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第2章 相馬原
02-023 信心
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5人を連れて帰った相馬原は、大騒ぎとなった。
5人には食事を用意したが、小学生の女の子は固形物を食べられる状態ではなく、加賀谷真梨がお粥を作り、スプーンで少しずつ食べさせた。
妊婦を守っていた3人は衰弱しているようには見えないが、空腹であることは確かだ。
妊婦は激しく疲労していた。
医学博士である来栖早希は右往左往するだけで、役には立たない。
彼女曰く「生きている人間に治療して、死んじゃったらどうするのぉ~」
小学生の女の子はすぐに寝たが、妊婦を守っていた3人は必ず1人が起きていた。その行動だけで、相当な苦労をしてきたことが読み取れる。
この日、香野木たちは彼らに対して、事情聴取らしきことは一切しなかった。
この頃、オークを神の使いとする宗教が信者を勧誘するラジオ放送を始めた。
2回の消滅現象を神の怒り、オークを神の使徒とし、宗教にありがちな拝めば救われる的な教義を喧伝している。
また、生き残った人々は神に選ばれたとする選民思想的な要素もある。
そして、恐ろしいことに相当数の人々が、この教義にシンパシーを感じていたるらしい。
加賀谷夫妻が言い争う姿を見るようになったのもこの頃からだった。
最初は犬も食わない夫婦喧嘩だと思っていたが、加賀谷真梨にとっては深刻な事態であった。
我々がもう少し気付くことが遅ければ、加賀谷真梨と2人の子供は悲惨なことになっていた。
加賀谷純一は、“真の神の御言葉”なる新興宗教に完全に傾注してしまっていた。
彼の心は壊れかけていたのかもしれない。あるいは、高いストレスを感じながらの生活に耐えきれなくなっていた可能性もある。
来栖とラダ・ムーの現実離れした話に、動転しただけかもしれない。
どちらにしても、加賀谷純一の心は変わってしまった。急速に病んでいく。
加賀谷純一の異常を最初に察知したのは、当然ではあるが加賀谷真梨だった。加賀谷純一は、幼い2人の実子を生贄として神に捧げる決意をしていた。
加賀谷真梨は密かに、そして必死でそれを防ごうとしていた。加賀谷純一は加賀谷真梨の目を盗んで、幼子を何度も連れ出そうとした。それを、加賀谷真梨が何度も防いでいた。
我々が救出した5人の名さえ知らぬ、その夜、加賀谷純一は2人の幼子を、5人の騒動に紛れて連れ出した。
その直後に加賀谷真梨が気付き、我々に事情を話して協力を求める。
「純一さんが、子供を生贄……」
彼女の要領を得ない説明は、必死であった。
金平彩華、ケンちゃん、由衣、来栖とラダ・ムー、そして救出した五人が残り、全員で加賀谷純一を追う。
加賀谷純一はジムニーで出発したが、ここ数日の無降雨で地面は泥濘んでいない。
香野木恵一郎たちは、1/2トントラックとトラクターで追った。すぐに見つけたが、加賀谷純一は必死で逃げ、停車に成功したのは沼田付近だった。
表面だけが乾いた泥濘に車輪の半分が埋まり、動けなくなったのだ。
香野木が加賀谷純一を引きずり出し、その間に加賀谷真梨と花山真弓が子供2人を救出した。
香野木たちにとっては、加賀谷純一がどこに行こうと自由だが、加賀谷真梨にはそうではない。
彼女は必死で夫を説得したが、奇妙な宗教に心を奪われた加賀谷純一は常人ではなかった。
我々がもめていると、そこに拡声器で例の教義を流す軽トラックが向かってくる。
大音量で、風に乗って彼方から聞こえ、軽トラの周りには信者らしき集団がいる。
香野木は危険を感じた。
香野木たちは加賀谷真梨を引きはがすようにして、その場を立ち去った。
相馬原では、彩華と由衣が心配しながら待っていた。
香野木は「すぐに防衛体制を固めよう。連中から、危険な臭いを感じる」と全員に告げる。
妊婦を守っていたジャージの男が「何があったの?」と尋ねたが、全員無言だ。
加賀谷真梨が目に涙を浮かべて「ごめんなさい」と呟いたが、彼女をとがめるものは誰もいない。
香野木は「連中の情報を無線で集めてくれ」と花山に頼んだ。
来栖はラダ・ムーに89式小銃を渡し、葉村正哉はミニミを抱えて車庫の外に向かった。
香野木と正哉は一睡もせず、東京育ちにとっては極寒の屋外で歩哨に立った。
花山の呼びかけに、最初に応答したのは秩父グループだった。
秩父グループは“真の神の御言葉”という集団の本質はわからないとしたが、彼らの教義に異を唱えるものは排除することが神の教えだとしているらしい。
排除とは、殺すと同義だ。狂信的な過激宗教集団だと断じていた。
市ヶ谷台グループは、我々の正体のほうが気になるらしい。花山は「子供を含む数人のグループだ」と回答したが、どうも信じてはいないようだ。
ただ“真の神の御言葉”から逃れるために、市ヶ谷台への移動を薦めてきた。花山は「検討する」と答えたそうだ。
市ヶ谷台の情報では、北関東の少数グループのいくつかが“真の神の御言葉”によって惨殺された可能性があるという。その中に山賊まがいのブロンソン一家も含まれるらしい。
また“真の神の御言葉”は十分な武器を持っている、という情報ももたらされた。
歩哨に立つ香野木に、来栖が作った得体の知れない熱いお茶をラダ・ムーが届けた。
その時、ラダ・ムーが「宗教とは何か」を問うた。
哲学的な論題ではなく、ラダ・ムーは純粋に宗教が理解できないらしい。
香野木自身、宗教は信じていないし、宗教論など考えたこともない。
「人知を超えた神という存在を定義して、それを信じることかな。神を拝めば救われるとか。まぁ、そんなもんだと思うよ」と適当に答えた。
ラダ・ムーは「バカバカしい」と言って、首を左右に振った。
地下へ降りるラダ・ムーの背中に「俺もバカバカしいと思うよ!」と告げる。ラダ・ムーは振り返って、笑った。彼が笑うところを初めて見た。少し、心が通ったのかもしれない。なぜか、香野木は嬉しかった。
その夜は何事も起きなかったが、早朝から防衛の準備を始める。
物資が極端に少なく、土嚢を作るような袋がないので、トラクターで施設の天井部に土を乗せ、単に土を盛った全周の陣地を造る。
施設の入口となる車庫の入口は、シャッターと防火扉を閉じて、外部からの侵入ができないようにする。
我々が忙しなく働いていると、昨日救出した若い男女が、「何をしているのか?」と尋ねてきた。
黙っているわけにもいかず、香野木が掻い摘まんで説明した。また、脱出するなら便宜を図ることも伝えた。
2人は協力を申し出てくれた。“真の神の御言葉”が人狩りをする光景を見たそうだ。どうも、オークの真似をしているらしい。
香野木は地階で子供たちのそばにいてあげて欲しい、と頼んだ。
その後、2人は年齢の近い正哉のところに行き、何かを話していた。
施設内の防衛は、来栖と加賀谷真梨の2人、それ以外はすべて屋外で迎え撃つ予定だ。真梨を施設内に入れたのは、彼女の夫が現れることを危惧したからだ。
香野木と正哉が74式自走105ミリりゅう弾砲から取り外した一二・七ミリ重機関銃で南の窪地に作った陣地で迎撃し、花山、彩華、ラダ・ムーが施設屋上部の銃座を受け持つ。3人ともミニミを装備する。
昼を過ぎても“真の神の御言葉”は現れなかった。
だが、三国峠を越えて新潟から群馬に入った3つの避難者グループが、我々の直近を通過した。
彼らのうち2グループは我々の武装を見て、自衛隊と誤認した。
香野木は、自衛隊ではなく民間人のグループで、“真の神の御言葉”の攻撃を警戒していることを告げた。
彼らはラジオ放送で“真の神の御言葉”のことは知っていたが、その危険性は実感として知らなかった。
我々が1つ目のグループにパックメシを馳走し、彼らがかつてしんとう温泉と呼ばれていた場所で身体を洗い流している間に、2つ目のグループがやってきた。
1つ目のグループはランドクルーザーに乗る家族4人、2つ目はパジェロに乗る家族3人だ。
2つのグループは合流し、14時頃、市ヶ谷台を目指して出発した。
3つ目のグループは16時頃、相馬原にやってきた。軽装甲機動車1輌、78式雪上車1輌で編制された自衛隊部隊で、新潟の新発田駐屯地から市ヶ谷台を目指しているという。
彼らは当初から相馬原駐屯地を中継地として行動を計画しており、その場所に自衛隊とは異なる武装集団がいることを非常に警戒した。
来栖が、陸上自衛隊医官来栖早希2佐として彼らに対応し、とりあえずの警戒を解くことには成功した。
彼らの指揮官は若い2等陸曹で、状況を的確に分析し、最良の行動を選択できる、冷静な男に見えた。
彼は来栖が医官と聞き、女性自衛官を預けたいと願い出た。
彼女は妊娠3カ月で、悪阻が酷く、市ヶ谷台への行程に耐えられそうにないという。
来栖は「医師ではあるけれど、産科は専門外で……」と固辞したが、2等陸曹は懇願し続けた。それに、こちらにはもう1人妊婦がいる。断り続ける説得力に欠ける。
花山が2等陸曹に「預かろう」というと、2等陸曹が敬礼した。花山の右手がかすかに動いた。香野木には花山が敬礼を返そうとしたように感じた。
加賀谷真梨が女性自衛官を雪上車から降ろし、毛布を彼女の身体に巻いた。
2等陸曹は、20歳を少し過ぎた幼い顔立ちの陸士長を呼び、相馬原に残ることを命じた。女性自衛官の護衛である。
女性自衛官は体調が悪そうで、真梨が抱きかかえている。
香野木は陸曹に「今夜はここに留まってはどうか?」と問うたが、彼は「民間人が先行しているなら、追いついてその護衛をしたい」と答える。
正哉と彩華が率先して動き、先の2グループと同様に潤沢にある軽油を雪上車と軽装甲機動車の燃料タンクに補充した。
自衛官の1人が申し訳なさそうに、ジェリカンを2つ正哉に見せると、正哉と彩華は躊躇いなく金属製燃料携行缶にも補充した。
来栖は「少ないけど……」といいながら、パックメシとカンメシを小さなダンボール箱に入れて渡した。
この部隊は武器を持っておらず、まったくの丸腰だった。花山は89式小銃4挺と弾倉4個を「弾が少なくて、これしか渡せないが……」といいながら陸曹に渡した。
陸曹は「感謝します!」と答えた。
そして、彼らは40分ほどの滞在で、先行する2グループを追って出発した。
相馬原の地下施設には、一八人が残った。
来栖早希とラダ・ムー。
香野木恵一郎、花山真弓、花山健昭、金平彩華、葉村正哉、高梨由衣。
加賀谷真梨、加賀谷沙英、加賀谷哲平の親子。
昨日救出した女の子は、吉良愛美(10歳)。
同じく妊婦を守っていた3人は、結城光二(18歳)、百瀬未咲(16歳)、笹原大和(12歳)。妊婦は夏見智子(28歳)。
女性自衛官は畠野史子(25歳)、彼女の護衛で残った陸士長は奥宮要介(22歳)。
このうち、健康ではないラダ・ムー、妊婦2人、15歳以下が6人。
妊婦二人はよく眠っていて、吉良愛美も食事をしたためか回復しつつある。
来栖ができる治療はほとんどなく、医薬品は絶望的に少なかった。
5人には食事を用意したが、小学生の女の子は固形物を食べられる状態ではなく、加賀谷真梨がお粥を作り、スプーンで少しずつ食べさせた。
妊婦を守っていた3人は衰弱しているようには見えないが、空腹であることは確かだ。
妊婦は激しく疲労していた。
医学博士である来栖早希は右往左往するだけで、役には立たない。
彼女曰く「生きている人間に治療して、死んじゃったらどうするのぉ~」
小学生の女の子はすぐに寝たが、妊婦を守っていた3人は必ず1人が起きていた。その行動だけで、相当な苦労をしてきたことが読み取れる。
この日、香野木たちは彼らに対して、事情聴取らしきことは一切しなかった。
この頃、オークを神の使いとする宗教が信者を勧誘するラジオ放送を始めた。
2回の消滅現象を神の怒り、オークを神の使徒とし、宗教にありがちな拝めば救われる的な教義を喧伝している。
また、生き残った人々は神に選ばれたとする選民思想的な要素もある。
そして、恐ろしいことに相当数の人々が、この教義にシンパシーを感じていたるらしい。
加賀谷夫妻が言い争う姿を見るようになったのもこの頃からだった。
最初は犬も食わない夫婦喧嘩だと思っていたが、加賀谷真梨にとっては深刻な事態であった。
我々がもう少し気付くことが遅ければ、加賀谷真梨と2人の子供は悲惨なことになっていた。
加賀谷純一は、“真の神の御言葉”なる新興宗教に完全に傾注してしまっていた。
彼の心は壊れかけていたのかもしれない。あるいは、高いストレスを感じながらの生活に耐えきれなくなっていた可能性もある。
来栖とラダ・ムーの現実離れした話に、動転しただけかもしれない。
どちらにしても、加賀谷純一の心は変わってしまった。急速に病んでいく。
加賀谷純一の異常を最初に察知したのは、当然ではあるが加賀谷真梨だった。加賀谷純一は、幼い2人の実子を生贄として神に捧げる決意をしていた。
加賀谷真梨は密かに、そして必死でそれを防ごうとしていた。加賀谷純一は加賀谷真梨の目を盗んで、幼子を何度も連れ出そうとした。それを、加賀谷真梨が何度も防いでいた。
我々が救出した5人の名さえ知らぬ、その夜、加賀谷純一は2人の幼子を、5人の騒動に紛れて連れ出した。
その直後に加賀谷真梨が気付き、我々に事情を話して協力を求める。
「純一さんが、子供を生贄……」
彼女の要領を得ない説明は、必死であった。
金平彩華、ケンちゃん、由衣、来栖とラダ・ムー、そして救出した五人が残り、全員で加賀谷純一を追う。
加賀谷純一はジムニーで出発したが、ここ数日の無降雨で地面は泥濘んでいない。
香野木恵一郎たちは、1/2トントラックとトラクターで追った。すぐに見つけたが、加賀谷純一は必死で逃げ、停車に成功したのは沼田付近だった。
表面だけが乾いた泥濘に車輪の半分が埋まり、動けなくなったのだ。
香野木が加賀谷純一を引きずり出し、その間に加賀谷真梨と花山真弓が子供2人を救出した。
香野木たちにとっては、加賀谷純一がどこに行こうと自由だが、加賀谷真梨にはそうではない。
彼女は必死で夫を説得したが、奇妙な宗教に心を奪われた加賀谷純一は常人ではなかった。
我々がもめていると、そこに拡声器で例の教義を流す軽トラックが向かってくる。
大音量で、風に乗って彼方から聞こえ、軽トラの周りには信者らしき集団がいる。
香野木は危険を感じた。
香野木たちは加賀谷真梨を引きはがすようにして、その場を立ち去った。
相馬原では、彩華と由衣が心配しながら待っていた。
香野木は「すぐに防衛体制を固めよう。連中から、危険な臭いを感じる」と全員に告げる。
妊婦を守っていたジャージの男が「何があったの?」と尋ねたが、全員無言だ。
加賀谷真梨が目に涙を浮かべて「ごめんなさい」と呟いたが、彼女をとがめるものは誰もいない。
香野木は「連中の情報を無線で集めてくれ」と花山に頼んだ。
来栖はラダ・ムーに89式小銃を渡し、葉村正哉はミニミを抱えて車庫の外に向かった。
香野木と正哉は一睡もせず、東京育ちにとっては極寒の屋外で歩哨に立った。
花山の呼びかけに、最初に応答したのは秩父グループだった。
秩父グループは“真の神の御言葉”という集団の本質はわからないとしたが、彼らの教義に異を唱えるものは排除することが神の教えだとしているらしい。
排除とは、殺すと同義だ。狂信的な過激宗教集団だと断じていた。
市ヶ谷台グループは、我々の正体のほうが気になるらしい。花山は「子供を含む数人のグループだ」と回答したが、どうも信じてはいないようだ。
ただ“真の神の御言葉”から逃れるために、市ヶ谷台への移動を薦めてきた。花山は「検討する」と答えたそうだ。
市ヶ谷台の情報では、北関東の少数グループのいくつかが“真の神の御言葉”によって惨殺された可能性があるという。その中に山賊まがいのブロンソン一家も含まれるらしい。
また“真の神の御言葉”は十分な武器を持っている、という情報ももたらされた。
歩哨に立つ香野木に、来栖が作った得体の知れない熱いお茶をラダ・ムーが届けた。
その時、ラダ・ムーが「宗教とは何か」を問うた。
哲学的な論題ではなく、ラダ・ムーは純粋に宗教が理解できないらしい。
香野木自身、宗教は信じていないし、宗教論など考えたこともない。
「人知を超えた神という存在を定義して、それを信じることかな。神を拝めば救われるとか。まぁ、そんなもんだと思うよ」と適当に答えた。
ラダ・ムーは「バカバカしい」と言って、首を左右に振った。
地下へ降りるラダ・ムーの背中に「俺もバカバカしいと思うよ!」と告げる。ラダ・ムーは振り返って、笑った。彼が笑うところを初めて見た。少し、心が通ったのかもしれない。なぜか、香野木は嬉しかった。
その夜は何事も起きなかったが、早朝から防衛の準備を始める。
物資が極端に少なく、土嚢を作るような袋がないので、トラクターで施設の天井部に土を乗せ、単に土を盛った全周の陣地を造る。
施設の入口となる車庫の入口は、シャッターと防火扉を閉じて、外部からの侵入ができないようにする。
我々が忙しなく働いていると、昨日救出した若い男女が、「何をしているのか?」と尋ねてきた。
黙っているわけにもいかず、香野木が掻い摘まんで説明した。また、脱出するなら便宜を図ることも伝えた。
2人は協力を申し出てくれた。“真の神の御言葉”が人狩りをする光景を見たそうだ。どうも、オークの真似をしているらしい。
香野木は地階で子供たちのそばにいてあげて欲しい、と頼んだ。
その後、2人は年齢の近い正哉のところに行き、何かを話していた。
施設内の防衛は、来栖と加賀谷真梨の2人、それ以外はすべて屋外で迎え撃つ予定だ。真梨を施設内に入れたのは、彼女の夫が現れることを危惧したからだ。
香野木と正哉が74式自走105ミリりゅう弾砲から取り外した一二・七ミリ重機関銃で南の窪地に作った陣地で迎撃し、花山、彩華、ラダ・ムーが施設屋上部の銃座を受け持つ。3人ともミニミを装備する。
昼を過ぎても“真の神の御言葉”は現れなかった。
だが、三国峠を越えて新潟から群馬に入った3つの避難者グループが、我々の直近を通過した。
彼らのうち2グループは我々の武装を見て、自衛隊と誤認した。
香野木は、自衛隊ではなく民間人のグループで、“真の神の御言葉”の攻撃を警戒していることを告げた。
彼らはラジオ放送で“真の神の御言葉”のことは知っていたが、その危険性は実感として知らなかった。
我々が1つ目のグループにパックメシを馳走し、彼らがかつてしんとう温泉と呼ばれていた場所で身体を洗い流している間に、2つ目のグループがやってきた。
1つ目のグループはランドクルーザーに乗る家族4人、2つ目はパジェロに乗る家族3人だ。
2つのグループは合流し、14時頃、市ヶ谷台を目指して出発した。
3つ目のグループは16時頃、相馬原にやってきた。軽装甲機動車1輌、78式雪上車1輌で編制された自衛隊部隊で、新潟の新発田駐屯地から市ヶ谷台を目指しているという。
彼らは当初から相馬原駐屯地を中継地として行動を計画しており、その場所に自衛隊とは異なる武装集団がいることを非常に警戒した。
来栖が、陸上自衛隊医官来栖早希2佐として彼らに対応し、とりあえずの警戒を解くことには成功した。
彼らの指揮官は若い2等陸曹で、状況を的確に分析し、最良の行動を選択できる、冷静な男に見えた。
彼は来栖が医官と聞き、女性自衛官を預けたいと願い出た。
彼女は妊娠3カ月で、悪阻が酷く、市ヶ谷台への行程に耐えられそうにないという。
来栖は「医師ではあるけれど、産科は専門外で……」と固辞したが、2等陸曹は懇願し続けた。それに、こちらにはもう1人妊婦がいる。断り続ける説得力に欠ける。
花山が2等陸曹に「預かろう」というと、2等陸曹が敬礼した。花山の右手がかすかに動いた。香野木には花山が敬礼を返そうとしたように感じた。
加賀谷真梨が女性自衛官を雪上車から降ろし、毛布を彼女の身体に巻いた。
2等陸曹は、20歳を少し過ぎた幼い顔立ちの陸士長を呼び、相馬原に残ることを命じた。女性自衛官の護衛である。
女性自衛官は体調が悪そうで、真梨が抱きかかえている。
香野木は陸曹に「今夜はここに留まってはどうか?」と問うたが、彼は「民間人が先行しているなら、追いついてその護衛をしたい」と答える。
正哉と彩華が率先して動き、先の2グループと同様に潤沢にある軽油を雪上車と軽装甲機動車の燃料タンクに補充した。
自衛官の1人が申し訳なさそうに、ジェリカンを2つ正哉に見せると、正哉と彩華は躊躇いなく金属製燃料携行缶にも補充した。
来栖は「少ないけど……」といいながら、パックメシとカンメシを小さなダンボール箱に入れて渡した。
この部隊は武器を持っておらず、まったくの丸腰だった。花山は89式小銃4挺と弾倉4個を「弾が少なくて、これしか渡せないが……」といいながら陸曹に渡した。
陸曹は「感謝します!」と答えた。
そして、彼らは40分ほどの滞在で、先行する2グループを追って出発した。
相馬原の地下施設には、一八人が残った。
来栖早希とラダ・ムー。
香野木恵一郎、花山真弓、花山健昭、金平彩華、葉村正哉、高梨由衣。
加賀谷真梨、加賀谷沙英、加賀谷哲平の親子。
昨日救出した女の子は、吉良愛美(10歳)。
同じく妊婦を守っていた3人は、結城光二(18歳)、百瀬未咲(16歳)、笹原大和(12歳)。妊婦は夏見智子(28歳)。
女性自衛官は畠野史子(25歳)、彼女の護衛で残った陸士長は奥宮要介(22歳)。
このうち、健康ではないラダ・ムー、妊婦2人、15歳以下が6人。
妊婦二人はよく眠っていて、吉良愛美も食事をしたためか回復しつつある。
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