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第2章 相馬原
02-033 文明崩壊
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この頃の新座グループは、特定の思想に基づく政治集団とは誰も見なしてなく、単なる野盗・山賊と認識されていた。
実際、彼ら彼女らの行動は、従わない男性は殺し、抵抗する女性は暴行し、銃口を頭に突きつけて恭順を迫るという、犯罪組織同然であった。
この頓狂なグループが野盗連中と違うところは、尽忠報国、堅忍持久などのスローガンを多用し、構成員に軍人勅諭(陸海軍軍人に賜はりたる敕諭)を暗唱させるくらいか?
相馬原のメンバーが戦車を欲している理由は、現実の脅威であるオークとの戦い、いずれ現れるギガスとの対決に備えたものだ。
しかし、それ以前に新座グループに対抗するためでもある。
オークに対しては市ヶ谷台も同じだし、他のグループの多くもオークを恐れているから、武器を手にしている。
オーク以外で対人攻撃を頻繁に行っているヒトは、ごく一部の粗暴な盗賊と新座グループだけだ。
新座グループの構成員が捕虜になることもある。
その結果は悲惨だ。相当にひどい扱いを受ける。
新座グループに対する人々の憎しみは、頂点に達しつつあった。
新座園子は、特殊な考えの持ち主のようだ。日本の歴史、日本の伝統、日本人の魂をもっとも重視するそうだが、それは彼女の頭の中で作ったものであって、現実とは大きく乖離している。
構成員が捕虜になると、尋問が行われる。多くは新座グループの戦力や作戦についてで、武器や食糧事情も問う。
それも拷問してから……。
拷問も色々あるが、棒で叩いたり、石を抱かせたりはしない。
人々の多くは、野蛮人じゃない。
冬場は丸一日、裸足で屋外に出しておけば、手足の指は凍傷ですべて切り落とすことになる。もちろん、だれも切り落としてはくれないし、切り落としてしまえば誰かの保護なしで生きてはいけない。
つまり、ゆっくりと死ぬ。
捕虜となった構成員は、何も尋ねなくても、必死で知っていることを話す。何でも話すし、命乞いもする。複数を捕虜にすると、自分が一番知っている、というアピール競争もする。
新座園子が夜何回トイレに行くか、それを話した捕虜もいた。新座園子の息子の性癖や娘の体重増減だってわかっている。娘の性交時の声音を真似た男もいた。
そういった姿を誰も笑いはしないが、不思議なグループだとは思っている。
強い団結を誇示しているが、実体は極めて脆い。
新座園子は、自身が女性であるにも関わらず、女性蔑視が甚だしく、彼女の息子がモテナイのは女性が悪いらしい。
複数いる息子の1人は捕らえられ、深く掘った穴に閉じ込められ、抜け出せないまま、漆黒の闇の中で餓死したという。残酷なことに、この息子を捕らえた連中は、水だけは与え続けたらしい。なるべく長く苦しむように。
冬を乗り切った現在、新座園子の憤怒の感情は、彼女からすれば日本の伝統・文化を完全否定する花山真弓に向けられていた。
実際は、市ヶ谷台は恐ろしくて手出しできないが、小集団の相馬原ならばどうにかできそうだ、という姑息な計算なのだろう。
5月に入ると、秩父のラジオ局は相馬原の悪行を並べ立て始め、“天誅”を加えると言い始める。特に物資の隠匿と、日本の家族制度を根底から否定する集団生活の異常性を喧伝した。
もっとも、花山は新座園子など歯牙にもかけていないが……。
どちらにしても、相馬原のメンバーに目が向いたことは僥倖だ。連中から手を出してくれれば、心置きなく叩ける。
花山は、香野木恵一郎が新座園子よりも冷酷な判断ができることをよく知っていた。
新座園子が香野木恵一郎の策略にはまっていく姿を、哀れに感じている。
そのことを香野木は花山から直接聞いた。花山は「協力するわよ」と笑いながら、香野木にいった。
この日、週に1度やって来る魚屋さんが現れなかった。
そして、午後になって、回り回って安中のグループから秩父の“大軍”が相馬原に向けて出発したとの連絡が入る。
その直後、市ヶ谷台が詳細な戦力を知らせてきた。
戦闘員200前後、戦車1、装甲車1、非装甲車輌多数、目的地は相馬原と推測。
相馬原は、まだ戦車を手に入れていない。
畠野史子3曹が産後で夏見智子看護師が付き添っている。12歳以下の子供たちは笹原大和をリーダーに、由衣と愛美がサポート。井澤加奈子は夏見が引き受けた。
その他全員で、新座グループを迎え撃つ。
迎撃の作戦は花山が立案し、戦力を3つに分けた。
地下施設を直接守るのは、花山真弓、金平彩華、来栖早希、ラダ・ムーの4人。
駐屯地北側の小さな丘陵地に自走10榴改を配置。担当は、加賀谷真梨、葉村正哉の2人。南側丘陵地にも自走10榴改。担当は、香野木恵一郎、奥宮要介陸士長の2人。結城光二は空中偵察となった。
井澤貞之と百瀬未咲の2人は、香野木恵一郎たちと行動を共にし、20ミリ3銃身バルカン砲搭載の装甲輸送車に搭乗。
結城光二の偵察で、新座グループの行動はほぼ完全に探知していた。
そして、新座グループが現れた。
花山が心配していた戦車は、ブルドーザーの周囲に鉄板を貼った急造であった。装甲車は、どこで見つけたのか首をかしげる珍品だった。第二次世界大戦期のM3ハーフトラックだ。
戦車には砲塔があり、砲身が付いている。
車輌の総数は約40で、2トン車が主力。ランドクルーザーやジムニーなども行軍に参加している。
秩父のラジオは“新しき国防陸軍”だと中継放送している。
花山は来栖に「殺戮になるね」と言った。来栖は「暴力の連鎖は見たくない。ここで決着を付けましょう」と応じた。
敵の“大軍”はスピーカーでアジテーションをがなりながらやってきた。
そして、無条件降伏と全物資の供出、誤った考えを植え付けて拘束している女性の解放を要求した。
彼らは10分の猶予を与え、10分過ぎても返答がないと、さらに10分延長した。
計20分間、返答がないので、酷く動揺したようで、なし崩し的に発砲を始めた。
新座グループの“戦車”はよくできていた。遠目には複合装甲で車体を構成した戦車に見える。砲塔は傾斜の付いた鉄板で覆われ、砲身は5メートルに達する。
だが、張りぼてだ。
敵の“戦車”と装甲車が前進する。
その他の車輌からは“歩兵”が降りて、〝戦車〟と装甲車の後に続く。
敵の“戦車”が地下施設の200メートル手前まで迫ると、花山は84ミリ無反動砲を自ら担いで、発射した。この無反動砲は、スウェーデン製カールグスタフM2だが、かなり旧式な兵器だ。
それでも張りぼて戦車を破壊するには十分すぎるほどの威力だった。
敵は“戦車”を破壊されると、混乱に陥った。それでもしゃにむに発砲しながら前進してくる。64式小銃を持っている者はごく少数で、散弾銃や狩猟用のライフル、日本刀はまだしも、金属バットを持っている“兵士”までいる。
その様子を見て、花山は躊躇った。その様子を見て取った来栖が促す。
「総員、テ!」
自走10榴改が北側から飛び出してくる。そして、敵の輸送車輌に12.7ミリ機関銃弾を撃ち込んでいく。
敵の装甲車から人が飛び出して、南に逃げていく。
花山たちが陣取る地下施設正面の陣地からは、74式車載機関銃三挺から放たれる7.62ミリ弾が近寄ってくる男たちに浴びせられる。
南からも自走10榴改が飛び出し、砲塔上から12.7ミリ機関銃弾を発射すると、さらなる本物の“戦車”みたいなものの登場に驚いたのか、敵は武器を捨てて逃げ出した。
井澤貞之は容赦しなかった。20ミリ機関砲弾を撃ちまくると、敵のほぼ全員が地に伏した。地面は乾燥していて、背の低い雑草がまばらに茂るだけの遮蔽物が何もない土地で、短い時間で一方的な戦闘が終わった。
生き残った敵兵は160人ほど、死者と負傷者は各20人。
捕虜は全員地に伏せさせている。
香野木が「指揮官は誰だ」と怒鳴ると、20歳代前半の男が立ち上がった。
「帝国軍人としての扱いを要求する」と言った。
香野木は「帝国軍人は、縄目の恥は受けない!」とにらみ付け、ホルスターからS&W M39自動拳銃を抜いて、躊躇わずに男の額を撃った。男は後頭部から血のラインを空中に引いて倒れた。
香野木は花山にあえて命令口調でいった。
「盗賊の生き残りに、死体を処理させろ!」
花山は「は!」と直立不動の姿勢をとった。
実に芝居がかっているが、新座園子を震え上がらせるためのプロローグだ。
来栖が「負傷者はどうしますか」と香野木に指示を仰ぐ。
「放っておけ。動けないものは死体として処理しろ」
陸上自衛隊2佐であった来栖は、その階級にふさわしくない下手な敬礼をした。
一番酷いのは奥宮だった。
「閣下!
敵の装甲車を鹵獲しましたが、いかがしますか!」
香野木は「おい、閣下はないだろう」と思いながらも、彼の必死の芝居を無碍にはできない。
「よく調べてから、爆破しろ」
爆破なんかするつもりはさらさらない。骨董品だが、いいものが手に入った。
井澤が生き残りの顔を1人ずつ、確認している。腹ばいになっている男たちの髪をつかみ上げ、顔を見た。
これは芝居ではない。その様子を、誰もが緊張して見ていた。
彼の怒りは止められない。
加賀谷真梨が連中のトラックを物色している。そして、2台を選んだ。2台とも被弾しているが、エンジンは無事なようだ。
夕方までにトラックに死体を積み込ませた。まるで、漁港の水揚げのように死体が載っている。
井澤が捕虜3人を指差し、トラックに乗せなかった。3人とも泣いている。
1人は「助けて。お願い。殺さないで」と小声で呪文のように呟いている。
3人は跪かされ、井澤が1人ずつ背後から後頭部を撃った。
そして、その3人の死体を彼らの生きている仲間にトラックの荷台に積み込ませた。
香野木は生き残った全員に告げた。
「新座園子に伝えろ。
必ず殺しに行くと。
ただし、楽には死なせない。
そう伝えろ!」
2台のトラックと、埃まみれの男たちの行列が南に向かっていく。
この連中の多くは、秩父には戻れなかった。
死体を積んだトラックは、利根川岸で数十人に包囲され、生き残りはその場所で拘束された。
その後は阿鼻叫喚の光景だったらしい。生きたまま手足を切り落とされ、2台のクルマで身体を引き合い手足が引きちぎれ、別のものは手足を縛って利根川に投げ込まれた。服にガソリンをかけられて、火を付けられたものもいる。
少数が秩父に逃げ戻ったが、この結果は新座園子を震え上がらせるには不十分だったようだ。
そして、これ以後、新座グループを恐れるヒトはいなくなった。
新座グループが現れると、車輌に火炎瓶を投げつけるなど、積極的な攻撃が行われ、また新座グループ構成員が捕らえられると凄惨なリンチが待っていることから、5月の終わりには、秩父一帯から出てくることはなくなった。
また、飯能や入間に進出しているグループが、正丸峠を封鎖した。熊谷や東松山に向かうルートはあるが、彼らが自由に行動できるエリアは急速に狭まりつつあった。
新座グループには、若い女性にもシンパシーを感じさせるものがあったようだ。女性の構成員は意外と多い。
ところが、男の数が減り、女性も働けといわれると嫌気がさすのか、脱出を図る女性が増えてきた。
これが厄介で、どのグループももてあましている。働くことが嫌だと、この世界では生きていけない。
しかも、働くくらいなら死んだ方がましらしい。
で、あるグループは「それならオークの餌になれ」と、佐野の近くに放置してきたとか。
さすがに、この行為は非難されたが、彼女たちには相当な効果があった。
「働くなんて嫌」
「なら、オークの餌になれ」
こんな会話が、あちこちで交わされた。
なお、これ以後も佐野付近に放置された新座グループ出身者はいたらしい。
北アメリカで発生したスーパープルームに起因する生物の大絶滅は、人類にも及んでいる。
それでも日本は、一定の秩序を維持してきた。確かに暴力沙汰や盗みは多くなってはいたけれど、治安が崩壊していたわけではないし、互助の精神は健在だった。
だが、世界的な消滅現象以降、社会そのものがなくなった。
日本列島は存在しているが、日本という国は消滅した。世界から国家のすべてが消えた。おそらく、民族という概念も消えた。
それだけではない。
ヒトの社会にとっての寄るべき法や道徳といった規範も消滅した。
だから、ヒトは個々の意思によって、共感と協調ができる集団を作ることになる。
宗教的、オカルト的、政治心情的、民族主義的、博愛主義的、個人主義的。
どうであれ、生命体個々の生き残りをかけた戦いなのだ。
例えばオカルト思考がバカげているとしても、そのバカげた考えの集団が生き残れば、それが正しい。
そして、社会が消滅したことにより、一切の制約が外された自由が生まれた。
犯罪を取り締まる術がない。いや、犯罪という概念が消えた。つまり、他者を殺す自由まである。
この世界では、現状の環境下における最適者生存が根源的ルールになった。
香野木恵一郎は、この現実を冷酷なほど正確に理解していた。
実際、彼ら彼女らの行動は、従わない男性は殺し、抵抗する女性は暴行し、銃口を頭に突きつけて恭順を迫るという、犯罪組織同然であった。
この頓狂なグループが野盗連中と違うところは、尽忠報国、堅忍持久などのスローガンを多用し、構成員に軍人勅諭(陸海軍軍人に賜はりたる敕諭)を暗唱させるくらいか?
相馬原のメンバーが戦車を欲している理由は、現実の脅威であるオークとの戦い、いずれ現れるギガスとの対決に備えたものだ。
しかし、それ以前に新座グループに対抗するためでもある。
オークに対しては市ヶ谷台も同じだし、他のグループの多くもオークを恐れているから、武器を手にしている。
オーク以外で対人攻撃を頻繁に行っているヒトは、ごく一部の粗暴な盗賊と新座グループだけだ。
新座グループの構成員が捕虜になることもある。
その結果は悲惨だ。相当にひどい扱いを受ける。
新座グループに対する人々の憎しみは、頂点に達しつつあった。
新座園子は、特殊な考えの持ち主のようだ。日本の歴史、日本の伝統、日本人の魂をもっとも重視するそうだが、それは彼女の頭の中で作ったものであって、現実とは大きく乖離している。
構成員が捕虜になると、尋問が行われる。多くは新座グループの戦力や作戦についてで、武器や食糧事情も問う。
それも拷問してから……。
拷問も色々あるが、棒で叩いたり、石を抱かせたりはしない。
人々の多くは、野蛮人じゃない。
冬場は丸一日、裸足で屋外に出しておけば、手足の指は凍傷ですべて切り落とすことになる。もちろん、だれも切り落としてはくれないし、切り落としてしまえば誰かの保護なしで生きてはいけない。
つまり、ゆっくりと死ぬ。
捕虜となった構成員は、何も尋ねなくても、必死で知っていることを話す。何でも話すし、命乞いもする。複数を捕虜にすると、自分が一番知っている、というアピール競争もする。
新座園子が夜何回トイレに行くか、それを話した捕虜もいた。新座園子の息子の性癖や娘の体重増減だってわかっている。娘の性交時の声音を真似た男もいた。
そういった姿を誰も笑いはしないが、不思議なグループだとは思っている。
強い団結を誇示しているが、実体は極めて脆い。
新座園子は、自身が女性であるにも関わらず、女性蔑視が甚だしく、彼女の息子がモテナイのは女性が悪いらしい。
複数いる息子の1人は捕らえられ、深く掘った穴に閉じ込められ、抜け出せないまま、漆黒の闇の中で餓死したという。残酷なことに、この息子を捕らえた連中は、水だけは与え続けたらしい。なるべく長く苦しむように。
冬を乗り切った現在、新座園子の憤怒の感情は、彼女からすれば日本の伝統・文化を完全否定する花山真弓に向けられていた。
実際は、市ヶ谷台は恐ろしくて手出しできないが、小集団の相馬原ならばどうにかできそうだ、という姑息な計算なのだろう。
5月に入ると、秩父のラジオ局は相馬原の悪行を並べ立て始め、“天誅”を加えると言い始める。特に物資の隠匿と、日本の家族制度を根底から否定する集団生活の異常性を喧伝した。
もっとも、花山は新座園子など歯牙にもかけていないが……。
どちらにしても、相馬原のメンバーに目が向いたことは僥倖だ。連中から手を出してくれれば、心置きなく叩ける。
花山は、香野木恵一郎が新座園子よりも冷酷な判断ができることをよく知っていた。
新座園子が香野木恵一郎の策略にはまっていく姿を、哀れに感じている。
そのことを香野木は花山から直接聞いた。花山は「協力するわよ」と笑いながら、香野木にいった。
この日、週に1度やって来る魚屋さんが現れなかった。
そして、午後になって、回り回って安中のグループから秩父の“大軍”が相馬原に向けて出発したとの連絡が入る。
その直後、市ヶ谷台が詳細な戦力を知らせてきた。
戦闘員200前後、戦車1、装甲車1、非装甲車輌多数、目的地は相馬原と推測。
相馬原は、まだ戦車を手に入れていない。
畠野史子3曹が産後で夏見智子看護師が付き添っている。12歳以下の子供たちは笹原大和をリーダーに、由衣と愛美がサポート。井澤加奈子は夏見が引き受けた。
その他全員で、新座グループを迎え撃つ。
迎撃の作戦は花山が立案し、戦力を3つに分けた。
地下施設を直接守るのは、花山真弓、金平彩華、来栖早希、ラダ・ムーの4人。
駐屯地北側の小さな丘陵地に自走10榴改を配置。担当は、加賀谷真梨、葉村正哉の2人。南側丘陵地にも自走10榴改。担当は、香野木恵一郎、奥宮要介陸士長の2人。結城光二は空中偵察となった。
井澤貞之と百瀬未咲の2人は、香野木恵一郎たちと行動を共にし、20ミリ3銃身バルカン砲搭載の装甲輸送車に搭乗。
結城光二の偵察で、新座グループの行動はほぼ完全に探知していた。
そして、新座グループが現れた。
花山が心配していた戦車は、ブルドーザーの周囲に鉄板を貼った急造であった。装甲車は、どこで見つけたのか首をかしげる珍品だった。第二次世界大戦期のM3ハーフトラックだ。
戦車には砲塔があり、砲身が付いている。
車輌の総数は約40で、2トン車が主力。ランドクルーザーやジムニーなども行軍に参加している。
秩父のラジオは“新しき国防陸軍”だと中継放送している。
花山は来栖に「殺戮になるね」と言った。来栖は「暴力の連鎖は見たくない。ここで決着を付けましょう」と応じた。
敵の“大軍”はスピーカーでアジテーションをがなりながらやってきた。
そして、無条件降伏と全物資の供出、誤った考えを植え付けて拘束している女性の解放を要求した。
彼らは10分の猶予を与え、10分過ぎても返答がないと、さらに10分延長した。
計20分間、返答がないので、酷く動揺したようで、なし崩し的に発砲を始めた。
新座グループの“戦車”はよくできていた。遠目には複合装甲で車体を構成した戦車に見える。砲塔は傾斜の付いた鉄板で覆われ、砲身は5メートルに達する。
だが、張りぼてだ。
敵の“戦車”と装甲車が前進する。
その他の車輌からは“歩兵”が降りて、〝戦車〟と装甲車の後に続く。
敵の“戦車”が地下施設の200メートル手前まで迫ると、花山は84ミリ無反動砲を自ら担いで、発射した。この無反動砲は、スウェーデン製カールグスタフM2だが、かなり旧式な兵器だ。
それでも張りぼて戦車を破壊するには十分すぎるほどの威力だった。
敵は“戦車”を破壊されると、混乱に陥った。それでもしゃにむに発砲しながら前進してくる。64式小銃を持っている者はごく少数で、散弾銃や狩猟用のライフル、日本刀はまだしも、金属バットを持っている“兵士”までいる。
その様子を見て、花山は躊躇った。その様子を見て取った来栖が促す。
「総員、テ!」
自走10榴改が北側から飛び出してくる。そして、敵の輸送車輌に12.7ミリ機関銃弾を撃ち込んでいく。
敵の装甲車から人が飛び出して、南に逃げていく。
花山たちが陣取る地下施設正面の陣地からは、74式車載機関銃三挺から放たれる7.62ミリ弾が近寄ってくる男たちに浴びせられる。
南からも自走10榴改が飛び出し、砲塔上から12.7ミリ機関銃弾を発射すると、さらなる本物の“戦車”みたいなものの登場に驚いたのか、敵は武器を捨てて逃げ出した。
井澤貞之は容赦しなかった。20ミリ機関砲弾を撃ちまくると、敵のほぼ全員が地に伏した。地面は乾燥していて、背の低い雑草がまばらに茂るだけの遮蔽物が何もない土地で、短い時間で一方的な戦闘が終わった。
生き残った敵兵は160人ほど、死者と負傷者は各20人。
捕虜は全員地に伏せさせている。
香野木が「指揮官は誰だ」と怒鳴ると、20歳代前半の男が立ち上がった。
「帝国軍人としての扱いを要求する」と言った。
香野木は「帝国軍人は、縄目の恥は受けない!」とにらみ付け、ホルスターからS&W M39自動拳銃を抜いて、躊躇わずに男の額を撃った。男は後頭部から血のラインを空中に引いて倒れた。
香野木は花山にあえて命令口調でいった。
「盗賊の生き残りに、死体を処理させろ!」
花山は「は!」と直立不動の姿勢をとった。
実に芝居がかっているが、新座園子を震え上がらせるためのプロローグだ。
来栖が「負傷者はどうしますか」と香野木に指示を仰ぐ。
「放っておけ。動けないものは死体として処理しろ」
陸上自衛隊2佐であった来栖は、その階級にふさわしくない下手な敬礼をした。
一番酷いのは奥宮だった。
「閣下!
敵の装甲車を鹵獲しましたが、いかがしますか!」
香野木は「おい、閣下はないだろう」と思いながらも、彼の必死の芝居を無碍にはできない。
「よく調べてから、爆破しろ」
爆破なんかするつもりはさらさらない。骨董品だが、いいものが手に入った。
井澤が生き残りの顔を1人ずつ、確認している。腹ばいになっている男たちの髪をつかみ上げ、顔を見た。
これは芝居ではない。その様子を、誰もが緊張して見ていた。
彼の怒りは止められない。
加賀谷真梨が連中のトラックを物色している。そして、2台を選んだ。2台とも被弾しているが、エンジンは無事なようだ。
夕方までにトラックに死体を積み込ませた。まるで、漁港の水揚げのように死体が載っている。
井澤が捕虜3人を指差し、トラックに乗せなかった。3人とも泣いている。
1人は「助けて。お願い。殺さないで」と小声で呪文のように呟いている。
3人は跪かされ、井澤が1人ずつ背後から後頭部を撃った。
そして、その3人の死体を彼らの生きている仲間にトラックの荷台に積み込ませた。
香野木は生き残った全員に告げた。
「新座園子に伝えろ。
必ず殺しに行くと。
ただし、楽には死なせない。
そう伝えろ!」
2台のトラックと、埃まみれの男たちの行列が南に向かっていく。
この連中の多くは、秩父には戻れなかった。
死体を積んだトラックは、利根川岸で数十人に包囲され、生き残りはその場所で拘束された。
その後は阿鼻叫喚の光景だったらしい。生きたまま手足を切り落とされ、2台のクルマで身体を引き合い手足が引きちぎれ、別のものは手足を縛って利根川に投げ込まれた。服にガソリンをかけられて、火を付けられたものもいる。
少数が秩父に逃げ戻ったが、この結果は新座園子を震え上がらせるには不十分だったようだ。
そして、これ以後、新座グループを恐れるヒトはいなくなった。
新座グループが現れると、車輌に火炎瓶を投げつけるなど、積極的な攻撃が行われ、また新座グループ構成員が捕らえられると凄惨なリンチが待っていることから、5月の終わりには、秩父一帯から出てくることはなくなった。
また、飯能や入間に進出しているグループが、正丸峠を封鎖した。熊谷や東松山に向かうルートはあるが、彼らが自由に行動できるエリアは急速に狭まりつつあった。
新座グループには、若い女性にもシンパシーを感じさせるものがあったようだ。女性の構成員は意外と多い。
ところが、男の数が減り、女性も働けといわれると嫌気がさすのか、脱出を図る女性が増えてきた。
これが厄介で、どのグループももてあましている。働くことが嫌だと、この世界では生きていけない。
しかも、働くくらいなら死んだ方がましらしい。
で、あるグループは「それならオークの餌になれ」と、佐野の近くに放置してきたとか。
さすがに、この行為は非難されたが、彼女たちには相当な効果があった。
「働くなんて嫌」
「なら、オークの餌になれ」
こんな会話が、あちこちで交わされた。
なお、これ以後も佐野付近に放置された新座グループ出身者はいたらしい。
北アメリカで発生したスーパープルームに起因する生物の大絶滅は、人類にも及んでいる。
それでも日本は、一定の秩序を維持してきた。確かに暴力沙汰や盗みは多くなってはいたけれど、治安が崩壊していたわけではないし、互助の精神は健在だった。
だが、世界的な消滅現象以降、社会そのものがなくなった。
日本列島は存在しているが、日本という国は消滅した。世界から国家のすべてが消えた。おそらく、民族という概念も消えた。
それだけではない。
ヒトの社会にとっての寄るべき法や道徳といった規範も消滅した。
だから、ヒトは個々の意思によって、共感と協調ができる集団を作ることになる。
宗教的、オカルト的、政治心情的、民族主義的、博愛主義的、個人主義的。
どうであれ、生命体個々の生き残りをかけた戦いなのだ。
例えばオカルト思考がバカげているとしても、そのバカげた考えの集団が生き残れば、それが正しい。
そして、社会が消滅したことにより、一切の制約が外された自由が生まれた。
犯罪を取り締まる術がない。いや、犯罪という概念が消えた。つまり、他者を殺す自由まである。
この世界では、現状の環境下における最適者生存が根源的ルールになった。
香野木恵一郎は、この現実を冷酷なほど正確に理解していた。
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