彷徨う屍

半道海豚

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Capture07

07-003 離水

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 スカイパークでは、ブルドーザーやパワーショベルを投入して、畑の開墾に躍起になっていた。
 その努力もあって、ジャガイモ、サツマイモ、タマネギの収穫ができるようになった。ソバも栽培している。

 そして、ポテトチップスが作られる。塩味だけだが、ゾンビ事変以前なら普通にあったスナック菓子に誰もがホッとする。
 ポテトチップスは毎日、分屯地に空輸される。
 ただ、レシプロの小型ヘリコプターでは、人員と物資の輸送には限界がある。10人ほどの居住者の維持が精一杯だった。
 この拠点は電力も足りず、3次元レーダーを稼働させられない。省電力の民生用のレーダーを設置して、半径200キロほどを監視している。
 任務は主に、スカイパークの航空機の飛行状況把握、そしてスカイパーク以外の航空機の動向調査だ。
 平たく言えば、阿修羅大佐グループの監視。
 輸送力があれば、もっと人員が増やせるし、太陽光パネルの設置など、発電設備の整備が可能になる。
 そのためには、ターボシャフトエンジンのヘリコプターが必要だった。だが、ガスタービンエンジンの整備ができる人物が1人しかいない。しかも、航空機用ではなく、発電用だ。
 彼は空港グループではなく、合流点の一般グループで、家族の事情から高原にとどまっていた。
 農学や生物学の科学者が基幹である合流点は、水田が開かれたことから、全員が農地の近くに移動することになった。
 もともとあった集落を拠点にする。彼らと行動をともにする街グループの多くも移動する。
 病院や学校も移す。
 高原は発電の役割を担い、維持・管理され続ける。
 高原を最初に拠点と定めた、桂木良平、真崎健太、羽月美保、鬼丸莉子らは、高原に残る。空港グループの一部も残る。発電設備は、生命線だからだ。

 高原の様相が大きく変わっていく。当然のように勢力分布が変わり、好ましくない摩擦が起き始めていた。

 出発の早朝、柿木忠志が説明する。
「北と南の突堤の間は、63メートルある。だけど、北の突堤の周囲にはテトラポットが置かれている。
 だから、海面の幅は42メートルしかない。
 飛行機の幅は29メートル。真ん中を通れば、左右6.5メートルの余裕がある。
 だけど、俺は飛行機を海面で動かしたことがない。うまくコントロールできるか自信がないんだ。
 そこで、海人くんに先導してもらうことにした。海人くんが船で飛行機の前方を進み、飛行機は海人くんを追っていく。
 北と南のL字になっている突堤の先端に洋佑くんと篤志くんに立ってもらう。
 トランシーバーで、主翼が突堤に触れないかを確認してもらうためだ。
 トランシーバーは4つ。海人くん、洋佑くん、篤志くん、そして副操縦士を務める陽鞠さんが使う。
 エンジンをかける前に、全員が飛行機に乗る。発火する危険があるので、プロペラの前で風間さんと大仏さんが消火器を構える。
 プロペラの回転が安定したら、風間さんと大仏さんが機内に入る。
 ドアのチェックは因幡さんがする。
 そして、海面まで進む。
 L字型の突堤を上手く潜り抜けたら、海人くんが洋佑くんと篤志くんを回収する。
 洋佑くんと篤志くんは、テトラポットに降りて海人くんを待つ。
 海人くん、洋佑くん、篤志くんが飛行機に乗ったら、船は放棄する。
 海上での乗り移りなので、上手くできるかどうか。
 このための船だけど、八丈島から引いてきた漁船では機体を傷つけてしまうかもしれないので、島内で見つけたゴムボートと船外機を使う。
 ボートは膨らんだし、船外機は動いた」
 岩代陽鞠が年少者に向けて叫ぶ。
「さぁ、荷物を持って、飛行機に乗ろう!
 救命胴衣を忘れずに!」

 年少者から乗り込み、忘れ物がないことを大仏早苗が確認し、彼女が最後に乗り込んだ。

 コックピットから洋佑と篤志が突堤の先端に向かって、走って行く様子が見える。
 漁船を陸に引き上げる傾斜路では、海人がゴムボートを海に押し出している。
 忠志と陽鞠がエンジンの始動を開始する。

 洋二は自分でも年甲斐がないとは思うのだが、プロペラの回転に合わせて軽く飛び跳ねている。
 無意識の行動だ。
 幹夫を見ると、左腕をグルグル回している。何かを叫んでいる。たぶん「回れ!」だ。
 幹夫が立つ右側エンジンも安定した回転を始める。

 コックピット内で、忠志と陽鞠が両手を交差させながら振る。
 エンジンの回転が安定したので、消化器を崖まで移動させてから機内に入れ、という合図だ。
 洋二と幹夫が従う。車輪止め代わりの角材も外す。

 アシュリーがラダーを引き上げ、ドアを閉める。洋二が早苗の隣に座り、幹夫が娘を抱き上げてから座る。

 忠志は飛行艇を飛ばすことよりも、海面を滑走させることよりも、船だまりから外洋に海上を移動させることに自信がなかった。
 突堤の間を抜けることは、不可能にも感じる。わずかでも接触すれば、計画のすべてが終わる。この島に閉じ込められ、干上がっていくかもしれない。
 彼を含めた32人の生命がかかっている。

 海人は、突堤間のど真ん中を航行する自信がない。そんなことをしたことがない。目測で中間線を探すが、正誤がわからない。
 南北突堤間でボートを止める。振り向くと、ゆっくりと飛行機が追ってくる。
 飛行機の主翼と突堤までの距離を測る。
 少し北側に寄っていることがわかる。
 スクリュープロペラを回転させ、位置を変える。

 忠志には、まったく余裕がなかった。飛行艇の勝手がつかめない。陸上の挙動と違いすぎる。
 だが、コントロールホイールを動かせば、方向は変化する。変化量が問題で、曲がりすぎ、曲がらなすぎに苦労している。
 陽鞠が「機長、このまま真っ直ぐ。そうすれば、海に出られるよ」と告げる。
 彼は心の中で「もう海の上だし、真っ直ぐが難しいんだ!」と叫ぶ。

 洋佑は北に寄りすぎだと感じたが、無線では[そのまま!]と伝えた。寄りすぎでも、通過できると感じた。
 だが、甘かった。
 翼端フロートがテトラポットに触れそうになる。
 だが触れなかった。
 どうにか通過する。

 篤志は、飛行機が無事に沖に向かっていることを確認する。
 ホッとして、洋佑を見る。
 洋佑が微笑んでいる。
 だが、洋佑の背後に4体の死人が走り寄ってくる。
 無線で[洋佑さん、振り向け!]と叫ぶ。
 死人は50メートルまで接近している。
 洋佑が、屁っ放り腰でテトラポットに降りていく。
 篤志が海人に[海人、洋佑さんがゾンビに襲われそうだ!]と送る。
 海人がゴムボートを回頭させて、洋佑が無様に動き回るテトラポットに向かう。
 死人が突堤から落ちる。そのまま海中に没する。だが、次の1体はテトラポットの隙間に引っかかり、起き上がろうとしている。
 さらに1体が落ちる。
 海人が洋佑を回収する。洋佑は、慌てて片足を海に突っ込んでしまった。
 続けて、篤志も回収。篤志の動きは洋佑よりは、軽快だった。

 ゴムボートが飛行艇の後方から近付く。左側胴体の乗降ドアが開く。
 アシュリーが漁港にあった樹脂製の浮きを結び付けたロープを投げ、それを篤志が拾う。篤志がロープを引き、飛行艇に近付く。

 乗降ドアでは、洋佑はよじ登るような恰好だったが、篤志と海人は軽々と乗り移る。
 海人がロープを回収し、アシュリーがドアを閉める。
 アシュリーがコックピットに向かう。

 海面は静か。弱いが、西から風が吹いている。
 忠志が西に向かって、滑走を始める。飛行艇の利点は、条件がよければ無限の滑走ができること。陸上とは違い、揚力が得られるまで滑走を続けられる。
 海上を2500メートルも滑って、空中に上がる。
 ゆっくりと上昇を始める。
「1000フィートまで上がる」
 忠志が陽鞠にそう告げ、陽鞠が「了解」と答える。
 アシュリーが乗客に伝える。
「現在、高度300メートルを時速220キロで飛行しています。
 無事、飛んでいます!」
 機内で歓声が起こる。
 この高度なら、エンジンに異常が起きた場合、海上に不時着できる。その後どうなるかは……。

 房総半島先端まで45分で飛行する。
 房総半島上空に達してからは、高度を2000フィートに上げ、外房の海岸線に沿って陸側を飛ぶ。
 利根川まで、40分で達する。

 忠志は利根川上空に至ると、茨城県側を飛行して上流に向かう。大利根飛行場を探すためだ。

 陽鞠が叫ぶ。
「機長、右手に飛行場が見えます!」
 忠志は驚く。大利根飛行場は、利根川の河川敷にある。利根川は左手にある。
 それに、左手にも滑走路が見える。
「滑走路の距離は?」
「目測ですけど、1000メートル。
 ハンガーがあります」
「う~ん。
 どう考えても、北側の飛行場のほうが立派だね」
「そうですね」
「そっちを上空から見てみよう」

 結果、水田跡に囲まれていて、周囲に人家のない龍ケ崎飛行場に着陸することに決める。

 滑走路進入を2回試してから、着陸を実行する。
 このときまで、年少者は大騒ぎしていた。コックピットにも交代で顔を出し、キャノピー越しの風景を楽しんだりもしていた。
 だが、着陸態勢に入ると恐怖が顔を現す。
 全員がおとなしく床に座っている。

 忠志は、滑走路西端でアルバトロスを止めた。
 全員が機外に出る。
 陽鞠が驚いている。
「ランウェイがありますね」
「あぁ、ハンガーが3棟。
 軽飛行機用だけど、立派な飛行場だよ」
「何となくだけど、使われているような」
「確かに、俺もそんな気が……」
 陽鞠と忠志に海人が走ってくる。
「道路まで出てみた。
 ゲートは閉まっていたし、単管パイプで補強されていた。
 表札に龍ケ崎飛行場って書いてあったよ」
 忠志と陽鞠が顔を見合わす。
「龍ケ崎飛行場?
 知ってる?」
 忠志の問いに陽鞠が首を横に振る。

 アシュリーが篤志や洋佑と話をしている。
 そして、忠志と陽鞠に近付く。
「龍ケ崎飛行場だってね」
 陽鞠が「知っているの?」と問う。
「知ってはいないけど、確か民間企業が所有する飛行場だったはず。
 誰でも使える飛行場じゃないよ……」

 分屯地でレーダーをモニターしていた向田未来は、房総半島上空を飛行する物体を利根川のやや南で探知した。
 これに驚き、ポテトチップスを袋ごと落としてしまう。誰も見ていないささやかな失態に慌て、一瞬だがディスプレイから目を離す。
 視線を戻した瞬間、機影が消えた。
 固定電話型の受話器を取り、スカイパークに連絡する。
[向田だけど、真藤さんいる?]
[京町ですが、真藤さんはまだ寝てますよ。
 あっ、来ました。いま出勤です]
 京町光輝が「向田さんから無線です」と受話器を真藤瑛太に渡す。
[真藤です]
[向田ですけど、千葉県側から飛んで来た何か、たぶん飛行機が茨城の上空で消えました。たぶん墜落かと]
[確認の必要があるね。
 阿修羅大佐の仲間だといいんだけどね]
[偵察機、飛ばしてください]
[了解だ]

 スカイパークは、定期的に龍ケ崎飛行場に着陸している。飛行場を管理し、異常がないか確認する程度だが、常駐者のいない拠点として使っている。
 ここにあった物資を持ち出してもいる。
 今日は佐伯明菜が操縦し、篠原七美が助手として同行している。今回の任務では、訓練目的で七美が全行程を操縦することになっていた。

 1時間ほどで、セスナ172Sが龍ケ崎飛行場上空に達する。
「明菜!
 飛行機が着陸している!」
「本当だ!
 眠気が吹っ飛んじゃった。
 まさか、阿修羅大佐じゃ?」
「やだよ。
 怖いよ。
 逃げようよ」
「うん、そうだね。
 逃げよう」

 偵察機を飛ばす前に、龍ケ崎飛行場に正体不明の中型双発機が着陸していることがわかった。
 未来は墜落と判断したが、実際は着陸だった。
 スカイパークの責任者である榊原杏奈は、即判断する。
「阿修羅大佐の可能性が高いですね。
 早めに手を打ちましょう。
 奪還します」

 奪還作戦は杏奈が指揮し、瑛太たちが参加することになる。
 こういった作戦では光輝の特性は未確定なので、彼は無線室に残る。

 安川恭三がスカイパークで一番大きいオッターの準備を整える。
 杏奈以下6人が完全装備で乗り込む。
 大利根飛行場に着陸し、陸路で龍ケ崎飛行場に向かう。直線なら5キロほど、移動には大利根飛行場に置いてあるマイクロバスを使う。

 龍ケ崎飛行場では、混乱していた。着陸して、ここがどこなのか、という極めてプリミティブな調査が始まったばかりなのに、上空に軽飛行機が現れた。
 これは、衝撃的なことだった。
 ゾンビ事変以来、彼らは彼ら以外が飛行させる飛行機と出会ったことがない。3年間は八丈島に籠もっていたが、上空を飛ぶ飛行機を見たことがない。
 多くの空港は、滑走路内に死人が侵入していて離着陸ができない。ゾンビ事変直後、いろいろな噂が広まり、保護を求めて生存者が空港に殺到した。自衛隊が民間人を保護するために、空港に集結しているという噂だ。
 ただ、自衛隊が基地以外の民間の空港を利用した事例は少なく、福島空港などごく一部に限られる。
 そもそも、多くの自衛隊員が死人に転化している。自衛隊や警察も混乱していた。ごく一部を除いて、組織的に動けるような状態ではなかった。
 彼らは1年間、各地を飛行機で点々としたから、空港と周辺がどうなっていたのかよく知っていた。

 アシュリーは明らかに動揺している。
「飛行機が……、あれセスナだったよ。
 どこから飛んで来たの?」
 忠志も動揺している。
「飛行機の運用ができる?
 あり得ない」
 陽鞠も同意。
「軽飛行機なら、降りられる場所はいろいろあるだろうけど……」
 幹夫が「空に上がってしまえば、ゾンビは追ってこないだろうけど、降りられなくなることだってあるだろうし……」と懸念を伝える。
 アシュリーは、根源的なことに気付いていた。
「航空ガソリンは、ゾンビが現れる前でも入手が難しかった。空港によっては、航空ガソリンを置いていないし……。
 レシプロ機を飛ばし続けることは、ジェット機を飛ばすよりも難しいよ」
 忠志が「どうする?」と問い、洋二が「逃げたほうがいいかも」と答える。

 龍ケ崎飛行場上空から北に離れた明菜と七美だったが、スカイパークからの指示で大利根飛行場に向かうことになった。
 大利根飛行場からランドクルーザーで、龍ケ崎飛行場に向かい、地上の離れた地点から様子を観察することになった。

「不用心だね」
 七美の意見に明菜は全面同意。
「どうして、ゲート付近に集まっているんだろう?
 丸見えじゃん」
 明菜の疑問は七美も同じ。
「子供が多いけど、家族連れ?」
 七美の意見に明菜は不同意。
「大人の数と子供の数が合っていない。
 家族じゃないよ。
 ここから見えるだけで、25人かぁ。
 戦えそうなのは、半分ってとこ?」

 忠志は判断に迷っていたし、龍ケ崎飛行場が直近で危険になるとは思えなかった。
 死人の姿がまったくなく、生人もいない。食糧があるし、疲労困憊というわけでもない。

 駐車場に向かった幹夫が戻ってきた。
「クルマは、すべて施錠されていたけど、年式の古い数台は動くようだ。埃を被った放置車じゃない。
 意図的に古いクルマを使っているのかもしれない」
 アシュリーが不審に思う。
「なぜ、古いクルマを使うの?」
 幹夫が端的に答える。
「電子化されていないから、どうにでもなるんだ。そういう知識のあるヒトたちの拠点かもしれない」
 忠志が「だとしたら、ここにいるのは危険だよ」と主張し、洋二が「その通りだ」と賛成する。

 だが、結果的に1時間半もとどまってしまった。

 マイクロバスが龍ケ崎飛行場の門の前で止まる。
 七美が「行こ」と明菜を促す。
 オッターに残った恭三を除いた7人が、マイクロバスから降りる。

 杏奈がゲート越しに声をかける。
「皆さん、こんにちは。
 どちらから?」

 忠志は震え上がった。
 7人の男女全員が武装している。防弾チョッキを着けて、ヘルメットを被り、ライフルを持っている。
 だけど、自衛隊や警察ではない。服が違う。

 早苗は止めたが、洋二がゲートに向かう。洋佑が洋二を追う。

「私は大仏洋二です。
 この飛行場は、皆さんのものですか?」
 杏奈は首をひねる。
「大仏さん。
 私たちのものではありませんが、管理はしています。
 いつでも、使えるように」

 七美と明菜は、放棄された水田を横切り、格納庫裏に出て、忠志たちの背後に出た。
 子供たちが怯えていて、子供同士で抱き合っている。七美にはその様子が耐えられなかった。

 七美が背後から声をかける。
「あなたたちは、阿修羅大佐の仲間?」

 忠志は突然背後から声をかけられ、しかも銃を持った女性だから、かなり狼狽えた。
「誰ですか?
 そんなヒト、知りません」
 何とも間の抜けた答え方に、自分で呆れてしまう。気を取り直そうと努力するが、簡単ではない。それに、女性の背後からもう1人女性が現れる。彼女も銃を持っている。
 早苗が前に出る。
「私たちは、穏やかに暮らせる場所を探しているだけです。
 この飛行場を使ってごめんなさい。
 降りる場所を探していただけなの」

 明菜が大声を出す。
「杏奈さん!
 このヒトたち、阿修羅大佐とは無関係みたい!」

 忠志が七美に告げる。
「すぐにここを発ちますから、どうか暴力は振るわないでください」

 杏奈たちがゲートのチェーンを外して開け、飛行場内に入る。
 銃口は向けないが、警戒を怠らない。

 瑛太が恭三に連絡し、オッターを龍ケ崎飛行場に運んでもらう。

 陽鞠が「こんな飛行機まで持っているんだ」と驚く。忠志が「オッターだ」と。

 恭三がアルバトロスを眺めて驚いている。
「こいつぁ、ビックリだ!
 飛行艇とはなぁ!
 あんたたち、いいもの持っているねぇ」
 恭三の言葉で、忠志はアルバトロスが奪われることを覚悟する。

 杏奈はあれこれと質問しない。答えが真実とは限らないからだ。
 だが、何か困っているなら、可能な支援はするつもりだった。
「食糧は足りていますか?」
 早苗はどう答えるか思案する。
「食糧はすべてお渡しします。
 ですから、どうか乱暴はやめてください」
 杏奈は勘違いされていることに気付く。
「いえいえ、奪おうなんて考えていません。
 足りなければ、援助しようかなって思っただけです」

 瑛太は見ないようにしているが、可奈、沙奈、美佐と同じくらいの歳の女の子が気になった。
 2人いて、抱き合って怯えている。
 瑛太はザックを降ろし、ポテトチップスの袋を取り出す。
 そして、2人の女の子に「ポテチ」とだけ言って渡した。
 2人は顔を見合わせ、ぎこちなく受け取る。
 そして、たくさんの小さい手が袋の中に伸びて、ポテトチップスが消えていく。
 スナック菓子は、誰もが飢えている。

 瑛太は、出会ったグループ、それも30人超という大人数なのにまったく戦う意思がないことに驚く。
 半分以上が未成年だとしても、戦いようはある。それ以前に不用心すぎる。これまで生き残れたこと自体が不思議だ。
 瑛太は心の中で「ならば、このヒトたちはどこにいたんだ?」との思いに至る。ずっと、飛んでいたわけはない。

 瑛太の疑問を問うように、杏奈が核心に迫っていく。
「みなさんは、どちらからこられたのかしら?」
 洋二は、答えに迷うが咄嗟に上手な嘘が思い付かない。
「伊豆半島沖の島にいました」
「あらぁ、いいところですね。
 空港があるのは、大島、新島、神津島、三宅島、八丈島ですね。
 で、どの島かしら?」
 洋二は、年の功なのかかなり落ち着いている。
「あの飛行機は飛行艇です。
 どこからでも飛べますよ。空港のあるなしに関係なく」
「なるほど、式根島か御蔵島?」
 洋二は詰められたが動じてはいない。
「御蔵島です」
 確かに離水したのは御蔵島だが、出発地は八丈島だ。これを隠す必要があるのかわからないが、洋二には杏奈が知りたいことがわからない以上、迂闊には答えられないと感じた。
「なぜ、飛行艇を?
 みなさんの飛行機、骨董品でしょ」
 アシュリーが答える。
「その件は私が。
 ドルニエやビーチでは、20人くらいしか乗れないので。エアバスやボーイングじゃ大きすぎるし……」
「あなたは?」
「因幡アシュリーです」
「お仕事は?」
「小型機、中型機の整備士でした」
「あらまぁ」
 恭三が会話に加わる。
「ターボプロップをどうにかできる?」
 アシュリーが少し動揺する。
「えぇ、まぁ」
 恭三がたたみかける。
「ターボシャフトは?
 ヘリはどうにかできる?」
 アシュリーは答えられない。自分の運命に不安を感じ始めたからだ。しかし、答えないという選択肢はない。
「経験がないわけじゃ。
 だけど、何でもわかるわけじゃなくて……」
 恭三が「アリソンとプラットアンドホイットニーがわかればいいさ」と言い切る。
 アシュリーは泣き出したかった。
 拘束されると思ったからだ。

 忠志は身体を張ってアシュリーを守るつもりだが、守れないことも理解している。
 どう戦うかよりも、どう逃げるかを考えた。
 だが、次の杏奈の言葉に驚く。
「怖がらせてごめんなさいね。
 もしよければ、ですけど、私たちの拠点にお招きしたいのですけど。
 どうかしら?」

 洋佑は、全員捕虜、という最悪を考えた。ここはどうにかして切り抜けなければならない。飛行機を運用しているなら、この名を出せば怯むかもしれないと考えた。
「俺たちは、ホワイトベースに行く予定だ。
 寄り道はしない」
 瑛太が即答する。
「ちょうどいい。
 俺たちがホワイトベースだ」
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