3 / 38
第1章 東京脱出
01-003 地下放浪
しおりを挟む
5年前、突如として北アメリカのイエローストーンが噴火した。
マントルが直接地上に噴き出す、スーパーホットプルームによって、地球史上最大級の溶岩噴出事変となった。
同じことは、2億5100万年前のシベリアで起きていた。
このときは、古生代ペルム紀と中生代三畳紀を分けるP-T境界となり、生物の大絶滅を引き起こしている。
今回はそれを上回る規模だ。
さらに世界各地の火山が次々と噴火。インドネシアのトバ湖、ニュージーランドのタウポ湖が火山爆発指数8の破局噴火。ギリシャのサントリーニ島、グァテマラのアティトラン湖が同7の巨大噴火。日本では鹿児島湾奥の姶良カルデラが噴火し、九州南部が被災。
川内原発は大地ごと消滅した。
阿蘇や九州南部海底の鬼界カルデラも噴火。九州、四国、兵庫以西の中国地方は壊滅する。
大気中に散った噴出物のために、太陽光が遮られ、急速に寒冷化し始め、世界は一切の経済活動を停止する。
そして、食物連鎖の頂点に立つヒトであっても、地球上の一生物でしかなかった。他の生物種と同様に、大絶滅に巻き込まれていく。
この事変は、日本では〝大災厄〟と呼ばれた。
多くの国で政府が消え、国境もなくなった。食料を求めて、紛争が頻発し、世界の安定は脆くも崩れ去った。
それでも、日本は一定の安定を維持していた。
だが、その日本からも政府が消え、いまは各自治体が辛うじて治安を維持している。
3年前、まだ日本国政府が存在していた頃、2億年へ向かう計画が発表された。
2億年後の地球ならば、人類は生きていけるという荒唐無稽なお話で、その2億年後に向かう〝ゲート〟が世界各国で作られた。
このバカ話には落ちがあり、途中で下車すれば200万年後付近に行けるそうだ。
で、2億年後に行くと誓約しながら、200万年後を目指すトンチキもいたらしい。
香野木は、この計画を単なる口減らし、つまり食糧事情が悪化したことから、急激な人口減少を狙った合法殺人だと考えていた。
彼自身は、2億年後も200万年後も、まったく興味なかった。
この人口減少計画は、2年で終わった。ちょうど1年前、2億年後の出口側〝ゲート〟が閉じたそうで、大多数の人類が本来の時代に残った。
最後の移送計画は、巨大船を用いるもので、香野木は心底からバカげていると感じていた。
残ってはみたものの、食糧事情は日々悪化しており、香野木は東京からの脱出を考え始めていた。
彼は大災厄の3カ月後、会社から解雇された。勤め先はIT機器のメーカーだったが、そんなものが売れる時代じゃなくなったのだ。
自動車、電気、鉄鋼、造船、すべてが不要な時代になった。
必要なのは食料。
それでも、日本の内需経済は1年前までは何とか存在していた。
しかし、いまはもうない。
経済活動とは、いまでは物々交換のことだ。
香野木は職を失ってから、何とか、どうにか生きてきた。
しかし、もう限界に近かった。
それは彼だけでなく、多くの日本人がそう感じていることであった。
人々は飢餓を身近なこととして、心配し始めていた。
一足先に、飢餓に苦しむ世界中の人々と同じように。
香野木たち6人は暗闇の中で、肩を寄せ合っていた。
由衣はあまり話をしない。声を出すと危険なことを知っている。
健昭、ケンちゃんもおとなしい。この子は声を発するべき時を知っている。
正哉は手槍を持つが、それを使ったことがあるかはわからない。
彩華のほうが戦い慣れしている雰囲気がある。
しかし、花山はすべてにおいて別格。口調は穏やかだが、その言は命令に等しい。彼女は、指示・命令に慣れている。
香野木は次にすべきことを考えていた。ここは声が反響する。込み入った相談事はできない。
正哉が上の階を見てくると、小声でいった。
香野木は「俺も行く」といって立ち上がり、折り畳みナイフの刃を出して、ベルトに挟んだ。そして、手回し携帯ライトを、花山に渡した。
正哉がLEDライトを持って先行し、その後を香野木が続く。
由衣は花山から少し離れて座っている。花山が由衣にライトの光を当て「こっちに来なさい」というと、由衣は素早く花山の左隣に移動した。
由衣の右隣には彩華が座る。
この暗闇でも、ケンちゃんは臆することなく、泣きもしない。
正哉が照らすLEDライトのか細い光は、すぐにC2とC3への方向を指し示した。
地下1階には人のいる気配はないが、この暗闇では〝誰もいない〟と断言する根拠はない。
地下鉄の駅構内は、人が隠れやすい場所が意外に多い。
柱の陰や壁面の凹部に人が潜んでいないという確証はない。
正哉はそのことをよく認識しているようで、油断する素振りは見せていない。だが、用心深くなりすぎると、脱出のチャンスもつかめない。
香野木と正哉は、用心しつつC2とC3の出口方向に向かった。
期待はしていなかったが、予想通りにC2の階段は全段が埋まっている。
正哉がC3の登り口に移動する。
そして、手槍で指し示した。
フルサイズのミニバンがリアから滑り込んでいて、階段の中程で出口を塞いでいる。
正哉が、「ここはあまり深くないんです。クルマを引っ張り出して、土砂を駅構内に落とせたら、ここから脱出できるかも?」と。
香野木は「確かにその通りだ」と感じていた。ミニバンの長さは五メートル、おそらくミニバンが土留めの役目をしている。
ミニバンを構内に落とせば、ミニバンの背後の土砂も一緒に落ちてくるかもしれない。
ここは、脱出できる可能性が高い。
そして、このフロアにはトイレや役務室がある。現在の場所よりも、有利かもしれない。
正哉が小声でいう。
「このフロアに誰かがいた痕跡がないですね。
普通はダンボールとかが散乱しているんですが……」
香野木が答える。
「今日は、水道橋から飯田橋に向かって歩いてきたんだけど、この上は外堀通り沿いだと思うんだ。ちょうど飯田橋のハローワークがあったあたり、かな?
だとしたら、大江戸線の出口はシャッターが閉まっていたよ」
「でも、クルマが落ちてきてますよ」
「そうだね。シャッターが壊れたか、周囲のビルが倒壊でもしたのか?」
「地震だと?」
「地震以外考えられる?」
「あまり揺れませんでしたよ」
「地下だったから、じゃないの?」
「ここからは出られないと?」
「いや、そうじゃないよ。可能性はあると思うけど……」
「どうします?」
「どちらにしても、ここにしばらく隠れていたほうが、安全でしょ」
「じゃ、みんなを呼んできます」
「一緒に行くよ。暗闇は苦手だ」
6人が地下一階に集まり、駅務室のドアは開けられなかったが、改札脇の小部屋、改札の駅員さんがいた部屋、には入り込めた。
ここの事務椅子に由衣とケンちゃんが座り、LEDライトを1つ残した。
LEDライトは3つあったが、香野木の手回し発電ライトを除けば、点けっぱなしでは何日も持つはずはなかった。
できるだけ早く脱出しないと、進退窮まる。
それに、水と食料の確保も必要だ。
香野木はデイパックに交換用商品の灯油2リットルと、非常用の水2リットルを入れている。そして、350ミリリットルのペットボトルに水が半分残っている。それに、栄養補助食品6食分と氷砂糖がある。
正哉も水2リットルとチョコレートバー4本を持っている。
彩華は水を少々、食料はラスクを1パック。
花山は都内に食料を探しに来たそうで、水4リットルとレトルトパックの粥を10食分確保していた。
だが、どう節約しても、6人で5日が限度。5日以内に脱出しなければ、死となる。
子供が2人いては、思うように動けない。香野木は正哉に問うた。
「君が俺たちと一緒にいる理由はないだろう?」
「香野木さんにもないでしょ」
「いや、あるよ。無意味な殺生をしなくてすむ」
「それは、同じです」
花山と彩華がそれを聞いている。
「私たち親子のことは、気にしないで。私は由衣ちゃんと一緒に出口を探します」
彩華が間髪入れずに答える。
「私も花山さんと一緒にいていいですか?」
花山が彩華を見て笑う。
香野木が花山を見る。
「日本は老人が圧倒的に多い。その老人の大半は元気で、そして凶暴だよ。
若者がしないことを老人は平気でする。女性や子供を襲って何でも取り上げている。
10歳代の連中が徒党を組んだって、せいぜい10人程度だ。
でも、老人は50人くらいあっという間に集まってくる。
最後の首相だったあのバカを支持していたのも老人たちだし、経犯庁の片棒を担いで取締の実働を担ったのも老人たちだった。
ジジイやババァを殺したくはないが、か弱い老人を装う連中に殺されたくもない。
そして、あのクソどもに殺されるヒトを見たくもない」
花山が香野木を見る。
「何かあったの?」
香野木は答えず、正哉が受けた。
「何もないわけないでしょ。この5年間で、何もなかったヒトなんていませんよ」
彩華がいった。
「私が住んでいるアパートの向かいが戸建てなんだけど……。
その家に経犯庁の捜査員が踏み込んだの。
若い女の人が髪の毛をつかまれて家の外に引きずり出された。
政府が決めた量よりも少しだけ多く、赤ちゃんの粉ミルクを持っていたんだって。
女の人、路上で捜査員たちに何度も殴られて……。
捜査員の1人が、道路に赤ちゃんを叩きつけた……。
その捜査員だけど、全員が60歳以下には見えなかった。
私、その頃は怖くて助けてあげられなかったの……」
彩華は少し泣いていた。
正哉が彩華に問うた。
「いまなら……」
「もちろん、助けるわ。
あいつらは、徒党を組んでいるだけで、仲間を助けたりしないから。
1人ぶちのめせば、他は散り散りに逃げるでしょ」
正哉が香野木に問うた。
「香野木さんは?」
「俺は君たちよりは年寄りだ。分別というものがある。
でもね、ときどき分別よりも感情が優先することがある。
そんなときでも、前後の帳尻はちゃんと合わせるよ。
それが大人だ」
香野木は、彼が経犯庁の捜査員を殺して、死体を隠したことをいわなかった。
いうべきことではないし、聞かれたくもない。
香野木は、この話を打ち切りたかった。
「交代で少し寝よう。脱出の相談は、目覚めてからでいいと思う」
花山が同意した。そして、由衣とケンちゃんを抱き寄せた。
目覚めたのは、日付が変わってからだいぶ時間が経過した午前5時だった。
まだ、体内時計は生きているようだ。
香野木と正哉は、東西線、有楽町線、南北線側の飯田橋駅の偵察に向かうことにした。 状況がよければ、東西線の線路をたどって、中野に向かえる。
だが、その期待は裏切られた。
東京メトロの連絡通路は、騒乱の坩堝だった。何を燃やしているのかわからないが、焚き火がいくつも焚かれ、血を流したヒトが複数倒れている。
何があったのかはわからないが、焚き火に照らされた顔が若者ではなかったので、おそらく老人たちが占拠しているのだろう。
すでに、地上への出口が確保できている可能性があるが、彼らが居座っているうちは、女性2人と子供2人を無事に地上へと出すことは難しい。
物資を引き渡したとしても、無事に通しはしないだろう。連中は強欲だ。
香野木と正哉は、姿を見られないようにゆっくりと大江戸線ホームに下がった。
マントルが直接地上に噴き出す、スーパーホットプルームによって、地球史上最大級の溶岩噴出事変となった。
同じことは、2億5100万年前のシベリアで起きていた。
このときは、古生代ペルム紀と中生代三畳紀を分けるP-T境界となり、生物の大絶滅を引き起こしている。
今回はそれを上回る規模だ。
さらに世界各地の火山が次々と噴火。インドネシアのトバ湖、ニュージーランドのタウポ湖が火山爆発指数8の破局噴火。ギリシャのサントリーニ島、グァテマラのアティトラン湖が同7の巨大噴火。日本では鹿児島湾奥の姶良カルデラが噴火し、九州南部が被災。
川内原発は大地ごと消滅した。
阿蘇や九州南部海底の鬼界カルデラも噴火。九州、四国、兵庫以西の中国地方は壊滅する。
大気中に散った噴出物のために、太陽光が遮られ、急速に寒冷化し始め、世界は一切の経済活動を停止する。
そして、食物連鎖の頂点に立つヒトであっても、地球上の一生物でしかなかった。他の生物種と同様に、大絶滅に巻き込まれていく。
この事変は、日本では〝大災厄〟と呼ばれた。
多くの国で政府が消え、国境もなくなった。食料を求めて、紛争が頻発し、世界の安定は脆くも崩れ去った。
それでも、日本は一定の安定を維持していた。
だが、その日本からも政府が消え、いまは各自治体が辛うじて治安を維持している。
3年前、まだ日本国政府が存在していた頃、2億年へ向かう計画が発表された。
2億年後の地球ならば、人類は生きていけるという荒唐無稽なお話で、その2億年後に向かう〝ゲート〟が世界各国で作られた。
このバカ話には落ちがあり、途中で下車すれば200万年後付近に行けるそうだ。
で、2億年後に行くと誓約しながら、200万年後を目指すトンチキもいたらしい。
香野木は、この計画を単なる口減らし、つまり食糧事情が悪化したことから、急激な人口減少を狙った合法殺人だと考えていた。
彼自身は、2億年後も200万年後も、まったく興味なかった。
この人口減少計画は、2年で終わった。ちょうど1年前、2億年後の出口側〝ゲート〟が閉じたそうで、大多数の人類が本来の時代に残った。
最後の移送計画は、巨大船を用いるもので、香野木は心底からバカげていると感じていた。
残ってはみたものの、食糧事情は日々悪化しており、香野木は東京からの脱出を考え始めていた。
彼は大災厄の3カ月後、会社から解雇された。勤め先はIT機器のメーカーだったが、そんなものが売れる時代じゃなくなったのだ。
自動車、電気、鉄鋼、造船、すべてが不要な時代になった。
必要なのは食料。
それでも、日本の内需経済は1年前までは何とか存在していた。
しかし、いまはもうない。
経済活動とは、いまでは物々交換のことだ。
香野木は職を失ってから、何とか、どうにか生きてきた。
しかし、もう限界に近かった。
それは彼だけでなく、多くの日本人がそう感じていることであった。
人々は飢餓を身近なこととして、心配し始めていた。
一足先に、飢餓に苦しむ世界中の人々と同じように。
香野木たち6人は暗闇の中で、肩を寄せ合っていた。
由衣はあまり話をしない。声を出すと危険なことを知っている。
健昭、ケンちゃんもおとなしい。この子は声を発するべき時を知っている。
正哉は手槍を持つが、それを使ったことがあるかはわからない。
彩華のほうが戦い慣れしている雰囲気がある。
しかし、花山はすべてにおいて別格。口調は穏やかだが、その言は命令に等しい。彼女は、指示・命令に慣れている。
香野木は次にすべきことを考えていた。ここは声が反響する。込み入った相談事はできない。
正哉が上の階を見てくると、小声でいった。
香野木は「俺も行く」といって立ち上がり、折り畳みナイフの刃を出して、ベルトに挟んだ。そして、手回し携帯ライトを、花山に渡した。
正哉がLEDライトを持って先行し、その後を香野木が続く。
由衣は花山から少し離れて座っている。花山が由衣にライトの光を当て「こっちに来なさい」というと、由衣は素早く花山の左隣に移動した。
由衣の右隣には彩華が座る。
この暗闇でも、ケンちゃんは臆することなく、泣きもしない。
正哉が照らすLEDライトのか細い光は、すぐにC2とC3への方向を指し示した。
地下1階には人のいる気配はないが、この暗闇では〝誰もいない〟と断言する根拠はない。
地下鉄の駅構内は、人が隠れやすい場所が意外に多い。
柱の陰や壁面の凹部に人が潜んでいないという確証はない。
正哉はそのことをよく認識しているようで、油断する素振りは見せていない。だが、用心深くなりすぎると、脱出のチャンスもつかめない。
香野木と正哉は、用心しつつC2とC3の出口方向に向かった。
期待はしていなかったが、予想通りにC2の階段は全段が埋まっている。
正哉がC3の登り口に移動する。
そして、手槍で指し示した。
フルサイズのミニバンがリアから滑り込んでいて、階段の中程で出口を塞いでいる。
正哉が、「ここはあまり深くないんです。クルマを引っ張り出して、土砂を駅構内に落とせたら、ここから脱出できるかも?」と。
香野木は「確かにその通りだ」と感じていた。ミニバンの長さは五メートル、おそらくミニバンが土留めの役目をしている。
ミニバンを構内に落とせば、ミニバンの背後の土砂も一緒に落ちてくるかもしれない。
ここは、脱出できる可能性が高い。
そして、このフロアにはトイレや役務室がある。現在の場所よりも、有利かもしれない。
正哉が小声でいう。
「このフロアに誰かがいた痕跡がないですね。
普通はダンボールとかが散乱しているんですが……」
香野木が答える。
「今日は、水道橋から飯田橋に向かって歩いてきたんだけど、この上は外堀通り沿いだと思うんだ。ちょうど飯田橋のハローワークがあったあたり、かな?
だとしたら、大江戸線の出口はシャッターが閉まっていたよ」
「でも、クルマが落ちてきてますよ」
「そうだね。シャッターが壊れたか、周囲のビルが倒壊でもしたのか?」
「地震だと?」
「地震以外考えられる?」
「あまり揺れませんでしたよ」
「地下だったから、じゃないの?」
「ここからは出られないと?」
「いや、そうじゃないよ。可能性はあると思うけど……」
「どうします?」
「どちらにしても、ここにしばらく隠れていたほうが、安全でしょ」
「じゃ、みんなを呼んできます」
「一緒に行くよ。暗闇は苦手だ」
6人が地下一階に集まり、駅務室のドアは開けられなかったが、改札脇の小部屋、改札の駅員さんがいた部屋、には入り込めた。
ここの事務椅子に由衣とケンちゃんが座り、LEDライトを1つ残した。
LEDライトは3つあったが、香野木の手回し発電ライトを除けば、点けっぱなしでは何日も持つはずはなかった。
できるだけ早く脱出しないと、進退窮まる。
それに、水と食料の確保も必要だ。
香野木はデイパックに交換用商品の灯油2リットルと、非常用の水2リットルを入れている。そして、350ミリリットルのペットボトルに水が半分残っている。それに、栄養補助食品6食分と氷砂糖がある。
正哉も水2リットルとチョコレートバー4本を持っている。
彩華は水を少々、食料はラスクを1パック。
花山は都内に食料を探しに来たそうで、水4リットルとレトルトパックの粥を10食分確保していた。
だが、どう節約しても、6人で5日が限度。5日以内に脱出しなければ、死となる。
子供が2人いては、思うように動けない。香野木は正哉に問うた。
「君が俺たちと一緒にいる理由はないだろう?」
「香野木さんにもないでしょ」
「いや、あるよ。無意味な殺生をしなくてすむ」
「それは、同じです」
花山と彩華がそれを聞いている。
「私たち親子のことは、気にしないで。私は由衣ちゃんと一緒に出口を探します」
彩華が間髪入れずに答える。
「私も花山さんと一緒にいていいですか?」
花山が彩華を見て笑う。
香野木が花山を見る。
「日本は老人が圧倒的に多い。その老人の大半は元気で、そして凶暴だよ。
若者がしないことを老人は平気でする。女性や子供を襲って何でも取り上げている。
10歳代の連中が徒党を組んだって、せいぜい10人程度だ。
でも、老人は50人くらいあっという間に集まってくる。
最後の首相だったあのバカを支持していたのも老人たちだし、経犯庁の片棒を担いで取締の実働を担ったのも老人たちだった。
ジジイやババァを殺したくはないが、か弱い老人を装う連中に殺されたくもない。
そして、あのクソどもに殺されるヒトを見たくもない」
花山が香野木を見る。
「何かあったの?」
香野木は答えず、正哉が受けた。
「何もないわけないでしょ。この5年間で、何もなかったヒトなんていませんよ」
彩華がいった。
「私が住んでいるアパートの向かいが戸建てなんだけど……。
その家に経犯庁の捜査員が踏み込んだの。
若い女の人が髪の毛をつかまれて家の外に引きずり出された。
政府が決めた量よりも少しだけ多く、赤ちゃんの粉ミルクを持っていたんだって。
女の人、路上で捜査員たちに何度も殴られて……。
捜査員の1人が、道路に赤ちゃんを叩きつけた……。
その捜査員だけど、全員が60歳以下には見えなかった。
私、その頃は怖くて助けてあげられなかったの……」
彩華は少し泣いていた。
正哉が彩華に問うた。
「いまなら……」
「もちろん、助けるわ。
あいつらは、徒党を組んでいるだけで、仲間を助けたりしないから。
1人ぶちのめせば、他は散り散りに逃げるでしょ」
正哉が香野木に問うた。
「香野木さんは?」
「俺は君たちよりは年寄りだ。分別というものがある。
でもね、ときどき分別よりも感情が優先することがある。
そんなときでも、前後の帳尻はちゃんと合わせるよ。
それが大人だ」
香野木は、彼が経犯庁の捜査員を殺して、死体を隠したことをいわなかった。
いうべきことではないし、聞かれたくもない。
香野木は、この話を打ち切りたかった。
「交代で少し寝よう。脱出の相談は、目覚めてからでいいと思う」
花山が同意した。そして、由衣とケンちゃんを抱き寄せた。
目覚めたのは、日付が変わってからだいぶ時間が経過した午前5時だった。
まだ、体内時計は生きているようだ。
香野木と正哉は、東西線、有楽町線、南北線側の飯田橋駅の偵察に向かうことにした。 状況がよければ、東西線の線路をたどって、中野に向かえる。
だが、その期待は裏切られた。
東京メトロの連絡通路は、騒乱の坩堝だった。何を燃やしているのかわからないが、焚き火がいくつも焚かれ、血を流したヒトが複数倒れている。
何があったのかはわからないが、焚き火に照らされた顔が若者ではなかったので、おそらく老人たちが占拠しているのだろう。
すでに、地上への出口が確保できている可能性があるが、彼らが居座っているうちは、女性2人と子供2人を無事に地上へと出すことは難しい。
物資を引き渡したとしても、無事に通しはしないだろう。連中は強欲だ。
香野木と正哉は、姿を見られないようにゆっくりと大江戸線ホームに下がった。
1
お気に入りに追加
122
あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?
九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。
で、パンツを持っていくのを忘れる。
というのはよくある笑い話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる