大絶滅 5年後 ~自作対空戦車でドラゴンに立ち向かう~

半道海豚

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第2章 相馬原

02-026 関越

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 来栖早希が「市ヶ谷台には遺伝子解析できる設備はありますか?」と尋ねる。
 渋川が答える。
「正直にいいます。
 何もありません。
 何とか当面の食料、衣類、寝具、寝起きする場所を確保した程度なんです。
 あのオスプレイはグァムと交渉して、食料1トンと交換したんです」
 浜谷が引き継いだ。
「雪が降る前ですが、四輪駆動車を護衛して、ケイキと雪上車が市ヶ谷台にたどり着きました。
 彼らは相馬原で食料と燃料、そして武器まで分けて貰ったと。
 その頃から、あなたたちは悪い人たちではないのだろう、と市ヶ谷台では考えていたんですが、その……」
「正体がわからない、ですか」
「えぇ、まぁ」
「私たちは、病人、妊婦、子供、ここで孤立した避難者です」
「そうとは思えませんが……。
 そのぅ、何というか……」
 渋川がこの質問を引き取った。
「では、はっきりとうかがいます。
 みなさんは、何か特別の目的、あるいは任務を命じられているのでは?」
「そういうことはありません。
 ただの避難者です」
 浜谷がこの話題を打ち切るように尋ねた。
「あの、ヒトに似た動物ですが、私にはヒトに見えるのですが……」
 来栖が答えた。
「私たちは、あの生物をオークと呼んでいます。
 遺伝子解析をしなくては結論が出ませんが、ヒト属ではないでしょう」
「ヒトゾク?」
 渋川と浜谷は顔を見合わせた。
「ええ、ヒト科動物には間違いないでしょうが、ヒト亜族内の別の属、新属新種かもしれませんが、ヒト属ではないと思います」
「どういう意味ですか?」
「ヒトに近い動物ですが、ヒトではないということです。
 生物学的に」
 浜谷は少し狼狽していた。
「もう少し、わかりやすく……」
「ヒト科の中には、ヒトはもちろん、オランウータン、ゴリラ、チンパンジーも含まれます。
 分類上の話ですが、ヒト科の下にヒト亜科があり、ヒト亜科にはオランウータンは含まれませんが、他は含まれます。チンパンジーやゴリラもです。
 ヒト亜科の下にヒト族があり、ここでゴリラが除かれます。
 ヒト族にはヒト亜族とチンパンジー亜族があり、ヒト亜族には我々ホモ・サピエンスが含まれるヒト属とそれ以外の属があるのです」
 渋川が「あのぅ、私たちの兄弟とか?」
「いいえ、兄弟ではありません。近くても従兄弟でしょう。
 250万年、新しくても200万年前には、別の生物として別々に進化を始めた動物です」
 浜谷は納得しがたい様子で「原始人なんですか?」と重ねて聞いた。
「生物学で原始人という言葉はありませんが、原始人、つまり原始的なヒトの近縁種ですね。
 でも、ヒトではないので、原始人ではないです。
 正確には、250万年前に我々と共通の祖先から枝分かれした、いまでは別の生物です」
「私たちと共通の祖先、なのだからヒトなのでは?」
「ヒトとサルは共通の祖先から進化したし、すべての哺乳動物はおそらく祖先が共通だし、さらに遡ればすべての脊椎動物の共通の祖先まで遡れるだろうし……」
 浜谷は「祖先が共通だからといって、同類とはいえない、のですね」
「そうです。
 他の動物を例にすれば、トラとライオンよりも関係は薄いですね。
 例えば、ライオンはヒョウに近くて、ピューマはネコに近いのです。
 ライオンのメスとピューマはよく似ていますが、他人のそら似です」
 浜谷は少し混乱しているようだ。
「日本が、というよりも世界がこんな状況になってしまいましたが、これはそのー、オークですか、その動物の仕業でしょうか」
「それは、わかりません。私の専門ではないので。
 逆に自衛隊のほうが、そういう情報をつかんでいるのでは?」
 浜谷は躊躇したが、渋川を見ると彼が頷いた。浜谷は、知っていることを話してもいいと理解した。
「最初の消滅では、実は大きな被害を被ったのは北半球でした。
 南半球には、まだ健在な地域がたくさんあったのです。
 南半球にあった国々、オーストラリアやニュージーランド、南アフリカ、ブラジルなどは、地球と月との中間の軌道に巨大な筒状の物体を見つけました。
 しかし、そこまでで、2回目の消滅が起きたのです。
 南半球の国も壊滅しました。
 しかし、オーストラリアとニューギニアの間の地域、アラフラ海の沿岸ですね、壊滅を免れています。
 ヒマラヤの南側や、アルプスの南側、ペルシャ湾の北岸、天山山脈の南側、崑崙山脈の北側など、壊滅を免れた地域がわずかながら存在します。
 ただ、急激な気候変動で、今後どうなるか。世界中が不安になっています」
 花山真弓が「ヨーロッパの情勢はどうですか?」と尋ねた。
 浜谷は少し躊躇った。
「ヨーロッパは比較的平穏ですが、中東が酷いことになっています。
 別のヒトに似た動物が現れていて、みなさんがオークと呼ぶ動物と激しく戦っているそうです」
 来栖が「ギガスね。現れたんだわ」と言った。
 浜谷が「やはり、何か知っていますね」と問いただした。
 花山は落ち着いていた。
「我々は何も知らない。
 ただ、オークやギガスの存在は、ある程度予測していた。
 来栖先生によれば、ヒトが一属一種の単一種になったのは、古くても2万5000年前、新しければ1万年前だそうです。
 1万年前ならば、日本では縄文時代が始まって何千年も経過しています。
 オークやギガスが既知の生物なのか、未知の生物なのかさえわからないけれど、ヒトの近縁種が生き残っていたり、我々の文明以前に我々に近い生物が文明を築いていたとしても、不思議なことではないらしいのです。
 実際、ヒマラヤの雪男は、ギガントピテクスだという説だってあるじゃないですか」
 香野木は会話をモニターしていて、花山はうまく誤魔化していると感じた。
 オークやギガスを雪男と同一視して、煙に巻こうとしている。
 来栖が、妙な否定をしなければいいのだが……。
「ギガントピテクスねぇ。あれはヒト亜族の類人猿ね。オランウータンよりはヒトに近いかも」
 来栖が彼女の本性ではない、天然ぶりでこの場を切り抜けようとしている。
「浜谷2佐さん?」
「はい?」
「オークの遺伝子解析ができる設備を用意していただけません?」
「努力はしますが、何分この状況ですから、何とも……」
「ヒトって、敵の正体がわからないと怖いけど、知ってしまったら恐怖なんてなくなっちゃうでしょ。
 遺伝子解析は、大事よぉ~」
「はぁ、はい、検討します」

 花山と来栖は、うまく対応した。必要な情報を与え、必要な情報を得て、そしてこちらの状況はほとんど漏らしていない。

 渋川と浜谷両氏の部隊は、12時までに離陸した。オークの死体はびくつきながら3体回収していった。

 オークの死体から、来栖が遺伝子解析用のサンプルを回収し、1体から彼らが着用している着衣を剥ぎ取り、すべての死体を深い穴を掘って埋めた。
 16時までに、それらの仕事をすべて終わらせた。
 オークの死体から着衣を剥ぎ取った香野木恵一郎と葉村正哉は、伝染性疾患を警戒して1週間隔離されることとなり、生活の場は地下施設外のテントになった。
 夜はとにかく寒い。

 香野木と正哉が他者と一切の接触を断っていた1週間、他のメンバーは精力的に活動していた。
 加賀谷真梨は、最悪の事態に至った場合、19人全員が脱出するための機動性の高い車輌が必要だ、と主張し、全員が同意した。
 地下施設には、農業用トラクター、パジェロベースの1/2トントラック、74式自走105ミリりゅう弾砲改造戦闘車6輌、60式装甲車の大改造車輌があった。
 このうち、燃料を含む全条件で完全に稼働する車輌は、農業用トラクター、1/2トントラック、60APCだけだ。
 この車輌で全員が移動できるが、物資の多くを放棄しなくてはならない。これは、死活に関わる。
 6輌の自走10榴は、完動状態とはいえない。
 真梨の案は、兵員輸送型の自走10榴を可能な限り迅速に稼働させること。
 子供たちの移動にはAPCを使用し、物資の輸送に兵員輸送型の自走10榴を使う。
 子供たちを安全に、できれば快適に移動できるようにするために、APCの車内を少し改造する必要があると、真梨は考えていた。
 地下施設の半地下1階車庫には、貧弱ではあるが一通りの工作機械があり、数日で改造できると、真梨は見積もっている。
 金平彩華たちは、74式自走105ミリりゅう弾砲の改造車6輌の完成まで、あと2カ月強を要すると見積もっている。
 年明けまでかかるということだ。火器管制システムが完成すれば、いつでも動けるという。
 彩華たちは、35ミリ単装機関砲搭載型をマルダー、3銃身20ミリM197バルカン砲を装備する兵員輸送型をワスプ、自走砲型をヴェスペと呼んでいる。
 彼女たちの命名ではなく、火器管制システムを設計した開発者が、システムの開発コードとして名付けたものだ。

 現在、相馬原には15歳以下が7人いる。来春になれば、8人になる。
 真梨は、ディーゼル発電機の必要性を説いていた。
 そのため、中型トラックの直列6気筒エンジンを希望している。
 確かに水力発電だけでは不安だ。

 中型トラックのエンジンを探すには、当たり前ではあるのだが中型トラックを見つけ出す必要がある。
 地上にあったすべては消えたが、地下のものは残っている。
 となれば、中型トラックはトンネルの中にある可能性が高い。
 この付近では、群馬の水上と新潟の湯沢を結ぶ関越トンネルが一番長い。10キロはある。三国山脈を貫いているので、内部が破壊されている可能性は低い。
 問題は、どうやって中型トラックを持ち帰るかだ。路外と深い雪という最悪のコンディションの中、片道50キロ以上を走破しなくてはならないのだ。
 もちろん、トラックが自走などできるわけがない。
 真梨の回答は「APCで牽引する」だ。トラクターとして中型トラックを引っ張ってこい、ということらしい。
 APCのエンジンは、本来の位置にはなく、車体左最前部に移動している。このため、車体に装備するM1919は撤去されている。キューポラの位置は操縦席の後方に移動し、12.7ミリ重機関銃はエンジンルームの後方にある。
 エンジンは、4気筒270馬力水冷ターボチャージドディーゼルに換装されている。
 後部乗降ドアは、観音開きではなく、動力開閉のランプドアになっている。
 何となく、避けたいゲテモノだ。
 この得体の知れないAPCと農業用トラクターで行けば、「遭難しないから大丈夫」らしい。
 APCの燃料タンクは増積されていて、行動距離は推定380キロに達する。

 関越トンネルに行くことがほぼ決定すると、そのことは隔離されている香野木と正哉にも知らされた。
 ここに至って、結城光二が重大な事柄を口にした。
 彼は2回目の消滅後数日間、関越トンネルの上り側にいた。
 彼は消滅現象発生前、彼が所属するグループの拠点から新潟港に、MD500を受け取りにいった帰りだったという。彼のグループには航空機の操縦・運用ができるヒトたちが複数いて、MD500は中古の機体を手に入れたのだそうだ。
 ロシアのグループから買った機体だが、ウラジオストクまでは自力で飛行してきた。新潟港までは船便だった。
 MD500は、1963年に初飛行したヒューズ・ヘリコプターズ製軍用偵察ヘリの民間向け名称だ。卵形の胴体を持つ小型機で、日本では陸上自衛隊、海上自衛隊、海上保安庁、民間でも多数が使用されている傑作機だ。
「MD500が大型トレーラーに載ったまま、関越トンネルの中で立ち往生しています。
 それから、関越トンネルの出入り口は内部深くまで外壁や路面が消滅しています」が、結城の状況説明だ。
 さらに「MD500を飛ばした経験があります」と付け加えた。
 加えて、畠野が「航空隊の整備士でした。ヘリコプターの整備は任せて」と身重でありながらの申し出があった。
 花山は「空からの偵察ができれば、これほど心強いことはない」といい、第1の目標として中型トラックの獲得、第2の目標としてMD500の回収が決定された。

 香野木と正哉には、この決定事項だけが伝えられた。

 奇妙なことなのだが……。
 結城がいうMD500と陸上自衛隊が偵察や練習に運用しているOH‐6が同一機だということに、花山たちは気付いていなかった。
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