この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 未来と希望 】

新たなる世界

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 ……意識が消えていく。
 空を覆う魔王の魔力。俺の本体。エヴィアが新たな領域を作るたびに、それが少しずつ消えていく。
 俺は恐怖を感じているのだろうか? そしてまた、後悔しているのだろうか?
 答えはノーだ。そんな感情は無い。何一つ後悔はない。

 最初にこの世界に来た時は、見た事の無い小さな檻の中。本当に意味不明。何も理解できなかった。
 そして見知らぬ世界、見知らぬ国、見知らぬ人。本来ならパニックになっただろうが、俺の心は抑えられていた。
 当時は気持ち悪かったが、今考えると感謝だ。アレが無ければ、あそこまで冷静に世界を受け入れられなかっただろう。

 そして俺が俺自身になった時、湧き上がってくる力で世界を平和にしてやろうと思った。
 今考えれば、あの強大な魔王の魔力に魅せられていたのだろう。
 あの時の俺は、世界の事を何も知らない。歴史も、常識もなにもかも。
 なのに勝手に思い込んだ。平和が一番だと。戦いを止められるのだと……。




 夢の様な状態でいる魔王の魔力を消費して、新たな領域が次々と作られていく。
 ティランド連合王国国王、カルター・ハイン・ノヴェルド・ティランドは、そんな新しい領域の一つに入っていた。
 高低差の激しい地から流れ落ちる大量の滝。山々の頂は雨雲に覆われており、そこから供給されているのだろう。
 しかし全体としては晴れ間が広がっており、眩しい光が大地を照らす。
 かつての荒れ地は緑豊かな草原となり、まるであつらえたかの様に大型の草食獣が闊歩していた。
 だがそんな見た目よりも、入ってすぐに本能が理解する。ここは楽園であると。
 なぜそう考えたのかは分からない。しかし分かってしまうのだ。ここが自分たち人間の領域であることが。

 ――……結局、何が正しかったのか。

 青く澄んだ空を見上げながら、全てが落ち着いたらオスピアに会談を申し込もうと思う。女帝と連合盟主としてではなく、一人の人間として。
 この世界の真実を、あの女帝は知っている。そう考えたからだ。

「陛下、そろそろ新首都の予定地へ移動いたしませんと」

 それなりにふくよかになってきたエンバリーに促され、王室用の装甲騎兵へと乗り込む。
 実際に落ち着けるのは、まだまだ先の話だろう。だが必ず女帝との会見は果たして見せる。
 そして叶うのであれば、魔王とじっくり話してみたい――そう考えていた。




 地上に残った肉体が朽ちていくのを感じる。もうあれはダメだろう。そろそろ接続も感じなくなってきた。
 結局、俺の甘い考えは人間には通じなかった。今考えれば当然だ。俺にもう少し慎重さがあれば、オルコスを殺さなくても良かったに違いない。
 だけど悔いても仕方が無い。時は戻らないのだ。

 あれからずっと戦い続けた。戦いのない間も、戦いの事だけを考えた。
 同時に、戦わないで済む道はないのかと悩み続けた。だけどそれは無理だ。世界がそうなっているのだから。
 なのに、世界を変えようとはしなかった。何とか抜け道を探して、安全で楽な道はないかと模索した。
 そんな甘さが我が子を殺し、戦争を激化させた。

 今思えば、あれが俺の原動力になったのだろう。
 それまでの俺に、決意なんてものは無かった。少しだけ触れ、即逃げて様子を見る。そんな事ばかりしていた。まるで小動物の様だ。
 だけどもう逃げることは止めた。
 魔人がどれだけ人を大切にしているのかを知ってしまったから。
 人間が、魔族を受け入れることが出来る事も知ってしまったから。

 人がじゃない。魔族がじゃない。魔人がでもない。誰もが互いを受け入れ、尊重し、皆が平穏に暮らせる世界を作る。
 そうしなければ落ち着かない。そうでなければ楽しめない。
 時間は無限だと言われた。なら決めるしかない。安全策を取って無限に後悔して生きるか、危険を伴っても無限に楽しく生きるかを。

 これで皆は幸せになれるのだろうか? いや、俺は全知全能の神ではない。全てを幸せにするとか、恒久的な幸福などありえはしない。だけど、それなりには出来たはずだ。
 心配事といえば魔王のシステムが消滅してしまう事だ。今後不具合が発生しても、誰も直せない。
 こればかりは失敗だ。俺が弱すぎた。仕方がない。

 だけどそれほど深刻には考えていない。そう簡単に人類は滅びなどしないし、魔人達は賢い。きっと数千年後には、システムの再構築を終えているだろう。
 その時にあるのは意思のないただの魔力。きっと新たな魔王――いや、管理者は俺よりもうまくやれるだろう。

 薄く、薄く、意識が消えていく。
 やがて世界は仕組みを変え、新たな時代を築くだろう。この星を出て、他の星へと旅立つ日も来るに違いない。
 それを見届けることが出来ないのは少し残念な気もする。
 残していく魔人達にも、申し訳ない気はある。だけどこれが俺の選んだ道。唯一見いだせた、正しい道だ。後悔はない――。




 ◇     ◇     ◇




 世界が領域で覆われるまで、数十年の時を擁した。魔王の予定よりも、大幅に超過した事になる。
 本来はもっと早くも出来たが、それでは人間社会の変化が追い付かない。
 国境が変わり、生活が変わり、社会の在り方が変わり、常識までもが変わる。
 予定を過ぎたとはいえ、そもそも通常であれば数十年程度では到底受け入れられないほどの劇的な変化。
 しかしそれを可能にしたのは、二大国の指導者による強力な統治。魔人や魔族、事前に魔王の指示を受けていた精霊たちの働き。それに賢者と呼ばれた男の、預言書ともいえる資料のおかげであった。

 誕生する領域の性質、場所、大まかな日取りまでもが書き記されたそれは、当初はあまり信じられていなかった。
 だが2つ、3つ、そして10、100と新たな領域が出来るにつれ、その信憑性は跳ね上がる。
 一方で、賢者ヘルマンは一切姿を現さない。忙しさと安全性を理由に2大国の首脳が会わせなかった――というのが表向きの理由である。
 その神秘性もあって、賢者ヘルマンからもたらされた資料を神の書と呼称する者も出るほどだ。

「賢者ヘルマンとは始祖神である。また或いは、実はリッツェルネールと同一人物なのかもしれない……だそうだの」

 オスピアは相変わらず眠そうな無表情。だが弾んだ声で週刊誌を机の上に置いた。
 かつての首都ロキロアも大自然となったが、今では多くのドーム建築が立つ。
 だがその形式はまるで違う。かつて貧しい畑と凍った荒れ地が広がる厳しい世界は変容し、年中春のように暖かな環境に包まれている。

「その二つが並ぶとはね。正直止めて欲しいですよ」

 軽く見出しにだけ目を通したリッツェルネールだが、そんなものに興味は無いと言わんばかりにその上に資料をドサドサと積む。

「それより、新たな領域の資料です。それとこちらは広報の資料。演説の内容。ついでにこれが今後の来訪者のリストです」

「まだまだやる事は多いものだの。それで、お主が持っているそれは何かの?」

「ああ、これですか」

 それは赤と黒で彩られ金糸細工が施された、豪華な表紙の本。
 タイトルはシンプルに『相和義輝67巻』となっている。

「彼らと交渉した時にもらったのですよ。どうしても知りたかったのでね……彼が何者で、何を考え何を成したのかを……」

「フム……それで満足したかの?」

「まだ何とも。いかに好色だったかは分かりますが……。ですが、世界を知るたびに新しい発見がある。意外と興味深い本ですよ」

「そうか……ではわらわも、落ち着いたら読むとしようの。しかし今更ではあるが、良く協力する気になったの」

「本当に今更ですね。、あそこに彼を行かせたのは貴方でしょうに」

「わらわはそこまで全能では無いの。お主は魔王が憎くは無かったのか? 宿敵であろう?」

「僕は商人ですからね。一時的な利害の不一致はあっても、宿敵など持ったことはありませんよ」

「そうであったの……」

 見上げた上には部屋の石天井。だがその先にある魔力を、オスピアは感じとる。
 そこにあった強い意志。歴代魔王の憎悪。それが日増しに薄くなっている。
 アレが全て消えた時、自身の仕事も一段落を迎える事になるだろう。
 忙しい事をぼやきつつも、終わってほしくはない。消えないで欲しいと考える。
 だが必ず、終わりはやって来る。



 碧色の祝福に守られし栄光暦299年10月51日。世界の全てが領域で覆われた。
 魔王が危惧していた、一部の人間による領域解除は起こらなかった。
 作られた領域は完璧であり、また事情を知る者たちが懸命に努力した結果である。
 世界は安定し、戦いは消えた。安定した生活は心の余裕を生み、社会の余裕は知恵を育み学問を発展させる。
 今は魔族に対する概念も大きく変わり、一部では交流も始まっている。
 かつての戦いを示す痕跡の全ては消え去り、世界は新たな時代を歩み始めた。




 後に神話は語る。
 かつてこの世界は、様々な種族が暮らす領域に覆われていた。
 しかし悪しき魔王により領域は次々と解除され、世界は荒廃し多くの生き物が死滅した。
 だが皆は諦めなかった。人が、亜人が、竜が、多くの生き物が魔王に挑み、長い戦いの末、遂に勝利したのである。
 だがその代償は大きく、世界はもう滅びを待つだけであったという。

 しかしその時、一人の賢者が現れた。
 その者は偉大なる知恵で全ての生き物を導き、やがて創造神と取引をした。
 その身と引き換えに、この世界に再び領域を取り戻すために。

 こうして賢者は天に召され、世界の全てが再び領域に包まれた。
 我等がこうして楽園に暮らせるのも、全ては皆が手を取り合って苦難の戦いを乗り越えたからであり、また偉大なる賢者の、大いなる知恵と献身によるものであると。
 我々もまた、かくあるべきであると……。
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