この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

文字の大きさ
上 下
420 / 425
【 未来と希望 】

様々な分岐 前編

しおりを挟む
 カルターが出て行った後、賢者ヘルマン――いや、魔王は力なく椅子に沈み込んでいた。

「その体、やはりもう長くはないか」

「戻ればテラーネが補修してくれるよ。もう暫くはもたせてみせるさ」

「……お主には感謝しよう。この計画が完了した暁には、必ずや人類の問題は解決される。いずれは新たな問題も発生するであろうが、今より大事にはなるまい」

「そうなってくれると助かる。先の事までは面倒見切れないからな」

 正しくは、そうして欲しい。ここまでやって数年で瓦解など、たまったものではない。

「だが一つ聞きたい。なぜそこまでする気になったの? お主はここで生まれたものではい。この世界の住人ではない。そして何より、この世界の人間と良い関係を築けたか? そうは思わぬ。なのになぜ、人間の為にそこまでするのかの?」

「さて……どうだろう」

 もし最初に、人間であることを選んでいたらどうなったのだろうか。
 人として人の社会に生き、もしかしたら子を成したかもしれない。
 そして俺の子孫が生きるために、この身を魔族との戦いに投じて死んでいく。
 きっと悪くはないのだろう。俺が殺しきてきた人々の人生が、悪かったなどとは言いたくない。だけどきっと、それはダメだ。
 それでは俺に再びの人生を与えてくれた先代魔王に対し、借りを返せない事になる。
 この世界の人口をたかだか一人増やす為に、俺に新たな生を与えたのではないだろう。

 初めて人間と戦った時、エヴィアは逃げても良いと言った。あの時、逃げていたらどうなっただろう。
 多分100年もしないうちに、魔族領は消滅する。
 まあその場合、リッツェルネールは普通の軍人のままだっただろう。なら、案外そう簡単ではないかもしれない。
 だけど結局は同じ事。いずれは海の上で、全てを失った事を知る。そして祈るのだ……もう全部捨てました。どうかここには来ないで下さいと。
 ルリアやシャルネーゼ、レトゥーナにオゼット、それに他の精霊。亜人に翼竜ワイバーンドラゴン一つ目巨人サイクロプスに軍隊蟻……皆を失い、何百年も何千年も逃げ続けるのだ。
 ――冗談じゃないな。

 マリッカが提示した未来。俺が引き籠り、子供達を代理で戦わせる可能性。
 当時はあっさり却下したが、それで正解だろう。
 人類には揺り籠という新兵器があった。浮遊城も投入された。魔人の協力があれば持ち直せたかもしれないが、最良でも今の状態が限界だ。出だしが遅れた以上、他は悪化する未来しかない。

 ムーオスを滅ぼしてから、リッツェルネールの案に乗っていたらどうなったのだろう。
 ムーオスの跡地を利用して人類を間引く。同時に魔族もだ。
 二人で協力して、互いの仲間や同胞を殺し続ける未来。彼は耐えられるのだろうが、俺には無理だ。
 遅かれ早かれ、何らかの形で破綻していたと思われる。

 結局のところ、楽な方はどれも、そのまま破滅への道だった。
 これが正しかったかは分からない。だけど、俺はこれしかなかったと確信している。

「こっちの方が良い、こうした方が良い……そうした方を選んでいったらこうなった。そうとしか言いようが無いな」

 何もない天井を見上げる。その先にあるのは魔王の魔力。俺と過去の魔王達の意識。
 今は透明にしてあるが、見えないだけで存在は消えていない。
 ここまでの選択に、歴代魔王の意識が関わっていないとは思わない。
 彼らの経験が、俺をここまで導いてくれたのだろう。だけど、その役目もここまでだ。

「そうか……では改めてオスピア・アイラ・バドキネフ・ハルタールの名において礼を言うの。よくぞここまでやってくれた」

「まだ早いよ。実行するのはこれからだよ」




 ◇     ◇     ◇




 外に出ると、すっかり秋めいた風と高い空が出迎える。
 こうしていると、風景が違うだけで地球にいるのとさほど変わりはない。人が住める星は、なんかんだで似たような感じになるのだろう。

 道には忙しなく浮遊式輸送板が行き来し、人の数も多い。この街は世界の中枢、人も多い。
 手近な露店で新聞を買うと、さっそく新たな領域の記事が一面を飾っている。入った時には無かったので、話し合いの最中に解禁になったのだろう。
 これはおそらく、カルターの背中を押すためだ。きっと宿舎に戻ったら、整理もつかぬまま質問攻め。後はなし崩しに認める事になるだろう。
 こういった演出は、やはり専門家に任せて正解だな。

 その記事の中に、クラキアを扱ったものもあった。
 炎と石獣の領域に閉じ込めてあったスパイセン王国の国王。
 いや、閉じ込めていたつもりはなかったのだが、結果的にそうなった。忘れていたと言っても良い。

 思い出して詫びを入れに言った時、そこはまるで王宮の一部を切り取ったようだった。
 石造りの床に壁。そこには美しい絨毯や壁紙で彩られ、天井にはシャンデリアが煌めいていた。
 机や椅子、大量の本が詰まった本棚、高級そうなベッド。冷暖房は完備され、奥には調理室美どころか冷蔵庫まである。
 魔力の供給源はラジエヴだろう。面倒を見てくれと頼んだが、ここまでやっているとは思わなかった。
 そこで彼女はベッドの上でごろりと横になりながら、なにか菓子のようなものをポリポリと食べていた。
 同行したマリッカからは交代したいという強いオーラを感じたが、これは無視だ。


 実際に会うまで処遇を迷っていたが、話は思ったよりもスムーズにまとまった。
 大量に置かれた本。魔人ラジエヴの知識……どうやら彼女なりに考えがあったらしい。
 条件として魔族領を幾つか見て回りたいという事なので、その辺りはラジエヴに任せた。
 今は人間領に戻って中央入りしている。しばらくすれば、祖国へも帰れることだろう。

「さて、俺達も帰ろう。時間も無いしな」

 俺の手を取るエヴィアは、出会った時のような無表情だった。だけど今の俺達には、見た目の表情など要らない。
 エヴィアの悲しみは痛いほど理解している。だけどこれは、やらなければいけなかったんだ。
 小さな手をぎゅっと握り返し、俺達は中央を後にした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡

サクラ近衛将監
ファンタジー
 女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。  シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。  シルヴィの将来や如何に?  毎週木曜日午後10時に投稿予定です。

SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~

草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。 レアらしくて、成長が異常に早いよ。 せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。 出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

処理中です...