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Capture10
10-002 撤収完結
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海上輸送は、オルカとブルーホエールの2隻を投入しても4日かかった。
トラックだけでなく、フィールドが詰めた20フィートコンテナも使った。コンテナはフォークリフトで船に運んだ。
この大型フォークリフトもいまとなっては貴重で、ケープに送る。
ケープの倉庫に全住民が集まっている。最年少は0歳10カ月、最高齢は66歳。
長谷博史とようやく回復し始めた岸辺芭蕉は、車椅子。2人以外は、全員が立っている。
榊原杏奈が樹脂製ビールケースの上に立つ。
「みなさん!
ご苦労様です。
作業中に2人が怪我をしましたが、軽傷です。
落ち着くまでに、まだまだ時間が必要です。ビレッジは運河と海に囲まれていて、安全です。運河の幅は20メートルあるので、死人は渡れないでしょう。
絶対ではありませんが……。
総延長10キロに達する防壁も完成しています。農地も安全です。
ここならば、自給自足が可能です。
集落は、おコメの供給を止めました。幸運にもおコメはあります。超古米だけど……。
農機もあります。
クルマもあります。
残っている大がかりな作業は、道路を拡幅して2000メートル滑走路を造ること。
居住区と農区をつなぐ2本の橋に頑丈なゲートを設けること。
当面、生活はきついでしょう。
でも、頑張りましょう」
トラックのボディ架装や整備などを行う工場は、自動車の修理・改造工場になった。
倉庫には困らない。巨大な倉庫が使い切れないほどある。
家具を用意すれば住居にできそうな建物は少ない。それでも、10棟ほどあり、高齢者や乳幼児と保護者に割り当てた。
空自の基地には、宿舎棟があるが、運河の外なので使わなかった。
幸運なことに、倉庫内に未使用組み立て前の風呂釜と風呂桶があった。既存の建物を住居にするための資材がある程度だが揃っている。
ゴルフ場がある。計画的な整備が始まる前に、芝を刈って整備を終えていた。ゴルフ好き面々の憩いの場となる。
滑り台など遊具のある緑地公園がある。ここは、幼い子たちのお気に入り。
建設直後なのか、荷が一切運び込まれていない巨大倉庫は床に合板床材を張って体育館にすることが決まった。
防水合板はフィールドから大量に持ち込まれていて、ケープにも合板工場があり、ここでは壁材や床材などが製造されていた。
これらは、貴重な建設資材になった。
さらに重要なことがわかった。
北東北から避難してきたメンバー数人から「女川にトレーラーハウス村がある」との情報が寄せられる。
きっかけは、フィールドが運んできた2棟のトレーラーハウスだ。
水道と電気をどうにかすれば、1棟の家としてすぐに使える。何かをどうこうする必要がない。
実際、1棟は最高齢の大仏夫妻のために提供してくれた。もう1棟は0歳時の子を持つ母親が使うことになった。
この地区のインフラは基本整備されている。
上水道に関しては200人分の確保など、すべきことは多いが、電気はすでに使える状態にある。
これを見た北東北から避難してきたメンバーから、女川のトレーラーハウスについての情報が提供されたわけだ。
1人は「トレーラーハウス村」と表現し、もう1人は「トレーラーハウスを使ったホテル」だと。
地図上の指し示す位置が微妙に違うが、2人は同じ施設のことを語っているらしい。
毎週月曜日と木曜日の朝に開かれる全体会議で、安西琢磨が榊原杏奈に言った。
「そのホテルだか、村だか、俺たちが偵察してくる」
杏奈が否定する。
「危険よ」
羽山佐智が賛成する。
「空からなら。
ヘリで偵察しようよ」
陸路を進むつもりだった琢磨には想定外の提案で、驚くと同時に、これが連帯の効果かと微笑みが漏れてしまう。
「それでも危険なことに変わりはないでしょ。
それに施設を見つけて、トレーラーが使えるとしても、どうやって運ぶの?
不可能でしょ」
棚田彩葉が即反応。
「女川湾まで運べれば、私たちがオルカで運ぶよ。1回に2棟運べる。
問題は、燃料が心許ないんだけど……」
氏家義彦が「仙台に製油所がある。海に面しているし、ここから海路で30キロ。俺たちが必要としている量からすれば、無尽蔵だ」と。
琢磨は驚いていた。
高原や集落では、何をするにもまずは反対意見から始まる。合意を形成するまでの努力は、並大抵ではない。
だが、ケープでは違う。
琢磨は陸路で偵察するつもりだったが、ヘリコプターチームからすぐに対案が出される。輸送の問題が出ると、船舶チームが間髪入れず案を出す。
船舶チームが燃料不足を不安視すると、自動車チームが燃料確保に問題がないことを伝える。
ケープは、何をするにしても賛成から始まる。
琢磨は、ゾンビ事変以降始めて「生きていける」と感じた。
琢磨たち完全装備の4人は、佐智が操縦するMD500リトルバードに乗って、女川港を目指す。
「港から遠くないって言ってたよね」
琢磨が確認すると、佐智が「あれじゃないかな?」と指差す。
やたらと長い家が並んでいるが、上空からではトレーラーかどうかわからない。
佐智がヘリコプターを降下させ、付近の死人を誘き出そうとする。
目視では死人はいないが、死角にいる可能性は捨てきれない。
「降りられる?」
「駐車場に降りるよ」
4人は、ヘリコプターを降りるとサプレッサー付き自動小銃を構えて目標に向かう。
佐智は、上空に退避する。
1人が両手で頭上に大きな○を作る。
トレーラーハウスだとの報告だ。
佐智が上空から棟数を数える。
「34かぁ。あれもトレーラーかなぁ?
全部そうなら、38か40?
十分すぎるね」
琢磨が杏奈に行った報告は詳細だった。
「トレーラーハウスは全部で40棟です。
うち、24棟に異常はなく、室内が荒らされた形跡もありません。施錠されたままでした。
残り16棟のうち7棟に死人がいます。死人は誘い出せますが、使えないでしょう。臭いがひどくて……。
9棟のうち、4棟に死体がありました。死人が処理されたのではなく、生存者が誰かに殺されたのでしょう。
これも使えません。
残り3棟ですが、誰かが長期間生活していた痕跡があります。これは、整備すれば使えます。
結論としては、24棟は無傷、3棟は整備次第になります」
「本当にご苦労様でした。
危ないことはあった?」
「まぁ、そこそこは。
ですけど、失敗はしません。
十分に用心していますから……」
杏奈が少し考える。
「氏家さんが3万リットルのタンクトレーラー2台に軽油を入れてくる計画を立てているの。
それ、手伝ってくださる?」
「もちろんです。
でも、製油所のことなんて、誰がわかるんです?」
「それがいるの。
製油所で働いていたヒトが!」
真藤瑛太は、フィールドは物資に困らないベストな立地だと感じている。食糧の生産ができれば、かなりの文明を維持できる。
条件は悪くない。いや、これ以上の立地条件はない。
氏家義彦が風間幹夫に「あれも足りない、これも足りないだな」と憮然とした顔を見せる。
「足りないだけでしょ。
ないわけじゃない」
その通りだ。足りないのはマシなうち。
「とりあえず、大型のトラクターヘッドを2台修理しないと」
「修理するものがあるだけマシでしょ。
探さなくていいんだから」
「スカニアを直すか?
それともベンツにする?
いすゞでもいいけど」
「選べる幸せ」
「まったくだ」
タンクローリーは、スカイパークからは移送しなかった。フィールドが数台見つけていたからだ。
トラックターミナルには、地下に貯油タンクがあり、相当量を保管できる。だが、その量がわからない。
運送会社の倉庫は複数あり、そのすべてに貯油タンクがあるわけではないが、総計すれば数万リットルにはなるかもしれない。
タンクローリーの最大容量が3万リットルなので、タンクトレーラーを4台か5台入手できれば、燃料が入手できない状況になっても、相当期間は行動できる。
誰もがケープに馴染んでいるわけではなかった。
桂木良平たち4人は、戸惑っている。いままでは立て籠もり指向だったが、ケープは違う。積極的に外に出ていく。
羽月美保が空自の基地内に何かを埋めた痕跡を見つける。
向田未来から分屯地での埋設跡を掘り返したら、古い自動小銃が出てきた話は聞いていた。
だが、ここの埋設跡はそんな規模じゃない。滑走路脇にあり、一辺が75メートル。大きすぎて、何かの工事と誤認していた。しかも、草が生えて痕跡を覆い隠していた。
しかし、工事をして、何かを造ったようには思えない。
となると、何かを埋めたと推測できる。
良平はミニショベルしか使ったことがない。それに、いま使える建機はミニショベルしかない。
そこで、ミニショベルを使って、少し掘り返してみる。
深さ1メートルにカーキ色のライトバンが埋められていた。同じ深さで土を剥いでいくと、1トン半トラック、3トン半トラック、軽装甲機動車、パジェロベースの73式小型トラック、ジープベースで60式106ミリ無反動砲を搭載した73式小型トラックとその弾薬も出てきた。
なぜ埋めたのかはわからないし、埋められていない車輌もあるので、混乱の中でちぐはぐな対応をしていたのかもしれない。
ただ、軽装甲機動車8台は装甲車不足の状況では大収穫だ。
軽装甲機動車や使い勝手のいい1トン半トラックは掘り出したが、それ以外はそのままにされた。
ゾンビ事変の際、多くの意味不明な行為があった。この車輌埋設もそんな行為の1つなのだろう、と良平たちは深く考えなかった。
掘り出され、自動車工場に運び込まれた軽装甲機動車を見た神無玄吾は、すぐに気付く。
それを氏家義彦に伝える。
「これ、空自のものじゃないですよ。
陸自のクルマです。
空自が去ってから、陸自がやって来て、理由はわからないけど、陸自が埋めたのかも……。
埋まったままの……」
「あぁ、あるよ。
軽装甲機動車は役に立つから掘り出したんだ。それ以外は埋まったままだ」
よく調べると、埋められていたクルマは、かなり古いもので、用途廃止かその直前の状態だった。
ようするに、穴を掘ってその中に捨て土を被せた。原初的な廃棄の方法だ。
神無玄吾は、危険なもの、汚染につながるものがないか、掘り起こさなければならないと判断する。
見つけてしまったことから、良平たちがその仕事を担うことになった。
火薬を使うものや化学物質などを回収するつもりだった。
だが、掘り起こしていくと、とんでもないものが出てきた。
用途廃止となったはずの74式戦車だ。
こんな重い物をどうやって穴に入れたのかがわからない。
結局、大がかりな工事になってしまった。
砲弾も埋められていた。主砲同軸の74式車載7.62ミリ機関銃は取り付けられたままだったが、砲塔上の12.7ミリ重機関銃M2はなかった。
礼砲などで使われていた105ミリ榴弾砲M2A1も埋められていた。
結局、埋められていた全車輌を掘り出した。
弾薬などは回収し、空自の基地内の安全な保管場所に移す。軽装甲機動車、1トン半トラック、74式戦車、105ミリ榴弾砲は、自動車工場敷地に移送した。
105ミリ無反動砲は使えるかどうかの調査のために、空自の基地内で調べることになった。
ただし、これらの作業の優先順位は低い。
「運び出すトレーラーハウスは、全部で27棟です。
大きさですが、全長13メートル、全幅2.5メートル、全高3.8メートル。運び出す際、出入口の階段やバルコニーは切断するか破壊します。
2棟ずつ運び出します。
ですから、14往復しなければなりません。1日2往復か3往復、1週間で全作業を終わらせます。
港に集積してから、ビレッジまで運びます」
ビレッジとは、ケープ内に設定した居住区のこと。トレーラーハウスは30平方メートル程度の広さがあるので、2人ならどうにかなる広さ。
年内には、全員が落ち着いた生活ができることを目指している。
医療チームは、病院の2階に簡易的に部屋を仕切り、臨時的だが全員が住めるようにした。
自動車チームも工場敷地内の建物を利用して、とりあえず住めるようにした。
ケープが居住環境の整備に躍起になっている頃、集落はスカイパークとの通信を試みていた。
集落は徹底した立て籠もり指向に回帰しており、通信は集落から離れた場所から行う規則に戻っていた。
1週間前から毎日何度も呼びかけているが、まったく応答がない。
そもそも、コメ欲しさに膝を屈すると予測していたのに、逆に音信を立つとは小賢しいと集落の新指導層は断じている。
2週間すると、さすがに異常を感じる。死人の大群と遭遇したか、生人に襲撃されたか、そんな推測しかできない。
代表の御手洗隆祥は、彼の腹心にスカイパークの調査を命じた。
スカイパークの近くまで行き、ドローンで上空から観察する任務だ。
「代表、スカイパークには誰もいませんでした」
そう報告を受けた御手洗は、やや狼狽えた。
「誰もいない?」
「えぇ、ドローンで探ったところ、飛行機は何機かありましたが、人影がなく……。
不審に思って、滑走路まで行ったんです。
誰もいませんでした。
クルマは何台も残っていましたが、トラックは数台だけ。
残っていた飛行機は、壊れているものだけ。
スカイパークの住人は、どこかに消えました」
「病院は?
医者は?」
「いません」
御手洗が困り顔をするので、側近が続ける。
「ちょうどいいじゃありませんか?
鬱陶しい連中が消えてくれて……」
その意見には御手洗も賛成だが、医者は確保しておきたかった。歯科の通院が途中であるなど、住民が不安を感じているからだ。
元海上保安官の神薙太郎は、御手洗隆祥から尋問を受けている。暴力は受けていないが、その雰囲気はある。長引く拘束で、体力が落ちている元航空予備自衛官の夷隅謙也や元女性警察官の吾妻風子でなくてよかったと感じていた。
御手洗は見かけの穏やかさとは異なり、権力欲だけでなく暴力性も内在していると感じている。
「神薙さん、スカイパークの連中はどこに隠れている?」
この瞬間まで、太郎はスカイパークに何かがあったことを知らなかった。
「スカイパーク?
何かあったのか?」
「白を切るんですか?
敵対行為ですよ」
「敵?
スカイパークが?
で、何があった?」
「1人もいないんですよ。
どこに隠れたんです?」
「隠れると言っても……。
分屯地じゃないかな。
フィールドかもしれない」
「それは何なんです?」
太郎は御手洗が分屯地やフィールドを知らないことに驚く。しかし、自分の掌しか見ていない彼には、そういった情報が入らないのかもしれないと思った。
「どちらもスカイパークの外部拠点で、分屯地は標高1100メートルの山頂に、フィールドは太平洋岸にある」
御手洗は明らかに狼狽えていた。
「その場所を地図で示せ」
「あぁ、いいよ。
地図を持ってきてくれ」
「神薙さん、あんた、仲間が心配じゃないのか?
平気で仲間の居場所を教えるのか?」
「心配だよ。スカイパークに何があったのか、知りたい。
それと、分屯地やフィールドは4号の東だ。きみたちでは、越えられないよ。
4号は」
その通りだ。
4号を越えるだけで、何人失うかわからない。だが、8輪の96式装輪装甲車と軽装甲機動車なら、越えられる。それに、87式偵察警戒車もある。
よく考えてみると、これら装甲車を動かした経験がある信用できるメンバーがいない。
同時に御手洗は別の見方をする。装甲車の扱い方を教えなかった、と。
神薙は、スカイパークがどこかに避難したと考えた。一時的だろう。スカイパークを捨てるとは思えない。
避難先は、設備上なら分屯地の可能性が高い。しかし、これから冬になる。寒さが厳しい分屯地に行くだろうか、と疑問に思う。
フィールドには、最低限以下の建物しか確保できていないと聞いている。
どちらにしても、厳冬期前には戻るつもりだろうと考えた。
だから、あまり心配はしない。
それと、分屯地とフィールドに分散した可能性もある。
12月中旬における軟禁者は9人だった。
益子則之、気象学者
益子真琴、ウイルス学者
加納千晶、元自衛官、衛生科
神薙太郎、元海上保安官
吾妻風子、元警察官
夷隅謙也、元航空予備自衛官
椎名総司、農学者
大室安寿、元書籍編集者
郷原桃利、獣医
そして、彼らの親しい友人や家族なども監視下にあるか軟禁状態だった。
軟禁者は、誰が軟禁されているのか知らないし、軟禁者間の情報交換もできない。
同時にスカイパークが助けてくれるなど、考えてもいない。
春の前に1人ずつ追放になると考えていた。まとめて追放すると、反抗の機運を残すと考えるはずだからだ。
1人ずつなら、数日で命を落とす。武器と食糧がないなら、そう長くは生きていけない。
神薙太郎は、監視下にあるらしい一番若い神崎百花が気の毒だった。近しい関係だが、彼女は学者ではない。どこかのグループの幹部でもない。完全なとばっちりだ。
軟禁状態の大室安寿もとばっちり組。大学で動物行動学を学んだが、学者・研究者ではない。出版社に勤務していた一般的な勤め人だった。
しかし、動物相が激変する環境下では、彼女の知識は役に立った。結果として、新指導層から合流点幹部のシンパと見なされた。
益子真琴は、軟禁者としては比較的自由だった。理由は父親の益子則之の存在。
高齢で、心臓に持病がある父親を置いて逃げることはない、と判断されていた。
真琴は密かに、軟禁・監視対象者の情報を集めていた。人口150人の集落では、20人強の軟禁・監視対象が存在することは負担が大きい。軟禁・監視を維持するには、2倍3倍の人数が必要だからだ。
だから、御手洗隆祥は、旧指導層を一刻も早く追放したかった。
「お父さん、全部で22人だと思う」
「真琴、正しいか?」
「確信はないけど……」
益子真琴は、彼女が調べた監禁・監視対象者のメモを益子則之に渡す。
則之は、それを見てからライターで紙片に火を着ける。そして、完全に燃えたことを確認する。
「助けを呼ばないと」
則之の言は正しいが、助けなどいない。桂木良平たちに期待したいが、彼らだけではどうにもできないだろう。
国分兼広のいちご農園に、榊原杏奈が尋ねてきた。
兼広は、悪い予感しかしない。
「国分さん、お願いがあるんだけど」
予感が現実になる。
「いちご、ですか?」
この食えない若者をどう扱うか、杏奈が思案する。
「そうねぇ、いちごもいいけど、今回はそうじゃないの。
国分さん、集落が追放するヒトたちを保護してほしいの」
「どうして、俺なんです?
真藤さんとか、向田さんとか、椋木さんとか、適任者は他にもいるでしょ」
「そのヒトたちは、御手洗さんたちと面識があるのよ。
真藤さんは微妙なんだけど」
「で、俺は何をするんです?」
「集落を外部から監視し、追放されたヒトを保護する……」
「それだけ?」
「そう、荒事はナシ」
「芭蕉さんがされたこと、知っています。
武器も、食糧も、シュラフやテントも持たせずに追い出した……。
許せない!
で、なぜ面識があったらダメなんです?
御手洗のクソと」
「チームは5人。
1人だけ、元街の子、彼以外は元星の子。
追放者の人定は元街の子がする。
彼は、集落には近付かない」
「見つかった場合は?」
「旅をしている生存者のフリをする」
「なるほど。
だけど、立て籠もり指向の御手洗が『旅の方ですか。お気を付けて』とはなりませんよ。
運がよければ捕らえられ、悪ければその場で殺される……」
「対案があるの?」
「ギリースーツを4着用意できますか?
それと、狙撃用のライフル2挺、サブマシンガン3挺。
参加者には、十分な訓練」
杏奈は兼広の要求をすべて受け入れた。
兼広はその礼に、ビニールハウス内で自然に育っていた、とちおとめをプレゼントした。
十分な訓練とは言いがたいが、1週間後に兼広たち5人はヘリコプターで猪苗代湖北岸に向かった。
北岸でクルマを調達し、南岸に向かい、交代で集落を見張る。
兼広たちが森の中で監視を始めた初日、それどころか監視開始から30分後に集落の外防壁のゲートが開いた。
そして、5人ほどが出てきた。
先頭は2人。
「追放は受け入れるけど、いくらなんでもこれはひどいでしょ。
身に付けているものだけで、追い出すなんて!」
真琴の抗議に、御手洗はせせら笑った。
「数々の不正の代償だ。
好きなところに行け。
自由だ」
真琴はさらなる抗議をしたいが、無駄であることもよく理解していた。
泰然と立っているが、高齢と持病、そして長かった軟禁生活から体調を崩している則之のことを考えると、1秒でも早く去ることが得策と考えた。
父親の手を引いて、1キロほど歩く。深い森が広がる丘陵の北にいる。死角に入ったので、外号壁からは見えない。
「お父さん、休む?」
「すまない。
足手まといになって」
則之が泣き出す。
真琴が則之の両手を握り、泣き出しそうな顔になる。
だが、そんな気持ちが一気に消える。
ギリースーツを着た2人が現れたからだ。真琴は、御手洗が送り出した刺客だと思った。
「大先生、真琴先生、静かに!」
ギリースーツではない迷彩服の男性が前に出る。
知っている顔だが名前が出てこない。椋木陽人の友人だ。
「お迎えに来ました」
則之が尋ねる。
「どこから?」
「新しい拠点から」
真琴が驚く。
「スカイパークからじゃないの?」
「全員が撤収しています。
誰もいませんよ」
真琴は信用していいのかわからない。彼が、御手洗の手先ではないとは言い切れない。
「新しい拠点には、桂木さんたちもいます。高原を脱出して、分屯地に行ったんです。
芭蕉さんも無事です」
則之が驚く。
「芭蕉さん、生きているの?」
「えぇ、すごいヒトです。
自力でスカイパークにたどり着いたんです。
明日、ヘリを呼びます。
それまでは、隠れ家で休んでください」
隠れ家は、常夏川の東側を平行して流れる菅川に沿った古い家屋にあった。集落からは、山を隔てている。
則之は数カ月に及ぶ軟禁によって、足腰が弱っていて、2キロの道のりを8回もの小休止をしながら歩いた。
高齢であるし、心臓に持病がある。
歩きながら、彼から1人の人物の名が出た。
「未来くんは、どうしている?」
迷彩服が即答する。
「未来は元気ですよ。
先生を助けるとイキっていましたが、代表に止められて……」
「気象観測は続けているの?」
「分屯地を撤収したので、現在は中断しています。
ですけど、気象レーダーかな、それの設置を急いでいます」
「未来くんは、熱心に気象学を学んでくれたんだ。最初は私を気遣ってだったようだけど、途中からはおもしろいと感じてくれたみたいで……」
「長谷先生も協力しています」
「長谷先生?」
「数学の学者さんです。
彼には京町光輝という最強の助手がついています」
「最強?」
「俺たちとは違って、覚えたことを忘れないんです」
「長谷先生にお目にかかりたいねぇ。
京町さんにも……」
「すぐに会えますよ」
だが、翌日から数日間、風雨が強く、益子則之と真琴父子の移送はできなかった。
3日後、天候が回復。
そして、外防壁のゲートが開いた。
トラックだけでなく、フィールドが詰めた20フィートコンテナも使った。コンテナはフォークリフトで船に運んだ。
この大型フォークリフトもいまとなっては貴重で、ケープに送る。
ケープの倉庫に全住民が集まっている。最年少は0歳10カ月、最高齢は66歳。
長谷博史とようやく回復し始めた岸辺芭蕉は、車椅子。2人以外は、全員が立っている。
榊原杏奈が樹脂製ビールケースの上に立つ。
「みなさん!
ご苦労様です。
作業中に2人が怪我をしましたが、軽傷です。
落ち着くまでに、まだまだ時間が必要です。ビレッジは運河と海に囲まれていて、安全です。運河の幅は20メートルあるので、死人は渡れないでしょう。
絶対ではありませんが……。
総延長10キロに達する防壁も完成しています。農地も安全です。
ここならば、自給自足が可能です。
集落は、おコメの供給を止めました。幸運にもおコメはあります。超古米だけど……。
農機もあります。
クルマもあります。
残っている大がかりな作業は、道路を拡幅して2000メートル滑走路を造ること。
居住区と農区をつなぐ2本の橋に頑丈なゲートを設けること。
当面、生活はきついでしょう。
でも、頑張りましょう」
トラックのボディ架装や整備などを行う工場は、自動車の修理・改造工場になった。
倉庫には困らない。巨大な倉庫が使い切れないほどある。
家具を用意すれば住居にできそうな建物は少ない。それでも、10棟ほどあり、高齢者や乳幼児と保護者に割り当てた。
空自の基地には、宿舎棟があるが、運河の外なので使わなかった。
幸運なことに、倉庫内に未使用組み立て前の風呂釜と風呂桶があった。既存の建物を住居にするための資材がある程度だが揃っている。
ゴルフ場がある。計画的な整備が始まる前に、芝を刈って整備を終えていた。ゴルフ好き面々の憩いの場となる。
滑り台など遊具のある緑地公園がある。ここは、幼い子たちのお気に入り。
建設直後なのか、荷が一切運び込まれていない巨大倉庫は床に合板床材を張って体育館にすることが決まった。
防水合板はフィールドから大量に持ち込まれていて、ケープにも合板工場があり、ここでは壁材や床材などが製造されていた。
これらは、貴重な建設資材になった。
さらに重要なことがわかった。
北東北から避難してきたメンバー数人から「女川にトレーラーハウス村がある」との情報が寄せられる。
きっかけは、フィールドが運んできた2棟のトレーラーハウスだ。
水道と電気をどうにかすれば、1棟の家としてすぐに使える。何かをどうこうする必要がない。
実際、1棟は最高齢の大仏夫妻のために提供してくれた。もう1棟は0歳時の子を持つ母親が使うことになった。
この地区のインフラは基本整備されている。
上水道に関しては200人分の確保など、すべきことは多いが、電気はすでに使える状態にある。
これを見た北東北から避難してきたメンバーから、女川のトレーラーハウスについての情報が提供されたわけだ。
1人は「トレーラーハウス村」と表現し、もう1人は「トレーラーハウスを使ったホテル」だと。
地図上の指し示す位置が微妙に違うが、2人は同じ施設のことを語っているらしい。
毎週月曜日と木曜日の朝に開かれる全体会議で、安西琢磨が榊原杏奈に言った。
「そのホテルだか、村だか、俺たちが偵察してくる」
杏奈が否定する。
「危険よ」
羽山佐智が賛成する。
「空からなら。
ヘリで偵察しようよ」
陸路を進むつもりだった琢磨には想定外の提案で、驚くと同時に、これが連帯の効果かと微笑みが漏れてしまう。
「それでも危険なことに変わりはないでしょ。
それに施設を見つけて、トレーラーが使えるとしても、どうやって運ぶの?
不可能でしょ」
棚田彩葉が即反応。
「女川湾まで運べれば、私たちがオルカで運ぶよ。1回に2棟運べる。
問題は、燃料が心許ないんだけど……」
氏家義彦が「仙台に製油所がある。海に面しているし、ここから海路で30キロ。俺たちが必要としている量からすれば、無尽蔵だ」と。
琢磨は驚いていた。
高原や集落では、何をするにもまずは反対意見から始まる。合意を形成するまでの努力は、並大抵ではない。
だが、ケープでは違う。
琢磨は陸路で偵察するつもりだったが、ヘリコプターチームからすぐに対案が出される。輸送の問題が出ると、船舶チームが間髪入れず案を出す。
船舶チームが燃料不足を不安視すると、自動車チームが燃料確保に問題がないことを伝える。
ケープは、何をするにしても賛成から始まる。
琢磨は、ゾンビ事変以降始めて「生きていける」と感じた。
琢磨たち完全装備の4人は、佐智が操縦するMD500リトルバードに乗って、女川港を目指す。
「港から遠くないって言ってたよね」
琢磨が確認すると、佐智が「あれじゃないかな?」と指差す。
やたらと長い家が並んでいるが、上空からではトレーラーかどうかわからない。
佐智がヘリコプターを降下させ、付近の死人を誘き出そうとする。
目視では死人はいないが、死角にいる可能性は捨てきれない。
「降りられる?」
「駐車場に降りるよ」
4人は、ヘリコプターを降りるとサプレッサー付き自動小銃を構えて目標に向かう。
佐智は、上空に退避する。
1人が両手で頭上に大きな○を作る。
トレーラーハウスだとの報告だ。
佐智が上空から棟数を数える。
「34かぁ。あれもトレーラーかなぁ?
全部そうなら、38か40?
十分すぎるね」
琢磨が杏奈に行った報告は詳細だった。
「トレーラーハウスは全部で40棟です。
うち、24棟に異常はなく、室内が荒らされた形跡もありません。施錠されたままでした。
残り16棟のうち7棟に死人がいます。死人は誘い出せますが、使えないでしょう。臭いがひどくて……。
9棟のうち、4棟に死体がありました。死人が処理されたのではなく、生存者が誰かに殺されたのでしょう。
これも使えません。
残り3棟ですが、誰かが長期間生活していた痕跡があります。これは、整備すれば使えます。
結論としては、24棟は無傷、3棟は整備次第になります」
「本当にご苦労様でした。
危ないことはあった?」
「まぁ、そこそこは。
ですけど、失敗はしません。
十分に用心していますから……」
杏奈が少し考える。
「氏家さんが3万リットルのタンクトレーラー2台に軽油を入れてくる計画を立てているの。
それ、手伝ってくださる?」
「もちろんです。
でも、製油所のことなんて、誰がわかるんです?」
「それがいるの。
製油所で働いていたヒトが!」
真藤瑛太は、フィールドは物資に困らないベストな立地だと感じている。食糧の生産ができれば、かなりの文明を維持できる。
条件は悪くない。いや、これ以上の立地条件はない。
氏家義彦が風間幹夫に「あれも足りない、これも足りないだな」と憮然とした顔を見せる。
「足りないだけでしょ。
ないわけじゃない」
その通りだ。足りないのはマシなうち。
「とりあえず、大型のトラクターヘッドを2台修理しないと」
「修理するものがあるだけマシでしょ。
探さなくていいんだから」
「スカニアを直すか?
それともベンツにする?
いすゞでもいいけど」
「選べる幸せ」
「まったくだ」
タンクローリーは、スカイパークからは移送しなかった。フィールドが数台見つけていたからだ。
トラックターミナルには、地下に貯油タンクがあり、相当量を保管できる。だが、その量がわからない。
運送会社の倉庫は複数あり、そのすべてに貯油タンクがあるわけではないが、総計すれば数万リットルにはなるかもしれない。
タンクローリーの最大容量が3万リットルなので、タンクトレーラーを4台か5台入手できれば、燃料が入手できない状況になっても、相当期間は行動できる。
誰もがケープに馴染んでいるわけではなかった。
桂木良平たち4人は、戸惑っている。いままでは立て籠もり指向だったが、ケープは違う。積極的に外に出ていく。
羽月美保が空自の基地内に何かを埋めた痕跡を見つける。
向田未来から分屯地での埋設跡を掘り返したら、古い自動小銃が出てきた話は聞いていた。
だが、ここの埋設跡はそんな規模じゃない。滑走路脇にあり、一辺が75メートル。大きすぎて、何かの工事と誤認していた。しかも、草が生えて痕跡を覆い隠していた。
しかし、工事をして、何かを造ったようには思えない。
となると、何かを埋めたと推測できる。
良平はミニショベルしか使ったことがない。それに、いま使える建機はミニショベルしかない。
そこで、ミニショベルを使って、少し掘り返してみる。
深さ1メートルにカーキ色のライトバンが埋められていた。同じ深さで土を剥いでいくと、1トン半トラック、3トン半トラック、軽装甲機動車、パジェロベースの73式小型トラック、ジープベースで60式106ミリ無反動砲を搭載した73式小型トラックとその弾薬も出てきた。
なぜ埋めたのかはわからないし、埋められていない車輌もあるので、混乱の中でちぐはぐな対応をしていたのかもしれない。
ただ、軽装甲機動車8台は装甲車不足の状況では大収穫だ。
軽装甲機動車や使い勝手のいい1トン半トラックは掘り出したが、それ以外はそのままにされた。
ゾンビ事変の際、多くの意味不明な行為があった。この車輌埋設もそんな行為の1つなのだろう、と良平たちは深く考えなかった。
掘り出され、自動車工場に運び込まれた軽装甲機動車を見た神無玄吾は、すぐに気付く。
それを氏家義彦に伝える。
「これ、空自のものじゃないですよ。
陸自のクルマです。
空自が去ってから、陸自がやって来て、理由はわからないけど、陸自が埋めたのかも……。
埋まったままの……」
「あぁ、あるよ。
軽装甲機動車は役に立つから掘り出したんだ。それ以外は埋まったままだ」
よく調べると、埋められていたクルマは、かなり古いもので、用途廃止かその直前の状態だった。
ようするに、穴を掘ってその中に捨て土を被せた。原初的な廃棄の方法だ。
神無玄吾は、危険なもの、汚染につながるものがないか、掘り起こさなければならないと判断する。
見つけてしまったことから、良平たちがその仕事を担うことになった。
火薬を使うものや化学物質などを回収するつもりだった。
だが、掘り起こしていくと、とんでもないものが出てきた。
用途廃止となったはずの74式戦車だ。
こんな重い物をどうやって穴に入れたのかがわからない。
結局、大がかりな工事になってしまった。
砲弾も埋められていた。主砲同軸の74式車載7.62ミリ機関銃は取り付けられたままだったが、砲塔上の12.7ミリ重機関銃M2はなかった。
礼砲などで使われていた105ミリ榴弾砲M2A1も埋められていた。
結局、埋められていた全車輌を掘り出した。
弾薬などは回収し、空自の基地内の安全な保管場所に移す。軽装甲機動車、1トン半トラック、74式戦車、105ミリ榴弾砲は、自動車工場敷地に移送した。
105ミリ無反動砲は使えるかどうかの調査のために、空自の基地内で調べることになった。
ただし、これらの作業の優先順位は低い。
「運び出すトレーラーハウスは、全部で27棟です。
大きさですが、全長13メートル、全幅2.5メートル、全高3.8メートル。運び出す際、出入口の階段やバルコニーは切断するか破壊します。
2棟ずつ運び出します。
ですから、14往復しなければなりません。1日2往復か3往復、1週間で全作業を終わらせます。
港に集積してから、ビレッジまで運びます」
ビレッジとは、ケープ内に設定した居住区のこと。トレーラーハウスは30平方メートル程度の広さがあるので、2人ならどうにかなる広さ。
年内には、全員が落ち着いた生活ができることを目指している。
医療チームは、病院の2階に簡易的に部屋を仕切り、臨時的だが全員が住めるようにした。
自動車チームも工場敷地内の建物を利用して、とりあえず住めるようにした。
ケープが居住環境の整備に躍起になっている頃、集落はスカイパークとの通信を試みていた。
集落は徹底した立て籠もり指向に回帰しており、通信は集落から離れた場所から行う規則に戻っていた。
1週間前から毎日何度も呼びかけているが、まったく応答がない。
そもそも、コメ欲しさに膝を屈すると予測していたのに、逆に音信を立つとは小賢しいと集落の新指導層は断じている。
2週間すると、さすがに異常を感じる。死人の大群と遭遇したか、生人に襲撃されたか、そんな推測しかできない。
代表の御手洗隆祥は、彼の腹心にスカイパークの調査を命じた。
スカイパークの近くまで行き、ドローンで上空から観察する任務だ。
「代表、スカイパークには誰もいませんでした」
そう報告を受けた御手洗は、やや狼狽えた。
「誰もいない?」
「えぇ、ドローンで探ったところ、飛行機は何機かありましたが、人影がなく……。
不審に思って、滑走路まで行ったんです。
誰もいませんでした。
クルマは何台も残っていましたが、トラックは数台だけ。
残っていた飛行機は、壊れているものだけ。
スカイパークの住人は、どこかに消えました」
「病院は?
医者は?」
「いません」
御手洗が困り顔をするので、側近が続ける。
「ちょうどいいじゃありませんか?
鬱陶しい連中が消えてくれて……」
その意見には御手洗も賛成だが、医者は確保しておきたかった。歯科の通院が途中であるなど、住民が不安を感じているからだ。
元海上保安官の神薙太郎は、御手洗隆祥から尋問を受けている。暴力は受けていないが、その雰囲気はある。長引く拘束で、体力が落ちている元航空予備自衛官の夷隅謙也や元女性警察官の吾妻風子でなくてよかったと感じていた。
御手洗は見かけの穏やかさとは異なり、権力欲だけでなく暴力性も内在していると感じている。
「神薙さん、スカイパークの連中はどこに隠れている?」
この瞬間まで、太郎はスカイパークに何かがあったことを知らなかった。
「スカイパーク?
何かあったのか?」
「白を切るんですか?
敵対行為ですよ」
「敵?
スカイパークが?
で、何があった?」
「1人もいないんですよ。
どこに隠れたんです?」
「隠れると言っても……。
分屯地じゃないかな。
フィールドかもしれない」
「それは何なんです?」
太郎は御手洗が分屯地やフィールドを知らないことに驚く。しかし、自分の掌しか見ていない彼には、そういった情報が入らないのかもしれないと思った。
「どちらもスカイパークの外部拠点で、分屯地は標高1100メートルの山頂に、フィールドは太平洋岸にある」
御手洗は明らかに狼狽えていた。
「その場所を地図で示せ」
「あぁ、いいよ。
地図を持ってきてくれ」
「神薙さん、あんた、仲間が心配じゃないのか?
平気で仲間の居場所を教えるのか?」
「心配だよ。スカイパークに何があったのか、知りたい。
それと、分屯地やフィールドは4号の東だ。きみたちでは、越えられないよ。
4号は」
その通りだ。
4号を越えるだけで、何人失うかわからない。だが、8輪の96式装輪装甲車と軽装甲機動車なら、越えられる。それに、87式偵察警戒車もある。
よく考えてみると、これら装甲車を動かした経験がある信用できるメンバーがいない。
同時に御手洗は別の見方をする。装甲車の扱い方を教えなかった、と。
神薙は、スカイパークがどこかに避難したと考えた。一時的だろう。スカイパークを捨てるとは思えない。
避難先は、設備上なら分屯地の可能性が高い。しかし、これから冬になる。寒さが厳しい分屯地に行くだろうか、と疑問に思う。
フィールドには、最低限以下の建物しか確保できていないと聞いている。
どちらにしても、厳冬期前には戻るつもりだろうと考えた。
だから、あまり心配はしない。
それと、分屯地とフィールドに分散した可能性もある。
12月中旬における軟禁者は9人だった。
益子則之、気象学者
益子真琴、ウイルス学者
加納千晶、元自衛官、衛生科
神薙太郎、元海上保安官
吾妻風子、元警察官
夷隅謙也、元航空予備自衛官
椎名総司、農学者
大室安寿、元書籍編集者
郷原桃利、獣医
そして、彼らの親しい友人や家族なども監視下にあるか軟禁状態だった。
軟禁者は、誰が軟禁されているのか知らないし、軟禁者間の情報交換もできない。
同時にスカイパークが助けてくれるなど、考えてもいない。
春の前に1人ずつ追放になると考えていた。まとめて追放すると、反抗の機運を残すと考えるはずだからだ。
1人ずつなら、数日で命を落とす。武器と食糧がないなら、そう長くは生きていけない。
神薙太郎は、監視下にあるらしい一番若い神崎百花が気の毒だった。近しい関係だが、彼女は学者ではない。どこかのグループの幹部でもない。完全なとばっちりだ。
軟禁状態の大室安寿もとばっちり組。大学で動物行動学を学んだが、学者・研究者ではない。出版社に勤務していた一般的な勤め人だった。
しかし、動物相が激変する環境下では、彼女の知識は役に立った。結果として、新指導層から合流点幹部のシンパと見なされた。
益子真琴は、軟禁者としては比較的自由だった。理由は父親の益子則之の存在。
高齢で、心臓に持病がある父親を置いて逃げることはない、と判断されていた。
真琴は密かに、軟禁・監視対象者の情報を集めていた。人口150人の集落では、20人強の軟禁・監視対象が存在することは負担が大きい。軟禁・監視を維持するには、2倍3倍の人数が必要だからだ。
だから、御手洗隆祥は、旧指導層を一刻も早く追放したかった。
「お父さん、全部で22人だと思う」
「真琴、正しいか?」
「確信はないけど……」
益子真琴は、彼女が調べた監禁・監視対象者のメモを益子則之に渡す。
則之は、それを見てからライターで紙片に火を着ける。そして、完全に燃えたことを確認する。
「助けを呼ばないと」
則之の言は正しいが、助けなどいない。桂木良平たちに期待したいが、彼らだけではどうにもできないだろう。
国分兼広のいちご農園に、榊原杏奈が尋ねてきた。
兼広は、悪い予感しかしない。
「国分さん、お願いがあるんだけど」
予感が現実になる。
「いちご、ですか?」
この食えない若者をどう扱うか、杏奈が思案する。
「そうねぇ、いちごもいいけど、今回はそうじゃないの。
国分さん、集落が追放するヒトたちを保護してほしいの」
「どうして、俺なんです?
真藤さんとか、向田さんとか、椋木さんとか、適任者は他にもいるでしょ」
「そのヒトたちは、御手洗さんたちと面識があるのよ。
真藤さんは微妙なんだけど」
「で、俺は何をするんです?」
「集落を外部から監視し、追放されたヒトを保護する……」
「それだけ?」
「そう、荒事はナシ」
「芭蕉さんがされたこと、知っています。
武器も、食糧も、シュラフやテントも持たせずに追い出した……。
許せない!
で、なぜ面識があったらダメなんです?
御手洗のクソと」
「チームは5人。
1人だけ、元街の子、彼以外は元星の子。
追放者の人定は元街の子がする。
彼は、集落には近付かない」
「見つかった場合は?」
「旅をしている生存者のフリをする」
「なるほど。
だけど、立て籠もり指向の御手洗が『旅の方ですか。お気を付けて』とはなりませんよ。
運がよければ捕らえられ、悪ければその場で殺される……」
「対案があるの?」
「ギリースーツを4着用意できますか?
それと、狙撃用のライフル2挺、サブマシンガン3挺。
参加者には、十分な訓練」
杏奈は兼広の要求をすべて受け入れた。
兼広はその礼に、ビニールハウス内で自然に育っていた、とちおとめをプレゼントした。
十分な訓練とは言いがたいが、1週間後に兼広たち5人はヘリコプターで猪苗代湖北岸に向かった。
北岸でクルマを調達し、南岸に向かい、交代で集落を見張る。
兼広たちが森の中で監視を始めた初日、それどころか監視開始から30分後に集落の外防壁のゲートが開いた。
そして、5人ほどが出てきた。
先頭は2人。
「追放は受け入れるけど、いくらなんでもこれはひどいでしょ。
身に付けているものだけで、追い出すなんて!」
真琴の抗議に、御手洗はせせら笑った。
「数々の不正の代償だ。
好きなところに行け。
自由だ」
真琴はさらなる抗議をしたいが、無駄であることもよく理解していた。
泰然と立っているが、高齢と持病、そして長かった軟禁生活から体調を崩している則之のことを考えると、1秒でも早く去ることが得策と考えた。
父親の手を引いて、1キロほど歩く。深い森が広がる丘陵の北にいる。死角に入ったので、外号壁からは見えない。
「お父さん、休む?」
「すまない。
足手まといになって」
則之が泣き出す。
真琴が則之の両手を握り、泣き出しそうな顔になる。
だが、そんな気持ちが一気に消える。
ギリースーツを着た2人が現れたからだ。真琴は、御手洗が送り出した刺客だと思った。
「大先生、真琴先生、静かに!」
ギリースーツではない迷彩服の男性が前に出る。
知っている顔だが名前が出てこない。椋木陽人の友人だ。
「お迎えに来ました」
則之が尋ねる。
「どこから?」
「新しい拠点から」
真琴が驚く。
「スカイパークからじゃないの?」
「全員が撤収しています。
誰もいませんよ」
真琴は信用していいのかわからない。彼が、御手洗の手先ではないとは言い切れない。
「新しい拠点には、桂木さんたちもいます。高原を脱出して、分屯地に行ったんです。
芭蕉さんも無事です」
則之が驚く。
「芭蕉さん、生きているの?」
「えぇ、すごいヒトです。
自力でスカイパークにたどり着いたんです。
明日、ヘリを呼びます。
それまでは、隠れ家で休んでください」
隠れ家は、常夏川の東側を平行して流れる菅川に沿った古い家屋にあった。集落からは、山を隔てている。
則之は数カ月に及ぶ軟禁によって、足腰が弱っていて、2キロの道のりを8回もの小休止をしながら歩いた。
高齢であるし、心臓に持病がある。
歩きながら、彼から1人の人物の名が出た。
「未来くんは、どうしている?」
迷彩服が即答する。
「未来は元気ですよ。
先生を助けるとイキっていましたが、代表に止められて……」
「気象観測は続けているの?」
「分屯地を撤収したので、現在は中断しています。
ですけど、気象レーダーかな、それの設置を急いでいます」
「未来くんは、熱心に気象学を学んでくれたんだ。最初は私を気遣ってだったようだけど、途中からはおもしろいと感じてくれたみたいで……」
「長谷先生も協力しています」
「長谷先生?」
「数学の学者さんです。
彼には京町光輝という最強の助手がついています」
「最強?」
「俺たちとは違って、覚えたことを忘れないんです」
「長谷先生にお目にかかりたいねぇ。
京町さんにも……」
「すぐに会えますよ」
だが、翌日から数日間、風雨が強く、益子則之と真琴父子の移送はできなかった。
3日後、天候が回復。
そして、外防壁のゲートが開いた。
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