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【 未来と希望 】
様々な分岐 前編
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カルターが出て行った後、賢者ヘルマン――いや、魔王は力なく椅子に沈み込んでいた。
「その体、やはりもう長くはないか」
「戻ればテラーネが補修してくれるよ。もう暫くはもたせてみせるさ」
「……お主には感謝しよう。この計画が完了した暁には、必ずや人類の問題は解決される。いずれは新たな問題も発生するであろうが、今より大事にはなるまい」
「そうなってくれると助かる。先の事までは面倒見切れないからな」
正しくは、そうして欲しい。ここまでやって数年で瓦解など、たまったものではない。
「だが一つ聞きたい。なぜそこまでする気になったの? お主はここで生まれたものではい。この世界の住人ではない。そして何より、この世界の人間と良い関係を築けたか? そうは思わぬ。なのになぜ、人間の為にそこまでするのかの?」
「さて……どうだろう」
もし最初に、人間であることを選んでいたらどうなったのだろうか。
人として人の社会に生き、もしかしたら子を成したかもしれない。
そして俺の子孫が生きるために、この身を魔族との戦いに投じて死んでいく。
きっと悪くはないのだろう。俺が殺しきてきた人々の人生が、悪かったなどとは言いたくない。だけどきっと、それはダメだ。
それでは俺に再びの人生を与えてくれた先代魔王に対し、借りを返せない事になる。
この世界の人口をたかだか一人増やす為に、俺に新たな生を与えたのではないだろう。
初めて人間と戦った時、エヴィアは逃げても良いと言った。あの時、逃げていたらどうなっただろう。
多分100年もしないうちに、魔族領は消滅する。
まあその場合、リッツェルネールは普通の軍人のままだっただろう。なら、案外そう簡単ではないかもしれない。
だけど結局は同じ事。いずれは海の上で、全てを失った事を知る。そして祈るのだ……もう全部捨てました。どうかここには来ないで下さいと。
ルリアやシャルネーゼ、レトゥーナにオゼット、それに他の精霊。亜人に翼竜、竜や一つ目巨人に軍隊蟻……皆を失い、何百年も何千年も逃げ続けるのだ。
――冗談じゃないな。
マリッカが提示した未来。俺が引き籠り、子供達を代理で戦わせる可能性。
当時はあっさり却下したが、それで正解だろう。
人類には揺り籠という新兵器があった。浮遊城も投入された。魔人の協力があれば持ち直せたかもしれないが、最良でも今の状態が限界だ。出だしが遅れた以上、他は悪化する未来しかない。
ムーオスを滅ぼしてから、リッツェルネールの案に乗っていたらどうなったのだろう。
ムーオスの跡地を利用して人類を間引く。同時に魔族もだ。
二人で協力して、互いの仲間や同胞を殺し続ける未来。彼は耐えられるのだろうが、俺には無理だ。
遅かれ早かれ、何らかの形で破綻していたと思われる。
結局のところ、楽な方はどれも、そのまま破滅への道だった。
これが正しかったかは分からない。だけど、俺はこれしかなかったと確信している。
「こっちの方が良い、こうした方が良い……そうした方を選んでいったらこうなった。そうとしか言いようが無いな」
何もない天井を見上げる。その先にあるのは魔王の魔力。俺と過去の魔王達の意識。
今は透明にしてあるが、見えないだけで存在は消えていない。
ここまでの選択に、歴代魔王の意識が関わっていないとは思わない。
彼らの経験が、俺をここまで導いてくれたのだろう。だけど、その役目もここまでだ。
「そうか……では改めてオスピア・アイラ・バドキネフ・ハルタールの名において礼を言うの。よくぞここまでやってくれた」
「まだ早いよ。実行するのはこれからだよ」
◇ ◇ ◇
外に出ると、すっかり秋めいた風と高い空が出迎える。
こうしていると、風景が違うだけで地球にいるのとさほど変わりはない。人が住める星は、なんかんだで似たような感じになるのだろう。
道には忙しなく浮遊式輸送板が行き来し、人の数も多い。この街は世界の中枢、人も多い。
手近な露店で新聞を買うと、さっそく新たな領域の記事が一面を飾っている。入った時には無かったので、話し合いの最中に解禁になったのだろう。
これはおそらく、カルターの背中を押すためだ。きっと宿舎に戻ったら、整理もつかぬまま質問攻め。後はなし崩しに認める事になるだろう。
こういった演出は、やはり専門家に任せて正解だな。
その記事の中に、クラキアを扱ったものもあった。
炎と石獣の領域に閉じ込めてあったスパイセン王国の国王。
いや、閉じ込めていたつもりはなかったのだが、結果的にそうなった。忘れていたと言っても良い。
思い出して詫びを入れに言った時、そこはまるで王宮の一部を切り取ったようだった。
石造りの床に壁。そこには美しい絨毯や壁紙で彩られ、天井にはシャンデリアが煌めいていた。
机や椅子、大量の本が詰まった本棚、高級そうなベッド。冷暖房は完備され、奥には調理室美どころか冷蔵庫まである。
魔力の供給源はラジエヴだろう。面倒を見てくれと頼んだが、ここまでやっているとは思わなかった。
そこで彼女はベッドの上でごろりと横になりながら、なにか菓子のようなものをポリポリと食べていた。
同行したマリッカからは交代したいという強いオーラを感じたが、これは無視だ。
実際に会うまで処遇を迷っていたが、話は思ったよりもスムーズにまとまった。
大量に置かれた本。魔人ラジエヴの知識……どうやら彼女なりに考えがあったらしい。
条件として魔族領を幾つか見て回りたいという事なので、その辺りはラジエヴに任せた。
今は人間領に戻って中央入りしている。しばらくすれば、祖国へも帰れることだろう。
「さて、俺達も帰ろう。時間も無いしな」
俺の手を取るエヴィアは、出会った時のような無表情だった。だけど今の俺達には、見た目の表情など要らない。
エヴィアの悲しみは痛いほど理解している。だけどこれは、やらなければいけなかったんだ。
小さな手をぎゅっと握り返し、俺達は中央を後にした。
「その体、やはりもう長くはないか」
「戻ればテラーネが補修してくれるよ。もう暫くはもたせてみせるさ」
「……お主には感謝しよう。この計画が完了した暁には、必ずや人類の問題は解決される。いずれは新たな問題も発生するであろうが、今より大事にはなるまい」
「そうなってくれると助かる。先の事までは面倒見切れないからな」
正しくは、そうして欲しい。ここまでやって数年で瓦解など、たまったものではない。
「だが一つ聞きたい。なぜそこまでする気になったの? お主はここで生まれたものではい。この世界の住人ではない。そして何より、この世界の人間と良い関係を築けたか? そうは思わぬ。なのになぜ、人間の為にそこまでするのかの?」
「さて……どうだろう」
もし最初に、人間であることを選んでいたらどうなったのだろうか。
人として人の社会に生き、もしかしたら子を成したかもしれない。
そして俺の子孫が生きるために、この身を魔族との戦いに投じて死んでいく。
きっと悪くはないのだろう。俺が殺しきてきた人々の人生が、悪かったなどとは言いたくない。だけどきっと、それはダメだ。
それでは俺に再びの人生を与えてくれた先代魔王に対し、借りを返せない事になる。
この世界の人口をたかだか一人増やす為に、俺に新たな生を与えたのではないだろう。
初めて人間と戦った時、エヴィアは逃げても良いと言った。あの時、逃げていたらどうなっただろう。
多分100年もしないうちに、魔族領は消滅する。
まあその場合、リッツェルネールは普通の軍人のままだっただろう。なら、案外そう簡単ではないかもしれない。
だけど結局は同じ事。いずれは海の上で、全てを失った事を知る。そして祈るのだ……もう全部捨てました。どうかここには来ないで下さいと。
ルリアやシャルネーゼ、レトゥーナにオゼット、それに他の精霊。亜人に翼竜、竜や一つ目巨人に軍隊蟻……皆を失い、何百年も何千年も逃げ続けるのだ。
――冗談じゃないな。
マリッカが提示した未来。俺が引き籠り、子供達を代理で戦わせる可能性。
当時はあっさり却下したが、それで正解だろう。
人類には揺り籠という新兵器があった。浮遊城も投入された。魔人の協力があれば持ち直せたかもしれないが、最良でも今の状態が限界だ。出だしが遅れた以上、他は悪化する未来しかない。
ムーオスを滅ぼしてから、リッツェルネールの案に乗っていたらどうなったのだろう。
ムーオスの跡地を利用して人類を間引く。同時に魔族もだ。
二人で協力して、互いの仲間や同胞を殺し続ける未来。彼は耐えられるのだろうが、俺には無理だ。
遅かれ早かれ、何らかの形で破綻していたと思われる。
結局のところ、楽な方はどれも、そのまま破滅への道だった。
これが正しかったかは分からない。だけど、俺はこれしかなかったと確信している。
「こっちの方が良い、こうした方が良い……そうした方を選んでいったらこうなった。そうとしか言いようが無いな」
何もない天井を見上げる。その先にあるのは魔王の魔力。俺と過去の魔王達の意識。
今は透明にしてあるが、見えないだけで存在は消えていない。
ここまでの選択に、歴代魔王の意識が関わっていないとは思わない。
彼らの経験が、俺をここまで導いてくれたのだろう。だけど、その役目もここまでだ。
「そうか……では改めてオスピア・アイラ・バドキネフ・ハルタールの名において礼を言うの。よくぞここまでやってくれた」
「まだ早いよ。実行するのはこれからだよ」
◇ ◇ ◇
外に出ると、すっかり秋めいた風と高い空が出迎える。
こうしていると、風景が違うだけで地球にいるのとさほど変わりはない。人が住める星は、なんかんだで似たような感じになるのだろう。
道には忙しなく浮遊式輸送板が行き来し、人の数も多い。この街は世界の中枢、人も多い。
手近な露店で新聞を買うと、さっそく新たな領域の記事が一面を飾っている。入った時には無かったので、話し合いの最中に解禁になったのだろう。
これはおそらく、カルターの背中を押すためだ。きっと宿舎に戻ったら、整理もつかぬまま質問攻め。後はなし崩しに認める事になるだろう。
こういった演出は、やはり専門家に任せて正解だな。
その記事の中に、クラキアを扱ったものもあった。
炎と石獣の領域に閉じ込めてあったスパイセン王国の国王。
いや、閉じ込めていたつもりはなかったのだが、結果的にそうなった。忘れていたと言っても良い。
思い出して詫びを入れに言った時、そこはまるで王宮の一部を切り取ったようだった。
石造りの床に壁。そこには美しい絨毯や壁紙で彩られ、天井にはシャンデリアが煌めいていた。
机や椅子、大量の本が詰まった本棚、高級そうなベッド。冷暖房は完備され、奥には調理室美どころか冷蔵庫まである。
魔力の供給源はラジエヴだろう。面倒を見てくれと頼んだが、ここまでやっているとは思わなかった。
そこで彼女はベッドの上でごろりと横になりながら、なにか菓子のようなものをポリポリと食べていた。
同行したマリッカからは交代したいという強いオーラを感じたが、これは無視だ。
実際に会うまで処遇を迷っていたが、話は思ったよりもスムーズにまとまった。
大量に置かれた本。魔人ラジエヴの知識……どうやら彼女なりに考えがあったらしい。
条件として魔族領を幾つか見て回りたいという事なので、その辺りはラジエヴに任せた。
今は人間領に戻って中央入りしている。しばらくすれば、祖国へも帰れることだろう。
「さて、俺達も帰ろう。時間も無いしな」
俺の手を取るエヴィアは、出会った時のような無表情だった。だけど今の俺達には、見た目の表情など要らない。
エヴィアの悲しみは痛いほど理解している。だけどこれは、やらなければいけなかったんだ。
小さな手をぎゅっと握り返し、俺達は中央を後にした。
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