大絶滅 5年後 ~自作対空戦車でドラゴンに立ち向かう~

半道海豚

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第2章 相馬原

02-029 逃亡

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 その日の夕方、施設屋上で見張りを担当していた金平彩華は、利根川に沿って北に進む人影らしいものを発見する。
 距離は8キロほどあり、判然としないが、その足取りは重く、時々雪上に倒れ込む。
 彩華は数分間観察していたが、やはりヒトが動いているようにしか見えない。
 彼女は、一緒に見張りに立っていた百瀬未咲に双眼鏡を渡して確認して貰う。
「ヒトだと思うよ!」と未咲が言う。
 このことを彩華が車庫にいた花山真弓に伝えると、花山は彩華を伴って1/2トントラック(通称パジェロ)で人影に向かう。

 パジェロが人影に近付くまで、1時間を要した。
 人影は身体に毛布を巻き、その上から100均で売っているような安物の雨合羽を被り、足下はスニーカーの上からビニール袋を被せて布で巻いた、あり合わせの防寒・防水対策を施していた。
 中年の男だ。
 靴には手製らしいかんじきを履いていて、両手に古びたスキーのストックを持っている。
 腰から伸びたロープにはカヌー型ゴムボートが括り付けられていて、カヌーにはヒトが横たわっている。
 その男は最初、花山と彩華にスキーのストックを振り上げて、抵抗の素振りを見せた。
 だが、男の疲労は極に達していて、足下が定まらない。
 男は「相馬原はどっちだ」と消え入りそうな声で尋ねた。
 彩華が「ここが相馬原……」と答えると、男は雪上に倒れた。

 百瀬未咲は、その様子を双眼鏡で見ていた。雪がやみ視程はいいが、距離があり様子は判然としない。
 だが、棒のようなものを振り上げる様子は見えた。未咲は危険を感じ、来栖早希に報告する。
 来栖と加賀谷真梨は、10榴改兵員輸送車で向かう。

 カヌーに横たわっていたヒトは若い女性で、まだ辛うじて生きていた。
 雪上に倒れた男は大柄で、花山と彩華はパジェロに乗せるのに苦労した。
 10榴改兵員輸送車は見えているがなかなか近付いてこない。雪が深く、吹き溜まりにはまると装軌車であっても容易には脱出できないのだ。
 大柄な男と小柄な女をパジェロに乗せると、花山と彩華は全速で地下施設に戻ろうとした。
 途中からワスプが圧雪した“道”が使えたので、30分ほどで地下施設の車庫に入る。

 大柄な男は、疲労と寒さ、そして軽度の凍傷で弱っていたが、生命に関わるような状態ではない。
 若い女性は、殴られたのか顔が酷く腫れ、骨折も疑われた。布を巻いて手当てしてあるが、後頭部にも傷がある。
 治療方法が極限される状況において、決して安心できる状態ではない。
 産後であまり体調のよくない看護師の夏見智子が、治療にあたった。生きたヒトは対象外の医師、来栖はウロウロ、オロオロするだけ。

 大人の人手が足りないときは、子供でもできることはしなければならない。
 未咲を手伝って、由衣と愛美が見張りに立つ。
 夕暮れ間近で、気温がぐんぐん下がっていく。
 彩華が見張りに戻ると、由衣が「ご飯とパンが来たよ!」と叫んだ。
 前日に帰着していた結城が、玄米と小麦粉の大量確保を伝えていた。
 大型ブルドーザーを先頭に、ゆっくりと相馬原に向かって榛名山山麓を上ってくる6台の車列がある。
 確かに、香野木恵一郎たちはご飯とパンの原料を運んできたのだ。
 香野木たちと相馬原は相互に視認してから、邂逅するまで2時間を要した。
 艱難辛苦の雪中行の後、香野木たちを出迎えてくれたのは彩華、未咲、由衣、愛美の4人だけ。
 彩華が「遭難者を見つけて……」の一言で、相馬原の状況がわかった。
 車庫にはローターが折り畳まれたMD500が駐機していて、結城が車庫の見張りとして残っていた。
 香野木たちが運んできた車輌は、ヘリポート跡に運び、APCとトラクターを地下施設の車庫に入れた。
 日没間際なので、彩華たち4人は地下施設内に入り、車庫のシャッターと防火扉を閉め、車庫の見張りとして、笹原大和と結城が残った。

 地下2階は、大騒ぎでわずかな医薬品がかき集められている。
 大柄の男は濡れた服を脱がされ、毛布を何枚もかけられて眠っている。
 若い女性は、夏見と来栖が治療にあたっている。
 ラダ・ムーは、モニター室で複数台のモニターを1人で監視していた。この監視任務に彩華と未咲が加わり、何とか見張りの体制を維持する。
 加賀谷真梨は幼い子供たちの相手をしている。

 その夜、大柄な男は高熱を出し、若い女性は目を覚ましたが呼びかけに対する反応が薄い。意識が混濁しているようだ。

 花山は、夜通しモニター室に据えた無線から離れなかった。

 男女がどこから来たのかは不明だったが、装備から判断して、最大でも30キロ圏内であろうと判断した。
 使い古しのスキーのストック、レジャー用カヌー型ゴムボート、手製のかんじき、少ない食料、そして貧弱な衣類は明らかに物資が豊富でないグループのメンバーであったことを示している。
 相馬原から一番近い集団は、秩父グループとの関係が深い下仁田グループだが、50キロは離れている。

 誰もが緊張した夜が明けた。男の熱は危険な水準からは下がったが、まだ目を覚まさない。女性は意味不明の声を出すが、明確に意識があるという状態ではない。
 花山が市ヶ谷台から得た情報によると、秩父に本拠を置く聖グループが、正丸峠グループと雁坂峠グループに対して攻撃を仕掛けたらしい。
 市ヶ谷台も明確な情報を持っているわけでないが、聖グループに異変があった模様だ。 飯能付近に拠点を置いていた、いくつかの小集団が、市ヶ谷台に救援を求めているという情報も入る。

 彼らは見張りを増員したが、それはオークに対する警戒ではなく、同属のヒトに対するものだ。
 ラダ・ムーは香野木に「同じ種で殺し合いをするのか?」と尋ねてきたが、香野木は「同じ種でも受け入れられることと、そうでないことはある。情けないことだが、守るべきものたちのために戦うことはあるだろう」と答えた。

 この日の午前、彼らは、玄米と小麦粉を手製の台車を使って地下3階に運び込んだ。中型トラックをトラクターで牽引して、車庫に運び込む作業は簡単ではなかったが、運び込んでしまってからは、寒さから解放された流れ作業の肉体労働だ。
 その膨大な量に誰もが素直に喜んだ。
 また、衣類は子供と女性用が圧倒的に多く、すべて冬物であった。幼児用もあり、衣料品の不足に悩んでいた彼らには、本当にありがたい物資だ。

 16時頃、北に向かうスノーモビルを見張りの未咲が発見する。
 そのスノーモビルは軽自動車を牽引している。かなりのスピードを出しており、何かから逃げようとしている様子がうかがえた。
 未咲の指示で、由衣がモニター室に知らせに来た。
 近くにいた香野木と奥宮が施設の屋上に上る。
 施設の屋上は雪景色で紛れるように、3枚の白いシーツで屋根を作っていた。
 木々や岩さえないのっぺらとした地形を覆う雪は、正真正銘の白一色の世界を作っている。
 そこに、わずかでも人工物らしいものがあると、人の目を引きやすい。
 関越トンネルから回収したトラックは、雪を高く盛った壕の中に入れてあり、遠方からでも目立たないはずだが、昨日、雪面に刻んだ香野木たちの車輌の轍は、実によく目立つ。
 それにスノーモビルが気付いた。進行方向を変え、ゆっくりと近付いてくる。
 スノーモビルのライダーは黒い防寒具に身を包み、フルフェイスのヘルメットを着けている。
 APCの履帯の模様をたどって、彼らの100メートル手前で止まる。
 ライダーは、相馬原の人々にまだ気付いていない。
 ライダーは背中に背負ったポンプ式のショットガンを手に持つと、後ろを振り返る。軽自動車の運転席から、男が降りてきた。その男は、垂直二連のクレー射撃用と思われる散弾銃を構えた。
 香野木と奥宮、そして未咲の3人は、89式小銃を装備している。
 2人は深雪に足をとられて、容易に進めない。それでもゆっくりと用心しながら進んでくる。引き返す気はないようだ。
 香野木が奥宮を見ると、彼は2人に「そこで止まれ!」と命じた。
 軽自動車から降りてきた男が「ここは、相馬原か!」と尋ねた。
 奥宮が「そうだ!」と応答すると、2人は銃を下げ「助かった!」と、雪面に銃を置き、両手を挙げる。
「危害を加えるつもりも、抵抗するつもりもない。俺たちは逃げてきただけなんだ」
 香野木と奥宮が彼らを後退させて銃を拾い、未咲が屋上から監視する。
 2人は手を上げたままだ。不安そうでもあるが、銃を突きつけられているのに、なぜか安堵の表情を見せている。
 香野木は軽自動車から出てきた男を呼んだ。
「なぜ、ここが相馬原だと……」
「ガソリンが足りなくて、東京には行けないんだ。相馬原にはグループがいて、助けられたヒトがいると聞いていた。
 だから、一か八かで北に向かって……」
「この雪の中をどうして?」
「新座園子だよ。とんでもない女が、秩父グループの代表になってしまって、特に若い女の子のいる家族は逃げ出している」
「どういうこと?」
「すまないけど、助けてくれないかな。
 子供や年寄りも軽の中に乗っているんだ」
 男は後ろを振り返り、乗用車タイプの軽自動車を見やった。
 奥宮がライダーに下がるように命じ、軽自動車に近付いて車内を確認する。
 奥宮が戻ってきた。
「七〇歳くらいの女性1人、二〇歳代の女性2人、一〇歳代前半の女性1人、四〇歳代の男性1人です」
 ライダーがヘルメットを脱ぐ。髪の長い若い女性だ。
 そして話し出す。
「スノーモビルを見つけていたヒト、ガソリンを少しだけ持っていたヒト、軽自動車をソリ代わりに使えるようにしたヒトの3人が協力し合って、ここまで逃げてきたの」
「何から?」
 男は香野木の質問に明確に答える。
「新座園子と、その支援者たちから」
「どうして?」
「あいつらは、頭がおかしい」
 香野木は質問を変えた。
「どこから来たんだ?」
「高崎市内から。
 もともとは秩父にいたんだが、雪が降り出す少し前に高崎に移ったんだ。
 食料や服とかが探しやすかったんで」
「秩父は物資が不足しているのか?」
「いや、そうじゃない。
 雪が降る前、秩父はそれまで合議制でやってきたんだ。
 正丸峠グループとか雁坂峠グループとかも加わって、食料など物資を融通し合って、何とか生き残ろうと頑張っていた。
 ところが、新座園子という代議士だった女が、国家を再生するだの、ヒトの正しい道とかを説き始めて、最初は誰も相手にしなかったんだけれど、高齢者とか中年以上の女性が支持し始めて、一部の若い男が加わって、住民投票みたいな選挙をやって代表を決めることになったんだ。
 そして新座園子が当選した」
「選挙は悪いことじゃないだろう」
「でも、議会はないんだ。だから独裁だ。
 それが嫌で、俺たちは秩父から抜けたんだ。
 高崎には二〇〇人くらいいたと思う。地下の施設を探して、そこをとりあえず住めるようにして、雪が降り出す頃にはどうにか落ち着いていた。
 食料も越冬するには十分な量があった。新鮮なものなんてないけどね。
 そこを襲われたんだ」
「例の鎧にか?」
「いや、新座園子の親衛隊にだよ」
「親衛隊?」
 香野木は後々考えれば少々鈍かったと思うが、秩父グループでは殺し合いにまで至る対立があったことを悟った。

 避難者を地下施設に入れるには少々の時間が必要だった。
 彼らは当初から市ヶ谷台を最終目的地にしており、その彼らに相馬原の装備を見せてもいいものかを迷った。
 花山と来栖の反対もあり、彼らは地下1階の車庫を通らず、階段を使って地下2階に直接降りた。
 彼らのスノーモービルと軽自動車は、香野木たちがヘリポート跡に移動した。
 彼らの装備で面白いのは、軽自動車のタイヤに履かせた鉄板製のスキーで、スキー板にタイヤを載せ、それをスキー板に固定したタイヤチェーンで巻くだけで固定するという、簡単な仕組みだが、これが結構実用的だ。四輪ともにスキーを履かせているので、駆動力はないので、スノーモビルで牽引していた。
 だが、エンジンをかければ、エアコンが使える。

 奇妙なグループを助けてしまい、相馬原の面々は困惑していた。
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