大絶滅 5年後 ~自作対空戦車でドラゴンに立ち向かう~

半道海豚

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第2章 相馬原

02-030 遺伝子

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 その夜、彼ら全員を地下2階の20畳ほどの部屋に通し、その部屋で床に座って食事をしてもらった。
 また、出入口には奥宮要介陸士長と笹原大和が歩哨に立った。
 監禁しているようで申し訳ないが、彼らも事情を察してくれた。

 花山真弓が市ヶ谷台と無線で交渉すると、市ヶ谷台は相馬原に保護を求めてきた6人を引き取るために雪上車を送るという。
 到着は2日後だ。
 花山が市ヶ谷台の状況を問うと「危機的ではないが、食糧が不足している」と当然な答え。
 花山は思案して、香野木恵一郎と来栖早希をモニター室に呼んだ。
「命がけで回収してきた玄米だということはわかっているけど、少し市ヶ谷台に送ってあげられないかな?」
 同室で外部をモニターしていた葉村正哉が賛成と即答し、同任務の百瀬未咲が「私は地下3階に運んだだけだけど、賛成!」と全面賛成の意思を示す。
 香野木は「凍っているから、扱いは難しいと思うけど、無償で1トン、精米器と交換で0.5トン、はどう?」と提案する。
 花山は再度無線で市ヶ谷台を呼び出し、「凍った玄米1トンを引き渡す用意がある」と伝え、その条件として「精米器と交換で、さらに0.5トンを引き渡す」と付け加えた。
 市ヶ谷台は、驚くと同時に喜び「精米器を探す。少し待ってくれ」と告げて無線を切った。
 返答は深夜だった。
「家庭用精米器1台と、玄米0.5トンを交換して欲しい。
 それと、米の保管に詳しい人物を派遣する」と伝えてきた。
 相馬原は了解した。
 市ヶ谷台が送る部隊編成は、小型雪上車、89式装甲戦闘車、大型キャリアダンプ各1輌だという。

 2日後の正午頃、市ヶ谷台から3輌の装軌車が到着。
 緑茶も紅茶もコーヒー豆もない相馬原の人々は、到着した市ヶ谷台の面々を白湯でもてなした。
 玄米はあらかじめ地上に上げてあり、フォークリフトがない手作業だが、キャリアダンプへの積み込みは順調に進んだ。
 6人は来たときと同様にスノーモビルで軽自動車を牽引していくという。ただ、軽自動車の運転手以外は、小型雪上車に移った。
 総走行距離130キロ、1日半の行程だ。
 香野木たちは彼らに軟禁したことを詫び、彼らは香野木たちに保護してくれた礼を告げた。

 この輸送部隊を指揮していたのは警察官で、市ヶ谷台の事情にも精通していた。
 東京も一面の銀世界で、行動は極めて困難だという。
 ただ、確保できた車輌数は多く、物資は比較的豊富で、人々は飢えているという状態ではない。新鮮な葉物野菜を作ろうとしているが、大量生産には至っていないという。だが、玉の小さなレタスを5個くれた。
 また、相馬原からは、少しだが医薬品を渡した。
 電力はロシアの原潜を手に入れ、その原潜の原子炉を使って発電しているそうだ。電力には困っていないという。
 原子炉の運転は、生き残った専門家が行っているとか。
 市ヶ谷台が掌握する人々は、1万2000人を超えたとか。そのうち2000人超が、秩父グループからの避難者だという。
 国際情勢も少しだがわかった。
 ヨーロッパでは各地でギガスとの戦いが起こり、主戦場は地中海東部沿岸と死海の間、かつてのヘブロン近郊だという。
 また、オークと思われる勢力が東から攻め込んでいるが、ワルシャワ近郊を流れるヴィスワ川で食い止めているとか。
 北アメリカ東部は音信不通で、南アメリカはアンデス山脈一帯にかなりの人々が生き残っているらしい。
 中国の情勢はまったくわからず、インド北部には生存者が相当数いる。
 
 世界情勢は判然とはしないが、関東平野の勢力情勢ははっきりしてきた。
 生き残ったヒトの多くは市ヶ谷台を支持していて、秩父は完全に嫌われている。
 秩父グループを掌握した新座園子は、投票による“政権交代”後、自身を司令官とする“国軍”を創設。
 物資横流しや私的隠匿があったという理由で、消滅現象直後の混乱期を乗り切った主要メンバーを捕らえ、即決裁判による処刑を始めた。
 また、「国家を再定義する」とのスローガンで、若い女性を集めて、集団見合いをさせるなど常軌を逸した行動に走っていた。男は何でもよく、60歳の男に14歳の女の子を引き渡した例もあるそうだ。
 新座園子が組織した“国軍”は、オークから身を守るために集められた自衛隊の武器が配備され、小集団では対抗できない戦力を有している。
 この“国軍”の中核は、手持ちぶさただった比較的年齢が高い人々が多く、消滅現象直後の混乱期を支えた世代横断的なグループを目の敵にしていた。
 非常に凶暴で、新座園子の方針に抵抗するヒトに対して、あるいは新座園子に与しない秩父周辺の自立グループに対して、暴力による服従を強要しているという。
 女性に対する性的暴行も常態化しているらしい。
 この状況を比較的高い年齢層の男性と、幅広い年齢層の女性の一部が支持している。
 新座園子を支持するヒトの精神構造が理解できないが、かなり多くの人々が迎合していることは事実だ。
 ただ、高い年齢の人たち全員、女性の全員が新座園子を支持しているわけではない。
 先の60歳の男に14歳の女の子を引き渡した例では、この男性が少女を保護して、雪中を踏破し、市ヶ谷台に保護を求めてきたそうだ。

 保護した大柄な男は、2日目には話ができるまで回復していた。
 男の名は井澤貞之、若い女性は娘で井澤加奈子。井澤貞之は42歳、井澤加奈子は15歳。前橋市内に隠れていたそうだ。
 香野木たちが前橋で捜索した際、彼らの呼びかけを聞いていた。ただ、相当数の物資を確保しており、生存に困窮していたわけではないので、呼びかけに応じなかった。
 数日前、中年の女が指揮する秩父グループがやってきて、見つかってしまった。
 それ以後は、何も聞けなかった。だが、誰もが何があったのかを想像できた。
 井澤貞之は「若い頃から登山をしていたので、雪中を歩くことは怖くなかったけど、もし相馬原が見つからなかったら、と思うと恐ろしかった」と告白した。
 彼はまだ微熱があり、安静が必要だ。
 井澤加奈子は意識はあるが、心に大きな傷を負っていた。彼女の世話は年齢が近い未咲が担当した。

 年が明けた。消滅現象が起きてから、3カ月半が経過した。
 地下施設の外は純白の世界。だが、積雪量は増えていない。これから厳冬期に入るが、雪の量は現状が最大かもしれない。そうであって欲しい。
 新年はいつもと変わらぬ、普通の日として始まった。おせち料理も、お雑煮もない、何もない新年だが、副食が一品多かった。

 井澤加奈子は施設内を1人で歩けるまで回復していたが、男性を非常に怖がった。正哉と結城は完全に避けられていて、笹原大和も恐怖の対象だ。
 あと、ラダ・ムーも恐れられている。
 そのラダ・ムーだが、ほぼ健康を取り戻しており、屋外作業にも協力してくれている。非常に力が強く、相撲の関取やプロレスラー並の力がありそうだ。ラダ・ムーの話だと、ネアンデルタール人の中では、彼は特別力持ちではないそうだ。
 35ミリ機関砲搭載の対空自走砲と、20ミリ3銃身ガトリング砲搭載の装甲輸送車は、試験走行を開始している。
 金平彩華のプログラミング技術は、驚異的なレベルである。
 対空自走砲と装甲輸送車は微調整中で本格稼働はまだだが、あと少しで戦力化できる。
 自走105ミリ榴弾砲は、完動状態にある。外見はオリジナルとほぼ同じだが、自動装填装置が追加されていて、この車輌も乗員2人で運用できる。

 彼らは、いつオークに襲われても、守り切れるよう、装備を調えていた。
 花山は、この積雪の中でも相馬原駐屯地の地下を調べていた。
 弾薬の確保と、弾倉の発見、できれば81ミリ迫撃砲やパンツァーファウスト3が見つかれば、と。
 どういうわけか、74式車載機関銃とそのベルトリンク弾は探し当てるのだが、64式小銃と弾倉、89式小銃の弾倉はまったく見つからない。74式車載機関銃は三脚とセットで見つかることが多く、その点は助かっていた。
 しかし、地下施設内でM3短機関銃、通称グリースガンが12挺、そして大量の11.4ミリ拳銃弾と弾倉が見つかった。9ミリ拳銃と9ミリパラベラム弾も見つけている。だが、拳銃の弾倉は不足している。
 花山は、大成果も上げている。軽油の地下タンクの発見に続いて、ジェット燃料であるケロシンの巨大地下タンクを発見したのだ。ケロシンの成分は灯油と近似、灯油の成分は軽油と近似だ。燃料として、相互に互換性がある。
 軽油の地下タンクと同様、地上部分の設備が消滅していた。加賀谷真梨が延長パイプとバルブを作り、燃料の汲み上げは灯油用の電池式ポンプを使った。
 家庭用なので時間を要するが、仕方ない。物資は極限されている。望む成果は得にくい。

 1月末、市ヶ谷台から「遺伝子解析が可能な施設と設備を確保した」との連絡が入った。
 相馬原では、独自に設備を探そうという動きもあった。群馬大学理工学部のある桐生や太田に行けば、発見できる可能性があった。
 しかし、桐生や太田は栃木県佐野に近い。佐野にはオークの拠点がある。実行するには、相応の覚悟が必要だ。
 なぜ、市ヶ谷台が相馬原の要望に応えようとしたのか、その理由はわからない。
 原初的に、市ヶ谷台もオークの正体を知りたがっていることは容易に想像できる。ヒトは、正体不明の相手には恐怖を感じるが、正体を知れば勇猛果敢に行動できる。
 設備・施設は偶然発見したのか、それとも積極的な調査・探査の成果なのか、それはわからない。
 香野木が心配していることは、市ヶ谷台が来栖を拘束することだ。

 来栖は、由衣や愛美、そして大和に勉強を教えていた。毎日、午前中4時間。
 消滅現象から5カ月を経過しているが、彼らの頭髪は整えられている。
 百瀬未咲はヘアメイクを学んでいた。彼らの頭髪は、彼女の作品であった。
 葉村正哉と結城光二は、夜の2時間、来栖の授業を受けていた。当初は2人だったが、年齢が近い百瀬未咲がおもしろ半分で参加するようになった。
 百瀬未咲は「学校は嫌い」と言っていたが、来栖の講義が面白いらしく、のめり込んでいく。いまでは、来栖の助手だ。
 由衣と愛美は、来栖が2等陸佐だと畠野から聞かされて「それって、偉いの?」と聞き返し、畠野が陸上自衛隊の全階級を紙に書いて説明したらしい。
 16階級のうち上から4番目と知って、大変驚き「おばちゃん、ぜんぜん偉そうじゃないよね。本当は偉くなんてないんじゃない」が感想だった。
 2人は金平彩華から「来栖先生は、医学博士で理学博士なんだよ」と聞かされて、「ハカセ?
 ヒロシの読み間違い?」とボケた。
 来栖はフレンドリーな人柄で、子供たちにも人気がある。この人物を失うわけにはいかない。

 花山が市ヶ谷台と事前交渉することを主張した。
 花山が結城とヘリコプターで市ヶ谷台に乗り込み、来栖の身の安全を保障させるという。
 何をどうやっても、保障などないのだが、相馬原が脳天気でないことくらいは理解させられる。香野木は花山案に賛成した。

 花山は好天を見計らって、ヘリの離陸直前に市ヶ谷台に交渉を申し入れた。
 虚を突かれた市ヶ谷台は慌てたらしいが、それでも交渉を受け入れた。奥宮と正哉が武装して同行する。
 MD500は4人を乗せて離陸した。

 市ヶ谷台は、相馬原がヘリコプターを保有していることに相当な驚きがあったようだ。
 そして、相馬原がオークに対する情報を多々有していることも意外だったらしい。
 花山の交渉相手は、元川崎市長の塩田香奈恵という40歳代半ばの女性政治家だ。
 塩田代表は花山に「花山真弓さんですね。元陸上自衛隊1等陸尉の。相馬原のリーダーでよろしいですか?」と問いかけた。
 花山は「確かに花山真弓です。ですが、相馬原のリーダーは香野木恵一郎です。
 私は香野木の補佐役といった立場です」と答えた。
 市ヶ谷台は相馬原の体制を読み違っていたことに気付き、蜂の巣をつついたような騒動になったらしい。
 2人の会談は、2人っきりで1時間行われた。
 花山が要求したことは、必ず来栖早希を相馬原に返すこと、武装した護衛兼助手が1人同行すること、の2点だ。
 塩田代表は、この2点に同意し、2人の安全を保障した。
 会談後、来栖早希をサポートするメンバーが紹介され、施設にも案内された。
 相馬原は市ヶ谷台にオークの死体を引き渡している。当然、彼らはオークからサンプルを採取して遺伝子解析を行い成功したはずだ。
 来栖曰く「でも、何もわからないのよね。我々ヒトと似た塩基配列だというくらいしかわからないでしょうね。
 まっ、そこがこっちの強みなのよ」
 来栖は市ヶ谷台の実力を完全に見切っていて、彼女は「結論は私が出す!」といい切った。
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