大絶滅 5年後 ~自作対空戦車でドラゴンに立ち向かう~

半道海豚

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第2章 相馬原

02-022 生存者

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 すでに深夜になっていた。

 地下2階は複数の部屋に分かれているが、半分は倉庫で、空き室は少ない。
 加賀谷一家は、外部が監視できるモニター室の前の六畳ほどの小部屋で、香野木恵一郎たちは少し離れた10畳ほどの部屋で休むことになった。
 由衣が怖がるので、全員がひとかたまりで夜を明かした。もちろん、交代で部屋の前で歩哨に立った。
 来栖とラダ・ムーは、モニター室で生活していたようだ。
 来栖は彼女の外見や雰囲気とは異なり、極度の緊張状態に置かれていたように感じられる。

 夜が明けた。
 昨夜は雨が降らなかった。

 早朝、身支度を調える前、寝起きに由衣が「ここにいてはいけないの?」と花山真弓に尋ねた。
 葉村正哉と金平彩華も同じ思いであった。
 花山は逡巡していた。相馬原駐屯地に居続ける、メリットとデメリットを考えたが、結論を出しあぐねている。
 香野木は、この施設は改良次第で住みやすくなると感じていたが、それは来栖が決めることだと考えていた。
 また、現時点では奥利根を目指すという計画を変えてはいない。

 翌早朝、最後の歩哨であった香野木に、来栖が近付いてきた。
「香野木さん、でしたよね」
 香野木は頷いた。そして、64式小銃をスリングを使って肩にかけた。
「ここに居ていただけません?」
 香野木には、意外な提案だった。
「私が即答することはできません。みんなと相談しないと」
 由衣がドアの近くで聞いていた。
「私はシャンセイ!」
 寝起きの凄い顔をした彩華も「賛成」とガラガラ声でいい、快活な少年然とした正哉も「賛成!」といった。
 花山は「香野木さんが決めて」と香野木に丸投げした。
 香野木は来栖に「詳細を話し合いましょう。来栖さんにも条件があるでしょうし、私たちにも希望があります」
「はい!
 基本はOKね!」と彼女は微笑んだ。

 朝食の支度は、いつもとは異なっていた。モニター室の隣にミニキッチンがあり、IHクッキングヒーターがある。小水力発電から得た電気を利用する小型の温水器もある。電気ケトルにコーヒーメーカーも。
 子供たちは残っていたパンの缶詰と、戦闘糧食Ⅱ型の副食を食べた。大人たちは、腹具合に応じて適当に選んでいた。
 ただ、来栖が振る舞ってくれた本物のコーヒーはうまかった。そして、これが最後のコーヒー豆であった。

 加賀谷一家を含めて、全員がモニター室にいた。
 来栖から改めて、我々がこの施設に残ることを希望する旨の意思表明があった。
 由衣が真っ先に元気よく「シャンセイ!」といった。
 花山が由衣に賛成の理由を尋ねると、「だって、おトイレあるもん」と実にプリミティブな回答。
「そうよね、正哉に覗かれる心配しなくていいし」と彩華がいうと、正哉が「いつ、そんな変態しましたぁ?」と怒り出す。
 ワンコは正哉の膝の上にいる。ケンちゃんは事務椅子に座った彩華と手をつないでいる。
 香野木が来栖に条件を尋ねた。
「ムーさんを守って欲しい……」
 弱々しい声で、彼女は答えた。
「ムーさんを特別に守るという行為は難しいですが、ムーさんが我々と等しい権利を有することは認めます。
 世界がこうなっては無意味な言葉かも知れませんが、基本的人権はムーさんにもあります」
 来栖は一瞬考えた。
「それで十分です」と簡潔に答えた。
 香野木は加賀谷一家に意思を問うた。
 加賀谷真梨は「一緒にいさせてください。お願いします」と即答したが、加賀谷純一は「回答を保留したい」と答えた。彼は少し考え込んでいて、香野木はラダ・ムーよりも加賀谷純一に対する注意を怠るべきでない、と感じた。

 この日の午前中から、元陸上自衛隊一等陸尉花山真弓による訓練が始まった。
 訓練に参加したのは、香野木、正哉、彩華、来栖、加賀谷真梨の五人。ラダ・ムーは半年前に自力で歩けるようになったばかりで、戦闘訓練は無理だ。しかし、射撃訓練には参加していた。
 加賀谷純一はまったく参加せず、思いにふけっていることが多くなっていく。

 午後は近隣都市に出向いての物資のサルベージと、逃げ遅れている人たちの捜索が主な仕事になる。
 この仕事は、香野木、正哉、彩華、そして加賀谷純一が担当したが、由衣が同行することも多かった。
 使用する車輌は、農業用トラクターと地下1階にあった自衛隊の2.5トントレーラーだ。

 大雨が降れば利根川の氾濫は確実で、東京で荒川が氾濫すれは中心部の水没は確実。
 そして、日々気温が低下していて、10月には降雪を心配しなければならなくなる。
 東京では、市ヶ谷台を中心に一帯の高台を拠点とする救援組織が運営されていた。
 その救援状況は、ラジオ放送によって伝えられ、その放送を聞いた人々が市ヶ谷を目指していた。
 市ヶ谷台は難を逃れていた川崎市長が指揮を執り、救援活動は成功している。
 物資は地下から発掘し、食料、衣類、寝具、車輌、建設機械や建設資材まで、十分ではないものの危機的に不足しない程度には確保しているようだ。
 だが、荒川の氾濫と降雪は現実の危機であり、救助された人々も生き残るための活動をすぐに開始しているようだ。
 市ヶ谷台の発表では、8000人が集まっている。
 関東におけるもう1つの拠点が秩父で、この一帯にはわずかだが植物が残っている。秩父グループは、埼玉と東京の県境以北の主要自治体施設を重点的に探索して、各種物資を一定数確保していた。
 また、どこで見つけたのか米10トンを保有しているという。
 秩父には3500人が集まっている。
 市ヶ谷台グループと秩父グループには対立はなく、相互に連携し情報を共有している。
 彼らは、高崎、前橋、渋川、沼田を中心に逃げ遅れた人々を探した。また、市役所や公共施設があった付近を探索し、物資、特に食料をサルベージしている。
 それと、ガソリンスタンドの地下タンクが残っていることが多く、燃料の輸送方法を確保できれば、直近ならば何とかやりくりできる目処がある。

 相馬原駐屯地では、花山を中心に駐屯地内の物資探索が行われていた。
 地下の空洞を徹底的に調べ、武器、衣類、食料、その他の物資を探していた。
 相馬原駐屯地には第12旅団司令部があり、第12ヘリコプター隊、第12偵察隊、第12高射特科隊、第12化学防護隊、第48普通科連隊、第125地区警務隊本部など、多くの部隊が駐屯していて、北関東における陸自の重要拠点であった。
 それだけに施設規模が大きく、当然、残されている物資に期待している。
 だが、来栖の説明では1回目の消失現象の後、相馬原駐屯地では現状把握と救援開始の準備を始めたという。旅団司令部は壊滅していたが、生存者50人ほどが徒歩で近隣の住宅地などに赴いて生存者を探した。
 このときに、探し出せる物資はすべて集められたらしい。来栖も医薬品をかき集めたそうだ。
 そして2回目の消失現象が起き、来栖とラダ・ムーを除くすべての人々と物資が消えた。
 こうして、彼女たちは孤立した。彼女は3度目の消失現象を恐れて、我々が現れるまで地下からなるべく出ないようにしていた。

  来栖は自分が知る以外、この駐屯地の地下には何もないと確信していた。

 地上の建造物が痕跡を残さずに消えているので、地下を探索することは困難を極める。花山が採用した方法は単純で、建物のあった一帯を片っ端から表土を削ぐこと。
 トラクターのバケットを使い、深さ50センチほど表土を剥いでいく。建物の基礎が出てくれば、地下に空洞がないか探索し、それらしい形跡があれば、マークを残した。

 1回目の消失があった際、相馬原駐屯地では前代未聞の天災が起きたと考えたらしい。我々も消失現象は天災なのか攻撃なのか判別できていない。
 それはラダ・ムーも同じだ。
 だが、直後に食人するオークが現れた以上、彼らと無関係とは考えにくい。
 この考え方は現在ならではのことで、現象直後は天災と考えることのほうが自然だった。何しろ、5年前には世界各地の火山が、次々と破局噴火するという空前の天変地異があったばかりだったのだから。

 この駐屯地の自衛官は、武器の回収を後回しにして、救援物資の確保を優先した。
 その結果、89式小銃が見つかった!
 その数、32挺。そして、ミニミ軽機関銃も4挺発見した。量は少ないが弾薬も見つけた。
 さらに、花山の勘は鋭く、地下の燃料タンクも見つけた。簡単には消費できないほどの軽油を手に入れた。
 花山は、ヘリコプター用の燃料であるケロシンのタンクも無事なはずだと考えている。
 来栖とラダ・ムーが最初に被災したのは、ラダ・ムーのために建設された地上2階、地下1階の医療施設だった。
 実質的には〝来栖研究所〟で、彼女が一切を仕切り、臨床医師や看護師、検査技師が配属されていた。全員が自衛官だった。
 ラダ・ムーは通常2階の病室にいたが、このときは体調が悪く検査のために地下にいた。その地下1階の状態は助かった理由を探しても見つからないほど酷く、2人が無傷だったことは奇跡に等しい。地下1階のうち畳1畳分が残っているだけだった。
 来栖は唯一原形を残していた地下四階の施設にラダ・ムーを連れて移り、2回目の消失現象に遭遇したという。
 そして、2人は生き残った。

 香野木たちの生存者捜索と物資探索は、ほとんど成果がなかった。物資探索では、高崎市役所跡を探し出し、地下の無事を確認しただけ。その後の発掘は秩父グループに任せた。

 成果のない日々を重ね、捜索は先細っていた。
 そんなある日、香野木と彩華、由衣の3人で前橋を目指した。
 冬の訪れが近付いており、気温が急速に下がっている。生存者がいたとしても、物資なくしてこの冬を乗り切ることはできない。
 香野木たちの生存者捜索は、終わりに近付いていた。
 この日、彼らはトラクターを利根川に乗り入れさせた。利根川の水位が低く徒渉できることを確認し、滅多にない好機なので対岸の前橋駅付近を捜索することにした。
 時速10キロほどで走りながら、トレーラー上から由衣が「誰かいませんか!」と叫び続けた。
 由衣が疲れると、香野木が代わった。運転は彩華がしていた。
 突然、小学生くらいの女の子がトラクターの前にフラフラと歩み出た。トラクターは急停止し、香野木と由衣がそれに驚いて、前方を見ると、消え入りそうな声で「助けて」と。
 由衣がすぐに飛び降り、その子に駆け寄った。埃まみれで、痩せていた。
 3人とも慌てた。
 トレーラーに載せて毛布でくるみ、水と液体の栄養補助食を与えたが、消耗が激しく、すぐに相馬原に戻る必要がある。そのため、北に向かって進んだ。
 前橋市役所と群馬県庁跡を確認したい欲求はあったが、それらしい地形を確認しただけで、利根川の渡渉点に達した。
 渡渉点は群馬県庁の直近付近で、川幅は広いが流れが穏やかで浅い。
 トラクターを停止して、香野木が渡渉可能かを徒歩で確認していた。
 そこに、突然、妊婦を支える10歳代後半の男女と、10歳代前半男児が現れた。
 香野木は川の中程まで進んでおり、突然のことに彩華はキャビンから身体を半分出して、ミニ14を構えた。
 彼らは後ずさりして、逃げようとした。
 咄嗟に由衣が「待って! 逃げないで!」と叫んだ。
 香野木が由衣の声を聞き、慌てて岸まで戻ると、彩華と妊婦を守る3人とがにらみ合っている。
 埃まみれのジャージを着た10歳代後半の男がドイツ軍のパーカーを着た香野木を見て「自衛隊の人ですか!」と尋ねた。
 彼らとの距離は10メートルほどある。
 香野木は「違うが、生存者を探しに来た。先ほど女の子を発見し、戻るところだ」と答えた。
「この人を助けて!」と同年代の女の子が叫んだ。
 男児は、石を手に持っている。
 彩華が銃を車内にしまう。
「トレーラーに乗って!」と香野木が伝える、彼らはトレーラーに向かった。
 まったく油断をしていない様子で、トレーラーに不審がないか男児が確認するまで近寄らなかった。
 香野木がトレーラーに飛び乗り、毛布を敷き、準備をする様子をジッと見ていた。
 由衣は、先に助けた女の子を介抱している。
 香野木が「由衣ちゃん、その子をトレーラーの奥に!」と伝えると、由衣が「立てる?」と尋ねる声が聞こえた。
 ジャージの男が妊婦から離れて、由衣を手助けして女の子をトレーラーの奥に移動させた。
 由衣がラダーを降ろした。香野木がその作業を受け止めた。
 妊婦と女の子がトレーラーに乗ると、若い男女もトレーラーに乗った。
 男児は、ラダーをトレーラーに引き上げる作業を手伝って、最後にトレーラーに乗った。
 四人の顔はこわばっていた。恐怖を感じているようだ。
 トレーラーに由衣を残し、香野木はトラクターの側面にしがみつく。
 まだ、戻るには早い時間だが、衰弱している2人がいる。

 香野木たちは、最短ルートで相馬原に向かった。
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