大絶滅 5年後 ~自作対空戦車でドラゴンに立ち向かう~

半道海豚

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第1章 東京脱出

01-016 獲物

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 4人が乗り物から降りてきた。1人は警察官だ。見慣れたお巡りさんの制服を着ている。
 警察官が「助かりました」と。疲れ果てている様子がうかがえる。
 もう1発銃声がする。花山が高速で走ってきた〝何か〟にとどめを刺したのだ。
 地面に身を伏していた彩華が立ち上がる。
 警察官は「入間のあたりで、連中に捕まってしまって……。喰われるところでした」
「喰われる?」と香野木が尋ねると、警察官は「えぇ。連中は人間を喰うんです」と。
 別の1人が、香野木が殺した赤い唐草模様が描かれた鎧の冑を外した。
「連中、ヒトじゃない」
 確かにそうだ。人間によく似ているが、ヒトの顔じゃない。猿、もう少しヒトに近い動物、チンパンジーのようでもあるが、明らかにチンパンジーではない。
 頭髪は黒く、肌は滑らかで色白、唇が薄く、鼻が低い。身長は一二〇センチくらいだ。
 冑を外した男が排出された薬莢を拾って上唇を持ち上げると、鋭い牙がある。
 警察官が捕虜となって以後の状況を説明する。
「こいつらに2人殺されました。捕まったときに1人、もう1人は喰われました」
 香野木は、その動物の死体を黙って見下ろしていた。
 投げ飛ばされたヒトは、乗り物に乗っていた1人が介抱していて、上体を持ち上げ、地面に座っている。
 花山が来た。
「何、なんなの。ヒトじゃないの?」
 香野木が「ヒトを喰うそうだ」というと、花山が香野木の顔をジッと見た。
 警察官が「皆さんはどこから?」と尋ねる。
 香野木が「東京から」と答えると、間髪を入れず「東京はどんな状況です?」と問う。
「完全に消滅した」と答えると、酷く落胆した。
 警察官は「我々は秩父の正丸峠付近にいて、トンネルの中だったので助かったんです。
 1回目と2回目のどちらもトンネル内にいたので、幸運にも助かりました」
 花山が「2回目?」と驚いた様子で尋ねる。香野木と彩華も驚いた。
「えぇ、2回です。東京は1回だったんですか?」
 香野木が「いや、俺たちは地下に5日間も閉じ込められていたんだ。だから、その間に地上であったことは知らないんだ」と答える。
「そうですか。5日間も地下に……。
 でも考えようです。すぐに地上に出ていたら、2回目にやられていたと思います」
 20歳代の若い警察官は、言葉をまとめるためなのか、一瞬押し黙った。
「あれが最初に起きたのは、17時を少し過ぎた頃でした。
 私と同僚は、正丸トンネルの中にいました。
 私が運転するパトカーは、飯能側の出口まであと500メートルはなかったと思います。
 前方に大型ダンプが走っていて、そのダンプはトンネルを出ようとしていました。トンネル内で対向車4台とすれ違った程度で、通行量は多くなかった……。
 正丸トンネルは直線で、見通しがよく、数百メートル前方を走るダンプは、よく視認できたんです。
 そのダンプがトンネルを出ると同時にスーと消えた……。
 一瞬遅れて、トンネルの照明が消え、対向車線を走っていた乗用車が、目の前で側壁に激突したんです。
 私はパトカーを止め、その乗用車に走りました。
 私が乗用車のドアを開けようとした瞬間、飯能側から強い風が吹き込んできたんです。
 それが、1回目です。
 同僚が飯能側出口までパトカーで行き、道路も周囲の木々も、何もかもないことを確認して戻ってきました。
 結局、全長2キロのトンネル内に20台のクルマが閉じ込められていました」
 警察官は押し黙った。中年の男がむせび泣いている。
「その夜は、すべてのクルマはトンネル内で一夜を過ごしたんです。
 無線と携帯電話はどこにもつながらず、助けが来る様子は皆無でした。
 皆さん不安だったと思いますが、誰も無理なことはしようとせず、よく我慢していました。
 秩父側出口の近くにいたというバイクが飯能側まで来て、秩父側もトンネルの先に何もないと告げました。
 私は飯能側に残り、同僚はパトカーで秩父側に向かいました。
 安全のためトンネルの両端を封鎖しました。
 夜が明け、トンネルの外が遠方まで見通せるようになるはずが、空気中に大量の塵が混ざっているようで、50メートル先もよく見えない……。
 夜が明けてから5時間すると、トンネル内の人たちがざわつき始めたんです。
 トンネルの外には地面しかないのですから、当然です。
 家族が心配、家が心配、ペットが心配、ヒトそれぞれですが、トンネルに留まることが耐えられなくなってきました。
 それは、私も同じだったので……。
 正午頃、トンネルと地面の段差1メートルを埋めて、トンネル外に出ようとする人たちが現れます。
 四駆に乗っていた複数のグループで、飯能まで行く自信があるヒトたちでした。秩父側にいた四駆車も集まってきて、計5台がトンネルから出て行きました。
 助けを呼んできて欲しいので、止めなかったし、彼らは基本的にトンネル内に残されるヒトたちのことを考えていました。
 私も彼らに期待していました。
 彼らが出発した直後、他県の県警の偉いさんという人物が現れ、事情を聞かれました。一緒にいた私服が身分証を見せたので、信用しました。
 もちろん、何もわかりませんから、その通りに説明しました。
 2人は少しの間、私の近くにいましたが、しばらくして問題を起こしました。
 四駆に乗っていた若い男女にクルマの供出を要求して、拒否されると拳銃を突きつけたんです。
 私が現場に走って行くと、女性を羽交い締めにしていて、頭に銃を突きつけている……。
 私が拳銃を抜こうとすると、威嚇ではなく発砲してきたんです。
 その2人は、クルマを奪ってトンネルから出て行きました。
 15時頃、秩父線の正丸トンネルからこちらのトンネルに徒歩で5人がやってきました。
 秩父線の正丸トンネルは単線ですが、一部が複線になっていて、トンネル内には無傷の特急1本と各駅停車1本がいるとのことでした。
 送電が止まって、身動きできなくなったとか。
 鉄道が80人、道路が40人、計120人の人が、孤立無援になったんです。
 その日の夜、パン屋のトラックが、菓子パンを配布してくれ、その日の食べ物は何とかなりました。
 夕方までに、鉄道の乗客すべてが、こちらのトンネルに移ってきました。秩父線のトンネルは5キロ近くあり、内部は真っ暗で、どうにかなる状況ではなかったので……。
 秩父側にいたクルマは、飯能側に集まりました。秩父側の段差は3メートル以上あり、徒歩でも出入りが不便だったので……。
 翌朝、多くの人がトンネルの外にいました。50人以上いたと思います。
 9時頃、2回目がありました。
 何かが空気の中を通ると、一瞬で消えたんです。50人ものヒトが……。
 それからは、トンネルを迂闊に出る人はいなくなりました。
 でも食糧がつきていて、残っていた四駆、軽トラ、2トンのダンプの三台で、飯能まで食糧の確保に向かったんです。
 それは成功しました。地下からかなりの食料を運び出せ、その他の物資も確保できたんです。
 でも、ショックも大きかった……。飯能の街は何もなく、その先にも何かがある様子がない……。
 それで、翌朝、軽トラに乗って6人で偵察に出たんです。
 そうしたら、入間のあたりで、あの動物に捕まってしまって……」
 初老の男が声を出さず俯いて、涙を流している。
 あの動物に投げ飛ばされた男が立ち上がり、彼らのそばに来た。もう1人が身体を支えている。
 警察官は続けた。
「奇妙な乗り物が近付いてくることは、かなり遠距離からわかっていました。
 でも、危害を加えるなど、考えもしませんでした。
 軽自動車くらいの車体に二人が乗っているだけで、しかも少し速めの自転車程度のスピードで、どう見ても軍用車には見えないし……。
 あの動物が、我々を見て何かを言ったのですが、日本語じゃなかったので、初めて警戒したんですが、もう遅かった。
 我々を拘束しようとしたので、1人が激しく抵抗すると、貴方も見たと思いますが、あの赤い鞭のようなもので、真っ二つに斬ったんです。
 一瞬のことで、我々は抵抗の気力が失せ、捕まりました」
 警察官は空を見た。そして、首を香野木にまっすぐ向けた。
「その日の夕方、1人が喰われたんです。
 あの動物は、我々を捕虜とは思っていなかった……。
 我々は獲物だったんです。
 あの動物は、あの赤い鞭を使って、一人の首を簡単に切り落とし、足を持って引きずっていったんです。
 そして、両足を切り落とし、猟師が獲物の皮を剥ぐように……。
 そして、喰ったんです。生で……。
 鶏腿に齧りつくみたいに……。
 喰う際、あの動物はフルフェイスのヘルメットを脱ぎました。
 ヒトじゃなかった……。
 あまりのことに、恐怖で震えました」
 花山は落ち着いているが、それは見かけだけに思えた。彩華が泣いている。
 香野木は警察官と他の3人に、何をいうべきか考えた。
「でも、連中は無敵じゃない。銃弾で殺せるし、あの乗り物も落とせる。
 俺たちにも、勝ち目はある。
 そう思いませんか。そう思いましょうよ。
 ところで、腹減ってません?
 少しだけど、食い物があります」

 香野木たちは車輌に戻り、警察官たちにアルファ米の炊き込みご飯とサンマの缶詰を馳走した。
 由衣とケンちゃんはワンボックスワゴンから「降りちゃダメ」と正哉に厳重に言い付けられている。
 初老の男が「どんなことでも情報だと思うので……」と断って、話し始めた。
「2回目のあと、空で大きな爆発音がしたんです。
 巨大な雷のようでもありますが、私は衝撃波だと思います。ジェット機が音速を突破したときに発するような」
 香野木は、彼は少し変わった表現の仕方をすると思った。
 それを感じたのか「いや、すみません。航空機の技術屋なんで……」と。
 そして続けた。
「その直後、無数の隕石のようなものが、落下してきたんです。
 ただ、地上に激突して爆発することはなかったので、隕石ではないと思います。
 この付近にも落ちたように思います。
 それと、あの動物は関係があるんじゃないかと……」
 あの動物に投げ飛ばされた男が発言した。
「宇宙人……」
 正哉が戻ってきた。
「宇宙人にしては人間に似過ぎです。十中八九、哺乳動物じゃないですか?」
 4人は考え込んだ。

 正哉がいろいろと話している間に、香野木と花山は4人から離れ、相談した。
 香野木が「あの4人をここで放り出すわけにはいかないでしょう」というと、花山は「食料3回分と、軽トラを渡したら?」と応じた。
 香野木が「名案ですね。ガソリンを少し足せば、正丸峠まで戻れるでしょう」
 花山は準備するために、その場を離れた。
 香野木は正哉と四人の話に加わった。
「宇宙人説はともかく、現実の問題として、今後どうするか、でしょ」
 香野木は4人に顔を向けた。
「食料3回分、あの軽トラに燃料半分を用意します。
 正丸峠に戻れますか?」
 4人は驚いていた。
 警察官が感謝の意を伝えると同時に、「皆さんがクルマを失ってしまう」といって拒んだ。
「我々には二台残ります。ただ、日を追って大気中の塵が地表に降ってきて、泥濘が酷くなっています。
 軽トラでどこまで戻れるか、わかりませんが、とりあえず徒歩よりはいいでしょう。
 正丸峠では、待っている方が大勢いるんでしょう?
 四駆の軽トラなら、あと数日は走れますよ」

 花山と彩華は、軽トラの荷台からすべての物資を下ろし、燃料を継ぎ足し、4人の3回分計12食の食料を用意する。

 警察官が運転席に座り、1人が助手席、2人が荷台に乗った。12食分のアルファ米がレジ袋に入れられて、荷台の初老の男に渡される。

 荷台の2人は、いつまでも手を振っていた。
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