大絶滅 5年後 ~自作対空戦車でドラゴンに立ち向かう~

半道海豚

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第2章 相馬原

02-021 進化

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 香野木恵一郎には気になることがあった。
 それをラダ・ムーに問う。
「我々の祖先だが、その、オークやギガスの対象にはならなかったの?」
「いえ、あなたたちの祖先もオークにとっては食料であり、ギガスにとっては労働力です。当然、捕獲の対象になっていました」
 香野木は重ねて尋ねた。
「あなたたちは、オークやギガスに滅ぼされたの?
 我々の祖先は、なぜ生き残れたのか、その理由を知っていたら教えてほしい」
 ラダ・ムーは、考え込んでいた。知っていることを話そうとしているが、説明を論理的に進める手順に苦慮しているように思えた。「現在から約4万年前、私たちの文明は発展の頂点を迎えていたと伝えられています。あなたたちのように空を飛んだり、この星の外に出たりはできませんでしたが、陸上を縦横に移動する機械を持っていたそうです。
 みなさんのいうヒト属の種では、最も進んだ文明を持っていました。
 同じ頃、みなさんがスマトラと呼ぶ島にある火山が噴火したんです。膨大な量の火山灰が大気中に放出されて、太陽光を遮り、急速に寒冷化しました。
 この気候変動は何千年も続き、氷河が発達し、みなさんがヴュルム氷期と呼ぶ時代に突入します。
 この時代、この星には複数のヒト属が住んでいました。
 私たちとあなたたち以外にも、ヒト属はいました。衣服を着ない人たちです」
 ここで、来栖がラダ・ムーの話を遮った。
「ムーさんの話を少し補足するね。
 スマトラ島の火山というのは、トバ火山のこと。いわゆる“トバ事変”のことね。
 このときの噴火では、1000立方キロもの噴出物があって、太陽光を遮って気温は平均5度も下がったといわれているの。
 この気候変動で、ホモ・エルガスターやホモ・エレクトゥスは絶滅し、生き残れたのはムーさんたちホモ・ネアンデルターレンシスと私たちホモ・サピエンスだけだった。
 ムーさんがいう“服を着ない人たち”とは、ホモ・エルガスターやホモ・エレクトゥスのことじゃないかな。
 あと、ヒトジラミ、人間に寄宿するシラミだけど2つの亜種がいるの。
 アタマジラミとコロモジラミね。
 アタマジラミは体毛に寄宿し、コロモジラミは衣服に着くんだけど、アタマジラミとコロモジラミが分岐したのは6万年前頃だと、遺伝子解析では出ているの。
 つまり、私たちのご先祖様は6万年より以前から日常的に服を着るようになったわけ。
 服を着ることで体温の低下を防ぐという発明をしたヒト属だけが生き残れたってことでしょう」
 金平彩華が小学生のように「はい!」と言って手を上げた。
 来栖が「お嬢さんどうぞ」と指名する。
「ヒト属って何ですか?」
「ヒト属は、ホモ・何とか、という学名の生物のこと。一番古い種はホモ・ハビリスで230万年前から140万年前にいたヒト種。北京原人やジャワ原人が含まれるホモ・エレクトゥス、ムーさんが属するホモ・ネアンデルターレンシス、私たちはホモ・サピセンス。
 わかる?」
 彩華は得心できないようで、新たな質問をした。
「ヒトって、猿人、原人、旧人、新人って進化したんじゃないんですか?」
「以前はそう考えられていたけど、それは間違いみたいね。
 猿人で有名なのはアウストラロピテクスだけど、彼らはヒト属ではないの。
 属の階層の上に科があるけど、ヒト科は、ヒト亜科とオランウータン亜科で構成されている。
 そして、ヒト亜科の直下にヒト族・ヒト亜族があって、アウストラロピテクスやパラントロプスはヒト亜族内の属に分類され、ヒト属ではないわけ。
 つまり、ヒト科→ヒト亜科→ヒト族→ヒト亜族→ヒト属という分類階層では、大半の猿人はヒト属ではないの。
 別の生物ね」
 彩華の疑問は我々の疑問であり、同時にラダ・ムーにとっても重要な事柄であった。
 彩華の質問が続く。
「じゃぁ、来栖先生は私たちの先祖って、どんな生物だったと考えているんですか?」
「直接の祖先は、47万年前にホモ・ネアンデルターレンシスとホモ・サピエンスを誕生させた2つの種の共通の祖先。
 ホモ・ハイデルベルゲンシス、ハイデルベルク人は、ホモ・ネアンデルターレンシスとホモ・サピエンスが分岐した直後の人類で、ホモ・サピエンス側に進化し始めたヒトだとされているわね。
 ホモ・エレクトゥスの一種であることは間違いないから、原人から旧人と新人が分岐して、それぞれ進化していったのでしょう。
 あと、ホモ・サピエンス・イタルドゥは、我々ホモ・サピエンス・サピエンスの直系祖先といわれている」
 葉村正哉が来栖に尋ねる。
「じゃぁ、ムーさんと俺たちは兄弟種ってこと?」
「そうねぇ、でもトラとライオンよりは近い関係よね。
 それは間違いないと思う。
 ムーさんを調べていて、そう感じるの」
 香野木は議論を本流に戻したかった。
「で、ムーさんと我々の祖先はどうなったのですか?」

 ラダ・ムーが、説明を再開する。
「寒冷化が始まると、我々は文明を失い始めました。
 食糧不足が深刻で、人口を維持できなくなってきたのです。仲間が減り、知識が減り、どうにか生きるための知恵を維持してはきたけれど、3万年ほど前には往時の文明は断片を残すのみになっていました。
 その頃、オークとギガスが空からやってきたと伝えられています」
 ラダ・ムーは言葉を切った。加賀谷夫妻は彼の話を黙して聞き入っている。
「地上に降りたオークとギガスは、その瞬間から激しく争っていたそうです。
 彼らがなぜ争うのか、その理由は知りません。
 憎しみ合っているのか、利害の対立があるのか、それともオークはギガスを喰い、ギガスはオークを奴隷にするからなのか、そのすべてなのか、まったくわかりません。
 私は、ただ殺し合っているだけなのでは、と思うのですが……。
 私が生まれる何千年か前、みなさんが中東と呼ぶ地域、アフリカとユーラシアがつながる地峡で、オークとギガスがそれぞれ数十万も集まって、大決戦があったそうです。
 オークとギガスは、この戦いで数が激減して、オークの多くはこの星を去ったと伝承されています。
 ギガスの多くは地中に隠れ、地上に出てくることはなくなりました。
 しかし、空に昇らなかったオークと、地中に潜らなかったギガスがいたのです。
 オークとギガスの地上に残ったものは、ごくわずかでした。
 地上に残ったオークとギガスは残虐で、我々とあなたたちの祖先に暴虐の限りを尽くしました。
 オークは我々の街を襲い、住民を捕らえ、食い尽くすまで居座りました。
 ギガスは我々を捕らえ、わずかな食料で死ぬまで働かせました。
 オークとギガスが連携することは絶対にありません。
 私たちとあなたたちの祖先は、同盟を結んで戦いを挑みました。
 あなたたちの祖先は人口が多く、私たちは金属の武器を持っていました。
 まず、オークを叩き、続いてギガスを討ち滅ぼしました。
 しかし、私たちも、あなたたちの祖先も、立ち直れぬほどの損害を受けたのです。
 結局、我々は滅びの道を歩み、人口の多かったあなたたちの祖先のうち、戦いに加わらなかった種族がどこかにいて、生き残ったのだと思います。
 私はギガスとの最後の戦いで、追い詰められてしまい睡眠装置に逃げ込んだのです。
 私の個人的な戦いは敗北でしたが、戦いの帰趨は決していました。私たちとあなたたちの祖先は、勝利しました」
 加賀谷純一が初めて発言した。
「勝ったのになぜ……」
「戻ってきたのです。オークが、この星に……。
 おそらく、ギガスも目覚めたはず。
 また、大決戦が始まるでしょう。
 彼らの戦いに、あなたたちは巻き込まれたのです」
 香野木は、ラダ・ムーに尋ねたいことがあった。
 彼は回答を持っているはずだ。
「ムーさんは、我々はオークやギガスと戦えると思いますか?」
 ラダ・ムーは、初めて自信ありげな声音を出した。
「戦に勝てるかどうかは時の運。
 しかし、あなたたちはオークやギガスと互角以上に戦えるでしょう。
 あなたたちは、私たちやあなたたちの祖先とは、比べものにならないほど強力な武器を持っています。
 特に打撃力に優れた武器を。
 オークとギガスの武器は熱を主体にしていて、何でも切断しますが、彼ら自体は打撃には弱いのです。
 私たちは接近戦に持ち込んで、斧や棍棒で打撃を与える攻撃を仕掛け、一定の効果がありました。
 剣や槍の穂先は、彼らの鎧を通さないけれど、棍棒で叩けば彼らは死にます。
 あなたたちの武器は、金属の重い球、あなたたちが弾丸と呼ぶ飛翔する棍棒です。
 あなたたちは、本来ならオークやギガスと戦っても決して負けはしなかった。
 しかし、この星がこうなっては……」
 花山真弓が発言した。
「奇襲を受けただけですよ。一時、敗北しただけ。
 戦いの本番はこれから。
 子供たちを守らなくては……」
 正哉が発言する。
「オークという生き物は、光の鞭のような武器を使いました。
 ムーさん、彼らの武器は他にもあるのですか?」
「光の矢、正確には熱の矢を飛ばす武器を持っています。
 何回でも発射できる強力な武器で、防ぐ方法を得るまでに1000年の時とたくさんの同胞の死が必要でした」
 花山が尋ねた。
「防ぐ方法?」
「はい。防ぐ方法はあります。木を燃やすとできる黒いもの。
 それを集めて動物の油で溶き、それを盾に塗るのです」
 香野木は思わず言葉を発してしまった。
「炭素か!」
 来栖が待ってましたとばかりに話し始めた。
「そうなのよぉ~。
 炭素!
 ここの整備士さんたち、どういうわけかムーさんの話を信じちゃって、“対宇宙人用軽装甲戦闘車”なんていうヘンな戦車を作り始めちゃったのぉ~。
 車庫の中で、古い戦車を改造していたの」
 花山が言葉を発しながら考えるようなゆっくりとした口調で話し始める。
「それが、地下1階車庫の骨董品ですね。
 ムーさんの話を信じたというよりも、ムーさんの話をあり得る話と仮定して、整備の訓練をかねて古い装甲車輌を修理しようとしたのだと思う。
 土浦の武器学校が旧軍の八九式中戦車を稼働状態まで修理した実績もあるから、ありえるでしょう。
 車庫には、74式自走105ミリりゅう弾砲、その他にL-90連装高射機関砲の残骸があった。
 自走りゅう弾砲の車体2輌には大口径単装機関砲の砲塔が載っていて、2輌は105ミリりゅう弾砲を搭載したままの状態だけど、原形とはいろいろと違うみたいだし。
 輸送車風の2輌には3銃身のガトリング砲が載っている。間違いなく、AH‐1S攻撃ヘリからの流用でしょう。
 この6輌は見かけ上は完成しているようだけど……」
 正哉が花山に尋ねる。
「74式って、古い戦車ではないんでしょ?」
「1974年に制式化されたから、新しい車輌ではないけど、この自走砲は22輌しか作られなくて、割と早く退役したの。
 全車退役は、確か1999年だったかな。
 車体は軽戦車程度の大きさで、アルミ合金製の車体だから軽量なのが特徴かな」
 来栖が花山の話を引き継いだ。
「そうなのよぉ~。
 35ミリ機関砲搭載の軽戦車を作るんだって。
 操縦に1人、砲塔に1人の2人だけで全操作ができるとか。
 制御系はまったくの新造だって。
 それから、炭素系の耐熱材を貼り付けたって聞いたわ。
 瞬間的な接触なら、4000度の高温にも耐えるそうよぉ~!」
 香野木が花山に尋ねる。
「自衛隊は使わなくなった戦車とかはどうするの?」
「ほとんどは解体して鉄屑になるけれど、一部は駐屯地などで展示するの。
 多くは屋外展示だけど、希に屋根付きや屋内展示もある。将来使うことを想定して、モスボールすることもあるけど、例としては少ないかな。
 自走10榴は、開発開始時点では機動性が高くて砲の発射速度が高い自走軽榴弾砲が有効な兵器だと考えられていたけれど、制式化の頃には自走榴弾砲としては中途半端な性能だと判断されていて、少数が採用されただけだったの。
 75式自走155ミリりゅう弾砲が21世紀に入っても運用され続けていることとは、好対照ね。
 ただ、機械として欠陥があったわけではないし、全車退役なので部品を共食いさせれば、修理は簡単だったかもしれない。
 それに、駆動系を中心に73式装甲車と共通する部品もあるから、動くようにするには最適の車体だったはず。
 分解された状態の車輌もあったけど、あれは共食い用ね。
 用途廃止になった装甲車輌としては、比較的新しいし、全車退役で欠損部品は共食で集めればいいし、L‐90高射機関砲も用途廃止になっていたから、武装としては都合がよかったと思う。
 この35ミリ機関砲は87式自走高射機関砲や89式装甲戦闘車が使っているし、海上保安庁の巡視船でも使っているから、弾薬の補給には困らないかな。
 用途廃止の車体と武装の組み合わせといっても、結構使えたかも。
 陸自は軽戦車を持っていないから、あの2輌は陸自では希少な軽戦車かもね。
 車体に耐熱材を使用した理由は、宇宙人対策ではなくて、成形炸薬弾を使用する個人携帯の対戦車兵器対策だったのでしょう」
 正哉が「セイケイサクヤクダンって何?」と尋ねる。
「大砲の弾は、火薬の爆発的燃焼によって発生するガスの膨張エネルギーによって発射される。
 その原理自体は、大砲が発明された14世紀から変わっていないの。
 砲弾の威力は運動エネルギーによって決まり、砲口初速が同じで口径が倍になれば威力は倍に、口径が同じで砲口初速が倍になれば威力は二乗で増加するわけ。
 口径を増やせば砲が重くなり、発射速度を増すには砲身を長くしなければならないから、やはり重くなる。重くなれば機動性が落ちるから、運用が難しくなる。
 そこで考案されたのが成形炸薬弾で、火薬が燃焼して発生する高温高圧ガスを装甲に吹き付けて、貫通させようとする砲弾ね。モンロー効果とか、ノイマン効果と呼ばれる現象を利用した砲弾で、第二次世界大戦の中頃に実用化されたの。
 運動エネルギーに依存しないから、砲自体、発射装置は簡単で軽いものが作れるので、人力で運搬することが可能になり、歩兵でも戦車を破壊できる兵器が作れるの。
 オークとかギガスの兵器が熱エネルギーを基本とするならば、炭素系やセラミックス系の耐熱材やそれらを積層した複合装甲ならば、防御できる可能性があるでしょうね。
 ということは、複合装甲を備えた第三世代以降の戦車はオークやギガスからの攻撃を防ぐ能力がある可能性が高いと思う」
 香野木が花山に尋ねる。
「日本にも複合装甲を備えた戦車はあるの?」
「90式と10式がそう。でも数は少ない。残ってはいないでしょう」
 香野木が重ねて問うた。
「炭素自体を作ることは難しくないし、黒鉛
の耐熱性は3000度はあるし、耐熱レンガを使う方法もある。
 この方法を広く伝えたほうがいいと思うが……」
「そうしましょう。秩父と東京に無線で知らせましょう」

 花山は、一方的に「食人生物の武器には、炭素素材や耐熱レンガで防げる可能性がある」と無線で送信した。
 秩父と東京から応答を求められたが、花山は応じなかった。

 香野木たちは、彼らが意図したわけではないが、人類進化史のど真ん中に立っていた。
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