大絶滅 5年後 ~自作対空戦車でドラゴンに立ち向かう~

半道海豚

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第2章 相馬原

02-034 戦車

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 相馬原が川越までM48Hを受け取りに行くには、いくつかの解決しなければならない問題があった。
 M48Hの総重量は54トンを超える。
 74式戦車は40トン弱だから、M48Hは重い戦車だ。
 1つ目は、購入後の輸送方法。この問題の解決は、APCで牽引するか、どうにかして自走させるしかない。
 2つ目は、購入の代価とするケロシンの輸送方法。
 20キロリットルのケロシンを輸送するには、大型のタンクローリーが必要だ。タンク車は見つけられなかったが、空のドラム缶(55ガロン=204リットル)20缶を駐屯地内の地下で見つけたので、これを洗浄して使うことにした。複数回に分けて運ぶ。
 3つ目は、新座グループの妨害だ。主力を叩いたとはいえ、残存の戦力は侮れない。連中に干渉させないだけの戦力を送る必要がある。
 4つ目は、市ヶ谷台の意向だ。市ヶ谷台は、相馬原が戦車を保有することを好まない可能性がある。

 M48Hの移送準備がほぼ整った6月下旬、“グミのおじちゃん”が相馬原にやってきた。香野木と花山が応対した。
 子供たちが欲しがる菓子を持ってきた。
 だから、誰もが悪い知らせを予感した。
「すまない。戦車だが、市ヶ谷台が無理矢理買っていってしまった。
 銃を突きつけられてはいないが、まぁ、それに近かったんだ。
 本当にすまない」
 彼はそういうと、深く頭を垂れた。そして続けた。
「金〈きん〉で支払ったよ。粒金が20キロだ。
 まったく驚いたよ。でも、金じゃぁ腹は満ちないんだよ」
 香野木が「嫌な思いをさせてしまいました。申し訳ない」と謝罪した。
「いやぁ、商売だからね。いいことも、悪いこともあるよ。
 それより、戦車、いるんだろ」
 花山が応じた。
「まぁ、欲しいけどね。秩父には厄介な連中がいるし、佐野にはもっと嫌な動物がいるし……」
「噂なんだがね。
 佐野とは違う二本足が、ウラジオストクのあった場所に現れたそうだよ」
 香野木と花山は、顔を見合わせた。ギガスがついに現れたのだ。
「別の噂なんだがね。
 ウラジオに現れた二本足は、シベリアでヒトの武装勢力に相当叩かれたらしい。
 ロシアと中国、モンゴルとカザフスタンの国境付近、アルタイ山脈の南側で各国の正規軍、それに遊牧民たちが加わって、新種二本足と激突したそうだ。
 その新種二本足は、巨大な陸上戦艦みたいな兵器を使うそうで、最初は辛うじて生き残ったロシア正規軍でも阻止できなかったそうだ。
 おおくの住民が捕らえられたと聞いた。
 だが問題は、その遊牧民なんだ。
 ロシアの正規軍が敗れると、連中は近隣住民ともあまり交流がない謎の民だそうだが……、大量の戦車とか装甲車を持ち出して、徹底抗戦に出たそうだ。
 とにかく、新種二本足のことをよく知っているらしく、優勢に戦ったらしい。
 これに、カザフやキルギス、それにウイグルやロシアの生き残りが加勢して、散々に叩いたと聞いた」
 香野木と花山の背後に、来栖とラダ・ムーが立っていた。
 来栖が「デニソワ人?」とポツリといった。
 ラダ・ムーが小首をかしげる。
「あぁ、無駄話をしちゃったね。
 戦車だ、戦車があれば、新種二本足や佐野の化け物にも勝てるんだろ?
 だから、市ヶ谷台の連中は必死になって戦車を集めているんだよね?
 あんたたちも同じだろ?
 市ヶ谷台が、この辺の連中を守ってくれるわけはない。そんな余裕はない。
 俺たちは、あんたたちを頼りにしているんだよ。あんたたちなら、何とかしてくれるんじゃないかって。
 すまない。余計なこといっちまった。
 あんたたちだって、自分のことで精一杯なのに。
 戦車だけど、あるよ。もっと旧式だけど」
 花山が反応した。
「どんな戦車?」
「センチュリオンという戦車だよ。2輌ある。1輌は動くし、2輌分の部品を寄せ集めれば完全に直せるんじゃないかって……」
 男は花山ががっかりした表情を読み取って、言葉を切った。
 その男の表情を見た花山が、男に気を遣った。
「たぶん、主砲が違うと思う。105ミリの戦車砲、ロイヤルオードナンスL7という大砲が必要なの。
 せっかくなのに、ごめんなさい」
「あ、それ、L7という大砲だろ。それが付いていたんで、台湾の連中がオーストラリアから買ったらしいんだ。
 もちろん、日本人に売りつける目的で。
 市ヶ谷台の連中は、とにかく戦車を欲しがっているから、売れると思ったんだろうね。
 そうしたら、イギリス製は嫌だとぬかしやがった。
 で、売れ残っている」
 香野木は花山を見た。花山は、明らかに当惑していた。彼女はセンチュリオンという戦車のことをまったく知らないのだ。
 金平彩華がやってきた。花山が彩華に尋ねる。
「センチュリオン、っていう戦車、知ってる?」
「イギリスの戦車でしょ。イギリスが第二次世界大戦の頃に設計した……。古い戦車だけど南アフリカ陸軍は最近まで使っているんじゃないかな。
 独自に改良して、オリファントという名前までつけて……。
 センチュリオンがどうかしたの?」
 花山が答えた。
「2輌あるんだって、105ミリ砲搭載型が」
「安けりゃ買いでしょ。
 戦車なしじゃ、不安でしょ。
 修理なら、加賀谷ママが何とかしてくれるって!」

 その夜、相馬原はセンチュリオンというイギリス製の古い戦車2輌の購入を決定した。

 戦車輸送班は、井澤貞之をトップに男性総出となった。相馬原を子供だけにはできないので、加賀谷真梨を除いて他の大人の女性は全員残った。
 センチュリオンは一輌が自走でき、一輌はエンジンが動かない。
 そこで、動くセンチュリオンは自走、動かないほうはブルドーザーで牽引することにした。
 センチュリオンは五二トンに達する重量で、APCでは牽引できない。

 七月上旬、奥宮と加賀谷真梨が、先乗りとして川越まで出向き、センチュリオンの状態を確認してきた。奥宮は兵装の、加賀谷真梨は動力系の状態を確認するためだ。
 そして、日没後、全メンバーが参加する全体会議が開かれた。
 加賀谷真梨の報告は意外なものだった。
「一輌の現状は動かないとなっているけど、たぶんだけど、消滅現象の直前まで動いていたと思う。
 オーストラリア陸軍の車輌だったらしいけど、それ以後も動かしていたんじゃないかな。動くほうはエンジンやトランスミッションは元気よ。
 動かないほうも、修理できないほどひどい状態ではないと思う」
 奥宮から補足説明があった。
「そのエンジンなんですけど、ガソリンなんですよ。
 そもそもガソリン不足なので、こっちの方が大問題です。
 ガソリンがないのに、ガソリン車を買ちゃっていいんですか?」
 奥宮は続けた。
「でも、砲は大丈夫そうですよ。砲口にカバーが付いていて、大事に扱っていたことがわかります。確かに一〇五ミリのL7でした。
 同軸の機関銃はなかったですけど」
 加賀谷真梨が引き受ける。
「まぁ、エンジンは換装しなきゃダメでしょ。ガソリンを抱えていたら、オームとは戦えないから。光の鞭や光の矢が当たれば、ガソリンじゃ火だるまになっちゃう。
 六五〇馬力くらいのディーゼルなら、探せばあるはず。
 それよりも、二輌とも自走できると思う。エンジンは水冷のV型一二気筒で、かなり大きいから設計が古いんだと思う。キャブレター仕様だから、コツを知らないと始動しないんだと……」
 井澤貞之が付け加えた。
「ビンテージカーと同じだね。ソレックスかSUか、どちらにしても厄介ですよ」
 正哉が「ソレックスって何ですか?」と尋ねた。
 香野木が答える。
「キャブレターの名前。ソレックス、SU、ストロンバーグ、ケイヒン。
 で、加賀谷さん、ここまで自走するにはどれだけのガソリンが必要?」
「一リットルで、短ければ三〇〇メートル、最大でも五〇〇メートルでしょうね」
「相馬原と川越間が九〇キロとして、二五〇リットルから三〇〇リットル。二輌で六〇〇リットル。
 ドラム缶三缶で、運べるね」
 井澤貞之が発言した。
「需給の関係だと思うけど、ガソリンより軽油のほうが高い。ガソリンの価格を一とすれば、軽油は一・二くらい。
 二〇パーセントは高いから、こちらから軽油を運んで、川越でガソリンと交換すれば、六〇〇リットルの軽油で七二〇リットルのガソリンと交換できますよ」
 加賀谷真梨が応じた。
「市ヶ谷台が金を大盤振る舞いしているらしく、いわゆる貨幣経済ってヤツが始まっているの。
 物々交換は早晩無理ね」
 結城が意見を述べた。
「市ヶ谷台が建設重機を欲しがっているそうですよ。
 新座の連中から奪ったブルドーザーを売っちゃいましょうよ」
 それに、正哉が賛成する。
「新座のおばちゃんから奪った二トン車や四トン車も、売ちゃいましょうよ」
 彼らの意見に、花山と来栖も賛成する。
 加賀谷真梨が川越の状況を説明する。
「昔は小江戸と呼ばれた川越だけど、いまではただの原っぱ。
 賑やかなのは、川越線の的場駅と笠幡駅の中間あたりの平地で、それも昼間だけ。夜になれば、誰もが西の丘陵地帯に戻っていく。
 オークが怖いし、新座の連中も怖いから。同じ怖いでも、意味が違うけど。
 でも、そこに市ヶ谷台が常駐しているみたい。一番物資が必要なのが市ヶ谷台だし、どうも川越付近は、東京湾岸と北関東を結ぶ要衝になりつつあるような気がするの。
 もし、ブルドーザーとクルマを売るなら、川越まで持っていったほうが高い値が付くように思う」
 相馬原には、使用していないトラックが一〇輌以上あった。ほとんどは、新座グループから鹵獲したものだが、相馬原が都度必要として集めたものもある。
 市ヶ谷から川越までは、未舗装だが道路があり、四輪駆動車でなくても往来ができる。沼田から高崎までは、自然にできた道がある。
 市ヶ谷台は、関東甲信越の人口を約二万と推計していた。消滅現象以前の人口は約四六〇〇万人だった。それが、いまでは二万人だ。
 それでも人々は生きていたし、生き残ろうと必死であった。
 全員の総意で、不要な車輌を売却して、貨幣に換え、これの一部を二輌の戦車とガソリンの購入代金とすることに決まった。

 クルマの売却は井澤貞之が引き受けてくれて、井澤貞之と加賀谷真梨が川越に数日間、滞在することになった。

 ところが、クルマを輸送すると、その場で売れていく。特に市ヶ谷台の買い方が凄い。
 欲しいとなると、金貨をいくらでも積む。表が富士山、裏が桜という奇妙な金貨を鋳造していて、五〇〇円玉より少し重い一〇グラムある。彼らはこれを使って、何でも買う。
 中型ブルドーザーは金一五キロ、二トン車は二キロ、四トン車は一・五キロが彼らのいい値だ。クルマの状態は関係ない。彼らが買うときは、すべてこの値だ。
 結局、二日間で三七・五キロの金貨が手に入った。
 これで、戦車を買うための資金ができた。

 七月中旬が終わろうとしている頃、井澤貞之、結城光二、ラダ・ムー、葉村正哉、奥宮要介、加賀谷真梨、そして香野木恵一郎の七人は、川越までセンチュリオンを受け取りに行った。
 牽引が必要となる可能性も考えて、大型ブルドーザーをともなっていた。
 まず、市場の外れの何もない原っぱで〝グミのおじちゃん〟に代金を支払う。周囲には人だかりができている。
 市ヶ谷台の派遣員も見ている。戦車の価格は、金貨二〇キロだ。これに六〇〇リットルのガソリン代である一キロの金貨が加わる。ガソリンは、燃料専門のサルベージ屋から買った。二輌で計二一キロの金貨。市ヶ谷台発行の一〇グラム金貨二一〇〇枚。
 支払いが終わり、二輌のセンチュリオンが相馬原の所有物となった。
 そして、動かないはずのセンチュリオンに燃料が入れられる。
 加賀谷真梨が忙しなく動き回る。
 重く厚い鉄のハッチが開けられ、ロールスロイス・ミーティア水冷V型一二気筒エンジンが姿を現す。
 加賀谷真梨がキャブレターの調整を行い、運転席の香野木に指示を出す。
 香野木は観音開きのハッチを開け、狭い運転席に潜り込んでいた。
 香野木は何度もエンジン始動の手順を復唱して、加賀谷真梨の指示を待った。
 車体から首だけを出した香野木に、加賀谷真梨が「セルを回して!」といった。
 香野木は、トランスミッションがニュートラルであることを確認し、クラッチを踏み込み、イグニッションをオンにして、セルモーターを始動した。右足はアクセルをベタ踏みする。
 一発で始動した。

 続いて、井澤貞之の番だ。こちらは加賀谷真梨も手を焼くらしく、三〇分以上調整していた。
 井澤貞之も加賀谷真梨の指示でセルモーターを回し、一発始動に成功した。
 相馬原の車輌はAPCを先頭に、ゆっくりと動き出す。一号車の運転は香野木、砲塔に正哉。二号車は井澤貞之が操縦し、砲塔にはラダ・ムーが乗った。
 クラッチが恐ろしく重く、操向を制御する操縦桿のような一本レバーの操作が難しい。
 誰もいない、何もない場所でなければ、恐ろしくてこんな機械は運転できない。

 相馬原のメンバーは、ゆっくりと牛歩の歩みで、相馬原を目指す。
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