大絶滅 5年後 ~自作対空戦車でドラゴンに立ち向かう~

半道海豚

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第2章 相馬原

02-035 兵器

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 先導するAPCは途中から速度を上げて先行し、その日のうちに相馬原に戻る。
 その理由は、大人の多くが不在となれば新座グループが手を出してくる可能性があったからだ。
 二輌のセンチュリオンは、時速一〇キロ程度で日没を過ぎても走り続け、日付が変わる前に相馬原に帰着した。

 二輌のセンチュリオンが入手できたことから、相馬原の装備は大きく変化した。

 二輌のセンチュリオンは、Mk・10に相当する車輌らしい。一号車はほぼ完全な外装を保持していて、二号車は特徴的な足回りを保護する装甲スカートが失われている。
 二号車が部品の供給車となり、一号車が再生される。
 中古車には違いないが、よく整備されていて、機械的な故障はない。また、一度も実戦に参加したことがないらしく、晩年は戦車操縦ツアーのような〝遊園地の乗り物〟として使われていたと、購入時に聞いた。
 主砲のL7は生きていた。奥宮の調査では、まったく問題ない。
 このセンチュリオンは、同時代の他国の戦車とは機械的にかなり異なっている。
 第二次世界大戦後第一世代なので、世代的には61式戦車と同じだ。61式戦車と比べれば、同世代ではあるが一五年ほど早く開発されている。
 五一口径一〇五ミリのL7戦車砲は、ロイヤル・オードナンス製で当時の西側各国の標準的な戦車砲だ。アメリカのM60や74式戦車も同系列の主砲を搭載している。
 だが、エンジンがディーゼル化に移行していくなかで、生産国であるイギリス以外による改造を除けば、終始燃費性能と被弾に弱いガソリンであった。
 また、戦車のサスペンションは、第二次世界大戦中からトーションバースプリングに移行していたが、センチュリオンのホルストマン式というコイルスプリングによる足回りも変わり者である。
 おそらく、市ヶ谷台はこれらの特徴を嫌ったのだろう。
 また、最大時速が三四キロと鈍足で、74式戦車の五三キロ、まったく同時代のM48パットン戦車の四八キロと比べると、あまりに遅い。10式戦車は七〇キロも出るのだから、こういっては何だが、移動砲台みたいなものだ。
 いくら戦車不足とはいえ、市ヶ谷台が買わなかった理由が、よくわかる。

 加賀谷真梨はセンチュリオンを調査して、「機械的に無駄なものが多い」と評価した。徹底的な軽量化と、ディーゼルへの交換、外部視察システムの改良を行うらしい。
 とりあえず、二号車を臨時に戦列に加え、長期使用予定の一号車が改造の対象となった。
 戦車をディスプレイしておけば、新座グループは手出ししないだろう。

 綾乃の誕生後、畠野は順調に体力を回復している。夏見は産後、大変だったが畠野はあっさりとしている。
 二人とは事情が異なるが、井澤加奈子も元気を取り戻しつつある。

 相馬原の北と南には、それぞれゴルフ場があった。沼田と渋川付近の人々が北のゴルフ場跡に、前橋付近の人々が南のゴルフ場跡に移動してきた。どちらも、秋の長雨による利根川の氾濫を恐れたためだ。それぞれ、八〇人弱、一〇〇人強が、ゴルフ場のレストハウス跡に輸送用大型コンテナや鉄道の客車を改造した〝家〟を持ち込んだ。
 相馬原のメンバーの大型ブルドーザーは、これらの牽引に協力した。
 地上からは一切が消えたが、地下の損害は少ない。レストハウス跡を見つければ、上下水道を確保できる可能性が高い。
 また、ゴルフ場は台地上にある。大河の氾濫から逃れられる。

 センチュリオンのエンジンは、ロールスロイス・ミーティアという水冷V型一二気筒ガソリンなのだが、元々は第二次世界大戦期のイギリスの航空機に積んでいたものだ。航空機用はマーリンと呼ばれ、零戦と並ぶ名機スーパーマリン・スピットファイア戦闘機が積んでいた。
 加賀谷真梨の計画では、まずエンジンとトランスミッションを交換する。交換するエンジンは、日本製のトラック用水冷直列六気筒ターボ・チャージド・ディーゼルだ。排気ガス対策システムの撤去、過給圧の強化などの改造で、七〇〇馬力程度まで出力を高めるという。
 これを一号車に対して行い、二号車はそのまま。戦力に穴を作らないためだ。
 その次に、運転席の視察システムを改良する。現在は潜望鏡式のペリスコープだが、これを高解像度3Dカメラと3Dヘッドマウント・ディスプレイの組み合わせにする。
 同じことは、マルダーとワスプが実証済みで、ほぼ同じシステムを移植する。
 同軸機銃は74式車載機関銃に換装、砲塔上にも74式車載機関銃を装備する。
 これで、直近の改造が終了し、以後、必要があれば各種改修を施す計画だ。
 全作業の終了は、九月末とした。

 八月に入ると、情勢が一変する。
 新座園子に賛同する人々が増え始めたのだ。彼女の主張はある程度の説得力があることは確かで、ただ彼女の「説明しても理解できないなら排除しなさい」は過激で、敵を作るし、あえて敵を作っている。
 また、スローガンではなく、真に排除すべきと考えている節もある。
 相馬原のように排除される側は、新座園子に首を差し出すつもりはない。排除される前に、排除する、がこちらの論理になる。
 飯能、入間、所沢方面の人々は、南への移動を真剣に考えていたし、高崎以北の人々は高崎西部の丘陵地帯に集まりだしていた。ここもゴルフ場の多かった一帯で、かつては北に安中市、南に富岡市があった。

 人類側とオークは、にらみ合いを続けている。人類側の予想外の激しい抵抗に遭い、戸惑っているようだ。
 人類側も一枚岩ではないし、物資不足もあって、オークへの積極攻撃はできないでいる。
 だが、雪が降り出す頃から雪解け前までのどこかで、一戦交えることになるだろう。
 オーク側の内情は皆目わからないが、餌、つまり食料としての人間を確保しなければ進退窮まるし、人類側もこのままでは行動の自由がないので、復旧が思うようにはかどらない。
 いつかは決着を付けなければならない。

 八月になって、重要なことがわかった。
 消滅現象は、水分が飽和した状態の空間には起こらなかった。相馬原は、海、湖、川の水中は消滅現象の影響を受けていないことは経験則として知っていた。
 これに雨が加わった。
 消滅現象発生当時、日本の南には二つの大型台風があった。一つは台湾に向かい、もう一つはフィリピンのルソン島に進んでいた。
 台湾に向かっていた台風の影響で、台湾はもちろん、沖縄、先島諸島、奄美諸島は暴風雨圏に入っていた。この台風の影響で、秋雨前線が刺激されており、西日本から東海地方にかけて各地で局地的な豪雨が発生していた。
 滝のような豪雨に遭っていた地域は、消滅現象から免れた。
 東京周辺では、静岡県御殿場の北で豪雨が発生している。そして、この雨で一帯は無事だった。
 大阪以西でも雨は降っていたが、五年前の姶良カルデラ、鬼界カルデラ、阿蘇の噴火によって、ほぼ壊滅状態にあり、雨の効果は局限されていた。
 そして、幸運にも二回の消滅現象を二回の雨に守られて、陸上自衛隊富士駐屯地が無傷で残った。これが、市ヶ谷台の基幹的な戦力になっている。
 同じような状況で、台湾南部、ルソン島の一部、オーストラリア北部のダーウィン付近、ニューギニア南部のポートモレスビー近辺、インドネシアやマレーシアにも、わずかな確率に恵まれた幸運な地域があるらしい。
 地下に影響が及ばなかった理由も水分にあるらしい。
 現在の相馬原にとって重要なことは、ごく少数だが災厄を免れた地域があって、そこから物資の調達ができるということだ。
 センチュリオンがその一例だ。

 八月中旬になると、台湾やフィリピンから物資の調達ができなくなった。
 ユーラシア大陸東南部にオークが現れ、ウラジオストク付近にはギガスが侵攻してきたからだ。
 いままでは、オークが現れた日本の状況は他人事であったが、台湾やフィリピンの人々は現実の脅威に直面し始めたのだ。
 オークもギガスも、どちらも人間を求めている。人口の激減した人間を、この二種の動物が取り合おうとしているのだ。
 この頃までに、相馬原の南側に陣取る人々は、イギリス製のスコーピオン軽戦車二輌とスプリングフィールドM14バトルライフル多数をフィリピンから入手していた。
 北側に住む人々は、台湾からM113装甲兵員輸送車とM109一五五ミリ自走砲を各一輌を獲得している。

 相馬原には、地上に建物を建設するための資材が欠乏していた。
 地上では、雨露もしのげない。
 三国山脈の下には長大なトンネルが五本ある。関越トンネルの上下線、鉄道在来線の清水トンネルと新清水トンネル、そして新幹線用の大清水トンネルだ。
 上り専用の清水トンネルには電車が一編成残置されていて、一部の人々はこの車輌を引っ張り出し、台車を外して運び出していた。
 下り専用の新清水トンネルには長大な貨物列車が残っており、積まれていた物資はもちろん、コンテナも運び出されている。
 大清水トンネルの新幹線も同じだ。車体は運び出されている。
 生き残った人々は、これらを地面に固定し、家にしている。
 この運び出しに相馬原が保有している大型ブルドーザーを貸し出し、その報酬として新幹線の客車二輌を譲り受けた。
 鉄道車輌の台車も活用された。特に電動機(モーター)は発電機に改造されて、在来線の電車の一二〇キロワットモーターはディーゼル発電機に、新幹線の三〇〇キロワットと四二〇キロワットは、水力発電機となった。
 サルベージされた三〇〇キロワット電動機は四〇基もあり、四二〇キロワットは六四基、一二〇キロワットは二〇基あった。
 水力発電機は山間部のグループに、ディーゼル発電機は市ヶ谷台に相当な値段で売れたようだ。
 この発電機製造は相馬原南のグループが主に行っていて、相馬原は彼らに輸送等の協力をすることで報酬を得ることができた。
 南側の集団には鉄道や電機の技術に詳しい人々が偶然集まり、そのことが産業を興す起爆剤になっていた。
 市ヶ谷台は金を大量に保有していて、一二〇キロワットディーゼル発電機は金一五キロ、消滅現象直前の金相場に換算すれば六七五〇万円に相当する金額になった。
 相馬原南のグループは、この金によって武器や食料を海外から購入し、当座の生活の安定を得ていた。
 また、相馬原のメンバーは新規設置の水力発電によって、豊富な電力を得ることができた。

 北側の集団は当初は脆弱であった。
 作物を育てるには種苗が必要だが、それを得る資金はなく、工業を興すにしても資材がない。
 だが、一人の男が始めたことですべてが変わった。
 真田という四〇歳を少し過ぎた男が、ボルトアクションの小銃を作ったのだ。
 ボルトを前後にスライドさせて、一発ずつ手動で装填する五連発銃で、旧日本軍の九九式狙撃銃のコピーだという。
 スコープはなく、銃身にクロームメッキもないが、それ以外は作りのいい軍用小銃だ。
 木材が枯渇しているので、ストックは樹脂製。
 オークから身を守る術に困っていた人々のうち、わずかでも余裕のある人々が、これを買った。
 次に彼は、M1ガーランド半自動小銃のコピーを作った。エンブロッククリップを使わない固定弾倉の銃で、一〇連発だ。
 八月になると、MG3汎用機関銃も売り出した。この機関銃は、ドイツが第二次世界大戦期に使用していたMG42と事実上同じもので、開発は古いが現用されている兵器だ。ベルト給弾式で、そのベルトは非分離型金属製。回収して何度でも使える。
 この三種類の銃器は、すべて七・六二ミリNATO弾を使用する。この弾は、台湾やフィリピンから大量に入っていたし、国内で製造するグループも現れている。
 武器不足に悩む市ヶ谷台は、破格の金で相当数を購入したらしい。
 相馬原は北のグループにもいろいろな協力をして、代金を得ていた。

 雪解けの頃は、南北の集団とも一〇〇人に満たなかったが、八月の終わりには、北は三〇〇人、南は五〇〇人に増えていた。

 高崎西部の丘陵地帯に陣取るグループが、共同でオーストラリアからドイツ製のレオパルト1戦車四輌を購入したらしい。

 関東北部で生活をする人々が武器を求めることに対して、市ヶ谷台は警戒していた。
 そのため、七月頃から荒川・隅田川ルートによる武器の輸送が市ヶ谷台の検閲で使えなくなり、銚子で荷揚げして利根川を遡るルートに変更された。
 関東北部と市ヶ谷台は、新座グループを除けば、基本的な対立はなく、この処置は混乱と疑心を招く。
 だが、この検閲行為は、市ヶ谷台が深く検討した処置ではなく、まぁ、自分たちが正統な日本政府である、という自負から生じた彼らの暴走に近かった。
 実際、東京湾経由よりも、銚子→利根川経由のほうが、北関東にとっては都合がよかった。

 関東平野とその周辺は、急速な変化を始めていた。
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