大絶滅 5年後 ~自作対空戦車でドラゴンに立ち向かう~

半道海豚

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第2章 相馬原

02-028 米麦

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 群馬側入口のAPCまで戻るのに2時間を要し、たどり着いたのは21時を過ぎていた。
 葉村正哉と奥宮要介陸士長は心配していたが、弾倉を見せると2人が微笑む。
 正哉と奥宮は、施錠していないトラックの燃料タンクから燃料を抜き取って、APCを満タンにしていた。

 その夜、トンネルの外は吹雪だったが、遅い夕食を食べながら、4人は明日の手順を打ち合わせた。
 その際、持ち帰る予定の中型トラックの積荷が問題になった。
 ウイングパネルなので、鉄板とかではないだろうが、それを捨てるのにどれくらいの時間を要するのか、それが最大の懸案事項だ。
 そして、意外なほどよく眠れた。

 翌朝4時から作業を開始。
 まず、中型トラックを群馬側入口まで自走させるために、進路の妨害となるクルマを路肩に移動させる。小型車は手押しで、施錠されているクルマと大型車はトラクターで押した。
 トラックが自走して入口付近まで達したとき、トンネルの外は小雪が舞っていた。
 トラックがトンネルから出せるように整地し、トンネルから引き出し、初めて荷台のウィングドアを跳ね上げると、そこには大量の紙袋が入っていた。
 その袋には〝庄内こしひかり〟と書いてあり、“30㎏”の重量表記がある。
 ざっと数えると120袋。重量にして3.6トン、3つのパレットに載っている。
 正哉が、袋を開けてみる。「変色しちゃってます」とがっかりした声音を出す。その米を奥宮が受け取る。
「玄米だよ。変色じゃない」
 4人は、互いに互いの顔を見た。
「こいつも持って帰ろう」と香野木恵一郎が言う前に、全員の決意は固まっていた。
 ただ、車体重量3.5トンクラスの空荷の中型車を持ち帰る予定が、車体と荷の重量が計7トンを超えるとなると、すべての計画が崩れてくる。
 しかし、持ち帰らない、という選択肢はない。
 どうするかを話し合っていると、結城が「下り側のトンネルを調べてみては」と提案した。
 確かに、議論するよりも、目的を達成するための資材を探すべきだ。
 下り側のトンネルに向かって正哉が走り出すと、それを結城が追った。
 香野木は「ここで見張りをするから」と伝えて、奥宮に2人を追うよう頼んだ。
 奥宮は、トラクターで2人を追う。

 3人は12時近くなっても戻って来ない。
 関越トンネル下り線群馬側入口から最初に出てきたのは、巨大なブルドーザーだ。ドーザーブレードが錆だらけで、車体にも錆が目立つ。使用感たっぷりのキャビン付きだ。
 トラクターは、その後ろから現れた。大きな農業用トラクターだが、ブルドーザーに比べるとミニチュアのようだ。
 奥宮はブルドーザーから降りてくると、「これならどうです」と少し自慢げに言った。
 香野木は「関越トンネルは宝の山だね」と答えた。
 結城が「コンビニのトラックがあって、いろいろと手に入りましたよ」とバケットの中を指差す。味噌・醤油からハンドタオルにティッシュまで、量は少ないが品揃えは豊富だ。
 正哉が「移動販売車みたいでした。生鮮食品がなくて、助かりました」
 確かに腐った臭いはたまらない。

 2億年後の世界に向かおうとする人々と、この時代にとどまろうと考える人々が、物資をめぐって対立していた頃は、物資の製造、流通、販売はほぼ停止していた。
 だが、2億年後への通路が閉じると、東日本の情勢は比較的落ち着いた。治安が悪化していたし、物資は少なかったけど、弱肉強食だったわけじゃない。

 軽い昼食を採りながら、奥宮が「春を待たずに、群馬側も崩落するかもしれませんね」といった。
 香野木もそんな気がしていたし、今冬は二度とこれないようにも感じていた。雪が多く、寒さが厳しすぎるのだ。
 結城が「提案があるんですが……」と遠慮がちにいった。
 他の3人が結城を見つめる。
「雪が解けるまで、ここに来ることはできないように思うんです。
 危険すぎるというか……。
 MD500なんですが、この場所まで引き出して、ここから離陸してはいけませんか?
 俺1人が乗って、墜落してもいいように、高空には上がりません。利根川沿いに飛んで、相馬原に着陸します。
 離陸してから30分で着きます。
 それ以外に回収の方法はないような……」
 確かにそれ以外の回収方法はない。
 香野木が結城に「君の命は君のものだが、いま捨てる必要はない。危険は避けよう」といったが、奥宮が「試す価値があります。MD500というヘリがなんなのか知らなかったんですが、OH‐6じゃないですか。
 畠野3曹なら完璧に整備してくれます。
 持って帰りましょうよ」と結城に賛同する。
 香野木は危険を冒したくなかった。
「燃料はどうする?
 ヘリのタンクは空じゃないのか?」
 結城は引き下がらない。
「ガスタービンなんだから、軽油にガソリンを少し混ぜれば飛びます。その辺のトラックから拝借した軽油を使います」
 香野木は2人の意見に押されていた。
「もし、相馬原と水上の中間にでも不時着したらどうする?」
 結城は「皆さんが追いつくいまで、寒さに震えながら待っています」と答える。
 2カ月近くトンネルの中に放置されていたヘリコプターを飛ばすなど、無茶苦茶だ。
 だが、無茶をしなければ生きていけない世界でもある。
 香野木は頷いた。
 結城が笑った。
 真の笑顔で。

 ヘリを積んだトレーラートラックは、トンネルの中を低速で、トラクターが車輌をどかしながら6キロ自走し、14時に谷川パーキングエリア跡に現れた。
 奥宮は、この巨大トレーラーをいとも簡単に運転して見せた。巨大ブルドーザーもそうだが、奥宮に運転できない車輌というものはないのかもしれない。
 作業の合間に、香野木が彼にそのことを尋ねると「レールの上を走る乗り物は運転できません」と笑う。
 彼はトンネル出口付近で、トレーラーを止め、ブルドーザーに乗り換えて雪を踏み固めた。
 小雪が舞う中、結城がヘリの目視検査を始める。
 香野木と奥宮は、中型トラックを平地に降ろすための道造りを始めた。
 正哉はトンネル内のトラックから、軽油を拝借している。
 正哉は、上り側トンネルの中で山里製麺と荷台のアルミパネルに大書された2トントラックを見つけた。
 荷台に麺があったとしても、傷んでいるだろうし、その際の臭いがトンネル内にこもることも嫌だった。
 しかし、なぜか荷台を確認しなければいけない衝動に駆られた。
 2トントラックの燃料タンクから軽油を抜き取り、ジェリカンを満たし、それで終わりのはずだった。
 だが、好奇心を抑えられなかった。
 荷台の背後に回り、観音開きのドアを開けた。
 荷台にあったものは、製造された麺ではなく、製造原料である大量の小麦粉だ。25キロ入りの袋がパレットに積み重ねられている。 正哉はよく確認したかった。
 そして正確に数えた。25キロの小麦粉の袋が52袋。計1.3トン。袋には“北海道産”と書いてある。玄米3.6トンを見つけたばかりなのに、小麦粉1.3トンを見つけるという幸運はどこから来るものか、それが不安になる。
 正哉はトンネル内で見つけた軽トラに軽油が入ったジェリカンを積んで、トンネルの外に向かう。そこで、ジェリカンを降ろすと、軽トラで戻った。
 そして、2トン車を運転して、トンネルの外に出した。
 正哉の慌ただしい動きを、結城は気付いていなかった。ただ、軽油が集まったのに、声をかけてくれないことに、少しの不満を感じていた。
 香野木と奥宮がスロープの造成工事を中断して、谷川パーキングエリア跡に戻ったのは、ちょうどそんな状況だった。
 香野木が正哉に「そのトラックをどうするんだ?」と尋ねると、正哉は嬉しそうに「小麦粉1.3トン、GETです!」と。
 雪の降り方が激しくなり始めた中で、正哉が2トン車の後部荷台ドアを開けると、確かに紙製の袋が積まれている。
 正哉が荷台に上がり、袋の正面を見せた。確かに“北海道産小麦粉 25㎏”と書いてある。
 奥宮も荷台に上り、小さなナイフを袋に差し込んだ。
「小麦です!」
 全員の顔がほころぶ。
 香野木は「雪の降り方が激しくなっている。戦利品をトンネルに戻して、様子を見よう」と。
 大型の車輌からトンネルにバックで戻し、最前部にブルドーザーを置く。
 花山とは、無線連絡は可能な限り少なくする約束だったが、この喜びを相馬原にも伝えたかった。
 しかし、無線は傍受されている可能性が高い。山賊まがいの連中を呼び集める可能性があるので、多くは伝えられない。
 香野木は相馬原を呼び出し、「目的地にて、5つの目的を達成」と伝えた。本来の目的は、中型トラック確保、ヘリの所在確認の2つだが、5つといえばおまけがあったことがわかると思ったのだ。
 だが、予定と異なることから、逆に相馬原は心配したらしい。
 雪の降る景色を見ながら、正哉と結城は小麦粉の袋を米を積んでいた中型トラックに載せ替える作業を行った。
 香野木と奥宮は、スロープ造りを再開した。

 日没まで働き、4人は精根尽きたと感じるほど疲れていた。パックメシを温めて食べ、白湯を飲んで、いつもの通り交代で寝た。

 翌早朝、小雪が舞っているが、視界はよく、空はいつも通りに薄茶色だが、雪雲はない。“空飛ぶ卵”と渾名されるMD500の胴体直上に備えている4翅ブレードのローターが展張され、燃料タンクには容量4分の1の軽油と10パーセント分のガソリンが入れられた。
 結城が操縦席で計器の点検を行っている。正哉が操縦席のドアを開けて、結城と何かを話している。
 正哉が戻ってきた。
「エンジンを始動するそうです」
 ローターがゆっくりと回り始める。テイルローターも回っている。自動車なら、アイドリングの状態だ。
 白い機体は雪の風景によく解けているが、赤いストライプが奇妙なほどよく目立つ。
 ローターは5分以上、一切の異常なく回転している。
 ローターの回転が速くなるが、機体は浮き上がらない。
 真後ろから見ていた香野木には、接地しているスキッドの間隔が少し狭まったように感じた。
 MD500はゆっくりと浮き上がる。香野木が慌てて後方から左側面に移動する。
 ヘリコプターはゆっくりと前進し、低空を数十メートル飛行して、その場に接地するような高度でホバリングする。
 結城から「飛べそうです。行きます」と主張するような手のサインが送られる。
 MD500の巡航速度は時速200キロを超える。関越自動車道谷川パーキングエリアから相馬原駐屯地までは50キロ。巡航速度で飛行すれば、わずか15分で到着する。
 計画では、結城は利根川に沿って低空を飛行し、駐屯地のヘリポート跡に着陸する予定だ。
 飛行時間は最大でも30分と見積もっていた。
 奥宮が無線に向かって「OH‐6離陸」と2回いう。
 無線には来栖早希が応じた。
「え!
 どういうこと?」
「来栖先生、ヘリコプターが離陸し、そちらに向かっています。
 10分後に発煙筒を焚いて、そして至急ヘリポートの用意をしてください」と香野木が横から口を挟んだ。

 相馬原は大騒ぎになった。
 昨夜降った雪の量は少なかったが、圧雪してあるのは車庫の正面程度だ。
 花山真弓がミニバン装備の発煙筒を用意し、53式信号けん銃も持ち出した。
 加賀谷真梨が10榴改造兵員輸送車ワスプを持ち出して、ヘリポート跡まで走り、渦を描くように走って、直径一〇〇メートルほどを圧雪し始める。
 由衣と愛美が、施設の屋上からヘリコプターの到着を待った。
 花山は車庫の前で、最初の発煙筒を焚いた。
 赤い煙は小雪が舞う空に立ち上っていく。
 すると、すぐに陸上自衛隊の偵察ヘリコプターOH‐6と同型の白い機体に赤いストライプという派手な塗装の民間機が飛んでくる。
 10榴改ワスプが旋回しながら圧雪面積を拡張しているが、まだヘリポートは完成していない。来栖がもう1台のワスプで車庫を出た。
 それに由衣と愛美が走り寄る。車内にはケンちゃんと沙英が乗っている。こちらは見物組だ。
 MD500は10分ほどホバリングして、ヘリポートの完成を待った。
 そして、無事着陸した。

 花山が無線で無事着陸したことを知らせてくれたが、香野木たちは酷く叱られた。
 無謀きわまる行為なのだから仕方ないが、それでも我々は4人乗りのヘリコプターを手に入れたのだ。

 これからは、地上を戻る香野木たちの仕事だ。
 谷川パーキングエリアから利根川支流の河床まで降りるスロープは、かなりの傾斜があった。
 彼らが持ち帰る車輌は3台だ。
 米と小麦粉を過積載した新型の中型トラック。住宅建築用と思われる角材を満載したやや年式の古い平積み中型ユニック車。衣料品を満載した2トンアルミバン。
 1台ずつ、大型ブルドーザーで牽引して、斜面を降り、各トラックには香野木が乗ってブレーキとハンドルを操作した。もちろん、エンジンを始動した。
 三台を降ろすのに四時間を要し、谷川パーキングエリア下を発したのは11時を過ぎていた。
 先頭は大型ブルドーザーに牽引された過積載の中型トラック。中間はAPCが牽引する木材を積んだ中型ユニック車。最後尾がトラクターが牽引する衣料品を満載する2トンアルミバン。
 各被牽引車には誰も乗っておらず、車輪をロックしない状態で牽引する。牽引ロープには、太い鎖を使用した。当然、下り坂だと被牽引車に追突される。
 下り傾斜が急な場合は、後部の牽引車に乗るドライバーが被牽引車に乗り移って、エンジンを始動して、ブレーキとハンドルを操作した。
 そのため、行進は牛歩同然だ。
 彼らは渡河を必要としない、関越道跡に沿って進み、14時には利根川奔流右岸に出た。
 この間、関越トンネル手前に2つのトンネルを発見した。

 16時頃、上越新幹線上毛高原駅付近に達し、ここで一夜を明かすことにした。今回は降雪量が多くなければ、1台のトラックに3人が集まり、キャビンでエアコンを作動させて眠る。降雪量が多い場合は、マフラーが埋没する危険があるので、それはできない。

 昨夜は寒かったがエアコンが使えたので、わずかだが眠ることができた。夜明けを待って出発し、夕方までに相馬原に着きたい。

 極寒の中の夜明かしは、とにかく辛い。
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