大絶滅 5年後 ~自作対空戦車でドラゴンに立ち向かう~

半道海豚

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第2章 相馬原

02-027 谷川岳

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 一週間が経過したが、香野木恵一郎と葉村正哉の隔離は終わらなかった。来栖早希は、用心してさらに4日の隔離を命じた。
 香野木と正哉は雪かきをしたり、雪中を走ったりして身体を動かしていたが、退屈でもあった。
 由衣が遠くからお話をしてくれるが、寒いので5分とは続かない。
 ワンコの名が「ワン太郎」に決定したそうだ。女の子なのに……。
 前橋で助けた女の子は、吉良愛美10歳。衰弱が激しかったが、少し元気になり、由衣と外に出てくることも増えている。よほど怖く辛い思いをしたらしく、隠れていた時期の話しをしない。

 香野木と正哉の隔離は、来栖の根拠薄弱な理由で15日を過ぎても終わらなかった。
 日を追って寒さが増しており、屋外のテント生活は生命の危険を感じさせるほどの状況になっていた。
 奥宮陸士長が半地下の1階車庫の近くに温泉を引き込み、ブルーシートで覆われた浴室と、大きなゴミ箱を流用した湯船を作った。
 香野木と正哉は、その暖かそうな湯気を見ながら、寒さに震えている。

 隔離22日目、ついに来栖のお許しが出た。隔離が22日に及んだ理由を尋ねると、「エボラ出血熱の最大潜伏期間が21日だと、ニュースで見たことがあるから」だそうだ。
 それと、これ以上長引くと「葉村くんの生命に関わるから」
 この小さなグループで唯一人の医師は、まったくの藪医者である。

 関越トンネルへの捜索は、香野木、正哉、結城光二、奥宮要介陸士長の四人に決定していた。香野木は否をいうつもりはないが、正哉は「横暴だ」と抗議していた。
 準備も整っており、牽引フックを増備されたAPCは完動状態にある。氷点下の外気と車内を隔てるものは、薄い鉄板だけとは過酷だ。
 しかし、木板一枚無駄にできない現状では、それも仕方のないことなのだ。
 車輌は、APCと農業用トラクターの2輌。出発は3日後と決まった。

 関越トンネル上り線水上側まで約50キロ。この距離を2日。トンネル内の捜索に1日。復路は2日。計6日の行程を予定している。相馬原付近の積雪は1.5メートルを超えているが、1月以降の厳冬期にかけて、さらなる積雪を予想している。
 関越トンネルに行くには、この機を逃すと来春になる。

 ある夜、秩父グループにおいて、代表を決める選挙が実施されたとラジオ放送があった。新座園子という衆議院議員をしていた50歳代後半の女性が当選したそうだ。
 香野木を含め、相馬原の全員がこのニュースに注意を払わなかった。

 快晴の朝、相馬原から見える風景は、白一色。地形さえ不明瞭にする恐怖の白。
 出発直前、花山が「やはり危険では……」と香野木に呟いた。由衣が涙目で香野木を見ている。ワン太郎が香野木から離れようとしない。
 香野木は花山に「無理だ、と思ったら躊躇わずに戻ります」と伝える。
 香野木たちは水上を目指して、除雪と圧雪を繰り返しながら、一切のランドマークのない白い原野をコンパスだけを頼りに北に向かう。
 香野木がトラクターを運転し、奥宮がAPCを操縦した。

 午後の早い時間、香野木たちは5キロほど進んでいたが、雪の吹きだまりと雪が吹き飛ばされた地形を見分けられるようになってきた。
 吹きだまりは3メートルに達するような深さがあるが、吹き飛ばされていると50センチにも満たない。
 そして、雪が吹き飛ばされ、地面が凍結していて走りやすい場所は、利根川沿いであることにも気付いた。
 この日、日没までに15キロ北上した。

 その夜の寒さは言語を絶し、結城が一時体調不良を訴えた。燃料節約のために、APCはエンジンを停止したが、トラクターはエアコンを作動させるために、夜中エンジンを動かした。トラクターの狭いキャビンで、正哉と結城が休み、香野木と奥宮はAPCの中で毛布を何重にも巻いて震えた。

 2日目の朝も快晴だ。
 香野木は3人に問うた。
「進むか、退くか。多数決で決めよう」
 3人とも進むと答える。香野木以外の成人である奥宮は、「トラックのエンジンとか、ヘリコプターとかではない、何かいいことがあるように思うんですよね」と根拠のない希望を付け加えていた。
 香野木は前進と決め、それを無線で相馬原に伝える。おそらく、市ヶ谷台と秩父グループは傍受しているだろう。
 だから「前進する」とだけ伝えた。

 香野木は奥宮要介陸士長がどのような考えを持った人物なのか、まったく知らない。
 ただ、この旅の間、彼がポツリポツリと発する言葉の端々に、このヒトを信じてもいいような何かを感じていた。
 彼は畠野史子3等陸曹とともに相馬原に留まることを命じられた理由を「畠野3曹と自分は邪魔だったんですよ」と表現していた。
 また、何かの話題の途中で「市ヶ谷台に義理はありませんから」ともいった。あるいは「自分がすべきことは自分で決めます」とも。
 香野木は、彼は若いが自立した考え方のできる人物だろうと推測していた。

 結城光二は、異常とも感じるほど寡黙な若者だ。年齢の近い正哉とも、ほとんど会話をしないらしい。
 関越トンネル内で消滅現象にあって以来、相当な苦労をして前橋にたどり着き、そこで進退窮まった。
 その状況で、百瀬未咲と夏見智子と出会ったそうだ。
 これは、結城光二から聞いたことではなく、百瀬未咲からの伝聞だ。
 結城光二は、他のメンバーに心を開いていない。

 今日の予定行程は35キロ。昨日の2倍だが、成算はある。彼らは、昨日の午前中で雪の浅い地形を読み取る術を身に付けている。

 水上に近付いていくと、利根川が結氷している様子を時々目にした。流れが穏やかな場所で、凍っているらしい。晴天の昼間でも気温は氷点下。まだ、10月下旬だというのに。

 2日目は雪を溶かして沸かした白湯と、焼き直した焼きおにぎりが朝食だった。食欲はないが、食べなければ体力を回復できずに死ぬ。
 4人ともそれをよく知っていた。
 夜明けと同時に出発し、35キロを11時間かけて進んだ。
 谷川パーキングエリアのあった場所を見上げる位置に到達したのは、夕暮れ間近の16時であった。
 4人にとって、谷川パーキングエリアへの登坂は、最後の難関となった。利根川の支流を渡河しなければならないが、川が谷を深くえぐり、渡渉点を見つけることが難しい。
 ただ、消滅現象によって河床の石や岩を除いて、川の周囲の岩は消えているので、走行自体は難しくない。
 渡渉点は山ほどの雪を積んで固め、氷の橋を作った。雪は無尽蔵にあり、川は半凍結状態で流れは速くなく、雪を使った土木工事は素人にも何とかこなせる作業だ。

 谷川パーキングエリア跡まで登坂できたのは、すでに日没を過ぎていた。まだ、太陽光の残滓は残っていたが、間もなく月も星もない暗夜となる。
 この状況での移動は危険だが、吹きさらしの高台での夜のほうが危険だ。トラクターの前照灯と作業灯を点灯して、トンネル入口を目指した。
 関越道の土盛りは健在だったが、路面の舗装やガードレールは完全に消失している。もちろん、谷川パーキングエリアの南側、東京に向かう高架橋は消失している。

 関越トンネル上り線と下り線の水上側口はすぐに見つけた。
 結城の説明の通り、関越トンネル上り線の出口から1キロ新潟方向まで、トンネル内の施設が消滅している。トンネルの人工でない壁は剥落が始まっており、危険を感じる。
 この中で夜を越すことは、勇気がいる。寒風と生き埋めのどちらがいいかという、究極の選択だ。
 彼らは生き埋めの危険を選んだ。それほどまでに夜は寒い。

 関越トンネルの中にヒトの気配はない。

 この夜、翌日の作業を円滑に進める目的で、トンネル内の偵察を続けた。
 トンネル入口にAPCを残し、香野木と結城の2人で新潟方面を目指す。
 トンネル内の車両数は多くなく、50から100メートルの車間で、トラックや乗用車が止まっている。炎上した形跡はない。トンネル内には200台前後のクルマがあることになる。
 車輌のほとんどは車線上に停止していて、彼らは車線をまたいで進んだ。
 入口から2キロの地点に緑ナンバーの中型トラックが走行車線にあった。荷台はアルミウイングだ。
 加賀谷からは「なるべく新しいクルマ」といわれていたので、車体周りを見るとボディはきれいだ。
 運転席側のドアを開けると、キーは差し込んだまま。運転席によじ登り、走行距離を見るとオドメーターはデジタルだ。トランスミッションはオートマチック。
 まずは、このクルマを持ち帰りの第1候補とした。
 キャビン内をくまなく捜索したが、衣類や寝具の類いは一切見つからない。唯一、白い樹脂製ヘルメットだけがあった。
 おそらく、このトラックの運転手は持てるものだけを手に、トンネルを脱出したのだろう。
 シフトをニュートラルにしてブレーキを踏み、イグニッションキーを回すと1発でエンジンが始動した。
 エンジンをかけたまま車外に出て、タイヤをチェックするが全輪パンクはしていない。
 状態はいい。

 その後も新潟方面に向かいながら、車輌の物色を続ける。
 そして、入口から5.5キロの地点に、MD500を積んだ大型トレーラーがあった。トレーラートラックは、黄色の巨体だ。
 結城がローターが折り畳まれたMD500をチェックするが、MD500にかけられていた幌の一部がなくなっているという。
 生き残った誰かが持ち去ったのだろう。
 それ以外に異常は見当たらない。

 時計は19時を指していたが、さらに新潟方向に向かう。時速5キロほどの徐行で、新潟側に出るには、1時間以上を要するはずだ。
 その後、中型トラックは5台見つけたが、年式の古い車輌だったり、タイヤのエアが抜けていたりで、最初に見つけたトラックより良好な状態のクルマはない。
 トンネル内のクルマは、中型以上のトラックは少なく、小型トラックとSUVを含む乗用車が圧倒的に多い。

 消滅現象の直前、日本は物資の枯渇にあえいでいた。燃料が少なく、大型車の使用は困難になっていた。
 それでも、これほどのクルマが、よく動いていたものだ、と感心する。

 新潟側の入口は崩落していた。群馬側の入口から8キロの地点で、トンネルは完全に埋まっている。
 香野木と結城は、何とも重苦しい気分になった。安全だと信じていたトンネルでさえ、崩落してしまうのだ。
 車外に出ていた香野木が、バケットに乗る結城に「戻ろう」と伝えると、結城が崩落した土砂を指差す。
 キャビンの最前部だけが辛うじて土砂から露出しているキャブオーバーのトラックがある。
 高速道路のトンネルが崩落したのだから、クルマが巻き込まれても特段の不思議はない。香野木は咄嗟に、結城が伝えようとしている意味を理解できなかった。
 そのトラックのキャビンの形状が、丸みを帯びていなくて、車体色が暗い緑色らしいと認識するまで、数十秒を要した。
「自衛隊のトラックじゃないですか?」との問いに、香野木はトラックを凝視した。
 そしてバンパーの上に乗り、フロントガラス越しにキャビンを覗く。
 左右両方のドアが開け放たれており、崩落寸前でドライバーは逃げたらしい。キャビン内に死体はない。
 香野木は結城に「引っ張り出してみよう。完全に埋まっているわけではないから、動くかもしれない」といった。
 結城は「欲しいものがあるといいですね」と、珍しく肯定的な発言と表情をする。
 牽引ロープがないので、近くに放置されていた小型ユニック車の荷台に積まれていた荷を固定するための太い鎖を拝借した。
 まっすぐに引っ張るためには、乗用車を4台ほど移動させなくてはならなかったが、トラクターのバケットで押した。
 自衛隊のトラックのフロント側フックに鎖をかけ、それをトラクターの牽引フックにつなぐ。
 ゆっくり前進すると、トラックが少し動き、崩落した土砂が埃を上げる。
 天井は原形を保っており、崩落の予兆はない。だが気持ちのいい仕事ではない。
 牽引部を見ていた結城をトンネルの奥に移動させる。崩落に備えた処置だ。
 意外なほど簡単に自衛隊のトラックは動き、土砂の中から車体全体が出てきた。
 香野木はすぐにトラクターを止めず、トンネルの奥まで牽引した。結城が走って追いかけてくる。

 荷台には大きな岩が乗っており、荷台の荷の多くは潰れている。幸いなことに人はいない。
 その荷だが、小銃と小銃弾、手榴弾、84ミリ無反動砲と砲弾だ。小銃は89式で、すべて潰れているが、弾倉は70個ほど回収できた。手榴弾はM26らしい。20個ほど回収できた。無反動砲は無傷かどうかはわからないが、持ち帰ることにする。
 相馬原には、1人1個の弾倉しか割り当てがない。弾倉不足で、1銃1弾倉もないのだ。70個でも十分とはいえないが、それでも助かる。
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