419 / 425
【 未来と希望 】
変わる世界 後編
しおりを挟む
カルターは静かに熟考したのち……、
「それで、その新たに誕生する領域で、人間は生きられるってのか?」
「ええ、もちろんです。そもそも、領域で人間が生きられない等という事はありません。それは間違った認識であると、ここで断言致しましょう」
「だが人が生きられない領域も有ろう? 魔族領のようにの」
「その様な領域も確かに存在します。ジェルケンブール王国にも人が立ち入れない厳しい領域がありました。何より海がそうです。しかしだからといって、それが無価値であるわけではありません。むしろ利用法を探ることが、人の知恵ではないのでしょうか」
「それは確かにそうかもしれねぇ。だがそれでどうなる? いつか人間は飽和する。確かにジェルケンブールが抱えていた豊かな領域は知っている。さぞ良い環境だろう。だがそれだけに、限界を迎えるペースが速まるだけだ。その辺りの事情は貴様も――」
「分かっておるとも、カルタ―よ。まあ続きを聞くが良いの」
「陛下は大きな誤解をしておられます。それは人類全てが誤解していると言えるでしょう」
「言ってみろ……」
「ジェルケンブールの魔族領は、どうして長い間安定した環境であったのでしょう? 彼らは飽和する事も無ければ、同族で殺し合う事も無かった。魔族だから? いいえ、違います。生き物は領域にある限り、安定した状況が保たれるのです。それが世界の本当の摂理。ですが、人は自らの領域を解除してしまいました。世界の原則から外れてしまったのです」
これは多少の嘘を含む。かつては人間用の領域なんてなかった。
しかし間違っているわけでもない。なぜなら、これから作るのが人間用の領域なのだから。
人間の為の環境を整え、同時に数を調節する。死ねば増え、死なねば増えない。
きちんと本能を抑え込めることは、人間以外の全ての生き物が証明している。
誕生した領域は、間違いなく人々にとって楽園となるだろう。俺がそう作るのだから間違いない。
カルターはその言葉を聞きながら、様々な可能性を考えていた。
これは魔王による和平案に他ならない。もしこの案を蹴れば、再び太陽は隠れ、魔族の大攻勢が始まるだろう。
その時、間違いなく人は滅ぶ。将来的にはともかく、今は物資が足りていない。
それに何より士気が問題だ。ここに来て再び逆戻りとなれば、果たして何割の人間が立ち上がれるだろうか……。
しかしカルターにも人類としての誇りがある。
勝てないから従います――魔族相手に、そんな事が許されるのだろうか?
一人であればこんな話を飲む必要はない。心のままに吠え、噛みつき、そして死んでいけばいい。
だが今は、立場という鎖が体を縛る。
「……このように、今後数十年に渡り、新たな領域が誕生し続けるでしょう。一刻も早く人々にその事を布告し、対策を取る必要があると、私は考えます」
◇ ◇ ◇
結局、カルターは反論することなく忌憚なき意見を述べる部屋を後にした。
現状を考えれば耐えるしかない。これが降伏勧告であれば納得はしないし、国民が許さないだろう。
だが内容自体は悪くない。むしろ魅力すら感じた。それが魔王の言葉から出た物でなければ、より単純に耳を傾けただろう。
「エンバリー、お前はどう見る」
帰りの装甲騎兵の中で、カルターはエンバリ―・キャスタスマイゼンにオスピアからの資料を見せた。
そこには領域の誕生周期や誕生する環境の可能性、その後の影響などが書かれている。
内容自体は多分に嘘が盛り込まれているが、概ねは正しい。特に、社会や環境の項目に嘘はない。
なにせ、これはいわば設計図。その通りに作るのだから
「魔術師の立場から言えば、何一つ嘘は無いように感じます。実は当家にも、似たような資料が残っておりますので」
「それは初耳だな」
「このような事が無ければ、私もおとぎ話かと思っていたでしょう。ですがその場合、私達は魔王という存在に関して一考しなければいけないでしょう。人類の敵、魔族の王。それはあくまで、敵対者として見た場合の名称です。勿論、その事を国民に説明する事は難しいと思いますが」
「成程な……」
何らかの記録があるのなら、もしかしたらそうなのかもしれない。害をなすから魔族。敵対するから魔王。名前などその程度の事だ。
自分たちが間違っていたなど、そう簡単に認められはしないだろう。しかし国を治める者として、そこから目を背ける事も出来はしない。
「その資料、今度見せてもらおう」
「はい。直ぐに支度させましょう」
それは無限図書館に保管されていた資料を基に、都合よく編纂されたもの。
ユニカ・リーゼルコニムと魔人が協力し、この日の為に作り上げた書物。
内容に何一つ不備も矛盾もないし、時代的な加工などは魔人の手に掛かれば簡単な事だ。
エンバリ―はその制作過程などは知らないが、枕元に置かれていた怪しい本であること自体は認識している。
しかし出所などどうでも良い。書かれている内容は、魔術師としては看過できない程に興味深かったのだから。
それに何より、今ではつまんで確認できるほどになったお腹の脂肪。
今はその相手と敵対する必要はない。それが人類の輝ける未来と合致している限り……。
「それで、その新たに誕生する領域で、人間は生きられるってのか?」
「ええ、もちろんです。そもそも、領域で人間が生きられない等という事はありません。それは間違った認識であると、ここで断言致しましょう」
「だが人が生きられない領域も有ろう? 魔族領のようにの」
「その様な領域も確かに存在します。ジェルケンブール王国にも人が立ち入れない厳しい領域がありました。何より海がそうです。しかしだからといって、それが無価値であるわけではありません。むしろ利用法を探ることが、人の知恵ではないのでしょうか」
「それは確かにそうかもしれねぇ。だがそれでどうなる? いつか人間は飽和する。確かにジェルケンブールが抱えていた豊かな領域は知っている。さぞ良い環境だろう。だがそれだけに、限界を迎えるペースが速まるだけだ。その辺りの事情は貴様も――」
「分かっておるとも、カルタ―よ。まあ続きを聞くが良いの」
「陛下は大きな誤解をしておられます。それは人類全てが誤解していると言えるでしょう」
「言ってみろ……」
「ジェルケンブールの魔族領は、どうして長い間安定した環境であったのでしょう? 彼らは飽和する事も無ければ、同族で殺し合う事も無かった。魔族だから? いいえ、違います。生き物は領域にある限り、安定した状況が保たれるのです。それが世界の本当の摂理。ですが、人は自らの領域を解除してしまいました。世界の原則から外れてしまったのです」
これは多少の嘘を含む。かつては人間用の領域なんてなかった。
しかし間違っているわけでもない。なぜなら、これから作るのが人間用の領域なのだから。
人間の為の環境を整え、同時に数を調節する。死ねば増え、死なねば増えない。
きちんと本能を抑え込めることは、人間以外の全ての生き物が証明している。
誕生した領域は、間違いなく人々にとって楽園となるだろう。俺がそう作るのだから間違いない。
カルターはその言葉を聞きながら、様々な可能性を考えていた。
これは魔王による和平案に他ならない。もしこの案を蹴れば、再び太陽は隠れ、魔族の大攻勢が始まるだろう。
その時、間違いなく人は滅ぶ。将来的にはともかく、今は物資が足りていない。
それに何より士気が問題だ。ここに来て再び逆戻りとなれば、果たして何割の人間が立ち上がれるだろうか……。
しかしカルターにも人類としての誇りがある。
勝てないから従います――魔族相手に、そんな事が許されるのだろうか?
一人であればこんな話を飲む必要はない。心のままに吠え、噛みつき、そして死んでいけばいい。
だが今は、立場という鎖が体を縛る。
「……このように、今後数十年に渡り、新たな領域が誕生し続けるでしょう。一刻も早く人々にその事を布告し、対策を取る必要があると、私は考えます」
◇ ◇ ◇
結局、カルターは反論することなく忌憚なき意見を述べる部屋を後にした。
現状を考えれば耐えるしかない。これが降伏勧告であれば納得はしないし、国民が許さないだろう。
だが内容自体は悪くない。むしろ魅力すら感じた。それが魔王の言葉から出た物でなければ、より単純に耳を傾けただろう。
「エンバリー、お前はどう見る」
帰りの装甲騎兵の中で、カルターはエンバリ―・キャスタスマイゼンにオスピアからの資料を見せた。
そこには領域の誕生周期や誕生する環境の可能性、その後の影響などが書かれている。
内容自体は多分に嘘が盛り込まれているが、概ねは正しい。特に、社会や環境の項目に嘘はない。
なにせ、これはいわば設計図。その通りに作るのだから
「魔術師の立場から言えば、何一つ嘘は無いように感じます。実は当家にも、似たような資料が残っておりますので」
「それは初耳だな」
「このような事が無ければ、私もおとぎ話かと思っていたでしょう。ですがその場合、私達は魔王という存在に関して一考しなければいけないでしょう。人類の敵、魔族の王。それはあくまで、敵対者として見た場合の名称です。勿論、その事を国民に説明する事は難しいと思いますが」
「成程な……」
何らかの記録があるのなら、もしかしたらそうなのかもしれない。害をなすから魔族。敵対するから魔王。名前などその程度の事だ。
自分たちが間違っていたなど、そう簡単に認められはしないだろう。しかし国を治める者として、そこから目を背ける事も出来はしない。
「その資料、今度見せてもらおう」
「はい。直ぐに支度させましょう」
それは無限図書館に保管されていた資料を基に、都合よく編纂されたもの。
ユニカ・リーゼルコニムと魔人が協力し、この日の為に作り上げた書物。
内容に何一つ不備も矛盾もないし、時代的な加工などは魔人の手に掛かれば簡単な事だ。
エンバリ―はその制作過程などは知らないが、枕元に置かれていた怪しい本であること自体は認識している。
しかし出所などどうでも良い。書かれている内容は、魔術師としては看過できない程に興味深かったのだから。
それに何より、今ではつまんで確認できるほどになったお腹の脂肪。
今はその相手と敵対する必要はない。それが人類の輝ける未来と合致している限り……。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる