することがある。
半地下1階の車庫では、センチュリオンのエンジン換装に全力を挙げていた。
それと、74式戦車が手に入った。城沼の戦いで一撃で砲身を切断された車輌だ。
この戦車は、車体後部機関部を真上から光の矢で射貫かれてもいた。光の矢は、エンジンを通り抜け車体の底まで貫通している。
貫通部には直径三〇センチの穴が開いている。
エンジンブロックの一部は完全に溶解しており再生困難で、再利用はできない。
しかし、砲塔を含むそれ以外は健在で、エンジンさえ交換できれば十分に使える。
この戦車を、危険を冒して回収してきた連中がいるのだ。頭が下がるのだが、それだけに値が張った。金10キロの買い物となった。
しかし、これで戦車は3輌になった。
この74式戦車には、砲塔と車体に炭素繊維系耐熱材を貼り付け、耐熱塗装を施す予定だ。
センチュリオン1号車の砲塔には、いろいろな付属物が取り付けられている。
加賀谷真梨は、これをすべて撤去し、砲塔の周囲に炭素繊維系耐熱材を貼り付けた。
センチュリオンの機関室は非常に大きく、少々大きなエンジンでも納められる。
エンジンは、トレーラートラックのトラクターヘッドから移植した。
水冷V型10気筒、排気量30リットルの自然吸気で、600馬力を発生する。排気ガス対策装置の撤去やインタークーラー付きターボチャージャーの追加などのチューニングで、750馬力を発揮できる。
センチュリオンのオリジナルエンジンであるロールスロイス・ミーティアは650馬力だが、新エンジンは数値で上回り、低速トルクに優れていることから実質的に30パーセント近い出力向上を果たしている。
変速機は同じものをそのまま使った。
オリジナルのセンチュリオンは時速35キロと低速だが、我々の軽量化したセンチュリオン改は時速45キロを出せる。
相馬原では、この戦車に過大なほどの期待をしていた。
2号車は部品供給用だが、このときには砲身が切断された74式戦車に砲身を供給することが決まっていた。
74式戦車はエンジンの換装ができれば、動かすことができる。エンジンの確保に目処がつけば、砲身を付け替える予定だ。
9月、間もなく人類の運命を決定的に変えた消滅現象発生から1年になる。
センチュリオン改の走行試験をかねて、新潟への遠征を計画した。片道180キロあるが、オリジナルのセンチュリオンの燃料タンクは1000リットルもあり、行動距離は450キロに達する。燃費のいいディーゼルエンジンに換装したため、行動距離はさらに伸びている。
新潟まで無給油で往復できる。少々無謀だが、60APC(60式装甲車改)が同行し、6人で新潟を目指すことにした。
計画では、国道17号に沿って三国峠を越え、湯沢に至り、魚沼を経由して小千谷から日本海に向かう。そして、新潟市付近の海岸に達する。
難関は三国峠だが、三国トンネルが通行可能なことは知っていた。トンネルは宝の山だ。全長1200メートルに達するトンネルは、誰かが必ず探索している。
その他にもわかっていることがある。日本海側の生き残りは、冬が来る前に太平洋側に移動している。新潟方面はあまりに雪が多く、そして寒く、ヒトが生存するには適さない地域になってしまった。
センチュリオン改には、香野木、ラダ・ムー、葉村正哉、金平彩華。
APCは、奥宮と加賀谷真梨。
この6人で日本海を目指す。
ラダ・ムーによれば、オークは狭い海峡を除いて海を渡らないが、ギガスは海上飛行を厭わないらしい。地中海を渡ることもあったという。
ならば、日本海を渡る可能性がある。真冬の日本海は荒れるが、低空とはいえ空中を進むギガスには障害とはならないかもしれない。
ただ、基本的にはギガスも水を嫌うので、サハリン→北海道→本州と南下してくるか、朝鮮半島→北九州→本州とたどる可能性が高い。
ラダ・ムーによれば、ギガスは菜食で農耕を営む。
しかし、自分たちは働かない。そのため、役畜としてヒトを使役する。彼らの心理からすれば、関東には2万のヒトがいるのだから、それを一網打尽にしたいと考えている。
必要があれば、オークとも一戦を交えるつもりだろう。
だから、日本海を押し渡って、新潟から糸魚川間の海岸に上陸し、一気に関東平野を目指す可能性がある。
ナホトカ付近から新潟への直接渡海もあり得る。
その場合の戦場は2カ所。三国峠付近で迎え撃つか、碓氷峠で待ち受けるかだ。碓氷峠の場合、ギガスは上越→長野→上田→小諸→安中→高崎に至るルートを進んでくる。
ラダ・ムーによれば、ギガスの乗り物は険しい地形が苦手だという。
大型は全長100メートル、全幅20メートル。中型は全長25メートル、全幅8メートル。小型でも全長7メートル、全幅3メートルもある。小型のサイズは、ヒト側の主力戦車と同程度。
ラダ・ムーの見立てでは、三国峠ルート、碓氷峠ルートのどちらを進むとしても、小型以外は関東平野に達することはできない。
三国峠ルートは三国トンネルと関越トンネルを封鎖してしまえば、足止めできる。少ない戦力でも何とかなる。
しかし、碓氷峠は国道18号の痕跡に沿って進めば、群馬側に到達できる。
ギガスの武器は基本はオークと同じで、乗り物にはヒト側の武器に対する防御性能はないらしい。ただ、図体がでかい分、外壁が堅くて厚く、オークよりも厄介だそうだ。
相馬原のメンバーが戦車を求めた理由は、ギガス対策のためだ。戦車の主砲で、ギガスの乗り物を叩く。
中央アジアや欧州戦線において、戦車が有効な働きをした理由はギガスが相手だったからだ。
オークは地上に広く分散して降下したので、戦力の集中ができず、個々に孤立した状態が続いているらしい。
日本の人々が初めて接触したのはオークだったが、欧州や中東ではギガスの侵攻のほうが早かった。
日本と欧州・中東では事情が違っているのだ。
対オーク戦には小型・軽量で機動性が高い大口径機関砲を搭載した装甲車輌が適していて、ギガスには一弾の威力が大きい戦車が適している。
だが、ギガスもオーク同様、身体能力に優れた歩兵がいる。
ラダ・ムーの話では、ギガスの鎧は装甲が厚く、剣や槍は無力だそうだ。対ギガス戦でも高機動車輌が必要かもしれない。
勢力を盛り返してきた新座グループは、正丸峠の突破を企図したが、飯能グループの反撃で退いた。彼らは冬を前に、焦り始めているようだ。
新座グループを除いて、関東には有力な集団が5つあった。
日本国臨時政府を名乗る市ヶ谷台グループ、埼玉県南西部を拠点にする飯能グループ、埼玉県中央に位置する東松山グループ、群馬県中央を束ねる高崎グループ、そして相馬原周辺の榛名山麓グループだ。
東北、神奈川・静岡東部、山梨・長野南部、日本海方面から移動してきた人々を含めて、関東の総人口は二万に達する。
現在の状況において、一致団結して、オークやギガスに対処するという対応はとれない。各グループごとに思惑があるからだ。
相馬原は今後の対応を、各地に無線で伝えた。
もし、ギガスが新潟、柏崎、上越のいずれかに上陸してきた場合、三国峠で防戦することを伝えた。
ヒトの多くは、現在の状況が、オークとギガスの戦争のとばっちりによるものだということは知っていたが、ギガスがどういう動物なのかは知らない。実際、相馬原のメンバーも知らない。
ただ、欧州や中央アジアでの戦闘は、ヒト対ギガスによるものがほとんどで、ギガスはオークよりも組織だった行動をしていることは知っている。
だから、市ヶ谷台を含めて、ギガスを恐れている。
ただ、オークとギガスの戦争ならば、勝手にやらせておけ、という意見も少なくない。しかし、オークとギガスの争いの種は、ヒトだ。オークにとってヒトは食料であり、ギガスにとってヒトは農地開墾の労働力、家畜として必要なのだ。
ヒト側からすれば、オークには、別なものを喰え、と言いたいし、ギガスには、自分で働け、と諭したい。
コミュニケーションが成立すればそれも可能だろうが、意思の疎通はネコやイヌほどもありはしない。
結局は戦うしかない。戦って、諦めさせるか、殲滅するしかないのだ。
ギガス侵攻前にオークを叩くべきだという意見は強い。それは一理ある。その前に新座グループを叩く、という意見もある。まったくの道理だ。
新座グループが勢力を盛り返しているといっても、たかがしれている。飯能グループのキャラバンが襲われた際、その報復として155ミリ榴弾を秩父に撃ち込んだ。
高崎グループは新座グループの跋扈に立腹し、プロペラの戦闘機を手に入れていたらしく、これに手製の油脂焼夷弾2発を搭載して、秩父を“爆撃”したという情報もある。
新座グループの構成員は、あらゆるグループから狙われていることを認識していない。また、多くのヒトから、己が所行により、深い恨みを買っていることを知らない。
宗教やオカルト系の小グループも、新座グループを嫌っている。彼らから見ても、思想信条を上から目線で押しつけてくる新座グループは鼻持ちならないらしい。
まぁ、それはよくわかる。新座園子の「説明しても理解できないなら排除しなさい」は、異なる考えを持つすべてのヒトを敵にする。
誰もが「その前に排除してやる」となる。話し合いができないなら、即殺し合いだ。
相馬原が対ギガス戦の方針を発表すると、碓氷峠ルートは高崎グループが、佐久から十石峠を経て本庄に至るルートは東松山グループが、十石峠から秩父に至り飯能に達するルートは飯能グループが監視を受け持つことになった。
だが、市ヶ谷台からはオークを撃ちたいという意見が出た。オークを撃つには、その前に背後の敵である新座グループを叩かなくてはならない。
同属同士の殺し合いは好まないが、「説明しても理解できないなら排除しなさい」が是の集団には、それ以外の対処がない。
結局、市ヶ谷台が155ミリ榴弾50発を用意し、飯能と東松山のグループがM109自走砲と75式自走155ミリりゅう弾砲をもって、正丸峠付近から秩父に撃ち込むことになった。
決行は9月中旬頃、その直後にオークを攻める。
相馬原の総意として、新座グループへの攻撃は了承したが、香野木個人としては賛成ではなかった。
暴力は連鎖するとか、憎しみを超えるべきとか、そういった教条主義的な考えからではない。
新座グループは環境に適応できない集団で、放っておいても自滅する。
2度の消滅現象によって、世界は変わった。しかし、それが受け入れられず、彷徨うヒトがいる。現状を是認できない集団や個人には、宗教グループやオカルト的思考のヒトの一部にもいるだろうが、他者を迫害しなければ攻撃の対象にはならない。
新座グループは「説明しても理解できないなら排除しなさい」がすべてだった。彼らが現状を理解できないから、現状に即した行動をとるヒトが憎くなるのだ。
作戦決行の直前、砲撃はより秩父に近い芦ヶ久保からと決まった。芦ヶ久保まで前進した理由は、前橋付近の小集団が保有している120ミリ迫撃砲も参加させるためだという。
さらに、寄居からも高崎グループが保有する155ミリのM109自走砲が作戦に参加するそうだ。
新座グループを叩くと決まれば、こうなることはわかっていた。新座グループは悪行を重ねすぎた。
当然のように、相馬原の南側のグループもM109を展開させることになった。もう、止められないし、止める理由もない。
155ミリ榴弾だけでも200発が撃ち込まれる。秩父の谷は、阿鼻叫喚の地獄と化す。しかし、それは自業自得だ。
暴行のすえ殺されたヒト、性的暴行を受けたヒト、逃亡の途中で力尽きたヒト、眼を潰されたヒト、手を切り落とされたヒト、親を殺されたヒト、子を殺されたヒト、新座グループの仕業がヒトの無尽蔵の恨みを生み出したのだ。
相馬原は、射程が短いことを理由に74式自走105ミリりゅう弾砲を出さなかった。
だが、井澤貞之は、この作戦に単身で参加する。彼にはそうする理由がある。
作戦終了後、香野木は、結城の操縦で秩父を偵察した。もともと地上には何もないが、家代わりの鉄道車輌やクルマの残骸が残るだけだった。
これでは、今年の冬は越せない。
死体が点々と残されている。動くヒトの姿はない。
これで、短い期間だろうが新座グループはおとなしくなるだろう。
その間に、オークの根拠地である佐野を叩く。
オーク攻撃の作戦は、市ヶ谷台が立案した。攻撃の主体は市ヶ谷台で、戦車と装甲車の大半を投入する。
相馬原は、対空自走砲2輌、装甲輸送車2輌を参加させる。人員は、香野木、花山、彩華、正哉、来栖、ラダ・ムー、加賀谷真梨、井澤貞之、の8人に達する。奥宮、畠野、夏見、結城、百瀬、井澤加奈子は、相馬原守備のため残る。
相馬原に残す実働可能な装甲車輌は、センチュリオン1輌、自走10榴改2輌、APCの計4輌だ。ヒトが攻めてきても、オークが襲ってきても、ギガスが現れても、一定の戦闘と待避が可能だ。
攻撃発起のその日、対空自走砲と装甲輸送車各2輌は、前橋付近で利根川を渡った。
前橋の小集団は、利根川の氾濫を恐れて南西に移動し、高崎グループと合流している。ただ、彼らは高崎グループに編入されたのではなく、独自の行動を行っている。
その理由は新座園子にある。
ヒトが生き残り、茫然自失の状況から少しだけ脱し、生き残る手立てを求め始めた頃、秩父を掌握した新座園子は、ある種の全体主義を掲げて、暴虐な行動に出た。
生き残ったヒトを集めて、新国家建設を断行しようとしたのだが、辛うじて今日の糧を確保することで精一杯のヒトを強制的に連行し、人口増を狙って強制結婚制度を作り強行した。
新座グループの方針に従わないヒトは、暴行、殺害、陵辱を受けた。それは、秩父一帯に非難しているヒトに限らず、彼らが接触するすべての生き残りに向けられた。
さらに病気や怪我を負っていると、国家の建設に支障がある、として殺害した。
前橋グループは、新座グループに対して特段の恨みを持つヒトが組織した集団だ。
相馬原の4輌は利根川渡河の際、この前橋グループと接触した。彼らが渡渉点を確保してくれたのだ。直径2メートルほどのコンクリート製パイプを水流と同方向に数本並べて、架橋してあった。
リーダーは30歳代後半の男で、左の頬に新しい火傷の跡がある。
香野木が「あなたたちも参加するのか?」と問うと、リーダーは「いや、渡渉点を確保しているだけだ。俺たちは、秩父を叩く。こちらが大軍を動かせば、連中は必ず現れる」と言った。
香野木は「あれだけ叩いたのだから、簡単には動けないだろう」と応じると、彼は「連中は狂信者だ。奇妙なお題目を掲げているが、ただの殺戮マニアだ。
あんたたちが、オークとかいう化け物を叩いている間、俺たちは新座園子のケツの穴に花火でもぶち込んでやるよ」
「昨日もやったようだな」
「あんたのところのMD500に見られていたのは知っていた。
秩父から寄居方面に向かっていた車列を叩いた」
「プロペラ機を使っていると聞いたが……」
「エンブラエルのスーパーツカノ。ターボプロップのCOIN機だ」
「爆弾を搭載できるのか?」
「機関銃弾以外は、手作りなんだよ。爆弾ではなく、鉄パイプにゲル化したガソリンを詰めて、信管を付けた粗製焼夷弾だ」
「複数機が飛んでいると聞いたが……」
「スーパーツカノは4機ある。他にセスナのドラゴンフライが2機。この2機はジェット機。合計6機だ。
雑多なCOIN機ばかりだが、それでも一定の戦力だ」
「よく集めたな」
「あぁ、新座園子憎しの一念だよ。それと、市ヶ谷台の金〈きん〉だ。連中は金〈かね〉に糸目を付けず、景気よく何でも買ってくれる」
これが相馬原の4輌が渡り終えるまでの短い時間での会話のすべてだった。
この仮設橋は高崎グループも使用し、利根川左岸に進出する。
高崎グループは、イギリス製のスコーピオン軽戦車シリーズを6輌も投入してきた。だが、この戦車はガソリンエンジンだ。オークの兵器が命中すれば一瞬で火だるまになってしまう。
相馬原のメンバーは高崎グループと合流し、利根川河岸から離れて走行し、足利付近を目指す。
9時を少し過ぎた頃、東武伊勢崎線太田駅北方付近の丘陵地帯に到着、先に到着していた飯能と東松山の両グループと邂逅、市ヶ谷台グループの進出を待った。
1時間が過ぎても市ヶ谷台グループは現れない。各グループとも異常を感じ、いったん後退の意見が出始めた。
相馬原も後退の意思を固めたその時、市ヶ谷台から無線が入る。
「佐野にオークがいない。移動した模様」との内容だが、“いない”とはどういう意味なのか、オークの大気圏突入カプセルに移動能力があるとは信じがたい。
にもかかわらず、移動したとはどういうことなのか。
謎は多いが、ここに留まっても謎は解けない。また、この場に留まることは危険すぎる。
各グループは、直ちに移動を開始し、全グループが集団を組んで、全周警戒をしながら利根川を目指した。
利根川渡河では、高崎グループが撤収する相馬原グループの上空警戒をしてくれた。
このような事態に至った詳細な情報は得られていないが、どうも市ヶ谷台のヘリコプターが偵察したところ、佐野にあったオークの巨大カプセルがなかったらしい。
この情報は確かなようで、前橋グループの航空偵察でも確認された。
ヒト側は、予想だにしなかったオークの拠点移動によって、攻撃の出鼻をくじかれてしまった。
また、関東平野一帯の全グループが連携した今回の作戦は、利害の一致を摺り合わせて、兎にも角にも同一行動をしよという連帯感に傷を付けた。
市ヶ谷台グループは、信用を大いに失墜させ、飯能と東松山の両グループは市ヶ谷台に対決姿勢を見せるようになる。
この状況に、相馬原の面々は暗澹たる気持ちになっていた。
1人はチーちゃんという3歳くらいの女の子で、朝早く由衣と愛美が地下施設の近くにいるところを見つけて連れてきた。
服は汚れていなかったが、右足は裸足で、空腹だった。
看護師である夏見智子が手当てをし、食事を与え、温泉に入れると、その後はよく眠ったという。
おしゃべりの上手な子だが、どうやって相馬原に来たのかは皆目わからない。
もう1人は有村沙織、12歳。
東松山のグループに属する一家に虐待されながら、必死で働いていた子だ。奴隷のように扱われていた。
この状況を見かねた若者数人が、一家の主に殴りかかり、返り討ちに遭っていたところに、ラダ・ムーと花山真弓が遭遇した。
若者グループの女の子から「助けて欲しい」と懇願されて、ラダ・ムーが仲裁に入ったが、主の大男が殴りかかってきた。
ストップウォッチ計測だが、ラダ・ムーは100メートルを8秒台前半で走る。跳躍の最高到達点は5メートルを軽く超える。
ホモ・サピエンスとは次元の異なる身体能力を持っている。
さらに、彼は近接戦闘に秀でたホモ・ネアンデルターレンシスの戦士だ。
ホモ・サピエンスの並以上の身体能力を持つ大男でも、殴り合いで敵うはずはない。
大男はラダ・ムーのパンチを腹に3発食らって、呼吸ができなくなり、蹲って喘いだという。大男のパンチはラダ・ムーに1発もあたらず、格の違いを見せつけたようだ。
これ以来、ラダ・ムーは東松山の人々から“怪力ムーさん”と呼ばれるようになった。
ちなみに井澤貞之は“社長”、花山は“将軍”、奥宮要介陸士長は“地蔵さん”、来栖早希は“博士”、香野木恵一郎は“若旦那”と呼ばれている。
来栖は、手に入れた新幹線の2階建て客車を利用して、夏の初め頃から週2回の学校を開いた。
だが、子供たちが毎日学校に行きたいといい出し、さらに北や南のグループの子供たちも参加するようになって、井澤貞之や金平彩華も講義をさせられていた。南や北の何人かがにわか教師に加わって、教科書のないおもしろ授業を行った。
有村沙織は学校に行ける、と泣いて喜んだ。笹原大和は、微妙で参加したりしなかったりだ。それをとがめる大人はいない。
南は技術者集団なので、かなり実践的で有用な授業が多く、大人たちも参加することがある。
半地下1階の車庫では、センチュリオンのエンジン換装に全力を挙げていた。
それと、74式戦車が手に入った。城沼の戦いで一撃で砲身を切断された車輌だ。
この戦車は、車体後部機関部を真上から光の矢で射貫かれてもいた。光の矢は、エンジンを通り抜け車体の底まで貫通している。
貫通部には直径三〇センチの穴が開いている。
エンジンブロックの一部は完全に溶解しており再生困難で、再利用はできない。
しかし、砲塔を含むそれ以外は健在で、エンジンさえ交換できれば十分に使える。
この戦車を、危険を冒して回収してきた連中がいるのだ。頭が下がるのだが、それだけに値が張った。金10キロの買い物となった。
しかし、これで戦車は3輌になった。
この74式戦車には、砲塔と車体に炭素繊維系耐熱材を貼り付け、耐熱塗装を施す予定だ。
センチュリオン1号車の砲塔には、いろいろな付属物が取り付けられている。
加賀谷真梨は、これをすべて撤去し、砲塔の周囲に炭素繊維系耐熱材を貼り付けた。
センチュリオンの機関室は非常に大きく、少々大きなエンジンでも納められる。
エンジンは、トレーラートラックのトラクターヘッドから移植した。
水冷V型10気筒、排気量30リットルの自然吸気で、600馬力を発生する。排気ガス対策装置の撤去やインタークーラー付きターボチャージャーの追加などのチューニングで、750馬力を発揮できる。
センチュリオンのオリジナルエンジンであるロールスロイス・ミーティアは650馬力だが、新エンジンは数値で上回り、低速トルクに優れていることから実質的に30パーセント近い出力向上を果たしている。
変速機は同じものをそのまま使った。
オリジナルのセンチュリオンは時速35キロと低速だが、我々の軽量化したセンチュリオン改は時速45キロを出せる。
相馬原では、この戦車に過大なほどの期待をしていた。
2号車は部品供給用だが、このときには砲身が切断された74式戦車に砲身を供給することが決まっていた。
74式戦車はエンジンの換装ができれば、動かすことができる。エンジンの確保に目処がつけば、砲身を付け替える予定だ。
9月、間もなく人類の運命を決定的に変えた消滅現象発生から1年になる。
センチュリオン改の走行試験をかねて、新潟への遠征を計画した。片道180キロあるが、オリジナルのセンチュリオンの燃料タンクは1000リットルもあり、行動距離は450キロに達する。燃費のいいディーゼルエンジンに換装したため、行動距離はさらに伸びている。
新潟まで無給油で往復できる。少々無謀だが、60APC(60式装甲車改)が同行し、6人で新潟を目指すことにした。
計画では、国道17号に沿って三国峠を越え、湯沢に至り、魚沼を経由して小千谷から日本海に向かう。そして、新潟市付近の海岸に達する。
難関は三国峠だが、三国トンネルが通行可能なことは知っていた。トンネルは宝の山だ。全長1200メートルに達するトンネルは、誰かが必ず探索している。
その他にもわかっていることがある。日本海側の生き残りは、冬が来る前に太平洋側に移動している。新潟方面はあまりに雪が多く、そして寒く、ヒトが生存するには適さない地域になってしまった。
センチュリオン改には、香野木、ラダ・ムー、葉村正哉、金平彩華。
APCは、奥宮と加賀谷真梨。
この6人で日本海を目指す。
ラダ・ムーによれば、オークは狭い海峡を除いて海を渡らないが、ギガスは海上飛行を厭わないらしい。地中海を渡ることもあったという。
ならば、日本海を渡る可能性がある。真冬の日本海は荒れるが、低空とはいえ空中を進むギガスには障害とはならないかもしれない。
ただ、基本的にはギガスも水を嫌うので、サハリン→北海道→本州と南下してくるか、朝鮮半島→北九州→本州とたどる可能性が高い。
ラダ・ムーによれば、ギガスは菜食で農耕を営む。
しかし、自分たちは働かない。そのため、役畜としてヒトを使役する。彼らの心理からすれば、関東には2万のヒトがいるのだから、それを一網打尽にしたいと考えている。
必要があれば、オークとも一戦を交えるつもりだろう。
だから、日本海を押し渡って、新潟から糸魚川間の海岸に上陸し、一気に関東平野を目指す可能性がある。
ナホトカ付近から新潟への直接渡海もあり得る。
その場合の戦場は2カ所。三国峠付近で迎え撃つか、碓氷峠で待ち受けるかだ。碓氷峠の場合、ギガスは上越→長野→上田→小諸→安中→高崎に至るルートを進んでくる。
ラダ・ムーによれば、ギガスの乗り物は険しい地形が苦手だという。
大型は全長100メートル、全幅20メートル。中型は全長25メートル、全幅8メートル。小型でも全長7メートル、全幅3メートルもある。小型のサイズは、ヒト側の主力戦車と同程度。
ラダ・ムーの見立てでは、三国峠ルート、碓氷峠ルートのどちらを進むとしても、小型以外は関東平野に達することはできない。
三国峠ルートは三国トンネルと関越トンネルを封鎖してしまえば、足止めできる。少ない戦力でも何とかなる。
しかし、碓氷峠は国道18号の痕跡に沿って進めば、群馬側に到達できる。
ギガスの武器は基本はオークと同じで、乗り物にはヒト側の武器に対する防御性能はないらしい。ただ、図体がでかい分、外壁が堅くて厚く、オークよりも厄介だそうだ。
相馬原のメンバーが戦車を求めた理由は、ギガス対策のためだ。戦車の主砲で、ギガスの乗り物を叩く。
中央アジアや欧州戦線において、戦車が有効な働きをした理由はギガスが相手だったからだ。
オークは地上に広く分散して降下したので、戦力の集中ができず、個々に孤立した状態が続いているらしい。
日本の人々が初めて接触したのはオークだったが、欧州や中東ではギガスの侵攻のほうが早かった。
日本と欧州・中東では事情が違っているのだ。
対オーク戦には小型・軽量で機動性が高い大口径機関砲を搭載した装甲車輌が適していて、ギガスには一弾の威力が大きい戦車が適している。
だが、ギガスもオーク同様、身体能力に優れた歩兵がいる。
ラダ・ムーの話では、ギガスの鎧は装甲が厚く、剣や槍は無力だそうだ。対ギガス戦でも高機動車輌が必要かもしれない。
勢力を盛り返してきた新座グループは、正丸峠の突破を企図したが、飯能グループの反撃で退いた。彼らは冬を前に、焦り始めているようだ。
新座グループを除いて、関東には有力な集団が5つあった。
日本国臨時政府を名乗る市ヶ谷台グループ、埼玉県南西部を拠点にする飯能グループ、埼玉県中央に位置する東松山グループ、群馬県中央を束ねる高崎グループ、そして相馬原周辺の榛名山麓グループだ。
東北、神奈川・静岡東部、山梨・長野南部、日本海方面から移動してきた人々を含めて、関東の総人口は二万に達する。
現在の状況において、一致団結して、オークやギガスに対処するという対応はとれない。各グループごとに思惑があるからだ。
相馬原は今後の対応を、各地に無線で伝えた。
もし、ギガスが新潟、柏崎、上越のいずれかに上陸してきた場合、三国峠で防戦することを伝えた。
ヒトの多くは、現在の状況が、オークとギガスの戦争のとばっちりによるものだということは知っていたが、ギガスがどういう動物なのかは知らない。実際、相馬原のメンバーも知らない。
ただ、欧州や中央アジアでの戦闘は、ヒト対ギガスによるものがほとんどで、ギガスはオークよりも組織だった行動をしていることは知っている。
だから、市ヶ谷台を含めて、ギガスを恐れている。
ただ、オークとギガスの戦争ならば、勝手にやらせておけ、という意見も少なくない。しかし、オークとギガスの争いの種は、ヒトだ。オークにとってヒトは食料であり、ギガスにとってヒトは農地開墾の労働力、家畜として必要なのだ。
ヒト側からすれば、オークには、別なものを喰え、と言いたいし、ギガスには、自分で働け、と諭したい。
コミュニケーションが成立すればそれも可能だろうが、意思の疎通はネコやイヌほどもありはしない。
結局は戦うしかない。戦って、諦めさせるか、殲滅するしかないのだ。
ギガス侵攻前にオークを叩くべきだという意見は強い。それは一理ある。その前に新座グループを叩く、という意見もある。まったくの道理だ。
新座グループが勢力を盛り返しているといっても、たかがしれている。飯能グループのキャラバンが襲われた際、その報復として155ミリ榴弾を秩父に撃ち込んだ。
高崎グループは新座グループの跋扈に立腹し、プロペラの戦闘機を手に入れていたらしく、これに手製の油脂焼夷弾2発を搭載して、秩父を“爆撃”したという情報もある。
新座グループの構成員は、あらゆるグループから狙われていることを認識していない。また、多くのヒトから、己が所行により、深い恨みを買っていることを知らない。
宗教やオカルト系の小グループも、新座グループを嫌っている。彼らから見ても、思想信条を上から目線で押しつけてくる新座グループは鼻持ちならないらしい。
まぁ、それはよくわかる。新座園子の「説明しても理解できないなら排除しなさい」は、異なる考えを持つすべてのヒトを敵にする。
誰もが「その前に排除してやる」となる。話し合いができないなら、即殺し合いだ。
相馬原が対ギガス戦の方針を発表すると、碓氷峠ルートは高崎グループが、佐久から十石峠を経て本庄に至るルートは東松山グループが、十石峠から秩父に至り飯能に達するルートは飯能グループが監視を受け持つことになった。
だが、市ヶ谷台からはオークを撃ちたいという意見が出た。オークを撃つには、その前に背後の敵である新座グループを叩かなくてはならない。
同属同士の殺し合いは好まないが、「説明しても理解できないなら排除しなさい」が是の集団には、それ以外の対処がない。
結局、市ヶ谷台が155ミリ榴弾50発を用意し、飯能と東松山のグループがM109自走砲と75式自走155ミリりゅう弾砲をもって、正丸峠付近から秩父に撃ち込むことになった。
決行は9月中旬頃、その直後にオークを攻める。
相馬原の総意として、新座グループへの攻撃は了承したが、香野木個人としては賛成ではなかった。
暴力は連鎖するとか、憎しみを超えるべきとか、そういった教条主義的な考えからではない。
新座グループは環境に適応できない集団で、放っておいても自滅する。
2度の消滅現象によって、世界は変わった。しかし、それが受け入れられず、彷徨うヒトがいる。現状を是認できない集団や個人には、宗教グループやオカルト的思考のヒトの一部にもいるだろうが、他者を迫害しなければ攻撃の対象にはならない。
新座グループは「説明しても理解できないなら排除しなさい」がすべてだった。彼らが現状を理解できないから、現状に即した行動をとるヒトが憎くなるのだ。
作戦決行の直前、砲撃はより秩父に近い芦ヶ久保からと決まった。芦ヶ久保まで前進した理由は、前橋付近の小集団が保有している120ミリ迫撃砲も参加させるためだという。
さらに、寄居からも高崎グループが保有する155ミリのM109自走砲が作戦に参加するそうだ。
新座グループを叩くと決まれば、こうなることはわかっていた。新座グループは悪行を重ねすぎた。
当然のように、相馬原の南側のグループもM109を展開させることになった。もう、止められないし、止める理由もない。
155ミリ榴弾だけでも200発が撃ち込まれる。秩父の谷は、阿鼻叫喚の地獄と化す。しかし、それは自業自得だ。
暴行のすえ殺されたヒト、性的暴行を受けたヒト、逃亡の途中で力尽きたヒト、眼を潰されたヒト、手を切り落とされたヒト、親を殺されたヒト、子を殺されたヒト、新座グループの仕業がヒトの無尽蔵の恨みを生み出したのだ。
相馬原は、射程が短いことを理由に74式自走105ミリりゅう弾砲を出さなかった。
だが、井澤貞之は、この作戦に単身で参加する。彼にはそうする理由がある。
作戦終了後、香野木は、結城の操縦で秩父を偵察した。もともと地上には何もないが、家代わりの鉄道車輌やクルマの残骸が残るだけだった。
これでは、今年の冬は越せない。
死体が点々と残されている。動くヒトの姿はない。
これで、短い期間だろうが新座グループはおとなしくなるだろう。
その間に、オークの根拠地である佐野を叩く。
オーク攻撃の作戦は、市ヶ谷台が立案した。攻撃の主体は市ヶ谷台で、戦車と装甲車の大半を投入する。
相馬原は、対空自走砲2輌、装甲輸送車2輌を参加させる。人員は、香野木、花山、彩華、正哉、来栖、ラダ・ムー、加賀谷真梨、井澤貞之、の8人に達する。奥宮、畠野、夏見、結城、百瀬、井澤加奈子は、相馬原守備のため残る。
相馬原に残す実働可能な装甲車輌は、センチュリオン1輌、自走10榴改2輌、APCの計4輌だ。ヒトが攻めてきても、オークが襲ってきても、ギガスが現れても、一定の戦闘と待避が可能だ。
攻撃発起のその日、対空自走砲と装甲輸送車各2輌は、前橋付近で利根川を渡った。
前橋の小集団は、利根川の氾濫を恐れて南西に移動し、高崎グループと合流している。ただ、彼らは高崎グループに編入されたのではなく、独自の行動を行っている。
その理由は新座園子にある。
ヒトが生き残り、茫然自失の状況から少しだけ脱し、生き残る手立てを求め始めた頃、秩父を掌握した新座園子は、ある種の全体主義を掲げて、暴虐な行動に出た。
生き残ったヒトを集めて、新国家建設を断行しようとしたのだが、辛うじて今日の糧を確保することで精一杯のヒトを強制的に連行し、人口増を狙って強制結婚制度を作り強行した。
新座グループの方針に従わないヒトは、暴行、殺害、陵辱を受けた。それは、秩父一帯に非難しているヒトに限らず、彼らが接触するすべての生き残りに向けられた。
さらに病気や怪我を負っていると、国家の建設に支障がある、として殺害した。
前橋グループは、新座グループに対して特段の恨みを持つヒトが組織した集団だ。
相馬原の4輌は利根川渡河の際、この前橋グループと接触した。彼らが渡渉点を確保してくれたのだ。直径2メートルほどのコンクリート製パイプを水流と同方向に数本並べて、架橋してあった。
リーダーは30歳代後半の男で、左の頬に新しい火傷の跡がある。
香野木が「あなたたちも参加するのか?」と問うと、リーダーは「いや、渡渉点を確保しているだけだ。俺たちは、秩父を叩く。こちらが大軍を動かせば、連中は必ず現れる」と言った。
香野木は「あれだけ叩いたのだから、簡単には動けないだろう」と応じると、彼は「連中は狂信者だ。奇妙なお題目を掲げているが、ただの殺戮マニアだ。
あんたたちが、オークとかいう化け物を叩いている間、俺たちは新座園子のケツの穴に花火でもぶち込んでやるよ」
「昨日もやったようだな」
「あんたのところのMD500に見られていたのは知っていた。
秩父から寄居方面に向かっていた車列を叩いた」
「プロペラ機を使っていると聞いたが……」
「エンブラエルのスーパーツカノ。ターボプロップのCOIN機だ」
「爆弾を搭載できるのか?」
「機関銃弾以外は、手作りなんだよ。爆弾ではなく、鉄パイプにゲル化したガソリンを詰めて、信管を付けた粗製焼夷弾だ」
「複数機が飛んでいると聞いたが……」
「スーパーツカノは4機ある。他にセスナのドラゴンフライが2機。この2機はジェット機。合計6機だ。
雑多なCOIN機ばかりだが、それでも一定の戦力だ」
「よく集めたな」
「あぁ、新座園子憎しの一念だよ。それと、市ヶ谷台の金〈きん〉だ。連中は金〈かね〉に糸目を付けず、景気よく何でも買ってくれる」
これが相馬原の4輌が渡り終えるまでの短い時間での会話のすべてだった。
この仮設橋は高崎グループも使用し、利根川左岸に進出する。
高崎グループは、イギリス製のスコーピオン軽戦車シリーズを6輌も投入してきた。だが、この戦車はガソリンエンジンだ。オークの兵器が命中すれば一瞬で火だるまになってしまう。
相馬原のメンバーは高崎グループと合流し、利根川河岸から離れて走行し、足利付近を目指す。
9時を少し過ぎた頃、東武伊勢崎線太田駅北方付近の丘陵地帯に到着、先に到着していた飯能と東松山の両グループと邂逅、市ヶ谷台グループの進出を待った。
1時間が過ぎても市ヶ谷台グループは現れない。各グループとも異常を感じ、いったん後退の意見が出始めた。
相馬原も後退の意思を固めたその時、市ヶ谷台から無線が入る。
「佐野にオークがいない。移動した模様」との内容だが、“いない”とはどういう意味なのか、オークの大気圏突入カプセルに移動能力があるとは信じがたい。
にもかかわらず、移動したとはどういうことなのか。
謎は多いが、ここに留まっても謎は解けない。また、この場に留まることは危険すぎる。
各グループは、直ちに移動を開始し、全グループが集団を組んで、全周警戒をしながら利根川を目指した。
利根川渡河では、高崎グループが撤収する相馬原グループの上空警戒をしてくれた。
このような事態に至った詳細な情報は得られていないが、どうも市ヶ谷台のヘリコプターが偵察したところ、佐野にあったオークの巨大カプセルがなかったらしい。
この情報は確かなようで、前橋グループの航空偵察でも確認された。
ヒト側は、予想だにしなかったオークの拠点移動によって、攻撃の出鼻をくじかれてしまった。
また、関東平野一帯の全グループが連携した今回の作戦は、利害の一致を摺り合わせて、兎にも角にも同一行動をしよという連帯感に傷を付けた。
市ヶ谷台グループは、信用を大いに失墜させ、飯能と東松山の両グループは市ヶ谷台に対決姿勢を見せるようになる。
この状況に、相馬原の面々は暗澹たる気持ちになっていた。
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