大絶滅 5年後 ~自作対空戦車でドラゴンに立ち向かう~

半道海豚

文字の大きさ
上 下
18 / 38
第1章 東京脱出

01-018 悪人

しおりを挟む
 昨夜は小雨が1時間ほど降っただけだったが、そろそろ豪雨の予感がし始めている。ここ数日、明らかに降雨量が少ないのだ。

 夜明け前に起床し、朝食を作り、身支度を調えて、出発の準備を終えた。
 今朝の朝食は、ナポリタンだった。由衣がとても喜び、その様子を見る香野木恵一郎も嬉しかった。
 見渡す限りの荒野で用を足すことは、非常に勇気がいる。彼らは、交代で窪みや亀裂を探して、そこをトイレにした。スコップで穴を掘り、済ませたら穴を埋める。
 由衣は「見ちゃダメだよ」「遠くに行かないで!」と毎回要求する。
 その点、ケンちゃんとワンコは天下御免だ。

 50キロを1日で走破する計画は、順調に進んでいた。
 小河川の渡渉には、あまり手こずらなくなっていたが、流れが速く、水深が50センチを超えると、簡単には渡れない。
 最初の難関である利根川支流の福川を避けて、まったく痕跡の残っていない高崎線に沿って高崎を目指す。利根川右岸から15キロ程度離れている。
 この進路は利根川決壊への警戒でもあった。また、軽装甲機動車から回収した装備にコンパスがあり、方位が正確にわかるようになったことからとれる処置でもあった。
 さらに、葉村正哉の地形を読む技術が飛躍的に向上していて、川筋をたどらなくても目的地に到達することができるようになっていた。
 第2の難関である利根川支流の小山側も難なく渡渉した。
 続いて、神保原駅と新町駅の東側中間付近の神流川と鳥川の合流付近を中州伝いに渡る。
 だが、ここで進路の判断を誤ったことに気付く。
 利根川と鳥川の支流である井野川に挟まれた、東西に極めて狭い一帯に迷い込んだのだ。
 このルートは、まったく痕跡が残っていないが、関越自動車道が通っていた。
 彼らは、高崎駅周辺を素通りするつもりだった。高崎駅周辺は、間違いなく地下街があるはずだ。地下駐車場も多いだろう。
 生き残った人々が相当数いるはずだ。
 地下鉄構内で起きた出来事を忘れてはいない。迂闊に近付いて、厄介なもめ事に巻き込まれたくなかった。
 井野川に沿って北上し、前橋付近に達したのは12時の少し前。40キロを6時間で走った。平均時速7キロはハイスコアだ。

 ここで意見が分かれた。
 花山真弓と正哉は、前橋で物資を補給してから陸上自衛隊相馬原駐屯地に向かう案を提示し、香野木と金平彩華は高崎と同様に前橋も通過すべきだと考えた。
 物資は豊富にあるわけではない。だが、歯磨き粉や歯ブラシから64式小銃まで、必要なものは一通り揃っている。
 その一方、タオルや衣類は極端に不足している。特に子供たちの着るものが少ない。日を追って寒くなっていく状況で、衣類の不足は、異常なほどの不安を感じさせる。

 香野木は「前橋に行こう。衣類、食料、日用品を回収し、速やかに立ち去る。全員が一緒に行動し、クルマの警備は2人で行う。
 地下の捜索は、私と正哉くん。私は拳銃を携帯し、花山さんと彩華さんは小銃と拳銃を装備する。
 明日の早朝に前橋市内に入り、物資の捜索を行い、日没までに相馬原に着く。
 これで、どう?」と提案した。
 全員が了解する。

 ここまではよかったのだが、前橋には新幹線は止まらない。また、前橋には、JR両毛線の前橋駅、JR上越線の新前橋駅、上毛電鉄上毛線の中央前橋駅があった。
 これは、秋葉原で入手した地図で確認した。
このうち、どの駅の周辺が街の中心なのかわからない。前橋駅と中央前橋駅に行くには、利根川の支流と利根川を渡らなくてはならない。
 渡渉自体は不可能ではないだろうが、敷居が高いことは事実だ。
 その点、上越線新前橋駅は、北上すればいいだけだ。通過点でもある。
 このことから、新前橋駅周辺を探索の目的地にした。
  高層の商業施設があれば、地下一層くらいはあるだろう。だが、多くは期待できない。地下に施設を作るより、地上に平面的に拡大するほうがコストパフォーマンスがいいからだ。
 マンションや企業が備える防災用品か、普通の民家の地下室以外、あまり期待できない。

 今日は半日空く。彼らの肉体は疲労の極にあったし、極度の緊張と睡眠不足で精神的にも疲れている。
 クルマの整備もしたい。
 だが、花山は遊ばせてはくれなかった。
 彼らは、井野川支流の河原まで移動し、そこで射撃の訓練をさせられた。
 目標は低い河岸段丘の斜面に画いた◎だ。
 花山は右手で撃っても、左手で引き金を引いても静止した目標は外さない。
 彩華はミニ14を使い、最初の数発を外しただけで、コツをつかんだ。
 正哉はベレッタのライフルを使い、どこを撃っているのかわからないほど、見当外れの方向に弾が飛んでいく。
 香野木は64式小銃を使い、5発撃って2発を円の中に入れた。
 拳銃の射撃練習も行ったが、弾数が少ないので各3発にとどめた。
 香野木と花山が64式小銃を使い、彩華がミニ14、正哉はベレッタのライフルを使うことになった。
 その後、やや東に移動し、一切の起伏がない、極めて無防備な地形で野営することになる。新前橋駅まで5キロほど南と推定する位置だ。
 野営の準備は15時頃から始め、由衣とケンちゃんはワンコと遊び始めた。
 大人たちも落ち着いて、あれこれと溜まっている作業をしていた。

 30分ほどして、彩華が垂直の穴を見つけた。由衣とケンちゃんがクルマから離れようとしたので、連れ戻しに行って、偶然見つけた。
 正哉が懐中電灯を持ってくる。
 花山が64式小銃を持って警戒に当たり、彩華は子供たちを連れてクルマに戻る。彼女はクルマの前でミニ14を手にした。
 正哉が内部を照らすと、幅2メートル、奥行き6メートル、高さ2.5メートルほどの空間がある。四面に棚が設えてあり、大量のダンボール箱が並べられている。
 正哉が「食料だといいですね」と香野木に言った。
 香野木は「なんか、そんな雰囲気ではないけど」と答える。
 内部は少しだけ浸水しているが、歩道の水たまり程度だ。
 鋼管を使った垂直の梯子があるが、最上部の留め具が消失していて、不安定だ。
「降ります」と正哉がいった。
 彼は身軽に降りていく。
 正哉は無造作にダンボール箱を選ぶと、両手を差し上げて、香野木に渡した。箱の重量は、数キロ程度だ。
 梱包はクラフトテープでしっかりとしており、ダンボール箱は無地で、マジックペンで“JFDS―T レ”と書かれている。
 クラフトテープを剥がして箱を開ける。
 OPPの袋に入った迷彩柄のTシャツが大量に入っている。
 正哉が「何が入ってました?」と尋ねる。
「迷彩柄のTシャツだ」
「じゃ、これは?」と正哉が持ち上げたものは、かなり重い。香野木は穴の中に引きづり込まれそうになった。
 開梱すると、金属製のヘルメットが六個入っている。
 花山が後ろに立っていた。
「米軍のテッパチのようね……」
 正哉が「今度はなんでした?」と大声を出す。
「古いヘルメットだ」と答えた。
 それから、1時間にわたって、延々とサルベージを続けた。
 全品を地上にあげて調べる。カタカナの“レ”表記はレプリカ品、同“ホ”は放出品らしい。衣料の放出品は少なく、ほとんどがレプリカだが、ドイツ軍のパーカーコートは放出品だった。一箱に5着入っている。
 子供用の迷彩柄ズボンやジャケットもある。Tシャツもある。もちろん本物ではない。身長や胴回りのサイズが書いたタグがあり、柄を除けばごく普通の衣料品だ。子供用の迷彩柄下着、迷彩柄のブラ・ショーツセットまである。
 ミリタリー風ベルトや拳銃用ホルスターなど、いろいろなアイテムがある。
 サバゲー必須のゴーグルもある。
 彩華の判定では、サバゲー愛好者向け通販ショップの地下倉庫、だそうだ。
 いつの間にか香野木が警戒と子守の担当になり、花山と彩華が品定め係になっていた。
 彩華は「こんなの使わないよねぇ~」といいながら、迷彩柄の下着を戦利品にした。
 彩華は放出品の箱の中からアメリカ軍制式M16アサルトライフルの弾倉と思われる放出品を4個見つけた。
 彼女は早速、それをミニ14に取り付け着脱を確認する。正常に動くかはわからないが、取り付けはできた。
 トラクターの作業灯を使って、日没後も作業は続けられ、利用できるものはすべて回収した。
 レプリカ衣料品のすべてと、ドイツ軍パーカーコートを回収し、その他は倉庫に戻す。アメリカ軍のヘルメットをはじめとする身に着ける放出品は、彼らには大きすぎた。
 あと、梱包用のクラフトテープやガムテープ、ナイロン紐など、大変ありがたい物資が手に入った。また、エアキャップ、いわゆるプチプチもロールで確保。
 作業は深夜までかかった。地下倉庫への穴は、大物衣料品を入れていたOPP袋を使って、雨が入り込まないようにした。
 こうしておけば、この物資を必要とする人が見つけるかもしれないからだ。
 そして、作業の終了と同時に雨が降り出す。

 彼らが目指した物資の補給は、意外な形で成果を上げたが、まだまだ必要なものはある。
 そのため、寝不足ではあったが、早起きをして、明日は前橋市内に入る。

 新前橋駅付近で、ジムニーが左前輪を穴に落とし、右後輪が浮き上がって進退窮まった状況に出くわした。
 放っておく訳にいかず、100メートルほど離れた場所にトラクターを止め、香野木1人が徒歩で近付く。
 正哉が追ってくる。

 スタックしたクルマには、2人の男が乗っていた。1人は50歳代、もう1人は30歳代後半だろろうか。2人とも今時珍しいスーツを着ている。30歳代の男だけが泥だらけだ。
 香野木はドイツ軍のパーカーを羽織っていた。香野木にはダブダブだが、寒さしのぎにはなる。だぶだぶのパーカーは、腰に着けたサバゲー用ナイロン製ホルスターを完全に隠す。

 香野木が近付くと、30歳代の男が愛想よく話しかけてきた。
「助かりました。どうしようかと……」
 正哉が左前輪を覗き込む。
「車輪が落ちているだけだから、引き上げれば大丈夫でしょう。
 4人いれば人力で持ち上がりますよ」
 そして、30歳代の男が正哉に近付く。50歳代の男は無言だ。
 ジムニーのリアウィンドウはスモークで、内部が見えない。もう1人か2人、乗っている可能性がある。
 瞬間、30歳代の男に正哉の左手が背側にねじ上げられ、右のこめかみに銃身の短いリボルバーが突きつけられた。
 咄嗟のことで、香野木は酷く動揺した。
「何するんだ。助けてやろうとしたのに!」と正哉があえぎながらいう。
「うるさいガキは黙っていろ!」
 50歳代の男が口を開いた。
「あのトラクターを私たちにください。要求はそれだけです」
 実に穏やかで紳士的な態度だ。革製のビジネスシューズが泥にまみれていなければ、かつてはどこにでもいたサラリーマンだ。
 香野木は50歳代の男の言葉で、冷静さを取り戻した。
 背後で、花山がレミントンM700のボルトを操作する音が聞こえたように感じた。
 彩華が大きく右に迂回している様子を、右目の隅で捕らえる。
「止めたほうがいい」と香野木が言う。
 リボルバーを持つ30歳代の男は、彩華がライフルを持って警戒しながら回り込んでくる様子に動揺している。
 彩華は距離30メートルまで近付き、大声を出した。
「あんたのリボルバーじゃ、私には当たらないよ。だけど、私はあんたの連れを確実に殺せる。
 それから、スコープ付きのライフルがあんたの頭を狙っている」
 50歳代の男が「待て!
 三枝くん手を離してやれ」と右手を前に出して止めた。
「我々は、ある任務を帯びて、東京に行かなくてはならないんだ!」
「東京?
 そんなものもうないよ。
 俺たちは東京から来たんだ」
 50歳代の男は、言い訳が通用しないことを悟ったようだ。
 30歳代の男は、正哉を離さなかった。離せばどうなるか知っていた。その意味で、50歳代の男より利口だ。
 香野木は「その若いのを殺したら、そっちのジジイは躊躇わずに殺す。
 そのあと、貴様をゆっくり殺す。この世で一番苦しい殺し方をする」
 香野木は、パーカーに隠れたホルスターから自動拳銃を抜いた。
 そして、50歳代の男の足を撃った。奇跡的に命中した。50歳代の男が崩れ落ち、仕立てのいいスーツが泥にまみれた。
「殺さないって、約束するか?」
「あぁ、手を離せば“俺は”殺さない」
 30歳代の男は、リボルバーの銃口を下に向け、正哉の手を離す。
 正哉が男から離れる。
 その瞬間、銃声が轟く。
 花山が30歳代の男を狙撃した。頭を撃たれ、即死だ。
 50歳代の男は怯えきっていた。「ヒー、イー」と言葉にならない音を口から出している。
 正哉がジムニーの車内を覗く。
「後部座席にチャイルドシートが2つあります」
 香野木は50歳代の男を見た。
「お前たち、このクルマを奪ったな。
 このクルマに乗っていたヒトたちはどうした。殺したのか!」
 50歳代の男は「ヒー、イー」といいながら、首を横に振った。
 正哉が30歳代の男が持っていたリボルバーを拾ってきた。泥だらけだ。

 最初に気付いたのは彩華だった。
「香野木さん!」と呼び、指さす。
 その方向から、凄いものが走ってくる。
 履帯で走るトラック、いやダンプカーだ。一度だけ河川改修の工事現場で見たことがある。
 確か、キャリアダンプという建機だ。10トンダンプ級の巨大な装軌車が、猛烈なスピードで走ってくる。
 そして、見落とすところだったが、その直後をステーションワゴンタイプの自動車が走っている。
 あのタイプのクルマでは、例え四駆であってもとても走れる路面状態ではないが、遅れることなく追求している。
 そのど迫力の建機は、5分以上かかって、彼らから50メートルほど離れて止まった。
 ガラス面積の多いキャビンから、男が垂直2連の散弾銃を持って降りてきた。
 花山が正哉と彩華をワンボックスワゴンまで下げる。そして、香野木に64式小銃を手渡そうとする。香野木は、拳銃をホルスターに収め、64式小銃を受け取る。
 彼女も64式小銃を持ち、弾帯を巻いた現状取り得る装備で出迎える。
 ステーションワゴンから女性が飛び出そうとしたが、それをキャリアダンプの荷台に乗っていた男が荷台から飛び降りて止めた。
 ワゴンからもう1人女性が出てきて、先に飛び出そうとした女性を押しとどめる。
 荷台から飛び降りた男が近付いてくる。
 ゆっくりとした歩調だが、毅然としている。
 そして、50メートル手前で、2人の男が倒れていることに気付き、歩みを唐突に止めた。
 男は問いかけた。
「武器は持っていない」
 そういって、両手を広げた。
「そのクルマのそばに、なぜいる!」
 香野木が答える。
「このクルマがスタックしていたので、救出しようとした。
 そうしたら、銃を突きつけて、私たちのクルマを奪おうとした。
 人質を取られたので、やむを得ず撃った」
「そのジムニーは私のものだ。
 そっちに行ってもいいか」
「手を上げて、ゆっくりと歩いてこい」
 男はゆっくりと近付く。
 香野木の前に立つ。そして、足を撃たれて蹲る50歳代の男を見下ろした。
 そして、腹を力の限り蹴り上げた。50歳代の男は「グワェッ」という奇妙な声を出した。
「こいつらにクルマを奪われたんだ」
「いつ」
「昨日だ。運良くあの怪物ダンプが通りかからなかったら、親子で死んでいた」
「追ってきたのか?」
「あぁ、クルマに赤ん坊のミルクが積んであるんだ。
 カミさん、母乳が出ないんだ」
 花山が慌て、「たいへん!」とい言い、キャリアダンプに向かって「赤ちゃんのミルクどこにあるの!」と叫んだ。
 そして、「彩華ちゃん、お湯をすぐに沸かして!」とワンボックスに向かって叫んだ。

 そして、男たちの出る幕はなくなった。

 人力でジムニーを穴から引っ張り出し、トラクター、ジムニー、キャリアダンプは少し北に移動する。
 ステーションワゴンはキャリアダンプに牽引されていた。

 赤ん坊の父親は加賀谷と名乗った。
 加賀谷は、彼らと同様にスタックしていたワゴンを救出しようとして、銃を突きつけられてジムニーを奪われたそうだ。
 加賀谷は、クルマ泥棒が乗っていたステーションワゴンも誰かから奪ったもだという。免許証の入った女性もののバッグがあったそうだ。
 キャリアダンプを運転していたのは、津川という45歳くらいの男だ。
「1回目の“消失”があったとき、国道254号のトンネルにいたんだ。
 女房と娘を乗せていた。親戚の法事から帰るところだった。
 トンネルの照明が突然消えて、前方を走っていた大型トレーラーが急停止した。
 トレーラーへの激突は免れたけど、ボンネットがトレーラーの下に潜り込んじゃったよ。エアバッグが作動して、眼前が真っ白になった。
 誰も怪我しなかったことだけが幸運だった。かなり長い時間、ボーッとしていたと思う。女房と娘の無事を確かめて、ドアを開けて外に出た。
 トンネルの照明は消えていて、ヘッドライトだけが光っていた。
 佐久方面から藤岡に向かっていたんだけど、山の中なので簡単には救急車やパトカーがこれないことはわかっていたんだ。
 すぐにスマホで110番したけど、通じない。
 トンネルから出れば通じると思って、トレーラーの前に向かって歩いたんだ。
 トレーラーの運転席がなくなっていた。潰れたとか、切り離されたとかじゃなくて、消えていたんだ。
 驚いたよ。
 建機を積んだ大きなトレーラーだから、乗用車の追突なんて、気付かない衝撃かなと思っていたんだけど、運転手はキャビンごと消えちゃったんだ。
 トンネルには、他に2台か3台のクルマがいたけど、2回目までに出て行った。
 俺たちはクルマが壊れたので、2回目のときもトンネル内に留まっていた。
 結果、幸運だった。
 昨日の朝早く、あの化け物ダンプをトレーラーから無理矢理降ろして、秩父に向かって走ってきたら、加賀谷さんと出会ったんだ」
 加賀谷が話を引き継ぐ。
「私が帰宅した後、子供たちを連れて買い物に出たんです。
 夜は危険なので、すぐ家に戻るつもりだったんですが、途中、闇市でトラブルがあったみたいで、それを避けていて……。
 結局、自宅マンションの地下駐車場にクルマを入れたのが、暗くなり始めた時刻で……。
 そこで、1回目があったんです。
 地下からはすぐに脱出できたんですが、地上には何もなく、地下で寝泊まりしながら、クルマを地上に出すための穴掘りとかしていました。
 ようやく成功したのが、一昨日の夕方。秩父に人が集まっていることはラジオで知っていたので、そこに向かう途中で、あの連中に会ったんです」
 加賀谷は、足を撃たれ、泥にまみれたまま呻いている男を遠目に見た。
 加賀谷が続ける。
「香野木さんたちはどこに向かっているのですか?」
 香野木は曖昧な答え方をした。
「榛名山麓に向かっています。
 私たちは東京から来たんです。
 東京は壊滅です。
 水と食料が安定的に確保できる可能性があるのは、山間部では、と考えただけなんですが……」
「私たち家族もご一緒させていただけませんか?
 どう考えても、ジムニーじゃ秩父にはたどり着けないように思うんです。
 道はないし、日を追って泥濘が深くなっているし……」と加賀谷が言う。
「それがいい。あのダンプの荷台じゃ、お子さんたちが耐えられない。
 うちの高校生の娘だって、我慢できないほどの寒さだからね。
 榛名山ならそれほど遠くない」
 香野木は即答しかねた。加賀谷夫妻はともに20歳代後半。子供はケンちゃんと同年齢の女の子と、乳飲み子だ。
 足手まといになりかねない。
 だが、ここで見放せば、この親子は過酷な旅を強要される。
 香野木たちにもメリットがある。成人男性が香野木1人ではなくなる。
 香野木は花山を呼んだ。
「花山さん、加賀谷さんが私たちと一緒に来たいそうだ」
 加賀谷は驚いたように尋ねた。
「ご夫婦ではないのですか?」
 花山が答える。
「違います。地下鉄の駅の構内で出会った赤の他人の集まりなんです。私たちは……」
 津川が感嘆する。
「いやぁ、奇妙なグループだとは思ったんだ。若い男の子と女の子。幼児に小学生くらいの女の子。四人の子たちの親とは思えない年齢の男女。
 どういう関係なんだろうと……」
 花山は、津川の疑問には答えなかった。
「香野木さんの決定に従います。同行を断る理由はないと思いますが……」
 香野木は、花山が同行に同意したと判断した。
「加賀谷さん。ご一緒なさることを歓迎します。ただし、こういう状況ですから、自己判断優先でお願いします」
「ありがとう」と加賀谷がいった。

 香野木たちは津川一家に、2人用のテント、エアキャップ少々、キャンプ用の断熱シートなどの物資を分けた。
 テントがダンプの荷台に張られ、津川家の妻と娘は吹きさらしの荷台で寒さに耐える必要がなくなった。

 11時頃、香野木たちと津川一家はそれぞれの目的地に向かった。
 香野木が足を撃ったクルマ泥棒は、その場に遺棄された。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?

九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。 で、パンツを持っていくのを忘れる。 というのはよくある笑い話。

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

野球部の女の子

S.H.L
青春
中学に入り野球部に入ることを決意した美咲、それと同時に坊主になった。

処理中です...