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第1章 東京脱出
01-017 武器
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香野木恵一郎たちもすぐにその場を離れ、荒川に沿って夕暮れまで走り続ける。
軽トラから積み替えた物資は、大半がトラクターのバケットと、バケットを作動させるアームに渡したネットの上に積まれた。
そのためか、トラクターは少し不安定な挙動をする。もちろん、バケットは本来の役目を果たせない。
彼らはJR高崎線北鴻巣駅西方付近において、荒川の浅瀬を渡渉し、荒川と利根川に挟まれた平地帯に入った。
利根川上流に至る、最大の難関を突破することに成功したのだ。
簡単で少ない量の夕食を済ませた後、全員参加の会議が開かれた。
由衣は、あの動物を“怖いの”と呼んでいる。彼女自身はあの動物の死体は見ていないが、猛烈な速さで走り寄ってくる姿は見ている。
原初的な本能で、危険な存在であることを理解しているようだ。
現状を分析すると、食料は不足しているものの飢餓が直近に迫っているわけではないこと、荒川の流れが変わり始めており、長時間の豪雨は大規模な洪水を引き起こす懸念があること、荒川より大規模な洪水が利根川にもあり得ること、以上の認識が共有された。
あの動物に関しては、2頭だけと判断する合理的理由がないこと、数百から数千頭がいる可能性があること、ヒトを獲物・食料と解している可能性が高いこと、が確認された。
その上での行動として、軍用銃の入手を優先課題とすること、洪水時の危険から逃れるため榛名山南麓まで可能な限り迅速に移動すること、が合意された。
葉村正哉はよく地図を読んでいて、ルート上の地名と川筋はほぼ暗記している。また、香野木のノートパソコンに入っている国土地理院作成の地形図データを参照して、これもほぼ暗記している。
彼は優れたナビゲーターだ。
正哉は、航空自衛隊熊谷基地に向かうことを主張した。現在位置がJR高崎線北鴻巣駅の西方として、高崎線籠原駅付近の航空自衛隊熊谷基地まで21キロと判断した。
だが、正哉の主張は「自衛隊の基地なんだから、武器ぐらいあるんじゃない?」程度の発想でしかない。
正哉の案を補強したのは金平彩華だった。
「熊谷基地には滑走路はなかったと思うの。確かヘリポートだけ。
でも、熊谷基地の歴史は古くて、昔の陸軍熊谷飛行学校がルーツだから、1930年代中頃の設立だと思う。
現在は術科学校や教育隊があるだけで、大きな基地ではないはず。
航空自衛隊は64式小銃を持っているはずだけど……」
花山真弓が香野木に「どう思う?」と尋ねてきた。
「彩華さんの意見が正しいとすれば、熊谷基地で64式小銃と弾が手に入る可能性はある。それにまったくの進行方向上にあるから、寄り道とはいえない。
GPSがない状況で見つけられるかはわからないけれど、探す価値はあると思う。
葉村くん、熊谷基地付近には、この状況でも残っていそうなランドマークはあるの?」
「西に仙元山公園という周囲から比べれば結構高い丘があり、南に観音公園。これも丘です。近くに大雷神社、小さな丘があります。
注意すればわかると思います」
花山は「捜索に当てる時間を決めましょう」
香野木が「到着後、日没まで。大雷神社を拠点にして、熊谷市内で食料などの物資も探す。
これでどう?」
理解しているとは思えないが、ケンちゃんを含めて全員が頷いた。
日付が変わる頃、1時間ほど激しく雨が降った。雨は毎夜のことだが、雨が降ると降塵が多くなる。毎日、2から3センチの降塵があり、それが地表に降り積もる。
降塵は微粒子で、粘性が強く、降雨によって泥濘化すると、クロカン四駆でも走行が不可能だろう。あと、10日もすれば、小径車輪の軽トラでは降雨直後の走行は不可能になる。
軽トラで正丸峠に向かったヒトたちは無事だろうか?
雨がやむとワンボックスワゴンの助手席に座る正哉が手を振った。
香野木は、それをトラクターのキャビンで視認する。
正哉が起き、香野木が寝る番だ。
朝5時、全員が正哉にたたき起こされた。
正哉は闇の中で、決して聴こえることのない車載ラジオを操作していた。
そのラジオから人の声が聴こえてきた。
「……緊急の放送です。こちらは海上自衛隊練習潜水艦あさしおです。
日本の皆さん、現在日本本土に正体不明の武装集団が上陸しています。彼らは他国の軍隊ではありません。また、テロリスト集団でもありません。地球上の各地で同様の武装集団が活動しており、人々を捕らえています。
身長120センチ前後の小柄な体型で、プラスチックのような材質の硬質な衣服を着ています。
人間に似ていますが、人間ではありません。人間ではない生物が、人間を攻撃しています。
このような集団に出会った場合は、隠れるか、または逃げてください。
皆さんの無事を心から祈っています」
「……緊急の放送です。こちらは海上自衛隊練習潜水艦あさしおです……」
ケンちゃんを除いて、全員がボーッとしてしまった。
香野木はその放送をトラクターのキャビンで、一人で聴いた。
日本の各地で、世界のあちこちで、あの動物がヒトという獲物を探し回っている。
恐ろしいことだ。
花山がワンボックスのスライドドアを開け、「香野木さん! すぐに出ましょう。熊谷基地に急ぎましょう!」と怒鳴った。
香野木は、キャビンのグラスドアを開けて、彼女の声を聞き、無言でドアを閉め、エンジンを始動する。
昨夜の雨はひどい泥濘を生み出したが、トラクターの走行に支障はない。可能な限りの速度で熊谷を目指す。
それでも子供連れだ。トイレ休憩やあれこれで、頻繁に停車した。そして、決して走りやすくない路面は、低速での連続走行を強いられた。
どうにか籠原駅付近に着いたのは、10時になっていた。
20キロ強を5時間かけて進んだのだ。平均時速4キロ。徒歩と大差ないスピードだ。
もちろん、徒歩ではこの速度は出せない。
正哉が大雷神社と同定した小さな丘が、探索の基準点になった。
当初、熊谷基地捜索チーム、籠原市街捜索チーム、お留守番チームの三隊に分ける案があったが、由衣が怖がったことと、子供二人にすることの大人側の不安があって、香野木以外は同一行動をとることになった。
香野木は籠原駅があったと思われる地点に向かった。
彼は籠原駅で降りたことは一度もない。だが〝籠原〟の名はよく知っていた。湘南新宿ラインの終点だからだ。
仕事の関係で何度かJR高崎線に乗ったことがある。その都度籠原駅を通過したので、駅の周囲に高層のマンションが数棟あることを知っていた。もちろん、いまは何もないだろう。
新幹線が止まる高崎駅周辺よりも大きな街ではないが、地下の物資には期待していた。
高崎線を挟んで、大手企業の工場があり、籠原駅周辺には住宅街が広がっている。
物資補給は不可能な環境ではない。
香野木は地下駐車場を探してはいなかった。民家やスーパーなどの地下倉庫があれば、食料が補充できる、と考えている。
だが、民家や店舗は、地下を利用することが少ないようだ。陥没の痕跡はもちろん、地形を詳細に観察しても、それらしいものは見つからない。
考えてみれば、籠原周辺ならば民家の敷地は広いだろうし、大型店は地下に倉庫を造らなくても地上にいくらでも建設できる。
ここは地価の高い都心周辺ではないのだ。
結果、大きな建物の地下以外には、物資がある可能性がない。
正哉が籠原駅南口直近の諏訪神社跡と同定した、低い丘の周辺には陥没した痕跡が複数あったが、完全に崩落していた。
香野木は一切の痕跡はないが、高崎線を越えて北口側に移動した。
しかし、ここにも目を引く場所はない。だが、いくつか水たまりがある。
いままでの経験で、地下室が残っていると、そこに雨水が溜まることを知っていた。
徒歩で移動しながら、水たまりを一つずつ丹念に調べていく。
水たまりはたいてい浅い。水深は最大でも20センチ程度だ。
それ以上深ければ、何かがある。
熊谷基地からだいぶ離れてしまい、いささか心配になり、手ぶらではあったが基地の方向に戻ることにした。
熊谷基地では、香野木の戻りを待っていた。熊谷基地でも何らの成果はなかったが、ワンコとケンちゃんと由衣が、成果となり得るものを発見していた。
花山が「フロントガラスを割ろうとしたんだけど……」と口ごもったが、確かにフロントガラスには、何かで叩いた痕跡がある。
花山は続けて「防弾ガラスなの」といった。
その車輌は、リアを下にして垂直に穴に落ち込んでいる。フロントガラスは五〇センチ以上地下に埋まっている。
エンジンルームの隔壁から前部が消失しているようだ。エンジンやフロントタイヤがない。
彩華が「ワンコが穴を掘り始めて、由衣とケンちゃんがそれに加わって、これを見つけたの」と経緯を説明してくれた。
花山が引き継いだ。
「たぶん、LAVだと思う」
「ラブ?」
「軽装甲機動車のこと。フロントガラスの形状から間違いない。
上から覗いたら、ロクヨンが一挺見えるの。
弾があるかどうかはわからないけど、回収できればいいかなって……」
「ヘンな格好で埋まっているな。なんで、こうなったんだろう?
まぁ、考えても仕方ない。
よし、穴から引っ張りだそう」
香野木がそう言うと由衣が、「ワンちゃんとケンちゃんと一緒に見つけたんだよ」とアピールする。
香野木は由衣に「ありがとね。頑張ったね」と褒めた。由衣は、嬉しそうにはにかんだ。
由衣とケンちゃん、そしてワンコはワンボックスワゴンの中で待機となった。
彩華が周囲の警戒に当たり、香野木、花山、正哉の3人で穴から引っ張り上げる作業をする。
軽装甲機動車は、フロントを上にして、ほぼ垂直に埋まっている。車体の周囲に隙間はなく、完全に埋まっている。
引っ張り出す方法はいくつかあったが、どの案も決定打にかけていた。
垂直に引き上げるには、クレーンがあればベストだが、最低でも丈夫なワイヤーか鎖が必要だ。しかし、そんな物資はない。
軽装甲機動車の真上に櫓を組んで、牽引で引き上げる方法もある。しかし、櫓を造るための木材や鋼材はない。
ならば掘るしかない。軽装甲機動車の周囲をひたすら掘って、車体を水平にして、上部ハッチか後部ドアを開けて64式小銃を回収する計画。
トラクターのバケットから、一切の機材が下ろされ、ワンボックスワゴンの車内とトレーラーの隙間に移動された。
突然、戦闘になったとしても、物資を失わないための配慮だ。
こういった指示は、すべて花山が行っている。
トラクターからトレーラーが切り離された。
香野木は、埋没しているキャビンだけの軽装甲機動車のかなり遠くから、斜めに向けて地面を掘り進めた。地面は比較的柔らかく、香野木のへタックソなフロントローダーの使い方でも、何とか掘り進んでいける。
ゆっくりと、用心深く、無駄なほど広く掘っていく。
3時間ほどかかったが、軽装甲機動車のシャシーがすべて見えるようになった。後輪にはタイヤチェーンが巻かれている。
バケットの爪をエンジン隔壁に引っかけて、後退で本来の向きに引き落とそうとしたが、2度失敗し、3度目で成功した。
花山が軽装甲機動車のルーフに飛び降り、正哉が穴に飛び降りて後部ドアに取り付いた。
正哉が後部ドアを開けたので、花山が地面に飛び降りる。
64式小銃が2挺、そして弾帯および装備2式が素早く回収された。
香野木はその様子をトラクターのキャビンから見ていた。
花山と正哉が、穴の中で香野木から見て右側、彼らの左側をジッと眺めている。
香野木はその様子に不安を感じた。
花山が軽装甲機動車のルーフに登り、正哉が花山に64式小銃と装備を次々と手渡していく。
最後に花山が手助けして、正哉がルーフに登り、正哉が先に地上に這い上がった。
そして、花山が地上に上がった正哉に回収品を手渡していく。
香野木は安心して、トラクターを後退させた。
香野木が歩いて花山と正哉に近付くと、花山が「トレーラーが埋まっている。陸自の幌付き1トン」といった。
トレーラーは車輪を下にして、正常な姿勢で完全に地中に埋まっている。だが、土の大きな荷重がかかっているわけではなさそうで、幌骨がゆがんでいるようには見えない。トンネルの中に滑り込んでいるような状態だ。
このトレーラーを引っ張り出すには、キャビンだけが残っている軽装甲機動車を引っ張り出す必要がある。
牽引ロープがないので、トラクターのバケットで車体前部を少し持ち上げ、バケットの爪でシャシーを引っかけるようにして、後進しながら引き出した。
軽装甲機動車は3回ずり落ちたが、何とか引っ張り出せた。
香野木が徒歩でトレーラーに近付き状態を確認すると、トレーラーは確かに埋まっていて、左にわずかに傾いているが、車体の下部には土が詰まっておらず、簡単に引き出せそうに思える。
正哉が軽装甲機動車の後輪に巻かれているタイヤチェーンを取り外そうとしている。
それを見ていた花山が、もう一輪の取り外しを始めた。
二人が取り外すと、香野木は軽装甲機動車のフロント側にトラクターを移動し、バケットで前輪とボンネットがない車体を押して、チェーンの上から車体を排除した。
彼らは牽引用の道具を手に入れた。
トレーラーが入り込んでいる穴と軽装甲機動車を引っ張り出すための掘削穴は、L字型になっていて、簡単に引き出せる状態ではない。
だが、トレーラーは後部のほぼ全貌を見せているので、少し掘れば何が積まれているのかは確認できる。
花山がざっとだが荷台を覗いて確認したところ、スコップが数本と、宅配便のダンボール箱が10個程度ある。
香野木には見分け方がわからないが、花山は軽装甲機動車とトレーラーは空自の装備ではなく、陸自のものだという。
トレーラーの中身だけを回収する案と、トレーラー自体を回収する案が、少しだけ対立したが、香野木が「トレーラーは牽引できないから、中身だけ貰おう」と意見を述べると、反対はなくなった。
トレーラーの後部側の掘削を始め、1時間ほどで荷を安全に持ち出せる状態にした。
すでに正午は大きく過ぎており、夜の心配をしなければならない時刻だ。
一度、陸自トレーラー内に入り荷を確認する。ダンボール箱にはオリーブドラブの食べ物らしいレトルトパックや缶詰が入っていた。
花山は、戦闘糧食Ⅰ型とⅡ型だといった。
香野木たちは昼食抜きで働いたが、ケンちゃんと由衣はそういうわけにはいかない。
2人には、花山が陸自トレーラーから新規入手の戦闘糧食Ⅱ型からハンバーグを見つけ出して、暖めてから食べさせた。
また、花山は香野木が掘削作業をしている間に、64式小銃2挺を地面に敷いたシートの上に置き、完全に分解して整備した。
そして、1挺に実弾を装填し、いつでも使えるようにする。
それと無線機を点検している。
香野木は黙々とトレーラー背後の土砂をすくう作業を続けた。正哉が手伝ってくれ、彩華が時々様子を見に来る。
香野木は危険を冒して、陸自のトレーラー内に入った。そして、荷物を次々と放り出す。スコップとロープも回収した。
陸自トレーラーから出た直後、トレーラーの前方直後から10メートル先まで激しく陥没する。
香野木を除く全員が穴の周囲から離れていたので、怪我や事故はなかったが、彼らが考えていた以上に危険な作業だったようだ。
香野木は、心の中で、激しく反省する。
それでも、陸自トレーラーの荷は手に入った。トラクターと農機用トレーラーを連結して速やかに出発の準備を整える。
日没まで、2時間しかない。
次の目的地は、50キロ北の陸上自衛隊相馬原駐屯地だ。できれば、明日には到着したい。
彼らは利根川右岸に向かって北上し、浸水に気をつけて、比較的高い土地で野営の準備を始めた。
17時を過ぎると暗くなり始め、上空の塵が残光を遮り薄暮となる。
気温が日を追って下がっている。すでに日中の気温は20℃を下回っている。夜はさらに冷え込む。
昨日と同時刻に海上自衛隊のラジオ放送があった。ロシア軍の情報として、沿海州に多数の避難民が集まっていて、物資の不足に苦しんでいるらしい。
カナダの太平洋岸北部では急速に寒冷化していて、生き残りの人々はカリフォルニアに向かっているそうだ。しかも、多くは徒歩だという。
東京市ヶ谷に臨時の自衛隊司令部が置かれ、被災者の救援に当たっているそうだ。生き残った人々は、かなり少ない。
花山は、回収した自衛隊の無線機、手持ち式の広帯域多目的無線機携帯用Ⅰ型と背負い式の同Ⅱ型を盛んに操作し、無線を傍受しようとしている。
香野木と彩華、そして正哉は、暗夜の中で花山の試みを見物している。
海上自衛隊の放送は、7時、12時、17時の1日3回ある。
そのほかに緊急放送がある。彼らが最初に聞いた放送は、臨時の放送だったようだ。
自衛隊の他に西武秩父駅付近に避難者が集まっていて、ここからかなり強い出力でFM放送が昨日から始まっていた。朝11時から夜19時までの連続放送で、放送の内容は濃い。放送が職業のヒトと十分な機材がある可能性が高い。
この放送は、日本各地で中継・増幅して、再送信されているらしい。あの大消滅から半月を経ずに、ヒトは自分のできることを始めている。
その一方で、“犯罪者”として“指名手配”された人物もいる。
40歳代の夫婦と20歳代の3人の息子は“ブロンソン一家”と渾名されて、殺人と強盗を働いた危険人物として“放送”された。バイク4台で移動しながら、避難民を襲っているらしい。
あの動物についての情報はない。
花山が無線の使用を躊躇していることは、誰もが知っていた。
香野木は花山の危惧をよく理解していた。世界がこうなった以上、最重要課題は食糧の確保。その次は寒さへの備えだ。
迂闊に電波を発せば、タチのよくない連中を呼び寄せる可能性がある。
香野木は花山に「いまは止めておきましょう。民間の無線を手に入れたら、私が送信しましょう。
花山さんじゃ、口調から身分をいろいろと勘ぐられるでしょ」
「そうね。でも、早いほうがいいと思うの。あの動物のこととか、正丸峠に戻っていった4人のこととか」
「その無線で、暗号化されていない民間の通信はできるんですか?」
「できます」
「なら、その機能を使いましょう。私が通信します。
仮に私たちの所在が知られても、簡単には追跡できないだろうし……」
花山が、香野木に無線の使い方を教える。そして、「長話は禁物で……」と注意した。
そして、通信が始まる。
「自衛隊、聞こえますか?」
「自衛隊、聞こえますか?」
すぐに応答があった。
「市ヶ谷の自衛隊本部です。民間の方ですか?」
「はい、民間人です。自衛隊の無線を使っています」
「救援要請ですか?」
「違います。
昨日、4人の男性を助け、彼らは正丸峠に向かいました。無事に着いたか、確認願います。また、戻っていない場合は捜索をお願いします。荒川と入間川の合流付近から、入間川に沿って飯能を目指しているはずです。
それと、4人はヒトではないヒトに似た動物に捕らえられていました。
私はその動物2体を射殺しました。
私たちの武器は有効です。
以上で、連絡事項は終わりです」
香野木は無線を切った。
香野木の生まれて初めての無線通信は、たどたどしいものだった。一方的に話し、一方的に終えた。
「さぁ、北に少し移動しよう」
香野木がそう言うと、正哉が反対側のスライドドアを閉め、香野木がワンボックスワゴンを降りると、花山がもう一方のスライドドアを閉めた。
香野木がトラクターを前進させると、トレーラーはひどく揺れながらついてくる。
無灯火で1時間ほど走り、暗夜の到来とともに停止する。
香野木は真っ暗なトラクターの中で、ライフルの装弾数を確認した。
軽トラから積み替えた物資は、大半がトラクターのバケットと、バケットを作動させるアームに渡したネットの上に積まれた。
そのためか、トラクターは少し不安定な挙動をする。もちろん、バケットは本来の役目を果たせない。
彼らはJR高崎線北鴻巣駅西方付近において、荒川の浅瀬を渡渉し、荒川と利根川に挟まれた平地帯に入った。
利根川上流に至る、最大の難関を突破することに成功したのだ。
簡単で少ない量の夕食を済ませた後、全員参加の会議が開かれた。
由衣は、あの動物を“怖いの”と呼んでいる。彼女自身はあの動物の死体は見ていないが、猛烈な速さで走り寄ってくる姿は見ている。
原初的な本能で、危険な存在であることを理解しているようだ。
現状を分析すると、食料は不足しているものの飢餓が直近に迫っているわけではないこと、荒川の流れが変わり始めており、長時間の豪雨は大規模な洪水を引き起こす懸念があること、荒川より大規模な洪水が利根川にもあり得ること、以上の認識が共有された。
あの動物に関しては、2頭だけと判断する合理的理由がないこと、数百から数千頭がいる可能性があること、ヒトを獲物・食料と解している可能性が高いこと、が確認された。
その上での行動として、軍用銃の入手を優先課題とすること、洪水時の危険から逃れるため榛名山南麓まで可能な限り迅速に移動すること、が合意された。
葉村正哉はよく地図を読んでいて、ルート上の地名と川筋はほぼ暗記している。また、香野木のノートパソコンに入っている国土地理院作成の地形図データを参照して、これもほぼ暗記している。
彼は優れたナビゲーターだ。
正哉は、航空自衛隊熊谷基地に向かうことを主張した。現在位置がJR高崎線北鴻巣駅の西方として、高崎線籠原駅付近の航空自衛隊熊谷基地まで21キロと判断した。
だが、正哉の主張は「自衛隊の基地なんだから、武器ぐらいあるんじゃない?」程度の発想でしかない。
正哉の案を補強したのは金平彩華だった。
「熊谷基地には滑走路はなかったと思うの。確かヘリポートだけ。
でも、熊谷基地の歴史は古くて、昔の陸軍熊谷飛行学校がルーツだから、1930年代中頃の設立だと思う。
現在は術科学校や教育隊があるだけで、大きな基地ではないはず。
航空自衛隊は64式小銃を持っているはずだけど……」
花山真弓が香野木に「どう思う?」と尋ねてきた。
「彩華さんの意見が正しいとすれば、熊谷基地で64式小銃と弾が手に入る可能性はある。それにまったくの進行方向上にあるから、寄り道とはいえない。
GPSがない状況で見つけられるかはわからないけれど、探す価値はあると思う。
葉村くん、熊谷基地付近には、この状況でも残っていそうなランドマークはあるの?」
「西に仙元山公園という周囲から比べれば結構高い丘があり、南に観音公園。これも丘です。近くに大雷神社、小さな丘があります。
注意すればわかると思います」
花山は「捜索に当てる時間を決めましょう」
香野木が「到着後、日没まで。大雷神社を拠点にして、熊谷市内で食料などの物資も探す。
これでどう?」
理解しているとは思えないが、ケンちゃんを含めて全員が頷いた。
日付が変わる頃、1時間ほど激しく雨が降った。雨は毎夜のことだが、雨が降ると降塵が多くなる。毎日、2から3センチの降塵があり、それが地表に降り積もる。
降塵は微粒子で、粘性が強く、降雨によって泥濘化すると、クロカン四駆でも走行が不可能だろう。あと、10日もすれば、小径車輪の軽トラでは降雨直後の走行は不可能になる。
軽トラで正丸峠に向かったヒトたちは無事だろうか?
雨がやむとワンボックスワゴンの助手席に座る正哉が手を振った。
香野木は、それをトラクターのキャビンで視認する。
正哉が起き、香野木が寝る番だ。
朝5時、全員が正哉にたたき起こされた。
正哉は闇の中で、決して聴こえることのない車載ラジオを操作していた。
そのラジオから人の声が聴こえてきた。
「……緊急の放送です。こちらは海上自衛隊練習潜水艦あさしおです。
日本の皆さん、現在日本本土に正体不明の武装集団が上陸しています。彼らは他国の軍隊ではありません。また、テロリスト集団でもありません。地球上の各地で同様の武装集団が活動しており、人々を捕らえています。
身長120センチ前後の小柄な体型で、プラスチックのような材質の硬質な衣服を着ています。
人間に似ていますが、人間ではありません。人間ではない生物が、人間を攻撃しています。
このような集団に出会った場合は、隠れるか、または逃げてください。
皆さんの無事を心から祈っています」
「……緊急の放送です。こちらは海上自衛隊練習潜水艦あさしおです……」
ケンちゃんを除いて、全員がボーッとしてしまった。
香野木はその放送をトラクターのキャビンで、一人で聴いた。
日本の各地で、世界のあちこちで、あの動物がヒトという獲物を探し回っている。
恐ろしいことだ。
花山がワンボックスのスライドドアを開け、「香野木さん! すぐに出ましょう。熊谷基地に急ぎましょう!」と怒鳴った。
香野木は、キャビンのグラスドアを開けて、彼女の声を聞き、無言でドアを閉め、エンジンを始動する。
昨夜の雨はひどい泥濘を生み出したが、トラクターの走行に支障はない。可能な限りの速度で熊谷を目指す。
それでも子供連れだ。トイレ休憩やあれこれで、頻繁に停車した。そして、決して走りやすくない路面は、低速での連続走行を強いられた。
どうにか籠原駅付近に着いたのは、10時になっていた。
20キロ強を5時間かけて進んだのだ。平均時速4キロ。徒歩と大差ないスピードだ。
もちろん、徒歩ではこの速度は出せない。
正哉が大雷神社と同定した小さな丘が、探索の基準点になった。
当初、熊谷基地捜索チーム、籠原市街捜索チーム、お留守番チームの三隊に分ける案があったが、由衣が怖がったことと、子供二人にすることの大人側の不安があって、香野木以外は同一行動をとることになった。
香野木は籠原駅があったと思われる地点に向かった。
彼は籠原駅で降りたことは一度もない。だが〝籠原〟の名はよく知っていた。湘南新宿ラインの終点だからだ。
仕事の関係で何度かJR高崎線に乗ったことがある。その都度籠原駅を通過したので、駅の周囲に高層のマンションが数棟あることを知っていた。もちろん、いまは何もないだろう。
新幹線が止まる高崎駅周辺よりも大きな街ではないが、地下の物資には期待していた。
高崎線を挟んで、大手企業の工場があり、籠原駅周辺には住宅街が広がっている。
物資補給は不可能な環境ではない。
香野木は地下駐車場を探してはいなかった。民家やスーパーなどの地下倉庫があれば、食料が補充できる、と考えている。
だが、民家や店舗は、地下を利用することが少ないようだ。陥没の痕跡はもちろん、地形を詳細に観察しても、それらしいものは見つからない。
考えてみれば、籠原周辺ならば民家の敷地は広いだろうし、大型店は地下に倉庫を造らなくても地上にいくらでも建設できる。
ここは地価の高い都心周辺ではないのだ。
結果、大きな建物の地下以外には、物資がある可能性がない。
正哉が籠原駅南口直近の諏訪神社跡と同定した、低い丘の周辺には陥没した痕跡が複数あったが、完全に崩落していた。
香野木は一切の痕跡はないが、高崎線を越えて北口側に移動した。
しかし、ここにも目を引く場所はない。だが、いくつか水たまりがある。
いままでの経験で、地下室が残っていると、そこに雨水が溜まることを知っていた。
徒歩で移動しながら、水たまりを一つずつ丹念に調べていく。
水たまりはたいてい浅い。水深は最大でも20センチ程度だ。
それ以上深ければ、何かがある。
熊谷基地からだいぶ離れてしまい、いささか心配になり、手ぶらではあったが基地の方向に戻ることにした。
熊谷基地では、香野木の戻りを待っていた。熊谷基地でも何らの成果はなかったが、ワンコとケンちゃんと由衣が、成果となり得るものを発見していた。
花山が「フロントガラスを割ろうとしたんだけど……」と口ごもったが、確かにフロントガラスには、何かで叩いた痕跡がある。
花山は続けて「防弾ガラスなの」といった。
その車輌は、リアを下にして垂直に穴に落ち込んでいる。フロントガラスは五〇センチ以上地下に埋まっている。
エンジンルームの隔壁から前部が消失しているようだ。エンジンやフロントタイヤがない。
彩華が「ワンコが穴を掘り始めて、由衣とケンちゃんがそれに加わって、これを見つけたの」と経緯を説明してくれた。
花山が引き継いだ。
「たぶん、LAVだと思う」
「ラブ?」
「軽装甲機動車のこと。フロントガラスの形状から間違いない。
上から覗いたら、ロクヨンが一挺見えるの。
弾があるかどうかはわからないけど、回収できればいいかなって……」
「ヘンな格好で埋まっているな。なんで、こうなったんだろう?
まぁ、考えても仕方ない。
よし、穴から引っ張りだそう」
香野木がそう言うと由衣が、「ワンちゃんとケンちゃんと一緒に見つけたんだよ」とアピールする。
香野木は由衣に「ありがとね。頑張ったね」と褒めた。由衣は、嬉しそうにはにかんだ。
由衣とケンちゃん、そしてワンコはワンボックスワゴンの中で待機となった。
彩華が周囲の警戒に当たり、香野木、花山、正哉の3人で穴から引っ張り上げる作業をする。
軽装甲機動車は、フロントを上にして、ほぼ垂直に埋まっている。車体の周囲に隙間はなく、完全に埋まっている。
引っ張り出す方法はいくつかあったが、どの案も決定打にかけていた。
垂直に引き上げるには、クレーンがあればベストだが、最低でも丈夫なワイヤーか鎖が必要だ。しかし、そんな物資はない。
軽装甲機動車の真上に櫓を組んで、牽引で引き上げる方法もある。しかし、櫓を造るための木材や鋼材はない。
ならば掘るしかない。軽装甲機動車の周囲をひたすら掘って、車体を水平にして、上部ハッチか後部ドアを開けて64式小銃を回収する計画。
トラクターのバケットから、一切の機材が下ろされ、ワンボックスワゴンの車内とトレーラーの隙間に移動された。
突然、戦闘になったとしても、物資を失わないための配慮だ。
こういった指示は、すべて花山が行っている。
トラクターからトレーラーが切り離された。
香野木は、埋没しているキャビンだけの軽装甲機動車のかなり遠くから、斜めに向けて地面を掘り進めた。地面は比較的柔らかく、香野木のへタックソなフロントローダーの使い方でも、何とか掘り進んでいける。
ゆっくりと、用心深く、無駄なほど広く掘っていく。
3時間ほどかかったが、軽装甲機動車のシャシーがすべて見えるようになった。後輪にはタイヤチェーンが巻かれている。
バケットの爪をエンジン隔壁に引っかけて、後退で本来の向きに引き落とそうとしたが、2度失敗し、3度目で成功した。
花山が軽装甲機動車のルーフに飛び降り、正哉が穴に飛び降りて後部ドアに取り付いた。
正哉が後部ドアを開けたので、花山が地面に飛び降りる。
64式小銃が2挺、そして弾帯および装備2式が素早く回収された。
香野木はその様子をトラクターのキャビンから見ていた。
花山と正哉が、穴の中で香野木から見て右側、彼らの左側をジッと眺めている。
香野木はその様子に不安を感じた。
花山が軽装甲機動車のルーフに登り、正哉が花山に64式小銃と装備を次々と手渡していく。
最後に花山が手助けして、正哉がルーフに登り、正哉が先に地上に這い上がった。
そして、花山が地上に上がった正哉に回収品を手渡していく。
香野木は安心して、トラクターを後退させた。
香野木が歩いて花山と正哉に近付くと、花山が「トレーラーが埋まっている。陸自の幌付き1トン」といった。
トレーラーは車輪を下にして、正常な姿勢で完全に地中に埋まっている。だが、土の大きな荷重がかかっているわけではなさそうで、幌骨がゆがんでいるようには見えない。トンネルの中に滑り込んでいるような状態だ。
このトレーラーを引っ張り出すには、キャビンだけが残っている軽装甲機動車を引っ張り出す必要がある。
牽引ロープがないので、トラクターのバケットで車体前部を少し持ち上げ、バケットの爪でシャシーを引っかけるようにして、後進しながら引き出した。
軽装甲機動車は3回ずり落ちたが、何とか引っ張り出せた。
香野木が徒歩でトレーラーに近付き状態を確認すると、トレーラーは確かに埋まっていて、左にわずかに傾いているが、車体の下部には土が詰まっておらず、簡単に引き出せそうに思える。
正哉が軽装甲機動車の後輪に巻かれているタイヤチェーンを取り外そうとしている。
それを見ていた花山が、もう一輪の取り外しを始めた。
二人が取り外すと、香野木は軽装甲機動車のフロント側にトラクターを移動し、バケットで前輪とボンネットがない車体を押して、チェーンの上から車体を排除した。
彼らは牽引用の道具を手に入れた。
トレーラーが入り込んでいる穴と軽装甲機動車を引っ張り出すための掘削穴は、L字型になっていて、簡単に引き出せる状態ではない。
だが、トレーラーは後部のほぼ全貌を見せているので、少し掘れば何が積まれているのかは確認できる。
花山がざっとだが荷台を覗いて確認したところ、スコップが数本と、宅配便のダンボール箱が10個程度ある。
香野木には見分け方がわからないが、花山は軽装甲機動車とトレーラーは空自の装備ではなく、陸自のものだという。
トレーラーの中身だけを回収する案と、トレーラー自体を回収する案が、少しだけ対立したが、香野木が「トレーラーは牽引できないから、中身だけ貰おう」と意見を述べると、反対はなくなった。
トレーラーの後部側の掘削を始め、1時間ほどで荷を安全に持ち出せる状態にした。
すでに正午は大きく過ぎており、夜の心配をしなければならない時刻だ。
一度、陸自トレーラー内に入り荷を確認する。ダンボール箱にはオリーブドラブの食べ物らしいレトルトパックや缶詰が入っていた。
花山は、戦闘糧食Ⅰ型とⅡ型だといった。
香野木たちは昼食抜きで働いたが、ケンちゃんと由衣はそういうわけにはいかない。
2人には、花山が陸自トレーラーから新規入手の戦闘糧食Ⅱ型からハンバーグを見つけ出して、暖めてから食べさせた。
また、花山は香野木が掘削作業をしている間に、64式小銃2挺を地面に敷いたシートの上に置き、完全に分解して整備した。
そして、1挺に実弾を装填し、いつでも使えるようにする。
それと無線機を点検している。
香野木は黙々とトレーラー背後の土砂をすくう作業を続けた。正哉が手伝ってくれ、彩華が時々様子を見に来る。
香野木は危険を冒して、陸自のトレーラー内に入った。そして、荷物を次々と放り出す。スコップとロープも回収した。
陸自トレーラーから出た直後、トレーラーの前方直後から10メートル先まで激しく陥没する。
香野木を除く全員が穴の周囲から離れていたので、怪我や事故はなかったが、彼らが考えていた以上に危険な作業だったようだ。
香野木は、心の中で、激しく反省する。
それでも、陸自トレーラーの荷は手に入った。トラクターと農機用トレーラーを連結して速やかに出発の準備を整える。
日没まで、2時間しかない。
次の目的地は、50キロ北の陸上自衛隊相馬原駐屯地だ。できれば、明日には到着したい。
彼らは利根川右岸に向かって北上し、浸水に気をつけて、比較的高い土地で野営の準備を始めた。
17時を過ぎると暗くなり始め、上空の塵が残光を遮り薄暮となる。
気温が日を追って下がっている。すでに日中の気温は20℃を下回っている。夜はさらに冷え込む。
昨日と同時刻に海上自衛隊のラジオ放送があった。ロシア軍の情報として、沿海州に多数の避難民が集まっていて、物資の不足に苦しんでいるらしい。
カナダの太平洋岸北部では急速に寒冷化していて、生き残りの人々はカリフォルニアに向かっているそうだ。しかも、多くは徒歩だという。
東京市ヶ谷に臨時の自衛隊司令部が置かれ、被災者の救援に当たっているそうだ。生き残った人々は、かなり少ない。
花山は、回収した自衛隊の無線機、手持ち式の広帯域多目的無線機携帯用Ⅰ型と背負い式の同Ⅱ型を盛んに操作し、無線を傍受しようとしている。
香野木と彩華、そして正哉は、暗夜の中で花山の試みを見物している。
海上自衛隊の放送は、7時、12時、17時の1日3回ある。
そのほかに緊急放送がある。彼らが最初に聞いた放送は、臨時の放送だったようだ。
自衛隊の他に西武秩父駅付近に避難者が集まっていて、ここからかなり強い出力でFM放送が昨日から始まっていた。朝11時から夜19時までの連続放送で、放送の内容は濃い。放送が職業のヒトと十分な機材がある可能性が高い。
この放送は、日本各地で中継・増幅して、再送信されているらしい。あの大消滅から半月を経ずに、ヒトは自分のできることを始めている。
その一方で、“犯罪者”として“指名手配”された人物もいる。
40歳代の夫婦と20歳代の3人の息子は“ブロンソン一家”と渾名されて、殺人と強盗を働いた危険人物として“放送”された。バイク4台で移動しながら、避難民を襲っているらしい。
あの動物についての情報はない。
花山が無線の使用を躊躇していることは、誰もが知っていた。
香野木は花山の危惧をよく理解していた。世界がこうなった以上、最重要課題は食糧の確保。その次は寒さへの備えだ。
迂闊に電波を発せば、タチのよくない連中を呼び寄せる可能性がある。
香野木は花山に「いまは止めておきましょう。民間の無線を手に入れたら、私が送信しましょう。
花山さんじゃ、口調から身分をいろいろと勘ぐられるでしょ」
「そうね。でも、早いほうがいいと思うの。あの動物のこととか、正丸峠に戻っていった4人のこととか」
「その無線で、暗号化されていない民間の通信はできるんですか?」
「できます」
「なら、その機能を使いましょう。私が通信します。
仮に私たちの所在が知られても、簡単には追跡できないだろうし……」
花山が、香野木に無線の使い方を教える。そして、「長話は禁物で……」と注意した。
そして、通信が始まる。
「自衛隊、聞こえますか?」
「自衛隊、聞こえますか?」
すぐに応答があった。
「市ヶ谷の自衛隊本部です。民間の方ですか?」
「はい、民間人です。自衛隊の無線を使っています」
「救援要請ですか?」
「違います。
昨日、4人の男性を助け、彼らは正丸峠に向かいました。無事に着いたか、確認願います。また、戻っていない場合は捜索をお願いします。荒川と入間川の合流付近から、入間川に沿って飯能を目指しているはずです。
それと、4人はヒトではないヒトに似た動物に捕らえられていました。
私はその動物2体を射殺しました。
私たちの武器は有効です。
以上で、連絡事項は終わりです」
香野木は無線を切った。
香野木の生まれて初めての無線通信は、たどたどしいものだった。一方的に話し、一方的に終えた。
「さぁ、北に少し移動しよう」
香野木がそう言うと、正哉が反対側のスライドドアを閉め、香野木がワンボックスワゴンを降りると、花山がもう一方のスライドドアを閉めた。
香野木がトラクターを前進させると、トレーラーはひどく揺れながらついてくる。
無灯火で1時間ほど走り、暗夜の到来とともに停止する。
香野木は真っ暗なトラクターの中で、ライフルの装弾数を確認した。
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